とある科学の生物兵器   作:洗剤@ハーメルン

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ちょこちょこ修正。変わってない描写は読めたもんじゃないかも


七月二十日 part3

 

 

「────七閃」

 

 刀を鳴らす音が虚空に響く。瞬きをすればコンクリートが真っ直ぐ七本の線を描いて弾け、その先にある落下防止の鉄柵がバラバラに弾け飛ぶ。

 

「七閃!」

 

 声と共に、七つの閃光が空気を切り裂く。

 

「どうした?当ててみろよ!」

 

 その範囲から外れた空中でアレックスは挑発する。

 先程から、女が屋上で器用に跳ね回るアレックスを攻撃すれば、それが行われる寸前に彼は消える。といった状況が、何度も何度も繰り返されている。

 

「…………空間移動ですか、厄介ですね」

 

 アレックスを追うように走りつつ、忌々しそうに女が呟く。

 

「能力名知ってるのか? 博識だな」

 

 次の瞬間、女のバランスが右に崩れた。

 

「なっ!?」

 

 その細い右足のスネには、ピンポン玉ほどのコンクリートの破片の端がめり込んでいる。

 空間移動は、移動先の座標にある物を押し退けて出現するのだ。それは相手の硬度には一切関係なく、原子の間に割り込む。つまり、防ぎようがないのだ。

 その隙を突いて、アレックスは自身の座標を相手に重なるように空間移動する。

 

「嘗めるな!!」

 

 空間移動の、11次元の狭間に消えてから現れるまでのほんの一瞬の空白時間。その間に女は左足で地面を蹴って真上に数メートル跳び、空中で刀に手をかける。そして、アレックスが女の跳躍前の位置に出現した瞬間、真上から線を雨のように降らせる。

 アレックスは、移動後の隙で動けない。戦車の主砲を正面からでも避けられるとはいえ、それは自由に動ける時の話だ。脚が宙から浮いたこの状態では、散弾銃のような範囲を持つ攻撃を避けれる可能性は皆無。

 コンクリートが粉々に吹き飛ぶ音が屋上に響き、砂埃が夜の空に舞い上がる。

 

「…………やってしまった」

 

 少し離れた場所に着地した彼女は、後悔を滲ませた声色で言った。

 その眼前には、彼女の攻撃による大穴が最上階から屋上にかけてぽっかりと空き、その淵は斬撃の余波でコンクリートに爪痕が刻まれている。

 この様子では、その対象となった人物は細切れになっているだろう。無論、細切れの肉塊が生きている訳がない。しかし、頭の冷えた彼女は話に来ただけだというのにあんな安い挑発に乗り、戦闘を始めた自分を恨み、責めている。

 なので、確認をして生きていれば救急車を呼ぶことにする事にした。

 女は飛び出した鉄骨を避けて穴の中へ飛び降りると、辺りを見回す。オフィスのような部屋は、瓦礫やそれによって潰された物品が散乱し、見るも無残な光景が広がっている。

 その中心に、手足や胴が綺麗なピンクの断面を覗かせながら散らばっている。恐らく、アレックスの物だろう。

 

「やはりダメですか……」

 

 彼女も予想していたとはいえ、気持ちの良いものではなさそうだ。

 ふと、右側の机の後ろから、ずるり、ずるりと生き物が床の上をはいずる不快音が彼女の首筋へと潜り込む。彼女は反射的に刀に手をかけ、その机に斬撃を放つ。

 

「ひ、ひぃ!?た、助けて、殺さないで!!」

 

 破砕音を打ち破る、怯えきった女の声。

 机の残骸の向こうにいたのは、スーツを着た日系の白人女性だ。

 頬には涙。額と足には裂傷。

 巻き込んでしまったのか、とそれを目にした女は唇に歯を立てた。

 彼女とて、無関係の人間を殺すことは好きではない。見られたこと自体は、魔術で記憶を消せばいいのだから。

 

「大丈夫ですか?」

 

 怪我をした女に歩み寄ると、その怪我を診る。あまり医学に長けていないのはその手つきを見れば明らかだが、どの程度の傷が危ないかは判断できるようだ。

 

「この怪我ならあまり心配はありませんね。もうしばらくすれば救急車を呼びますから、安心してください」

 

「……本当ね?」

 

 負傷した女は疑うように言う。

 

「ええ、本当です。心配いりませんよ」

 

 魔術師は安心させるため、微笑みながら言う。

 

「そうですか。綺麗に笑うんですね、うらやましいです」

 

 女は話題を振りたかったのか、苦笑いしながら言った。

 魔術師もそれを察したのか、話乗ることにした。

 

「そうですか?ありがとうございます」

 

 再び微笑む。

 

「————ホント、きれいな笑みね」

 

 次の瞬間、魔術師は血を吐き散らしながら後方に大きく吹き飛び、進路上の物を蹴散らしながら壁にめり込んだ。

 

「あ……?」

 

 何が起こったのか分からない。魔術師はそんな様子だった。

 

「えらく丈夫な体だ。ノーガードでもろに受けたっていうのに、まだ生きてるのか」

 

 負傷していた女は、身動きの取れない魔術師に歩み寄る。その口から発せられる声は、屋上で魔術師が聞いた声だ。

 女を黒い茨のようなものがつつむと、その身長と体格、足音が変わった。

 

「馬鹿な……」

 

 負傷した女はアレックスによる擬態。あの姿は、油断させておびき寄せるための餌でしか無かった。

 

「敵にべらべらしゃべる趣味はない。だが安心しろ、すぐに分かるように"なる"」

 

 大人の腕ほどの太さを持ち、先端には巨大な針を持つ触手。それが背から四本伸び、蛇のように首をもたげる。

 だが、高速道路で車の窓を開けたかのような勢いで、アレックスの背後から異様な熱気が吹き付けた。

 

「───『Fortis931』。巨人に苦痛の贈り物を」

 

 聞き覚えのある声を聞いたアレックスは真横に飛び退き、クレーン車が自らを固定するように足から触手を伸ばし、壁に突き刺してピタリと止まる。

 見上げるように跳ぶ前の場所を見ると、そこは見覚えのある炎でドロドロに溶け、その上は火の海になっていた。しかし、その炎とは広がらず、まるでドーナツの穴のように芯の部部を残して燃えている。

 

「不意打ちのつもりだったんだけど、やっぱり炎だから気付かれるね」

 

「…………ステイル、助かりました」

 

 つい先日、自分と当麻を襲った炎の魔術師の出現に、アレックスは思わず舌打ちをした。その魔術師はこちらに警戒しつつ、何かを呟きながら女を立ち上がらせる。

 相手の攻撃に対して隙のできる空間移動は止め、両腕の肘から先に装甲を作りつつ筋力を強化する。

 格闘に重点を置いた、装甲車にも通用する一撃を打てる形体だ。その一撃が振るわれる対象が人間ならば、確実に仕止められるだろう。

 

「まったく、魂を大量に持ってると複数の能力を使えるのか。厄介だね」

 

 ステイルはタバコの根本を噛みながら、苦い表情を浮かべる。

 

「いや、そいつは違う。喰った脳に演算させて、その結果をを使うだけだ」

 

 アレックスがステイルの間違いを指摘すると、ステイルの表情が一層キツくなった。

 

「清々しいまでの化け物だね——────魔女狩りの王!」

 

 ステイルのコートが風船のように膨らむと、ボタンを内側から弾き飛ばしながら炎の塊が飛び出した。その塊は空間を燃やすように形を作り、足こそは無いが巨大な両腕を持つ全高二メートル以上の巨人と化した。

 アレックスは肌に感じるその熱気から、炎の剣と同等かそれ以上と判断した。

 つまり、当たらなくても近づくだけで致命傷になる可能性がある。さらに、自滅する危険からしないだろうが、気温を上げて内部から焼きに来る可能性も捨てきれない。それに対抗しようと発火能力を使えば、立ち直った女からの攻撃をまともに受ける事になる。

 アレックスは体勢を立て直すため、数メートル先の天井の穴に駆けだす。一度屋上に上がれば、上から天井を落とすなりの攻撃方法があるからだ。

 

「————七閃」

 

 その声と共に、進路を塞ぐように炎の巨人の腹から斬撃が飛び出る。

 アレックスは思わず舌打ちをすると、スラディングでその下を潜る。

 しかし、前方には炎の巨人が待ち受けている。そのまま行けばアレックスは綺麗に消毒されてしまうため、右腕を爪のついた伸縮性を持つ一本の触手に変えると、それを斬撃の通り過ぎた天井に突き刺して自分をそこへ引き寄せる。

 

「逃がすか!」

 

 天井の穴にその勢いで飛び込む寸前、魔女狩りの王の右手がアレックスの左足を掴む。

 しかし、その高熱のために足を溶かしてしまい、屋上への逃亡を許してしまった。

 

 

 

 

 

「気を付けてください、近くにいます」

 

「分かってるよ。魔女狩りの王の準備もできてる」

 

 それを追って二人の魔術師も屋上へ上がるが、アレックスの姿は何処へと消え失せていた。

 しかし、彼らにはアレックスが付近に潜み、奇襲の機会を伺っているのがはっきりと分かる。ステイルは魔女狩りの王を自身の背後に。女は常に抜刀できる体勢をし、いつでも対応できるように神経を研ぎ澄ませた。

 

「くそっ、熱源探知にもかからない……。変温動物か、彼は?」

 

 索敵のために神経を張るステイルには、ビル風と、その中に紛れる魔女狩りの王の燃焼の音が騒音にしか聞こえない。

 それが彼を苛立たせ、集中力を削った。

 

「ステイル!」

 

 女が叫んだ頃には、魔女狩りの王を避けるように飛来した物体によってステイルの足の甲は縫い付けられた。

 

「ぐ……!?」

 

 隣のビルの屋上から飛来したその物体は、女が最初に切断した鉄柵の鉄柱部分。片側はコンクリートに刺さっているため見えないが、上を向いているその末端は専用の工具で切ったような、なめらかな切り口を覗かせている。

 続けるように、女にそれを切り取った元であろう鉄柵が投じられるが、彼女はそれを易々と七閃と呼ぶ斬撃で迎撃する。切られた際の衝撃により、柵は投げ捨てられた空き缶のような軽さであらぬ方向へ飛んでいった。

 女はその流れで刀を納めると、ため息のように息を吐いた。

 

「待て!神裂!!」

 

 痛みをこらえながら叫ぶステイルを彼女は無視し、明らかな殺意を込めた声を発する。

 彼女の脳意を占めるのは、ステイルを死なせないという一心。アレックスへの自責の念などの考えは、とっくにどこかへと消えていた。

 

「『Salvare000』!!」

 

 その瞬間、女たちのいるのビルと同じ高さにあった隣のビルにて、屋上に設置された物が激しい音を立てながら倒れた。

 それだけではない。それによる余波であろうか、近辺のビルのガラスが一斉に砕け散り、屋上のコンクリートが刻まれる。

 

「Wh————!?」

 

 もちろん、そこに隠れていたアレックスも、その余波を受ける。

 彼の手足は千切れ飛び、下半身は上半身とお別れした上にミンチ同然。更には脊髄の中心部が余波によって破壊されたため、そこから離れたい彼の意思に反して強制的に再生が優先される。

 

「そこですか」

 

 いつの間にか刀を振り切った体勢になっている女が呟くように言った。

 先ほどまでステイルのそばにいたはずなのに、コンクリートに転がるアレックスの真横に表れる。その速さはただの身体能力だと、アレックスの眼が語っている。

 

「ラテン語か? 何だありゃ」

 

「魔法名は覚悟です。乗りたくなかったのですが、させたのはそちらです。悪く思わないで下さい」

 

「そうか。この身に刻んどくよ」

 

 軽口をたたくアレックスの再生は巻き戻されるように速やかに進み、五体は完全に再生する。

 

「すさまじい再生能力ですね。やはり、斬撃では無理ですか」

 

 その様子に、神裂は手におえない事が分かったようだ。無力化できても、殺し切れない。

 ステイルが来る時間を稼ぐためにか、女は七閃でアレックスの首から下を切断する。

 今度は狙い澄ましたのか、コンクリートには傷一つ付かない。

 

「スプラッタか。いい趣味だな」

 

「断じて違いますが、私はインデックスを助けるためなら何でもしますよ?」

 

 アレックスの挑発としか思えない言葉への神裂の真面目な反論を、アレックスは鼻で笑った。

 

「助けるだ? 斬った奴が何を言う。最初にも言ったが、そっちから俺と当麻に攻撃を仕掛けたんだ。あんたらが殺しかけたインデックスを、治療できる場所へ運ぼうとした時にな」

 

 その言葉に、女は息を詰まらせる。

 

「あの子の修道服は世界最高クラスの防御力を誇る結界が張られていました。私があの子を斬る、その日までは」

 

「……何?」

 

 女のその意味ありげな言い方に、反撃に背から腕でも生やそうとしていたアレックスの動きが止まる。

 

「あなたの言った、当麻という青年の部屋にてフードを残した結界が全て破壊されています。ご存じなかったのですか?」

 

 アレックスは当麻が炎を消したことから、熱振動、しいて言うなら運動エネルギーを操る類の原石かと思っていた。しかし、結界を破壊させるということは科学のエネルギーを操ったというわけでは無いように思える。その上、インデックスを守る物と分かっているのであれば、あの当麻がそれを壊すはずもない。

 アレックスの中で、当麻の能力の危険度の認識と、彼自身がほぼ完全に能力を制御できない事への確信が強まった。

 

「初耳だ。すると、あんたらは攻撃が効かないことは分かっているからこそ、足止めのために攻撃できたってことか」

 

「そういうことです。あなたたちにステイルが攻撃した事については、少々長い話になりますが話しましょう」

 

 探るようなアレックスが時間稼ぎではあっても敵対行為はしないと見たのか、女は詳しく話し始める。

 アレックスは彼女を吸収すれば短くて済むと考えたが、ここまで力のある人物が前線にいるとなると背後の勢力はどんな規模かは予想がつく。

 アレックスとて、訳の分からない集団が集まった勢力にはかなうと思わない。それに、服装から予想するに宗教絡みの組織だ。宗教は、敵に回したらろくな事にならないのは世界のどこでも変わらない。

 

「続けますね。私たちとインデックスは同じイギリス清教の魔術結社、『必要悪の教会』に所属しています。簡単に言ってしまえば、毒を持って毒を制する組織です」

 

 アレックスは魔女狩りを思い出したが、こんな事は世界史に頼っても仕方ないと思って忘れる。

 

「私たちは同僚として、友人として。私としては、彼女を妹のように思っていました」

 

 アレックスは自身の妹の事が気になったので、後でインターネットで彼女の記事を調べる事に決めた。

 

「しかし、彼女の持つ完全記憶能力による記録は彼女の脳を圧迫し、その命を脅かし始めました」

 

「────ん?」

 

 アレックスは彼女の言葉に、明らかにおかしい部分があることに瞬時に気づいた。

 

「どうかしましたか?」

 

 アレックスの雰囲気からは予想できない疑問を感じた姿に、女は訝しげに聞く。

 

「完全記憶能力じゃなく、映像記憶能力が正式名称な…………まあ、それで脳が危ないなんて聞いたことがない上、あり得ない」

 

「…………どういう意味ですか?私が嘘を言っているとでも?」

 

 女はアレックスの言いたいことが分からないようだ。

 

「せいぜい十数歳だろ? ドイツの作家ゲーテは映像記憶能力を持ちつつも、八十二歳まで生きた。死因は確か……老衰だったかな」

 

 アレックスの吸収した人物の中に、映像記憶能力について調べた人物がいる。しかし、その人物の記憶が確かとは言えないため、曖昧な言い方をする。

 

「しかし、現にあの子は苦しみ、私たちが記憶を消せば治まりました…………それでも、それでも、あり得ないと言えるんですか!?」

 

 彼女にとって記憶を消すの事は余程辛かったのか、震える声で叫ぶ。

 

「現にそうなんだろう、認めろ。そうだな……恐らくは魔術が原因じゃないか? 診断した奴は確実にグル。指示したのはそっちの上層部だろうな」

 

「そんな、まさか…………」

 

 完全記憶能力のせいだと思っていても上層部には思うところがあるらしく、女は絶句し、黙った。

 アレックスは説得という物は慣れてはいないが、やってみると意外に面白いことに気づいた。

 女が黙ってから二、三分が経った時、女はいきなり口を開いた。

 

「…………彼女には魔導書がある。組織としてはあの子は拘束したい。だけど私たちがいる。そうか、あいつら!!」

 

 彼女なりに推測できたのだろう。苛立つというよりは憤慨している。

 アレックスは、面白そうな物を見る目付きをしているが。

 

「——————どうだ、納得できたか?」

 

「ええ、原因が彼女の体質が原因では無い事は分かりました。しかし、魔術が原因というなら、尚更彼女を保護する必要があります」

 

 その言葉を聞き、アレックスの目つきがイライラした物に変わる。

 ビーカーの人間から出された任務の理由が、この魔術師たち。しいて言うなら魔術が原因だと悟り、この件を片付ければ任務が終わると考えた。

 

「じゃあ、そうだな……取引だ。当麻の能力は俺も知らないが、少なくともエネルギーを操る力かもしれない。ステイルの炎をアイツの右手が消したんだ、魔術にだって効く。こっちでも魔術に詳しそうな奴から調べてやるし、処置を施す場合はそっちに了承を得てからだ」

 

 悩むような女の表情を、アレックスは目の動きだけで窺う。

 

「そっちにとっても、悪い話じゃ無いと思うが?」

 

 彼女には、アレックスたちがインデックスを助ける理由があるとは思えない。それに、当麻からは感じないが、アレックスの放つ雰囲気が信用する事をためらわせた。

 しかし、彼らの力を借りれば解決の手口が見つかり易いと感じ、怪しい動きが見つかるまでは彼らを利用すると決めた。

 

「…………いいでしょう。あなたたちの現在の拠点を中心にしますが、私たちも交代でインデックスを見させていただきます。ただし、終戦ではなく停戦ですからね?」

 

 女は仕方なさそうに呟くと、刀から完全に手を放す。

 

「ああ、もちろんだ。じゃあ、取引成立だ」

 

 女に交戦の意思が無い事を悟ったのか、アレックスは立ち上がる。傷一つ無く再生したアレックスを、女は呆れた表情で見ていた。

 


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