導きの旅路で。   作:アリーナ

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真理の扉

 

………そこは、何もない空間。

 

 

 

視界にはただ延々と白が広がり、ある物といえば扉が一つ。

 

 

 

そしてその扉の前に、黒い服に身を包んだ銀髪の青年が倒れていた。

 

 

 

傷だらけの青年は暫く気を失っていた様だが、やがてゆっくりと瞼を開けると合点のいかない表情で辺りを見回す。

 

 

 

 

 

「ここは……。一体何処なのだ?」

 

 

 

 

 

青年……進化の秘法を打ち破られたピサロは、まだ癒えずに痛む傷を押さえながら、この白い空間を見渡した。

 

 

 

そこは彼が先程までいた場所、デスマウンテンとは似ても似つかぬ静かな所で、霧がかったようにぼんやりとしていたピサロの脳はだんだんと冴えて行く。

 

 

それに伴い彼の頭は、少しずつ現状を理解し始めた。

 

 

 

 

 

ーーああ、そうか。つまり私は……。

 

 

 

 

 

 

(あの時、勇者の一太刀を受けて死んだ…。)

 

 

 

 

 

瞬間、鮮明に蘇る自分の最期。

 

 

 

勇者の剣に心臓を貫かれ、同時にスローモーションの様にゆっくりと流れて行く時間。

 

 

 

水が蒸発するかの如く、霧散し消える己の手足。

 

 

 

そして暗黒に包まれたデスマウンテンに、登る筈のない太陽が輝き始める景色。

 

 

 

 

ーーその後の事はわからない。

ただ気付けばここに倒れていた。

 

 

 

 

 

「……ではここは、

死後の地獄か何かか?」

 

 

 

 

 

ぽつりと呟きながらも、ピサロは自らの言葉に嘲笑する。死後の世界など信じてはいないし、そんな世界があるなら、とうの昔に「彼女」を其処から連れ戻している所だ。

 

 

 

 

(だが、ならば此処は一体…。)

 

 

 

 

彼は柄に無いくらいに途方に暮れていた。

 

…まぁ無理もない。それ位にそこは、常軌を逸脱した場所だったのだから。

 

 

 

その空間の中にある物といえば、奇妙な文様の描かれた巨大な扉ただ一つ。今のピサロの力では到底開けられるとは思えぬが、それ以外に希望は無い。

 

 

 

彼は扉の目の前へゆっくりと歩き出す。

そして、

引き戸に触れようと両腕を伸ばしたーー。

 

 

 

 

 

 

その時だった。

 

 

 

 

 

 

 

『……無理だ。お前には開けられない。』

 

 

 

 

 

 

 

両手が扉に触れた瞬間背後で響いた声に、ピサロは素早く剣を抜いて振り向きーー、

 

 

 

 

 

 

(…なッっ……!?)

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーそこにいたのは、

人の形をした人ならざる者。

 

 

 

 

 

身体の輪郭や形こそ人間に似ているが、目も鼻も髪もない。人型に口だけがついた様な奇妙な姿をしていた。

 

 

 

 

思わず目を見張ったピサロに向かい、

「それ」はゆっくりと口を開く。

 

 

 

 

 

『悪いが、あんたは通せない。

[通行料]を払ってない奴はな。』

 

 

 

「通行、料……!?」

 

 

 

 

「それ」の言う[通行料]の意味が解せず戸惑いと苛立ちを露わにするピサロだが、「それ」は余裕の表情で一人言葉を続ける。

 

 

 

 

『それにしてもあんた、彼方の世界じゃ随分とやらかしてきたみたいだねぇ…。

ココに飛ばされてきたのも頷けるよ。

なぁ魔王様?』

 

 

 

「……!?

……貴様は何者だ。

何故私の事を知っている!」

 

 

 

ピサロは数瞬のうちに走り出すと、警戒と敵意を剥き出して「それ」に剣を振り下ろしたが、斬る事はしなかった。

 

 

 

 

……否、斬れなかったのである。

 

 

 

 

 

振り下ろされた剣は、「それ」の身体を確かに貫いていた。ーーしかし。

 

 

 

 

「な!?実体が……無いだと…⁉︎」

 

 

 

 

ピサロは「それ」の体から素早く剣を抜き鞘に収めると、数歩後ずさる。

 

 

 

相手が倒れ無いのも、斬った手応えがないのも当然だった。そう。ーー何故なら。

 

 

 

 

『……俺は人であり、人では無い。

 

 

 

 

俺は一。或いは全。或いは真理。そして…

 

 

 

 

 

俺はお前だ。』

 

 

 

 

「それ」……「真理」は、ピサロに向き直ると静かに言の葉を紡ぐ。あたかも彼の胸の内を知るかの様に。

 

 

 

『お前はまだ死んではいない。此処は言うならばスタート地点なんだよ。』

 

 

 

「そんな馬鹿な……、

私は確かに死んだ!!

勇者の剣に心臓を貫かれて……!」

 

 

 

彼の言う事は正しかった。

確かにあの時魔王デスピサロは勇者により葬り去られた筈だ。

 

 

ーーだが。

 

 

 

 

『確かに「魔王デスピサロ」は死んだ。

 

……だがお前には…「ピサロ」にはまだ死ぬ資格は無いと言う事だよ。」

 

 

 

「真理」は続ける。ピサロの切れ長の瞳に映る鈍い光を、2年前訪れた少年のそれに重ねながら。

 

 

 

『お前には、まだ死ぬ資格は無い。

彼方の世界でお前が知れなかった感情、感覚…。それらを学び手に入れさせる為、世界はお前に命を与えたんだ。

 

元の場所で朽ちる筈だったお前の体は、

弾け飛んだ「進化の秘法」の力を集め凝縮し、心臓に宿す事で生きている。

 

……わかるか?「世界」は特殊な力を使う事でお前を生き長らえさせた。

新たな場所で、生きてその業を償い新たな感情を学ばせる為にな。』

 

 

 

「……見ず知らずの場所で、

一から生き直せと?

 

悪いが私は贖罪するつもりなど毛頭無い。全て己なりの信念と信条に従い行ったまで…。愚かなる人間に対して罪の意識も無ければ、奴らを理解し「新たな感情」とやらを学ぶつもりもない。

 

…罪の償いの為再び与えられた命だと言うのならば、今ここで絶ってやるまでだ。」

 

 

 

ピサロは「真理」を見据えると、魔剣を自らの首筋に突き付ける。

……彼にはこれ以上生きていく理由も、命を惜しむ理由もなかった。

 

 

だが「真理」は至って冷静な様子で

「ああ、言い忘れてた。」と呟く。

 

 

 

『そっちにも明確なメリットが一つ有るのを忘れていたよ。

……お前の愛した女の、最期の言葉。

新たな場所で生きる事を受け入れるなら、その意味がわかる時が必ず来るだろう。』

 

 

「………!」

 

 

 

その瞬間、ピサロの手が止まった。

 

 

 

 

ーー贖罪をするつもりも、人間を理解するつもりも無い。

 

だが、「彼女」のあの言葉をーー

 

 

 

 

 

[ーーどうか、

人間の全てを恨まないで…。]

 

 

 

 

 

ーー彼女の最期のわがままの、

その意味がわかると言うのなら。

 

 

 

 

 

 

 

 

(ロザリー、……私は…。)

 

 

 

 

 

 

 

 

『さぁ、どうする?』

 

 

 

 

 

「真理」の声が白い空間に響くと同時に、カランと乾いた音を立てて、ピサロの手から魔剣が滑り落ちた。

 

 

 

 

 

 

再び、

真っ直ぐに「真理」を見据える灰色の瞳。

 

 

 

 

 

 

『ーーそれが、お前の答えか。』

 

 

 

 

 

 

 

「真理」がニヤリと笑みを浮かべるのと、扉が眩い光と共に開いて行くのは同時だった。

 

 

溢れ出した光は、瞬く間にピサロの身体を捉えて扉の中に引きずり込んでいく。

 

 

 

 

「がっッ……!!待て「真理」ッ‼︎

まだ質問は残って……!」

 

『俺が教えられるのはここまでだ。

[通行料]は適当に見繕ってやるから早く行け。』

 

 

 

 

 

その言葉を最後に、ピサロを飲み込んだ扉は閉まって行った。

 

 

 

 

完全に閉じられた扉の前で、

「真理」は一人笑う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……それはまるで、

ピサロと「彼ら」との運命が交わる事を予測し、楽しむかの様に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 














ーー咲き誇る花々の香り。






ーー広い空にゆっくり流れて行く雲。







懐かしいロザリーヒルに何処かにたその場所で、私は目を覚ました。






……頭がぼんやりとする。





意識が朦朧とし、
また瞼が重くなっていく。




閉じる瞼を必死で引き上げていれば、
ぽつりと生暖かい雫が頰に落ちてきた。



そっと空を見上げると、
晴れの空から一つ、二つと雨粒が滴り地面を濡らしていく。


暮れ行く空の下、温い雨に包まれ今度こそ遠のこうとする意識。


霞む視界の中で燃える空の光に染まり溢れ行く雨は、まるで涙の様に降り注ぐ。


ーーそう。








ーー彼女が流した、美しい真紅の……


ルビーの涙の様に。




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