ゴーグル君の死亡フラグ回避目録   作:秋月月日

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 受験終わったぁぁぁぁぁ!

 後は合格発表を待つだけいやっほぅ! これで合格してりゃ受験の呪縛から解き放たれるってもんですよぉぉぉ!

 ……と、ハイテンションはここまでにして。

 今回はリハビリ兼季節もの、という訳でバレンタインデー短編です。

 二か月ぶりの更新がまさかの番外編。これこそ月日陽気クオリティ。

 それでは久しぶりの死亡フラ――もといゴーグル君小説、スタートです。



第番外項 バレンタインデー

 愛情とは、目に見えないものでありながら、何らかの方法で形として残したくなってしまう、なんとも矛盾した存在である。

 相手への愛情を確かめるためにキスをしたり、相手からの愛情を確かめるためにプレゼントを待ち望む。他にもさまざまな例があるが、大まかに挙げた限りではそんなところだろう。

 さて、ここで問題。

 元々は聖なる祭典だったにもかかわらず、いつの間にか菓子メーカーの繁盛日となってしまった愛情の日は、なーんだ?

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 それは、浜面仕上の一言から始まった。

 

「おい、草壁、聞いてくれよ見てくれよ! 滝壺からバレンタインチョコ貰ったんだ! やべぇ、すっげぇ嬉しい! なにが嬉しいかと言うとあの(・・)滝壺が俺の為にチョコを手作りしてくれたことがだなぁ!」

 

「うっさい爆発しろリア充野郎!」

 

「ぶげらぁぁぁっ!」

 

 赤白チェックな包装紙に包まれた幸せいっぱいのチョコレートをドヤ顔で見せびらかしていた浜面の右頬に、土星の輪のようなゴーグルを装着した黒白頭の少年のアツイ拳が突き刺さる。ドライバーで打たれたゴルフボールのように宙を舞った浜面はノーバウンドで部屋の壁へと激突し、ちょうど真上に飾られていたなんか無駄に高そうな絵画が額縁ごと彼の脳天に直撃した。しかも角。すっげぇ痛そうだ。

 パンチ一発でお手軽ピタゴラスイッチを披露した浜面にビキビキと青筋を立てながら、黒白頭のゴーグルの少年――草壁流砂は物理的に血涙を流す。

 

「こっちは未だにチョコゼロ個ッスけど何か文句でも!? シルフィとかフレンダとかはともかくとして、絹旗からもステファニーからもましてや沈利からすらもチョコもらってないッスけど何かぁぁああああああああああっ!?」

 

「ごべっ、ごべんなさい! 俺が悪かったからとりあえずその大能力者級の拳をしまってくれ! 頑丈なことに定評がある流石の浜面さんでも流石に顎が無くなっちまう!」

 

「そのまま命も失えクズ野郎」

 

「お前ホントに容赦ねぇな!」

 

 愛しの滝壺ちゃんから貰ったチョコを後生大事に抱えたまま、浜面は弱者ならではの罵声を浴びせる。

 そう、今日は二月十四日。

 バレンタインデー。

 元々はバレンタインさんとか言うおじいちゃんがどうのこうの以下略な日なのだが、何がどう間違ったのか、自分が好意を持っている相手にチョコレートを贈る日となってしまった――男たちの聖戦、聖バレンタインデー。

 この日の為に女たちは何週間も前から準備を重ね、男たちは精一杯強がりながら自分の素晴らしさをアピールしまくって来た。

 全ては『リア充』の称号を手に入れるために。

 全ては『非リア』の烙印を押されないために。

 男たちと女たちは精一杯の準備と努力を行ってきた、という訳だ。

 そして、浜面仕上は、無事に『リア充』の称号を手に入れた。世紀末帝王だとかただの無能力者だとかいろいろと言われてきたが、今日という日に限っては大手を振って街を闊歩しても誰も文句は言えないはずだ。

 ああ、素晴らしきかなバレンタインデー!

 

「滅べ男の敵」

 

「げっふぁぁぁ!」

 

 ニヤニヤヘラヘラとだらしなく笑っていた浜面に、非リアからの渾身の回し蹴りがプレゼントされる。

 錐もみ回転でトリプルアクセルを決めてしまった浜面は「がふっ、げふっ!?」と入れ歯の抜けたおじいさんのようになってしまっているが、非リア代表草壁流砂はそんなことなど気にもしない。

 と、ここで浜面は気づいた。

 ここは流砂がステファニー=ゴージャスパレスという女性とシルフィ=アルトリアという幼女と共に住んでいる部屋だ。もちろん、家具やインテリアなどは一般家庭に負けず劣らず設置してある。

 しかし、ただ一つだけ。リビングの壁に貼られていなければならないものが、スケジュール管理のためには必須であるはずのアイテムが、この部屋には存在していない。

 浜面は言う。

 好奇心と痛みを天秤にかけ、好奇心に余裕で負けてしまった浜面仕上は、完璧なガードの姿勢を取りながら――怒れるゴーグル野郎に問いかける。

 

「あの、草壁さん? つかぬ事をお聞きしますが」

 

「あァ?」

 

「もしかしなくてもお前、バレンタインデーを頭から削除するためにカレンダーを片っ端から撤去した?」

 

「……………………」

 

 ぷいっ、と流砂は名探偵HAMADURAから目を逸らす。

 あ、これ図星だわ、と変なところで鋭かった浜面は「ふむ」と顎に指を当てて思考開始。この怒れるゴーグル野郎の怒りを鎮めるためにはどうすればよいか。ただそれだけを導き出すべく、無能力者級の頭脳をフルスロットルさせる。

 そして十秒後。正確には、十秒と二秒ほど後。

 浜面は流砂の肩にぽすんと手を乗せ、

 

「まーまー別に今年貰えなくても来年があるから良いじゃねぇぎゃぁああああああああああっ!」

 

 あまりにもウザすぎる自慢話は原始的な暴力で塗りつぶされた。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 バレンタインデーなんて滅べばいいのに。

 リア充オーラをバンバン振りまいていた世紀末帝王をモザイク修正にした欠陥品の能力者・草壁流砂は、ふらふらと酔っぱらいのような千鳥足で第七学区を放浪していた。

 しかし、ここでも流砂の怒りは留まることを知らない。

 目的も無く歩くだけのお手軽トレーニングではあるのだが、そのトレーニング中にムカつく連中が視界に入ってしまう。『えー俺にチョコくれんのマジでー?』『もうっ、恥ずかしいんだから声に出さないでよーっ!』とか言ってる連中は今すぐ世界から駆逐されるべきだ。

 ドロドロに濁った瞳で周囲を見渡しながら、流砂はゆっくりと歩を進める。

 

『て、帝督! あ、あのあのそのその……こ、これを受け取ってくれないか!?』

 

『これは……チョコレート、ですか?』

 

『ちょちょちょ、チョコレートなんて初めて作ったから美味くできているかは分からないが、く、口に合ったら嬉しい! いやあの、べ、別に不味かったら無理して食べなくてもいいんだからな!?』

 

『無理だなんてとんでもない。あなたが一生懸命作ったこのチョコは、大切に頂かせてもらいますよ?』

 

『わーわーわーっ! そ、そんな聖母みたいな笑みで私を見るなーっ!』

 

 都市伝説的な白い少年とヤンデレ疑惑なポニーテールの少女が視界に入った気がするが、流砂は華麗にスルー。

 

『白良くーん! 何も言わずに私の愛を受け取りやがれです!』

 

『琉歌さん!? こんな街中でそんな照れ臭いことをシャウトしないでください!』

 

 暴力的な実妹と草食系な少年が真横を通り過ぎていった気がするが、流砂は華麗にスルー。

 

『あなたーっ! ミサカの愛を受け取って! ってミサカはミサカはチョコレート片手に抱き着いてみる!』

 

 …………。

 

『ミサカは別に愛なんて込めてないけど、とりあえずロシアンルーレット的な感じで作ったミサカの恨み結晶を受け取ってー』

 

 ……………………。

 

『…………面倒臭ェ』

 

 …………………………………………。

 

『おのれカミやん死にさらせこのフラグ建築士がァァァあああああああああああああああっ!』

 

 ……………………………………………………………………………………。

 

『ただでさえ無駄なぐらいチョコもらってるくせに舞夏からも貰ってるなんて許せないんだぜい!』

 

 ……………………………………………………………………………………。

 

『いやァァァァあああああああああああああああああああああああああああああっ! 幸せの絶頂期から不幸座流星群が降ってきたァァァあああああああああああああああああああああああああああああっ!』

 

 …………プツッ。

 

「ふっざけんなテメェらぁあああああああああああああああああああああああああああっ! 一人鬱オーラで千鳥足な人を蚊帳の外にして勝手に盛り上がってんじゃねェェェええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええっ! っつーか垣根さんとかおかしいだろ! 何でお前カブトムシのくせにチョコもらってんだよやっぱ第二位ってスゲエなオイ!」

 

 罵倒なのか称賛なのかよく分からない捨て台詞を吐きながら、ゴーグルの少年は涙と共に第七学区を駆け回る。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 麦野沈利はタイミングを窺っていた。

 今日は女たちにとっても男たちにとっても大事な日であるバレンタインデー。流砂の恋人である麦野は二週間ほど前から準備に準備を重ね、ついに最高傑作ともいえる最強のチョコレートを製作していた。味良し見た目良し愛情良しの三拍子そろった愛の結晶。これを流砂に渡して喜んでもらい、夜は二人でパーッと盛り上がるのだ。もちろん舞台はベッドの上。二人は全裸で朝までフルスロットル!

 ――と思っていたのが数分前で、麦野は現在、標識の陰でマイナスオーラに包まれている。

 その理由はとても簡単。

 ぶっちゃけ、直接渡すとなると恥ずかしくね?

 ということなのだ!

 

「あーくそ、何でこんな時に嬉し恥ずかし羞恥モードに切り替わっちまうんだよ……せっかく頑張ってチョコ作ったってのに……はぁぁ」

 

 似合わないと分かっていながら包装紙を真剣に選び、似合わないと分かっていながら真剣に調理に取り組んだ。柄でもないな、とか、何を畏まってんだか、とか自己嫌悪に陥ったりしながらも、この日のために必死に頑張ってきた。

 だが。だけれど。しかし。いざ渡すとなったはいいが、まさかの勇気欠落大パニック状態は予想もしていなかった。人を殺す時は躊躇わないのに、と普通に恐ろしいことを呟きながら、麦野はぐりぐりと標識に額を擦り付ける。

 と。

 

『くっさかべー!』

 

『何スか絹旗この人生最悪絶望シーズンに』

 

『今日は嬉し恥ずかし超バレンタインデー! というわけで、私が超愛情込めて作ったこのチョコレートを受け取ってください』

 

『マ・ジ・で!? マジでやったー人生初のチョコゲット! サンキュー絹旗、沈利の次に愛してるぜ!』

 

『そこは超一番って言ってほしかった! くそぅ、やはり恋人の上位個体にはそう簡単にはなれないということですか……っ!』

 

『いや、どこをどー頑張ろーが一位の座は揺るがねーぜ?』

 

『やっぱチョコ返せ!』

 

 ベギンッ! と標識の柱に手のひらサイズのヒビが入った。

 

「……おや? おやおやおやおやおやおや? おかしいな、おかしいわね。なんで私よりも先に絹旗が流砂にチョコを渡しているのかしら? しかも何で流砂は凄く嬉しそうなのかしら?」

 

 ベギベギベギベギンッ! と上へ上へとヒビの範囲を広げていくヤンデレガール麦野。第四位級の能力を持っているくせに握力すらも超能力者級とか、本格的に笑えない。

 顔を赤くしつつもどこか嬉しそうな絹旗が流砂と別れたのを確認した麦野は額にビキリと青筋を浮かべ、冷たい笑みと共に取り出した携帯電話を凄まじい速度で操作する。

 選択したのは、通話機能。

 選択したのは、絹旗最愛。

 非通知モードで正体を隠した麦野は通話が繋がると同時にドスの利いた声で絹旗に告げる。

 

「……オマエヲコロス」

 

『えっ、えぇっ!? だ、誰ですか超誰ですか!? いやいきなり殺すとか超怖――』

 

 プツンッ。

 憎き部下への嫌がらせを終えた麦野は携帯電話をコートのポケットへと仕舞い込み――

 

『くさかべー! この私、フレンダ=セイヴェルンが愛情たっぷりのチョコレートをわざわざ私に来てあげたって訳よ!』

 

『…………失敗作とかじゃねーッスよね?』

 

『開口一番に信用ないなぁ私! 大丈夫、味は問題ないって訳よ!』

 

『味は? っつーコトは他の箇所に問題がある、と』

 

『なんだいなんだいそんなに私の事が信用ならないのかい! 結局、そんなに疑うってんならまずは食べてみればイイって訳よ!』

 

『じゃーお言葉に甘えて…………』

 

『ど、どう?』

 

『………………………………普通に美味いのが憎たらしい』

 

『素直に美味いと言えんのかお前はァ! ふんっ、だ! 別にいいよそこまで言うならホワイトデーのお返しで私よりも美味いチョコを準備して見せろって訳よ!』

 

『あははっ、ごめんごめん。普通に美味いよありがとなフレンダ』

 

『う、うぅぅぅぅ! べ、別に草壁のために作った訳じゃないしバカぁぁぁぁ!』

 

 リンゴのように顔を真っ赤にしたフレンダがドダダダダ! と走り去っていくのを見送りながら、流砂は「あはは……」と苦笑いを浮かべる。

 と、そこで、絶賛フリーズ中だった麦野が現実世界へと回帰した。

 

「はっ! あ、あまりにも受け入れられない光景を前に、立ちながら気絶してしまっていたわ……」

 

 危ない危ないふぃーっ、と額に浮かんだ冷や汗を右手で拭う麦野さん。勇気が湧かないのは勝手だが、このままずーっと標識の影ではいつ風紀委員に通報されるか分かったものではないと思う。

 しかも、麦野は移動する流砂と一定の距離を保っているため、彼女の腕力による破壊衝動の犠牲者(標識)の数が信じられないスピードで増加していっている。このままでは学園都市中の標識が無くなってしまうのではないだろうか。こうして学生たちの血税はよく分からないものに費やされていくのである。

 さて、そろそろ覚悟を決めよう。このままでは本当の本当に日が暮れてしまう。恋する乙女はフルスロットルじゃーっ! とよく分からないハイテンションで麦野沈利は電柱の陰から一歩踏み出――

 

『……ゴーグルさん』

 

『流砂さーん。こんなところで何をやっているんですか?』

 

『あ、シルフィにステファニー。奇遇ッスねこんなトコでー』

 

『……お互い様』

 

『というか、どうしたんですかそのチョコレート? もしかせずとも私たちは先を越されちゃった感じですか?』

 

『先を越されたって……ってコトは、ステファニーたちもチョコくれんの?』

 

『そりゃまぁ、一応はバレンタインデーじゃないですか。ふふっ、腕によりをかけてシルフィと共同で作ってみました。――という訳で、私達からこのチョコレートを差し上げようじゃないですか!』

 

『ってデケェなオイ! 何で縦幅だけで二メートル越えてんだよこのチョコレート! こんなチョコよく作れたな! 逆にスゲェよ感心モンだわ!』

 

『……ゴーグルさんをちょっとだけ大きくしてみた』

 

『流砂さん、「十八歳男子平均に身長が届いてねーんスよねー」って前に言ってたじゃないですか。そんなわけで、私達の気遣いで三メートル巨人にしてみました! 括目せよっ!』

 

『括目しねーよ!? っつーかコレの形って俺仕様なんスか!? 俺、何が悲しくて自分の形した三メートル級のチョコを一人で食べなきゃならねーんスか! どんな悪魔の所業だよ閻魔大王も吃驚仰天ッスよ!?』

 

『じゃ、用は済みましたし、私たちはこれから砂皿さんのお見舞いに行かなければならないので。あでゅーっ!』

 

『……あでゅー』

 

『ちょ、オイコラ逃げんなぁぁぁ! あーくそアイツラ、無駄にデケェ荷物押し付けて逃亡図りやがってェェェェ……ッ!』

 

「そう言いながらニヤついてんじゃねぇよぶっ殺すぞ流砂ァァァ……ッ!」

 

 今にも原子崩しをぶっ放してしまいそうな般若顔だった。世界を滅ぼす大魔王でも裸足で逃げ出すんじゃないかという程、今の麦野の顔はお茶の間に見せられない仕様になってしまっている。というか、特殊メイクとか義眼とかがギギギギギと凄くヤバめな音を奏でているのは果たして大丈夫なのだろうか?

 結局、あーだこーだしている内に、流砂に好意を寄せている少女たちのターンが終わってしまった。予定では、誰よりも先に渡して誰よりも先に感謝の言葉を述べてもらって誰よりも先に愛を確かめてもらうはずだったのに。……何でこう、今日に限ってやること為すこと全然うまくいかないのだろうか。もしかすると、今日の星座占いが最下位だったからかもしれない。科学の街でそりゃねぇよ、と麦野は溜め息と共に肩を竦める。

 と。

 

「ンなトコで何やってんスか、沈利?」

 

「………………………………へ?」

 

 引き攣った顔の麦野の前に、大量のチョコを抱えた恋人が立っていた。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

「だーっはっはっは! ちょ、マジ、マジで!? あの沈利が羞恥心で動けねーって……ぎゃはははははははっ!」

 

「くっ……どこもかしこも図星過ぎてぐうの音も出ねぇ……っ!」

 

 大量のチョコと共に道沿いの喫茶店へと移動した流砂と麦野はとりあえずとばかりにコーヒーとサンドイッチを注文し、片や爆笑、片や赤面のトンデモ状態になってしまっていた。

 耳の先まで真っ赤に染まった麦野は膝の上で両手を握りながら俯きがちに呟きを漏らす。

 

「しょ、しょうがないでしょ。バレンタインデーがこんなに恥ずかしいものだって分からなかったんだから……」

 

「恥ずかしーって……いつものお前からは全く想像できねーッスけどね」

 

「うるせー馬鹿。私だって羞恥心に負けちまう時ぐらいあるんだよ! あーくそ、だから暴露したくなかったんだ……っ!」

 

「まーまーそー自己嫌悪するもんじゃねーッスよ」

 

「にやけながら言われても説得力ねえんだよぶっ殺すぞ」

 

 暗部抗争の際に向けられたのと同種の視線を向けられた流砂は両手を上げて降参の姿勢を見せる。

 実のところ、流砂は心の底から歓喜していた。自分に関わりのあった少女達からチョコレートを貰えたというのも理由っちゃ理由だが、それ以上に、麦野が自分の為にチョコを作ってくれた、という現実が心の底から喜びを感じさせてしまっている。……というかぶっちゃけ、赤面顔でもじもじして落ち込んでいる沈利だけでもうお腹いっぱいです。

 うーん、と流砂は考える。とりあえずは沈利に機嫌を直してもらわなければならない。自分だけが喜んでいても、恋人が落ち込んでいたら嬉しさは必然的に半減だ。両方幸せで初めて幸せ。恋人とはそういうものだ。

 という訳で、とりあえずの思考で打開策を模索した流砂は麦野の手元からチョコを奪って包装紙を剥がして中身を取り出し、

 

「いただきまーす」

 

 カリッ、とハート形のチョコの端を噛み削った。

 「は、はぁ!?」と驚き慌てている麦野の傍で、ガリゴリガリガリガリーッ! と凄まじい速度でチョコを完食していく流砂。それはまるで団栗を齧るリスのようだった。どこぞの窒素装甲が見たら鼻血を噴き出して気絶してしまうのは必至だった。

 ぽかーんと間抜けに口を開けて茫然とする麦野に向かって「ごちそーさま」と言い、流砂は間髪入れずに麦野の頭を乱暴に撫でる。

 

「スッゲー美味かった、ありがとな。俺のために頑張ってくれたんだろ? いやー、沈利からこんなに愛されてるなんて、俺は世界一の幸せ者ッスねー」

 

「あ、え、ちょ、ほぇ!?」

 

「さて、これはお返しが大変っぽいなー。ホワイトデーと言ったらやっぱりクッキーかマシュマロなんだろーけど……やっぱり値段が高い方が良いんスかね? そこんトコどー思うよ沈利」

 

「あのえとその……あ、愛情さえ篭ってりゃ、私は大歓迎、だけど……」

 

「そっか。ま、期待して待ってろよ」

 

 そう言ってニッコリほほ笑み、流砂は沈利の頬に軽くキスをする。それを見ていた周囲の客や店員たちの目が驚きに染まるが、別に気にする程の事ではない。どこに居ても愛情を伝えられる。そんな関係を目指している流砂にとって、周囲からの視線なんて気にするほどの事でもない。

 が、どうやら麦野はそれどころの騒ぎではないようで。

 

「うわあわほええとそのあのきききキスとかいきなりいやでもそれ以上望んでたしこれはこれででもいやいや流石に皆が見ている前でのほっぺちゅーというのはいかがなものかうわあわにゃわうにゃぁぁぁああああああああああああああああああああっ!」

 

「え!? ちょ、沈利!? いきなりどーしたんスかぁ!?」

 

 結局その日、夜はお楽しみだーとか言っていたはずの麦野は『アイテム』がルームシェアしているマンションの一室で頭を抱えながら――

 

「りゅーさがりゅーさでりゅーさにりゅーさを――――ッ!」

 

 ――という感じでオーバーヒートしてしまっていたらしいが、それはまた別のお話。

 

 

 

 

 因みに、例の黒幕コンビのバレンタインデーはというと。

 

「フィアンマ!」

 

「何だ? ――ってその箱は本当に何なんだ? 気のせいか通常比三割増し程に顔が朱いような気がするんだが」

 

「そ、そんな意味不明な観察はしなくていいんだよバカ! い、いいから黙ってこれを受け取りやがれ! い、言っとくけどな、これはあくまでも腐れ縁だからあげるわけであって、べ、別にオマエの事がうんたらかんたらって訳じゃねぇんだからなっ!?」

 

「だから一体どうしたというんだそのツンデレは……。って、これはチョコか?」

 

「そうだよチョコだよ悪いかよ!」

 

「いや、別に悪いとは言っていないが……ああ、そう言えば今日はバレンタインデーだったな。先ほどやけに挙動不審なシルビアを見たと思ったら、なるほどそういう絡繰りか。ふむふむ」

 

「あのクソババア、見た目に似合わず意外とピュアなんだな……って、そんなことは別にいいんだよ。おいフィアンマ、さっさとそれ喰って感想聞かせろ」

 

「……メモとペン片手にやけに嬉しそうだなお前。まぁいいか。では、遠慮なく食べさせてもらうとするかな。このチョコが俺様の口に入るこの奇跡を涙を流して喜ぶが良い」

 

「誰が喜ぶかバカ!」

 

「んむっ。うん、うん。食感はまと――――ッ!?」

 

 がくんどたんばたん!

 

「………………へ? お、おい、フィアンマ? どうしたんだ? おい! え、何? 『毒を盛ったな?』だって? ふざっ、ふざけんな! なんでボクが好きな相手にわざわざそんなコ――もとい腐れ縁にそんな無駄な罠を張らなきゃならねぇんだ!? っておい、しっかりしろ! 寝るな、目を覚ませフィアンマァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」

 

 それから三週間ほど、フィアンマは木原利分の姿を見る度に全力で逃走することになるのだが、それもまた――別のお話。

 




 感想・批評・評価など、お待ちしております。

 次回もお楽しみに!

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