東方宝歩寝   作:織葉 黎旺

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六之巻

 ちゅんちゅんちゅん、と小鳥さんの囀りが聞こえてくる朝です。私は、夢から覚め切らない時分に刺さる、眩い日差しに目を細めながら、右手にちりとり、左手に箒を構えて店の前に立ちました。そうしながら見上げれば、雲一つない蒼空。今日も今日とていい天気、絶好の営業日和です。

 

「るんるるんるんるーん♪」

 

 とりあえず店の扉にちりとりを立てかけ、箒を使って付近を掃いていきます。と言っても、まだ開店二日目。そこまで目立った汚れや塵、芥はありません。じゃあ何故そうしているのかと言われれば、私はこう答えます。そうするのが、それっぽいからです。

 

「今日こそはー♪ 千客万来〜♪」

 

 箒を勢いよく振り回しながら、さながら歌謡劇のように気分よく歌います。最早掃除でもなんでもありませんが、楽しいのでよいのです。

 昨日来てくれてお友達になってくれた、霊夢ちゃんと魔理沙ちゃんが、このお店を人里で宣伝してくれると言っていました。となれば、知名度の低さから二人しかお客様が訪れなかった、開店初日からは一転。山の奥の辺鄙な店に、山のようにお客さんが訪れるに違いありません。そうなれば、たくさんの宝物たちと、たくさんのお客様の縁を繋ぐことが出来て。その上、私の元に金子(きんす)が入る。それはとっても素晴らしいことだと思うのです。べりーないす。好循環、って奴ですね!

 

「営業開始〜二時間前〜♪」

 

 時刻は早くも朝八時。十時から営業開始ということを考えると、そろそろ混雑を警戒して並び始めるお客様がいてもおかしくない頃です。むふふ、その時はその気持ちに免じて、少し早く開店してあげましょう。具体的には、来て一分くらいに!

 

「一時間半前〜」

 

 掃き続けること三十分が経過しました。ふむふむ、どうやら幻想郷の方々は一時間前行動を旨としているようですね。のんびりした気候、生活のおかげで、そういった認識が甘くなっているのでしょう。よくないことです。

 

「一時間前〜」

 

 未だ誰も来ません。本当に皆さんのんびり屋さんですね! なんて思ってたら、正面にスキマが開きました。

 

「ネタの天丼は嫌われるわよ」

 

「あっ、紫ちゃん」

 

 空間の裂け目に頬杖をつき、にょっこりと猫のように顔を出す紫ちゃんです。嫌われる、なんてよくないことを言いながらニヤニヤしてます。

 

「な、なんか前にもこんなことあったなーとは思いましたけど別に持ちネタとかじゃないですっ!!」

 

「前にも、どころか昨日のことなのだけれどね」

 

「そういえばそうでした。でも前のことは前のことなので、前のことなのです……!」

 

「はいはい」

 

 軽くあしらわれた感じがして、むむっと頬を膨らませてみました。紫ちゃんは楽しそうに笑うだけでした。笑ってもらえたならまあ、よしとしましょう。

 

「あ、もしかしてお買い物に来ました!? それなら開店しますよ!?!?」

 

「いえ、まだ結構」

 

「さいですか……」

 

 しゅん、となる心。でも、()()の二文字に気づいて思わず笑みが溢れました。

 

()()ってことは()()()()来てくれるんですね!?」

 

「ええ、いつかはきっと」

 

「わーい! ご来店楽しみにお待ちしておりますよっ! あ、それでご来店でないなら何の御用です?」

 

「ちょっと様子を見に、ね」

 

「ほほう。冷やかしですか」

 

「客じゃない人には冷たいわね」

 

「冗談です」

 

 本当に見に来ただけだったようで、紫ちゃんは小さく欠伸をしてスキマに潜っていきました。一体なんだったのでしょう。

 

 

「でもお陰で、一人の時間を少し減らせましたね」

 

 やっぱり一人よりも二人の方がよいのです。ちょっとの時間だけ喋っているつもりでしたが、十分ほど経っていました。でも開店まではあと五十分あります。

 

 

「……よしっ」

 

 可愛らしい装飾の施された木の扉の、中心にかかった札を裏返し、『準備中』から『開店中っ!』に変更します。どうせ暇なら、営業しちゃえばいいのです。

 

「はてさて、今日はどなたが来ますか……!」

 

 期待に胸を膨らませながら扉を開けます。お客さんもこんな気持ちでこの店に入ってくれたらいいな、なんて思って「ぷぷぷ」と笑い、開店準備を始めるのでした。

 

 


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