戦車道の世界に魔王降臨   作:そばもんMK-Ⅱ

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これにていったん本筋の物語は完結です。ここからは黒森峰以外の話をちょくちょく書いていきたいですね。

~これまでのあらすじ~

――みんなで一緒に、戦車道をやることですッッ!――


第13話(終) 「私の戦車道」

 ――あれから、一年。

 

現実に帰った私たちの前から、甘粕さんは姿を消していた。

 

夢の中で負った傷は文字通り幻の如く消えていて、三年の先輩方も何事もなく生きていた。

 

気がついたら保健室のベッドに寝かされていたのだから、なんとも不思議な感じだったのを覚えている。

 

しかも、あれだけ濃い経験だったにも関わらず、現実ではせいぜい一時間程度しか経っていなかったというのだから余計変な感じというか。

 

一体いつから夢だったのかすらはっきりしないものだから、なんとも言えないのだ。

 

お姉ちゃんは「邯鄲の夢」とあの不思議な出来事を呼んでいたが、言い得て妙だろう。

 

――人生の目標も定まらぬ若者が、旅の途中邯鄲という街で仙人に出会う。若者が己の不遇を仙人に語ると、仙人から夢が叶うという枕を貰い、さっそくこれを使って眠りについた。

 

するとどうだろう、彼はみるみるうちに出世街道を歩み始める。良き妻を貰い、子に恵まれ、時に苦境に立ちながらもそれを乗り越え、栄枯盛衰の全てを知って幸福な一生を過ごしたのだ。

 

だが、彼がその人生を終え眠りについたと思いきや、なんと再び目覚めているではないか。仙人に出会ったその日から大した時間も経っておらず、寝る前に火にかけた栗粥がまだ煮揚がってさえいない。

 

つまり、全ては夢であり、ほんの束の間の出来事だったのだ。

 

最終的に若者は己の欲を払われ、人の一生の儚さを知った。

 

その若者の名を、盧生(ろせい)という。

 

確か、こんな故事だったと思う。

 

出会ったのは仙人などではなくアニメか何かのラスボスを務める魔王みたいな人だったとか、あんな突拍子もない人生があってたまるかとか、色々ツッコみたい点はあったけれど、それでも私たちはあの夢を通して、間違いなく大きく変われたと確信している。

 

少なくともチーム内にあの決勝の後や、あるいはそれ以前の勝利至上主義だった時分の雰囲気は残っていなかったし、学校で私が何か言われていたら助けてくれる人たちが少しずつ増えていった。

 

そして、甘粕さんと出会った日から二日後にそれは起こった。

 

なんと、先の全国大会で起こった事故に対して、運営側である戦車道連盟の方が全面的に責任を認め公に謝罪したのだ。

 

全ては安全管理上迅速な対応が出来なかった連盟に問題があり、だからこそ(西住みほ選手)の行動は人として素晴らしいものだったと、会見の場で甘粕さんがそう言っていたのを覚えている。

 

正直、謝罪会見じゃなくて私への称賛が殆どだったから、見ていてなんだか気恥ずかしかった。お姉ちゃんは得意げに見てたけど。

 

そして、戦車道に関連するあらゆる安全基準がこの機会に見直されることになった。といってもレギュレーションとかは変更がなく、運営側の判断に関連することが大半だったらしいので詳しいことはあまり分からない。

 

だが、当時の私は本音を言えば手放しには喜べなかった。

 

戦車道履修者を中心に学校の雰囲気は変化しているけれど、OGに代表される支援者、そして何より、私たちに深いかかわりを持ち、日本戦車道において強大な発言力を持つ西住流――お母さんが何と言うか不安だったからだ。

 

西住流を体現したようなあの人にとって、私の行動は紛れもなく邪道で叱咤すべきものだったと分かっていた。そんなところにこの会見だ。身もふたもない言い方をしてしまうと、甘粕さんの言葉は西住流に対して泥を塗ったようなものだったから。

 

だから、その会見をまるで待っていたかのようにお母さんがテレビに出ていて、甘粕さんの言葉を支持したとお姉ちゃんから聞かされたときは随分と間抜けな声を上げてしまった。

 

……これを機に、私へのバッシングは一気に鳴りを潜めることになった。最終的には連盟も西住流も私を支持したのと同義なのだから、後ろ盾がなくなった感じだろう、ざまあないとお姉ちゃんやエリカさんらチームのみんがなが当の私よりも嬉しそうにしていたのが印象的だった。

 

そして、その翌日。

 

私とお姉ちゃんは実家にいったん帰ることになった。なんでもお母さんが私たちと話がしたいらしい。

 

その日のことは、話した会話の一つ一つを今でも覚えているくらいに大切な記憶として私の中に残っている。

 

……最初は、とても怖かったのが正直なところだった。

 

家に帰ればお母さんに何を言われるか分からなかったし、他にも西住流の門下生の人に会ってしまうかもしれない。

 

テレビではああいっていたけど、本当のところはどうなのかまだ分からなかったから。

 

お姉ちゃんはきっと大丈夫だと言ってくれたけれど、不安で仕方がなかったのだ。

 

ただ、それとは別にこれをいい機会だと捉えている自分が別に存在した。多分お姉ちゃんも似たような考えだったんだと思うが、今回のこれは、お母さんに私たちが選んだ道をしっかりと伝えるいい機会だと、そんなことを考えている自分もいたのだ。

 

私は、私の決断に嘘をつかないとそう決めた。

 

だから、自分のしたことが本当に正しかったかは分からずとも、これが自分の本当に進みたい道だという確信があったのだ。

 

たとえ西住流の教えから逸脱しようとも、これだけは決して譲れないし、譲らない。

 

そんな覚悟と、けれどやっぱり不安と恐怖が入り混じったなんとも不思議な気分で実家に帰った私を待っていたのは――

 

「みほ」

 

なんと、お母さんだった。出迎えてくれたのが使用人の菊代さんではなくお母さんだったことに、私もお姉ちゃんも思わず言葉が出なかった。

 

少なくともこんなことは、今まで一度たりともなかったのだから。

 

そんな私たちを見て、お母さんは少しだけ笑って。そして私をじっと見つめて。

 

「――おかえりなさい」

 

「――――」

 

本当に優しい声で、そんなことを言ったのだ。

 

今まで見たこともないようなお母さんの顔。聞いたこともないような声。そのどれもがとても変な感じがして、けれどそれは決して嫌な感じではなかった。

 

ただ、これまで色々と張りつめていた気持ちに肩透かしを食らった感じになって、どうしていいか分からずにおろおろする私を見て、お母さんもお姉ちゃんんも笑っていた。

 

それは決して嘲笑なんかじゃなく、本当に優しい笑顔で。

 

私はここにいてもいいのだと、そう言われた気がして。

 

「違うわ、みほ。ここにいてもいいのかとか、自分は間違っていて居場所がないとか、そんなことを考える理由なんてどこにもない。いつでも好きな時に帰ってきていいのよ。当たり前のことでしょう?だってあなたは――」

 

どうして考えていることが分かったのかとか、何か返事を返す前に、私はお母さんに優しく抱きしめられていた。

 

少し上からかけられる言葉はとてもあたたかくて、そして何となく、迷いが晴れたような確たる熱を感じるもので。

 

「――あなたは、私の大切な娘なのだから」

 

……その一言が、決め手だった。

 

私は泣いた。今まで起きた色々なこと。辛いこともあった。苦しいこともあった。だけど、今こうやって私をちゃんと見てくれる人がいる。私を助けてくれる人がいる。

 

それがどうしようもなく嬉しくて、嬉しくて。

 

この温もりが、何よりも心地良くて。

 

だから、私は言わなくてはならない。

 

西住流の教えから外れたことに対する謝罪とか、自分が見つけた大切な道とかではなく。

 

本当に当たり前の、だけどいつの間にか言わなくなってしまう言葉を。

 

「お母さん――」

 

拭っても拭っても、溢れる涙は止まらないけれど。

 

それでも、出来る限りの最高の笑顔で。

 

「――ただいまっ!」

 

家族として、大切なその言葉を伝えることが出来たのだ。

 

……その後は、本当に久しぶりのお父さんも交えて、本当に普通の家族みたいに一日を過ごした。

 

あの決勝に関わる話は一度もなかった。ただ学校であったことや、友達と一緒に遊んだりしたこと、他にも他にも、色々な普通の(・・・)話を思う存分続けたのだ。

 

甘粕さんが来たことを話した時にお母さんが少し驚いた様子だったのは、結局どういうことか分からなかった。

 

そして、翌日。私たちは再び学園艦に戻ることになった。

 

港までは菊代さんと、それからお母さん、そしてお父さんも一緒に来てくれた。

 

話すべきことは、もう既に話している。

 

だから、お母さんとお父さんは最後に一言だけ、言ってくれた。

 

「どんな道であろうと、それが自分の信じる(マコト)ならばそれを貫きなさい」

 

「俺たちはいつもおまえたちを応援している。だから、自信を持って進みなさい」

 

……本当に、夢のようだった。

 

あの日。甘粕さんがやってきてから全てが変わった。

 

その変化の一つ一つが、どれも私にとっては良い結果だった。それがまだどこか信じられなかった。

 

「夢ではないさ。全ては、おまえがあの時勇気を出せたからこそだよ、みほ」

 

……お母さんといい、お姉ちゃんといい、何か心を読む能力でも持っているのだろうかと思ってしまうくらいに正確に私の考えていることがばれてしまう。

 

そんな私の考えは読めないのか、あるいは読んだうえでスルーしているのか――多分、いや確実に後者だろうが、お姉ちゃんは嬉しそうに言葉を続けた。

 

「みほがいたから、私たちは変われた。みほが勇気を示したから、甘粕さんは動いた。お母さんだって、きっとそうだ。だから、誇っていい。全てはおまえが示した勇気の道なんだよ。……まったく、おまえは私の自慢の妹だな」

 

ここまでべた褒めされると、なんだか恥ずかしくなってくる。だって、私がしたことは、別にそう大したことじゃない。

 

友達を、仲間を助けること。それは人として当たり前のこと。

 

少なくとも私はそう信じている。

 

そして、そんな私を見てみんなは助けてくれた。傲慢かもしれないが、私の決断がみんなを変えたのはきっと間違いないのだろう。現にお姉ちゃんはそう言っているわけだし。

 

ならば、その道を示した私が逃げてはいけない。あの時の自分に、嘘をついてはいけないのだ。

 

だから、甘粕さんが、そしてお母さんが教えてくれたように。

 

「……うん。ありがとう、お姉ちゃん」

 

「私は、後悔なんて絶対にしない。私が信じる道を、私は決して見失ったりしない。迷わない、挫けない、諦めない。みんなと一緒なら、怖いものなんてない。――それが、私の戦車道だから」

 

自分の大切な夢を、決して忘れないと誓うのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――そして。

 

『プラウダ高校フラッグ車、行動不能。よって……黒森峰女学園の勝利!』

 

ついに私たちは、再び全国の頂点に立つことが出来たのだ。

 

割れんばかりの歓声が上がり、そしてそこでやっと、実感がわいてきた。

 

目頭が熱くなる。私たちは、本当に――

 

「勝ったな、みほ」

 

戦車から降りたお姉ちゃんが、泣きそうな声で嬉しそうにそう言っている。

 

「みほ!やったわね!」

 

「みほさん!」

 

エリカさんが、赤星さんが――いや、チームのみんなが。

 

私を中心に輪を作っていた。

 

みんなみんな、私の大切な、自慢の仲間。

 

辛いことも苦しいことも、全部全部一緒に乗り越えてきた最高の親友だ。

 

だから――

 

「――はい!私たちの、勝ちです!」

 

万感の思いを込めて、この勝利を喜ぼう。

 

ありがとう、お姉ちゃん。ありがとう、エリカさん。ありがとう、赤星さん。

 

ありがとう、みんな。

 

私はこれからもずっとずっと、みんなのことを忘れない。

 

みんなで勝ち取った勝利こそ、本当に大切なものだと信じているから。

 

それが、私の信じる(マコト)

 

私の、大好きな戦車道だ。

 

 

 

 

 

 




最後の話は終始みほ視点です。そのため裏でいろいろ起こっていたりしたことは書いてありません。

例えばしほさんの話とか、あるいはこの一年間の他の学園艦の話とかを書いていけたらいいなと思っています。

最終回にカッスがいない?そりゃ魔王が負けたら退場するのが世の定めですよ(意味不明)

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