そして、『新入生』との戦いは終わった。
結末としては、フレメア=セイヴェルンが隠れている金庫を破壊しようと黒夜が放った最後の一撃を上条当麻が右手であしらった――という感じになった。上条がその攻撃に間に合ったのは流砂の全力ライドとか渾身の上条投げとかが影響しているのだが、それについてはわざわざ描写するまでもないだろう。
黒夜を撃破した後、「危険はまだ取り除かれていない」と判断した浜面たちは金庫の中からフレメアを連れ出すことにした。ロックのせいで半日後までは絶対に開かないはずの金庫を一方通行が無理やり引き剥がし、涙目で脅えている八歳の少女を無事に救助することに成功した。最初、金庫を無理やり抉じ開けられているのを見てパニック状態に陥っていたフレメアだったが、浜面の顔を見て安堵したのか浜面の身体に倒れ込み、そのまま浜面を抱きしめながら号泣し始めた。……からかうつもりで「ロリコン」って言ったらぶん殴られた。しかも何故か一方通行にまで。
「いきなりで悪いんだけど、これってどういう状況?」
「……お前も相変わらずッスよねー。どこまでもヒーロー気質なんだから」
何の気無しに疑問をぶつける上条に流砂は皮肉を込めた言葉をぶつける。
現代的なデザインの杖に体重を預けている一方通行は怪訝そうに眉を顰め、
「状況を傍受してからここに来たンじゃねェのか?」
「いや。久々に学園都市に帰ってきたらなんか騒がしかったから、思わず首を突っ込んだだけ」
チッ、と一方通行は忌々しそうに舌を打つ。
そんな第一位に苦笑を向けつつも、浜面と流砂は一区切りずつぐらいで今回の事件についての説明を始めた。説明が終わりに差し掛かれば差し掛かるほどに上条の表情が曇って行ったが、流砂と浜面は特に気にも留めなかった。
と、説明を終えたところで浜面はどうやら上条の右手に興味を持ったようで、
「それにしても、その右手。他人の能力……っつか能力者の攻撃を打ち消せんのか?」
「そっか。お前とは無能力者同士で殴り合ったから分からなかったんだっけ」
「っつーか、その『幻想殺し』は能力者の攻撃だけじゃなく、この世のすべての異能を打ち消せたりできるッスよ? 例えば、絹旗の防護壁も触るだけで解除できるッスし」
「なにそれ凄い」
「ンなコトはどォでも良い」
ほのぼのした会話を遮るように一方通行は言う。
「流石に今回はタイミングが良過ぎる。俺たちなンかよりも世界の『深い』部分で戦ってきたオマエが、何故こンなタイミングでやって来れた? 何を抱えている。今回の事件と何か関係してンのか?」
「……今回、お前たちを襲った――」
一方通行の質問に律儀に答えようとした上条の言葉は、ちょうどそこで途切れることとなった。
理由は至って簡単。
ずむっ! と彼の股間に小さな足がクリーンヒットしたからだ。
「ば……ばう……ッ!」
「なに偉そうにペラペラ語ろうとしているんだお前は。そんな似合わな過ぎる役目を負う前に、お前には迷惑をかけた奴らにその空っぽな頭を下げるという大事な役目があったはずだろう? ったく、何人泣かせてるのやらこの女泣かせめ」
浜面と一方通行と流砂は上条の背後に目をやる。
そこには、やけに偉そうな態度の女の子がいた。十二歳程度の金髪の少女で、古いピアノを彷彿とさせる配色でブラウスやスカートやストッキングなどを身に着けている。……さっき見た女の子だ、と流砂は小さく眉を顰める。
深く重く地面に崩れ落ちた上条の腰を蹴り飛ばし、少女は言う。
「後は私が説明する。お前は女達への謝罪の言葉でも考えておけ」
「こ、こにょ野郎……ッ!」
「流石はヒーロー。たとえ股間を蹴り上げられてもその戦意は消失しない、と。こりゃ見習わなきゃダメみてーッスね、浜面」
「何で俺に振るんだよバカだろお前」
緊張感の欠片もない会話を成り立たせようとするバカ二人だったが、その会話は件の少女の自己紹介によって遮られる結果となった。
フレメアを突きながら「なんかうちの妹みたいなオーラが出ているなぁ」と呟いていた少女は特徴的な凶悪な目つきで流砂たち三人を見上げ、
「バードウェイだよ」
と、簡単に名乗る。
「『明け色の陽射し』のボスなんかをやっている、レイヴィニア=バードウェイ。見ての通り、お前達とは違う世界で生きている。……新しい世界の入口へようこそ、科学で無知な子供達」
☆☆☆
上条当麻、一方通行、浜面仕上、草壁流砂。
『新入生』を撃破してフレメア=セイヴェルンを救い出した彼ら四人は、円を作るように各々の携帯電話を付き合わせていた。
「アドレス交換、と」
「面倒臭ェ……」
「ほい、ほい、交換完了」
「ちょ、まっ……ちょっと待ってなんか浜面操作早すぎッス! っつーか俺お前のアドレス持ってるから先にその二人とやらせろよ!」
いつのまにかスリムな駆動鎧から普段着に着替えていた浜面に、未だにボロ雑巾のような私腹を身に纏っている流砂は悲鳴を上げる。
送られてきたアドレスを確認し、流砂は「ふぅ」と一息吐く。
そして疑いの目を一方通行に向け、
「ちょっと俺になんかメール送ってもらってもイイッスか?」
「…………何でだよ」
心底面倒臭そうにする一方通行に流砂は飄々とした態度で言う。
「いや、だって俺たちって暗部出身だったわけじゃねーッスか。つまり、このアドレスがダミーだっつー可能性もある。っつーワケでさっさと証拠提示しろって言ってんスよ」
「…………面倒臭ェ」
そうは言いながらも律義にメールを製作する一方通行。やっぱり根は優しいんだなー、とその場にいる誰もが思ったわけだが、あえて彼本人にそれを言うことはない。その言葉がつい口から出てしまったが最後、物理的にスクラップにされてしまうから。
一方通行が指を止め、その数秒後に流砂の携帯電話が振動する。
そして流砂は見た。というか、その場にいた三人の少年は見た。
『よろしくね♪』と書かれたテンプレートメールを。
「うわぁ……うわぁあああああっ!」
「な、何で本文自体はそこまでないのに何でメール自体で受信者に恐怖を与えられんだよお前は!」
「俺は今、一方通行のとんでもない裏側を見てしまった気がする……ッ!」
「文章打つの面倒臭ェンだよ」
『そうだとしてもこれはない!』
「オーケー。オマエラ全員愉快な肉塊オブジェにしてやるからそこ動くンじゃねェぞ!」
ビキリと額に青筋を浮かべる一方通行から距離を取るバカ三人。ここで彼に触れられてしまったら、全身の血管を破裂させられて一気に死の階段を駆け上がることになってしまうかもしれない。というか、多分そうなる。
どこまでいっても年頃な男子特有のやり取りに発展してしまうバカ四人に呆れたような溜め息を向け、バードウェイは溜め息交じりに言う。
「……お前ら、本当に世界の『真実』に足を踏み入れる気はあるのか?」
「俺のせェじゃねェだろォが! どォ考えても今のはこのゴーグル野郎が原因だ!」
「んなっ!? 流石に今のは聞き捨てならねーッスよ一方通行! そーやってすぐに責任を誰かに押し付けよ――って何でお前ら二人は一方通行に向かって俺の背中ぐいぐい押してんスか! やめろ! そーやって第一位の怒りを俺一人に担わせよーとするんじゃねー!」
とりあえず話を戻すために顔面をぶん殴られ、流砂は少女漫画の主人公みたいに地面に崩れ落ちた。因みに、今のは能力不発で防御が出来なかった。相変わらず肝心な時にダメな能力である。
気を取りなおし、一方通行はバードウェイに言う。
「……必要な情報を集める分には構わねェが、流石にこンなところで長話をする気はねェぞ。『新入生』の指揮者はぶっ潰したが、別に『新入生』の脅威自体を取り除いたわけじゃねェからな」
「確かに」
バードウェイは小さく頷く。
「その言い分だと、そっちの三人……名前は忘れてしまったが、まぁとにかくお前ら三人の関係先はリスクがあると考えた方が良いだろうな。こっちとしても座って話せる場所が欲しいし、そんな無駄なリスクは出来るだけ排除しておきたい」
「そんな都合の良い場所なんてあるのか? 言っとくが、個室サロンは倒壊寸前で使えねえぞ?」
「あるさ」
浜面の問いにバードウェイは迷うことなく返答し、親指で隣にいた少年を適当に指差した。
上条当麻を。
「そいつん家。……馬鹿が言い訳並べて土下座するには打って付けの場所だ」
☆☆☆
そんな訳で、我らがヒーロー四人は第七学区の学生寮へと向かうことになった。
学園都市が夕暮れに染まる中、上条は心底落ち込んだ様子で肩を落としていた。その隣では一方通行に殴られた右頬を優しく摩るゴーグルの少年の姿が。
浜面は流砂をあえてスルーし、上条に問いかける。
「……一体どうしたんだ?」
「いや、ね。俺ってなんか、第三次世界大戦で死んだことになってるみたいなんだ。となると、いろんな人たちを心配させてるかもしれないなーって。どの面下げてどういう対応すればいいのかも分かんないし、そもそも俺を見て『ひっ、幽霊!』とか叫ばれて逃げられないかも心配だし……」
今回こそは頭蓋骨噛み砕かれちゃうのかな……と、上条は意味不明なことを呟いている。
バードウェイは嘲るように、流砂は大したことでもないかのように言う。
「しかし生きているなら伝えない訳にもいかないだろう。どこをどう通ったって避けようがない一択だ。だったらさっさと早い内に済ませておいて、余裕ある人生の時間を延ばすことだな」
「職員室に呼び出されたとでも思えば気が楽になるんじゃないッスか? あー怒られるけどどーせ明日にはいつも通りだしなー、みたいな気持ちで会いに行きゃイイんスよ」
「歯医者みたいなものだと考えれば良いのかなあ……」
フォローなのかフォローじゃないのか境界線が微妙な言葉を投げかけられ、上条はぐったりと項垂れる。
とまぁ、上条にフォローを入れた流砂は流砂で個人的な心配事があるようで。
(家に帰ったらまずステファニーとシルフィの怒りを治めねーと……そして沈利達のゲームはまだ続いてるんだろーか。なんか浜面の方はそのゲームの存在忘れてるっぽいし、あーくそ、いっそ今から連絡してゲーム中断の指示出すか?)
とは思ってみるものの、あの連中が流砂の指示で止まるとはとてもじゃないが思えない。多分だが、『屈辱のバニーが誰になるかを決めるまではやめるわけにはいかない!』とか言って続行の構えを見せそうだ。もうそこまで来たら、流石の流砂でも止められない。
はぁぁ、と流砂は悲壮に満ちた表情で溜め息を吐く。
そんな流砂の心配など露ほども知らない浜面はすっかり落ち込む上条を見て、何の気も無しに提案する。
「もうどうしてもやるしかねえなら、いっそ発破でもかけるしかないんじゃねえの?」
「どういう事?」
「酒でも飲んでテンション上げちまえよ」
あ、それイイ考えかもしれない。
未成年だけど大丈夫か……と、凄くずれた心配をしている上条を他所に、ヤンデレ達の怒りの矛先から逃れたい流砂は結構マジな表情でアルコール度数の高い酒を検索し始めた。
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次回もお楽しみに!