また、今回も狙われてしまいます。それを助けるのは……
きりが悪いんで途中で切らずに一話にまとめたため、ちょっと話が長くなってしまいました。
“無意味な理想はいずれ現実の前に敗れるだろう……それでも振り返らず、その理想を追っていけるか?”
アーチャーの言葉に、俺は義父“切嗣”との最後の会話を思い出す。
「子供の頃、僕は正義の味方に憧れてた……」
「何だよそれ?憧れてたって、諦めたのかよ?」
「うん、残念ながらね……ヒーローは期間限定で、大人になると名乗るのが難しくなるんだ。そんな事、もっと早くに気が付けば良かった。」
「そっか……それじゃ、しょうがないな。」
「そうだね、本当にしょうがない。」
「うん、しょうがないから、俺が代わりになってやるよ!」
「ん?」
「じいさんは、大人だからもう無理だけど、俺なら大丈夫だろ?任せろって、じいさんの夢は……」
「……そうか、ああ……安心した……」
「士郎?」
「……」
「ちょっと、士郎、聞いてるの?」
「ん?あ……ああ、悪い。」
家で、遠坂、セイバーと今日の事件について話し合っていた。その最中に、俺はちょっとトリップしてしまった。
被害にあった生徒や先生達は、衰弱していたが命に別状は無かった。但し、2~3日は病院で療養が必要だ。だから、藤姉も桜も今は入院している。
遠坂は、一旦家に帰った後、今後の事を相談する必要があると言って俺の家に来ている。
「それで、敵のサーヴァントはキャスターだったのですね?」
「ええ、おそらく新都のガス漏れ事故も、キャスターの仕業だと思うわ。」
「慎二の他に、学校にもうひとりマスターが居たって事か?」
「しかもそいつは、慎二の残した結界を利用して学校を襲った。」
「ゆ……許せない……」
俺は、唇を噛み締める。
「まずは、マスターを突き止めるのが先決ね。」
「キャスターの拠点は、分からないのですか?」
セイバーの問い掛けに、遠坂が即座に反応する。
「おおよその見当はついているわ。」
「本当か?何処だ?」
「おそらく、柳洞寺よ。新都の事故現場からの魔力の流れは、柳洞寺に向かっていたから。」
「ならば、柳洞寺に乗り込んで、キャスターを叩きましょう!」
そう言って、セイバーは立ち上がるが、
「駄目だ!」
俺も立ち上がって、それを否定する。
「何故ですか?士郎はさっき、“許せない”って言っていたでは無いですか。」
「確かに許せないが、用意周到な奴だし敵の本拠地だ、どんな罠を張っているかも分からない。俺達は、まだ敵の情報を知らな過ぎる。」
「恐れているだけでは、敵は倒せません。“虎穴に入らずんば虎児を得ず”日本の諺です。」
「駄目だと言ったら、駄目だ!」
「あなたには、マスターとしての自覚が……」
「ストップ!」
俺とセイバーの口論を、遠坂が遮る。
「セイバー、士郎は、あなたの事を心配しているのよ。」
「な……何故ですか?私はサーヴァントです。そのような心配は不要です!」
「確かに……サーヴァントの身を心配するマスターなんて、聞いた事が無いわ。でもね、セイバー。今回は、私も士郎の意見に賛成よ。」
「ま……まさか凛、あなたまで、私の身を心配してるなんて言う訳では無いでしょうね?」
「まさか、無闇に戦闘を仕掛けて、失敗するリスクを避けたいだけよ。今回の場合は、まずマスターを突き止めて、そちらから攻める方が勝率が高いわ。」
「わ……分かりました。」
「士郎もいいわね?」
「あ……ああ……」
「何?まだ何かあるの?」
「いや……何か、頭に引っ掛かってて……思い出したら、言うよ。」
「とりあえず、3日間は学校は休校になったから、マスター捜しは学校が始まってからね。」
そう言って、遠坂は立ち上がる。
「そうか、じゃあ、もう遅いから送って行くよ。」
すると、遠坂は、何やら大きな荷物を取り出して言って来る。
「空いてる部屋に案内して。」
「え?」
「今日から私、ここに泊まるから。協力する以上は、当然でしょ?」
「ええ~っ?!」
遠坂は、廊下を奥へとどんどん進んで行く。
「工房だけは、自分のを用意しないとね……」
「遠坂、ちょっと待てって、おい!」
「あら、離れがあるじゃない!」
俺の言う事など一切聞く耳持たず、遠坂は勝手に部屋を決め、どんどん工房造りを始めてしまう。
「うん、まあ、これなら何とかいけそうね。」
「おい、俺はここに住んでいいなんて言ってないぞ!」
「ねえ、あのエアコンどう使うの?」
「話聞けって、お前!」
「部屋に関しては、私からも要望があります。」
一緒に付いて来た、セイバーが口を開く。
「私は、士郎と同じ部屋で寝るべきだと思う……」
「何言い出すんだ……ていうか、女の子と一緒になんか寝られるか!」
「睡眠中の警護は、サーヴァントの役割です。」
「そういうことじゃ無くてだな……」
そこに、呆れたように遠坂が口を挟む。
「サーヴァントはサーヴァント、人間扱いする必要は無いんだけど……ま、士郎にそんなこと言っても無駄か?」
そこで気付いた。
「……お前、いつから俺を名前で呼ぶようになったんだ?」
「そうだった?」
「さっきからの違和感は、遠坂が俺を名前で呼んでるからか?」
「話を切らないでもらいたい、私の部屋の問題に、結論が出ていない。」
頑として譲らないセイバーを、何とか言いくるめて、部屋をすぐ隣にする事で妥協してもらった。その代わり、俺にも自分を護る術を身に付けてもらいたいと、その夜からセイバーが俺を鍛える事になった。
道場でセイバーにしごかれた後、俺は、土蔵でいつもの強化魔術の鍛錬を行っていた。
「痛たっ……セイバーの奴、やるとなったら手加減無しだもんな……」
しばらく鍛錬を続けていると、
「士郎?」
セイバーが、土蔵を覗き込んでいた。
「鍛錬ですか?」
「ああ……一応、毎日やってるからな。」
「入っても宜しいでしょうか?」
「ああ……」
「士郎の得意な魔術は、強化だと聞きました。」
「まあ得意っていうか……それしかできないんだけどな……」
「強化の鍛錬というのは、どういう風に行うのですか?」
「強化っていうのは単純に物の強度を上げる事だけじゃ無く、物の効果を強める事も含むんだ。」
そう言って、俺は右手に持っていた石をセイバーの眼前に翳す。
「これだとより硬く、」
次に、手前にある電球を指差し、
「あの電球だったら、より明るくするとかだな。物の構成材質をイメージして、その中に俺自身の魔力を通して、強化するって事なんだ。」
「なるほど。」
感心して、セイバーは顔を近づけて来る。あまりに顔が近いので、俺は少しドキッとしてしまう。
「ろ……論より……だな……ひとつ、やってみる。」
少し焦りながら、俺はトレースを始める。
「トレース・オン、」
俺の魔術回路が作動し、石に魔術が送り込まれる。
「基本骨子解明、構成材質解明……基本骨子変更、構成……材質……」
集中力が乱れていたため、思うようにいかない。手は振るえ、顔には汗が流れ出す。
「ほ……補強……」
そこで、石は砕けてしまう。
「うっ!……はあ、また失敗だ……実は、成功率はかなり低いんだ。」
「いえ、先程の士郎は、集中をやや欠いているように感じました。」
確かに、真横にいるセイバーをつい意識してしまう。その目、その口、その……
「ああ……いや、例えば、こういう刃物だと……」
俺は、それを誤魔化して、左手にあるナイフを取ろうとするが、セイバーはすっくと立ち上がって言う。
「やはり、私が隣に居ては邪魔ですね。あまり根を詰めないようにして下さい。」
「ああ……おやすみ。」
セイバーは、ゆっくりと土蔵を出て行った。
俺は溜息をひとつついて、再び鍛錬を始めた。
深夜、衛宮家の土蔵の中では、士郎が疲れてそのまま眠り込んでいた。
その土蔵の中に、風のように幾多もの細い糸が流れ込んで来る。糸は、士郎の体に絡み付いていく。そして、士郎の体が勝手に動き出す……
士郎は、夢遊病者のように夜の町を歩いて行き、ある寺の境内にたどり着く。そこで、目を覚ます。
「え?こ……ここ、何処?」
何か、お寺の境内のようなところで私は目覚めた。でも、まだ夜は明けていない。
え?衛宮くんになってるの?でも、ここ衛宮くんの家じゃ無い……
「ここは、柳洞寺よ。」
どこからともなく声がして、突然目の前に黒い霧が立ち込める。その中から、紫のローブを纏った、魔道師のような恰好の女性が現れる。顔は、ローブに隠れて見えない。
「あ……あなた……サーヴァント?」
「ええ、その通りよ。セイバーのマスターさん。」
ええっ!私、また襲われちゃったの?な……何で、入れ替ると必ずサーヴァントに襲われちゃうの?衛宮くんって、ひょっとして毎日サーヴァントに襲われてるの?
私は、慌てて逃げ出そうとするが、金縛りに合ったように体が全く動かない。
「無駄よ、一度成立した魔術は、魔力という水では洗い流せない。ましてあなたの魔術回路のような弱々しい流れでは……マスター達の中でも、あなたは飛び抜けて力不足でしたから……」
そんなの当たり前じゃない!私は、本当のマスターじゃ無いんだからっ!
「わ……私を、殺すん?」
完全に女言葉になっているが、策略がうまくいって上機嫌の相手は気付いていない。
「安心しなさい、殺してしまっては魔力を吸い上げられないわ。始めは加減が分からず殺してしまったけど、今は程度良く集められる。もう気付いていると思うけど、新都のガス漏れ事故も全て私の仕業。キャスターのサーヴァントには、陣地を造る権利があるのよ。私はこの場所に神殿を造ってあなた達から身を護る。ほら、見えるでしょ?この土地に溜まった数百人分の魔力の貯蔵、、有象無象の欠片が……」
確かに、この場所からは、異様なオーラのようなものを感じてしまう。
こ……この人、町中の人を襲って魔力を集めてたの?最低!なんて酷い……
「む……無関係な人を、巻き込んだの?」
「この町の人間は皆、私の物……」
なんて横暴なの!ゆ……許せない、この人だけは……
「さあ、それでは話を済ませてしまいましょうか?」
そう言って、その女は私の耳に顔を近づける。
「その令呪を、貰ってあげるわ。」
その頃、異変に気付いたセイバーは士郎が居ない事を知り、魔力の流れを追って柳洞寺の石段の前までたどり着いていた。しかし、一気に駆け上がろうとしたセイバーの前に、ひとりのサーヴァントが立ち塞がった。
「聞こう、その身は如何なるサーヴァントか?」
「アサシンのサーヴァント、佐々木小次郎。」
いきなり真名を言った事に、セイバーは驚く。
「立ち合いの前に名を明かすのは、当然であろう?」
「名乗られたからには、こちらも名乗り返すのが騎士の礼。その上でここを退いてもらうぞ、私の名は……」
「よい!」
そう言って、アサシンのサーヴァントは背中の鞘から長刀を抜く。
「敵を知るには、この刀だけで十分だ。ここを通りたいのならば、圧し通れ!」
「令呪を……奪うやて?」
「そうよ、令呪を私のマスターに移植する。そしてセイバーには、目障りなバーサーカーを倒してもらうとしましょう。令呪を剥がすという事は、あなたから魔術回路を引き抜くという事でもあるわ。」
女は少し離れ、その右手を私に翳す。女の右手に、小さな光の球が現れる。それに引き寄せられるように、私の左手が上がっていく。小さな光は女の右手の指先に移動し、その指先が私の左手の甲の令呪に迫る。
「だ……だめ……」
これは、衛宮くんの大事な令呪……これを取られたら、セイバーが衛宮くんのサーヴァントじゃ無くなっちゃう!だいたい、こんな酷い人に、絶対にセイバーを渡しちゃいけない!
でも、私にはどうする事もできなかった。その時……
無数の矢が、天から降って来た。
「はっ!」
とっさに、キャスターとかいうサーヴァントはそれを交わして私から離れる。
「ふん、とうに命は無いと思ったが、存外にしぶといのだな?」
声のする方に顔を向けると、屋根の上に赤い服を着たサーヴァントが立っていた。遠坂さんのサーヴァント、アーチャーだ。
「ど……どうしてここに?」
アーチャーは、颯爽と私の前に降り立つ。
「なに、ただの通り掛かりだ。で、体はどうだ?キャスターの糸なら、今ので断った筈だが?」
「え?」
私は、自分の体を確かめる。
「う……動く……」
「それは結構、あとは好きにしろと言いたいところだが、しばらくそこから動かぬ事だ。あまり考え無しに動くと……」
「アーチャーですって?!」
それまで冷静だった、キャスターが突然騒ぎ出す。
「ええい!アサシンめ、何をしていたの?!」
思い切りヒステリーを起こすキャスターを鼻で笑い、アーチャーは言う。
「そら、見ての通り八つ当たりを喰らう事になる。女の激情というのは中々に御し難い……全く、少しばかり面倒な事になりそうだ。」
門の前の石段では、アサシンとセイバーの凄まじい攻防が繰り広げられていた。アサシンは長刀でセイバーの剣撃を全て弾き飛ばし、セイバーはアサシンの間合いの長い剣撃を巧みに交わす。
“どうなっている?重さ、威力、速度、全てこちらが上回っているのに、何故攻めきれない?”
更に激しく攻め込むセイバーだが、やはり決めきれない。激しい鍔迫り合いの後、二人は一旦間合いを取る。
「いや、お見事。その首七度は落としたつもりだが、未だついていようとは……西洋の棒振りにも術利はあったのだな?」
「そちらこそ、小兵な技にしては見応えがある。小細工だけは達者なようだな?」
「おうさ!力も気合もそちらが上、となれば、こちらの見せ場は上手さだけよ。その見えぬ剣にも、直慣れる頃合だ。」
“今の撃ち合いだけで……このサーヴァント、剣技においては私より遙かに上か?”
「では、続きだ。いよいよ、加減の止め時だぞ、セイバー。」
士郎を心配しながら、セイバーは気をひきしめる
ヒステリーを起こしているキャスターに、アーチャーが言う。
「アサシンの事ならば、奴は、セイバーと対峙している。あの侍何者かは知らぬが、セイバーを圧し留めるとは大した剣豪だ。むしろ、褒めてやるべきではないか?」
「ふん、ふざけたことを……あなたを止められないようでは、英雄などとは呼べない。あの男、剣豪を名乗らせるには実力不足です。」
「その言い振り、やはり協力し合っているのか?君達のマスターは?」
「協力し合ってる?」
そこに、私が口を挟む。
「ああ、門の外を護るアサシンと、門の内に潜むキャスター、この両者が協力関係なのは明白だろう……別段珍しいことでは無い。現に、お前と凛とて手を結んでいる。」
「ふっ……あはははは……」
しかし、キャスターはそのアーチャーの言葉を笑い飛ばす。
「私が、あの犬と協力ですって?私の、手駒に過ぎないアサシンと?」
「手駒だと?」
「そう……そもそも、あの犬にマスターなど存在しないのですからね。」
その言葉に、アーチャーは顔を顰める。
「キャスター……貴様、ルールを破ったな?」
「うふふ……魔術師である私が、サーヴァントを呼び出して何の不都合があるのです?」
「きゃ……キャスターが……アサシンを?」
私は、訳が分からずに呟く。
「サーヴァントが、サーヴァントを呼び出した?」
「全うなマスターに呼び出されなかったあの門番は、本来のアサシンでは無い。ルールを破り、自らの手でアサシンのサーヴァントを呼ぶ。この土地に居を構え、町の人間から魂を収集する。自らは戦わず、町中に張った目で戦況を把握する。セイバー等三大騎士クラスには、魔術が利き難い。魔術師のクラスである貴様が、策略に走るのは当然という訳だ。」
「うふふ……」
キャスターは相変わらず笑っている。
「だが、それは貴様の独断ではないのか、キャスター?」
「何の根拠があるのかしら?」
「マスターとて魔術師だ。自分より強力な魔術師を召還したのなら、例え令呪があろうと警戒する。その状況で、貴様だけの手足となるサーヴァント召還を認めるとは考え辛い。となれば、この間抜けなマスターのように、とっくに操り人形にされてると予想はつくさ。」
ま……間抜けって……相変わらず、酷い言われようね。どうしてアーチャーって、衛宮くんに対してこんなにきついの?何か、恨みでもあるの?
少し間をおいて、キャスターが答える。
「聖杯戦争に勝つ事なんて、簡単ですもの。私が手を尽くしているのは、単にその後を考えているだけ。」
「ほう?我々を倒すのは容易いと?逃げ回るだけが取り得の魔女が……」
すると、この言葉にキャスターが大きく反応した。再び、さっきの激昂した口元を見せる。
「……ええ……ここでなら、私にかすり傷さえ負わせられない。私を“魔女”と呼んだ者には、相応の罰を与えます。」
「かすり傷さえと言ったな?では、一撃だけ……それで無理なら、あとはセイバーに任せよう。」
一瞬間をおいて、アーチャーは素早くキャスターに切り掛かる。しかし、マントを残して、キャスターは煙のように姿を消してしまう。
「残念ね……アーチャー!」
突然、蝶のように翼を広げ、上空に姿を現すキャスター。その前に、幾つもの魔方陣のようなものが現れ、私達に向けて攻撃を放つ。
「うっ!」
「きゃっ!」
アーチャーは、何とか攻撃を受け止める。私は、爆風で少し吹き飛ばされて尻餅をついてしまう。
「空間転移か?固有時制御か?この境内なら、魔法の真似事さえ可能という事か?……見直したよ、キャスター。」
「私は見下げ果てたわ、アーチャー。使えると思って試してみたけど、これではアサシン以下よ。」
キャスターはまた攻撃して来る。アーチャーは素早く避ける。更に、雨あられのように降り掛かる攻撃を、アーチャーは巧みに避けて行く。
「女狐め、余程魔力を溜め込んだな。」
「逃げ切れると思って?……?!」
その時、キャスターが私の方を見た。
え?今度は、私が標的?あ……あんな攻撃、私じゃとても避けられない!
しかし、アーチャーがそれに気付いていた。
「ちっ……あの間抜け!」
キャスターの攻撃が、私を襲う。私は思わず目を閉じてしまう。
凄まじい爆発。
「ふん。」
キャスターは鼻で笑う。
でも、私は間一髪でアーチャーに助けられて、襟首を掴み上げられて本殿の屋根の上に居た。
「あ……ありがとう……」
「何?!」
素直にお礼を言った瞬間に、アーチャーの目の色が変わる。
「お……お前、まさかあの女か?」
「あ……あの女とは何よ!ちゃんと、“三葉”って名前があるんやからっ!」
「ちっ……全く……」
アーチャーは、私を抱えて着地する。
「キャスターには、気付かれていないな?」
「うん……多分……」
「仕方が無い、この場はとりあえず退くぞ。」
「え?やって、あの女をこのままにしたら……」
「君を巻き込む訳にはいかないだろう!」
「えっ?」
そこに、またキャスターの攻撃が来る。
「いかん、離れろっ!」
アーチャーは、私を突き飛ばす。
「きゃっ!」
地面に酷く体を打ち付けられて、私はムッとしてアーチャーを見る。
「えっ?」
アーチャーの体は、何やら紫の霧状のオーラに包まれていた。
「気分はどうかしら、アーチャー?如何に三騎士とはいえ、空間そのものを固定化されては動けないのではなくて?ふっ……これでお別れよ。」
も……もしかして、私のせいでピンチなの?そ……そんな……
その時、アーチャーの口元が動いた。でも、声が小さくて言葉が聞こえなかった。
「何かしらアーチャー、命乞いなら聞いてあげても……」
「戯け!“かわせ”と言ったのだ、キャスター!」
すると、いつの間に放っていたのか?アーチャーの2本の剣が、キャスターに襲い掛かった。
「ちっ!」
キャスターは何とか攻撃を受け流すが、魔方陣は消え、アーチャーの体も自由になる。更なるキャスターの攻撃を交わして、アーチャーは弓を出す。そして、魔力を込め、剣を弓で矢のように放つ。キャスターは目の前に魔方陣を敷いてそれを防ぐが……
「ああっ!」
凄まじい爆発が、キャスターを包み込む。
石段上では、境内の戦闘に気付いたアサシンが、境内を見上げながらセイバーに言う。
「上は上で騒がしくなって来たようだが、この期に及んでも宝具を明かさないのだな?」
セイバーは、何も言わずにアサシンを睨みつける。
「これは、生半な手では崩せぬな。」
アサシンは、セイバーと同じ踊り場まで石段を降りて来る。
「頭上の有利を捨てるのか?何のつもりだ?」
「無名とはいえ、剣に捧げた我が人生だ。死力を尽くせぬのなら、その信念、力尽くでこじ開けようか?」
アサシンは剣を両手に持ち、大きく引いて構える。
「秘剣!」
その瞬間、セイバーの脳裏に、自分が切られたビジョンが浮かぶ
「はっ?!」
慌てて、セイバーは剣のカモフラージュを解く。
「燕返し!!」
「遅かった?」
アサシンの必殺剣が、セイバーを切り裂く。
セイバーはそのまま倒れて、石段を転げ墜ちる……が、直ぐに起き上がって身構える。鎧の胸の部分は、今の攻撃で大きな傷が付けられている。
「凌いだな……我が秘剣を……」
“何だ今の剣は?全く同時に、三つの剣撃だと?今のは、時限屈折現象……何の魔術も使わず、ただ剣技のみで宝具の域に達したサーヴァント……”
更に警戒を高めるセイバーだが、アサシンはその剣を鞘に収めてしまう。
「何をしている?アサシン?」
「どうやら今宵は、ここまでのようだ。」
空を見上げるアサシンにつられて、セイバーも空を見上げる。二人が見上げる上空を、アーチャーが飛び去って行く。その傍らに、衛宮士郎を担いで。
「アーチャー?……士郎?!」
「あの女狐の肝を冷やそうと見逃したが、我が身可愛さで逃げ帰ったか……主の元へ戻るが良い、セイバー。」
「私を見逃すのか?」
「私はここの門番だ。ここを圧し通るつもりの無い者を追う気も無いし、追う事もできない。」
「そうか……あなたとの決着は、必ず果たそう。この聖杯戦争が、どのような結末を迎えようとも。」
そう言い残し、セイバーはアーチャー達を追う。
境内の中、爆風が晴れたところで、キャスターはもぬけの空の境内を見詰めて歯軋りをする。かすり傷どころか、かなりの深手を負ってしまっている。
「おのれ……アーチャアアアアアアアッ!」
柳洞寺から少し離れたところで、アーチャーは着地する。
「直ぐにセイバーもここに来る。後は、セイバーに護ってもらえ。」
そう言って立ち去ろうとするアーチャーを、私は呼び止める。
「待って、アーチャー!」
「何だ?」
「何であなたは、衛宮くんに冷たく当たるん?」
「同盟関係とはいえ、最終的には敵になる男だ。当たり前だろう。」
「それだけや無いやろ、中身が私と分かった途端、急に態度変えたやないの。」
「君はマスターでは無いだろう?妙な入れ替わりのせいで、巻き込まれているだけだ。」
「でも、この体は衛宮くんの体やろ?マスターとしての衛宮くんが邪魔なら、中身なんて関係無いやろ!」
「うるさい女だな?そっちこそ、私が衛宮士郎をどう思っていようと関係が無いだろう!」
「あなた、昔から衛宮くんを知っとるんやない?」
「何?」
「だって、私が衛宮くんと入れ替ってるの、直ぐに気付いたやろ。」
「だから、それは私が霊体も同然だから……」
「ううん、ずっと一緒に居たセイバーは、全然気が付かへんかった。今迄私を襲った、どのサーヴァントもそうやった。衛宮くんをよく知っとらんと、気付く筈が無いに……あなた、まさか……」
「いい加減にしろ!私はもう行く。」
そう言って、アーチャーは霊体化して消えてしまった。
「士郎!」
そこに、セイバーが駆け寄って来る。
「大丈夫ですか?士郎?」
「ええ……また、助けに来てくれてたんやね。ありがとう。」
「え?……もしかして、三葉なのですか?」
「うん……て、セイバー、怪我しとるの?」
私は、セイバーの胸の傷に気付く。
「ああ、このくらいは、大した事ありません。」
「大した事無いわけ無いやろ!ちょっと待ってて。」
私は、セイバーの胸に手を当てる。そして念を込める。
「え?」
少しずつ、セイバーの傷が塞がっていく。
「三葉、あなたは、治癒魔術が使えるのですか?」
「う~ん、魔術というより、私の場合は霊能力というか……これでも一応、巫女の卵やし。」
家に戻ると、玄関で遠坂さんが私達を出迎えた。
「アーチャーに聞いたわ。まんまとキャスターに誘い出されるなんて、本当に未熟なマスターね。」
「え?遠坂さん?な……何で、遠坂さんが衛宮くん家におんの?」
「今更何言って……て、まさか、あなた三葉?」
「そうやよ。」
「あ……アーチャーのやつ、何で、そんな大事な事言わないのよ!」
「そ……それより、何で遠坂さんが、こんな時間に衛宮くん家に?」
「え?……ああ、今夜から私、ここに泊まる事にしたの。共闘する上で、何かと都合がいいでしょ。」
「ええ~っ?!」
「そういう訳だから、三葉も宜しくね。」
「え……衛宮くんが、それを認めたん?」
「ええ、もちろん。」
そう言って、遠坂さんはにっこりと笑う。
な……何考えてるのよ、衛宮くんは!セイバーだけじゃなく、遠坂さんとまで同居なんて……桜ちゃんはどうなるのよ?ほんとに……ほんとに……
「衛宮くんのばかああああああああああっ!!」
遠吠えに近い叫び声を上げる私を、セイバーと遠坂さんはきょとんとした顔で見詰めていた。
この話のメインヒロインは三葉ですので、アーチャーの正体にいち早く気付いていくのは三葉になります。
今回も、冬木の話だけになってしまいました。
Fateの方が内容が濃いので、メインストーリーを平行して進めると、どうしても序盤は冬木が中心になってしまいます。
糸守のメインは彗星落下が近付いてからですが、その前に少し波乱が起きます。