Fate / your name   作:JALBAS

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遂に、糸守に彗星の破片が落下する運命の日……
糸守の命運は、セイバーの手に委ねられます。
果たして、セイバーは糸守を救えるか?
一方で士郎は、頭に引っ掛かっていた懸念事項を思い出し……
いよいよ、最終回……ではありません。




《 第十八話 》

 

彗星再接近の日の、朝が来た。

「おはようございます、三葉。」

いつものように、セイバーは横で正座している。いよいよ今夜だ。私は、セイバーと向き合って座り、セイバーの手を握る。

「頼むに、セイバー!絶対、勝ってね!」

「はい、必ず!」

セイバーは、自信に満ちた顔で、心強い返事を返してくれた。

 

ここまで来たら、もう開き直れたのか?前日までの不安は無かった。普通に朝食を食べ、普通に登校した。

「三葉、今日は元気やね?」

ここのところ、毎日私の心配をしていたサヤちんも、今日の私を見て安心したようだ。

「そら、お祭りやからな?1200年に一度の、天体ショーもあるでな。」

テッシーが言う。別に、お祭りで舞い上がってる訳じゃ無いんだけど、まあそういう事にしておこう。

何故か、今朝は登校中にクロエさんと会わなかった。

昨夜の結果は、お婆ちゃんに連絡があった。クロエさんは、残念ながら間桐くんに負けてしまったようだ。

 

学校に来ると、松本が今日は欠席だと知らされた。昨日の負けが、相当ショックだったのだろう。これでしばらく、大人しくなってくれるとあり難いが。

クロエさんも、来ていなかった。彼女も、ショックで欠席なのだろうか?等と考えていると、始業間際に教室に入って来た。しかし、何も言わずに席に着いてしまった。いつもなら、陽気に挨拶して来るのに。

「おはよう、クロエさん。」

私の方から、挨拶してみた。

「オハヨウゴザイマス。」

にこりともせずに、無表情で返事が帰って来た。そして、そのまま前を向いてしまった。

やはり、昨日の事が相当ショックなのだろうと思い、その場はそっとしておいた。

 

決勝戦があるので、その日は学校を早退した。サヤちんとテッシーには、“神社で本祭の準備があるから”と言って誤魔化した。こういう時には、神社の巫女という立場は便利だ。

家に戻り、セイバー、お婆ちゃんと一緒にまた御神体に向かう。御神体に到着する頃には、もう日はかなり暮れてきていた。

間桐くんと、間桐家の長老は既に来ていた。私達が到着すると、間桐くんの使い魔、陰陽師の英霊が姿を現した。平安の貴族のような狩衣を着て、頭に烏帽子を被っている。顔立ちは良く美男子系だが、その異様に濃い黒い瞳からは、妖しい雰囲気を感じてしまう。

お婆ちゃんと間桐の長老は、御神体の巨木の根元に椅子を置いて、そこに腰掛けて見ている。私と間桐くんは、邪魔にならないようにできるだけ後ろに下る。セイバーと陰陽師は中央で対峙し、いよいよ戦いが始まる。

「サーヴァント、セイバー、行くぞ!」

「陰陽師、安倍晴明……参る!」

 

 

 

 

俺は、朝から気が気では無かった。

今日が、糸守に彗星の破片が落下する日だ。あの御神体に行った日以降、三葉との入れ替わりは無い。入れ替わりの目的が糸守を救うためなら、もうこれで、二度と入れ替わりは無くなるという事だ。

入れ替らない限り、3年前の三葉に連絡する術は無い。ただじっと、ここで歴史が変わるのを待つしか無い。そもそも、戦いは昨日も行われている。それに勝っていなければ、元も子も無い。

「少しは、落ち着いたらどうなの?いくら心配したって、3年前の糸守に行ける訳じゃ無いんだから。」

居間で、熊のようにうろうろする俺に、遠坂が言う。

「そう言うけどな、もし、セイバーが負けたら……」

「大丈夫よ!アーサー王に敵う英雄なんて、そうそう居ないわ。あのギルガメッシュみたいなのが居れば別だけど、日本の英雄にそんな奴いないし。」

「まあ……そうだけど……」

「とにかく、まず座ったら?」

言われて、俺は腰を降ろす。

良く考えたら、元々俺は、聖杯に願う事自体に懸念を感じていた。何で、そんな気持ちになったのか?

 

糸守で、聖杯戦争が行われるのは、今回が二度目。最初に行われたのは、1200年前。

古文書の類は、200年前の火事で消失した。残っている記録は、間桐の分家が持ち出した、大昔の古文書の写しだけ。でも、それですら、1200年前の儀式の詳しい記録は……

 

その時、俺はようやく思い出した。頭の隅に引っ掛かっていた、懸念事項を……

「そうだ……1200年前の、聖杯戦争は失敗しているんだ!」

「え?」

「何故、失敗したんだ?今迄、それを考えようとしなかった。」

「そんな事、考えたって分かる訳無いじゃない?」

「いや……糸守湖のあの形……あれは、彗星の破片が墜ちてできた湖じゃ無いのか?」

「はあ?」

「1200年前にも、糸守に彗星の破片が墜ちた……聖杯戦争が失敗したのは、そのためだ。」

「それが……何だって言うの?」

「聖杯で、彗星の破片落下は、止められないんじゃ無いのか?」

「何言ってるの!聖杯は、どんな願いでも叶う万能の器よ!その時は……事前に彗星の破片落下を知らなかったから……」

「儀式は、当日の夜に行われているんだ!目の前に危機が迫っていれば、誰だろうと、それを何とかしたいって思わないか?」

「気付く前に、もう願いを言っちゃったとか?」

「二度もか?3年前にも、同じ事が起こってるんだぞ?」

「それは……」

「いや、もしかしたら、聖杯が彗星を引き寄せているんじゃないか?そうでないと、最接近の度に、同じ場所に破片が墜ちるなんて考えられない!」

「考え過ぎよ!」

「いえ!」

そこに、セイバーが入って来る。

「士郎の言う通りです。」

 

 

 

 

糸守は、もう完全に日が落ちて、夜になっていた。空には彗星が長い尾を引いて、空に紐のような模様を描いている。その下で、セイバーと晴明の戦いが繰り広げられていた。

晴明は、式神や呪符を使って、セイバーに遠隔攻撃を繰り返す。セイバーは、カモフラージュを施したままの剣で、それらを撃退する。その合間を縫って、セイバーは接近を試みるが、その度に晴明は強力な呪符でそれを阻む。お互いに有効打が出ないまま、膠着状態が続く。

「どうした、セイバー?それでは、いつまでも私を倒せんぞ。」

「あなたこそ、そんな程度の攻撃では、私は倒せない。」

「ふふふ……別に、勝負を急ぐ必要も無いのでな……」

何か、こちらの考えを見透かされているようだ。遅くなればなる程、彗星の破片落下への対応が遅れてしまう。それを知ってるセイバーは、無意識に勝負を急いでいた。

「ならば……」

セイバーは、剣のカモフラージュを解いた。黄金に輝く剣が、その姿を現す。

「ほう?」

それを見た晴明は、不気味な笑みを浮かべる。

「行くぞ!」

セイバーは、晴明に突進して行く。

「させぬ!」

晴明は、強力な呪符を放つ。

「はあっ!」

しかし、力を開放された剣の前では、そんな物は紙切れに等しかった。一気に間合いを詰めたセイバーは、晴明を一刀両断する。

「ぐはあっ!」

晴明は、血を吐いてその場に跪く。切り裂かれた胸からは大量の血が流れ出し、体からは、大量の魔力が放出されていく。そしてそれは、御神体の中へと吸い込まれて行く。

「み……見事だ……」

「やった!」

セイバーの勝利に、私は歓喜する……しかし、断末魔の晴明にセイバーが問い掛ける。

「何故だ?」

「……ん?」

「あなたは、全力で戦っていなかったのではないか?」

「ふっ……気付いていたか?」

「あなたには、まだ余力があるように感じた。最後の私の一撃も、その気になれば防げたのではなかったか?」

「ふん……ここまで来れば、別に勝つ必要も無かったのでな……」

「どういう事だ?」

「要は、あの御神体とやらに……英霊三人分の魔力を、注ぎ込んでやればよかったのだ……」

「あなたは自身は、聖杯はいらないと言うのか?」

「聖杯?……ふふふ……はははははは……」

「何がおかしい?!」

「お前達は、本当にあれを聖杯と信じて疑わなかったのだな?……おめでたい話だ……」

「何っ?!」

その時、御神体が大きく輝き出した。そして、御神体から一陣の光が天に昇って行く。それは、天空に輝くほうき星に、吸い込まれるように消えて行った。

「ふん……これで、もうしまいよ……」

「何だ?何が起こった?」

「彗星を……良く見るがよい……」

言われて、セイバーは彗星を凝視する。私達も。

「あれは?」

すると、彗星が二つに分かれ、片方は違う軌道に逸れて行く。そして、少しずつ赤い塊となって大きくなっていく。

「彗星の一部が、分離したの?」

それを見た、私が言う。

「あれが……ここに、墜ちて来るのだ……」

「何だと?そ……それを防ぐための、聖杯では無かったのか?」

「ふふ……まだ分からんのか?あれは聖杯などでは無い……」

「何?」

「古文書を見た者が、勝手に勘違いしたのだ……あれは、1200年前に、私が敵を滅ぼすために造り上げた兵器だ……英霊三人の魔力を溜め込んで、彗星の一部を引き寄せ、その落下で都ごと滅ぼすためのな……」

「ば……馬鹿な……」

「待って、それは変やないの?」

私が口を挟む。

「1200年前じゃ、あなたもまだ生まれて無いやろ!」

「それは、お前が見て来た歴史か?……」

「え?」

「お前達が知る歴史など、所詮残された書物による物……そんな物は、当時の権力者の都合で脚色された物が殆どよ……私は、1200年前に既に居た……その時の、儀式を謀ったのも私だ……この地に、強大な敵が居ったのでな……歴史に残る私は、式神か、私の子孫に過ぎない……」

「な……」

「それが、あなたの望みか?戦国の世ならともかく、今の糸守に、あなたの敵などいないであろう!」

「……ふふ……ただの余興よ……」

「何っ?!」

「せっかく、英霊として召喚されたのだ……つい昔のように、命を弄んでみたくなってな……」

「こ……この、外道が……」

「滅びの時まで、あとわずか……諦めて座して死を待つか、最後まで足掻くか……後は、好きにするがよい……」

そこまで言って、晴明の体は消滅していった。

私達は、どうする事もできなかった。今から山を降りて、皆に警告してもとても間に合わない。彗星の破片の赤い光は、どんどん大きくなっている。

「そ……そんな……」

お婆ちゃんは、腰を抜かして茫然としている。私も、その場に崩れ落ちた。膝を付き、両手をついて、下を向く。目からが、涙が溢れ出て来る。

「も……もう、皆助からんの?皆……死んじゃうの?」

セイバーは、黙って私を見詰めている。

「聖杯なんかに……聖杯なんて、不確かなものに縋ったのが、間違いやった……難しくても……皆を説得して……逃げてれば……こんな……こんなことには……」

涙が止まらない。滝のように涙が、頬をつたって地面に水溜りを作る。

「諦めるのは……まだ、早いです。」

「えっ?」

私が顔を上げると、意を決したような、セイバーの顔がそこにあった。

「はっ!」

セイバーは、窪地の縁に向かって走り出した。そして、ひとっ跳びで、縁の高台の上まで上がり、糸守に迫る赤い塊と正対する。

続いて、剣を両手に持ち、大きく天に翳す。すると、黄金の剣が更なる輝きを放つ。その光は、柱のように天に向かって伸びて行く。

 

こ……この光は……これが、セイバーの聖剣?

 

「エクス……カリバアアアアアアアアアッ!!」

セイバーは光の柱を、彗星の破片に向かって放つ。黄金の光の束が、赤い塊を飲み込んでいく。

「うっ!」

凄まじい閃光が、辺り一帯を包み込む。まるで昼間のように、糸守全体が照らされる。

「な……何や?」

「き……綺麗……」

糸守の人々は、まるで花火を見るかのように、空を見詰めていた。

とてつもなく、巨大な花火のような閃光が去った後、糸守は、再び夜の静寂さを取り戻す。

既に、彗星の破片は消滅し、空には彗星の本体が、綺麗な紐のように伸びていくだけだった。

セイバーの聖剣の力によって、糸守は救われたのだ。

「セイバアアアアアッ!」

私は、縁を駆け登って、セイバーに近づく。

「せ……?!」

セイバーの体は、既に透けてきていた。今の一撃で、魔力を使い切ったのだ。

「三葉……そろそろ、お別れです。」

「あ……ありがとう……セイバー……皆を……糸守を、救ってくれて……」

私は、また泣いている。

「聖杯は手にできませんでしたが、あなたを……マスターを護り切れた事は、満足しています。」

「うん……ほんまにありがとう……何度も、助けてくれて……」

「何度も?……私があなたを助けたのは、今回が初めてですが?」

「え?……そうか……まだ、知らないんやね?」

そうしている内に、更に、セイバーの姿は霞んでいく。

「もう時間のようです……お元気で、三葉。」

「うん……またね!」

最後まで首を傾げて、セイバーは消えて行った。

 

今のセイバーは、まだ知らないだろうけど……私は、既に3年後に、何度もあなたに助けられているんだよ……本当にありがとう、セイバー!

 

 

 

 

3年後の冬木市、言峰教会の中で……

「がはっ!」

大量の血を吐いて、蹲るランサー

「ば……ばかな……」

ランサーの心臓を、一本の槍が貫いている。だが、その槍は、ランサー自身の槍であった。

「くくくくく……」

ランサーの前には、ひとりの女が立っている。しかし、その女が発する声は、女の声では無かった。

ランサーは、その場に倒れ込む。そして、塵のように消滅していく。

その後ろで、言峰綺礼は、言葉を発する事もできず、茫然と佇んでいた。

「どうだ?言峰綺礼よ……私の力は、これで分かっただろう?貴様の持つ令呪で、私と契約せぬか?」

しばしの沈黙の後、綺礼は答える。

「ふ……ふふふ……面白い、9番目のサーヴァントとして、お前の、この聖杯戦争への参加を認めよう。」

 






こうして、糸守は救われました。
この話を始めた時から、最後はエクスカリバーで彗星の破片を破壊すると、皆さんも予想されていたと思います。
私も、“君の名は。”のクロスを書き始めた時から、一度、彗星の破片自体を破壊する話を書きたいと思ってました。やっと、念願が叶いました。

今迄のクロスなら、ここで完結なんですが、この話はまだ続きます。
冬木の聖杯戦争は、まだ終わっていませんから。

本編の中で語らなかったので、この話に出てくる、クロエスフィールの設定を説明します。
アイリスフィールと同時期に造られたホムンクルスで、結局は失敗作として廃棄される筈でした。ただ、何らかの手違いで廃棄されずに残っていたのを、糸守の聖杯戦争の事を知ったアインツベルンが、冬木の聖杯戦争の“保険”として再利用したのです。アイリスフィールはともかく、娘のイリヤは、当然そんな事は知りません。

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