とある科学の生物兵器   作:洗剤@ハーメルン

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七月二十日 part2

「おい、インデックス!しっかりしろ!」

 

 インデックスに駆け寄った当麻は、揺さぶりはしないものの彼女に必死の形相で呼びかける。

 アレックスはそんな手遅れになるだけの無駄なことよりも、目先の事をやるべきだと行動を起こした。

 

「────上条、場所を変えるぞ。この火災だ、直に色々来るぞ。

 あいつらがこっちを狙ってるなら、病院に行くのは嫌だろ? 他の患者が騒動に巻き込まれてもいいのなら別だとは思うが」

 

 インデックスを抱き上げる当麻に向けて言葉を掛けながら、並行して寮で燃え盛る火を吸収する。

 だが、溶けた手すりや天井はどうしようもない。周りの炎がアレックスへと吸収されただけだ。その証拠に、熱を吸収されてすっかりと固まった蛍光灯のガラスが、しっかりと廊下にへばり付いている。

 

「…………ああ、分かった」

 

 当麻はしっかりとインデックスを背負うと、非常階段へと駈け出した。

 

 

 

 

 そのまま急いで近くの裏路地まで逃げたが、そんなところに解決法はあるわけもない。

 むしろ、下が汚れているせいでインデックスを楽な体勢に寝かせることが困難になっただけである。

 

「そいつには十万三千冊の魔導書があるんだろ? その中に治療に使えるやつはないのか?」

 

 当初、アレックスは自身の細胞で彼女を治療しようとしたが、当麻に見られるのはマズイ。しかし、彼は「後は俺が片づけるから任せろ」と言った所で、怪我人を置いてどこかへ行く性格でもない。 むしろ、アレックスはインデックスをどこかに捨ててくるのではないかと考えるだろう。

 なので、アレックスは彼女の魔導書に賭けてみることにした。まあ、死んだらその魔導書が脳から手に入るのだから彼にとっては生死はどちらでもよく、そうするのはただの好奇心だ。

 

「君……は…………?」

 

 インデックスの呼吸は浅いが、アレックスが気になったようだ。

 

「上条の知り合いだ。で、お前には魔導書があるんだろ?だったら魔術で何とかできないのか?」

 

「あるけど……君もとうまも、『超能力者』なんでしょ? だったら無理だよ」

 

「何?」

 

 アレックスは超能力者だから無理という言葉に疑問を抱いた。その二つは相反するものなのだろうか。

 インデックスは血が少なくなってきているせいか寒そうに、時折震えている。

 

「『魔術』っていうのはね……才能のない人間が……才能のある人間と同じことをするために生み出された術式と儀式なんだよ…………」

 

 やはり相反するものか。自分は使えないこともないだろうが、そうなれば学園都市に滞在することが難しくなるだろう。アレックスはそう考えた。

 相反するものを使う団体というのが、仲がいいわけがない。

 だとすれば彼女を助けるのはいいのだろうか、と思ったが今は当麻に付き合ってやろうと決めた。魔術について、興味が湧いたからである。

 

「もし使ったら、どうなる?」

 

「そうだね……拒絶反応が起こるのは確かだよ。例えば、能力や魔術の暴走とか…………」

 

 アレックスが問うと。ほとんど予想通りの回答が返ってきた。やはり、致命的な物になるらしい。

 その会話を当麻は黙って聞いていたが、不意に口を開いた。

 

「じゃあよ、『才能のない』ただの人間ならできるんだよな?」

 

 

 

 

 

 当麻はどこかにツテがあるのかインデックスをアレックスに任せて公衆電話で口論のような言い合いをした。その後、行き先をアレックスに言うこともなく、ただ付いて来るように彼は言った。

 

「ここに頼れるやつがいるのかよ……」

 

 そうぼやくアレックスが裏路地を抜けてたどり着いたのは、廃墟にあるようなボロい二階建てのアパートだ。取り壊されていないのが不思議なほどである。

 

「アレックス、こっちだ!」

 

 いつしか二階に上がっていた当麻が、アレックスを呼び寄せる。

 それに従い、彼は体重をなるべく減らしながら跳躍し、猫のように柔らかく、赤い鉄の階段に着地した。

 

「当麻、少し落ち着け」

 

 その頃には、当麻は一番奥のドアのチャイムを鳴らしていた。

 

「落ち着いてられるか!」

 

 そう言いながらドアを蹴破ろうとし、その強度に足を抑えて悶絶する当麻。

 アレックスは冷めた目でそれを見、インデックスの重さを背に感じながら歩み寄った。

 

「馬鹿か?」

 

「ふ、不幸だ……!」

 

 彼が思わず呆れ顔で首を振った時、その頑丈なドアから小学生ほどの子どもが顔を出した。

 

「うわ、上条ちゃんにアレックスちゃん。二人揃って新聞屋さんのアルバイトですか?」

 

 訂正。子どもではなく、子ども用の緑のブカブカパジャマを着た、二人の担任の小萌だ。

 

「なるほど。適任だな」

 

 大人である教師は、開発を受けていないのが普通である。ならば、たとえ学園都市の人間でも、普通の人間と言えよう。

 もっとも、アレックスは下調べとして校内の教員の素性を調べていた。気になる人物も何人かいたが、結局は手を出してこない限りは放っておくのだが。

 

「だろ? 先生、ちょっと色々困ってるんで入りますね」

 

「そういうことだ。悪いな、先生」

 

 当麻が入るのを小萌は邪魔しようとしたが、アレックスはさりげなく増やしたもう一本の腕で彼女を抱える。

 小萌は当麻に集中し、彼は焦っているので気づかないだろう。

 

「ちょ、今はダメです!」

 

「忙しいのは分かるが、少しの間でいい。人命救助だ、協力してくれ」

 

 アレックスは反論を無視しつつ、当麻に続いて部屋に押し入った。

 ドアを抜けると、そこはゴミ屋敷だった。

 タバコの吸い殻でタワーができている灰皿。ゴミ箱に入れられる事もなく、床に転がっているビールの空き缶。

 

「…………当麻、ここに怪我人を?」

 

「そうだよ。場所を開けるから、そこに下ろしてくれ」

 

 さすがのアレックスも躊躇ったが、当麻は動じないようだ。

 一刻を争うとはいえ、感染症を考えないのだろうか。

 

「先生。アレックスが説明するんで、協力してやってください」

 

 当麻はスペースの確保のために、ビール缶を蹴散らしながら言う。

 アレックスは丸投げされた事によりイラつきを感じながらも、渋々と虚構を織り混ぜながら状況を説明する。

 

「俺が背負ってるやつ──まあ、友人なんだが、少し怪我をして死にそうなんだ。ただ、している宗教が特殊で、医療行為はダメなんだ」

 

 彼は、即興で考えた嘘をベラベラと述べる。

 

「治し方はあるんだが、学園都市の開発が宗教上引っ掛かる。だからそれができるのは先生だけなんだ。

 心配な事はない。こいつの言うことを聞いてさえくれれば、きっと助かる。先生、今の俺たちは先生だけが────」

 

「出血に伴い、血液中にある生命力が流出しつつあります」

 

 アレックスと当麻は聞いたことがあるはずの声。しかし、その声はまるでテキストを読み上げるソフトウェアのように感情がなかった。

 

「警告、第二章第六節。出血による生命力の流出が一定量を超えたため、強制的に『自動書記』で覚醒(めざ)めます。……現状を維持すれば、ロンドンの時計塔が示す国際標準時間に換算して、およそ十分後に私の身体は必要最低限の生命力を失い、絶命します。

 これからは私の行う指示にしたがって、適切な処理を施していただければ幸いです」

 

 あまりにも冷たい声に、当麻は黙ってインデックスを凝視し、小萌は固まる。

 

「──当麻、急ぐぞ。提案するってことは、まだ間に合う上に方法がある」

 

 そんな中、アレックスは冷静に言い、インデックスを床にうつぶせに寝かせた。

 もちろん、片手で背負っていたように見せながらだ。

 

「インデックス、俺と当麻に手伝えることはあるか?」

 

 うつぶせに寝たインデックスに向け、アレックスが問いかける。

 

「いえ。あなた方がここにいれば、術式に多大な影響を及ぼす可能性が高いです。

 あるとすれば、この部屋から出ることです」

 

 アレックスの問いに即答し、テンプレートにあるかのように淡々と言う。

 

「────そうか。行くぞ、当麻」

 

 これ以上は無駄と考えたのか、アレックスは当麻のカッターシャツの襟を掴むと、引きずるように部屋を出た。

 

「ちくしょう…………!!」

 

 あまりにも一気に事が進み、取り残されていた当麻だが、後ろ手にアレックスがドアを閉める直前、悔やみ言を吐き捨てた。

 アレックスは部屋を出ずに魔術を見ていたかったのが本音だ。しかし、今はインデックスを助けるためにはこれが最善である。

 それに、魔術師によってあの炎を部屋に叩き込まれたりすれば、アレックスと当麻はともかく、中の二人はそれによる火災で死ぬだろう。中に当麻がいてそれを防いでも、相手は複数らしい。他の攻撃が来る可能性が高い。

 そのため、野外で一緒にいる方が安全だと判断した。

 

 

 

 

 数分後。当麻は走りたいのかどこかへ駆け出し、アレックスは裏路地を形成するビル群の中の一つ、その中のアパートを見下ろせる屋上。そこで、さきほど部屋でくすねたタバコをふかしていた。

 タバコが好きというわけではないが、暇つぶしだ。

 肺まで吸っては吐くという、肺を汚す以外何にもならない作業を繰り返す。そして、もうすぐ箱の中身が空になろうとした時、背後から女の声がかかった。

 

「終わりましたか?」

 

 アレックスには聞き覚えのない声だった。

 

「まだだ、あと二本」

 

 しかし、彼は振り向くこともなく、新たなタバコを口にくわえる。

 

「…………話だけさせてもらいますね」

 

「勝手にしろよ」

 

 イライラしているような雰囲気を感じたが、敵意を微塵も感じてはいないのでアレックスは動かない。

 

「あなたは、インデックスをどう思いますか?」

 

 アレックスは大きく紫煙を吐き出す。

 

「なんだ、また魔術かよ……」

 

「答えてください」

 

 予想はしていたが相手の行動力に肩を落とすアレックスを無視し、再び問いかける。

 仕方がないと思ったアレックスは、渋々答えることにした。

 

「そうだな、面白いと思う。十万三千冊の魔導書、完全記憶能力。これだけでも興味を惹かれる内容だと思う」

 

「そうですか……」

 

 どこか落胆したような声になるが、アレックスは続ける。

 

「極めつけは、あの『自動書記』っていう魔術だな。やってるのを見た感じ、インターネットの検索みたいに脳ミソの中を検索するんだろ? 便利だ、ほしいくらいだ」

 

「あれは加護のような魔術です。かけてもらうのは結構ですが、超能力者はどうなるか分かりませんよ? 脳を焼かれるかも」

 

「そうか、残念だ」

 

 アレックスは吸うペースを落とし、うまくも無い物を味わって吸う。

 

「じゃあ、こっちも聞かせてもらうが、なぜ赤いのはいきなり攻撃した? あの状況だ、自分たちは増援で保護しに来たと言えば、当麻はともかく、俺は何も言わずに引き渡す。俺はあの時が初対面なんだからな。

 その方が、そっちとしても戦闘の手間が省けていいだろう?」

 

 背後から、体重が一方に偏る音を聞いた。

 アレックスはビーカーの説明と違う当麻の能力も気になってはいたが、魔術師の策略もクソもないやり方に疑問を抱いている。ステイルのあの行動は、陳腐という以外には評価できないものだ。

 

「まあ、あのガキを餌に、寄って来るのを始末するのが目的っていうなら忘れてくれ。そんな外道に質問した俺が間抜けなんだからな。そうだろ、魔術師?」

 

「…………何を」

 

 アレックスには、女の声に怒りの色が籠ったのを感じたが、煽るように言ったのはわざとだ。

 元々、敵が真実を話すなんて期待はしていない。ただ、話に来たというのであれば、そう偽って攻撃してきたことにしてやり、仲裁するような組織が出てきた場合に有利になる状況を作る。

 

「ん? どうかしたか? さあ、答えてくれ。あんたらが回収する対象が、死にそうになっている時に治療しようとした一般人を、警告も無しにあの神父が攻撃した理由を」

 

 背後の人物が、大きく息を吐く。

 

「そうですね……ちょっとこちらを向いてもらえますか?」

 

 丁寧な言葉遣いだが、アレックスにはどんな感情が込められているかがはっきり分かる。

 

「――――なんだ、人相が悪いのかと思えば……日本っぽいな、顔は」

 

 ヘリを誘導するためのライトをバックに、女は立っている。

 彼女は長身でスタイルもよく、黒髪にポニーテールという、モデルのような風貌をしていた。しかし、その服装はステイルとは別の方向に奇抜。白いTシャツをヘソの辺りで片側で結んで短くし、全体的に細いジーンズは臀部の真横あたりでホットパンツのような丈に加工されいる。そして、この服装で膝の下あたりまであるブーツだ。

 アレックスの結論は早く、挑発のような一言を放つ。

 

「露出狂か」

 

「…………どうやら、少し痛い目を見た方がよさそうですね」

 

 そう言いつつ、女はその腰に差した二メートルはありそうな太刀に手をかけた。

 アレックスは、少し口元を緩めながら立ち上がった。


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