だれかかいてくれないかなぁ……。
そこは文字通り何もない空間。実用性の高い家具や視界を彩る装飾……人ではない存在はそれらを必要としないが故に、何一つ躊躇うことなく全てを取り払った。
その分、隠すことに力を入れた。人間には見つけられぬように、また自分を作り出した存在でも手が出せぬように。ごくごく限られた者のみを招くためのシークレット・ルーム。
――ぐぬり、と人の形に歪んだそこから足が現れる。白のブーツ。続いて全身も。予定していた来客の訪問だ。
「まさか本当に来るとはな」
ボーマンは眼前にいる決闘者を呼び出したが、確実にこの場所へ来るとは確信が持てていなかった。
ボーマンには彼女を罠にかけようという気持ちは無い。だが、ライトニングやウィンディにより彼女らは数度嵌められている。それを踏まえてなお誘いに乗るのは我々を未知の手段で返り討ちに出来る異端者か、過去から学習しない大馬鹿か? ――彼女は前者だ。
何が起きようとなんとか出来る、そう自信を持っているからこそ来たのだ。
傍に控えるハルは怪訝な目を向けている。ハルはボーマンと同じくライトニングによって作られた優れたAIではあるが、性能はボーマンと比べると数段落ちる。当然理解可能な情報にも差が生まれる。
そもそも、ハルから見た彼女の印象は『自分の名前をなんとなくで当てにきた、強いけどかなり変わった行動ばかりする決闘者』であるから軽視して仕方ないとも言えるが。
「いやあ、こーんなに丁寧な招待状をもらって無視はできないからね」
ひらひらと一枚のメッセージカードを弄ぶヴァンガード。それは彼女に宛ててボーマンが送ったもの。プレイメーカーやハノイの騎士、ライトニングにさえも知られぬよう作り上げた秘密の場所への招待状だ。
「……で、いつまでお前はそうしているつもりなんだ?」
どことなく言葉に棘を含みつつ、ハルはヴァンガードのデュエルディスクにいるイグニスもどきへ問いかける。
「この形での同伴に何か不満でも? まあ私も一度これは失礼だなと頭の中によぎりましたが。よぎっただけでしかありませんが」
「失礼って考えに辿り着いたならさっさと出ろよ」
「それもそうですね」
ヴァンガードのデュエルディスクからぬるりと這い出て、隣に立つ。ヴァンガードよりも身長が高く、その体はシルエットこそ人間に似ているが人間ではない。
元AIデュエリスト、現個人名グラドス。
「先にそちらの話をお聞かせ願いたい。こうして秘密裏に呼び出したのは光のイグニスに聞かせたくない内容があるからでしょう?」
ライトニングはヴァンガードを排除したい。ウィンディはライトニングの影響を受けているため右に同じ。ハルも似た感情を抱いている。
ただ――ボーマンだけは、彼女へ興味を抱いた。
それはライトニングの願いに背くことになる。だから誰にも知られぬよう準備を整えたのだ。なのにハルを連れてきたのは何故か、と理由を聞かれれば迷うことなくボーマンは「自分は兄であり弟を守る役目を負っている。だからハルは守れる範囲に居てほしい」と言い切るだろう。実際ここに来る前にハルに問われてそう言った。
自分よりも上位のAIによる命令となれば従う他なく、しぶしぶハルはボーマンについていくことになったのだった。
「単刀直入に言おう。ヴァンガード――今上詩織。お前は何者だ?」
「ナニモノ、って私は私だけど」
何言ってんだこいつ、とまでは顔に出さなか……いや若干出してヴァンガードは返答する。
「そういう意味ではない。お前が抱える異常性について私は明らかにしたいのだ」
異常、それが何なのかヴァンガードは考えても考えても思いつかない。それもそうだろう。その異常性はこの世界にいる彼女を構成する根幹であるのだから。
「デュエルをきっかけとしてAIデュエリストにイグニス同様の意思が生まれたこと。操るモンスターが搭載されたAIでは説明のつかない自由な言動を見せていること。……どれも普通の生活を送っていた人間が起こせるものではない」
ここまで言われ、ようやくボーマンの言った何者かという問いの意味に気付く。
「ああその事か! 答えを私の口から言ったとしても今のままだと貴方は絶対に理解できない。理解するための能力が無いから。だから教えない」
六属性のイグニスを統合するために生み出されたボーマンであっても性能が足りない――言いたくないから言い訳をしてはぐらかした? 否。
「……今のまま、か」
復唱したその単語は彼女がなんとなくで付け足したわけではない。しっかりと意味を持って発せられたとボーマンは認識した。
「で、そっちのターンは終わり? ならついでにこっちからの要求も言わせてもらおうかな」
へらりとした明るい女の子が消える。多くの戦いを経た決闘者の面が現れる。
ぴ、と指を二本立てるヴァンガード。Vサインにも見えるが違う。それはある数を示す。
「プレイメーカーに二度敗北した。――その事実を忘れたとは言わせないよボーマン」
痛いところを突かれた、と狼狽えはしない。ボーマンの学習の過程に必要だったとしても敗北は敗北、彼女からすれば利用して至極当然の過去。
「要求は至ってシンプル。そっちが負けた二回分、つまり二人――草薙仁とロボッピを返してほしい。勿論そちらが行った干渉を全部取り払った状態でね」
そもそもこの戦いが明るみに出たのは光を纏った何者か――光のイグニス・ライトニングの命令を受けたボーマンの手により草薙仁の意識が奪われたことだ。
明確な自己を持たず、自分は誰だ俺はお前だと二転三転している時の彼はライトニングによって誘導されていた。プレイメーカーとの戦いを数度終え、ライトニングに望まれたイグニス統合の器として完成した。
主従関係は反転……とまではいかないが、ライトニングからの提案を跳ね除けるだけの力を得た。
他者の介入が起きないと約束されているタイミングなら、ボーマン個人と取引が可能。――また、ライトニングがいなければボーマンが下した決定は絶対のものとして押し通せる。そこが今上詩織がボーマンの誘いに乗った大きな理由の一つだ。
「……確かに、その要求はもっともだ」
「ボーマン!」
納得しているボーマンにハルがストップをかけようとする。光のイグニスの意思に反する行いを見過ごすわけにはいかない。今すぐに連絡をしようとしたが、続けて発せられた言葉を聞きそれを止める。
「しかし、望みを叶えるのはそちらだけ――それは少々虫が良すぎはしないか?」
ハル、と声をかける。何を望まれているのか察した彼はデュエルディスクを構える。続けて、ボーマンも。
「力を示せ。
「へえ、タッグデュエルか……」
問題ないか、と問いかけるようにグラドスを見る。
かのAIの目には本当に
「いいよ、その勝負受けて立つ。こっちが負けたら私が何なのかって疑問についてオマケ付きでちゃんと教えてあげる」
数度の操作。シャゴ、と音を立ててデュエルディスクがデッキの入れ替えを自動的に行う。
ペンデュラム効果でクリフォート以外の特殊召喚を不可能にしてしまうクリフォートデッキはタッグデュエルとあまりにも相性が悪すぎる。
――それに、こちらのデッキでもあのモンスターを出せるように調整はしてある。
決闘者特有の殺気が、空間を満たしていく。
ルール:タッグフォース
・フィールド、墓地、除外ゾーン、ライフポイントを相方と共有する
・手札、デッキ、エクストラデッキは個別に扱う
・ターンは「自分→相手A→相方→相手B→…」の順に行う
・1ターン目のみドロー、攻撃不可能
「先攻1ターン目は僕か。手札を1枚墓地に送りサイバネット・マイニングを発動。デッキからレベル4以下のサイバース族モンスター、ハイドライブ・ブースターを手札に。さらに互いのメインモンスターゾーンにモンスターが存在しない場合、ハイドライブ・ブースターは手札から特殊召喚できる」
《ハイドライブ・ブースター》
星1/攻0
「ハイドライブモンスターが特殊召喚されたことで墓地のブレイク・ハイドライブを守備表示で特殊召喚」
《ブレイク・ハイドライブ》
星1/守800
サイバネット・マイニング発動のため墓地に送られたブレイク・ハイドライブが効果によりフィールドへ現れる。一切の無駄なくフィールドに並ぶハイドライブモンスター。その後に続く展開はどうなるのか、それは宙に浮くサーキットが既に示している。
「現れろ、僕のサーキット」
流れるようにデュエルは進む。ハルはハイドライブ・ブースターを素材にバーン・ハイドライブを、ブレイク・ハイドライブを素材にクーラント・ハイドライブをリンク召喚した。
《バーン・ハイドライブ》
Link1/攻1000
【リンクマーカー:下】
《クーラント・ハイドライブ》
Link1/攻1000
【リンクマーカー:下】
炎と水、下向きのリンクマーカーを持つリンク1のハイドライブが縦に並び、魔法・罠ゾーンへとリンクマーカーが向いた。
場は整った。ハルの手が手札の一枚へ伸びる。
「クーラント・ハイドライブのリンク先へリンク魔法――
①:「裁きの矢」はリンクモンスターのリンク先となる自分の魔法&罠ゾーンに1枚しか表側表示で存在できない。②:このカードのリンク先のリンクモンスターが戦闘を行うダメージ計算時のみ、そのリンクモンスターの攻撃力は倍になる。③:このカードのリンク先にモンスターが存在し、このカードがフィールドから離れた場合、そのリンク先のモンスターは全て破壊される。
「来ましたか、リンク魔法……!」
スピードデュエルではスキルにより発動することが多かった彼らのキーカード。リンクモンスターを多用するデッキでエクストラモンスターゾーンの空きやリンクマーカーの向きを気にする必要が減る、また攻撃力を上昇させることも可能というのは脅威の一言に尽きる。
「現れろ、僕のサーキット! 召喚条件は『ハイドライブ』リンクモンスター2体! 僕はバーン・ハイドライブとクーラント・ハイドライブをリンクマーカーにセット! リンク召喚! リンク2、ツイン・ハイドライブ・ナイト!」
《ツイン・ハイドライブ・ナイト》
Link2/攻1800
【リンクマーカー:左/右】
「ツイン・ハイドライブ・ナイトがリンク召喚に成功した場合、このカードのリンク素材とした自分の墓地の『ハイドライブ』リンクモンスターを2体まで対象とし、このカードの属性をそのモンスターと同じ属性として扱う」
素材になったのは炎属性のバーン・ハイドライブと水属性のクーラント・ハイドライブ。相性が悪いだろう相反する力を一つのモンスターが内包する。
――これが、ハイドライブの属性を支配する力。
「また、同じ属性の相手フィールドのモンスターの効果は無効化される。……ま、そっちが光と闇以外の属性をあんまり使わないのは知ってるけど無いよりはマシってことで」
言葉通り、ツイン・ハイドライブ・ナイトの持つ効果を無効にする効果にそこまで期待しているようには見えない。当然だろう、活かしたいのはモンスターではなくリンク魔法の力。
どちらが次のターンを担当するのかは分からないが、どちらでも突破は容易だろう。
「カードを2枚セットしてターンエンド」
だから備える。手札を全て使い切りターンを終えたハルは気を抜かず敵を見据える。ターンが移り、このターンから攻撃が可能になる。ここからは一瞬の油断が命取りになる。
ハルの次、ターンプレイヤーは――グラドス。
「私のターン、ドロー。手札のサイバー・ダーク・クローを捨てて効果を発動。デッキから『サイバーダーク』魔法・罠を手札に加えます。この効果により私はデッキから魔法カード、サイバネティック・ホライゾンを手札に加え――」
「っはぁ!? サイバーダークなんてどこにも書いてないじゃないか!」
グラドスの効果処理にハルが噛み付くのも当然だ。手札に加えたその魔法はサイバーダークの名前を冠していない。だが、デュエルディスクは不正を検知していない。その答えをグラドスは告げる。
「サイバネティック・ホライゾンはルール上『サイバーダーク』として扱うカードなので何の不正もありませんよ――では改めて、サイバネティック・ホライゾンを使用させてもらいます」
表と裏のサイバー流を繋ぐ地平線、サイバネティック・ホライゾン。
「手札のサイバー・ドラゴン・ヘルツとデッキのサイバー・ダーク・キメラを墓地へ送り効果発動。手札にサイバー・ダーク・カノンを加え、エクストラデッキのサイバー・エンド・ドラゴンを墓地に」
光と闇。機械とドラゴン。サイバーとサイバー・ダーク。墓地にカードを貯め手札を整えるのは二つの力を十全に扱うための下準備。
「墓地に送られたサイバー・ダーク・キメラの効果でデッキからサイバー・ダーク・エッジを墓地に。また、サイバー・ドラゴン・ヘルツが墓地に送られたのでデッキからサイバー・ドラゴンを手札に加えます」
もし相手のリンクモンスターがエクストラモンスターゾーンにいればキメラテック・メガフリート・ドラゴンの融合素材に出来たが……リンク魔法を使う相手がそう都合よくモンスターを残すはずはない。
「手札のサイバー・ダーク・カノンを墓地に送り効果発動。デッキからサイバー・ダーク・キメラを手札に加えます。――では、参りましょうか。サイバー・ダーク・キメラを通常召喚」
《サイバー・ダーク・キメラ》
星4/攻800
サイバー・ダーク・キメラはサイバー・ダーク機械族モンスター3体が合体した姿ながらも、融合モンスターになり損なったモンスター。だからこそ何よりも正しい姿になることを――融合召喚を望んでいる。
「サイバー・ダーク・キメラの効果。手札の魔法・罠カード1枚を墓地に送り、デッキからパワー・ボンドを手札に。また、この効果を使用したターンはドラゴン族・機械族の『サイバー』モンスターしか融合素材にできず、一度だけ墓地のモンスターを除外し融合素材とすることが可能になる」
「墓地も融合素材に……墓地に複数のモンスターを送っていたのはそういう事か」
「魔法カード、パワー・ボンドを発動!」
待ちに待った融合魔法の発動に、サイバー・ダーク・キメラが悲鳴にも歓喜の声にも聞こえる雄叫びを上げる。
「フィールドのサイバー・ダーク・キメラと墓地のサイバー・ダーク・クロー、キメラ、エッジ、カノンを素材とし融合召喚!」
フィールドから融合素材となったキメラは墓地へ行き、墓地にいた4体は除外されていく。融合素材となったのはサイバー・ダーク5体。
「世界の裏に在る果てなき闇を喰らい顕現せよ!
《鎧獄竜-サイバー・ダークネス・ドラゴン》
星10/攻2000
フィールドに降り立つのは闇の力を得た事で黒を超え獄に染まった機械竜。5体のモンスターを融合素材に要求する割には攻撃力は少々低めだが、それは今問題にはならない。
「パワー・ボンドの効果で融合召喚したサイバー・ダークネス・ドラゴンの攻撃力は倍になる!」
《鎧獄竜-サイバー・ダークネス・ドラゴン》
攻2000→4000
「鎧獄竜-サイバー・ダークネス・ドラゴンが特殊召喚に成功したことで効果発動! 自分の墓地からドラゴン族モンスターまたは機械族モンスター1体を選び、装備カード扱いとしてこのカードに装備する!」
「――その効果発動にチェーンして罠カード、強制脱出装置を発動する。そのおっかなそうなモンスターはエクストラデッキへ戻ってもらおうか」
「……む」
グラドスの墓地にはサイバネティック・ホライゾンによって墓地へ送られたサイバー・エンド・ドラゴンが――攻撃力4000の機械族モンスターがいる。妨害がなければ効果により攻撃力8000になったサイバー・ダークネス・ドラゴンの攻撃でデュエルを終わらせることができたが……。まあ止められた以上仕方がない。
「それではプランBと行きましょうか。手札の
《竜輝巧-アルζ》
星1/守0
グラドスのフィールドに現れたそれは、ある星を構成する機械竜のひとつ。先ほどまでフィールドにいたサイバーダークとは違いこちらは光属性。
――透き通る空のように光輝くその力はただ、敵を滅するためにある。
「その後、効果でデッキから儀式魔法
「……儀式、だって?」
ハルの疑問に応える者はいない。
「フィールドのアルζを墓地に送り墓地のエルγの効果を発動。エルγを守備表示で特殊召喚し、効果で墓地のアルζを特殊召喚」
《竜輝巧-エルγ》
星1/守0
「レベル1のエルγ、アルζ の2体でオーバーレイネットワークを構築! エクシーズ召喚! ランク1、竜輝巧-ファフ
《竜輝巧-ファフμβ’》
ランク1/攻2000
現れるのは武装が追加されたドライトロンの母艦、ファフニール。当然、ドライトロンを補助する効果を持っている。
「竜輝巧-ファフμβ’がエクシーズ召喚に成功した場合、デッキから『ドライトロン』カード1枚を墓地へ――」
これでメテオニスを墓地に落とせば、そう考えたのが不味かったのだろうか。
ハルの手が動いた。それと同時にギシャア、とファフμβ’が痛みを訴える。何事かとグラドスが原因を探ろうと機械竜の躯体を仰ぎ見て――その痛々しい姿を直視した。
ファフμβ’に、複数の光の矢が深く突き刺さっていた。
「これは!」
「罠発動、
最初に儀式召喚をするのではなく、レベルを持たないエクシーズモンスターを出してきた時点で勘繰るのは当然。グラドスの3枚の手札の内、未知のカードは1枚。……それが儀式モンスターでないと確信したハルはグラドスの展開を止めにきた。
「……カードをセット。エンドフェイズにパワー・ボンドの効果で融合召喚した鎧獄竜-サイバー・ダークネス・ドラゴンの上昇した攻撃力分、2000のダメージを受ける……が! 墓地に存在するダメージ・ダイエットを除外しこのターン受ける効果ダメージを半分にする! ぐっ……!」
ヴァンガード&グラドス
LP 4000→3000
サイバー・ダーク・キメラの効果を発動するためコストにした魔法・罠の正体こそダメージ・ダイエット。その効果でライフポイントの減りを抑えたものの、フィールドに残っているのは攻撃力が0に下げられた竜輝巧-ファフμβ’とセットカード1枚のみ。
「少々焦りすぎましたかね……」
「いや、十分だよ」
カード名が異なるモンスターが5体には届かないものの墓地にある、それだけでヴァンガードとしては下準備が減らせて嬉しい。それに予想があっていればセットカードはあのカード。戦闘の心配をする必要は無い。
一番の問題は――ボーマンがどう動いてくるのか、ということだけだ。