東方宝歩寝   作:織葉 黎旺

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八之巻

 

 

「悲劇的、と言いますと?」

 

 思わず聞き返します。いえ、求めているものは何となく見えてきたのですが、そこに齟齬があってはいけませんので。

 

「そうですね、私も明確に聞き及んでいる訳では無いのですが、壮絶な物語の果てに持ち主と別れた哀れな宝だとか、散々大切にされていたのに、より上等な物を見つけたというだけの理由で捨てられた宝だとか──そんなところでしょうか」

 

「成程ー。メイドさんは、ご主人のお使いでそういった品物を探しに来られたのですね?」

 

「ええ、そうです」

 

 私の呼称に違和感を覚えたようで、そこで彼女は「申し遅れました、紅魔館でメイド長を勤めております、十六夜咲夜と申します」と名乗りました。紅魔館、というのは確か紫ちゃんに聞いた、吸血鬼の暮らすお館です。

 

「ご丁寧にどうも、私は財部載展と言います。ののって呼んでください!」

 

「よろしくお願いしますわ」

 

 同時にぺこりとお辞儀したのが妙に面白くて、思わず少しにやけてしまいました。が、仕事仕事、と思い直して、ぶんぶんとかぶりを振りました。誤魔化すように話題を戻します。

 

「ええっと、悲劇的な宝物をお求めということですが……そも、ここにあるのは皆()()()()()()()宝物です。それが紆余曲折経てここにあるのですから、そこに悲劇的なお話が挟まらないはずがありません」

 

 持ち主と円満に別れたお宝も少なからずありますが、ややこしくなってしまうので、ここではその話は置いておきます。

 

「ある程度ご主人さんの望む方向性は分かりましたが、この中でもそれに見合う物といえば──」

 

 右隣の古びた戸棚の中から、埃をかぶった箱を取り出します。それらをぱっぱっと優しく払って蓋を開くと、中から色褪せた、しかし鮮やかな、不格好な無数の鶴が飛び出しました。

 

「これは──千羽鶴、ですか?」

 

「いえ、千羽鶴ではないです。ここにあるのは八百九十羽なので」

 

 ふう、と一息置いて、宝に触れます。声を聴きます。この子に込められた物語を、伝えます。

 

「この鶴たちは、ある少女に向けて、そのご友人が折った物です。彼女は難病でした。不治の病、と呼ばれるような、たちの悪い類のものです。彼女は元から病弱で、知り合いはあまりいませんでしたが、それでも親友はおりました。親友は見舞いに通いながらも毎日毎日、せっせと鶴を折り続けたのです。ですが──」

 

 咲夜さんは、心做しか先程までより真剣な面持ちで、言葉を待っているご様子でした。

 

「──鶴が千羽に達する前に、少女は亡くなりました。千羽鶴とは本来、千羽丁度でなくてもいいものです。千羽は多数の代名詞に過ぎないのです。しかし、親友は額面通り千羽折ろうと、寝る間も惜しんで折り続けました。不器用なその人には鶴を折ることは重労働で、時間を要しました。そのせいで間に合わなかった。そう思った彼は、いつまでも泣きました」

 

「……それで、終わりですか?」

 

「いえ、終わりません。彼にとってはその後、この鶴たちは紙屑同然になってしまいました。故に忘れ去られ、こうして幻想と化した。しかし、これは()()()()()なのです」

 

 亡くなってしまった少女にとって、何よりの。

 

「鶴を折っている、ということ自体は少女に伝わっていました。もうすぐ完成するだろう、ということも。残念ながら受け取ることは出来ませんでしたが、それだけで、彼女にとっては宝であり──救いだったのです」

 

「……ありがとうございます」

 

 素敵な話でした、と言って、咲夜さんは手拭を目にあてました。

 

「お礼を言われるほどのことではありません。私はただ──宝物の言葉を伝えただけなので」

 

「その千羽鶴、買わせて頂こうと思います。おいくらですか?」

 

「うーん…………いえ、お代は頂けません。お勘定は、その涙ということで結構です! 咲夜さんなら、お宝を大切にしていただけそうですし!」

 

 そういうと咲夜さんは、きょとん、とした顔で「よろしいのですか?」と言いました。よろしいのです。女に二言はないのです。

 

我楽多(ガラクタ)と呼ばれたものを、再びお宝に戻す。それが私の生き甲斐ですので!」

 

「──ありがとうございます。それでは此度は、有難く頂戴いたしますわ」

 

「はい、どうぞ!」

 

 小箱を抱えて咲夜さんはお辞儀します。

 

「次は、主と共に参ります」

 

「わあい──! また来てくださいね!」

 

 実質的な予約。つまりそれは、常連さんへの第一歩。素敵な言葉に身を震わせながら、咲夜さんを見送ります。ドアが閉まったのを確認した後、小さくため息を吐きます。

 

「カッコつけ過ぎましたね……」

 

 明日からのご飯、どうしよう。何とかなるでしょうって楽観と、宝物を渡せた達成感が、同時に胸中を渦巻く黄昏時でした。

 

 

 

 


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