とある科学の生物兵器   作:洗剤@ハーメルン

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遅くなってごめんね

しかも短いよ。加筆するかも


七月二十四日 part1

 昨日と同じように朝食を作り、淡希と食べる。

 

「それであいつが言ったのよ――――」

 

 彼女の学校についての愚痴。

 それをコーヒー片手に聞き流しながら、アレックスは少し焦げたトーストにかぶりつく。

 夏というのに床は冷えていて、思わず足を床から上げた。

 学園都市に来て以来、体温を人間並みにしてカロリー消費を抑えるという省エネモードともとれる状態にある。ベストコンディションとは言い難い体調にはなるが戦車と殴り合いをするわけでもないここではそれでも十分であり、サーモカメラなどに移った際にシャレにならないからであるが。

 

「ところで、今日予定ある?」

 

 皿を洗いながら淡希が言う。

 

「夜にはな。お前は引っ越しの予定ないのか?」

 

「ああ、安心して。そのことだから。で、昼間はヒマなの?」

 

 アレックスにとってもこれは意外だった。引っ越す準備などしていないのに出ていくとは思えないからだ。

 ふと、最悪のケースを予想した。

 

「引っ越しって、どこにだ?」

 

 質問に答えずにアレックスは問う。

 もし彼の予想が正しいのなら――。

 

「決まってるじゃない、ここによ?

 だから、荷物を運んでくれるかって聞いてるのよ」

 

 きゅっ、と水の出る音が止まった。

 

「ここは男子寮だ。寮管に言えば強制退去もできる。

 わかったらさっさと――――」

 

「ああ、もう許可は取り付けてあるわ。はい、証明書」

 

 そう言って淡希は書類を手のひらに座標移動(テレポート)させ、ひらひらと振る。

 しかも、どう見てもコピー。しっかりとしている。

 その白黒になったハンコの文字は。

 

「学園都市統括理事会理事長の判もあるわ。

 あのビルって第七学区にあるから、ここに住めると便利なのよね」

 

 しっかりと、最高責任者のものである。

 アレックスの手のひらの中で、百均で買った箸が音を立てて砕ける。

 彼はチタン製の箸でも使った方がよさそうだ。

 

「…………勝手にしろ」

 

 折れた箸をゴミ箱に捨てながらアレックスは言う。

 きっと拒否権は無いのだろう。淡希の荷物を運ぶため彼は腰を上げた。

 統括理事長が判を押したということは、何か考えがあるのだろう。アレックスを利用する企みだとしても、今は従うしかあるまい。内容を知る機会があり、その内容が気に入らなければ別の対応をすることになるが。

 

 電車に揺られ揺られ、到着したのは学園都市第十八学区。能力開発に力を入れた学校が集う学区である。

 ここでは能力のレベルで成績や奨学金も決まるらしい。

 異常なことだが、能力の行使に知識が必要な以上はそう間違っているとなるとそう断言しがたくなる。

 

「私が帰りたくない理由がちょっとは分かったでしょ?」

 

「ああ、少しは」

 

 学区内は管理を優先したつくりになっており、統一規格の道路が張り巡らされ、ブロック分けされた土地とそこに立つ規格通りの家が立ち並ぶ。

 まるで拡大した研究所内のようなその街並みにアレックスは思わずそう答えた。

 なんとつまらない場所だろうか。この学区で暮らしていると、徐々に頭がおかしくなることだろう。

 

「こっちよ」

 

 学ランにサラシという格好。ではなく、私服の淡希――黙っていればいい顔。と、白いシャツにパーカーのアレックス――顔がコワイけどイケメン気味の外人。

 この組み合わせは、この堅物ばかりの学区においてかなり目を惹く事だろう。

 周囲を視線を受けながら歩き、五分ほど。

 駅から近い寮の中に彼女の部屋はあった。

 

「荷造りはしてあるから」

 

 ドアを開けると、入り口の横に段ボールが三つ。そして鞄が一つ。

 家具付きの部屋とはいえいささか少ないが、すでにある程度の荷物はアレックスのところにあるのだ。

 

「じゃ、カギ締めるから早く持って」

 

 キャリーバッグを持った淡希はそう言い、ドアの前に出た。アレックスは無言で動き、段ボールを積んだまま抱える。

 前が見えないので、アレックスは視覚以外の方法で周囲を確認することにした

。蝙蝠のように、跳ね返る超音波を察知する。

 そうすることで周囲の地形を認識できるようになり、段ボールによって視界は閉されながらもアレックスは足元の消火器にも躓くことなく身軽に歩いた。

 

「見えてるの?」

 

 横にずれるように消火器を避けたアレックスに淡希が問う。

 

「ある程度はな」

 

 見えてない。そう言い切るのは不可能であるために、あやふやな答えを送る。

 

「手続きは?」

 

「終わってるわよ」

 

「忘れ物はないな? そうなると後が面倒だ」

 

 淡々としながらも、割と気を回すアレックス。それに気づいた淡希がからかうようなたちの悪い笑みを浮かべながら言った。

 

「あら。心配してくれてるの?」

 

 それを聞いたアレックスは無表情のまま――鼻で笑った。

 

「跳べないテレポーターは苦労すると思ってな」

 

「…………ああ、そう」

 

 青筋を浮かべた淡希。

 それが分かりながらも一瞥も送ることなく、アレックスは歩き続ける。

 

「どうした。忘れ物でも思い出したのか?」

 

 振り返り、そう口にするアレックス。

 その視界から淡希が消えた。

 

「だ、誰がテレポートできないって?」

 

 声が聞こえたのは正面。

 そこには、淡希が方で息をしながら立っていた。

 恐怖による脂汗が肌に滲み、顔は青くなって足が震えている。よほどのトラウマだったのだろう。

 

「…………暑いな。いったんどこかで休むか?」

 

「ええ、いいわね。そうしましょう」

 

 近くの白い箱のような喫茶店に入り、三十分ほど休んだあとに店を出た。アレックスはとりあえず奢ったそうだ。 

 

 

 

 昼過ぎ。二時間ほどかけて淡希の荷物を運んだアレックスは、荷ほどきまでは手伝わずに仕事に向かう。

 優先度はこちらが高い上、触られたくない荷物もあると思ったのだ。アレックスとて常識はある。

 しかし、向かった先といえばどこかの裏路地であるのであった。

 

「実験を開始します」

 

 そう告げた御坂美琴のクローン―通称『妹達(シスターズ)』の一人は一方通行に遊ぶように追いかけられ、抵抗しながらも徐々に追い込まれる。

 眼下の路地裏で行われるその一部始終をアレックスは監視しながら、片手間に購入した携帯電話の初期設定を行う。

 見る価値もない。それほどに、一方通行と妹達の実力は絶望的にかけ離れている。言うなれば虐待されるペットとその飼い主のようなものだ。

 それも飼い主からすれば噛み付く力のほとんどない子犬のようなもの。そのようなものを見ていたところで面白くも無い。

 一方通行の能力を調べるのが普通なのだろうが、彼が遊ぶために丁寧に解説しながら戦うためにすでにアレックスに一方通行の能力は既知の事となっているのだ。

 

「まさかあれほどとはな……」

 

 その能力はベクトル操作。体に触れたありとあらゆるものを反射。しかも、通常時は自動(反射)的に真逆の方向にベクトルを変えるという。

 つまり、隙が無いらしい。呼吸などはどうだか知らないが、通用するとすれば妹達が勝利する唯一の攻撃はそれだろう。電撃も当然のように弾かれるとなれば、それぐらいしか方法は無い。

 操作できるエネルギーの大きさに限界はあるのかどうか分からない以上、アレックスが戦った場合は全力での一撃を試すことになるだろうが。

 そして自分のものと設定できたスマートフォンをポケットにしまったところで、一方通行の枯れ枝のような足が子犬の頭を吹き飛ばした。

 裏路地は壁に悲惨な光景を思い起こされる名画を血で描かれ、地面は耕運機で混ぜ上げたような惨状になっている。この殺人現場がテレビで報道などされた日には、どこもかしこもこの話題で持ちきりになるに違いない。

 

「実験終了だ、一方通行」

 

 アレックスは飛び降り、妹達――番号は何番だったか――の死体の隣に降り立つ。

 

「コイツ、おもしれェぐらい逃げてたよなぁ!

 死にたくないとか思ったりもすンのか? 作られたクローンなのによォ」

 

 一方通行はつま先で死体を指しながら言う

 アレックスはその死体をどう処理するか考えながら、並行して答えた。

 

「ああ、本人は学習装置(テスタメント)での調整で気づいてないみたいだがな。

 クローンといっても人間のそれなら人間だ」

 

 右手で死体に触れると、瞬きの間に死体は黒い触手に絡まれて吸い込まれるように右手に消える。

 一方通行はその後をしばし眺めていた。黒いシミだけとなり、それもアレックスによって速やかに消されていくのを。

 それにアレックスが気づいた。

 

「同情でもしたか?」

 

 学習装置、それは洗脳装置とも呼ばれるものだ。

 妹達はこれによって実験向きの人格へと調整されている。だが、彼女たちの本来の人格が消えたわけでは無く、装置によって厚塗りされだだけで芯はそれなのだ。

 一方通行からすれば少年兵を殺し続けているような気分なのだろうか。発言からして、一方通行は妹達を人間と認識している可能性がある。

 二万人も殺すこの実験で、その考えは命取りだ。実験が失敗となればアレックスに責任が来るかのうせいもあり、それは避けるべきことだ。

 

「ケッ、何言ってやがる。九千人以上殺したやつが、今更同情なんてするかよ」

 

 期待通りというべきか、一方通行はそう吐き捨てた。前々からこのようなことを聞かれれば、どう返すか考えていたかのような勢いで。

 高校生であるだろうに、何らかの理由があって最強を目指しているのではないか。それはきっと、彼がまだ幼いころに。

 

「お前の判断で実験は中止される場合もあるらしい。力づくでどうこうできるやつじゃないからな。

 決めるなら早くしろ」

 

「あァ? 降りろって言ってンのか?」

 

 一方通行が喧嘩腰になり、アレックスへと刺々しい視線を送る。

 が、それを受け、振り返った彼は無表情のままであった。

 

「余計な仕事は減って欲しい。当然だ」

 

 ミサカたちの死体を最近の栄養源とし、その能力を得ることができ続けているにも関わらずアレックスはそう口にした。

 気の迷い。彼はそう言うだろうが、一方通行はまだ引き返せると思ったのだ。

 殺すため、生物兵器として開発されたウィルス。アレックス。

 能力を鍛えられた結果、強くなった能力者。一方通行。

 両者には決定的な違いがある。

 

「金もらってンじゃねェのか?」

 

「交換条件で受けた仕事だ。無くなったところで問題ない」

 

 アレックスはそう言うと一方通行に背を向けてビルの上へ跳んだ。

 

「お前がどう思ってるかは知らないが、妹達は確かに生きたがってた。

 これは俺が真実だと保証できる確かなことだ」

 

 利己的なアレックスだが。今回ばかりはそれを除いた感情で一方通行と話した。これはアレックスがアレックス・マーサーをコピーしたウィルス。それも、人間に擬態するために人間らしい性格に近づけて再現したからである。

 暗い路地の底に声を投げ落としたアレックスは、応答を待たずして一方通行の視界から消えた。

 残された空の色は午前と違い、どんよりとした重い雲に埋め尽くされてきていた。


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