ゴーグル君の死亡フラグ回避目録   作:秋月月日

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 二話連続投稿です。



第十項 天罰術式

 流砂たちと『猟犬部隊』によるカーチェイスが始まった。

 再び現れた『猟犬部隊』に突撃する形で逃走路を無理やりこじ開けた流砂たちだったが、すぐに意識を切り替えた『猟犬部隊』に追尾されるという最悪な状況へとシフトすることになってしまった。後ろからついてきているのは、黒いワンボックスが四台ほど。大した待遇だな、と流砂はバックミラーを見ながら舌打ちする。

 

「フレンダ! 後ろのしつこい奴らを迎撃できるッスか!?」

 

「ちょうど扉が無くて風通しが良いから、絶好のミサイル日和って訳よ! はいっ、そぉーれっと!」

 

 スカートから五本ほどの小型ミサイルを取り出し、快活な掛け声とともにフレンダはそのミサイルを勢いよくぶっ放す。ミサイルは不規則な軌道でワンボックスに突っ込んでいったが、敵の見事なドライブテクニックで全弾回避されてしまった。

 「何やってんスかフレンダ!」「そ、そんなこと私に言われても!」「あーもうこんな状況で超言い争いなんてしないでください!」「大丈夫。こんな状況でも私はみんなを応援してる」『滝壺ちゃんマジ天使!』本当に今の状況が把握できているのか、流砂たち四人はあくまでもいつも通りのノリで騒ぎながら逃走を続行する。ベッドに寝かされている麦野が呆れ顔を浮かべているような気がするが、きっと気のせいだろう。彼女は今も夢の中に旅立っているハズだから、彼らの叫び声なんて聞こえるわけがない。

 直線の道路を五分ほど突き進んでいると、目の前に突然T字路が現れた。

 流砂はギリギリのところまで直進し続け、後ろにいるワンボックスが堪え切れずに左に曲がったところでハンドルを急速右回転。左側のボディをガードレールにぶつけながらも、ギリギリのところで右折することに成功した。

 だが、あまりにも突然のカーブだったので、車内後方から苦情の声が響いてきた。

 

「カーブするならするって言ってほしいって訳よ! シートベルトがお腹に食い込んで今朝のサバ缶が勢いよくぶちまけられるところだったんだけど!?」

 

「うるせーッスよフレンダ! だったらお前だけアイツラの進んだ方向にゴーイングするッスか!? 多分サバ缶以上に臓器とか一切合財ブチ撒けることになるッスよ!?」

 

「うっ……それは嫌だなぁ」

 

「だったらしばらく黙ってろ!」

 

 論破された挙句に叫び散らされたフレンダは、露骨に落ち込みながら椅子の上で体育座りを決行する。落ち込んだフレンダに滝壺が相変わらず慰めの言葉を送っていたが、流砂は少しの罪悪感を覚える程度ですぐさま視線を前方に戻した。言いすぎてしまったと謝罪する必要があるのだろうが、それについてはこの逃走劇を終えてからにした方がいいだろう。今はとにかく後ろの連中から逃げることが最優先事項だ。

 先ほどの急カーブが有効打だったのか、『猟犬部隊』のワンボックスとの距離は随分と拡がっていた。バズーカ砲ならともかくとして、マシンガン程度の銃だったら狙い撃ちは難しいぐらいの距離は空いているようだった。ざまーみろ、と流砂はバックミラーを見ながらほくそ笑む。

 助手席に座っている絹旗は窓から出して後ろに向けていた顔を車内へと引っ込めて溜め息を吐き、

 

「超しつこいですね、あの連中。なんか逃げるのも面倒臭くなってきちゃいました」

 

「それは激しく同感だが、こっちには遠距離攻撃ができる奴が一人しかいねーからな。せめて麦野が戦闘不能じゃなきゃ反撃出来たんだろーけど、今の俺たちじゃあのワンボックスを撃墜する事なんて不可能だし……」

 

「フレンダにもう一度頼んでみますか?」

 

「さっきミサイルぶっ放して盛大に外してたしなー……どーする? リベンジマッチってことでワンモアチャンス?」

 

「ま、どうせ打つ手も超無いですしね」

 

 そうと決まれば何とやら。絹旗はずいっと車内後方に向かって顔を出し、

 

「フレンダ。貴女にもう一度だけ活躍のチャンスを超あげましょう。草壁に良いところを見せる超チャンスです」

 

「な、何でそこで草壁の名前が出てくるの!? 意味分かんない!」

 

「貴女が草壁に抱いている気持ちに私達が気づいていないとでも思っていましたか? いやいや、麦野に超遠慮しているのかどうかは知りませんが、今ココでアピールしておけば草壁が麦野から貴女に鞍替えするかもですよ?」

 

「べ、別にそんなことどうでもいいって訳よ!」

 

 図星なのかただ照れているだけなのか、とにかくフレンダは顔を真っ赤にして体育座りを再開してしまった。膝と体の間に顔をすっぽりとはめ込んで、ヤドカリのように閉じこもってしまった。

 むぅ、と絹旗は眉間に皺を寄せながら思考する。一体どういう方法をとればフレンダが素直に動いてくれるかを、絹旗は割と真面目に思考する。――予想外にも、数秒で一つのアイディアが浮かんだ。

 絹旗は運転席に座っているモノクロ頭に最大限の色気を振りまきつつ、

 

「くっさっかべー。私の代わりにフレンダに頼んでくれると超嬉しいですぅ」

 

「何だそのキモイ要求方法は。言っとくが、俺はどこぞのスキルアウトと違って色仕掛けには騙されんから――」

 

「…………ちらっ」

 

 絹旗は頬を朱く染めながらセーターの裾を少しだけ捲り、健康的な太ももを露わにする。

 直後、流砂の鼻から赤くてどろっとしたものが流れ落ちてきた。

 絹旗は露骨に嫌そうな表情を浮かべながら、

 

「……うわー。女子の太もも見て鼻血とか、草壁超キモイです」

 

「ちっ、ちがっ! これはいろんな不幸が重なっちまって発生した悲劇なんだ! 俺にそんな疚しー気持ちなんて微塵も存在しねー!」

 

 絶対に興奮しないと確信していたのに体に裏切られてしまった流砂は愕然としつつ、懐から取り出したポケットティッシュを丸めて鼻の穴へと詰め込んだ。その流れるような作業に絹旗がドン引きしているのが横目で確認できていたが、流砂はあえてスルーした。これ以上自分のプライドを削るわけにはいかないのだ。

 「今の悲劇を麦野にばらされたくないのなら、今すぐフレンダに超要求してください。その間のハンドル操作は私に超お任せを」「はぁぁー……わぁーったよ」勝者気分の絹旗にニヤニヤしながら促され、流砂は車内後方へと顔を出す。

 

「フレンダ、一生のお願いッス。お前の全力で『猟犬部隊』を殲滅してくれ!」

 

「了解!」

 

 まさかの即答だった。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 ばうーん! という爆発音が夜の学園都市に響き渡る。

 バックミラーには赤と黄色が混ざったような爆炎が映っていて、その爆炎の中では黒いワンボックスが二台程炎上している真っ最中だ。ワンボックスに乗っていた連中はギリギリのところで脱出に成功したようで、爆炎の近くで無線を取り合っている様子が確認できる。

 そんな中、フレンダ=セイヴェルンはご機嫌だった。

 

「にゃははははは! 結局、私にかかればこんなモンって訳よ! どう、草壁? これが私の全力って訳よォーッ!」

 

「あー……うん。さ、流石はフレンダッスね! 爆発物を使わせれば日本一、いや、世界一ッス!」

 

「にゃははははははは! そーれ、もういっぱぁーっつ!」

 

 流砂の賛美に気を良くしたのか、頬を朱く染めたフレンダは十本ほどのミサイルを、流砂たちに未だ追い縋ってきているワンボックスに向かって一斉に発射させた。ミサイルの性能はフレンダの気分にでも左右されるのだろうか。最初の挑戦の時みたいに回避されることはなく、数台のワンボックスのエンジン部分に全弾残らずに直撃した。――直後、耳を劈くほどの爆音が響き渡る。

 イった目でミサイルを両手で構えるフレンダに複雑な表情を浮かべつつ、絹旗は流砂の肩に優しく手を置き、

 

「……ちょっとやりすぎちゃったかなー? とは超思ってたりします」

 

「今更後悔すんだったら端からやらせんな! オイ見ろよアイツ、敵は全滅したのに未だレッツパーリィ状態なんスけど!?」

 

「いや、フレンダにはヤンデレの気質があるとは超常日頃から思ってはいましたが、まさかここまでとは……草壁が死ぬときは、麦野とフレンダに殺されるときでしょうね。どんまい」

 

「お前が原因の癖に他人事かいィィィィィ! 少しはフォローぐれーしてくれてもイイんじゃねーの!? このままじゃ死亡フラグが乱立しまくって早死にする勢いなんスけど!?」

 

「ま、別にいいんじゃないですか? 美少女二人に殺されるなら、あなたも超本望でしょう? 私の太ももで鼻血出すぐらいだし」

 

「だからアレは不可抗力だっつってんだろ!」

 

 一先ずの危険が去ったのが原因か、絹旗と流砂は子供のような言い合いを始めてしまった。フレンダは相変わらず「にゃはははははーッ!」と壊れたように笑っているので、前部座席のイチャイチャには全く気付いてはいない。彼女たちのストッパーである麦野は未だ気絶中だし、滝壺はこの騒音の中で穏やかな寝息を立てている始末。神経の図太さだけで言うならば、学園都市最強の面子だと言えるのかもしれない。

 「ハッ! とりあえず前見て運転してください。超エロ草壁」「だーかーらー!」何故か流砂を鼻で笑いながら人を小馬鹿にしたような態度を見せつける絹旗。直後に流砂の頭の中からビキィ! という何かが弾ける音が響き渡るが、彼女の指摘は凄く正しいので、流砂は額にビキリと青筋を浮かべながらフロントガラスの向こう側に視線を向かわせた。

 猟犬部隊に追い回され始めてから、既に二時間が経過している。――だが、未だに学園都市は妙な静寂に包まれている。

 そろそろか、と流砂は周囲に注意を廻らせる。アレイスターが『最終信号(ラストオーダー)』を使って『ヒューズ=カザキリ』を顕現させるまで、そう時間は残されていないはず。学園都市の夜空に青白い翼が現れた瞬間、この『九月三十日』の終わりがやっと見えてくる。無事に死亡フラグを叩き折れたみてーだな、と流砂は安堵の息を零した。

 絹旗が助手席の下でパタパタと足を振っているのを横目で見つつ、流砂は夜の学園都市にキャンピングカーを走らせる。

 

 

 だが、流砂は油断してしまっていた。

 

 

 彼の死亡フラグ建築力は常人よりもずば抜けて高く、それはこの平和なひと時においても例外ではない。

 だが、流砂はそんなことを忘れてしまうぐらいに油断してしまっていた。命の危険を脱したことで、流砂はこれ以上の死亡フラグなんて立たないだろうと高を括ってしまっていた。

 しかし、『ソレ』は突然現れた。

 最初に気づいたのは、助手席にいる絹旗だった。

 

「ん? なんですかね、あの人。全身黄色で超気味が悪――ッ!?」

 

「――――、絹、旗?」

 

 ゴトッという鈍い音と共に、絹旗最愛が唐突に意識を失った。先ほどまでギャーギャー騒いでいたはずの絹旗が、糸の切れた人形のようにガクンと崩れ落ちてしまっていた。

 嫌な予感がする。そう思った直後、車内後方から二人分の呻き声が上がった。見らずとも分かる。――フレンダと滝壺の頭が、何故かバックミラーに映り込んでいた。

 ヤバイ。これは流石にヤバイ。何らかの攻撃を受けたわけでもないのに意識を失ってしまった少女三人に驚愕しつつ、流砂はブレーキを踏む。キキキーッという小気味良い音を奏で、キャンピングカーが停止した。

 流砂は震える体に鞭を打ち、フロントガラスの向こう側――百メートルほど先の道路を見つめる。

 そこには、異様な出で立ちの女が立っていた。

 服装はワンピースの原型となったカートルという女性衣類で、腰には細い皮のベルトが装着されている。手首から二の腕にかけてスリーヴと呼ばれる着脱可能の袖が付けられていて、頭は一枚布ですっぽりと覆われている。全体的な格好は十五世紀前後のフランス市民のものなのだが、全ての服が黄色で統一されているせいで原型の面影などどこにも存在しちゃいなかった。

 だが、その異様な服装なんかよりも目立つ特徴がその女には存在した。――顔中につけられたピアスが、どんなものよりも流砂の目を惹いた。

 顔面に無数の風穴を開けた、黄色い装束を身に纏った女。

 前方のヴェント。

 『幻想殺し』を殺すためにローマから学園都市にやって来た魔術師が、流砂の目の前でニタァと不気味に笑っていた。

 

 

 直後、流砂の肺の中の酸素が消失した。

 

 

 「が、ァ……ぐごォッ……――、」呼吸が出来ない、と焦る暇も無かった。その黄色い女を直視した瞬間、まるで肺を切り落とされてしまったかのように呼吸困難に陥ってしまっていた。

 『天罰術式』

 ヴェントに敵意を向けた者を無差別に昏倒させる、殲滅型の魔術だ。絹旗たちが気絶したのはこの魔術が原因で、流砂がダウンしてしまったのもこの魔術が原因だ。

 だが、と流砂は薄れゆく意識の中思う。最初からヴェントのことを知っていた流砂は、何故か『天罰』で昏倒しなかった。その経験から、流砂は自分が『天罰』が効かない人間なんだと思い込んでしまっていた。

 しかし、流砂は瞬時に悟る。あの時『天罰』の影響から逃れることができた理由を、流砂は瞬時に悟る。――敵意を、向けていなかったからだ――と。

 『天罰』に少しの憧れを抱いてしまっていた流砂は、敵意どころか尊敬の念を向けていた。――故に、『天罰』の影響を受けていなかった。紙一重だな、と流砂は闇の中に意識を沈めながら思ってみる。

 つまるところ、流砂は現実を甘く見ていたのだ。今まで全てが上手くいっていたからこそ、こうして全てのことに油断してしまっていた。もっと注意していれば回避できたはずの危険を、油断していたから回避することができなかった。

 今更後悔しても遅すぎる。――いや、今回の経験を糧にしなければならない。

 そしてついに、ガクン、と流砂の意識が完全に途切れてしまった。静寂に包まれた学園都市のとある路上で、五人の少年少女は抵抗することもできずに昏倒してしまった。

 運転席の流砂が気絶したのを確認し、前方のヴェントは移動を開始する。目指すところはただ一つ――『幻想殺し』のいるところだ。

 ようやく現実の厳しさを知った少年は、後悔と共に闇の中へと落ちていく。

 今度こそ、全ての『死』を回避するために――。

 




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 次回もお楽しみに!

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