学園都市というのは広いようで狭い。何かしていると知り合いに遭遇するというのは日常茶飯事だ。
例えば、ちょっと息抜きにファミレスに入れば知り合いがいたりだとか。
「何であんたがここにいるのよ」
店員に案内されてテーブル席へ向かえばその隣の席の者かけられた声。その主を知るアレックスは思わずため息を吐いた。御坂美琴だ。
一方通行の実験による死体を処理し、口直しにとファミレスに寄れば死体と同じ顔の少女が好戦的に話しかけてくるのだ。
こんなことで搖らぐメンタルを持つアレックスではないが、いい気分ではない。そして、ファミレスだというのに"何をしに来た"などという問いにわざわざ応えるのも馬鹿馬鹿しいにもほどがある。
「悪い。用事を思い出した」
席に座ることもない。アレックスは店員に一言謝罪を告げると、背を向けて店を出ようとした。
が、それを止めたのは美琴の向かいに座る少女だった。
「ちょっと御坂さん。そんな喧嘩腰にならなくてもいいじゃないですか」
佐天涙子。アレックスが思うに意外とまともな部類の少女である。
学園都市の超能力。その仕組みの関係上、まともであるからこそ能力がないと言うべきか。
「まあ、佐天さんがそう言うのなら……」
御坂はそう言い、アレックスを見ながらやや不満そうに腰を降ろした。
この反応からして実験のことは知らないのだろうが、このまま彼女が知らないままで終わるのだろうか。などと考えていると。
「マーサーさん、良かったらいっしょにどうですか?」
と、躊躇い混じりの声がかかった。
誘ったのは佐天涙子だ。アレックスは彼女を見、別にいいと断ろうとする。それを遮るように佐天は言った。眉尻を降ろし、困ったような顔をしながら。
「ほ、ほら。どうせ食べるなら人数多いほうがいいじゃないですか」
彼女の言葉に不満気なレベル5の美琴とそれを受けても無表情でロシア系の堀りの深い顔立ちをしたアレックス。どちらも佐天にとっては十分に恐ろしいものだった。
だが、それよりも彼女は仲をうまく取り持つことを選んだ。それは打算など無しの彼女の性格であろう。
「そうだな。そうさせてもらう」
アレックスはこちらを見る美琴に一瞥をくれてから彼女の隣に座った。さすがに隣に座っていれば大人しいだろうと高を括ってだ。
そしてパフェを食べている二人を尻目にウェイトレスに日替わりのランチを頼むと、本格的に美琴が嫌そうな反応をした。
「今日はあの二人は風紀委員か?」
「ええ、初春と白井さんはまだ忙しいって言ってましたね。あの事件の後ですから」
あの事件。その言葉で真っ先に思いつくのは今朝のニュースで見た一件である。
「
「そうよ。終わったっていうのに黒子たちは呼び出しを受けてたわ」
美琴を視界に入れないようにしていたのだが、声がかかったのはそちらからだった。
佐天の誘いに乗りながら邪険に無視を決め込むというのは大人げない。
「仕組みはある程度推測できてるんだが、幻想御手っていうのはレベル5が使ったらどうなったんだ。レベル6になれたのか?」
なので、純粋な興味の質問を振った。幻想御手というのは音楽で脳波を一人の者に変化させるということだったらしい。はっきりとは言えないが、開発者の脳波に合わさせたのだろう。使用者のレベルが上がるなどというのは脳波が合わさったことによる分散処理の結果にすぎないのかもしれない。開発者は『多重能力者』にでもなりたかったのではないだろうか。
美琴は常々力試しをしたいと、はてや当麻にも挑んでいたという。その彼女なら少しはレベル6について考えたことはあるだろう。
「レベル6ねえ。確かに演算をもっと増やせればって思うけど、幻想御手はね……。
だいたいレベル5っていうのが人間個人の限界って位置づけらしいから、現状私はレベル5で満足よ」
人間の限界。なら、自分には超えられるのだろうか。確かに自分はいくつもの脳を吸収することで掌握しているが、それはいくつものUSBメモリに近い。
一つ一つに能力を使わせて|多重能力者(デュアルスキル)とすることはできるが、全ての脳に一つの能力を処理させるというのは試していない。能力者の脳を殆ど得ておらず、たかが十人たらずに並列処理させてもたかが知れているからだ。
「ちょっと。使ってくれれば良かったのにとか思ってないでしょうね?」
「ああ、そうだな。
で、佐天はどうだったんだ?」
美琴の声を無視し、アレックスは聞いた。
どうして手を出さなかったのかと。なんせ事件は昨日終結し、昏睡状態だった者も昨日目覚めたのだから。
だが、彼の予想に反して佐天は目を逸らし、頬を指で掻きながら言った。
「あ、いや。私は今日退院してですね……。まあ、能力は幻想御手のお陰で使えましたよ、レベル1程度でしたけど」
無理をして笑みを浮かべる佐天と、何を言いたいかハッキリと分かる目線を横目で向けてくる美琴。失言だったと察したアレックスは、頭を巡らせて慣れぬ気を使った言葉を考えた。
「使えたのなら可能性はあるんじゃないか? もっと効率化できるってことだ」
それに、使う感覚も分かっただろうと言い、すっかりグラスに水滴が付いたお冷を飲んだ。
「でも、私レベル0なんですよ? レベル0はどれだけ頑張ってもレベルなんて上がらないんです」
「それは通例だろ。お前は一度使った。今まで研究されてきたような、ただのレベル0じゃない」
もっとも、このようなケースは表に出ていないだけかもしれないが。
「ですけど……」
佐天は完全にアレックスから視線を外した。それを受けて、ふとアレックスも我に変える。
全然軽い話題では無くなってしまったと。そして自分は研究者のつもりで話していたが、彼女からすればそうでは無かったのだろう。
「あー。まあ、結局は自分の問題だ。気があるのなら記憶を追体験させる能力者にでも頼めばいい」
丁度そう言ったところで料理が運ばれてきた。
それを機会に話題を今度こそ他愛のないことにすり替えられたのは、まさに幸運以外の何者でもなかった。
佐天や美琴と別れた後、アレックスは小萌の元へと向かった。とりあえずの事後報告である。
すっかり慣れた入り組んだ路地を歩き、ボロいアパートのドアの前へと辿り着く。ブザーを押しても音は鳴らず、ドアを強めに叩けばその外見に不釣合いな重厚な金属音が響いた。
「はいはーい」
聞こえてきたのは幼い声。そして覗き穴の向こうに影が映ったかと思えば、間髪入れずにドアが開いた。
「アレックスちゃん!」
「…………マーサーでいい」
光の加減でピンクがかって見える髪にも慣れてしまったが、この語呂の悪い呼び方には慣れないアレックスである。
「その言い方はちょっと失礼ですねー。"です"ですよ」
失礼です、と日本語に慣れていないのだろうと気を使われた。違和感とむず痒さが抑えきれず、アレックスは思わず後頭部を掻いた。
「小萌、先生。当麻のことなんだ―――」
「"です・ます"、ですよ。敬語は難しいですけどせっかくなんで覚えましょう」
「……ですが。問題なく終わりました。なので、できれば深く聞かないでください」
小萌の指示に従いつつも、ある程度の不慣れさを感じせるようにアレックスは言った。来たばかりの留学生なのだから。
こんなお人好しの教師などアレックス・マーサーのハイスクール生活には覚えがなかった。否、良い教師はいたのかもしれないが彼の性格がそうさせなかったのだろう。
「はい、よくできました! 上条ちゃんのことは心配ですが、アレックスちゃんが言うならホントに大丈夫なんでしょうね」
笑顔で言う小萌。アレックスがむず痒さの次に感じたのは困惑であった。
「俺が言うなら、っていうのはどういう意味で?」
「え? ああ、ごめんなさい」
やってしまった、と彼女は舌を出して言う。
「アレックスちゃんを信用してるってことですよ」
頭を撃ち抜かれたような衝撃った。
次の言葉を思考の停止した必死に作る。支離滅裂にならないかだけ気にしながら。
「…………上条と一緒にいたあの娘。今日はこっちで預かってるんだ、そろそろ帰る」
「夕飯一緒に食べてきますか?」
「大丈夫だ、です。もう作ってあるから」
まるで叱られる子供のような怯え方だ。もしかしたら小萌はそう思ったかもしれない。
どう帰ったかは分からない。気がつけば自室のシャワーを浴びていた。パイプを通る内に暖められた冷水が熱い肌の上を滴り落ち、排水口へと一つの流れとして吸い込まれる。
「アレックス・マーサーめ」
彼女は自分の本性を知ったわけではない。小萌は生徒としての、ただの留学生であるアレックスを信じている。アレックス・マーサーを、数百万の人間を殺したウィルスの人格など誰が信用するものか。自分は彼女を騙しているのだ。
その上で、アレックスの中の人間らしい部分はひどく感激を覚えていた。
シャワーの栓を固く締めた。そして室内を見回せば、女物のシャンプーなどが増えている。また淡希が持ち込んだのだろう。
「おい、淡希!」
思考を切り替えよう。アレックスは服を纏いながら曇りガラスの入ったドアを開けた。
気配とテレビの音でいるのは分かっている。顔を出せば、すぐにポテトチップスをつまみながら芸能番組を見る彼女がいた。
「何よ?」
同時に目に入ったのは、増えた小物や食器。そしてフライパンやカップラーメンなどだ。
「お前、ここに住む気か?」
「あの寮はいろいろ煩いのよ。あのビルもこっちの方が近いんだし便利いいの」
相も変わらず悪びれる素振りがないガキだ。
冷蔵庫へと向かってみる。中身はどうなっているやら。
「妙な風邪引いても責任は取らないぞ。能力も強いし、死んだら死体はいただくからな」
「はいはい。あんたから病気もらわないように気をつけるわよ」
「どっかからもう貰ってるだろソッチは。治さないとそれ以上貰いようないだろ」
扉を開ければ訳の分からないジュースがいくつかと、まともなものがある程度あった。
まともな方の二本、オレンジ色をしたフルーツジュースを手に取りテーブルに向かった
「殺すわよ?」
「やってみろよ」
淡希はバリバリとポテチの袋を口を摘んで大きく開げた。そして、アレックスが横に置いたジュースを取る。アレックスは三枚いっしょにポテチを取って口に運んだ。
「おい、何味だこれ」
「ゼリー味よ」
手が止まったアレックスを尻目に淡希は黙々と食べていた。ゼリー味というだけで何ゼリーといったわけでもない味のポテトチップスを。
「つまりゼラチン味だろ……」
蓋を開けていないジュースを冷蔵庫に戻し、コーヒーを入れにコンロへと向かうアレックスであった。
いろいろ甘かったかも
できることなら戦闘したかったけど休憩