ゴーグル君の死亡フラグ回避目録   作:秋月月日

8 / 65
第八項 九月三十日

 そんなこんなで第七学区なのである。

 

「うわぁー……相変わらずの人気っぷりッスね、この地下街……」

 

 学校から直接来たのだろうか、地下街にはちらほらと学校の制服を身に纏った少年少女たちの姿が確認できる。まぁ、流砂たちも未成年なので通常は彼らと同じ格好をしていなければならないのだが、色々と複雑な事情があるのでこうして絶賛私服着用中という訳だ。制服を着るのが面倒くさいとかこの服が落ち着くからとか、そういう不純な理由は毛頭ない。多分、おそらく、メイビー。

 「うへー……」と混雑している地下街をとても嫌そうな表情で眺める流砂の左手をしれっと握りつつ、第四位の『原子崩し(メルトダウナー)』は他の三人の顔を見ながら言い放つ。

 

「で、まずはどこから行く?」

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 やって来たのはゲームセンターだった。

 若者たちのたまり場として認知されて久しいその娯楽エリアには、これまた予想外なほどの学生たちがウロウロと歩き回っている。結構な人数なので使用済みではないゲームがほとんどない状態なのだが、流砂の周囲にいる少女四人はあまり気にしていない御様子だった。

 『おい、あのモノクロ頭見ろよ……』『ああ、スゲーな。アイツはスゲー』『『――俗にいう、ハーレム状態でいやがる……ッ!』』顔立ちだけで見るならば凄くレベルが高い少女四人を侍らせている流砂を見て、周囲の学生たちがひそひそと勝手な評価を付けている。麦野たち『アイテム』はどうやらその囁きが聞こえていないようで、辺りを見渡しながら使えそうなゲームを捜索している真っ最中だった。

 うるせーよ、と流砂は周囲の学生たちを睨みつける。こんな『触れるな危険! というか、見たら即座に退避せよ!』級の戦闘力を誇る少女四人のハーレムなんて、真っ平御免だと思う。この少女たちのハーレムは世紀末帝王HAMADURAだけが達成していればいい。自分は麦野さえデレさせればそれだけで満足なのだ。――いや、戦闘力は一番高いが。

 はぁぁー、と額を指で突きながら溜め息を吐く我らがゴーグルくン。そんな彼の背中には、相変わらずの黒いリュックサックが。このリュックサックの中では彼の死亡フラグの権化ともいえる二つの機械が息を潜めているのだが、『アイテム』の四人がその真相を知るのはまだ遠い先の未来となるだろう。少なくとも、流砂がミスを犯さない限りはこの秘密が外に漏れることはない。

 と、もう一回溜め息を吐いたところで、ぐいっと左手を引っ張られた。

 今更誰かを確認するまでもない。――麦野沈利(むぎのしずり)その人だ。

 

「ホッケーやりましょうよ、ホッケー。ペアは後で決めるとして、滝壺は審判を任せるよ。ま、どうせ私と流砂のペアになるんだろうけど」

 

「えぇー……この面子でホッケーとか、機械が破壊される未来しか思い浮かばねーんスけど……」

 

「ごちゃごちゃ言う前にさっさと来い!」

 

「ごちゃごちゃ言う前にさっさと引っ張られてるんスけど!?」

 

 麦野は流砂の腕を引っ張ってズルズルとホッケー台へと移動する。

 そのホッケー台の周囲は、ゲームセンターの混雑具合からは到底想像もできないほどに閑散としていた。どうせ麦野とか絹旗辺りが『にらみつける』で防御力を下げた後に『こわいかお』で素早さをガクッと下げ、トドメとばかりに『ほえる』でもお見舞いしたのだろう。相変わらずこの街は実力社会だよな、と流砂は追い出された学生たちにご冥福をお祈りする。

 さてさて、滝壺による厳正な阿弥陀くじによってホッケーのペアが決定されたわけなのだが――

 

 

 流砂&フレンダ。

 

 麦野&絹旗。

 

 

 あ、これもう死んだ? 

 顔面蒼白でマレットを握りしめる流砂とフレンダだったが、麦野と絹旗はきゃいきゃいと楽しそうに駄弁りながらホッケー台にコインを投入しているようで彼らの絶望っぷりには全く気付いていない。死亡フラグの権化である二人がペアとか明らかに神の悪戯としか思えないこの状況に、流砂は青褪める以上に大量の冷や汗を流し始める。

 カタカタと小刻みに震えながら目の前の鬼二人を茫然と見つめる死亡フラグ二人。目の錯覚だろうか、麦野と絹旗の目が獲物を狩る肉食獣のように変貌している気がする。いや、状況としてはもっと追い込まれた感が満載なのだが。

 そして流砂とフレンダが心の中で必死に遺書を書きとめる中――

 

「それじゃあ、試合開始」

 

 ――女神のあまりにも慈悲深い宣告が下された。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 ドゴン! という音がゲームセンターに響き渡る。

 大勢の学生たちが円を描いて集合しているゲームセンターの一角では、男一人と女三人によるホッケーの試合が行われていた。もう一人無気力そうな少女がいるが、彼女は立ち位置的に審判の様らしい。

 学生たちがやんややんやと盛り上がる中、ホッケー台ではあまりにも残虐な攻撃による一方的な蹂躙が行われていた。

 

「あははははっ! パリィ、パリィ、パリィってかぁ!? 防戦一方じゃ私達にゃ勝てねえぞ!」

 

「私たちの戦闘力を前に超手も足も出せないって感じみたいですね! そのまま無様に点数が入れられていく様を超茫然と見ているが良いです!」

 

 マレットで円盤を叩き、相手のゴールであるスリットに叩き込む。そんな単純な作業を行っているハズなのに、ホッケー台の上ではそこら辺の工事現場よりも圧倒的な轟音が響き渡っている。

 ドゴン! というのは麦野が円盤をゴールに叩き込んだ音で、ゴギメギャァ! というのは絹旗が円盤をゴールに叩き折んだ音だ。一体どういう力の入れ方をしたらそんな意味不明な轟音が鳴り響くのかは分からないが、とにかく彼女たちの攻撃はそれほどまでに激しく圧倒的なものだった。

 C級映画に出てくる怪獣のような顔をしながら攻戦一方な麦野&絹旗ペアに対し、フレンダ&流砂ペアがとっている行動は極めて単純なものだった。

 マレットによる防壁建築。

 つまるところの絶対防御なのだった。

 

「だ、駄目だ草壁! 結局、このままじゃ押し切られちゃうって訳よ!」

 

「泣き言言う前に耐えやがれ! この手を放した瞬間イコール俺たちの死亡なんスからね!?」

 

 ドガガガガガッ! と削岩機のような音と共に放たれる円盤に必死に耐えつつ、流砂とフレンダは涙目で必死の言い合いを開始する。既に彼らの握るマレットは所々にヒビが入っていて、防壁崩壊までそう時間はかからないように見える。というか、マレットを破壊する円盤って何だ。ダイヤモンドでも仕込まれてるのか。

 すると、麦野が放った円盤がポロッと流砂のマレットを台として流砂の後方へと飛んで行った。円盤はこの台に二つしかないので取りに行かなければならないのだが、流砂はそんなことを考えることもできなかった。

 理由は簡単。

 後ろにぶっ飛んだ円盤が、学生たちを薙ぎ倒していたからだ。

 

「いやいやいや、どんな威力ゥゥゥゥ!? すでに能力名『原子崩し(メルトダウナー)』じゃなくて『学生崩し(ドミノクラッシュ)』になっちゃってるんスけどォォォォ!?」

 

「そんなこと関係ねえ! 関係ねえんだよォおおおおおおおおおおッ!」

 

「駄目だ既に自分の世界にトリップしてる!」

 

 残り一つとなった円盤をレイプ目で勢いよく弾く麦のん。可愛らしいニックネームとは裏腹に放たれる攻撃は極悪非道そのものなのだが、弾くことだけに夢中になっている麦野はそんな些細なことには気づかない。

 このままじゃ確実に殺される。今まで必死に死亡フラグを叩き折ってきたというのに、まさかホッケーで死亡フラグが乱立することになるなんて露ほどにも思っていなかった。というか、ホッケーの死亡フラグって何? 円盤が体に当たったら死ぬって一体全体どういうこと? 学園都市って怖ろしい。

 この街の怖ろしさを改めて実感しつつ、流砂は必死にマレットを下に抑えつける。このマレットが消し飛ばされた瞬間、彼とフレンダの命も消し飛んでしまう。絶対に護らなければならない。絶対に負けられない戦いがココに在る!

 ぶっちゃけた話、勝敗で言うなら流砂チームが圧倒的に敗北しているわけなのだが、この勝負はそんな小さい次元で行われているものではない。――生きるか死ぬか――デッド・オア・アライブ――こんな感じで生死を賭けたサバイバル的な次元での勝負なのだ。勝負的には敗北だとか、そんなことは誰よりも分かっている。

 そんな圧倒的な蹂躙に流砂とフレンダがドバーッと涙を流す中、

 

「百六十二、対、二……」

 

 滝壺はあくまでも淡々と業務をこなすのだった。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 結局、流砂とフレンダは敗北した。

 試合の結果としては三百二十三対二という試合なのか練習なのかよく分からないほどの完敗だったわけだが、流砂たちとしては敗北以上に無事に生き残ることができたことが何よりも嬉しかった。いやホント、ホッケー中に死亡とか笑えない。

 ホッケーの後は『アイテム』の四人の意思を尊重してぐるぐるぐるぐると地下街を歩き回った。絹旗に映画に付き合わされ、滝壺に服屋に連れて行かれ、フレンダに鮮魚店へと連れて行かれたりもした。麦野は流砂の隣でいられるだけで満足なのか、終始彼の左手を握る以外に目立ったアクションはとってこなかった。手を握られる行為自体は流砂も恥ずかしかったのだが、麦野の嬉しそうな顔を見てしまったら何も言えなくなってしまっていた。

 この『麦のん攻略大作戦』を開始してからというもの、流砂の中にある麦野への想いはより強固でより確かなものへと変わっていっていた。最初は打算的な好意だったのに、今は彼女の顔を見ただけで胸の辺りがぽわぁっと暖かくなってしまったりする。これは本格的に惚れちまったんかなー、と流砂は照れくさそうに頭を掻く。

 

「はぁー……なんかそろそろ疲れてきちまったッスねー」

 

「ま、もう結構な時間だからね。どうする、そろそろ帰る?」

 

「そーッスねー……」

 

 流砂は麦野の右手を握り返しつつ、地下街の壁に取り付けてある時計に視線を向かわせる。――午後六時を優に超えていた。

 小学生とか中学生とかだったら、すぐに帰宅しなければ親に怒られてしまう時間だ。幼稚園生とか保育園児とかだったら尚のこと。流砂たちも「あー。そろそろ帰ろーかなー」ぐらいは思ってしまうほどの時間であった。

 だが、流砂が思っていたことはそんなちっぽけなことではなかった。門限とか完全帰宅時間とかそういう類の心配ではなく、もっとこう――命に関わる心配だった。

 流砂はもう一度時計を確認する。――時間は、変化していなかった。

 九月三十日。午後六時過ぎ。――そして、やけに外が静か。

 

(――ッ!? 忘れてた! そーだよこの時間は――ヴェントと木原数多が行動を開始する時間じゃねーか!)

 

 『神の右席』の一人である前方のヴェントという魔術師が、『幻想殺し(イマジンブレイカー)』を殺すためだけに遠路はるばる学園都市までやって来る時間。

 『猟犬部隊(ハウンドドッグ)』を従えた木原数多が、『打ち止め(ラストオーダー)』を捉えるために一方通行(アクセラレータ)を殺そうと思い腰を上げる時間。

 失念していた。自分には全く関わりのないことだから、完全に失念していた。――このままじゃ、流砂たち五人は魔術と科学の騒動に巻き込まれてしまう。

 今すぐ逃げなくてはならない。敵を迎撃できるできないとかいう以前の問題で、流砂達はここから逃げなくてはならない。

 「と、とりあえず外に出よーぜ。地下街もそろそろ閉店の準備を始めたみたいッスからね」突然の提案に麦野たちはキョトン、と不思議そうに首を傾げていたが、流砂はぐいぐいと麦野の腕を引っ張っていたので大したリアクションを見せることも無く彼の思惑通りに地下街の外へと移動を始めた。大丈夫、ここまでは問題ない。

 とりあえずどこへ逃げようか。第七学区は直接の戦場になってしまうから論外として、一体どこへ向かえばいいのだろう。第三学区はここから凄く遠いし、そもそも彼らが避難できる場所なんてほとんどない。今はヴェントの『天罰』でほとんどの人間が戦闘不能に陥ってるだろうから、ホテルなんかも機能停止状態に追い込まれているハズなのだ。

 完全無欠に詰んでいる。――いや、この面子だったら詰まないのか。

 第四位の超能力者が一人と大能力者が三人。もう一人は爆発物の扱いに長けたプロの殺し屋だ。そこら辺の傭兵ぐらい、赤子の手を捻るように鎮圧できるに違いない。

 だが、神はあくまでも流砂に試練を与える。

 ゴトッ、という鈍い音の直後、流砂の腕が勢いよく下に引っ張られた。

 麦野沈利が、雨の中ぶっ倒れてしまったのだ。

 

「ま、さか……い、いやでも、ヴェントの姿はどこにもないハズ……」

 

 崩れ落ちた麦野を背負いながら、流砂は周囲を見渡す。黄色一色の装束が特徴の魔術師の姿はどこにも存在してはいなかった。――だったら何故、麦野は崩れ落ちてしまったのだろうか。

 考えるまでもなく、麦野が倒れた原因は『天罰術式』だ。何か攻撃を加えられたわけじゃないのに『あの』麦野が一瞬で気絶してしまったことを考慮すれば、それぐらいの判断は容易にできる。

 「超どうしたんですか!? 敵襲!?」「む、麦野!? 一体どうしたって訳!?」「むぎの、大丈夫っ?」自分たちのリーダーがいきなり気絶したことで戦闘準備に即座に移行する『アイテム』の構成員たち。流砂は彼女たちの迅速な行動に感心しながらも、麦野がどういう原理でヴェントの姿を見てしまったのかを必死に解明する作業を続行する。

 直後、流砂は発見した。

 夜の学園都市に佇む、巨大なモニターを。

 

「アレにヴェントの姿が映っちまってたってのか? ンで、今はテレビ局ごと停止しちまって放送停止状態っつーことか……ッ!」

 

 状況を即座に理解し、流砂は麦野を背負い直す。

 ヴェントの術式の正体を知っているせいか、流砂は何故か『天罰術式』の影響を受けていない。ヴェントという一人の魔術師の情報を得て敵意を持ってしまった瞬間にその人物を昏倒させる術式が、流砂には何故か通じていない。

 理由は分からないが、これはチャンスだと思った。絹旗たち三人を説得してこの場から避難すれば、ナニゴトも無くこの九月三十日を生き残ることができるはずだ。大丈夫、落ち着いて行動すれば大丈夫だ。

 だが、そんな彼の目論みは即座に崩壊することとなる。

 きっかけは、絹旗の一言だった。

 

「は、『猟犬部隊(ハウンドドッグ)』が、何でこんなところに超いるんですか……ッ!?」

 

 彼女が驚愕を露わにしながら見ている先に、『彼ら』はいた。

 そして不幸なことに、『彼ら』はこちらを完全にロックオンしていた。

 九月三十日。

 直接的な脅威とは何のかかわりも無い五人の少年少女の戦いが、始まろうとしていた――。

 




 感想・批評・評価など、お待ちしております。

 次回もお楽しみに!

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。