とある科学の生物兵器   作:洗剤@ハーメルン

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改訂による日付変更を忘れていたので、前投稿の七月二十四日二部を二十一日に修正します。ご了承ください


七月二十三日

 人数分の食器とそれに応じた料理の乗った食材が並べられた食卓。日が昇ってそう時間は経ってないので薄いベージュのカーテンは開放され、適当な番組にチャンネルが合わさったテレビが点き、それら全体を天井の証明が照らす。

 アレックスにも食事は必要である。人間などを捕食する際にはエイリアンか何かのように触手を伸ばして食べると言う点を除けば、彼が口にするものはいたって普通の食物だ。もっとも、最近ではミサカ妹をそのように食べているので人間的食事は必要ない。

 それでも彼が食事をわざわざ作り、食べている原因はその目の前の女のせいである。

 

「量多くない? 習慣っていうのかそういうのは分かってるけど」

 

 結標淡希。どういうことかこの部屋に脈絡も無しに居付き始めた、窓の無いビルの案内人である。

 この女は中々帰らないと家をほとんど空けているアレックスが思っていれば、帰宅するたびに部屋に彼女の私物らしき物が増え始める。煮えかねたアレックスがこれは何なのかと問うと、淡希は私物に決まってるでしょうと悪びれる様子もなく言う。

 そしてあれよあれよと言う間に住みつき、交代制で家事をするまでに至った。同棲のようなものといっても、方や三十路の精神年齢であり元妻子持ちである。おかしな考えは、テレポーターを部屋から閉め出すという無駄な考えぐらいしか浮かんでいない。

 

「文句があるなら絶食してろ」

 

「ムリなダイエットは美容の敵よ。それに、私にそんなの必要ないわ」

 

 彼女は寮に親しい者がおらず、部屋も片づけられずに散らかっているのだろうか。もしくは、寮に住めなくなるような問題でも起こしたのだろうか、この破天荒な女ならやりかねない。

 アレックスはそう思いながら彼女の顔を見つめ、どうせならほんの少しだけ太りやすい食事を作ってやろうと心に決めた。悪意のある嫌がらせでもなんでもない、知り合って間もないというのに好き勝手してくれる相手へのプレゼントである。決して体重が増えていることに気づかせ、自分から部屋を出ていくのを狙っているわけではない。

 机の上にはベーコンエッグなどがまだ出ているのだが、この信用できない女――結標淡希をどうしようかと考えながらアレックスは3枚目のパンケーキの最後の一切れを口に入れた。

 

 

 自分の食器を手早く片づけたアレックスは、上条当麻もインデックスも泊まっている月詠小萌の家に向かった。アレックスは自宅に帰ったが、当麻はインデックスが心配だとあれから部屋に泊まり込みである。

 とはいえ、彼女は順調に快復に向かっており、当麻にもアレックスにもできることはない。その上、信用できる方の魔術師である神裂火織が協力を約束したということもあり、インデックスが襲撃されるという事はないと考えたのである。

 ステイル・マグヌスという赤毛の魔術師についてはインデックスに気があるようで、いつも通りに命だけを絶対に助けるために彼女の記憶を消そうとするのではないかという節はある。だが、彼は当麻より弱いので、ほおっておいても大丈夫だとアレックスは考えたのだ。それに、小萌の部屋は四人も泊まれるほどのスペースは無い。

 

「単刀直入に言えば、原因は魔術。その位置もおおよそ見当がついた」

 

 アレックスは小萌を追い出して魔術師二人を入れた部屋で、当麻とインデックス本人も入れた四人の前で解決法の説明を始める。

 

「脳に影響を与えると言うだけあって、場所は頭部。そして周りの人間に知られないような場所とくれば、その位置は絞られてインデックスの喉奥となる」

 

 インデックスにはTシャツ姿に着替えてもらい、頭部を見やすくさせてもらった上でアレックスは原因となる魔法陣を探した。だが、頭皮にアレイスターがあるはずと言う魔法陣のようなものは見えず、一度は嘘を言ったのかと疑った。

 しかし、アレックスは魔法陣を描けるような触れられる場所で、脳髄に近い場所を知っている。それは、喉の奥だ。拳銃自殺は口に銃口を咥えれば楽に死ねるといったように、そこは頭蓋骨の内側にある脳髄にそれを挟まずに肉薄できる場所。そして、外側からは見えない、探さねば分からない場所。

 インデックスの口をアレックスが覗き込むときに羞恥心か彼女は顔をしかめたが、彼としては実験用マウスの喉奥を見るのと変わらない気分であったと述べておく。

 

「あとは上条がその術式を破壊すれば一件落着」

 

 であったらどれほどよかったか。

 

「だが、恐らくはこんな手間のかかった真似をする奴らのことだ、解除しようとする者に反撃する自衛用の魔術があるかもしれない。解除にはこのアパートからの移動と、それなりの防戦準備が必要だ。決行はインデックスの怪我の具合から見て、明日以降だろうがな。

まあ、機密保持のためにインデックス自身を殺しにかかるなんてことは無いと思っていいい。それぐらいなら魔導書とやらを使うためだけの兵器にされてるだろうからな」

 

 人払いといって、意識に干渉できる魔術を魔術師は使うのだ。きっとものすごく手間はかかるだろうが、洗脳して人形にする魔術が無いはずがない。それをしないのは、何らかの思惑か良心の欠片でもあるからだろう。

 

「みんな特にないと思うよ。それにしても、この街でよく調べたもんだ」

 

 ステイルが煙草を吸いながら、誰に聞いたのか探るような意図で皮肉げな口調で言う。

 

「調べるのは得意でな」

 

 お前らが術式自体に気づかなかった方が今となっては不思議だ、とは流石に口にしない。言っていいことと、言ってはいけないことがある。それに、少なからずとも彼ら自身もそう思っているだろう。なんせ、条件で位置を絞り込んで調べればすぐに分かる場所ではあったのだ。

 ステイルは息を吐くと、今度は当麻を見て口を開いた。

 

「まあ、あとはこのツンツン頭がうまく術式を破壊するかだね。一発で壊さないと、言った通り反撃があるだろう。そうなったら、目の前にいる君が一番危ないだろうね」

 

「怖いこと言うなよ…………」

 

 当麻はそう言いながら、インデックスを見た。

 彼女の傷は塞がりかけているが、未だ少し危なげではある。時折体を捻った時、弱くなった痛みを感じて声を出すことがある。その度に、神裂が罪悪感に染まった表情でインデックスに謝罪する光景は、この数日で見慣れたものとなったが。

 

「それに、一番危ないのはインデックスだろ?」

 

 何の気なしに、事実を述べるその言葉。だがそれは危険にさらされる自分を差し置いての言葉であり、普通ではない。

 その言葉を振られたインデックスは顔を少し俯けた後、零れるような声で言った。

 

「ありがとう、とうま」

 

 当麻は何を刺しているのか分からずとも取りあえず「おう」と、一言返事をした。ステイルは、タバコを咥えながら小さな舌打ちをした。アレックスは、当麻がどういう人間かという認識を新しいものに更新した。

 評価:ジゴロ。である

しかし、昨日にやっと二人の魔術師が味方であったと本人たちから知らされ、続けて自分の状態を知らされ、今日に解決策を教えられ。彼女にとってこの数日は波乱の数日だっただろう。本来は当麻よりも口がうまいアレックスの立会いの下教えるのがよかっただろうが、彼にそこまでしてやろうという気は無い。

 

「では、私は良い場所を探してきます」

 

 雰囲気が過ぎ去るのを待ち、神裂はそう言って席を立った。アレックスもそろそろ小萌を暑い外から中に入れてやらねばと思い、続くように席を立つ。ステイルは先に実行場所に仕掛けを施したいようで、先に立ったアレックスを追い越して神裂に続いた。

 

「アレックス」

 

 開いたドアを閉めようとしたアレックスの背中に、当麻の声がかかる。

 

「悪いな、転校早々巻き込んじまって」

 

「気にしなくていい。大した手間じゃない」

 

 今回は、アレックスが世話を焼いた結果と言ってもいい。護衛が任務なのだから、本来ならインデックスに関わらないようにすべきだった。だが、それをしなかったのは彼だ。実験の死体処理などをしなくてはいけなくなったのは、放っておくべき問題に首を突っ込ませたアレックスの責任である。

 もし彼が生前のアレックス・マーサーと同じ性格であったのなら、助けずに見捨てることは容易であった。だが、アレックスはサンプルとして保存されていた一度感染爆発を起こしたウィルスを、強力に改良した生物兵器が科学者マーサーを基に人間を真似たものだ。皮肉にも、彼を基にした化物は人間であった彼自身よりも思考パターンが人間らしくなるという、三流小説のような事が起こってしまった。

 マンハッタンの件でそれを言えば、寄生体に蝕まれた際にブラッド医師を吸収して一人で解決しようとせずに協力を仰いだり、忌まわしい過去と一緒に決別していた妹を助けたり。妹に関しては、自体がほぼ終息した後も一緒にいると危険だからと、アレックスは一方的に彼女から離れて考え付く限りの安全な場所を提供してあげたのだ。彼女の兄である男は、ここまでの事はしなかっただろう。

 

「そうか」

 

 当麻はそう言うと、少し思案した後言葉を放った。まっすぐに、アレックスを見、不器用に笑いながら。

 

「じゃあ、一件落着したら何か食いに行こうぜ。歓迎会もまだしてなかっただろ?」

 

 それに続いてインデックスが自分もついて行くなどと言っているが、そんなことはあまり問題ではない。

 アレックスは、自分の行動が正当に人から感謝されるということに驚いたのだ。二人はアレックスを見て、嘘偽りなしに感謝をしてくれている。子供だからか、彼の正体を知らないからかは知らないが、その姿勢をどこか疎ましいとアレックスは思ってしまった。

 学園都市に至るまでの間にアレックスは正体を隠して――擬態して――人のためにアフリカの独裁政権を打倒し、麻薬カルテルから村を解放し、または小さなトラブルに巻き込まれた男を助けたこともあった。だが、前者二つではアレックスに感謝するどころか新たに利権を得るのは誰なのかと人々は彼を置いて争い始め、男とその娘は犯罪組織の一員で親しくなった後にアレックスを殺して金を奪おうとした。

 人に期待せず、信用せずの本来の科学者マーサーのスタンスにアレックスが戻りつつあった時、ダメ元で統括理事長の言葉に乗る形で学園都市に入ったのだ。ここでもダメならば、もう一度”自分”が生まれた場所であるニューヨークに戻るのも悪くないかと思いながら。

 

「アレックス?」

 

 どうかしたか、といった口調で話しかけてくる当麻を見、アレックスは口を開いた。

 

「別に」

 

 反射的に出た突き放す様な言葉。まだ、当麻を信用できる人間と判断しきったわけではない。魔術師二人も利害関係が一致しただけで協力しているが、この件が片付いた後に「魔術には秘匿義務がある」などと言ってこちらを殺しに来る可能性もあるのだ。下手をすれば、アレックスの正体に感づいて応援を呼ぶかもしれない。

 人は何を考えているか分からない。いつ裏切るかも分からない。今までに何度もそれも、アレックスとしても科学者マーサーとしても経験し、そして見てきたはずだ。アレックスは、そう自分に言い聞かせながら二人とつながるドアを閉めた。

 




アレックスさんをもうちょい人間不信にしたい改訂版

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