とある科学の生物兵器   作:洗剤@ハーメルン

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久々ということあって短めです


七月二十五日

 上条当麻を病院に送り届けると、魔術師もインデックスを彼に任せて去った。無責任極まりないようであるが、魔術での事後処理を行った上で謝礼金か迷惑金か分からぬものも決して少なくない額を渡された。上条はその入院費を差し引いてもおつりがくる額だ。

 上条をアレックスは腕が学園都市一――死人も生き返らせるとも噂される医者に預けた。アレックスが診る限り致命的な怪我は無かったうえ、魔術師が見ても呪いの類はないということだったからだ。

 本当に大丈夫かは彼が目覚めてからでないと分からないが、アレックスは付きっきりでいてやるほど暇ではない。今回は夜通し実験が行われるということだったので、夜が明けるまでそちらにかかりっきりとなっていた。その詳細に関しては特に問題もなかったので割愛する。

 問題はその後。まだ気温も上がっていないような時間に、アレイスターに呼び出されたのだ。

 

 

 

 何度来ても陰気くさい、実験室のような見た目の部屋。アレイスターの居る、窓の無いビルの一室である。

 憮然としてビーカーの中に浮かぶヒト。それを目の前に、アレックスはうんざりしているといった感情を隠そうともせずにいた。

 呼ばれたのが昨日の今日。アレイスターの性格を顧みるに、この呼び出しは嫌な物としか言いようがないのだ。

 

「で、用はなんだ?」

 

 そう問うと。

 

「もちろん、昨晩のことについてだ」

 

 と、ほぼ予想通りの返答が返ってきた。

 アレックスは溜め息こそつかぬものの、眉をひそめて言葉を発する。

 

「何も問題はなかっただろ?

 準備にも万全の注意を払った。この問題は、誰も知らないはずだ」

 

 魔術師とも協力してもらい、事の隠蔽については尽力を尽くした。

 当麻の容体が不明ではあるが、それを除けば順風満帆に終わったはずだ。

 

「ああ、君はよくやってくれたよ。魔術師がこの都市に絡んできたというのには私も困惑したが、事を荒立てずに収めてくれたのはありがたい」

 

 白々しい。そう思いながらも、アレックスは黙って聞く。

 長話をしたくないという理由以上に、この人物と話していたくない。アレイスターは人にもの隠して謀をする者というのは確定のようなものなので、目の前にいられるだけでも無性に腹が立つ。

 今も利用されているというのは明白であるが、マンハッタンで様々な人物に散々利用されたからこそである。

 

「――――だが、少々不手際もあったようだ」

 

 その一言で、アレックスの眉が不機嫌に動いた。

 そう、問題の解決は滞りなく終わったのだが、その過程で。

 

「上条当麻。彼の容体を知っているかね?」

 

 昨夜、頭部への負傷で意識を失った上条当麻。彼を病院に送り届けたのはアレックスだ。

 よって、彼の容体も、大まかには知っている。止血はアレックスが行ったため、CTなどを即座に取ってわかっていたのだ。

 

「ああ。脳の、海馬の一部の細胞が死滅していた。

 それも分解されるだろうということで命に別状はないということだが、きっと記憶関連の機能やすでにある記憶には障害が出ることだろう」

 

「私もそう聞いているよ。

 ――――しかし、これはあまりにも大きな失態でないかね? 私は君に彼の身の安全を任せていたと思うのだが」

 

 言葉とは裏腹にアレイスターの顔に浮かぶのは不敵な笑み。相手の手綱を掴んでいると考えながら浮かべるような、嘗め腐った笑み。

それを目にしつつも、アレックスは淡々と答える。

 

「わざとらしい。

 確かに俺の聞き方も甘かったと思うが、お前ならあの魔術程度どうにかできたんじゃないのか?

魔術師にアレイスター・クロウリーについて聞けば腐るほど話が出て来たぞ」

 

「ああ、稀代の大魔術師のアレイスター・クロウリーの事を言っているのか。彼と私は別人で――――」

 

「俺の前でよくそんなことが言えるな。嫌味か?」

 

 アレックスが苛立ちを隠せずに睨みつけると、アレイスターが嘲笑うような笑みを浮かべた気がした。

 食い殺してやろうか、と本気で殺意が湧いてくる。

 

「君が何を言おうと私は別人なのだよ。君が別人であるのと同じように」

 

 つまるところ、同一人物のようなものである。この男と話していると苛立ちが増すばかりだ。

舌打ちをし、無表情を崩し、あからさまに不満を表しながらアレックスは口を開いた。

 

「俺に非は確かにあったがお前はそれを完全に防げた。防がなかったのはそれがお前の計画だったからだろう?

その上何かを要求するってんなら、こっちにだって考えはある」

 

 そう言うと、アレイスターは抑揚のない声色で。

 

「それは困るな。この街はまだ必要でね」

 

 と、本気かどうかも分からないことを言う。

街よりも必要不可欠そうなビーカーを砕いてやろうか、などという考えが脳裏をよぎった。

 

「どうだか……。お前のタチの悪さは見ればわかる」

 

「ああ、私も分かっているとも。

 それに、言われずとも限度は弁えているつもりだ。誤った命令がいかないことを祈るよ。そうなれば私には止めようがないからね」

 

 完全に嘗めている煽るような言葉。それを耳に入れつつも、アレックスは冷静に答えた。

 

「ああ、そっちも気を付けてくれ。誰にでもうっかりはある」

 

 アレックスがそう告げると、しばしの沈黙が生まれた。

 もう、アレイスターに用はない。そう判断したアレックスはかける言葉も無いという具合に、声一つかけることなくビーカーに背を向けて歩き出す。

 

「くれぐれも気をつけてくれたまえ」

 

 逆さに浮いた薄ら笑いを浮かべた顔を見ていると、無性に腹が立ってくる。その相手が明らかな権力者で、こちらを見下し、利用しようと目論んでいるのが分かっているのならなおさらだ。用が済んでいるのなら、長居する理由は皆無であった。

 

 

 

 

 

 夏の昼の日差し。炎天下。それとは対照的な白い建物の中にアレックスは足を運んだ。

 自動ドアをくぐって空調の効いた室内に入り、老人がいないせいかほとんど人のいない受付を素通りして目的の病室を目指す。言わずもがな、昨晩に病院に担ぎ込んだ上条当麻の個室にだ。

 もし本人が入院するのであれば迷わず入品費の安い相部屋であっただろうが、アレックスはこうなった経緯を加味して個室をとった。その方がいろいろと便利であり、金銭的な問題などそれに比べれば安いものだ。

 それも、二人には魔術師からの謝礼金と口止め金を兼ねたような、そこそこ分厚い封筒が渡されたからでもある。

 

「入るぞ」

 

 軽くノックをしてドアを開けると、真っ白な人影がシーツに同化するかのようにベッドの手前に座っていた。

 上条も目を覚まし、上体を起こして彼女と談笑しているところのようだ。

 

「よう、大丈夫――」

 

「アレックス!」

 

 

 そうアレックスが口にするや、インデックスが真っ先にアレックスの名を呼んだ。喜色を隠そうともせず、心底幸せそうに彼に駆け寄った。

 とはいえ、それとは対照的に睨むような無表情であるのがアレックスであるのだが、彼女は会って間もないとはいえそれに慣れたらしい。

 

「調子はどうだインデックス」

 

「すっかりよくなったよ! ありがとう!!」

 

 無言で見下ろしながら問うアレックスと、無邪気に笑うインデックス。

 その差が無性におかしく思ったのか、アレックスが視界の隅にとらえた彼はひどく困惑した表情をしていた。まるで、突如現れたアレックスを初めて見るかのような。

 

「元気そうならそれでいい」

 

 そう言うと、インデックスはわかりやすい笑みを浮かべて見せた。

 アレックスはそれを見て、少し、ほんの少しだけ口角が上がりそうになってしまう。インデックスの神に仕えるの理想像らしい純粋無垢さに少し当てられたと言ってもいい。

 だがしかし、そこでも上がる口角を『アレックス・マーサー』の人間不信さは押しつぶしてしまい、結局は無表情のまま彼女の脇を通り過ぎるのだが。

 

「上条、どうだ。大丈夫そうか?」

 

 そう問いかけると、上条の目がわずかに泳いだ。アレックスが彼と初めて話した時を思い出させる。

 腹立たしい。だが、アレイスターの言うことは本当のようだ。

 

「ああ、俺も――――」

 

「そうだ、インデックス」

 

 アレックスは上条が返事をする直前、インデックスに向き直った。

 

「腹減ってないか?」

 

「当麻がなかなか起きなかったせいでペコペコだよ!」

 

「そうか。じゃあこれで食ってこい、上条の退院祝いだ」

 

 いい加減にインデックスをあしらうために、適当に五千円札を渡すと彼女はそれを両手で掲げ。

 

「ありがとうアレックス!」

 

 と、先ほどとは打って変わった食欲まみれの顔で礼を言うと、嵐のように病室を去って行った。

 ドアを開け放して出ていったが、病院のドアはしっかりと止めないとゆっくりと閉じるので問題はないか。

 

「なんというか……」

 

 しかし、なんとも言葉が見つからない。変わった少女である、インデックスは。決して悪い意味ではないがアレックスはゆっくりと閉まるドアを見ながらそう思った。

 さて、インデックスが去った以上、病室に残ったのはアレックスと上条の二人のみだ。

 

「いや、ほんと悪いなアレックス」

 

 そう声をかけられ振り返るアレックス。そして彼が目にしたのは、やはり不自然な表情を顔に貼り付ける上条であった。

 

「上条――――」

 

 記憶を失っているだろう。そう問おうとした直前、アレックスは悩んだ。

 この記憶喪失に戻る見込みはほとんどない。そして、本人はそれを隠そうとしている。ならば、それを暴くように問い詰めてもいいのだろうか。

 しばしの間アレックスは逡巡した後、こちらも知らぬふりを決め込もうと判断した。とはいえ、上条が自体を飲み込めたり、逆に混乱して飲み込めなくなったら相談相手にはなってやろうと考えてはいるが。

 

「なんだよアレックス」

 

 そう決心したところに、黙りこくるアレックスに疑問を抱いた上条が誤魔化すような笑みを浮かべながらそう問いかけてきた。

 つくづく考えが表情に出るタイプらしい。

 

 

「いや、正直倒れられた時は焦ったんだが思ったよりも元気そうだったからな。正直驚いたんだ。

 お前は腹減ってないのか?」

 

「悪かったな。でも、さすがにまだ食欲はねえよ」

 

 上条とは対照的に、表情と思惑を切り離してアレックスは言葉を述べる。

 そして、アレックスが俺が前に倒れた時は無性に腹が減っていたと間髪入れず口にすると、上条はそれは大丈夫だったのかと問うのでった。

 細部を決して言わないように心がけながら話を合わせているうちに、底のない空腹を満たしたインデックスがたった数十円の小銭と長いレシートを握って戻ってくるのだが。


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