とある科学の生物兵器   作:洗剤@ハーメルン

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七月二十一日 part2

「私は芳川桔梗。よろしくね」

 

「アレックス・マーサーだ。今日より実験終了までの間、死体の処理を務めさせてもらう」

 

 一方通行に付いて行くと、コーヒーの香りが漂う、散らかった研究所の一室にアレックスはたどり着いた。もっとも、コーヒーの匂いの元凶は、到着するなりさっそく飲み始めた一方通行のせいだが。

 

「おいおい、俺の時とはずいぶん態度が違うじゃねェか」

 

 そして、アレックスがあることを聞き出すために下手に出ているのを、即座に妨害しているのも彼である。

 そんな彼を一瞥し、アレックスは口を開いた。

 

「俺は誰かと違って常識はあるつもりだ」

 

 一方通行は舌打ちをすると、コーヒーを煽った。

 アレックスはそれに目もくれず、わざとらしい身振りを加えながら言う。

 

「――――まあ、別件として俺が話したいのは、AIM拡散力場についてだ」

 

 AIM拡散力場。これについては様々な知識をアレックスは手に入れたが、どれもこれも専門外。それに詳しそうな学者の論文もあったが、直接会うには紹介がいるだろう。

 それを手に入れるためと、桔梗への多少の自己紹介という目的でアレックスはここに来た。

 

「私は遺伝子方面が専門、AIM拡散力場は専門外もいいとこよ」

 

「ああ、この実験のメンバーなんだ、そうだろうな。この実験にAIM拡散力場はあまり関係ない」

 

 9812号からアレックスが手に入れたこの実験の目的は、一方通行をレベル6にすること。

それも、二万体の妹達と呼ばれる御坂美琴のクローンを殺すという方法だ。

 その実験上で力場を観察するという物はありそうだが、それ以外には力場は関わってこないだろう。

 

「それはつまり、詳しい人への紹介が欲しいのね?」

 

「そういう事だ」

 

 芳川は少し悩むような素振りを見せたが、すぐに口を開いた。

 

「分かったわ。それなりにコネはあるから、よっぽどじゃない限りは可能よ。ただし、私の要望にも答えてもらうわ」

 

 割とすんなり通った事にアレックスは安堵したが、遺伝子専門である彼女の要望を危惧した。

 

「何も難しい事じゃないわ。あなたの体細胞をちょ——————」

 

「断る」

 

 それは、アレックスの危惧した通りの要望だった。

 BlackLightというウィルスに感染した体細胞を研究されれば、その結末がどうなるかは容易に予測ができる。

 よくて強化兵士や、対BlackLight用のウィルス又はワクチン。悪くて、学園都市全域を巻き込むパンデミックだろう。

 

「あら、クローンなんて作らないわよ? ただ、ちょっと調べたいだけだから」

 

 芳川はアレックスがクローンを作られる可能性から否定したと勘違いしたが、アレックスはウィルスの事を知られないための方便に使うことにした。

 

「それが実験のために二万体も作る奴の言葉か。御坂美琴は自分のクローンが殺されてるなんて知らないんだろ?」

 

「…………そう。ごめんなさい、無理を言って」

 

 どういう事か、アレックスの知る研究者の性格としてはありえないほど早く、彼女は引き下がった。

 しかし、それを指摘するのは失礼だとアレックスは感じたため、それには触れないことに決めた。

 

「他のなら手伝えるが」

 

「いえ、いいわ。誰に紹介して欲しいか言って頂戴、一筆書いてあげるから」

 

 桔梗はそう言うと席を立ち、近くの棚に積まれたプラスチックの引き出しから書類を取り出した。

 

「はっ!えらく甘えじゃねェか」

 

 それに対し、一方通行が横槍を入れる。

 コーヒーで酔ったのかとアレックスは思いつつも、ならば尚更相手にしないのが得策だと判断した。

 

「木山という水穂機構病院の研究員だ。かなり前だが、AIMについて独自の論文を発表していた」

 

 アレックスがそれを言うと、桔梗は納得したように言った。

 

「ああ、彼女ね。今は大脳生理学の専門チームよ? 研究は続けてるみたいだけど」

 

 もっと名の知れた研究員はいる。桔梗はそう言いたそうだった。

 

「いや、構わない」

 

「…………分からないわね、ほんと。専門に研究してる人もいるのに」

 

 桔梗は呆れたようにため息を吐くと、書類に記入を始めた。

 アレックスとしては、大騒ぎになるのを避けたいだけだ。主に、数週間後に吸収した後に。

 

「分からねえと言えばテメェの能力だ

 脳が破壊されて生きてる能力なんざ、聞いたことがねェ」

 

 横やりのように入れられた一方通行の言葉に、桔梗のペンが止まる。

 彼女も興味があるらしい。

 

「何って、自動再生のレベル3だ」

 

「嘘だろ」

 

「嘘ね」

 

 アレックスの形式化した返答は、当然のように見抜かれた。

 とはいえ、彼はこれを突きとおすだけなのだが。

 

「全身の体液逆流から再生しといてレベル3ですかァ? 分かりやすすぎる嘘吐いてンじゃねェよ」

 

「彼と戦ってレベル3で生きてるなんて、とんだ伝説よ」

 

 一方通行に続き、桔梗までもが否定しにかかる。

 こうなれば、問題は彼女が紹介状を書いてくれるかどうかになる。日本人は詮索しない性格が多いんじゃなかったのかと、アレックスは腹の中の情報元の人物を恨んだ。

 

「まあ、別にいいわ。いつか話してくれるなら」

 

「あァ!?」

 

 だが、桔梗はさらさらと筆を走らせて紹介状の記入を行う。一方通行が理解できないといった様子で彼女を見るが、それを意に介さない様子でアレックスにそれを手渡した。

 

「…………何だお前?」

 

「あら、いらなかった? いるって言ってきたのはあなたよ」

 

 アレックスが裏を疑うのに対し、芳川桔梗はコーヒーメーカーに向かいながら何でもなさそうに返答する。

 もちろん、そんな言葉を信用できる彼ではなく、疑惑の念がこもった目を彼女にぶつけた。

 一方、一方通行は一度だけ大きな舌打ちをする。彼にとってはよくあることらしい。

 

「そうねえ」

 

 コーヒーを入れた真っ白なコップをもって椅子に座ると、彼女は自然な笑顔を浮かべてこう言った。

 

「私、よく甘すぎるって言われるのよ」

 

 

 

 

「ここか」

 

 AIM解析研究所。そう書かれた病院の玄関にアレックスは到着した。

 ちなみに、まともな人だと推測し、悪印象を与えないために制服である。

 

「ここの木山という研究員に会わせてくれ。紹介状も持ってきた」

 

「はい、お聞きしています」

 

 アレックスが受付で書類を見せると、すんなりと面会の許可が降りた。

 桔梗が電話をいれてくれたのだとアレックスは察し、そのあまりの甘さに納得するほかなかった。これ以上疑っても無駄だと踏んだのだ。

 間もなく木山春生とネームが表に張り付いた書斎にアレックスは通されたが、そこに彼女の姿はなかった。そのため、アレックスは置いてある脳医学関連の専門書を勝手に読みつつ、時間を潰していた。

 反復がてらの流し読みで半分ほど本を読み終えたところ、不意にドアが開いた。

 

「待たせてすまない。少し手が離せなくてな」

 

 表れたのは、アレックスの吸収した人物の記憶にある木山春生本人だった。

 整った容姿をしているが、ボサボサの長髪に、眠そうな目の下には濃い隈。そして、使い古されて生地が完全に柔らかくなった白衣。

 その風貌はとても典型的な研究者とは言い難く、何か大きな目的のために研究しているのだと物語っていた。それはまさに、GENTEKに入った直後のアレックス・マーサーのような疲れ方だ。

 

「アレックス・マーサーだ。今日は急に時間を割いてもらった、礼を言う」

 

「いや、気にする事はない。あと少しでいろいろと終わる予定だからな」

 

 アレックスは春生と軽く握手をすると、本題に移ることにした。

 向かい合うように机を挟んで黒革の椅子に腰をかける。春生に比べて、アレックスの座高が大きく沈む。

 

「さて、AIM拡散力場について何が知りたい? 目的も教えてもらえると、こっちのやる気も増すのだがな」

 

「全部だ。理由は、ただ知りたいからだ。AIM拡散力場について、専門的にな」

 

 そのアレックスの言葉に春生は少し固まったが、すぐに微笑を浮かべながら口を開いた。

 

「君は、将来研究者にでもなればいい。向いていそうだ」

 

「……ああ、俺には天職だろうな」

 

 木山春生の言うとおり、優秀すぎて勤務先からも抹殺されるほどに向いていた彼である。

 

「その君は私の教えを受けたいという事か? 私とて暇ではないんだがね」

 

「別に、今すぐにってわけじゃない。気が向いたらでいい」

 

 目と目を合わせて順調に進む会話にアレックスはある人物を思い出し、ほんの少し気分が悪くなった。

 もちろん彼女のせいではない。だが思い出さされるのだ。

 同僚から恐ろしいと言われたアレックス・マーサーに対し、臆すことなく接していた人のことを。

 

「どうかしたのか?」

 

 アレックスの無表情の変化を見抜いたらしく、木山春生は声をかけた。

 その行動がまたある人物――カレン・パーカーと被るのでアレックスはより一層不快になる。だが、アレックスはあくまで理性的に考え、言葉を紡ぐ。

 

「いや、ちょっと嫌な奴を思い出しただけだ。

 それで、俺に教えてくれるのか、どうなんだ?」

 

 アレックスは、春生の目をまっすぐ見て言う。

 

「…………そうだな。正直、今はあまり考えがまとまっていない。

 また、次の日曜日ぐらいに来てくれるか?」

 

 だが、そう簡単にはいかないようで、濁った答えが返ってきただけであった。

 アレックスも、一日で忙しい研究者から話が聞けるとは思っていない。そして、その目的の研究者が今となっては"苦手なタイプ"の人間だと分かったが、彼女は研究への打ち込み様からしてかなりの知識をもっているのは確かだ。

 木山春生の予定に合わせてもいいかもしれない。アレックスはそう思った。

 

「ならそうさせてもらう。家の番号だけ渡しておく」

 

「ああ、そうしてくれ。何かあった時に連絡できる」

 

 空洞的にアレックスは言い、作業的に春生は言った。

 どこか似たような雰囲気をもった二人は似たような言葉を並べると、ほとんど同じタイミングで席を立つ。

 次に会うまでには、ある程度の知識を付けておこうとアレックスは考えた。




展開をちょっと変えたった


アレックスさんが学生と仲良さそうに絡む風景が想像できない。30になってるかもしれない29歳は伊達じゃない!

今の意識はマーサーじゃなくてアレックスなんで実質1歳ですがね。マセガキです

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