スキマから落とされて真っ先に視界に映ったのは、紅葉の進んだ木々。しかしどうにも、変な感じがする。
「見慣れない場所だけど……妖怪の山のどこか?」
「良い勘してるわね」
私の問いに紫がいつも通りの胡散臭い笑みで答えた。どことなく偉そうな雰囲気が癪に障るわ。折角参拝客を集める方法を思いついたから、それを試そうとしてたのに……肝心なところで邪魔してくれちゃって。
「どうせ失敗するんだからいいじゃない」
「そうとも限らないでしょ!」
「そんなことよりも、この家はなんだ?」
魔理沙が指さしたのは少し開けた場所に立つ、珍しい外観の家だった。何となく紅魔館に近いかしら。
「ここが紫の言う素敵な場所って奴か?」
「ええそうよ」
「どうにもきな臭いわね……」
あら酷い、と紫は肩を竦めた。酷いも何も、アンタの日頃の行いよ。
「一先ず入ってみなさいな」
「はあ、行ってみるか」
「そうね」
所々赤黒く錆びた、年季の感じる扉を開ける。まず目に移ったのは手前の壁に置かれた、骨組みだけ残っている元は高価そうな木製の傘。所々折れていて、どう修復してももう使い物にならなさそう。次にその隣の不思議な四角い箱。紫っぽい配色で、太めの線が背中から何本か飛び出ている。でも何か重いものの下敷きにでもなっていたのか、軽く潰れていて上の面の四隅も歪んでいるみたい。
「いらっしゃいませ! "たからものや"へようこそ!」
奥の方から女の子のそんな声が聞こえた。見てみると綺麗な長髪を赤いリボンでポニーテールに纏めた、可愛らしい女の子が輝くような笑顔を浮かべていた。花柄の着物に身を包んでいて、背丈は私や魔理沙よりも全然小さそう。
「……ええと、あんたは?」
「あ、店主です。店員さんでもあります」
「いや、そういうことじゃなくてね」
背後の紫を睨もうとしたが、振り返った時には既に影も形もなかった。魔理沙はというと、店の中に入って目を輝かせながら品物を物色している。
「なあなあ、ここは一体何を売ってる店なんだ?」
「宝物を売ってます! お値打ち物やら年代物やら沢山ありますよー!」
「全部相当な年代物に見えるんだけど」
手頃な位置にあった傘を指さして、店主に質問してみる。
「例えばこれはどんな宝なの?」
「それはですねー、昔々の平安時代。身分違いの恋をしてしまった貴族の娘が、想い人に渡した傘なのですっ」
「……ふうん?」
「周辺の大地主の家に生まれた娘は、蝶よ花よと育てられます。ところがある日、何の変哲もない農民に、フラリと恋をしました」
いつの間にか魔理沙まで、物色の手を止め、私の隣で少女の話に耳をすませていた。
「二人は気が合い親しくなり、彼と彼女は逢瀬を重ね、愛を誓い結婚を夢見ます。とはいえ時代が時代です、それは叶わぬ願いでした。娘本人は知らなかったのですが、既に親が決めた婚約相手がおり、二人の恋は認められませんでした」
「そんなもの、二人でどこかへ逃げ出せばよかったんじゃないか?」
「電車も車も飛行機もなく、身一つで追っ手を逃れて亡命するのは難しいと思います。貴族同士の家の結び付き、それによる権力の拡大の為、誰もが結婚を望んでいたのです――というか、
「飛んで逃げればいいぜ」
「いや、余計目立って絶対気づかれますよー……」
コホン、と小さく咳払いして話は続いた。
「別れは突然訪れました。そういう時代の情報網っていうのは馬鹿になりません、娘のそういった話は、いつの間にか男の耳にも入っていました。不安そうな彼に彼女は言います。『大丈夫、私の心は貴方だけのもの。身体がどこにあろうと、心は貴方を見つめていますわ……』と。そういって、彼に手渡したのがこの傘です。これは逢瀬の度に彼女が使っていたもので、彼からすればその象徴のようなものだったのですね。元は葡萄染色の、綺麗な傘だったんですよー……」
「……それで、彼と彼女はどうなったの?」
頬に手を当て、色っぽく傘を見つめながら店主は答える。
「さあ?」
「何だそりゃ……」
「私にはそこまではわかりませんもの。でもきっと、彼と彼女のその日々こそが大切な、"宝物"と言えるでしょう……」
「それが宝なら、これは宝じゃないんじゃないの?」
「……はっ!」
今気づいた、と言わんばかりの顔の店主は、誤魔化すようにかぶりを振った。
「いやいやいや、これも重要な宝ですから!! これがなかったらきっとアレコレ始まってませんから!! 買いましょ、ね?」
「いや、買わないけど…… ふうん、つまりはそういう店なのね」
「はい、まあそういう店なのです――申し遅れました、私は財部
「私は博麗霊夢、でこっちが――」
「霧雨魔理沙だぜ」
「ご丁寧にどうも…… って博麗!? 博麗の巫女って奴です!?」
「そうだけど、何よ? あんたも妖怪?」
「い、いえ、違いますですよ!?」
「何か言葉がおかしくなってるぜ」
「私、紫に聞いたんですよ……博麗の巫女とその隣に大体いるとんがり帽子の魔法使いは、ヤクザみたいなものだから気をつけろって!」
「「誰がヤクザだっ!!」」
「ひいっ、やっぱり怖いっ!」
今度紫を見かけたら、本格的に懲らしめよう。そう誓ったのだった。