一方、凛達も、糸守での聖杯戦争には驚愕します。
また、それに興味を示す第3者が……
そして士郎は、意外な形で糸守の彗星災害の事を知る事に……
「おはようございます、マスター。」
「え?……せ……セイバー?!」
朝起きると、私の布団の横に、セイバーが正座をしていた。
私は、目を疑う。慌てて、自分の体を見る。どう見ても、私の体だ。胸を揉んでみる。
か……感じる……ちゃんと、有る……
そのまま、手を股間に持っていく。
無い……ちゃんと、無い……
周りを見渡しても、自分の部屋に間違い無い。ここは、間違い無く糸守だ。
「どうしたのですか?三葉?」
なのに、何で、セイバーがここに居るの?
私は、慌ててスマホを見る。
衛宮くんからのメッセージは……あった!
そこで、ようやく理解できた。何故、ここにセイバーが居るのか……
でも、とても信じられない内容だった。冬木の聖杯戦争のルーツが実は糸守で、彗星最接近の祭りの夜に、ここで聖杯戦争が行われるなどと……
おまけに、私と衛宮くんの間には、3年の時差まであったのだ。
朝食の席では、四葉が怪訝そうにセイバーを見詰めている。
四葉には、聖杯戦争の事は何も知らせていない。セイバーは、お婆ちゃんの遠い親戚で、昨夜遅くにここに着いて、1週間程滞在すると言ってあるそうだ。でも、何の前振りも無くいきなりそんな事を言われても、おかしいと思うのは当然だ。
セイバーは、私のお古の巫女の羽織袴を着ている。私とほぼ同じ体形なので、よく似合っている。
お婆ちゃんは、ずっと不機嫌で、セイバーと顔も合わせない。衛宮くんのメッセージにも書いてあったが、セイバーの事を気に入らないようだ。望んでいた“宮本武蔵”で無かったという事より、昔の日本人に有りがちな“外国嫌い”だ。
朝食を終え、学校に行こうとしたら、セイバーも付いて来ようとする。
私が断ると、
「マスターをひとりにするのは危険です。他のサーヴァントに、いつ狙われるか?」
と言って来る。
「あ……あのね、セイバー……」
ここの聖杯戦争は、冬木とは違い、サーヴァントがマスターを襲う事はできない。何より、戦う日時は決められていて、それ以外での戦闘行為は一切禁止されている事を説明して、家に残ってもらった。
最も、セイバーと何も話そうとしないお婆ちゃんと一緒では、セイバーも気が休まらないだろうけど。
「糸守で聖杯戦争?しかも、呼び出されたサーヴァントがセイバーですって?!」
俺から、昨夜の糸守での事を聞いた遠坂が、素っ頓狂な声を上げる。
「本当なの?セイバー?」
真っ先に、セイバーに問い詰める。しかし……
「いいえ、そんな記憶はありません。」
「て、言ってるけど、士郎?」
「いや、あれは間違い無くセイバーだった。実際に会って、話して来たんだから。」
「しかし、私は3年前に召喚などされていません。この間も話しましたが、前回聖杯戦争に参加したのは10年前です。」
「う~ん……」
俺達は、頭を抱える。
「もしかして……」
遠坂が、思い付いたように言う。
「入れ替わりが発生した事で、歴史が変わろうとしているのかしら?」
「何?どういう事だ?」
「本来は、三葉のお婆さんが言っていたように、呼び出された英霊は“宮本武蔵”だった。でも、士郎と三葉の入れ替わりが始まったから、その歴史が捻じ曲げられた……だとしたら、入れ替わりの原因にも関係しているかもしれないわ。」
「そ……そうか……今の俺達の歴史では、セイバーは3年前に呼び出されていないって事か?」
「でも、まさか、士郎と三葉の入れ替わりに3年の時差があったなんて……そんな大事な事、何で今迄気が付かなかったのよ?」
「仕方が無いだろう、聖杯戦争の真っ最中で、余裕が無かったんだし……」
「まあ、お間抜けのマスターの士郎じゃ仕方ないか?」
「お前な……」
「でも、糸守が聖杯戦争のルーツだなんて、私も聞いた事が無いわ。遠坂家が知らないのに、間桐家が知っていたなんて癪ね。」
「間桐といっても分家だそうだ。本家に見限られ、冬木の聖杯戦争からは早々に締め出された。それで、古い文献を引っ掻き回して、糸守の聖杯戦争の事を知ったらしい。」
「教会は、この事を知っているのかしら?」
「探りを入れてみるか?例の、10年前のアーチャーのサーヴァントの事も聞きたいし。」
「入れ替わりの事とか、余計な事は言っちゃ駄目よ。あいつは、胡散臭い男だから。」
「分かった。」
俺とセイバーは、言峰教会に行った。
相変わらず、セイバーは教会の外で待っている。言峰綺礼は、10年前の聖杯戦争にも参加しており、セイバー達と敵対関係にあった。特に、親父とイリヤの母親のアイリスフィールは、要注意人物として警戒していた。だからセイバーも、顔を合わせたくは無いようだ。
「10年前の聖杯戦争から、生き残ったサーヴァント?」
「そうだ、セイバーが確認しているから間違い無い。」
「そんな筈は無い。聖杯戦争が終結すれば、サーヴァントは現世には残れない。」
言峰は、即座に否定する。
「しかし、現に残っている。俺達だって見ている。」
「ううむ……考え難いが、分かった、調べておこう。何か分かったら、そちらに連絡する。」
そう言って、俺に背を向け、奥へ歩いて行こうとする。そこで、俺はもうひとつの質問をする。
「ところで、冬木市以外でも、聖杯戦争が行われた事はあるのか?」
「何?」
言峰は、足を止めて振り返る。
「例えば、3年前に、岐阜県の糸守って町で、聖杯戦争が行われたとか?」
「何の冗談だ?聖杯戦争は、この冬木の霊脈によって成り立っている。この地以外で、聖杯戦争が行われるなど有り得ない。」
俺は、しばらく言峰の顔を見詰めていた。この様子では、本当に知らないようだ。
「そうか……邪魔したな。10年前のサーヴァントの事、分かったら教えてくれ。」
そう言って、俺は教会を後にした。
「中々興味深い話だな。」
士郎が立ち去った後、教会の奥から、ひとりの男が現れる。
黒を基調のカジュアルな服装をし、髪の毛も逆立ってはいないが、柳洞寺で士郎達の前に現れたサーヴァントであった。
「どこがだ?この国で、冬木以外の地で聖杯戦争など聞いた事が無い。」
綺礼が答える。明らかに、このサーヴァントと顔見知りである。
「3年前というのがな……覚えているか?3年前の、あの事件を。」
「3年前?……いったい、何があったのだ?」
「人間の記憶は薄いな……“ティアマト”とかいう彗星の破片が、山奥の僻地に墜ちたであろう。」
「ティアマト彗星?……ああ、そういえば、あの彗星の破片が墜ちたのは……糸守?!」
「そうだ、そして、確かにあの時に大きな魔力の流れを感じた。直ぐに消えたので、特に気にも留めなかったがな。」
「では、本当に糸守で?」
「それは分からんがな?もし本当なら、何か痕跡が残っているやもしれん。」
その男は、そのまま出口に向かって歩いて行く。
「行くつもりか?」
「この目で見て来るのが一番であろう?」
その頃、衛宮家では、凛が衝撃の事実に気付いていた。
「そ……そんな……」
ネットで、ティアマト彗星を検索し、3年前にその破片の墜落により、糸守が崩壊した事実を確認したのだ。
「じゃ……じゃあ、三葉は3年前にもう……まさか?これが、入れ替わりの理由だったの?」
その日の夕方、俺とセイバーは陸橋の近くの川辺に来ていた。
河口付近に、船の残骸が残っている。セイバーの話では、10年前の聖杯戦争の時のものらしい。前回の名残が、まだかなり残っているようだ。
その残骸を見ながら、俺は言う。
「聖杯に願いを託すのは、本当に正しいのかな?」
「えっ?」
「どんな願いでも叶う……本当に、そうなんだろうか?実際に、まだ誰も聖杯で願いを叶えてはいないんじゃ無いのか?それで、どうしてそんな事が保証できるんだ?」
「それは……」
「前に、セイバーは俺に言ったよな。俺は間違ってるって、俺には聖杯が必要だって……でも、俺は、そんな不確かなものは欲しく無い。俺は、自分が間違ってるとは思わない。」
「士郎……」
「俺は、自分のやって来た事、これからやる事を後悔しない。誰かのためになりたいという、思い自体が間違いの筈は無いから……」
「こんな所に居たのか、探したぞ!」
突然、背後から声を掛けられ、俺達は振り向く。
「お……お前は?」
格好は違うが、そこに立っていたのは、あの10年前のアーチャーのサーヴァント、ギルガメッシュだった。
「どうだセイバー、そろそろ答えは出たか?」
「ふざけるな!私は、お前の戯言に応じる気など最初から無い!」
「まだ、そのような事を言っておるのか?まあよい、今宵は、そんな話をしに来た訳では無いからな。」
「何だと?」
ギルガメッシュは、俺の方を向いて問い掛けてくる。
「小僧、糸守の聖杯戦争について、お前の知っている事を全て話せ。」
「何?な……何でお前がその事を……まさか、あの時、教会に居たのか?」
「居たも何も、今の我の根城はあそこだからな。」
や……やっぱり、言峰とこいつはグルだったのか?
「そんな事はどうでもよい。糸守の聖杯の話だ。いったい何だあれは?あんな物では、霊脈から霊気を吸い取る事もできん。そもそも、糸守には霊脈すら無いがな。使い方も全く分からん。」
「な……何を言ってるんだ?まるで見て来たみたいに……」
「見て来たから言っておるのだ。」
「お……お前、糸守に行ったのか?」
「さっきから、そう言っておるであろう。」
「まさか……お前、三葉や、糸守の人に手は出していないだろうな?」
「手を出す?……居ない者に、どうやって手を出すのだ?」
「居ない?……居ないとは、どういう事だ?」
「今の糸守には、誰も住んでおらん。お前こそ、何を言っておる?」
な……何を言ってるんだ?こいつは……糸守に、誰も住んでいない?そんな、馬鹿な?
「まさか、知らずに言っておったのではあるまいな?3年前の惨劇を。」
「3年前の……惨劇?」
「本当に、人間の考える事は分からん……ティアマト彗星の破片の落下で、糸守は崩壊したであろう?」
「な……何だって?」
糸守が崩壊?3年前?ティアマト彗星の破片の落下?じ……じゃあ、三葉は?
俺は、あまりの衝撃に、その場に蹲ってしまう。
「士郎?」
セイバーが、心配して寄り添って来る。
「呆れたものだ。本当に知らなかったようだな……まあよい、そのような些細な事より、今は聖杯の話だ……」
些細?……些細な事だと?
俺の中で、何かが弾けた。
「先の、我の質問に答えよ。糸守の聖杯……」
「黙れ!」
俺は、ギルガメッシュの言葉を遮って叫んだ。
「何?」
「お前に話す事なんか、何も無い!俺達の前から消えろ!」
ギルガメッシュの、顔色が変わる。
「貴様……誰に向かって口を利いているか、分かっておるのか?」
「世界最古の英雄王だろうが、何だろうが知った事か!」
「……この雑種が、少し痛い目を見ぬと、己の立場が分からぬようだな?」
ギルガメッシュの背後に、時空の歪が生じ、幾つもの武器が顔を出す。
「トレース・オン!」
俺は、両手に剣を投影する。そして、ギルガメッシュに向かって突進していく。
「いけない!士郎!」
「うおおおおおおおおっ!」
「分を弁えよ!雑種!」
無数の武器が、俺に向かって来る。俺は、両手の剣でそれを弾くが、流石に数が多すぎる。剣は砕かれ、その身は何本もの剣に貫かれた。
「うぐっ……」
「しろおおおおおおおっ!」
俺は、そのまま意識を失った……
崩れ落ちる士郎の前で、ギルガメッシュは言う。
「安心しろ、命までは取らん。まだ、聖杯の事を聞いておらぬからな。」
「きさまああああああっ!」
激昂したセイバーが、剣を抜いてギルガメッシュに向かって行く。
「今はお前に用は無い、控えろ!セイバー!」
再び、ギルガメッシュの背後から無数の武器が繰り出され、今度はセイバーを襲う。
「はあっ!」
セイバーは、向かって来る武器を剣で弾きながら進むが、それでも全てを弾く事はできず、次第にその身を貫かれて行く。
「うぐっ!」
結局、ギルガメッシュの元まで到達する事はできず、ダメージを喰らい蹲ってしまう。
「無駄な事は止めろ、お前では我には勝てぬ。」
「ならば!」
セイバーはよろけながらも立ち上がり、聖剣のカモフラージュを解く。そして、それを上段に構える。
「はあああああああっ!」
魔力が高まり、聖剣が激しく輝く。
「ほう、そう来るか……ならば、我も奥の手を出すとしよう。」
ギルガメッシュは、姿を黄金の鎧を纏った姿に変える。同時にその金色の髪も逆立つ。
ギルガメッシュの背後の武器が消え、背後の時空の歪みがひとつになる。その中から、今迄のどの武器よりも巨大な剣が顔を出し、ギルガメッシュは右手でそれを引き抜く。
その剣は黒く、赤い渦のような螺旋が付いている。そして、ドリルのように回転を始める。
セイバー、ギルガメッシュは、ほぼ同時に剣を繰り出す。
「エクス……」
「エヌマ……」
「カリバアアアアアアアッ!」
「エリイイイイイイッシュ!」
ふたつの凄まじい剣撃が、ふたりの中央でぶつかり合う。最初は互角かと思われたが、徐々にエヌマ・エリシュのそれが、エクスカリバーを凌駕していく。
「ば……ばかな……」
そして、完全に押し戻され、セイバーはエヌマ・エリシュの剣撃に飲み込まれてしまう。
「うわあああああああっ!」
ん?ここは……何処?
痛っ!……か……体中が痛くて……
私は、俯せに倒れているみたいだが、痛みで直ぐには起き上がれなかった。
ただ、衛宮くんに入れ替わっている事は分かった。この痛みは、かなりの深手を負っている。敵のサーヴァントに、襲われているのだろうか?
せ……セイバーは?
目を開けると、屋外だった。陸橋の近くの、川辺のようだ。痛みに耐えて顔を上げると、目の前には黄金の鎧を纏った、金色の逆立った髪の男が立っている。
「目が覚めたか?雑種……もう、懲りたであろう。さっさと、我の質問に答えよ。」
質問?な……何を言っているの、こいつ?……何か、異様に偉そうなんだけど……
私は、激しい痛みに耐え、何とか体を起こす。そして、辺りを見回す。その私の目に、信じられない光景が飛び込んで来る。
セイバーが……セイバーが、血まみれでそこに横たわっていたのだ。
「せ……セイバー?……セイバアアアアアアアアアッ!」
セイバー敗れる。
原作では、この後士郎がアヴァロンを投影する事でピンチを脱するのですが、三葉に入れ替わってしまったので、もうそれもできません。
果たして、セイバーと三葉の運命は?
また、衝撃の事実を知って糸守に飛んだ士郎は?