金色のサーヴァントの事と、10年前の聖杯戦争の事を省く訳にはいきませんので。
後半は、ようやく三葉が登場。
今回は、三葉の心情に迫ります。
『ははははははははっ!中々に、面白い見世物であったぞ!』
再び、神殿内に声が響く。今度は、男の声だ。
「だ……誰だ?」
すると、コロシアムの上に、ひとりの男が姿を現す。
金色の鎧を着て、金色の逆立った髪をした男が。
「10年振りだな、セイバー。」
「お……お前は……アーチャー?!」
アーチャー?あの男もサーヴァントか?
しかし、何故セイバーは、あの男をアーチャーと呼ぶ?確かにいけ好かない感じの男だが、あいつとは全然違う……て、待てよ、あの男セイバーに“10年振り”って……という事は、まさか?
俺は、その男に問い掛ける。
「誰だ?お前は?」
「ふん、雑種ごときに名乗る安い名など無いわ。王の前であるぞ、礼儀をわきまえよ!」
「何だと?」
「少し、躾が必要なようだな?」
すると、その男の背後に幾多もの空間の歪みが発生し、その中から宝具とも思える幾つもの武器が出現する。
「な……あれは?……全部、宝具か?」
「危ない!伏せて!」
セイバーの忠告で、俺は遠坂と桜を庇って伏せる。次の瞬間、それらの武器が一斉に雨のように降って来た。
「はああああっ!」
セイバーが俺達の前に立ち、直撃しそうな武器を弾き返す。しかし、石化したキャスターと葛木は避ける術が無い。たちまちの内に、砕かれ、ただの残骸と化してしまう。そして、砕かれたキャスターの残骸は、塵のように消滅してしまった。
「な……何だ?」
突然、神殿が大きく揺れ出した。キャスターが消滅したため、この神殿も消滅しようとしているのだ。
そんな状況下で、その男は更にセイバーに問い掛けてくる。
「覚えているか?我が下した決定を?」
しかし、セイバーはその男を睨み付けるだけで、何も答えない。
「何だ、その顔は?未だ、覚悟が出来ていないと言うのか?男を待たせるとは、戯けた女だ。」
そうしている内にも、キャスターの造り上げた街が消滅していく。
「このような穴倉では、再会も色褪せる。いずれ会うぞセイバー!10年間の返答、胸に留めておくがよい。」
最後にそう言って、その男は消えていった。
「セイバー、あいつは?」
「話は後よ!」
「急いでここを出ないと!」
俺達は、まずはここから脱出する事にした。
傷付いた遠坂はセイバーが庇い、桜は俺が抱きかかえ、何とか俺達は崩壊する神殿から逃げ延びた。
家に着く頃には、もう夜は明けていた。
桜を奥の間に休ませ、俺達は、先程のサーヴァントについて、話し合っていた。
「あいつが“アーチャー”なら、今回呼び出されたサーヴァントじゃ無いわ。おそらく、前回の聖杯戦争で呼び出されたサーヴァントじゃないの?」
遠坂の問いに、セイバーが答える。
「確かに10年前に、私はあのサーヴァントと戦いました。」
「セイバーは、10年前の聖杯戦争でも召喚されていたのか?」
「はい、10年前の私のマスターは“衛宮切嗣”でした。」
「何だって?」
セイバーが、10年前の親父のサーヴァント……というか、親父もマスターで、10年前に聖杯戦争に参加していたのか?
まてよ、セイバーはイリヤの父親が親父だって……じゃあ、親父はアインツベルンのマスターとして……
「待って、セイバー。あいつと戦って、どうなったの?」
「……私は、彼に勝てませんでした……」
「じゃあ、聖杯はあのサーヴァントと、そのマスターが手にしたのね?」
「聖杯を手に入れると、サーヴァントは現世に残れるのか?」
「いいえ、彼は、聖杯を手にしてはいません。」
『え?』
俺と遠坂が、同時に反応する。
「聖杯は、私が破壊しました。マスターの命令で……」
「何ですって?」
「親父が、セイバーに聖杯を破壊させたってのか?」
「はい、令呪で命じられました。」
「ど……どうして?相手に取られそうになったから?」
「分かりません。切嗣は、何も説明してはくれませんでした。」
あまりの事に驚き、俺達は、しばし言葉が出なかった。
「じ……じゃあ、何であいつは、未だに現世に残ってるのよ?」
「分かりません……」
この謎は、いくら考えても答えが出て来なかった。
「……ところで、あいつの正体は何なんだ?何の英霊なんだ?」
「前回の戦いでも、私は最後まで、彼の正体を掴めなかった……あの英雄には、シンボルとなる宝具が存在しない。」
「だって、さっき山程使ってたじゃない?正体を探るなんて、造作も無いでしょ?」
「では聞きますが、先程の宝具に、ひとつでも見覚えのある物がありましたか?」
「そ……そう言われると、確かに……」
「彼の宝具は、どれも見た事が無い物ばかりです。それに、ひとりの英霊が、あそこまで無限に近い宝具を持てる筈が無い……」
セイバーの言葉で、俺の頭にある事が閃いた。
「もしかして、武器自体は奴の宝具じゃ無いんじゃないか?」
「え?どういう事?」
「セイバーも見た事が無いって事は、そうとう古い物……いや、全ての宝具の原点になった武器かもしれない。あいつは自分の事を“王”と言っていた。大昔に、あらゆる武器を自分の宝とした王、その宝物庫自体が、あいつの宝具だとしたら……」
すると、遠坂がはっとした顔をして言う。
「……世界最古の英雄王……ギルガメッシュ?!」
「おそらく、それがあのサーヴァントの真名だろう。」
「……そういえばセイバー、あのサーヴァント“10年間の返答”とか言ってたけど、10年前に何を言われたの?」
「そ……それは……」
セイバーは、何故か頬を赤らめ、言い難そうに話す。
「わ……私を、妻にすると……」
『ええ~っ?!』
その後、遠坂は桜の元に行った。目が覚めた時に、ひとりでは寂しいだろうと。
俺は、どうしても聞きたい事があったため、セイバーと庭に出ていた。
「セイバー、教えてくれないか?親父の事……10年前の聖杯戦争の事……」
セイバーは、俯いて黙り込んでいる。
「どうしても言いたくないのなら、無理強いはしないけど……」
「……衛宮切嗣は……私の記憶にある彼は、一言で言ってしまえば典型的な魔術師でした。己が目的にしか興味が無く、阻む者は何であろうと排除する。残忍という訳ではなかったし、殺人鬼でもなかった。けれど彼は、あらゆる感情を殺し、あらゆる敵を殺した。」
セイバーの語る親父は、俺の知っている親父とは、全くの別人のように思えた。
「切嗣は、私と直接会話する事は、殆どありませんでした。私と常に行動を共にし、直接指示を出していたのは、切嗣の妻のアイリスフィールでした。」
「あ……アイリスフィール?どっかで、聞いた事があるような名前だけど……」
「イリヤスフィールの母親です。」
「ええっ?」
そ……そういえば、クロエが言っていたんだった。“イリヤはアイリの娘”って。
「切嗣は、最後の令呪を使って私に命令しました。“宝具にて聖杯を破壊せよ”と、それで契約は切れ、私も消滅しました。あの時ほど、令呪の存在を呪ったことはありません……そこまでして、彼が信じたものが何であったか?私には分からない。彼だって、聖杯を欲していた筈なのに……」
「親父は……聖杯に、何を願うつもりだったんだろう?」
「この世の救済……戦争の無い世界の実現、と言っていました。」
「聞いていたのか?」
「一度だけ、私に語ってくれました。しかし、そのためには、自らが悪を為す事も厭わないとも言っていました。」
その時、かつて、親父が語った言葉を思い出した。
“誰かを助けるという事はね、他の誰かを助けないという事なんだ。”
「あなたの過去を垣間見た時、正直、私には信じられませんでした。切嗣が、炎の海の中からあなたを助け出し、養子として引き取ったという事が……」
今度は、助けられた時の親父の顔を思い出した。安堵し、救われたのがまるで自分であるかのような、あの表情を……
「セイバー……お前の望みは何なんだ?お前は、聖杯に何を望む?」
「私は……王の選定を、やり直したいのです。」
「選定を……やり直す?」
「私は、結局王に相応しくなかった。私より、相応しい王が居た筈です。それを……」
「馬鹿な?アーサー王は伝説の英雄だ!それより相応しい王など居るものか?」
「いいえ……私は、国を救えなかった……そんな者が、相応しい王である筈がありません。」
「選定をやり直して、それで本当に相応しい者が現れるのか?そいつが王になって、本当に国の滅亡が救えるっていうのか?どこにそんな保証があるんだ?」
その後、俺は何とかセイバーの考えを改めさせようとしたが、セイバーは、頑として聞き入れはしなかった。
その夜、遠坂が俺の体を見てくれた。
投影は、魔力の消耗が激しいらしい。俺は、ずっとそれを続けて葛木と戦っていたから。
「驚いた、あれだけの事をやって、どこも異常が無いなんて。」
俺の体を調べて、遠坂が言う。
「でも、どうせ投影するのなら、セイバーの聖剣のような強い武器が投影できるといいのにな?」
「馬鹿言わないで!セイバーの剣の魔力は、士郎のキャパシティを越えてるのよ。それを模造するなんて自殺行為。あんたは、エクカリバーがどういう物か知っていて?」
「エクスカリバーっていったら、アーサー王の代名詞だろ?切れない物は無く、刃毀れもしない名剣だって……」
「やっぱり、そんな事だと思ったわ。いい、本当に大切なのは、剣じゃ無く鞘の方なのよ。」
「鞘?」
「そう、鞘を身に着けている限り、アーサー王は血を流す事も無い……つまり、不死身なのよ。」
「へえ?なら、どうしてアーサー王は死んだんだ?」
「あ……そうだった、伝説じゃ、エクスカリバーの鞘は盗まれたんだ。」
「何だよお前、どうしてそんな事を気にしたんだ?」
「うるさいわね!そうだったら、無敵だなあって思っただけよ!」
「無敵ねえ?」
糸守高校の教室で、窓の外を見ながら、私は授業もそっちのけで思い耽っていた。
この間入れ替わってから、また2日が過ぎた。最初の頃は1日おきに入れ替わっていたような気がしたが、最近間隔が長い。聖杯戦争もかなり激しくなってきているので、日が空くと心配になって来る。
衛宮くん、大丈夫かな?キャスターとは、もう戦ってるの?
アーチャーはまだ戦えないみたいだし、セイバーだけで大丈夫?向こうは、サーヴァントがふたり居るんだよね?キャスターも、魔力を溜め込んでるみたいだし……
でも、セイバーは伝説のアーサー王なんでしょ?だったら、無敵かな?
「宮水さん?」
突然、先生に指名されてしまった。
「え……あ……はい!」
「この章の、出だしの部分を読んで下さい。」
「は……はい!」
私は、慌てて立ち上がり、教科書を持って朗読を始める。
「I’m a great believer in luck, and I find the harder I work, the more ……」
すると、周りからクスクスと笑い声が聞こえて来る。
あれ?何か、発音おかしかったかな?
前の席を見ると、サヤちんが手でバツを出している。何で?
「宮水さん……今は、古典の授業なんですけど……」
「へっ?」
遂には、教室中が大爆笑になってしまった。
昼休み、例によってサヤちんが心配して聞いて来る。
「ほんまにどうしたん?三葉?ここ数日変やよ?」
「面目無い……」
このところ、入替って無い時の方が不審がられてしまっている。でも、心配するなという方が無理だ。冬木では、本気で命の奪い合いをしているのだから……
よく考えたら、最初の頃って、衛宮くんが酷い傷を負うと入れ替わってなかった?
じゃあ、入れ替わらないって事は、衛宮くんは無事……でも、一撃で死んじゃったら、入れ替われないよね?
「三葉ってばっ!」
「え?」
どうやら、また考え込んで、サヤちんの声が耳に入らなかったようだ。
翌日、3日振りに入れ替わりが起こった。
衛宮くんの体で目覚め、無事を確認できて、ほっと一息つく。しかし、入れ替わりが起こって喜ぶのも、変な話だ。本来なら、迷惑な話である筈なのに……
まずは、スマホで衛宮くんからのメーッセージをチェックする。3日分を読むので、かなり時間が掛かった。
何時入れ替わりが起こってもいいように、衛宮くんは毎日メッセージを残してくれる。本当にマメだ。というより、私が困らないようにという配慮だろう。どうして、こうまで人に尽くせるんだろうか?何か、衛宮くんには自分の欲が無いように感じる。
キャスターとの戦い、桜ちゃんの事、10年前の生き残りのサーヴァントの事、この3日間に目まぐるしく状況が変わったようだ。でも、聖杯戦争はまだ終わっていない。
最後に、セイバーの事が書かれていた。セイバーが聖杯に願う望みの事、それについて口論になった事も。
衛宮くん、セイバーをサーヴァントとしては見ていないのね?ひとりの女性として、本当に彼女の事を心配している。
もしかしたら、衛宮くんはセイバーの事が?
その時、急に胸が苦しくなった。
な……何で、こんなに胸が痛むの?別に、衛宮くんが、セイバーの事をどう思っていたって……
そもそも、私は、桜ちゃんを応援していたんじゃなかったの?
桜ちゃんは、まだ体の調子が万全では無く、奥の間で休んでいる。遠坂さんも、できるだけ桜ちゃんに付き添っている。
でも、私は……今は、とても顔を出す気にはなれなかった。
残るサーヴァントは、セイバーとアーチャーを除けばランサーひとりの筈だった。
しかし、10年前のサーヴァントの出現により、状況は変わってしまった。まずは、このサーヴァントについて調べなければならない。
ただ、今日は、私が衛宮くんと入れ替わってしまったので、その捜索は明日以降に持ち越され、皆、家でのんびりとしている。
セイバーは、縁側に腰掛けて庭を眺めていた。
衛宮くんが、セイバーをどう思っているのか?そのモヤモヤもあって、話し掛け辛かった。でも、衛宮くんから聞いたセイバーの望みについて、どうしても言っておきたい事があったので、思い切って話し掛けた。
「セイバー、ちょっといい?」
「何ですか?」
「セイバー……王様になった事、後悔してるん?」
すると、セイバーは一瞬きつい表情を私に向けるが、直ぐに表情を戻す。
「士郎に聞いたのですね?」
「ご……ごめんなさい……」
「いえ……あなたも、士郎と体を共有している……私にとっては、マスターも同然ですから。」
「そ……そんでね、もし、セイバーが思っているように、セイバーが本当に相応しく無い王様やったら、伝説の王様になってたのかなって?」
「はい?……どういう事ですか?」
「もし、相応しく無い王様やったら、後生まで語り継がれるのかなって……皆が慕っていたから、伝説になったんやないのかな?」
「そ……そんな事は……」
「でも、本当にセイバーを慕って、付いていった人々はいっぱい居た筈やよ。そうやないと、国は、もっとずっと昔に無くなってたんやないの?」
セイバーは、そんな事考えもしなかったというような顔をする。
「そんな人達にとって、セイバーは心の支えやった。それを無かった事にするのは、その人達への裏切りにならへん?」
私は、思った事を全てセイバーにぶつけた。
セイバーは考え込んでしまい、その後は何も語らなかった。
今回は、士郎と三葉の言葉を借りて、自分がFate / stay nightを見ていて、セイバーに言ってやりたかった事を書かせて頂きました。
はっきり言って、“自分は王に相応しく無かった”と言って選定をやり直すのは“逃げ”でしかないと思います。
“もう一度、王としての自分をやり直す”と言うのなら、まだ話は別ですが……