ゴーグル君の死亡フラグ回避目録   作:秋月月日

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第五項 初めてのデート③

「ぜーっ! はぁーっ! ぜー……うぅ、さっきのが既にトラウマに……」

 

「あれは幻覚あれは幻覚あれは幻覚あれは幻覚あれは幻覚あれは幻覚あれは幻覚あれは幻覚あれは幻覚あれは幻覚あれは幻覚あれは幻覚あれは幻覚あれは幻覚あれは幻覚あれは幻覚あれは幻覚あれは幻覚あれは幻覚あれは幻覚あれは幻覚あれは幻覚あれは幻覚あれは幻覚あれは幻覚あれは幻覚あれは幻覚」

 

「いやいや、科学の街で幻覚とか見えるわけないッスよ麦野……」

 

 頭を抱えて青褪めている麦野に流砂は引き攣った笑みを浮かべる。

 麦野の提案で『世界で三番目に怖いお化け屋敷』とやらに入ったわけなのだが、結局はこうして不必要な恐怖を体に覚えさせてしまうこととなってしまった。入った直後の『アレ』とか入って五分後ぐらいに待ち受けていた『アレ』とか、出口付近で突如として現れた『アレ』とか……今思い出すだけでも全身が小刻みに震えてしまう。今日の夜はトイレに行けないかもしれない。 

 まぁ、こんな恐怖を経験してりゃ死亡フラグなんて怖くねーかもな。ほぼやけくそな感じで開き直った流砂は「んんーっ」と背筋を伸ばしつつ、隣で呪詛を絶賛呟き中の麦野に苦笑いを浮かべながら話しかける。

 

「次はどこに行くッスか? そろそろジェットコースターでもイイと思うんスけど……」

 

「あれは幻か――ハッ! え、ちょっ、何か言った!? もしかして今のも幻聴か何かか!? きゃぁーっ!」

 

「もーお化け屋敷ネタから離れてくれると嬉しーんスけどねぇ……だから、次はどのアトラクションに行くッスか? そろそろジェットコースター? まぁ、ジェットコースターっつっても種類はたくさんあるッスけどね」

 

 相変わらず苦笑を浮かべながらの流砂の提案に、麦野は自分を落ち着かせながら思考を開始する。

 この遊園地に入ってから既に二時間以上が経過しているが、麦野はずっと流砂を自分の行きたいところに引き摺り回している。その度にこうして異様なベクトルでの後悔に襲われているわけなのだが、まぁそんなこともそれなりに楽しかったりしたので今まではそこまで深く考えてはいなかった。楽しければそれでいい。そう思いながらこのデートを続行していた。

 だが、やはりデートと言うからには麦野だけでなく流砂も楽しまないと駄目だろう。いつもは人のことなんて微塵も考えていない戦闘狂のバーサーカーと言われている麦野でも、それぐらいのことは分かっているつもりだ。というか、気になる人に楽しんでもらいたいなんて思わない方がどうかしている。

 

(って、そういえばこれって、れっきとしたデートなんだよな……私と草壁の、初めてのデート……)

 

 別に付き合っているわけではないが、『流砂とデート』というこの現実を認めるだけでどうしようもないほどの満足感に襲われてしまう。出会ってからまだ二日しか経っていないというのに、麦野は流砂に確定的な好意を向けてしまっている。

 今まで他人に褒められたことが無かったから、自分のことを褒めてくれた流砂を一気に好きになってしまったのか。それともただ単純に流砂の顔に惚れてしまったのか。どれが原因でこの好意を覚えてしまったのかは分からないが、麦野沈利という一人の超能力者が草壁流砂という一人の大能力者に正体不明の感情を抱いてしまっているということは確かだ。この事実だけは、どうあっても覆すことはできない。

 (人を好きになったことなんて今まで一度も無かったから、よく分かんねえんだよな……)照れくさそうに頭を掻きつつ、麦野は少しだけ頬を朱く染める。

 (でもまぁ、こんな気持ちも悪いもんじゃないよな)っしゃ! と麦野は自分で自分に気合を入れて流砂の手をふいに握り――

 

「次はお前の行きたいところに行きましょう! まぁ、ジェットコースター以外は許可しないけどね!」

 

「結局はジェットコースターじゃねーか!」

 

 ――悪戯っぽく笑顔を浮かべた。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

「うぐぐ……麦野のあんな顔を独り占めするなんて……結局、私はあのモノクロ頭が許せないって訳よ!」

 

「うるさい黙れフレンダ。麦野に超見つかっちゃうじゃないですか」

 

「大丈夫だよ。罵倒されてるフレンダを私は応援してる」

 

「うぅ……結局、私の味方は滝壺しかいないって訳よ……」

 

 麦野&流砂を尾行しているバカ三人は、遊園地の案内板の陰に隠れながら相変わらずギャーギャー騒がしかった。

 流石にお化け屋敷に入るわけにはいかなかった三人は今の今まで『ダウト』で時間を潰していたわけなのだが、フレンダの十二回目の敗北の直後に麦野が流砂にデレるという『あ、もうこれ世界終わったわ』級の一大イベントに遭遇してしまったわけだ。罰ゲームで服を脱がされていたフレンダが赤面しながら必死に服を着ていく中、絹旗と滝壺は「おおぉ……っ!」と目をキラキラ輝かせて我らがリーダーのレア映像を必死に目とカメラに収めていた。

 そして着替えを終了させたフレンダがちょうど麦野のデレ百パーセントな笑みを目撃したわけなのだが――案の定、凄くウザいほどにうるさくなった。なんか鼻息荒いし携帯電話のカメラ機能でパシャパシャやってるし、もはやお前どこのストーカーだよ級の大惨事と化している。

 絹旗はカメラを懐にしまいながらフレンダと滝壺の方を振り返り、

 

「麦野とモノクロ頭が移動を超開始しました。私達もこの距離を保ったまま尾行を超続けましょう」

 

「あいあいさーっ!」

 

「うん。私の『能力追跡(AIMストーカー)』があればどんな能力者でも尾行できるから」

 

「いやいや、別に尾行のために滝壺さんの能力を超使えって言ってるわけじゃないんですけどね……」

 

 フンス、と妙にやる気を出している滝壺に絹旗は苦笑いを浮かべつつ――

 

「それじゃあ、麦野たちが超見えなくなる前に尾行を開始しましょうか」

 

 ――不敵な笑みでそう言った。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 もうそろそろ身体が限界かもしれない。

 

「うぷっ……が、学園都市の遊園地なめてたスッゲーなめてた……じぇ、ジェットコースターでここまで追い込まれるなんて……うっぷっ」

 

「おい、大丈夫かよ草壁。そろそろ休憩したほうが良いんじゃない?」

 

「だ、大丈夫ッス……これくらいどーってことないッス――っぷっ、おえぇぇぇぇ……」

 

 ゴミ箱に寄りかかりながら胃の中のものを全力でブチ撒けている流砂の背中を優しく摩りつつ、麦野は引き攣った笑みを浮かべる。

 地獄なんか生ぬるいほどのフリーフォールと『あの第四位が恐怖する』程のお化け屋敷をクリアできたからもう大丈夫だと思っていたのだが、この遊園地のジェットコースターはそれら二つの試練よりも圧倒的な破壊力だった。錐もみ回転からのスタートという時点でおかしいのに、途中で上下に揺れるというのは一体全体どういうことだ。乗車時間も十分ともはや拷問の域に達しているし、注意書きに『酔い止めを必ずお飲みください』と書かれていないのが不思議なぐらいだ。そろそろ本気で責任者をぶん殴ってやりたい。

 胃の中を空っぽにしたことで完全に体調を崩してしまっている流砂は麦野の肩を借りながら、木陰の下にあるベンチに腰を下ろす。

 

「さ、サンキューッス麦野……」

 

「お前本当に気分悪そうだな。ったく、仕方がない。ちょっと売店でスポドリ買ってくるから、お前はここで休んでなさい」

 

「あい……恩に着るッス……」

 

 トタタッ、と小走りで去って行く麦野の背中を死んだ魚のような目で見送りつつ、「うっだー……」と流砂は青褪めた顔のまま項垂れた。心成しか、背中から中年サラリーマン顔負けなほどの哀愁が漂ってきている。

 遊園地デートで麦野沈利をデレさせるはずが、麦野がデレる前に自分が変なベクトルでダウンしてしまった。先ほどの嘔吐で今まで築き上げてきた好感度が全部消失しちまったかもしんねーな、と流砂は頭を抱えて心底残念そうに溜め息を吐く。

 

「あー……こんなんで俺、十月九日をちゃんと乗り切れんのかなー……」

 

 『ゴーグルの少年』が『原子崩し』に殺される日。 

 まだ自分がその日に殺されると決まったわけではないが、このまま麦野と何の進展も無ければ、流砂は十月九日に麦野に焼き殺されてしまうかもしれない。塵も残さないほどに蹂躙され、短い人生に文字通り終止符を打たれてしまうかもしれない。――それだけは、絶対に回避しなければならない。

 気怠そうに溜め息を吐き、流砂はズボンのポケットから携帯電話を取り出す。今まで全く気にしちゃいなかったが、もしかしたら仕事のオファーが来ているかもしれない。

 画面を見てみると、『新着メール十件』という驚愕の文字が表示されていた。

 「うわ……もしかしなくても垣根さんか……?」嫌な予感に襲われながらも受信メールボックスを開いて新着メールを開封し――

 

『どこで油売ってんだくそゴーグル野郎! テメェがいないせいで俺一人で仕事する羽目になってんだよ! この借りは今度十倍にして返してやるからな覚悟しとけよクソ野郎!』

 

 ――ドゴグシャァ! とベンチの背凭れを殴り抜いた。

 

「や……やばい。恋愛フラグを立てよーと必死だったから気づかなかった……俺の与り知らぬところで回避不能な死亡フラグが勝手に乱立しまくってやがる……ッ!」

 

 しかもあろうことか、第四位よりも数十倍厄介な第二位が相手ときた。 

 借りを十倍にして返す、というのは考えるまでも無く死刑宣告だろう。学園都市の第二位『未元物質(ダークマター)』の垣根帝督(かきねていとく)という少年はそれぐらいに気が短いし、彼は自分の怒りを平気で他人にぶつけることで有名な学園都市一の暴君だ。見逃してもらうなんて選択肢は端から存在しないに決まっている。

 学園都市最強の超能力者である一方通行(アクセラレータ)以外には対抗できる者がいない世界で二番目に怖ろしい能力者を相手に、流砂という欠陥品の能力者が一体どうやって生き残ればいいというのだろうか。土下座か? 賄賂か? はたまた逃亡か? ――駄目だ。どれも成功する気がしない。

 麦野を説得してデートを中断して今すぐにでもアジトに向かったほうが良いのだろうが、この滅多に無いイベントをそんなことで中断してしまって良いものだろうか。――いや、中断するべきじゃない。

 垣根の機嫌を直すためにデートを中断してしまったら、麦野が悲しんでしまうかもしれない。彼女が自分に好意を向けているのかどうかはともかくとして、このデート自体には凄く乗り気だったはずだ。途中で止められて悲しくないはずがない。

 麦野をとるか、垣根をとるか。どちらに転んでも平和な日常は訪れない。死なないために必死になって恋愛フラグを立てる道を選ぶか、死なないために必死になって死亡フラグを叩き折る道を選ぶか――ただ、それだけのことなのだ。

 額に指を当て、流砂は思考しながらうんうんと唸る。この二者択一を間違ったが最後、彼に明るい未来は待っていない。まさに前門の虎、後門の狼と言ったところか。

 と。

 

「モノクロ頭死ねやゴルァアアアアアアアアアアアアアーッ!」

 

「――ヘッ!? ナニナニナニゴト何か遠くの方から金髪の少女が飛び蹴りかましてきてるんですけど!?」

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

「ふーれんだぁ? 何でここに居るのか説明はちゃんとしてくれるのよねぇ?」

 

「あ、その……いや、実は私だけじゃなくて、絹旗と滝壺もいるって訳なんだけど……」

 

「あァ!?」

 

「絹旗と滝壺はそこの草陰に隠れてますけどとりあえずごめんなさいでしたーッ!」

 

『共犯者を迷うことなく売りとばした、だと!?』

 

「絹旗ァアアアアアアアアアアアアアアアアーッ!」

 

「しかも超私だけ狙われてますし!」

 

 アスファルトの上で正座させられているフレンダの裏切りにより絹旗と滝壺が麦野に捕獲されている光景を眺めながら、流砂は青褪めた顔で苦笑を浮かべる。

 つい先ほどフレンダに暗殺されそうになったわけだが、かなりベストなタイミングで麦野が帰還してきてくれたおかげで流砂は命を散らすことなく無事に生き延びることができたのだ。フレンダを見つけた瞬間に麦野の顔が般若も泣いて逃げ出すほどに凶悪なものと化してしまっていたような気がしたが、流砂はあえて見なかったことにした。ただでさえ遊園地内で不必要なトラウマを植え付けられてしまっているというのに、これ以上の恐怖を体験してたまるか。

 頭に巨大なたんこぶを無理やり召喚させられてしまっている少女三人に憤怒の表情を向けながら、麦野は額の青筋を更に深くして言い放つ。

 

「おい、テメェら、ここに何しに来たのかにゃーん? 返答次第によっては殺すからそのつもりで答えなさい」

 

「麦野のデレ姿を見に来たって訳よ!」

 

『フレンダに無理やり連れてこられました』

 

「フレンダぁああああああああああああああーッ!」

 

「みぎゃぁーっ! 身に覚えのない罪状で殺されそうになってるぅうううううううう!」

 

 絹旗と滝壺の裏切りにより窮地に立たされるフレンダさん。

 麦野がフレンダにアイアンクローを決めている光景を眺めながら、流砂は苦笑の陰で思考する。

 

(フレンダ=セイヴェルン……俺と同じぐらいの死亡フラグを持っているキャラで、十月九日に『ゴーグルの少年』と同じく麦野に殺される不遇キャラ……まさかこんなトコで会えるとは、世界は意外と狭いもんだなー)

 

 十月九日に上半身と下半身をちょんぱされてしまうキャラクターにして、『とある魔術の禁書目録』&『とある科学の超電磁砲』に出演する女性キャラクターの中で最も不憫な扱いを受けているドジッ娘属性持ちのキャラクター。――それが、流砂が記憶している限りのフレンダ=セイヴェルンだ。

 流砂の原作知識は小説二十二巻で止まっているが、フレンダが実は生きてましたなんて描写はどこにも存在していなかったはず。つまり、このフレンダという少女はゴーグルの少年と相並ぶ形で死亡フラグが乱立してしまっているキャラクターということになる。――妙に親近感が持ててしまっているのは、おそらくそれが原因だろう。

 二十二巻までの原作で麦野沈利が殺したキャラクターは、実のところゴーグルの少年とフレンダだけだったりする。つまり、流砂とフレンダは直接的な関わりはないが立たされている状況はほぼ変わらないということになる。

 出来るだけ人死にを見たくない流砂としてはこのフレンダという少女の死亡フラグも叩き折ってやりたいのだが、如何せん彼にはそんな余裕など存在しない。自分の運命を変えるだけで精いっぱいなのだ。

 

「テメェフレンダ、覚悟はできてんだろうなぁああああああああああああ!」

 

「ひゅひの! ひゅひのふぉふぉふぁふぁふぁふぁふぁふぃ、ふぃんふぁうっふぇ!」

 

「あァ!? 分かんねえわよハッキリと言ってくれないかしらぁ!?」

 

「このままじゃ死んじゃうって訳よ!」

 

 力の込め過ぎで顔が変形してしまっているフレンダを見て、流砂の顔がサーっと青褪める。

 方法は問わないにしろ、自分も下手したらあんなことになってしまうのだろうか。というか、片手で人一人を持ち上げるとかどんな馬鹿力だ。いや、確か麦野は浜面仕上(はまづらしあげ)を殴り飛ばすぐらいの腕力を誇っているんだったか。……実は肉体強化系能力者なんじゃなかろうか。ハ〇ター〇ンターの主人公みたいな。

 というか、なんか今の状況からデートを続行するのは無理そうだ。麦野も完全お怒りモードだし、『アイテム』の三人もこれから麦野にオシオキされてしまうことをなんか悟っている感じだ。……今の俺、超アウェー。

 ――と、いうわけで。

 

「そ、そんじゃ麦野、お取込み中みてーだから今日のところは俺はもー帰らせてもらうから。また今度なー」

 

「あっ、うん!? って帰る速度速すぎない!?」

 

 ――風のように遠ざかっていく流砂の背中に、麦野の叫びだけが襲い掛かる。

 

 

 

 

 

「……オイ、草壁。俺になんか言わなきゃならねえことがあるんじゃねえか?」

 

「雑誌を勝手に持ち帰っちまったことッスか? いや、あれはちゃんと新しいの買い直して渡しますから、許してほしーなー……なんて」

 

「目ェ逸らしながら意味不明なこと言ってんじゃねえよ。――テメェ、今日はどこで油売ってやがったんだ? 自分の仕事を俺に押し付けやがって……ッ!」

 

「あ、あはは……いやほら俺、圧力系の能力者ッスし。人に物事を押し付けるのは得意分野っつーかなんつーか……」

 

「…………腹ァ括って愉快な死体になりやがれくそゴーグルがァアアアアアアアアアアアーッ!」

 

「あ、ちょっ、翼で蹂躙は無r――ぎゃぁあああああああああああああああーッ!」

 




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 次回もお楽しみに!

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