今のところGL要素しかないです。
あれからなんとか護衛任務を完遂した後。仕事の報告を終えると、ナジェンダさんはもう我慢ならないといった様子で怒鳴り声を上げていた。
「なんだその汚れは!?お前は自分が女だという事を自覚しろ!せっかくの可愛い顔が台無しだろう!?」
「いや、それって俺が可愛いかどうかは全く関係無いですよね…?」
「とにかく今すぐ風呂に入れ!!」
「……はい」
会話が噛み合ってないし、そもそも俺は元男です。なんて言えるわけがなく。何故かこんな些細な事で怒り出した上司の威圧に負けて、俺は泥と土竜の血で汚れた格好のまま、深夜の暗い廊下を歩いて大浴場へと足を運んだ。
__サァー、とシャワーの水が流れる音が浴場に響く。
泥はすぐに落ちてくれたけど、染み付くように髪や身体に掛かった土竜の血は簡単には落ちてくれなかった。生臭い血の匂いには慣れているが、自分の身体からずっと臭うのはさすがにキツい。それに、周りにも迷惑を掛けてしまう。
「あーくそっ、全然落ちねぇ…!」
舌打ちしながらもう見慣れた自分の身体をタオルでゴシゴシと強く擦っていると、背後から女性の声がした。
「そんなに強く擦ると、その白い肌に傷が付くだけだぞ?」
「んな事言われても、これが落ちてくれねぇんだから仕方な……」
途中まで言ってからピタリと手を止めて気が付く。この声にはどこか聞き覚えがあると。けれどそれは、聞きたくない声でもあるような気がして、振り向くのを躊躇した。
「そうか、なら私が手伝ってやろう」
背後から白く細い腕が伸び、俺が手にしていたタオルをすんなりと奪っていく。かと思えば、それは俺の背中をなぞるようにタオルを上下に動かし、汚れを拭い始めてくれた。
「えと……あ、ありがとう、ございます」
「なに、返り血がなかなか落ちないという悩みは私にもよく理解出来るからな。それと、そんなに縮こまるように緊張しなくても良いぞ」
いや無茶言わないでくださいよ。あんた自分がどれだけ恐ろしい存在なのか理解してんのか?
喉まで出てきそうになった言葉を呑み込み、覚悟を決めて後ろにいる女性の正体を恐る恐る横目で確認する。するとそこにいたのは、外れて欲しかった自分の予想通りの人物だった。
「まさか、こんなところでエスデス将軍とお会いするとは……」
「いつもは一人でこの時間に入るのだがな。珍しく先客がいて私も驚いたぞ」
艶やかな長い青髪を揺らしながらクスリと妖艶に微笑むその姿は、やはりあの帝国最強の女。ドSとしても名高いエスデス将軍である。白くきめ細かい彼女の素肌は、女になった今の俺でも目に毒だと思った。
暫くの間沈黙が続くと、エスデスは最後の仕上げというようにシャワーで俺の髪や身体に付いた汚れを洗い落としてくれた。
「よし、これで汚れは全て落ちたな」
「ありがとうございます、エスデス将軍……」
「礼には及ばん。それよりも……貴様、たしかナジェンダの部下だったな?」
ギクリ、と思わず身体を震わせて強張る。
今はまだ彼女と俺達は敵対していない。だが、もしこの女に前世の記憶があったら?前世でも顔を合わせた事が兵士時代の僅かな回数しかないとはいえ、ナイトレイドでの俺の顔を知っていたら、今ここで殺されるかもしれない。
人を確実に殺せる凶器のないこの場所では、俺は圧倒的に不利である。しかし彼女は別だ。武器も衣類も、何もなくても戦える。人を一度に何人も殺せる。まさに彼女自身が凶器……いや、帝具そのものだ。
今ここで俺を殺さないとしても、俺を介してナジェンダさんの殺害を試みる可能性だってある。そんな事はこの命に代えても絶対にさせないが。
どちらにせよ、なるべくこの女を刺激しない方がいいのは確かだ。慎重に言葉を選ばなければ、この先の未来に支障が出る。
「そうですけど……それがどうかしましたか?」
「いや、女兵士は少ないからな。以前からナジェンダの隣にいるのを見掛けて、少々気になっていたのだ」
エスデスに前世の記憶があるのかはまだわからない。でも、そんな理由で目に留められていたのには驚いた。
「そうでしたか……。エスデス将軍にお目掛けして頂けただなんて恐縮です」
「そう改まらんでも良い。今は二人きりなのだから無礼講だ。最初の砕けた口調で話せ」
んなこと言われても怖ぇからやだよと言いたい。大声で叫びたいけどただでさえエスデスと二人きりっていう緊張で心臓が破裂しそうなんだから我慢しろ俺。
「案外ナジェンダに似て堅いヤツだな貴様。そんなだとナジェンダのように彼氏が出来ないぞ?」
「ナジェンダさんは美人でイケメンだから本人がやろうと思えば彼氏なんてすぐに出来ますよ。むしろ俺が彼氏になりたいくらいでしたよ。……あ」
しまった、と口を塞ぐがそれは手遅れで。
「ふふっ、そんなにナジェンダが好きか。あいつが女にもモテるとは意外だな」
「ち、ちがっ……!い、今のはその……」
「最初の口調を聞いた時はてっきり少女とはかけ離れた性格かと思っていたが、なかなか可愛いところがあるではないか」
俺が赤面する一方で愉快そうにクスクスと笑うエスデスは、その白い人差し指をつ、と喉から滑らせるようにして俺の顎を上げ、そのまま親指で唇をなぞる。
何をされるのか全くわからないという恐怖で、エスデスの一挙一動にビクリと肩を揺らすけれど、その様子すらも楽しんでいるのか、エスデスの笑みは一切絶えない。
「貴様、名はなんという?」
「……ラバックです」
名乗るのは危険だと承知しているが、今ここで名乗らなければ不自然に思われ、それこそ危険だ。
覗き込むように見つめてくるその瞳から目を逸らしたい。でも俺はこれでも前世では暗殺稼業を生業にしてきた殺し屋だ。いつか必ず、今度こそ挑むであろう最大の脅威に、今ここで負けるわけにはいかない。
そんな対抗心のような俺の強い意思が殺気に変わり、彼女に負けじと睨むように見つめ返す。
「……ふふっ、私に殺気を向けるとは面白い事をするな、ラバック。私は貴様を気に入ったぞ」
「……へ?」
思わぬ発言に、間抜けな声が漏れる。
「これも何かの縁だ。ラバック、ナジェンダの下で働くのは辞めて、私に従わないか?」
「……はあぁ!!?」
何故かエスデスに気に入られてしまったらしい俺は、この信じ難い状況に目眩がした気がした。
__大浴場でエスデスに遭遇してから数日後。あれから出会う度に俺を勧誘してくる彼女に、俺は頭痛を感じていた。
「ラバック、私の下に来い。たっぷり可愛がってやるぞ!」
「ですから、俺はナジェンダさん以外に仕える気は全くありませんってば!」
目の前で堂々と俺を引き抜こうとするエスデスとのやり取りに、その光景を見慣れてしまったらしいナジェンダさんは溜め息を吐いてしまっている始末だ。
本当になんで俺の事を気に入ったのやら……。殺気を向けられたから、みたいな事を言われたけど、それはむしろ怒りを買うであろう行動だった筈なのに……。
あ、別にエスデスに怒られたかったわけじゃないからな?俺はそんな変態じゃねぇ、今も昔も華麗なイケメン紳士だ。あれは無意識にやっちゃった事だから正直冷や冷やしてたって言いたいんだよ、わかったか?異論のあるやつはその場で一時間正座な。
「エスデス……いい加減ラバックを引き抜こうとするのはやめないか?彼女は私が一番信頼している部下なんだ」
「ほう?それならますます欲しくなるな。貴様の大切なものを奪った時の顔も見てみたい」
その一言を合図に、両者の目付きが険しいものに変わる。
交わる視線の間でバチバチと火花が散っているかのように見えるのは目の錯覚だろうか。いやそれよりも、俺を挟んで喧嘩するのはやめて頂きたい。こっちの胃がキリキリして痛いからマジで勘弁してくれ。
これは俺の所有権を巡る戦いのようだが、将軍同士のぶつかり合いに巻き込まれた俺の身にもなって欲しい。というか俺に人権はないんですか、と訴えたい。
今ならタツミの気持ちがよくわかる気がするぜ……。あいつ、こんなに執着心の強いエスデスにずっと狙われてたのによく生きてたな。俺は今まさに死にそうだ。威圧による窒息死で。
「お前とこんな話をしていたらキリがない。行くぞ、ラバック」
「あ、はい」
「全く、つれないな。そんなにナジェンダの事が好きか」
ナジェンダさんに続いて踵を返そうとした瞬間、エスデスが俺の頬を両手で包んで見つめてきた。
まるで男を誘惑するようなそれに、思わずドキリとする。しかし、それを許さないとでも言うように俺の腕を引いたのはナジェンダさんだった。
「何度言っても無駄だとわかっているだろ、エスデス。ラバックは私の妹のような存在だ。例えラバックがお前の下に行こうとしても、私が許さん」
「……ふっ、それは残念だ」
ナジェンダさんの真剣な瞳を見たエスデスは、これ以上は彼女を敵に回すと思ったのか、肩を竦ませて自らが来た道を戻って行く。
「ナジェンダの下で働くのが嫌になったらいつでも私の下に来い、ラバック」
「だからいい加減諦めろと言っているだろう!私のラバックに近寄るな!」
帰り際にまだ諦めの色は無いと告げるエスデスに、ナジェンダさんは噛み付くように威嚇していた。
ナジェンダさん、それは前世の……男だった俺に言って欲しかったです……。
今も充分嬉しく思うが、恋心を抱いていたあの頃に言ってもらえたらどれだけ嬉しかった事か。そんな複雑な想いを胸に秘めて、俺は深い溜め息を吐いた。
補足。エスデスがラバックを気に入った理由は、ラバが放った殺気から強者の匂いがしたから(適当)
強者大好きなエスデスならあり得るはず((
ラバ「ドS様の登場早過ぎだろ。つーか助けて。女になってからモテても嬉しくねぇ、せめて男に戻してくれ…!!」
だが断る!!((