バイト生活の始まり
「クラッキングドラゴンでダイレクトアタック!」
「うわああぁーーっ!」
相手のライフがゼロになり、苦痛の表情を浮かべ吹っ飛ばされる。アバターにノイズが走り、それがどれほどの衝撃なのかを物語っていた。
「イグニスは何処だ!」
「そ、そんなもの知らない!!」
怯える男を見下ろす。どうやら外れだったようだ。……こいつがイグニスを知らないことは最初からわかっていた。私は売られたデュエルを買っただけだ。
「フン」
男はがたがたと震え、デュエル開始前の戦意を喪失していた。追い討ちをかけるほど外道ではない。フードと仮面をつけた長身のアバターは、デュエルディスクを操作し、次のポイントへの地図を表示する。
そしてそっと、誰にも聞かれないように呟く。
「あと一時間か、がんばろ」
国際的なハッカー集団、ハノイの騎士。私はそこで現在バイト中なのです。
何でこうなったのか、それはある事故から始まった。
「自動車の自動運転システムをハッキングし、高校生に重傷を負わせる事故を起こしたとして少年(17)が逮捕されました。少年は――」
テレビを切る。自分が巻き込まれた事件が延々とループするのは気が滅入ってくる。テーブルの上に置いたカード達を纏め、シャッフルして五枚引く。……事故った。
ここから動けないし、お見舞いに来る人いないしでずっと暇。リンクブレインズにログインして時間を潰すのはほどほどにするように、とのこと。
それよりも今、最も重要な事は。
「お金どうしよ……」
高校生にとって大事なことはお金。友達と遊ぶのにも、ご飯食べるにも必要。高校生はバイトしか稼ぐ手段はない。学校帰ってすぐバイト、休日にもバイト、テスト前ギリギリでもバイト。頑張って稼いでも何か買えばすぐ無くなっていく。
事故で入院した私は、入院費、病院の食事代もろもろ支払わないといけない。もちろん万はいきます。貯金が一気に吹っ飛ぶのはとても痛い。
「あ〜、怪我人でもできるバイト無いかな〜」
ぽちぽちと検索をかけるがそんなもの存在しない。ですよねー。そもそも足が折れてるからここから動けないし。病院で内職って……駄目だよね。
「リンクブレインズ行くかー……」
デュエルディスクの設定画面を開き、タイマーを一時間にセットする。ログインしてから設定時間経つと音で知らせてくれる、本来は小さな子供に対しての設定なのだ。時間を決めておかないといつまでもリンクブレインズの中にいる子は後を絶たない。デュエルを見ているだけでも時間があっという間に過ぎるから仕方ないけどね。
体が青い光球に包まれ、意識が浮くような感覚。ぱちり、と瞬き一つで世界が切り替わった。病室から、データで構成されたビル群へ。
「あ、うわっとっとっと」
現実では事故のせいで歩くのにも一苦労するが、アバターは健康体の私を元に作られている。リアルとの差が大きいせいか、上手くバランスをとれずその場で尻餅をついてしまった。
「いてて……っと、何処でデュエルやってるかなー」
壁にもたれかかるようにして立ち上がり、壁伝いに辺りを散策しようとした、その時。
「…………は?」
また世界が変わる。今まで見たことがない場所だった。黒と光の線で構成された空間。電子機器の回路の中に迷い込んだような、無機質な所。目の前には、メットを被り、白いコートを着た男のアバターがいた。……私は彼を知っている。忘れるはずはない。彼はーー。
「貴様が今上詩織か」
「は、はい」
「我らハノイの騎士にその力を貸してもらおう」
アイエエエ!? リボルバー様!? ナンデ!? いや本当に何で。私ハッカーじゃないよ? 唯のデュエリストだよ?
「先の事故、それは虚構と現実を繋ぐという愚かなことをしたが故に起きたもの。そして貴様は言ったな」
彼からすれば、私はネット世界の犠牲者に見えるのか。……あれ、私何か言ったっけ?
「「人間が作ったものが完全であるはずがない、必ずどこかに穴がある」と」
あ、ああああーー!! インタビュー! 事故から意識が回復した時されてたわ私!! 自分でも何言ってたか覚えてなかったけど。多分漫画とアニメの影響もろに出てたんだ。じゃないと私そんなこと言わないもん!
「我らは
なんだろう、ふんわり溢れ出るいい人感。……まて私、テロ組織に関わるってろくなことにならないぞ。
「犯罪に手を貸す気はない」
「だろうな。だが、これでどうだ?」
カードの形をしたテキストデータが私に向かって投げられる。受け取って中を確認する。
「…………っ」
「どうだ? 悪い条件ではないと思うが」
バイトの申し込み書類でした。しかも中々の好待遇。前やってた家庭教師のバイトよりも稼ぎがいいってどういうことなんだこれ。きっちり保険までついてる。それに、週一でもOK……だと……?
こいつ、私が今何欲しいかわかってやがる!
「貴様はデュエルをするだけでいい。悪くないとは思うがな」
「くっ……」
揺れるママママインド。リボルバー。ハノイの騎士。金。テロ組織。金。バイト。金。金。金……。
「私がハノイの騎士をしていることが世間にばれないなら」
「交渉成立、か」
「我ながらちょろいよなー……」
金に負けるデュエリスト。仕方ないよね、入院費稼ぐためだから。
向こうが用意してくれたこの量産型ハノイの騎士のアバター、実際の私の身長と差があるのに手足を動かしても違和感がない。どんなプログラムなのかさっぱりです。しっかりボイスチェンジャーも搭載済み。私の声が知らない男の人の声に変換される不思議アバター……向こうにそこそこ迷惑かかってるよねこれ。
そして問題が。
「遊戯王VRAINS、まだ一期の途中だもんなー」
アニメはまだ終わっていない。二期になったら第三勢力が出てきてプレイメーカーとリボルバーの共闘、みたいになるのかなー。なったらいいなー。
「……考えていても仕方ない、か」
だって私はバイトだから。物語ではモブハノイとして倒されるだけ、そう、それだけ。
「よーし、頑張って稼ぐぞー」
彼女は知らない。クラスでは席替えが行われ、藤木遊作の隣の席になっていることを。
彼女は知らない。幹部達から「すごく久しぶりにまともな子来てくれた」と思われていることを。
彼女は知らない。後にヒャッハノイ達を纏めるバイトリーダーになることを。
彼女は知らない。リボルバーから渡されたクラッキング・ドラゴンに精霊がついていることを。
これは、遊戯王VRAINSに転生していた女の子が、ハノイの騎士(バイト)として苦労する話である。
リボルバーはバイラ経由で主人公のことを知りました。
以下、簡単な主人公設定
女子高生デュエリスト。アニメはずっと見てる。けど細かいところは忘れてる。
好きなカードはクラッキング・ドラゴン。理由はかっこいいから。使用デッキは「ハノイの騎士」
乗っていたバスが事故って転生。ここが遊戯王の世界だと中学の時に記憶が戻ってわかった。