騒がしくも大事な実妹との抗争を終えて帰宅した流砂を待っていたのは、額に青筋を浮かべたステファニー=ゴージャスパレスだった。
え? と疑念を抱く流砂をステファニーは睨みつけ、
「なんで私を置いてっちゃうんですか!? 私も同行したかったのに! というか、同行したいって昨夜言ったじゃないですかぁ!」
「いや、ンなコト言われても……俺たちが出ていくとき、お前まだ寝てたじゃねーッスか。起こすのも悪いかなって思って置いてったんだよ。俺とシルフィの最大の気遣いだ」
「そこは無理してでも起こしてほしかった! うぅ、なんでいつも私だけアウェーなんですかぁ! うわーん!」
「イイ歳した大人が泣くなみっともねー」
うわーんっ、と子供のように涙を流すステファニーに流砂は深い溜め息を向ける。これでも最近までは殺し屋だったというのだから笑えない。ちょっと怒らせるとすぐに機関銃向けてくるしな、と彼女の欠点を心の中で指摘する。
ジーンズに赤の長袖パーカーにエプロン、という格好のステファニーの腕を引き、流砂はとりあえず居間へと向かう。どうやら彼女は掃除の最中だったようで、居間の端っこに最新型の掃除機が鎮座していた。この間三人で家電量販店に行ったときにステファニーから強請られたので渋々買った、予想もしない出費の証だ。
めそめそ泣いているステファニーをソファに座らせ、その隣に腰を下ろす。
「映画はスゲー駄作だったから、逆にお前は観なくて正解だったんじゃね? 下手すりゃ一生消えない心の傷を負わされるぐれーの出来だったッスよ、あの映画」
「それでも仲良し家族三人で出かけたかったんですよ、私はぁ! 夫と妻と子供の三人で、楽しい楽しい休日というものをですねぇ!」
「オイ待ていつから俺たちは家族になったんだそして何で俺がお前と結婚してるコトになってんだ! 妄想力逞しすぎだバカ! そしてシルフィは俺の上で譫言のよーに『ゴーグルさんと親子うふふあはは』とか呟かない! お前のクールキャラは一体どこに迷子しちまってんだ!?」
ほっぺた抑えてトリップしている幼女と涙目で縋りついてくる女を前に、流砂の耐久ゲージが一気に減少していく。今のこの光景をとある第四位にでも見られでもしたら『ぶ・ち・こ・ろ・し・か・く・て・い・ね☆』とスゲーイイ笑顔で言われてしまうかもしれない。というか、アイツならマジでやりかねない。
そしてそもそもの問題で、さっきからステファニーの豊満な胸が身体に当たってきて精神衛生上よろしくない。麦野に匹敵するスタイルの持ち主でもあるこの女性は、少しの行動で規格外な色気を見せてしまうことがある。……今回みたいに。
このままじゃダメだ。いつもいつも攻められまくる受け属性な男じゃこの先生きていけない。いつまでもこんな調子で日々を過ごしていたら、本当に貞操を奪われてしまうかもしれん。
よって、流砂はこの場に置いてパワーアップを宣言する。
自分の身体に寄りかかっていたステファニーをソファに押し倒し、その横にシルフィも律義に並べる。突然の奇行に二人は顔を赤くして困惑していたが、今の流砂には関係ない。
二人を包み込むように上から両手で抑えつけ、
「毎回毎回攻めてきやがって……マジで襲っちまうぞイイのかあぁん!?」
突然攻勢に出た流砂に、二人はぱちくりと瞬きする。――そして、二人で顔を見合わせる。
更に更にそのまま静かに瞼を閉じ――
『――ヘイ、カモンカモン!』
迷うことなく逃げ出した。
☆☆☆
話は変わるが、この学園都市には様々な施設や設備が所狭しと存在する。
風力発電のプロペラは学区問わず設置してあるし、警備用や清掃用のロボットが街中を縦横無尽に駆け回っていたりもする。もちろん、その全てに外の世界とは比べ物にならないほどの最先端技術が結集されている。
さて。
ステファニーとシルフィのまさかのゴーサインに恐れを抱きエスケープした流砂は、学園都市で一番の知名度を誇る第七学区へとやってきていた。というか、飛び出してきたマンションがそもそも第七学区にある物なので、そこまで遠くへは行けていないだけだった。
シルフィたちから逃げ出したことで、一気に暇になってしまった。とりあえずはこの無駄な時間を消費するために何かしなければならないのだろうが、基本的に趣味と呼べる趣味を持っていない流砂にとって、それはあまりにも苦行過ぎる。そして友達も少ない。交友関係の九割が暗部関係という時点でなんか人生詰んでる気がする。
はぁぁ、と溜め息を吐きながら近くにあったベンチへと腰かける。
そしてズボンのポケットから携帯を取り出して画面を無心で操作していき――
「にゃあ。大体、ゴーグルお兄ちゃんはこんなところで何やってるの?」
「……突然のご登場ありがとーございます。とりあえず驚きすぎて心臓ばくばくなんでちょっとお時間をちょーだいしてもよろしーッスかな?」
「にゃあ!」
創作の中にしか出てこないアイドルのような服装の少女に絡まれた。
☆☆☆
駒場利得、という少年がいる。
その少年は『超能力開発』で落ちこぼれた無能力者たちが集まって作り上げられた『スキルアウト』の中にある一つの組織のリーダーを務めていて、人情溢れる性格ゆえに多くの部下たちから慕われていた。もちろん、『スキルアウトっぽくないスキルアウト』として中々の知名度を誇っていた。
『スキルアウト』と言っても多種多様で、いろんな派閥や組織が存在する。その派閥や組織は互いに牽制したり協力したり争い合ったりしているのだが、傍から見れば『どれもこれも傍迷惑な不良集団』としか思われない。
確かに、彼らは人に胸を張って自慢できるようなことをしているわけじゃない。時には法に抵触するような悪事も働くし、平然と一般人を巻きこんだりもする。
だが、その中で、駒場利得だけは違った。
彼はあくまでも自分の志を貫き通し、貫き通した末に学園都市の闇に殺された。自分が夢見る世界を作り上げるためだけに奮闘したリーダーは、夢を夢のままで命を散らせることとなってしまった。
そして、そんな駒場が大事にしていた、少女が一人。
全てを投げ打ってまで駒場が護り抜こうとした、その少女の名は――
☆☆☆
フレメア=セイヴェルン。
ファミリーネームから察せる通り、流砂の友人であるフレンダ=セイヴェルンの実妹だ。
あえて特徴を上げるとするならば、全然現実的ではないほどの美貌だろう。文字通り人形のような白い肌に青い瞳、手足は細く髪はふわふわとした金髪だ。服装も特徴的と言えば特徴的で、白とピンクを基調として、フリルやレースで妙にモコモコに膨らんでいる。それに対して下は凄くシンプルで、ミニスカートとワインレッドで厚手のタイツのようなものに包まれている。良くも悪くもゲームに登場するアイドルのような格好の少女だった。
彼女の姉はピアノを彷彿とさせる黒白なのに、妹の方は妙に派手なアイドル色。姉妹と言ってもやっぱり好みに違いが出るんだな、と思ったりしてみるが、フレメアの場合は無理やり着せられている感が否めないため、流砂はその感想を迷うことなく頭のシェルターに格納する。
さて。
決して赤の他人とは言えないほどの付き合いしかない少女だが、流石に話しかけられたからにはコミュニケーションを取らなくてはならない。最近、周囲の女性たちからやけに『また新しい女?』と不名誉なことを言われているからなるたけ異性との接触は避けたいわけなのだけども、今回ばかりは知り合いなので仕方がない。願わくば、知り合いに遭遇することがありませんように。
自分の隣に座って足をパタパタと振っているフレメアに微笑みながら、流砂は最近慣れてきた異性とのコミュニケーションを開始する。
「ンで、フレメアはこんなトコで何やってんスか?」
「んー? さっきまでフレンダお姉ちゃんと一緒に居たんだけど、そのままフレンダお姉ちゃんが迷子になっちゃったの!」
「そっかー。フレメアは今、迷子なのかー」
「にゃあ! 大体、違う! 私は迷子なんかじゃない!」
「迷子になった子供は全員変わらずその言葉を口にするんスよ」
にゃおーん! と抗議の姿勢を見せるフレメアに流砂は苦笑を浮かべる。本当、この子は「にゃあ」なんて言葉をどこで覚えてきたんだろうか。フレンダの影響は端から除外するとして、この子の交友関係にはあまり詳しくないから予測ができない。怪しい大人と交流を持っていないことを祈るばかりだ。
とりあえずフレンダに後で連絡入れとくッスかね。スケジュールというよりもメモ程度のことを頭の隅に刻む。とりあえずは、この少女をこの場に拘束しておけばフレンダの方からやってくるかもしれないし。
ぐるるる、とフレメアは獣のような唸りを上げる。
「私はゴーグルお兄ちゃんが思ってるよりもずっとしっかり者なの! 大体、ゴーグルお兄ちゃんは私の良さを分かってない! にゃおーん!」
「いやだから、何故にそこで『にゃおーん』なんスか……」
「優しいお兄ちゃんの影響?」
「オイそいつの名前教えろ今すぐにでも説教してやっから」
凄まじい剣幕で詰め寄る流砂にフレメアは冷や汗交じりに恐れ戦く。
フレメアはベンチをパタパタと叩きながら話を変える。
「そういえば、シルフィちゃんは元気? 大体、あの子は可愛かった」
「支離滅裂ッスね言葉の繋がりが……んーまぁ、元気にしてるッスよ、アイツは。…………さっきもスゲーコトしてくれたし」
「にゃあ?」
「いや、こっちの話ッス」
流砂は手をひらひらと振る。
「そーいや、フレメアはフレンダと一緒に何してたんスか? やっぱり女の子二人だから、洋服選んでたとか?」
「にゃうぅ。大体違う。私のお買い物に、フレンダお姉ちゃんが付き合ってくれてたの」
「買い物? それってお菓子とか教材とか?」
フレメアは首を横に小さく振り、
「スプラッターゾンビ射撃アクションゲーム!」
「はいダウトォオオオオオオオオオオオオッ! 年頃の小学生ならもっと子供っぽいゲームを買いなさい! そしてどー考えてもそのゲームの対象年齢にお前は到達していない!」
やはりというかなんというか、この少女の趣味嗜好は同年代と比べても明らかに歪んでいる。こんな可愛らしいくせにゾンビとか撃ち殺してるのか。スゲー将来が心配になって来た。
とりあえずこの子とシルフィには同じゲームをさせちゃダメだな、とか思いながら、流砂は顔を青褪めさせる。
と。
「あ、半蔵だ!」
そう叫ぶや否や駆け出していくフレメアに流砂は「お、オイ!」と驚きの声を上げる。
彼女が走っていく先には、全体的に黒い装束を身に纏った高校生ぐらいの少年の姿があり、柔和な笑みでフレメアの方を見ていた。……どこかで見たことがあるのは、流砂の気のせいか、それとも『前世の遺産』が反応しているのか。記憶が曖昧な流砂にはよく分からない。
フレメアはあからさまに困惑している流砂の方を振り返り、
「大体、今度はシルフィちゃんと一緒に遊びたい! にゃあ!」
「……ゲーム以外ならなー!」
「うんっ!」
満面の笑みを浮かべ、黒装束の少年の元へと走って行った。
☆☆☆
フレメアが流砂の元から離れていく光景を、ビルの裏から覗き見ている人物がいた。
見た目からして女性で、プロポーションはテレビに出ているモデルと同等なぐらいに整っている。顔立ちは、学園ラブコメなんかで言ったら先輩役に抜擢されるような感じだ。
黒い長袖シャツは豊満な胸で歪んでいて、下半身は漆黒の作務衣(ツナギと呼ばれている)に包まれている。上下一体型のツナギの上部分は腰の辺りで縛られていて、更に腰には牛革のウェストポーチが装備されている。
そんな少女は右耳に装着していたインカムに手を添え、
「標的を発見した。どうする? 今ここでぶっ殺すか?」
『相っ変わらず命令に従う気ゼロだな、お前。今はとりあえず泳がせておく。それが私たちの判断だって、何度言ったら分かるんだ?』
「……すまない。つい、気が急いてしまっていた」
『気にするな。お前が抱えてる闇を考えれば、致し方ないことさ』
まぁ、だから今は動くなよ。
そんな一言を残し、通信は途絶えた。少女の耳元のインカムからは、ノイズだけが響いてきている。
少女は表情を変えることなくシャツの中に手を突っ込み、胸元まで伸ばす。
手を引き抜くと、そこには金色の首飾りが特徴のロケットが握られていた。随分と長いこと使っているのか、表面には無数の傷が入っている。
指に力を込め、スイッチを押す。――カチッという音と共に蓋が開かれた。
中には、二人の少年少女が写った写真が入っていた。笑顔で抱き着いてきている少女と迷惑そうにしながらも苦笑している少年。
もちろん、片方は自分自身だ。
そして、もう片方の少年は――
「……もうすぐだ。もうすぐで、お前の仇を取れる」
少女の口が徐々に歪んでいく。
「この時をずっと待っていた。毎日毎日死にそうなくらい苦しかったが、ついにこの時がやって来たんだ」
歪んで歪んで歪んで歪み、最終的には三日月状に裂けてしまった。
先ほどの美貌からは想像もできないほどに狂気的な笑みを張り付けた少女は、ロケットの中にある写真にそっとキスをする。……少女の片手は、シャツの胸元を弄るように動いていた。
少女は笑い、少女は狂う。
そんな、あからさまな狂気性を放つ、少女の名は――
「待っていてくれ、
その、少女の名は――――。
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