ゴーグル君の死亡フラグ回避目録   作:秋月月日

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第十一項 十月九日

 十月九日。

 学園都市の独立記念日にて。

 アレか、と少年は呟いた。

 頭を覆う土星の輪のような金属製のゴーグルと、三百六十度に挿してあるプラグから伸びているケーブルの全てが腰の機械に接続されているのが特徴の、異様な出で立ちの少年だった。

 無造作な髪の色は黒と白のツートンカラーで、気怠そうながらも顔立ちは整っている。黒白チェックの襟とフードが同化したような上着の下には黒い長袖シャツを着ていて、下にはダークブルーのジーンズと黒の運動靴を穿いている。全体的に深い闇のような印象を与える少年だった。

 歩道橋の上に立っている少年は、あまり興味のなさそうな表情でもう一度呟きを漏らした。彼の視線の先では、警備員(アンチスキル)が使用しているのと同型の四角い護送車がこちらに向かって直進してきている。しかし、あの護送車は警備員のものではない。『グループ』と呼ばれる暗部組織の更に下部組織が使っている護送車だ。

 護送車が歩道橋のほぼ真下まで到達したところで、少年は歩道橋から飛び降りた。タイミングがベストだったのか、少年は一切無駄のない軌道を描いて護送車の屋根に着地した。能力で自分の身体が発生させる圧力を軽減させているためか、屋根には凹み一つできなかった。

 

「そーっれっと」

 

 真剣みのかけらも無い声と共に、少年は護送車の屋根にカードを通すように指をスッと移動させる。

 その途端に、護送車が真っ二つに引き千切られた。

 ゴギャギャギャ! という雑音を奏でながら、護送車の前半分だけがガードレールへと勢いよく突っ込んでいく。車のボディとガードレールが接触した直後、耳を劈くほどの爆音と共に黒い煙が上がった。

 少年は道路に置き去りにされた護送車の後ろ半分から道路へと飛び降り、スタッと華麗な着地を決める。ゴーグルと腰の機械の重さに慣れているのか、全くバランスを崩していなかった。

 はぁぁー、と溜め息を吐き、少年はゴーグルから伸びているプラグを指で弄りだす。――直後、護送車の後ろ半分からガサゴソという音が聞こえてきた。

 

「痛ぇ、くそ……」

 

 護送車の断面図から出てきたのは、大学生ぐらいの男だった。『人材派遣(マネジメント)』という通り名で呼ばれているその男は、手錠を掛けられた両手を揺すりながらアスファルトの上へと降り立った。捕獲される前に銃弾でも受けたのか、彼の腹部には赤い染みが浮き出てきている。

 車の近くに少年が立っているのを発見した人材派遣は、安堵の表情を浮かべると共に少年の方へと歩み寄ってきた。

 

「すまないな。ヘマしちまった」

 

「いや、こちらこそ」

 

 そんな短い会話だけで全ての意思疎通が完了したのか、人材派遣は少年に両手を差し出した。

 ん? と怪訝な表情を浮かべる少年に人材派遣は柔和な笑みを浮かべながら言う。

 

「悪いが、こいつも切ってくんないか。これじゃ手当もできないんだけど、カギを捜すのは手間だ。早くここから立ち去った方がいいだろうしな」

 

 へらへらと笑いながらそう言う人材派遣に、少年は感情が薄い目を向ける。その目は一体何を見ているのか、少なくとも、人材派遣の姿は映っていなかった。

 分かった、と少年は軽く頭を掻いて返答する。

 そして人材派遣の両手にスッと指を移動させ、

 

 

 直後、人材派遣の両手が叩き潰された。

 

 

「ア、あああああああああああああああああああああッ!?」

 

 人材派遣の両手にかかっている圧力を急激に上昇させ、トドメとばかりに外部からの衝撃を与えたのだ。――結果、人材派遣の両手は原形を留めないほどに潰れてしまうこととなった。

 分かりやすく例えるなら、水圧で潰される潜水艦のように――両手が叩き潰された。

 のた打ち回りながら激痛と驚愕に満ちた目で見上げてくる人材派遣に、少年は軽く溜め息を吐く。今の状況全てが面倒臭いとでも言いたげな表情で、少年は人材派遣に気怠そうな目を剥ける。

 そして少年は人材派遣の首元に指を移動させ、ろくに声色も変えないで一言だけ述べた。

 

「残念だ」

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 仕事を終えたゴーグルの少年は、寄り道をすることも無く『スクール』の隠れ家へと帰還した。そこでは、垣根帝督(かきねていとく)心理定規(メジャーハート)の二人が彼の帰りを待っていた。正体不明のスナイパーは相変わらず消息不明なのか、隠れ家の中にその存在は確認できなかった。

 「おぉ、やっと帰ってきやがったか草壁」「今までの中でも最短時間なんスけどねぇ」ひらひらと手を振りながらおちょくってくる垣根に苦笑を向けつつ、ゴーグルの少年――草壁流砂(くさかべりゅうさ)は自分が主に使用している黒のソファに腰を下ろした。ぼふぅ、という空気が抜ける音の直後、流砂の身体はソファに優しく受け止められた。

 ふぅぅ、と流砂が一息吐くのを確認したところで、垣根が真剣な表情で話を始めた。

 

「んじゃ、草壁も無事に戻ってきたことだし、そろそろ学園都市への反逆のお時間といこうぜ」

 

「反逆っつっても、俺はそんなに大した作戦を伝えられてないんスけど? 一体どーゆー感じで反逆するつもりなんスか?」

 

 プラグを弄りながらの流砂の質問に垣根は「あぁ?」と不機嫌そうな声を返すが、「ま、確かに作戦を知らねえんじゃ動きようがねえかもな」と小さく肩を竦める。

 垣根は「いいか?」とあえて前置きしながら、

 

「俺たち『スクール』がまず最初に狙うのは、第十八学区にある素粒子工学研究所だ。その研究所の中には『ピンセット』と呼ばれる学園都市の最先端技術が結集された、超微粒物体干渉用吸着式マニピュレータが保管されている。――俺たちはこれから、その『ピンセット』を強奪するために行動するって訳だ」

 

「はぁ。……いや、どーせ直接の強奪は垣根さんがするんだろーから完全な理解は必要ないんだろーけど、その『ピンセット』がありゃー学園都市に反逆できるんスか?」

 

「百パーセントの確率じゃねえが、アレイスターの野郎に一泡吹かせるぐらいは可能なはずだ」

 

 不敵な笑みを浮かべる垣根に、流砂と心理定規は苦笑しながら肩を竦める。

 学園都市への反逆を決めてからというもの、大小様々な準備を行ってきた。必要な情報はハッキングや襲撃を駆使して集めたし、必要な武器は人材派遣を介して一際強力な物ばかりを収集してきた。今ここにはいないスナイパーもその武器の一つを所持している……らしい。全く顔すら見たことが無いから、流砂にはよく分からない。

 懐から一枚の紙――素粒子工学研究所の地図を取り出し、垣根は流砂と心理定規の二人を手招きして近寄らせる。

 

「『ピンセット』の捜索は主に心理定規が行ってくれ。草壁の役目は、俺たち『スクール』の邪魔をするためだけにわざわざやって来るであろう暗部共の殲滅だ。待機場所はあえて指示しねえ。お前のやりたい通りにやれ。――後、お前は接近戦闘が得意だが、どうしても近づけない場合はバズーカ砲でもマシンガンでもぶっ放してやれ。どうせこっちは反逆者の身だ、盛大なパーティといこうぜ」

 

「分かったわ」

 

「了解ッス」

 

「俺は草壁が取りこぼした敵をぶち殺す。っつか、草壁の戦闘に途中から割り込むかもしんねえから、そのつもりで頼むぜ。大丈夫、出来るだけ巻き添えにしないように気を付けてやるよ」

 

「そこは全力で頼むッスよマジで。垣根さんの攻撃の巻き添えで死亡とか、洒落になってねーッスからね」

 

 ひくひくと頬を引き攣らせながらの流砂の言葉に、垣根は大して興味もなさそうな表情で頷きを返す。本当に大丈夫なんだろーか、と流砂は胸の前で小さく十字を切った。

 「砂皿の野郎がしくじったおかげで研究所にはまだ大勢のバカ共がいるが、ま、別に気にする必要はねえだろ。逃げる奴は追わず、反抗する奴だけぶっ殺せ。最低でも、証拠を残さないようになんてことは意識するなよ」『了解』見取り図を畳んで懐にしまいながらの垣根の言葉に、流砂と心理定規は真剣な表情で頷きを返す。――そして、ほぼ同時のタイミングで彼ら三人は椅子から腰を上げた。

 流砂がゴーグルの調子を確かめるようにプラグを弄り、心理定規が弾を補充したレディース用の拳銃を太もものホルダーに挿入する。

 そして垣根がポケットに左手を入れたまま右手で隠れ家の扉を開け放ち、

 

「――ここからは俺たちの独壇場だ」

 

 『スクール』の反逆が始まった。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 ついにこの日が来ちまった、と流砂は溜め息を吐いた。

 十月九日。学園都市の独立記念日。――そして、『ゴーグルの少年』が『麦野沈利(むぎのしずり)』に無残な死体に変えられてしまう運命の日。

 この日を乗り越えるためだけに、今までいろんな準備を行ってきた。一つの死亡フラグを叩き折る為だけに、今までいろんな死亡フラグを乱立させては叩き折ってきた。――そして、九月三十日を境に流砂は一切の油断を捨てた。

 油断はミスを生んでしまう。自分の意識の外で発生したミスは、自分の命を脅かすほどの脅威になってしまう。命を脅かすということは、死亡フラグに屈してしまうということだ。

 だが、流砂は油断を捨てた。前方のヴェントの『天罰』に屈してしまったことがきっかけで、流砂は常日頃からありとあらゆるものに警戒するようになっていた。――『過剰』とも言えるぐらいに、流砂は用心深い人間となっていた。

 だが、それも今日までだ。今日という日を無事に生きて乗り切ることが出来れば、彼の死亡フラグ回避人生は終了する。長きに亘る戦いが遂に終了を迎えるのだ。

 

「出来るだけ戦闘は避けてーが、流石にそれは無理だろーな。……麦野と出会ったら全力で逃走する。それ以外に、この巨大な死亡フラグを回避する手立ては存在しねー」

 

 麦野沈利は学園都市の第四位の超能力者だ。神の気まぐれで彼女の能力が発動しなくなるという展開でも起きない限り、流砂が麦野に勝利することはない。

 ただでさえ麦野よりも下の強度の能力者なのに、流砂の演算能力は欠陥品だ。戦闘の最中に頭のゴーグルを壊されてしまった瞬間、彼の敗北は決定する。――いや、敗北は端から決められていることだ。流砂が出来ることと言えば、精々敗北しながら生きて戦闘から逃げ出すこと。それ以外に彼が生き延びる手段なんて存在しない。

 

「……チッ。マジで上手くやれんだろーな、俺……こんなところで失敗しちまったら、今までの努力が水の泡だぞ」

 

 研究所の固い壁を軽く殴り付け、流砂は吐き捨てるように舌打ちする。

 どのみち、流砂はやるしかないのだ。不可能だろうが可能だろうが、流砂は第四位の超能力者との戦闘で生き延びなければならないのだ。

 苛立ちを必死に抑えながら、流砂は懐から拳銃を取り出す。敵を発見した瞬間に迎撃できるように、流砂は慣れた手つきで安全装置を解除した。

 今頃研究所の奥の方では、心理定規が『ピンセット』を捜索しているのだろう。垣根の正確な場所は分からないが、彼も流砂と同じように『スクール』の敵を待ち受けているハズだ。実はその敵というのは『アイテム』という暗部組織なのだが、垣根はそのことを知らない。――いや、別に知る必要が無いのだ。学園都市の第二位の超能力者である垣根に敵う奴なんか、第一位の超能力者である一方通行(アクセラレータ)以外には存在しないのだから。

 

「願わくば、戦闘の途中で垣根さんが来て麦野を撃退してくれんのがベストだな。まぁ、それまで俺が生きてたらの話だけど」

 

 第四位は第二位には敵わない。

 超能力者の序列は工業的価値によるものだが、戦闘力の面においても第四位は第二位には敵わない。第四位の必死の攻撃を、第二位は赤子の手を捻るように消し飛ばしてしまえる。

 それほどまでに強大なチカラを持つ第二位が助っ人に来たら、流砂は絶対に生き残れる。それまで生きていられるかどうかが重要なのだが、流砂は自分の生存確率に何故か自信を持てていた。理由は分からないが、とにかく生きていられる気がするのだ。

 無事に生き延びて、今度こそ平和な日常を歩む。第三次世界大戦が終了した後の原作知識は頭の中には存在しないからこれから先に何が待ち受けているのかは予想すらできないが、とにかく今度こそは平和な日常を歩んでみせる。全ての戦いが終わったこの学園都市で、表の世界を胸張って歩けるぐらいの日常を手に入れるのだ。

 ギチッと拳銃のグリップを握り込む。――それに呼応するように、流砂の顔に不敵な笑みが浮かぶ。

 大丈夫、心配すんな、問題ねー。今までの努力を信じれば、絶対に生き残れる。勝つことではなく逃げることに全ての意識を注げば、原作通りの死を迎えることにはならないはずだ。

 死亡フラグを回避する。――それも、自分の全力を駆使して。

 ふぅ、と流砂は息を整える。

 直後、キュガッ! という轟音が研究所内に響き渡った。

 なにが起きたかなんて想像するまでも無い。『スクール』を殲滅するために、『アイテム』が武力行使に来たのだ。

 流砂はニィィと三日月のように口を裂けさせる。

 そして拳銃を胸の前で構えながら――

 

「さぁ、俺たちの戦争(デート)を始めよう」

 

 ――最後の戦いの幕を蹴り上げた。

 




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