ゴーグル君の死亡フラグ回避目録   作:秋月月日

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第九項 逃走手段

 考える間もなく逃走した。

 普通に戦えば負けることはないのだろうが、こちらは曲がりなりにも意識不明の重体である人間一人を抱えている状態だ。爆弾使いのフレンダと怪力の絹旗の二人だけで目の前の武装集団を殲滅できるかと言われれば、激しく首を傾げるしかないことは明白だった。あちらが素人ならまだしも、『猟犬部隊(ハウンドドッグ)』は学園都市の暗部組織の一つにも数えられているプロの殺し屋集団だ。麦野を背負っている流砂のことを気にしながら絹旗たちが戦闘を行うには、あまりにも相手が悪すぎる。

 『猟犬部隊』の目的は打ち止め(ラストオーダー)の捕獲と一方通行(アクセラレータ)の無力化なのだが、自分たちの姿を見た者を生かして帰すような良心など微塵も持ち合わせてはいない。というか、リーダーである木原数多の命令で、目撃者は全て殺せと言われている。

 バババババ! と放たれるマシンガンの弾丸を回避しながら、流砂と『アイテム』は夜の学園都市を駆け抜ける。降りしきる雨のせいで足が滑って何度も転びそうになるが、根性で大地を踏みしめて前へ前へと足を動かしていく。

 

「麦野の様子は超どうですか、草壁!」

 

「駄目だ全く起きる気配がねーッス! っつーか、とにかくあの連中の目の届かねー場所に逃げねーと! ケガ人一人背負ってる状態じゃあまりにも分が悪すぎるッス!」

 

「そんなことは分かってるって訳よ! でも、そう遠くへはいけないよ!? 滝壺のスタミナの問題もあるし!」

 

「だ、大丈夫。はぁ……はぁ……わ、私は足手まといには、ならないから……」

 

 そうは言うけれども、滝壺の息は既に荒くなっていた。

 彼女の意思を尊重してもあげたいが、今はそんな悠長なことを言っている場合ではない。なので、流砂は絹旗にアイコンタクトを送り、絹旗は小さく頷いて滝壺を一気に抱え上げた。

 これで逃走の速度は著しく上昇したが、引き換えに戦闘力がガクンと落ちたことになる。麦野を背負っている流砂と滝壺を抱えている絹旗が戦いに参加できない以上、フレンダ一人で後ろから迫りくる『猟犬部隊』を相手にしなければならないのだ。――だが、フレンダは苦しそうな表情すら浮かべない。

 

「結局、この中で一番役に立つのは私だけって訳よ!」

 

 ウインクをしながら後ろを勢いよく振り返り、いつの間にかスカートの中から取り出していた小型のミサイルを『猟犬部隊』に向かってぶっ放す。カクカクフワフワと不規則な軌道を描いて飛んで行ったその数本のミサイルは、耳を劈くほどの爆音と共に『猟犬部隊』を吹き飛ばした。

 「よっしゃーっ!」と飛び跳ねながら喜ぶフレンダの腹を左手で抱え上げ、流砂は歯を食いしばりながら前進する。人一人背負った挙句に人一人抱えているというこの状況、ハッキリ言って無謀すぎるにも程がある。

 なので流砂はフレンダを絹旗に投げ渡すことにした。

 

「絹旗、パス!」

 

「超了解しました!」

 

「ひ、人をボールみたいに扱うなぁああああああああああああああッ!」

 

 ギャァアアアア! と叫びながら宙を舞うフレンダを絹旗は見事キャッチし、おんぶの要領でフレンダを自分の肩の上に腰かけさせた。『窒素装甲(オフェンスアーマー)』の効果で重い物を持ち上げることができる、絹旗だけの芸当だ。流砂が今の彼女のような行動をした場合、首の骨が持っていかれているかもしれない。

 フレンダの功績により『猟犬部隊』の進行が止まったことに内心喜びつつ、流砂は隣を走る絹旗に大声で提案する。

 

「この先にあるボーリング場! そこにとりあえず避難した方が賢明ッス!」

 

「超異論はないです!」

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 ボーリング場は静寂に包まれていた。

 従業員と客の全員がまるで眠りに就いたかのように昏倒していて、流砂たちが汗だくで入ってきてもリアクションを返せる状態の者は誰一人としていなかった。流砂たちは倒れ伏す人々を踏まないように気を付けながら、ボーリング場の三階へと移動した。

 三階はカラオケボックスになっていて、不幸なことにこのフロアも一階と同じような状態に陥っていた。全ての従業員と客が唐突に意識を失ったように崩れ落ちていて、カラオケボックス内にはイントロだけが寂しく響き渡っていた。

 その中でも比較的静かな個室へと移動し、流砂はソファの上に麦野を横たわらせる。

 

「とりあえずはここで作戦でも立てた方がイイッスね。麦野も起きる気配はねーし、俺たちも休憩をとる必要があるからな」

 

「私は別に疲れてはいないですけど……滝壺さんは仮眠でも超とったらどうですか? 今の内に休んでおいた方が、今後の行動にも移りやすいでしょう?」

 

「うん。きぬはたの言うとおりにするね」

 

「滝壺は仮眠でオーケーとして、フレンダはどーするッスか?」

 

「私も仮眠をとるって訳よ!」

 

「今すぐ眠れクソ野郎ッ!」

 

「ごゥフッ!」

 

 窒素パンチで意識を勢いよく刈り取られ、フレンダはソファの上へと崩れ落ちた。別に仮眠をとる予定だったから結果としては一緒なのだろうが、それにしても絹旗のフレンダに対する態度は酷すぎると思う。いや、これは彼女たちの問題なので流砂があれこれ言う必要はないのだが。

 滝壺とフレンダが穏やかな寝息を立て始めたところで、絹旗が真剣な表情で口を開いた。

 

「それで、超これからどうします? 私と草壁とフレンダの三人で戦わなければならないこの状況で、優先的にとるべき行動は一体何なのでしょうか?」

 

「戦うのは最終手段にしておいた方が賢明ッス。今はとにかく、騒ぎが収まるまで逃げ続けるのを最優先事項にしておこうッス」

 

「確かに、それが一番の安全策かもしれませんね。――それと、私にはその超気持ち悪い口調を使う必要はないんで、悪しからず。暗部同士なのですから、もっと近しい感じでいきましょうじゃないですか」

 

「――——、」

 

 サラッと零れた絹旗の言葉に、流砂の思考が一瞬だけ停止した。

 今この少女は流砂に、暗部同士と言わなかったか? 流砂は今まで一言も自分の正体について語っていないのに、この少女は流砂のことを『暗部』だと言わなかったか?

 だらだらと流砂の頬を大量の汗が伝う。それは緊張の汗であり、彼の心境をどんなものよりも顕著に表している汗でもあった。今まで隠し続けていた秘密をあっさりと暴かれたことに対する、恐怖でもあった。

 目を剥いて言葉を失っている流砂に、絹旗は肩を竦めながら言い放つ。

 

「麦野とフレンダは超気づいていないようですけど、少なくとも、私と滝壺さんは貴方の正体を超把握していますよ。暗部組織『スクール』の構成員で、主な仕事は情報収集。私たちと接触してきたのも情報収集のためなんでしょうが……いや、ためだった、と言うべきですかね。貴方の麦野への心酔っぷりを見ていると、どうやら私たちについての情報は超リークしていないようですし」

 

「ぇ、あ……」

 

「そんなに驚かないでくださいよ、草壁。麦野はあれでも私たちの超リーダーなんですよ? リーダーに直接関わりを持ち始めた怪しい男がいたら、その男について調査をするのが部下としての超当然の行為でしょう? まぁ、情報収集の甲斐あって、今のところ貴方は信用に値する人物だと分かったわけですけどね」

 

 驚きを通り越して逆に感心してしまっていた。

 流砂が所属している暗部組織『スクール』の情報は、学園都市に存在する機密の中でも、かなり高いランクの防壁が張られている最重要機密の一つに数えられている。当然だが、そこら辺にいるような一般人が調べられるほど軟なセキュリティではない。勿論、暗部組織の構成員だからと言って簡単に突破出来るようなものでもない。

 しかし、絹旗はどういう訳かそのセキュリティを見事突破し、『スクール』の情報を手に入れてしまった。予想もしていなかった突然の原作崩壊に、流砂はモヤモヤとした気分になってしまう。

 『スクール』の情報を手に入れたということは、垣根帝督や心理定規などの情報も手に入れているということになる。今の時点でそんな情報を得ていたら、十月九日の暗部抗争に大きな湾曲が生じてしまうことになるのは火を見るよりも明らかだ。

 だが、流砂の心配をよそに絹旗は肩を竦め、

 

「というか、『スクール』の中でも貴方の情報だけはセキュリティが超甘かったんですよね。プロのハッカーを雇って調べてもらったわけですが、そのセキュリティの差のせいで貴方以外の情報は全く明らかにならなかった……って、何で目元抑えて超蹲ってるんですか?」

 

「いや、うん。ちょっと悲しくなっただけだからほっといてくれ……」

 

 『スクール』の情報の中でも一番セキュリティが甘いって、俺はあの面子の中で一番弱者だと思われているんだろーか。いや、あのスナイパーよりは強いと思ってたんだけど。

 今までの思考時間を返してほしい、と半ば本気で思ってしまうほどに衝撃的な一言だった。いくら死ぬことが決められているからと言っても、流石にその扱いはあんまりではなかろうか。今の今まで焦っていた自分がバカみたいじゃないか。

 つまるところ、流砂はギリギリなところで助かったという訳だ。垣根の情報はバレてはいないし、他の構成員の情報についてもハッキングはされていない。未だに自分の扱いの酷さに疑問が浮上しまくりなのだが、今はとりあえず保留しておこう。バレてしまったことを今さら悔やんでも意味なんてないのだから。

 「はぁぁー……ま、別にいーや。とりあえず今ントコは共同戦線だな」「今のところは、ですけどね」互いに肩を竦めた二人は、不敵な笑みを浮かべると共に固い握手を交わした。……まぁ、絹旗の本気の握力を流砂が能力で弱めているというミニバトルが開催されてしまっているのだが、それについてはあえて言及する必要はあるまい。

 ニコニコ笑顔で手を離し、二人は作戦会議を再開する。

 

「『猟犬部隊』は標的の息の根を止めるまで超しつこく追ってくる名前通りの猟犬です。今はこんなカラオケボックスで超隠れてる私達ですけど、奴らに場所を特定されるまでそう時間は残されていないでしょう」

 

「しかも、こっちは非戦闘員が一人と戦闘不能が一人っつー状態だ。滝壺と麦野を護りながら『猟犬部隊』を相手取るのなんて、流石に無謀だと俺は思う。だからさっきも言ったとーり、騒動が静まるまで一目散に逃げ続ける方が一番だと思う訳なんだが……」

 

「――残り時間が不明、ってところが超問題ですね。今のところ行動が可能なのは私とフレンダと草壁の三人なわけですが、流石に何時間も超走り続けられるほどのスタミナは持っていない。そこら辺に停車している車を使えばまだ超大丈夫なんでしょうが、私達の中で車を運転できる者は一人もいないですからね……」

 

 はぁぁ、と顔に手を当てて絹旗は深い溜め息を吐く。

 しかし、そんな絹旗に流砂はキョトンとした表情を向けつつ、

 

「俺、車の免許持ってんぞ?」

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 とりあえず五人乗り以上の大きさの車を探す必要がある。

 寝ていたフレンダを叩き起こして麦野と滝壺の護衛としてカラオケボックスに残らせた絹旗と流砂は、店内から外に出て目的の車を捜索している真っ最中だった。夜の闇と雨のせいで視界がかなり悪いが、それでも彼らは車を絶対に見つけなくてはならない。逃げるために、生き残るために――。

 そんなわけで立体駐車場まで移動した流砂と絹旗は、

 

「窒素パーンチ」

 

「からの圧力抑制ぃー」

 

 キャンピングカーの扉を盛大に破壊していた。

 緊張感の欠片も無い一言と共に破壊される鉄製の扉。絹旗の『窒素装甲』による攻撃によって扉の接合部分ごと剥ぎ取られてしまったキャンピングカーは、なんかもう悲惨な状態になってしまっていた。一応は破壊の箇所を狭めるために流砂が能力で絹旗のパンチで発生する圧力を抑制したのだが、それでもキャンピングカーの扉周辺の破壊を防ぐことはできなかった。

 車が手に入ったところで流砂は運転席に座っていた中年男性を外へと運び出し、

 

「ンじゃ、俺は今から車のエンジン蒸かしとくから、お前は他の三人をここまで連れてきてくれ」

 

「超了解しました。……勝手に逃げたらブチコロシ確定ですからね?」

 

「わぁーってるっての」

 

 トタタタッと店内へと戻っていく絹旗の背中を見送り、流砂は運転席に乗り込んだ。

 先ほど追い出した運転手はプロレスが大好きなのだろう。運転席には大量のプロレスラーの写真が所狭しと張られていた。――ぶっちゃけ、吐き気が止まらなかった。

 風紀的側面と自分の我慢の限界によりプロレスラーの写真を剥ぎ取って窓から捨てる、という作業を五分ほど行ったところで、店の方から絹旗たちが走り寄って来た。あまり焦っていないところを見るに、『猟犬部隊』と鉢合わせするという最悪な状況は無事に回避することができたみたいだ。

 麦野をベッドに寝かせてベルトで固定し、滝壺とフレンダも椅子に座ってシートベルトで体を固定した。今の状況でシートベルトをするのは流石にどうかと思わないでもないが、絹旗が扉を破壊してしまっているので、こうでもしないと車の速度に負けて後ろに勢い良くぶっ飛んでしまうのだ。スタントマン顔負けのスタントアクションなんて、誰も好き好んでやろうとは思わない。

 無事に任務を終えた絹旗が助手席に腰を下ろしたところで、流砂はキャンピングカーを発進させた。何で高校生ぐらいの草壁が車を運転できるんだろう、という素朴な疑問を抱いてしまう絹旗だったが、とりあえず今は逃走手段がゲットできただけで満足なのであえて指摘はしなかった。必要なのはカードじゃなくて技術だ、という言葉が何故か頭に浮かんだし。

 周囲を警戒しながら立体駐車場の外に出る。外は相変わらず雨音以外に物音は存在せず、路上には大勢の人がぶっ倒れているという最悪な状態だった。ヴェントスゲー、と流砂は思わず口笛を吹く。

 だが、その感嘆の口笛は一瞬で遮られることとなる。

 その答えは簡単で――彼らの目の前に黒一色の装備が特徴の集団が現れたからだ。

 『猟犬部隊』。

 狙った獲物は絶対に逃がさないことで有名な暗部が、二度目の登場を為し得ていた。

 流砂と絹旗はひくひくっと頬を引き攣らせながら、

 

「超全速前進、頼んでもいいですか?」

 

「超了解!」

 

 ――アクセルを勢い良く踏み込んだ。

 




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 次回もお楽しみに!

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