朝、アレックスは起きると、固まった体をほぐすためにストレッチを始めた。
ちなみに、起きると言っても通常の睡眠ではない。取り込んだ膨大な記憶の整理である。年に直せば何百年、下手をすれば千年以上という記憶があるアレックスは、それらを必要か不必要か分ける必要があるのである。不必要な場合は隔離し、必要なものだけすぐに引き出せるようにするのだ。
昨日、帰りのSHRで小萌が今日の事で何か言っていた気がしたが、真剣に聞くつもりもなかったアレックスは学校が昼過ぎから休みということ以外は覚えていない。とにかく、そろそろ行こうかと制服に着替えた矢先、玄関のチャイムが鳴った。
「おーい、アレックスいるか?」
声から当麻と察したアレックスは手の甲を肩に当て、背負うように鞄を持った。
「今行く」
靴は室内でも履いているので、そのままドアを開けた。
「アレックス、行こうぜ」
「早くしないと置いてくぜーい」
そこには当麻の他に、元春もいた。
アレックスは約束した覚えもないのに二人がいたことに驚いたが、彼らはそういう性格なのだろうと納得した。
「待ったか?」
「いや、カミやんのほうが遥かに遅かったにゃー」
そう言いながら、元春はニヤついた顔で当麻を見た。
「いやいや、上条さんにも理由がありましてね」
当麻は何かにうんざりしたように言った。
その顔があまりにもやつれていたが、アレックスも元春も何も突っ込まなかった。アレックスは自分には関係ないと考え、元春はいつものことだと思ったのである。
「さあ、今日は能力テストで半日だにゃー!」
元春は、待ってましたとばかりに言った。アレックスはそれを聞いて、昨日のSHRはそれだったのかと納得した。
「よし、早く行くにゃー!ビリは昼食おごりにゃー」
元春はそう言うと、すさまじい勢いでエレベーターのドアを閉め、一人で降りてしまった。
「土御門! 階段か、エレベーターを待つか……」
「上条、先行くぞ」
当麻は急ぐ辺り元春の提案に乗り気なようなので、アレックスは当麻におごってもらうことにした。
現在、アレックスは一文無しなのだ。
「え? 先って、階段か?」
「いや」
アレックスは手すりを越えると、七階から飛び降りた。
「アレックス!?」
頭上から当麻の困惑する声を聞きながら、アレックスは着地した。コンクリートが大きくへこむ。
これくらいなら自動再生の能力という説明で済むだろうと、アレックスはレベル3にハイレベルな再生を期待していた。超能力というのはかなり強いものだ、と情報がほとんどないアレックスは少々誤解しているのである。そして、ウィルスに感染してからはヘリに追われて、または追って、何十階から飛び降りることも日常茶飯事だったため、多少感覚が麻痺しているようである。
「じゃあな」
アレックスは呆然とする当麻に軽く手を振ると、一般的な人間の短距離走の速さで走り始めた。
残された当麻はというと、元春が視界に入るまでそのばで口を開いていた。
「指定された場所に、移動するのでーす!」
SHRでの詳細説明後、生徒はそれぞれの該当する能力の場所へ移動していた。廊下では教員や、手の空いている生徒が誘導を行っている。
アレックスは自動再生の場所である、保健室へと元春と共に向かっていた。
「カミやんに聞いたんだぜーい! 七階から飛び降りたのかにゃー?」
そして、元春はさっきからこれである。アレックスは教室で当麻に大丈夫か聞かれたが、なんとか自動再生ということで済まえておいた。しかし、本物の自動再生の能力者である元春はそうはいかなかったようだ。
アレックスはレベル3でもあの行動は無理ということに元春の執拗な態度によって気が付かされ、意外にも自動再生の再生力は弱いのだと知らされるのである。
「ああ、飛び降りた。だが、階ごとに止まったから何も問題はない」
アレックスは息をするように、いたって普通の様子で嘘を吐く。しかし。
「コンクリートにヒビが入ってたから、言い訳は無駄にゃー。さあ、本当の能力か、レベルを言うにゃー」
とうとう、元春は探りを入れ始めた。その表情はどことなく真剣だ。
そして二人は保健室の前に着き、アレックスが前になるように列に並んだ。
アレックスは本当の事を言うわけにもいかず、かといって逃げることも、口封じをすることもできない。アレックスは悩みに悩んだが、言わない以外は思い付かなかった。
「俺の能力は自動再生だ。昨日も言っただろう」
そう言った途端、元春の表情がすっと緩んだ。
「……仕方ないにゃー。青ピも言わないからにゃー」
アレックスは、探りまで入れて来た元春がここで引くのに不信感を感じた。そしてアレックスが話題を変えようと口を開くと。
「アレックス・マーサー君、早くしてほしいんだけど」
すると、さっきから呼んでいたのか飄々とした女子生徒が、待ちくたびれたといった様子でアレックスを保健室のドアを中から開けて呼んだ。
「順番だにゃー」
そして、元春がアレックスの背中を押した。アレックスはそれに従い、保健室の中へ入った。
「さて、アレックス君だね。この椅子に座って」
アレックスが中に入ると、向かい合うように置かれた椅子に先ほどの生徒が座っていた。
「ああ。テストは何をするんだ?」
アレックスは言われるままに椅子に座ると、は椅子の側には記録用の紙の置かれた机しかないことに疑問を感じた。本来なら使われそうな機材は、全てベッドの横に置かれていた。
アレックスとしては高レベルの能力者の基準を話の流れで聞き、それよりも下に調整するつもりだったのだ。それを聞きださなければ、下手にテストを受けられない。
「君はレベル3だけど?」
測ってもないのにレベルを言う彼女に、アレックスは疑問を感じた。
「…………どうやって測ったんだ?」
いたって普通の反応。誰でもしてもないテストの結果を言われれば、それに疑問を感じるだろう。科学者であるなら尚更だ。
「あのね、アレックス・マーサーはレベル3って言われてるのよ」
「……誰に言われた?」
うんざりしたといった様子でいう彼女にアレックスは問う。
アレックスはビーカーの人間だろうと、大体の予想は付いているが。
「わざわざ統轄理事長って言えばいいの?」
その名前を聞いた瞬間、アレックスは安堵した。具体的には、この高校にもビーカーの人間の手の者が目の前にいる。
つまり、監視されている、という事だ。アレックスは監視される事は嫌いだが、自分の事情を知っている相手が自分を放っておくわけがないと思っている。そして今、見つけれたことによりアレックスは多少だが、動きやすくなった。
「そういうわけ。だから、君もちゃんとバレないようにして欲しいんだけど…………朝の事とかね」
どうやら、お見通しのようだ。アレックスの動きやすくなったというのは気のせいかもしれない。
「さて、そろそろ頃合いかな?もう出てもいいけど?」
アレックスは意外に早いと思いつつも、機材が優秀なのだろうと思うことにした。
アレックスが出口と紙の貼られたドアに手をかけると、
「ああ、そうそう。今からここに行くように」
そう言いながら女子生徒は畳まれた地図を器用に投げてきた。アレックスがそれを開けると、銀行に赤く丸がしてあった。
「預金下ろすならそこ」
恐らく、関係者がいるのだとアレックスは判断した。
「ああ、分かった」
何か指示があるのだろうか、などとアレックスは考えつつ、今度こそアレックスはドアを開け、保健室を後にした。
その後元春に会うも、さっきの女子生徒にレベルを聞いたようで納得いかなそうな表情をしていた。当麻はレベル3と聞いた途端、同じ能力である元春へ羨望の眼差しを向けた。どうやら、当麻の中で自動再生は七階から飛び降りても大丈夫な、かなり便利な能力に認定されたらしい。
ちなみに、青ピは頑なに自分の結果を言おうとしなかったのだが、それはいつものことらしい。
そして、アレックスは一度帰宅していつもの服に着替えた後、指定された銀行に来たが、シャッターが閉まっていた。閉まっているとなれば定休日かと思うのだが、今日は平日である。
だが、閉まっているのは仕方ないので帰ろうかと背を向けて道路を渡り切ったところで、アレックスの耳が、何度となく聞いた激しい爆発音を捉えた。
「あ?」
アレックスが振り向くと、銀行はシャッターが破壊され、内部から黒煙が吹き出していた。
「いけませんわ、お姉様。学園都市の治安維持は、わたくしたち風紀委員の仕事。今度こそお行儀よくしていてくださいね」
今度は少し後ろから、声色が多少老けた少女の声が聞こえた。そちらを向くと、ツインテールの少女の後ろには腰当たりの高さのある柵を挟んで女子生徒が三名おり、頭に花飾りを着けた生徒が無線らしきものをしている。
「何かあったのか?」
アレックスはツインテールの少女に聞いた。
「銀行強盗ですの、あなたは避難を────」
ツインテールの少女が警告している最中に、アレックスの背中に炎が直撃し、爆発。そのまま黒煙に包まれてしまった。
「なっ!? 初春、頼みますの!」
そう言うと、ツインテールの少女は姿を消した。
仮にもシャッターを吹き飛ばした炎だ、まともに当たった人間が無事ということはないだろう。
「はい!」
呆然としていた初春と呼ばれた少女が、焦りぎみに黒煙の中に入るため柵を乗り越えようとした。が、あり得ない光景が目に飛び込んできた。
「いきなり何しやがる……」
服に付いた多少の焦げを除き、アレックスが黒煙から歩いて出てきたのである。
「あ、あの、大丈夫ですか?」
初春は戸惑いながらも、アレックスに話しかけた。
「ああ、大丈夫だ。…………で、あそこの三人が今のをやったんだよな?」
アレックスは青白い額に青筋を浮かべながら、ツインテールの少女が退治している三人──一人はすでに倒れているが、男に指を指した。
「え!? は、はい!」
青筋を浮かべたアレックスに気圧されながら、初春は答えた。
「よし…………」
アレックスはそう言うと、三人のところへ走り出した。アレックスの立っていた場所には、半分になった、焼け焦げた預金通帳が残された。
「なんの音ですの?」
ツインテールの少女の目の前にいる髪を逆立たせた男が左手を胸の前に上げ、見せびらかすように炎を出した途端、初春たちのいた方向からコンクリートが砕ける音が迫ってくるのに気づく。ツインテールの少女がそちらに目をやると、明らかに人間を越えた速度でこちらへ走ってくるアレックスがいた。
「炎……お前か!」
悪鬼のような表情のアレックスは髪を逆立たせた男の右側で止まった。アレックスは走った勢いのまま蹴りたかったが、それだと殺してしまうのでなんとか踏みとどまり…………左手で首を掴んで持ち上げた。
「ぐ、が…………!」
いきなり持ち上げられたため、何が起こったか分からない男だが、アレックスが自分を殺せることは理解した。彼にそのつもりはないとはいえ、窒息はすさまじい苦痛が生じる。
しかし、幸いにもツインテールの少女が彼を救うことになった。
「まさか、殺すつもりですの?」
ツインテールの少女は、アレックスに太ももに付けた金属製のダーツの矢を向けながら言う。アレックスはそれぐらいの道具で何をするのかと思ったが、さすがに殺すつもりではないので口を開いた。
「殺すつもりはない、気絶だけだ。当たり前だろ」
アレックスはそう言いながら、男を掴む手を放す。放された男は荒い呼吸をしながら腹這いに倒れるも、その手に炎を出現させた。
「おい、何してんだ?」
アレックスはそれに気づき、男の目の前の地面を思いきり踏みつけた。アレックスは自身の質量は変えてないが、それでもコンクリートがクラッカーのように砕ける。
その破片を顔面に受けた男は悶え、痛みで演算が狂ったのか手のひらの炎が爆発。彼の掌を焦がし、更に大きな叫び声を上げる。
「……まぁまぁ、後はお任せくださいまし」
ツインテールの少女はそれを見て、一瞬どちらが悪役か分からなくなった。
アレックスが少女の言葉を聞いて少女へ顔を向けると、両手にダーツを何本も持っていた。
「それで何する気だ……?」
「こうしますのよ!」
ツインテールの少女がそう言うと同時に彼女の手からダーツが次々と消え、腹這いに倒れた男の服とコンクリートを縫い付けた。
「テ、テレポーター!?」
男が震える声で言った。しかし、この男もテレポーターと生物兵器に会うとは、同情されそうな不運である。
「抵抗するなら。次はこれを、体内にテレポートさせますわよ?」
「なら、関節を狙ってくれ。できれば膝をな」
本当に同情してしまう不運である。
「動けなさそうだな。さあて、どうしてやろうか…………。なぜ、俺に炎を放った?」
悪魔のような笑みを浮かべながらアレックスは言った。誰だって通帳が燃やされれば怒るだろう。
「あ、あれは、あいつが指示したんだ!」
「あいつ?」
アレックスは、ツインテールの少女が倒した、太った男の腕に足をのせた。
「そいつじゃない!もう一人の──」
「離して!」
アレックスに、少女が叫ぶ声が聞こえた。そちらを見ると、男が叫んだであろう少女を蹴った瞬間だった。
「…………あいつか?」
アレックスはツインテールの少女が何か話しているが、それを気にせずに腹這いの男を睨みながら言った。
「…………はい」
「手、出させてもらうよ」
男の返事と同時に、アレックスの背後、銀行の前辺りからまた別の少女の声がした。
「ツインテール、俺もやるからな」
アレックスはそう言うと、振り向いてショートカットの少女の所へ早足で向かった。
「何よあんた?邪魔しないで」
「邪魔にならないなら、いいだろ?」
アレックスはいきなり文句を言われたが、そんなのは気にならないとばかりに提案を押し付ける。
「……勝手にすれば」
ショートカットの少女も、目の前でUターンをする車、その中の男が最優先で倒したいらしい。
ショートカットの少女がポケットからコインを出したのを見て、アレックスは今は静観して後手に回ることにした。
「轢きに来るみたいだな」
「そうね」
五十メートルほどだろうか、そこであの男の車はエンジンを回しながらも止まっている。
そして、少女がコインををトスした途端、車は唸りを上げた。
車は全力で踏まれたアクセルに従い、その鉄の巨体をアレックスと少女に向けて進ませた。
そして、コインは再び少女の手に戻り、青い光を纏った親指で弾かれるのと共に、光の線になった。
線は轟音を纏いながら触れてもいないのに道路を削り、その破片や埃を舞い上がらせると、こちらへ向かってくる車の真下へと突き刺さった。その風圧で車は紙切れのように宙を舞い、少女の頭上を通りすぎた。
そして、車は二人の背後の道路へとバンパーから突き刺さると、裏側を見せつけるようにゴシャンと音を立てて倒れる。
コインを放った少女は、まだ気がすんでないというようにしかめっ面をしながら乱れた髪を払った。
「…………死んだか?」
アレックスはそう思い、車まで歩み寄ると、歪んだドアに手を掛ける。そして、力任せに引きちぎると、乱暴な手つきで男を引きずり出した。
「おい、大丈夫か?」
「だ、大丈夫だ」
「怪我は……浅いな」
引きずり出された男は意外に元気で、目立つ傷は頭部の浅い裂傷ぐらい。これは癪だ、そう思ったアレックスは右腕を振り上げる。
「じゃあ、今からは俺の分だ」
そう言うと、唖然とする男の腕にアレックスは腕を振り下ろした。
その後、アレックスはツインテールの少女にも捕まり、風紀委員の支部に連行された。そして、風紀委員であるツインテールの少女と、事務机を挟んで座っている。
「で、あなたは通帳を燃やされたのが頭に来て、先ほどの行為に及んだということですの?」
「いや、どちらかというとアイツが子供を庇った子を蹴ったのが我慢ならなかったんだ」
「……本当ですの?」
事実は、アレックスは通帳を燃やされたことや炎を受けたことに腹を立てただけである。ロングヘアーの少女が蹴られた時も、指示した奴を見つけれた喜び以外に感情は動かなかった。
「確かにアレは頭に来るでしょうが……」
ツインテールの少女はそう言いながら事務机に置かれている、同僚の少女が拾った半分になった預金通帳に視線を移した。
極めて特殊なケースゆえに、ツインテールの少女も困惑しているようだ。
「出ました、白井さん。自動再生のレベル3で間違いありません」
初春と呼ばれていた少女が、アレックスの顔写真の入った紙を持ってきた。恐らく、パソコンからプリンターで出したのだろう。
「それはどこで調べたんだ?」
アレックスが怪しむように言うと、白井と呼ばれた少女はえらく驚いたようだ。
「書庫をご存じないので?説明するとすれば、能力者の図鑑のようなものですの」
要は、能力者は登録されているらしい。学園都市も管理はきちんとするようだ。
「風紀委員や│警備員《アンチスキル》は知っているというのに…………その様子では能力の名称も分類も、あまり知らないのではありませんの?」
「別にどうでもいいだろ……」
追い込むような白井に、アレックスはうんざりしたように言った。
「ちゃんと、留学生として来たんだ。それに、もう夕方だ。帰らせてくれてもいいだろ?」
そう言うアレックスの視線には、オレンジ色に染まる空があった。
「ただいまー」
その時、眼鏡を掛けた、スタイルのいい女性が支部のドアを開けた。
「あれ?白井さん、この人は?」
その女性の視界にアレックスが入ったのか、白井に軽く尋ねた。
「不審者ですの」
「おい」
頭を押さえて言う白井に、アレックスは多少の苛立ちを覚えた。
しかし、この夏場に長袖のパーカーに長ズボンのアレックスは充分に不審者である。
「喧嘩でもしてたの?」
「いいえ、先ほどの強盗事件に、ちょっかいを出しましたの」
白井がそう言った途端、眼鏡の女性がアレックスを睨んだ。
「銀行の中にいたの?」
「もう話した。聞けばいいだろ?」
アレックスの言葉を聞き、眼鏡の女性が眉をひそめる。しかし、彼は何処吹く風といった様子でツインテールの少女を指す言葉を述べる。
しばらくアレックスを見ていた彼女だが、諦めたのかその顔の向きを変えた。
「いいえ。外にいましたが、発火能力者の炎を直撃して、その拍子に燃えたようですの」
「直撃!? あなた大丈夫なの?」
アレックスに変わり、眼鏡の女性に答えた白井の言葉を聞いた女性は、ひどく驚いた様子で問う。
「彼が言うには自動再生のレベル3だから、だそうですわよ」
アレックスは、いつになれば帰れるかと思いながら窓の外を見ていた。
「レベル3……?4の間違いじゃないの?」
「いいえ。それどころか、彼は道路にヒビを入れながら高速で走るわ、道路を踏み砕くわ、車のドアをもぎ取るわ……。自動再生ということ自体が怪しいんですの」
アレックスは逃げた方がよさそうな予感がするも、ダーツをテレポートさせた彼女の近くに通帳があるためそうはいかない。
その上、アレックスの個人情報はすでに知られている。怪力も見せてしまったため、テストで手を抜いているということで通るかと思い始めたが、自動再生は機械で基礎代謝などを測るようなので思い止まった。
「そうか、俺は帰る。道路を抉って車を十メートル以上も吹っ飛ばした奴に処分がないみたいだから、俺も帰るぞ」
最終的に、無理矢理でも帰るに決定された。
アレックスがそう言うと、白井は通帳に手を伸ばした。手を伸ばしたということは、触れずにテレポートさせるのは無理らしい。
アレックスは自身の筋肉をバネのように使うと、白井が取る前に掠め取った。そして、そのまま机を踏み台に、出口へと歩く。
「お姉様!」
アレックスの後ろから、白井が誰かを呼んだ。すると、ドアが開き、車を吹き飛ばしたショートカットの少女が入ってきた。
「逃げてんじゃないわよ!」
その声と共に電撃が正面からアレックスに直撃し、その動きが止まった。銃弾程度なら避けれるアレックスも、さすがに雷は避けられない。
そして、力の抜けたアレックスが倒れようと前のめりになった瞬間、その右足が力強く前に進んだ。
「なっ!?」
ショートカットの少女は驚愕した。炎を直撃してもなんともなかったアレックスの肉体の構造を警戒し、普通の人間を気絶させる時の二倍ほどの電撃を放って直撃させたのである。
それにも関わらず、アレックスの硬直は一瞬であった。普通なら、脳の電気信号が電流によって乱れる筈である。
「どいてくれ」
アレックスはそう言うと、ドアをふさぐように立ち続ける少女の真横をすり抜けて下へと向かった。
「追いかけますの?」
白井が眼鏡の女性に言うと、
「……いいえ、彼の能力が何かは職務上は関係ないしね。下手に追いかけない方がいいわ」
眼鏡の女性はそう言うと、冷蔵庫のドアを開ける。
「あれ、もしかしてこれ……」
アレックスから飛んだ電気によって、ほとんどの電化製品がお亡くなりになったのは言うまでもない。