ゴーグル君の死亡フラグ回避目録   作:秋月月日

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 というわけで、人気投票第二位、フレンダさんの記念短編です。

 今回は、『もしも流砂がフレンダを選んでいたら』というテーマのIFエンドです。

 というか、没エンドの一つです。

 記念短編っぽくない内容になっておりますが、まぁ、一応はフレンダが主人公ですし、問題はないでしょう(汗

 それでは、フレンダ記念短編――スタートです。



人気第二位 フレンダ=セイヴェルンの悲劇

 草壁流砂がフレンダ=セイヴェルンという女子高生と出会ったのは、九月の頭。学園都市に魔術師が攻めてきた次の日のことだった。

 暗部組織『スクール』としての仕事を終えて「小腹空いたなー」と呟きながら、流砂は第七学区のスーパーに寄り道した。大能力者としての奨学金がある流砂はもっと高い店で買い物をすることができるのだが、庶民だった前世の記憶を引き継いでいる彼は、やっぱり庶民の味が忘れられないでいたのだ。

 能力補強用であるゴーグルが入った黒いリュックサックを揺らしながら、流砂はとりあえず缶詰コーナーへと向かった。理由なんてものはない。ただなんとなく、小腹を満たすには缶詰がちょうどいいと思ったから――そんな、単純な理由だった。

 缶詰コーナーには様々な種類の缶詰が置いてあり、その中でも魚介類系の缶詰が一際の人気を見せているようだった。在庫の減りが最も激しいのは、『こってりシーチキン』だろうか。シーチキンにこってりさなんて求める奴いんのかよ、と流華は小さく嘆息する。

 そして特に理由もなく目に付いたサバの缶詰を、特に理由なく掴み取る。

 その、直後のことだった。

 

「――そのサバ缶、ちょっと待つって訳よ!」

 

「…………はい?」

 

 突然響き渡って来た制止の声に、流砂の指がぴたりと止まる。

 流華は声が聞こえてきた方向に体を向ける。――そこには、やけに偉そうな小柄な少女が仁王立ちしていた。

 ふわっとした金髪の上に紺のベレー帽をちょこんと乗せていて、ぱっちりとした目の中で爛々と存在感を放っている碧眼がなんとも魅力的だ。体つきにはまだ幼さが残るが、全身からにじみ出るオーラが『女子高生です!』と全力でアピールしている。

 とにもかくにも、流砂はこんな少女を見たことがない。――だが、何か頭に引っかかる。

 何処かで会ったことがあるようなないような、街中で一瞬だけ顔を見たような見ていないような、そんな感じの違和感が、頭の隅で存在を膨らませていく。

 そんな、流華の様子なんて知る由もない少女はズビシッと流華の右手の先――サバの缶詰を指で指し示し、

 

「そのサバ缶はこの私、フレンダ=セイヴェルンがキープするためだけに存在する食品なの。――だからっ、怪我したくなかったらそのサバ缶を大人しく私に譲り渡しなさい!」

 

 そんな凄くどうでもいい争いの始まりが、草壁流砂とフレンダ=セイヴェルンのファーストコンタクトだった。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 缶詰事件を皮切りに、流砂とフレンダの新密度はぐんぐんと上がって行った。遊園地には二人で行ったし、デパートにだって二人で行った。フレンダが「友人に勧められた」とか言っていた映画にも(無理やり)連れていかれたし、二人で温水プールでラブコメイベントなんていうハチャメチャな体験もした。

 だが、そんな仲のいい二人は、互いに同じ隠し事をしていた。

 ――それは。

 

(俺が『スクール』なんつー暗部組織の正規構成員だって知ったら、コイツ、俺のコト嫌いになっちまうんかなー……)

 

(私が『アイテム』なんていう暗部組織の正規構成員だって知ったら、結局、流砂は私のことを嫌いになっちゃうのかなぁ……)

 

 『スクール』と『アイテム』

 存在的には同等だが、与えられる任務などには大きな差が生じてしまう――ある意味では敵対している暗部組織。互いが互いを牽制しつつも、結果的には学園都市の為に活動をすることになっている、学園都市のクズだけで構成された悪党集団。――そんなどうしようもない組織に、流砂とフレンダは所属している。

 同じような境遇で、同じような立場の二人。だが、その事実をお互いに言い出せてはいない。何度も何度も打ち明けようとはしたのだが、二人は互いに異なる理由でその行動を制限されてしまっていた。

 フレンダが持つ理由は、『嫌われたくない』というもの。

 しかし、流砂が持つ理由は、凄くイレギュラーなもので。

 

(十月九日に、『ゴーグルの少年』と『フレンダ=セイヴェルン』は死亡する。元から無駄に強固な造りの死亡フラグなのに、ここで俺たちが互いの立場を認識しちまうなんつーイレギュラーが発生しちまったら、もー避けよーがない程のフラグになっちまうかもしんねー)

 

 十月九日、学園都市の独立記念日。

 第十八学区の素粒子工学研究所にて、『スクール』と『アイテム』が激突する。その戦闘の最中に『ゴーグルの少年』は死亡し、その戦闘中に『スクール』に捕獲された『フレンダ=セイヴェルン』は自分の命欲しさに『アイテム』を裏切り、最終的には第四位の超能力者である麦野沈利に粛清されてしまう。――むろん、彼女は生き残ることができない。

 流砂は十月九日の死亡フラグを叩き折るために日々努力している。その運命の日を乗り越えるためだったらどんな残虐なことでも達成すると心に決めているし、どんな裏切りだってやってやるとある程度の覚悟は決めている。

 だが、自分と同じ立場であるフレンダと出会ってしまったことで、彼の計画に大きな綻びが生じ始めてしまっている。あえて言うならば、彼女のことも助けてあげたいと思ってしまっている。

 流砂が生き残るためには、第四位の超能力者である麦野沈利との戦闘から逃げ出すしかない。――しかし、それによって第二位の超能力者である垣根帝督からの粛清イベントが発生してしまうかもしれない。

 そんな危険な状態で、フレンダを生き残らせる。成功率なんて端から存在しないと言って良いほどのギャンブルだ。始めから負けることが決まっている消化試合。生き残るために努力して、結局は死んでしまうという最悪なバッドエンド。

 しかし、そんな消化試合だとしても、フレンダという一人の女の子を救いたい。原作では生き残るために努力したのに死んでしまったフレンダ=セイヴェルンを、どんな敵からも護り抜きたい。

 やるしかない。味方と敵、その他全てを敵に回してでも、俺はフレンダを護ってみせる。

 そんな覚悟の下に一生懸命準備をしていき――

 ――遂にその日がやって来た。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 素粒子工学研究所を襲撃し、『ピンセット』を強奪する。

 垣根帝督の口から提示された任務を頭の中で再確認しながらも、流砂の思考の九割は『どうやってフレンダと一緒に生き延びるか』の一点に集約されていた。

 フレンダを救うためには、まず最初に流砂が生き延びる必要がある。流砂さえ生き延びていれば、垣根が勝手にフレンダをアジトにまで引っ張って来てくれる。その後に全力で逃亡してカエル顔の医者の病院にでも匿ってもらえば、全てが解決――最高のハッピーエンドが実現する。

 匿ってもらったからと言って安心できるわけじゃないが、それでも事態が落ち着くまでの一先ずの安全は保障されるはずだ。あの医者には不思議なコネがあるし、かつてお世話になった流砂は彼にとっての『患者』だ。患者を護る為ならばどんなことでもやる――そんなポリシーを持っているのが、あの最上の名医なのだ。

 流砂は調子を確かめるように、ゴーグルを頭へとフィットさせる。今、流砂がいるのは、素粒子工学研究所の中腹部。麦野沈利が来るまで、残り五分と言ったところだろう。それまでに覚悟を決めれば、全ての計画を無事に達成できるはずだ。

 

 

 しかし、運命はあくまでも流砂に反逆する。

 

 

 最初に感じたのは、妙な気温の上昇だった。ちょっと肌寒いくらいだった研究所内の室温が、肌でギリギリ感じ取れるぐらいの変化をしたのだ。言うならば、汗が一滴だけ噴き出してくるような暑さだろうか。

 そんな違和感こそが流砂の幸運だった、というのは言いすぎなのか。

 しかしそんな違和感があったからこそ、流砂は姿の見えない襲撃に対処することができていた。

 暑さを感じた数秒後、彼の目の前の壁が急激に赤く溶けだした。ガラスを熱して溶かしたかのような光景を前に、一瞬で全てを悟った流砂は後ろに思い切り跳躍する。

 直後、青白い光線が分厚い壁を消し飛ばした。

 

「『原子崩し(メルトダウナー)』ァッ……!」

 

「わざわざ他者紹介ありがとう。でも、私たちにはそんな時間なんて残されていないの。――だから、ここで大人しく消し炭になりな、雑魚野郎」

 

 手荒い登場を果たした麦野沈利を前に、流砂の頬を一筋の汗が伝う。麦野の後ろにいるのは『能力追跡(AIMストーカー)』の滝壺理后だろうか。予想はしていたが怖ろしすぎるコンビだな、と流砂は小さく舌を打つ。

 しかし、ここで律儀に感心している場合ではない。

 一瞬で意識を切り替えた流砂は圧力操作能力を駆使して床を無理やり引っこ抜き、滝壺に向かって投げつける。麦野を狙ってはいけない。戦闘力が皆無な滝壺を狙えば、麦野が勝手に迎撃してくれる。滝壺が居なければ、麦野は正確な座標に光線を撃ち込むことはできない。二人で一人前、という言葉が何よりも当てはまるコンビだからこそ、その中に致命的な弱点が存在する。

 対処不能な矛があるならば、無理やり盾として機能させればいい。矛で攻撃を防ぐなんていう曲芸をさせ続けていれば、こちらの攻撃のチャンスが向こうから勝手にやってくる!

 流砂の望み通りに床を消し飛ばした麦野は、心底興味なさそうな顔で言い放つ。

 

「自分の身体が発生させる圧力を増減させる能力者、か。今の攻撃手段から察するに、せいぜい大能力者程度のモンだな。まぁ、大能力者でも十分なんだろうけど――相手が悪すぎたわねぇ!」

 

「ッ!?」

 

 叫びと同時に放たれた『原子崩し』が、流砂の頬を掠った。今のでゴーグルのプラグの何本かが持っていかれたが、補助演算機能に支障が出るほどではない。まだ戦える。諦めずに戦い抜けば、きっと道は拓けてくるはずだ!

 

 

 しかし、運命はあくまでも――草壁流砂を翻弄する。

 

 

 最初に気づいたのは、麦野沈利だった。

 「ん?」と眉を顰めた彼女は、蚊を払い除けるかのように右手を小さく振った。

 ただそれだけの行動で――

 ――数発のミサイルが跡形もなく消し飛んだ。

 流砂はハッと息を呑み、両目を大きく見開かせる。

 しかし、彼が驚いているのは麦野がとった行動にではない。もっと他の、ある意味では凄く単純な問題。

 ミサイル(・・・・)を放った(・・・・)少女にだ(・・・・)

 

「……おい。それは一体どういうつもりなのかしら――ふーれんだぁ?」

 

 額に青筋を浮かべながら、麦野は声に怒気を含ませる。

 ミサイルが飛んできた方向――この部屋の本当の扉の方に、その少女は立っていた。

 フレンダ=セイヴェルンと呼ばれるその少女は、両手に小型のミサイルを構えた状態のまま、流砂に薄らと微笑を向け、

 

「私だって、自分が何をしてるのかなんて分からないよ」

 

「分からない、だぁ? 思慮分別のつかないガキじゃあるまいし、そんな言い訳が適用されるわけねえだろうが」

 

「言い訳なんかじゃないって訳よ。ホントのホントで、気づいたら体が動いてたんだ」

 

 そう言いながらも、フレンダは小さく笑う。

 

「……私にとって、その人は無意識に助けてしまうぐらいに大事な人なの。世界で初めて私の全てを受け入れてくれた、大事な大事なパートナーなんだ。『アイテム』みたいな形だけの繋がりじゃない。ホントのホントに心の底から信頼できる――最愛の人なんだ」

 

「……それで、私たちを裏切るってか? 粗末な戦闘力しか持ってねえお前が、この私に牙を剥くってか?」

 

 麦野の言葉に、フレンダが小さく頷きを返す。

 麦野は「はははっ」と乾いた笑いを零し、

 

「――ふざけてんじゃねえよ、クソガキがぁ!」

 

 フレンダに向かって数本の光線を発射した。

 咄嗟の判断でフレンダは横に転がり、麦野の攻撃を寸でのところで回避する。フレンダの救援に行くために流砂は一歩踏み出すが、麦野の光線がそんな流砂の行動を妨害する。怒りに任せて撃ち放つ光線が、室内を縦横無尽に駆け回っている。

 狂気に満ちた笑みを浮かべながら、麦野沈利は激昂する。

 

「超能力者に牙を剥くなんて思考自体がもはや無謀だっつってんだよ! 愛する人を助けるため? そんな甘ったるい理由で私の闇に足を踏み入れるな! そんな生半可な覚悟でこの街の『闇』を何とかできると思ってんのかぁ!?」

 

 光線が床を抉り、室内を蹂躙し、壁を消し飛ばす。フレンダは持ち前の身軽さでなんとか攻撃を回避しているが、あまりにも多すぎる手数に体力が奪われてしまっている。足はもつれそうにがくがくと震えていて、顔は薄らと青褪めている。

 そして数秒後、突き出ていたコンクリートの床に足を取られ、フレンダは転倒した。思わず流砂は駆け寄ろうとするが、それを麦野が冷酷に遮った。光線がゴーグルに直撃し、そのままの勢いで流砂の身体が壁に一直線に激突する。

 

「がッ――ばァアッ!」

 

「りゅ、流s――ぐギっ、あ゛ァ゛アアああああああああああアアアアアアアアアアアアアアッ!?」

 

 無様に吐血して崩れ落ちる流砂にフレンダは必死に手を伸ばすが、そんな彼女の腰に麦野の足が無情にも振り下ろされる。――直後、骨の砕ける音が辺りに響き渡った。

 麦野は無表情を崩すことなくゆっくりと足を上げ――

 

「っぁ……――ぎィいヤぁああアアアアアあああああああああああああああああッ!!」

 

 ――砕けた腰骨を再び踏み抜いた。

 フレンダの獣のような悲鳴が上がる中、麦野は何度も何度も何度も何度も彼女の腰を踏みつける。砕けた骨が肌を貫通して飛び出しているのを冷たく見下ろしながら、フレンダの腰をただただ非情に無情に蹂躙する。

 そしてあまりの激痛のせいでフレンダが意識を失った直後、

 

「勝手に寝てんじゃねえよ、ふーれんだぁああああああああっ!」

 

「あぎゅぁあああああああああああああああああっ! あひっ、おブぁ……あぁああああああああああああああああああああっ!」

 

 『原子崩し』で彼女の身体を綺麗に切断した。

 良く研がれた包丁で切ったかのように美しい切断面を残し、上半身と下半身を分断されたフレンダは涙を鼻水でぐしゃぐしゃになった顔で泣き叫ぶ。視線の先には、満身創痍ながらも必死に歩み寄ってきている、草壁流砂の姿があった。

 ぴくぴくと痙攣しながらも、フレンダは流砂に向かって手を伸ばす。

 うああ、と呻きながらも、流砂はフレンダに向かって手を伸ばす。

 麦野は冷たい視線を流砂に向け、ニィィと口を三日月状に裂けさせる。

 そんな麦野なんかには気づかない様子で、流砂は転がるようにフレンダの元へと歩み寄る。一メートル、二メートル、三メートル……何度も何度も転びそうになりながら、流砂はフレンダに近づいていく。

 

「えぶっ、おぇ……りゅ、りゅぅ、さぁ……」

 

「あぁ、くそっ……助けてやる。助けてやる助けてやる助けてやる……」

 

 絶望に染まった顔で愛しい少年の名を呼ぶフレンダに、流砂は狂ったように『助けてやる』と言い放つ。目の前の状況が理解できずに脳がパンクしているのか、彼の眼には狂気の色が見て取れる。

 延ばされたフレンダの手に向かって、流砂は全身に鞭を打って右手を伸ばす。伸ばして伸ばして伸ばして伸ばして伸ばして伸ばして伸ばして伸ばし――

 

 

 フレンダ=セイヴェルンが消し飛んだ。

 

 

「―――――――――、え?」

 

 ぴちゃっ、という音の直後、顔に生暖かい感触が走った。だが、今の流砂にはそんなことすら把握できない。何が何だか分からない状況を前に、思考が完全にトんでしまっていた。

 ついさっきまで目の前にいたはずの少女が、一瞬にして消えてしまった。腰骨を砕かれて身体を切断されても尚、流砂を求め続けていた少女が――霧のように搔き消えてしまった。

 流砂は凍りついた表情のまま、顔に付着していた物体に震える手で触れる。――それは、人間の肉片だった。

 直後、流砂の精神が完全に崩壊する音が、麦野の耳を刺激した。

 狂ったような表情で、流砂は肉片を口に含む。くちゃ、という音を立て――くちゃくちゃくちゃくちゃくちゃくちゃくちゃくちゃ――とガムを噛むかのように肉片を咀嚼する。

 それはまるで、フレンダ=セイヴェルンという少女の存在を、確かめるかのように見えて。

 思わず顔を顰めた麦野は吐き捨てるように舌を打ち、

 

「そんなにアイツのことが大事なら、二人仲良く逝かせてやるわよ」

 

 渾身の『原子崩し』を撃ち放った。

 




 というわけで、フレンダルートはどう抗ってもバッドエンドなのでした。

 普通に考えて流砂とフレンダじゃ麦野に勝てませんから、どう頑張ってもこの結末になってしまう、というわけです。

 そう考えてみれば、今のエンドが一番平和だったのかなぁ、なーんて。

 それでは次回は、人気第一位の絹旗最愛のIFエンド短編です。


 感想・批評、評価など、お待ちしております。

 次回もお楽しみに!

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