とある科学の生物兵器   作:洗剤@ハーメルン

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七月十八日

 日本の夏特有の蒸し暑い朝、アレックスは昨日吸収した人物の記憶を整理し、実践した結果をまとめていた。アレックスがまとめた結果はこうだ。

 

・超能力は取り込んだものを複数同時にでも使える。

・しかし、超能力の演算を行っている間は、肉体の変形が困難。戦闘中だと演算をしながらの変形は不可能(変形後は問題なく使用できる)。

・時間をかければ効果の高い演算式を自分で考え、能力を強化させられる。

・能力の根幹となる『自分だけの現実』を変えることはできない。

 

 普通に考えれば、一個人が演算式を総合するなど、『自分だけの現実』の差違もあってあり得ない。しかし、アレックスは吸収した人物の何もかもを奪うため、開発された脳の中身を丸ごと認識し、自分だけの現実をも奪い取る。 つまり、一つの脳が複数の脳を内包していると考えてもいいだろう。

 その方法は、マンハッタンで吸収した人物の脳も開発は受けていないが、開発を受けた脳を"使用"し、それを核として他の開発を受けていない脳を演算機としている。要は、計算機の部品を集めて完成品にするようにして演算力を使用しているということだ。

 

「さて、学校か……」

 

 アレックスには、ひどくやる気が無かった。高校の授業は復習にもならず、得た能力を時間割りにある『頭の開発』で鍛えようにも、その結果を誰にも言うわけにはいかない。

 研究者の記憶から『頭の開発』事態も、学校の時間割りに入れれないような高負担高効果な物が掃いて捨てるほど読み取れたが、自分でしかその効果を見ることができない。できるなら、能力にさほど詳しくない自分の自己判断より、能力に詳しい者にアドバイスでももらいたいところである。

 しかし、転校して二回目の登校をしないとなると、お節介焼きの我らが小萌教諭が家に押し掛けて来そうである。彼としても、それは勘弁したい事だ。

 アレックスは生徒思いの教師のいる学校に自分を入れた者を恨みつつ、自室のドアを開けた。

 

 

 

 

 

 さて、半日の学校でも当麻が叫んだり、青髪が吹っ飛んだり、小萌が涙目になったり、隣のクラスの語尾が特徴的な教師にアレックスが絡まれたり、土御門が暴走したり、当麻が叫んだりしたが、大して変わったことも無かったので割合する。

 学校終了後、携帯の契約を済ませたアレックスはカバンと財布を買いに街を彷徨いていた。既に様々な店に入ったがブランド物や地味か派手かの両極端しかなく、制服にもパーカー姿にも合いそうなのはなかなか見つからない。

 また無いのか、とため息をつきながらも、アレックス何軒目かの店に足を踏み入れた。

 

「Oh……」

 

 そこそこ大きな店のためか、平日にも関わらず客でごった返している。

 アレックスは思わず声を出したが、この大きさの店にここまで客が多いのが意外なのだ。それも、学生服の子供が客のほとんどであり、学園都市では当たり前とはいえ珍しい口径である。

 しかし、すぐに興味を無くしたのか凍ったような無表情に戻ると、アレックスは店の中を回り始めた。

 

 

 緑茶に浮くような多さの砂糖を入れて混ぜたようなのような緑のウェストポーチに紫の様々な柄が入った財布、やけにポケットが多い肩に掛けポーチ(玉虫色)など、アレックスが今までに目にしたことのない物もあった。

 

「ここもか……」

 

 アレックスが今までに回った店でも、この学園都市の外には無かった物をよく見かけた。

 学園都市では様々な試験的製品が販売されている。だが、一般的なファッションの傾向から考えてあり得ない物も多々あるのは、販売会社のチャレンジ精神の賜物だろう。

 

「本当にろくな物が無いな……」

 

 学園都市で育つ学生のファッションセンスを心配しつつ、他の商品を見に行こうと商品棚から目線を上げた途端、あるものがアレックスの目に入った。

 

「お兄ちゃんこっちー!」

 

「はいはい、ちょっと待ってくださいね。上条さんは学校で疲れたのです」

 

 そう言いながらも嫌そうな様子もなく、むしろ楽しそうに幼女に手を引かれる当麻だ。

 アレックスは面倒な奴がきた、と思って見つかるまいと棚の後ろに隠れた。当麻は不幸体質と言え、近くにいるといい迷惑だというのはすでに学んだからである。

 しかし回り込まれてしまった。

 

「────おーっす、アレックス。買い物か?」

 

「ああ」

 

 

「いや、迷子になってたから案内してあげただけだ。まあ、妹は実家にいるけどな」

 

 当麻は後頭部をポリポリと掻きながら言った。

 

「そうか、じゃあ俺は──」

 

「お兄ちゃん、お洋服の所にいくんだよー」

 

 話を切って逃げようとしたアレックスの言葉を遮り、少女は当麻のカッターシャツの裾を引っ張りつつ言った。

 

「分かってるって。よし、アレックスも来るか?」

 

「…………子ども服売り場にか?」

 

 当麻の言葉に、アレックスは先程までのデザインのぶっ飛んだ物を見るのと、同じ目を当麻に向けた。その心境は容易に察することができるであろう。

 

「子ども服って言っても、ここは"学園都市"だぞ? 財布くらいなら普通のよりむしろ、普通のやつが多いよ」

 

 学園都市。その一言に妙な説得力を感じたアレックスであった。

 

「……そうするか。まだまだ時間もあるしな」

 

 アレックスは半日ほど先の、この店の閉店時間を思い出しつつ言った。

 

 

 

 子ども服売り場に向かう途中、アレックスは奇妙な光景を目の当たりにしていた。

 

「ほんっと、かわいいなぁ……!!」

 

 婦人服売り場にて、どちらかというと子ども服と言える服を眺めているショートカットの電撃少女だ。アレックスは昨日の事もあり隠れようと考えているが、当麻はその電撃少女に歩みより始めた。

 アレックスはそれを好機と思い、そそくさと立ち去ろうようとするが。

 

「お兄ちゃん、どうしたの?」

 

 それを当麻が連れていた少女が不思議そうな顔をしながらアレックスの袖を掴む行為によって阻止された。

 少女の手を振り払って立ち去ることは容易だ。しかし、擬態とはいえアレックス・マーサーであるアレックスは、まだ赤ん坊だった息子がいた事から少女というよりは、子どもに対して甘くなってしまった。

 

「いや、何でもない。そうだな……当麻は来ると思うから先に行くか?」

 

「あ!常磐台のお姉ちゃんだ!」

 

 しかし、少女はアレックスの提案を無視し、当麻の所へとアレックスを引っ張りながら歩み始める。

 

「おいおい…………」

 

 それに従うほかないアレックスは、久しぶりに困った顔をした。

 

 

 

「だいたいアンタは────」

 

 ショートカットの少女が当麻に対して怒りをぶつけている最中という、かなり悪いタイミングにアレックスは乱入することになった。

 

「常磐台のお姉ちゃん!」

 

 アレックスの袖を掴んでいる少女のこの一言によって、ショートカットの少女の注意はその隣にいる彼へと移った。

 

「あ、あの時の……って、なんでアンタまでここにいるのよ!?」

 

「次から次へと騒がしい」

 

 ため息しか出ないアレックスを放置するように、電撃少女は燃え上がる。

 

「よくもまあ、ノコノコと現れたわね!!」

 

 ショートカットの少女の右手が腰の位置から少し上がるのを見たアレックスは、いつでも右手を爪を出せるように細胞を皮膚の下で操る。

 ショートカットの少女は電撃で気絶させるつもりだろうが、アレックスに気絶させる気があるかどうかは知れない。

 

「おい、ちょっと待てよ!」

 

 それの間に飛び込む形で横やりを入れたのは、焦燥感に駆られた当麻だった。

 

「何よアンタ? 邪魔しないで。それとも…………アンタもこいつの仲間なの?」

 

「ちょうどいい。上条、なんとか言ってくれ。俺の話は聞かなさそうだ」

 

 挟まれて十字砲火のように言葉を浴びせられる当麻は、よく冷房が利いた店内で汗が滲んできた。

 それもそうだ、ショートカットの少女は気が昂ったのか、小規模の青い光が静電気が走るような音を立てながら時折少女の周りで弾ける。アレックスは外見上の異変はないが、その視線が猛禽類のような獰猛なモノになりつつある上に、全身から極めて小さな音だが氷に水をかけたような音細かなが発せられている。

 これを仲裁できる人物がいるなら、それは人間ではないだろう。

 

 

────ただし、仲裁以外なら比較的に安全な方法がある。

 

「う、うぇ…………うえぇぇぇぇぇん!!」

 

 それらの全身が凍るような威圧感に当てられた、子どもの泣き声などである。

 

「このガキは……」

 

 アレックスも予想はしていたが、実際にそうなると厳しいものがある。前述した通り、アレックス・マーサーは赤ん坊を育てたことはあったが、小学校に入っているかどうかの年頃に育てるまではいかなかったのだ。

 そのため、急いで子育ての経験のある記憶を求め、脳の中を洗いざらい調べる。そして速やかに発見し、行動に移した。

 

「ほら、泣くな泣くな。ちょっとこのお姉ちゃんと知り合いでな、いつも通り遊んだだけなんだ」

 

 読み取った記憶から、アレックスはすぐに少女と目線の高さを合わせるようにしゃがむと、無表情を大きく崩して微笑んだ。これはこれで怖い。

 

「アンタ──」

 

「お姉ちゃんと話すことがあるから、ウニ頭のお兄ちゃんとどこかに行っててくれるか?  上条、頼む」

 

 ショートカットの少女が何か言おうとしたのを問答無用遮り、アレックスは当麻に言う。

 

「お、おう!」

 

 無愛想な男の豹変に驚きながらも意図を察したのか、当麻は未だに嗚咽を上げる少女を抱え、子ども服売り場の中へと歩き出した。

 それを見送ったアレックスは無表情に戻ると、ゆっくりと美琴に向き直った。

 

「何の用だ? 適当に時間潰したら、俺は上条を追うからな」

 

「あいつと言い、何でマイペースな奴ばっかなのよ…………」

 

 あの少女を泣かせてしまったことに罪悪感を覚えつつ少女は項垂れると、湿気ったクッキーのようなじめじめした雰囲気を纏い始める。

 

「どうした?用が無いなら俺は帰るぞ」

 

「あぁ、もう!少しは待ちなさい!」

 

 アレックスにとって、この少女との会話などは当麻の連れていた少女を遠ざけるための方便でしかない。そもそも、この少女が自身に対してやけに好戦的なことに警戒心を抱いていた。

 

「昨日のことはもういいわ。佐天さんから聞いたけど、拘束で済ますつもりみたいだったし、それに──」

 

「むしろ、誤解したお前が殺す気で攻撃してきたな。それについて処分はないのか?」

 

 どうやら、昨日のロングヘアーの少女は佐天というらしい。

 

「…………悪かったわね、それは勘弁してよ。それと、お前じゃなくて私には御坂美琴って名前があるの」

 

 多少悪びれた様子はあるが、言いたいことを言う性格のようだ。

 

「そうか。で、なぜ『ノコノコと』だとか言って、電撃を放とうとしたんだ? 昼間の店だぞここは」

 

 アレックスは微量の殺気を向けながら、威圧感を持たせた声で言う。

 

「アンタが勝負せずに逃げるからよ!」

 

 だが、少女はそんな小細工には動じないようだ。むしろ、やる気が増したと言ってもいい。

 

「誰がやるかよ……」

 

「アンタ、逃げてばっかじゃない!」

 

 アレックスはただの殺し合いなら擬態するなり物量で潰すなりで楽に勝てるだろうが、殺すわけにもいかない以上は加減をしなくてはいけない。しかし、加減をした場合には勝てるかどうかが少々怪しくなるかもしれない。こんな少女でもレベル5なのだ。

 もちろん、彼の中にはわざと負けて満足させるという選択肢もある。しかし、その選択肢をこの戦闘マニアに見抜かれた際には、本気で戦うことを強要されるだろう。

 

「人にコイルガン撃てるような危険人物から逃げて悪いか」

 

「レールガンよ!」

 

 呆れたようなアレックスに、少女は怒鳴る。

 アレックスとしては科学の都市なので能力の名称もキチンとしていると思っていたのだが、やはりかっこよさで決めるのがこの年頃なのだと思って諦めた。

 それとも、何かレールガンたる仕組みがあるのかと考える

 

「ああ、そうかよ。もう用は無いだろ?俺は行くからな」

 

 アレックスがそう言いながら背を向けると、

 

「じゃあ賭けよ!」

 

 怒るというよりはムキになった少女が声を張り上げた。

 

「敗者は勝者の願いを一つだけ何でも聞いてあげること。これでどう?」

 

 アレックスはこの提案について少し思案したが、こちらの条件はいいと判断した。

 「二度と関わるな」と言ってしまえば、この先も付きまとって来るであろう戦闘マニアから逃れられる。約束を破る性格ではないだろうが、その後に関わろうとしてきた場合の対処はいくらでもある。警備員に通報するなどが代表的だろうか。

 

「……いいぞ。乗った」

 

「なるべく早い方がいいでしょ? 用事が済んだらこの店の裏。いいわね?」

 

 アレックスは何時でもよかったが、ここまで適当な時間を言われると「すっぽかせ」と言われているようにしか受け取れない。まあ、それはそれで彼には喜ばしいが。

 

「分かった、さっさと終わらせてくる」

 

 アレックスはそう言いながら当麻の元へ行こうとするが、「子ども服売り場と婦人服売り場。どちらの方がいい財布があるかと聞かれれば、ほとんどの人は婦人服売り場と答える」という当たり前のことに気づき、歩みを止めた。

 

「どうかした?」

 

「ここって男でも使えるサイフ売ってるか?」

 

 突拍子も無いことを言い出したアレックスを美琴は不信に思ったが、用事の事だと察したようで少し考え始めた。

 

「大人向けのデザインってことよね……。

 佐天さんなら知ってるかもしれないけど?」

 

 美琴は彼女らのいる水着売り場を見ながら、アレックスと昨日の少女である佐天を会わせることを躊躇した。しかし、その水着売り場から会わせたくない人を含めた二つの人影が出てくるのが見え、彼女は硬直する。

 

「ん? 昨日の…………」

 

 そんな美琴の視線を追っていたアレックスもまた、その人影に気が付いた。

 

「御坂さん、どうかしました?」

 

 歩み寄ってきた人影、初春が口を開いた。心なしか、その横にいる佐天はアレックスに警戒しているというより、怯えてるように彼の目映った。

 

「……ああ、不審者に会ったのよ」

 

「おい」

 

 アレックスはテロリストや化け物とはよく言われて慣れてしまったが、不審者と呼ばれるのは生理的に無理なようだ。

 

「なるほど。お買いものですか?」

 

 そう言いながら明るく接する初春に、アレックスは違和感を覚えた。

 一昨日とはいえ、どう見ても自分は普通ではなかったはずである。それとも、学園都市ではこの程度は普通なのだろうか。

 

「おい御坂」

 

「何よ?」

 

 何気なく初春を無視しながら話しかけるアレックスに、美琴は疑問を抱いた。

 

「初春は昨日のことを知らないのか?」

 

 美琴はその一言でアレックスが何を疑問に思ったのかが分かった。理由はどうであれ、親友に危害を及ばせた相手に普通に接せられるわけがない。

 

「多分、知らないと思うわ」

 

「そうか。初春、ここに財布は売っているか?」

 

 アレックスは美琴から視線を外した。

 

「財布ですか?それならあそこに売ってると思いますよ」

 

 初春は明るい表情をしながら、ある売り場を指さす。

 

「そうか、ありがとう」

 

 アレックスは礼を言うと、どこかモヤモヤした気持ちを感じながらそこへと早足で向かった。美琴はそれを一瞥すると、初春たちと買い物を再開した。

 

 

 

 どうにもあまりいい物が無いので諦めたアレックスは適当に財布を買うと、そのついでにラグビーボール型のボディバッグを購入した。持ち歩く物はあまり無いとはいえ、肉体の一部であるジーンズのポケットに貴重品を入れるのはどうも気が引けたからである。

 その二点が入った袋を持ったまま美琴の所へ行こうとしたアレックスであったが、女の買い物は長いのが当たり前なので当麻のいるであろう子ども服売り場へ向かうことにしたのである。それに、約束はほっぽかすつもりであった。

 そして、店員に場所を聞いて子ども服売り場に来たアレックスであったが、当麻と少女が見当たらない。もう帰ってしまったのかと思ったが、少しだけ探そうと辺りを見回した時、店内放送がかかった。

 

『お客様にご案内申し上げます。店内で、電気系統の故障が発生したため。誠に勝手ながら、本日の営業を終了させていただきます』

 

 その案内と共に、店員たちがまるで災害時の避難のように誘導を始めた。その光景を不審に思ったアレックスは、風紀委員である初春に事情を聴くために比較的人の多かった婦人服売り場へと再び歩を進める。

 彼としては知らない顔をしてここを出てもよかったが、一応は約束があるので美琴に何かあっても気分が悪いと思った。

 

『係員がお出口までご案内します』

 

 鳴り響く店内放送を聞きながら歩いていると、アレックスの視界に奇妙な学生が映った。どこにでもいそうな雰囲気の暗い、イヤホンをした眼鏡をかけた男子学生。

 しかし、その目つきはアレックスがマンハッタンで時折目にした、復讐心で濁った物だった。更には、どこか危険な笑みを浮かべていう不安要素がある。

 だが、最悪顔だけでも覚えておけばいいので、この気味が悪い学生は放っておいた。

 

「全員避難終わりました」

 

 アレックスが係員の目につかないように婦人服売り場まで行くと、十字になった通路の中心に予想通り初春がいるのを発見した。それも、風紀委員と電話で連絡を取っている最中らしい。後ろから音もなく近づいていたアレックスは、電話が終わったら話しかけようと思いながら辺りを見回していると、当麻と一緒にいた少女が大きなカエルのぬいぐるみを持ちながらこちらへ駆けて来るのが見えた。

 

「え?」

 

「お姉ちゃーーーん!!」

 

 ちょうど初春が電話で語られた内容に驚いた時、その少女が元気よく初春を呼んだ。アレックスもいいタイミングだと思い、少女の会話が終わり次第か、途中で話しかけることにした。

 

「お姉ちゃん! 眼鏡をかけたお兄ちゃんがこれを渡してって」

 

 少女は初春の所へたどり着くと、持っていたカエルのぬいぐるみを初春に差し出した。初春はそちらを優先することにしたのか、しゃがんでぬいぐるみへと手を差し出した途端、カエルのぬいぐるみが内側から掃除機で吸われるように変形した。

 アレックスは今の少女言葉から状況を察した。おそらく、眼鏡のお兄ちゃんとはあの気味の悪い学生のことで、これは初春を狙った、店を巻き込むような攻撃だということを。

 

「逃げて!!」

 

 初春は少女からぬいぐるみを取り上げると、真後ろへと放り投げると、少女の盾になるように彼女を抱きしめた。

 そして、アレックスの元へとそのいびつな形になったぬいぐるみは飛んで来る。アレックスは反射的にそのぬいぐるみを受け止めると、思わず動きを止めてしまった。

 すると、どこからか来たのか、美琴と当麻が初春の盾になるように間へと割り込んで来た。

 

「逃げて下さい!それが爆弾です!!」

 

 初春は美琴と当麻に向けて叫ぶが、それを聞いたアレックスの中で、この爆弾を押し付けて来た初春の評価がかなり落ちた。

 だが、おそらく彼には気づいてはいかったのだろう。

 

「早く捨てなさい!!」

 

 美琴がポケットに手を伸ばしながらアレックスに手を伸ばすも、こうなった以上はこれを捨てるなんて気持ちは彼にはさらさらなかった。

 

「当麻、これ頼むぞ」

 

 アレックスは購入した物が入った袋を当麻へと投げると、ぬいぐるみを抱えて彼らに背を向けた。

 

「アレックス!!」

 

 その袋に目もくれず、なぜか右手を伸ばしながらこちらへ走ってくる当麻の声が背中ごしに聞こえた。

 その瞬間、閃光と共に爆音と衝撃波がすべてを壊すために爆発物から解放され、店の床や天井を抉り、そして焼きながら辺りにその暴力を振りまいた。

 

 

 店の外にも爆音が響き、爆炎が吹き出した店中の様子を心配する大きな声が上がる。その喧噪も爆音によって耳をやられた当麻たちには聞こえなかったが、彼らの目の前には外の人々が見れない光景が広がっていた。爆発によって戦場になった街で取られた写真のようになった、無残に破壊された店内である。

 彼らがこうして耳の不調を感じれるのも、盾となったアレックスによるものだ。しかし、その肝心のアレックスは煙の中におり、その姿は見えない。

 

「アレックス!!」

 

 当麻は叫んだ。未だにその声も小さく聞こえるが、叫ばずにはいられなかった。

 

「大声出すな」

 

 しかし、その心配とは裏腹にやけにあっさりと、アレックスは煙にせき込みながら当麻の所————いや、投げた買い物袋へと歩を進めている。

 

「これぐらいじゃ死なない。上条、俺は先に帰るぞ」

 

「この馬鹿!!」

 

 荷物を拾い上げて店の裏口に歩を進めるアレックスに、美琴が怒鳴り声を上げた。

 

「死んだかと思ったじゃない!!」

 

「あれぐらいで死ぬならお前と戦うのを承諾しねえよ……。

 それよりもいいのか? 犯人が逃げるぞ」

 

「ああ、店内で不審な人物を見かけた。それがその少女の一言で確信になったがな」

 

 そう言いながら、初春に抱かれて泣く少女を指さす。

 耳がやられていないか心配だが、アレックスにできる事はないだろう。

 

「…………特徴は?」

 

 美琴は、真剣な顔つきになってアレックスを見る。どうやら、彼の思いどうりになったようだ。

 

「眼鏡をかけた学生で雰囲気が暗い。髪型はワックスで固めているようじゃなかったな。それとイヤホンをしていた、胸ポケットから伸びてるやつをな」

 

 美琴はそれを聞いた途端、電気を操って反応速度を上げたのか、短距離走のような速さで走り去る。

 これでもう、アレックスはバックれることができるだろう。

 

「上条も帰った方がいいぞ」

 

 このままいれば他の風紀委員や警備員が来ることは確実のため、その場を去ろうとする。しかし、ここにも風紀委員は一人いるのだ。

 

「待ってください!」

 

 初春だ。

 

「何だよ……」

 

「参考人としてご同行願えますか?」

 

 これはアレックスも想定していた。対処も考えるほどの物でもないが、考えてある。

 

「任意同行だろ? 拒否する。仕事がんばれよ」

 

「アレックス、こっちだ!」

 

 当麻がすでに駆け足でこの場を離れ始めているため、その声に従ってアレックスは当麻を追って初春の視界から消えた。

 

「白井さんに怒られるかな……」

 

 そう呟く初春の腕の中で、少女はただ泣き続けた。

 

 

 

 

 アレックスは逃げるように店を出た後、いくつかの裏路地を使って現場から距離を取った。あんな場所にいても、良いことが起こらないというのは誰にでも分かる。

 そして、安心できる位置まで来た頃には、時刻はすでに四時を回ってしまっていた。無駄な時間を過ごしたとアレックスは思いつつも、あの店に立ち寄った自分の行動を呪った。

 

「アレックス、帰ろうぜ」

 

 当麻は、なぜ一緒に逃げたか自身でも勢いでとしか言えないが、あのままだと警備員のお世話になることを考えると、この選択が正解に思えた。

 

「…………ああ」

 

 それにしてもこの青年は呪われてるのか、と思いながらアレックスは彼の背を追った。




修正のために読んでると書き直したくなる
でも一万文字も書くとしたらかなり時間がかかる罠

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