蟲惑魔使いヒャッハノイ?あいつは一人で蟲惑の園に行ってそれっきりさ……。
「いやあ空いててよかったー」
まさか体育館の使用許可がもらえるなんてね、とニコニコ笑顔で楽しそうに今上詩織ははしゃいでいた。
そうね、と財前葵は相槌を打つ。手の中にある体育館の鍵を鍵穴に差し込み、回せば音を立てて施錠が完了。大きい密室が完成した。
外へ映像が漏れないようにカーテンを、また暗くなりすぎないようにライトは点けておく。立体映像をフルに使った迫力満点のデュエルを行える環境を手際よく整えていく。
「初めてのデッキかあ、いやあ楽しみだなあ」
これから使うデッキの確認をしているようだが枚数が明らかに多い。入れ替えなどの特徴的な動作はしていないため、どうやらデッキは島直樹とデュエルしたものから変更はしていないようだ。
――それらの行動を監視する葵には、詩織と同じような楽しい、という感情は見えない。
「そう笑っていられるのも今のうちだけよ」
「おーっとまさか制圧系のデッキ使うつもりだったりしちゃう?」
「まさか……そう言いたいのはこっち。――まさか、貴方がヴァンガードだったなんてね」
「…………」
さっきまでの笑顔がきょとん、とした顔に変化する。その姿に動揺は見られない。
「いやだから、それはあり得ないって」
「水のイグニス――アクアには真実を見抜く力がある。貴方が嘘を吐くほどに真実は補強されていくわ」
葵は詩織の否定を一蹴する。そうして己のデュエルディスクにアクア、と呼びかけた。
葵のデュエルディスクから現れた水色のイグニスは本当に今ここで彼女を問い詰めるんですか? と言わんばかりにおろおろ。二人を交互に見るために何度も振り返り、ツインテールのように見える部分が揺れている。
『……間違いありませんね、彼女が水のイグニスです』
詩織のデュエルディスクからちょっぴり顔を出したグラドスにも太鼓判を押されてしまった。
「えっ財前さん妹さんにイグニスを託したのか……というかそんな力持ってるイグニスがいるってこと教えてもらってないんだけどAiめぇ……」
頭を抱えて憎々しげに呟いたちょうどその頃。全く関係ないことだろうが、Aiがくしゃみをしたとかしなかったとか。イグニスの謎は深まるばかりである。
「グラドス、取り敢えず『バレました
『絵文字部分をどう発音し……? いや、今聞くべきことではありませんね。わかりました』
頼みを引き受けたグラドスはするするとデュエルディスクの中に戻っていく。詩織を睨みつける葵は語気を強めて問いかける。
「何を企んでいるの、ヴァンガード」
「リアルでそっちの名前呼ばれるのはちょっと怖いからできればやめて欲しいなあ」
「ハノイの騎士だった貴方がイグニスを狙わないはずがないでしょう! 何故プレイメーカーと共にいられるの!? 何をするつもりなのか答えなさい!」
イグニスと強い絆を育んでいるのは喜ばしいことなのだが、それでこっちが仲間割れするハメになっては困る。元ハノイの騎士の称号はこういうとき足枷になってしまうのが難点だ。
うーん、と顎に手を当てて悩む。情報が少ない相手側の事情を考えると途中だけを掻い摘んで説明なんてしたらややこしくなるよなあ、と考える。……話が長くなるけども仕方ない。最初から話そう。
「えー、まず始めとしてハノイの騎士にいたのって実はバイトで」
「は?」
「いやバイトでハノイの騎士を」
「……は??」
「いやちょ圧が強い圧が強い! なんで本当のこと言ったら怒って……!? ワタシウソツカナイ!」
「っ、どうなのアクア!?」
「…………真実……ですね……」
「…………」
「ほらー私嘘つかないもーん」
「待って、待って……時期を考えると……ハノイの騎士になったのは入院してからってことになるわよね?」
「だねー」
「…………」
「無言で拳を握りしめないでくれます!?」
財前葵、混乱。最初の緊迫した空気は詩織の手でめちゃくちゃのグダグダに緩んでしまった。
こんな調子で話し続けられ、真意やらなにやらを聞いても気が抜けてしまいそうだ。こうなったらもう、
「〜っああもう! デュエルよデュエル!」
――デュエルをするしかなくなるのである。
ぐだぐだっとした導入だったが、デュエルが始まれば二人の顔は決闘者にふさわしいものへ引き締まる。
財前葵は恐らく水のイグニスのデッキを引き継ぎ、それを使用している。前にデュエルしたトリックスターデッキと違い事前情報が0でのデュエルになるが、リンク召喚を妨害すればなんとかなるだろう。手札には展開に必要なカードが揃っている。
「先攻は私かぁ。先に聞きたいんだけど手札誘発もうあったり? いや本気デュエルっぽいし持ってても持ってなくても不利になることは言わないか……うん、じゃあ一気にやっちゃお。効果の説明一部省略するけど許してね?」
自分の質問に対して自分で納得し、相手に断りを告げ――大きめに息を吸った。
「
連続特殊召喚に一区切り。すう、と一呼吸。
「レベル5シンクロモンスターのハイパー・ライブラリアンとレベル2シンクロモンスターのレシプロ・ドラゴン・フライにレベル5シンクロチューナー、スター・ガーディアンをチューニング! カモン!
【機械族/シンクロ/効果】
Sモンスターのチューナー+チューナー以外のSモンスター2体以上
このカードはS召喚でしか特殊召喚できない。①:1ターンに1度、自分または相手がモンスターを召喚・反転召喚・特殊召喚する際に発動できる。このカードがフィールドに表側表示で存在する場合、それを無効にし、そのモンスターを破壊する。②:このカードがフィールドから墓地へ送られた時、自分の墓地の「TG」モンスター1体を対象として発動できる。そのモンスターを特殊召喚する。
展開が長くなったため口上は省略。トライデント・ランチャーとハルバード・キャノン、どちらもその名に刻まれた武器を持つ機械の戦士が並び立つ。
攻撃力4000のハルバード・キャノンの攻撃が通ればデュエルはこちらの勝利で終えることができるが、詩織が先攻となったためまだ攻撃できない。
「カードを3枚セットしてターンエンド」
フィールドにはリンク3とレベル12のモンスター、セットカード3枚。さらには手札1枚が残っている。けれども詩織は困っていた。
「(うーん困った! サイバースに対しての召喚無効効果の使い所がよくわからない!)」
相手は2妨害程度じゃ止められないことに定評のあるサイバース、いや下手な展開の妨害をものともしないのはサイバースだけに限らないのだけど。
「私のターン、ドロー!
《
星3/攻1400
出てきたのはウマとサカナの体を持つレベル5通常モンスター――ではなく、可愛らしい女の子。シーホースを日本語に訳すとタツノオトシゴ。それを踏まえると、彼女の肩当てはどことなくタツノオトシゴの頭に見えなくもない。
「輝け、友情と絆のサーキット! 召喚条件はレベル4以下の『マリンセス』モンスター1体! 私は
「ハルバード・キャノンの効果を発動し、その特殊召喚を無効にして破壊する!」
サーチ効果とか特殊召喚とかの効果を持っていることが多いリンク1、展開の足がかりになるだろうそれを止めておくべきと判断した詩織は効果を使う。
きゃああ、と悲鳴と共に消えていくブルースラッグ。
「っ……なら! フィールド魔法、
「やっぱりまだ展開手段はある、か。なら! その発動にチェーンしてハルバード・キャノンをリリースし、罠カードバスター・モードを発動! デッキから強化形態、
《
星12/攻4500
詩織が発動したバスター・モードの閃光と共にハルバード・キャノンが消え去ったかと思えば、更なる重装甲、重装備に身を包みその性能を増したハルバード・キャノン
葵が発動したフィールド魔法により、特筆することのない体育館の天井は水中から見上げた水面の煌めきへ変わる。空から降り注ぐ海水により床は水に埋め尽くされていくなか、二人の決闘者の戦う足場として石造りの幻想的な舞台が出現した。
「
《
星4/攻1500
「フィールド魔法、
《
攻1500→1700
「今度こそ! 輝け、友情と絆のサーキット! ブルータンをリンクマーカーにセット! リンク1、
「ハルバード・キャノン
「……サルベージを発動。墓地の攻撃力1500以下の水属性モンスター2体、
「チェーンしてセットしていた速攻魔法、相乗りを発動。このターン、相手がドロー以外の方法でデッキ・墓地からカードを手札に加える度私はデッキから1枚ドローする」
葵が発動したサルベージに相乗りして1ドロー。共に手札を補充するが、葵は既に通常召喚権を使っている。自身の効果で特殊召喚可能なモンスターを持っていないように見えるのでこれ以上の展開はないだろう、そう予想したのだが楽観的な未来は簡単に裏切られた。
「――
「げっ」
「よくもまあ邪魔ばっかりしてくれたわね……! 追加された通常召喚権でブルータンを通常召喚! ブルータンをリンクマーカーにセット! リンク1、
《
Link1/攻1500→1700
【リンクマーカー:下】
三度目の正直、とようやくリンク召喚に成功したブルースラッグ。自身を破壊したり除外したりとしてきたハルバード・キャノンを見て怯えているように見える。
「リンク召喚に成功したブルースラッグの効果で墓地の
「相乗りの効果がそれぞれに適用されて合計2枚のドロー」
……葵ちゃんの周囲に確実に仕留めてやるぞというオーラが見えるのだが、気のせいだろうか。
「手札の
《
Link2/攻2000→2200
【リンクマーカー:左/下】
「コーラルアネモネの効果を発動! 攻撃力1500以下の水属性モンスターをコーラルアネモネのリンク先となる自分フィールドに特殊召喚する! 帰ってきて、ブルースラッグ!」
「うん? 通常召喚してリンク召喚して手札回収と特殊召喚と……って繋がっていく。つまり1枚からリンク3以上が出せるデッキかぁ【マリンセス】は」
やっぱりリンク2を出した時に妨害したほうが良かったかもしれない。……まあリンク1のブルースラッグを消費させたからとりあえず良しとしておこう。ヨシ!
「アローヘッド確認! 召喚条件は水属性モンスター2体以上! 私はリンク2のコーラルアネモネとリンク1のブルースラッグをリンクマーカーにセット! サーキットコンバイン! リンク召喚! リンク3、
《
Link3/攻2500→2700
【リンクマーカー:左/右/下】
「――自分がEXモンスターゾーンに『マリンセス』リンクモンスターをリンク召喚した時
葵の墓地にいる『マリンセス』リンクモンスターはブルースラッグとコーラルアネモネの2種類。その2体がマーブルド・ロックに装備される。
「さらに、自分フィールドの『マリンセス』モンスターは装備している『マリンセス』カードの数×600攻撃力をアップするわ」
《
攻2700→3900
「おわあ」
一気にマーブルド・ロックの攻撃力が跳ね上がる。
「フィールドから墓地へ送られたコーラルアネモネの効果で墓地の『マリンセス』カード、
「あ、相乗りー」
「バトルよ! マーブルド・ロックでトライデント・ランチャーに攻撃!」
トライデント・ランチャーの攻撃力は2200。シンプルな攻撃力の差で押し負け、破壊される。
「うぐぐっ」
今上詩織
LP 4000→2300
ハルバード・キャノン
とにもかくにも次のターンで倒しておかないと厄介なことになる。この後のことを考える詩織を今現在に引き戻すかのように、葵は言った。
「次のターンなんて無いわ、これで終わりよヴァンガード! フィールドにリンク3以上の『マリンセス』モンスターが存在しているため、この罠カードは手札から発動可能! 自分の『マリンセス』リンクモンスターが戦闘で相手モンスターを破壊した時、
轟々と、水が一つの指示のもとに動き始める。
「その自分のモンスターのリンクマーカーの数×400ダメージを相手に与える。さらに自分フィールドにリンク2以上の『マリンセス』モンスターが存在し、相手リンクモンスターを破壊した場合には、破壊されたモンスターのリンクマーカーの数×500ダメージをさらに相手に与える!」
マーブルド・ロックのリンクマーカーの数は3、そこに×400で1200。トライデント・ランチャーのリンクマーカーの数は3、そこに×500で1500。
合計すると、発生する効果ダメージは2700。そして今上詩織の残りLPは2300。1ターンキルを狙っていたのなら相乗りされても問答無用で展開を続けていたのにも納得できる。が、それをそのまま通すわけにはいかない。
「だからその名前を叫ばないでってちょっと待って暴力反対! 自分フィールド上に『/バスター』と名のついたモンスターが存在する場合に発動できるカウンター罠、バスター・カウンターを発動!
ハルバード・キャノン
「……メインフェイズ2、マーブルド・ロックの効果で墓地の『マリンセス』カード、
「相乗り」
「仕留め損なった……ターンエンド」
「エーン殺意がひどい」
それを知った彼女はある計画を立てた。
真に世界を救うため、影に潜む敵を倒すため。
故にこそ、彼らは力を貸し与え
写し身の心をカードに宿した。
時を超えて集いし星が、新たな未来を待ち望む
真の目的に必要な正しき行い」
相乗りで合計5枚ドローしました。
よって葵ちゃんがターンエンド宣言した時の二人の手札は……
詩織→6枚
葵→4枚
手札そんなに減ってないマリンセス怖〜。
なお、今使用しているデッキはただの【TG】……ではありません!存在は過去にちょろっと書いてます。
次回予告……つまり……次のターンで出てくるのはそういうこったな!なんでそのデッキ回ってるの?