東方宝歩寝   作:織葉 黎旺

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☆☆☆☆☆


其の参

 

 

 スキマから落とされて真っ先に視界に映ったのは、紅葉の進んだ木々。しかしどうにも、変な感じがする。

 

「見慣れない場所だけど……妖怪の山のどこか?」

 

「良い勘してるわね」

 

 私の問いに紫がいつも通りの胡散臭い笑みで答えた。どことなく偉そうな雰囲気が癪に障るわ。折角参拝客を集める方法を思いついたから、それを試そうとしてたのに……肝心なところで邪魔してくれちゃって。

 

「どうせ失敗するんだからいいじゃない」

 

「そうとも限らないでしょ!」

 

「そんなことよりも、この家はなんだ?」

 

 魔理沙が指さしたのは少し開けた場所に立つ、珍しい外観の家だった。何となく紅魔館に近いかしら。

 

「ここが紫の言う素敵な場所って奴か?」

 

「ええそうよ」

 

「どうにもきな臭いわね……」

 

 あら酷い、と紫は肩を竦めた。酷いも何も、アンタの日頃の行いよ。

 

「一先ず入ってみなさいな」

 

「はあ、行ってみるか」

 

「そうね」

 

 所々赤黒く錆びた、年季の感じる扉を開ける。まず目に移ったのは手前の壁に置かれた、骨組みだけ残っている元は高価そうな木製の傘。所々折れていて、どう修復してももう使い物にならなさそう。次にその隣の不思議な四角い箱。紫っぽい配色で、太めの線が背中から何本か飛び出ている。でも何か重いものの下敷きにでもなっていたのか、軽く潰れていて上の面の四隅も歪んでいるみたい。

 

「いらっしゃいませ! "たからものや"へようこそ!」

 

 奥の方から女の子のそんな声が聞こえた。見てみると綺麗な長髪を赤いリボンでポニーテールに纏めた、可愛らしい女の子が輝くような笑顔を浮かべていた。花柄の着物に身を包んでいて、背丈は私や魔理沙よりも全然小さそう。

 

「……ええと、あんたは?」

 

「あ、店主です。店員さんでもあります」

 

「いや、そういうことじゃなくてね」

 

 背後の紫を睨もうとしたが、振り返った時には既に影も形もなかった。魔理沙はというと、店の中に入って目を輝かせながら品物を物色している。

 

「なあなあ、ここは一体何を売ってる店なんだ?」

 

「宝物を売ってます! お値打ち物やら年代物やら沢山ありますよー!」

 

「全部相当な年代物に見えるんだけど」

 

 手頃な位置にあった傘を指さして、店主に質問してみる。

 

「例えばこれはどんな宝なの?」

 

「それはですねー、昔々の平安時代。身分違いの恋をしてしまった貴族の娘が、想い人に渡した傘なのですっ」

 

「……ふうん?」

 

「周辺の大地主の家に生まれた娘は、蝶よ花よと育てられます。ところがある日、何の変哲もない農民に、フラリと恋をしました」

 

 いつの間にか魔理沙まで、物色の手を止め、私の隣で少女の話に耳をすませていた。

 

「二人は気が合い親しくなり、彼と彼女は逢瀬を重ね、愛を誓い結婚を夢見ます。とはいえ時代が時代です、それは叶わぬ願いでした。娘本人は知らなかったのですが、既に親が決めた婚約相手がおり、二人の恋は認められませんでした」

 

「そんなもの、二人でどこかへ逃げ出せばよかったんじゃないか?」

 

「電車も車も飛行機もなく、身一つで追っ手を逃れて亡命するのは難しいと思います。貴族同士の家の結び付き、それによる権力の拡大の為、誰もが結婚を望んでいたのです――というか、幻想郷(ココ)にだってそういった交通手段はないじゃないですか」

 

「飛んで逃げればいいぜ」

 

「いや、余計目立って絶対気づかれますよー……」

 

 コホン、と小さく咳払いして話は続いた。

 

「別れは突然訪れました。そういう時代の情報網っていうのは馬鹿になりません、娘のそういった話は、いつの間にか男の耳にも入っていました。不安そうな彼に彼女は言います。『大丈夫、私の心は貴方だけのもの。身体がどこにあろうと、心は貴方を見つめていますわ……』と。そういって、彼に手渡したのがこの傘です。これは逢瀬の度に彼女が使っていたもので、彼からすればその象徴のようなものだったのですね。元は葡萄染色の、綺麗な傘だったんですよー……」

 

「……それで、彼と彼女はどうなったの?」

 

 頬に手を当て、色っぽく傘を見つめながら店主は答える。

 

「さあ?」

 

「何だそりゃ……」

 

「私にはそこまではわかりませんもの。でもきっと、彼と彼女のその日々こそが大切な、"宝物"と言えるでしょう……」

 

「それが宝なら、これは宝じゃないんじゃないの?」

 

「……はっ!」

 

 今気づいた、と言わんばかりの顔の店主は、誤魔化すようにかぶりを振った。

 

「いやいやいや、これも重要な宝ですから!! これがなかったらきっとアレコレ始まってませんから!! 買いましょ、ね?」

 

「いや、買わないけど…… ふうん、つまりはそういう店なのね」

 

「はい、まあそういう店なのです――申し遅れました、私は財部載展(のの)といいます。ののって呼んでくださいっ!」

 

「私は博麗霊夢、でこっちが――」

 

「霧雨魔理沙だぜ」

 

「ご丁寧にどうも…… って博麗!? 博麗の巫女って奴です!?」

 

「そうだけど、何よ? あんたも妖怪?」

 

「い、いえ、違いますですよ!?」

 

「何か言葉がおかしくなってるぜ」

 

「私、紫に聞いたんですよ……博麗の巫女とその隣に大体いるとんがり帽子の魔法使いは、ヤクザみたいなものだから気をつけろって!」

 

「「誰がヤクザだっ!!」」

 

「ひいっ、やっぱり怖いっ!」

 

 今度紫を見かけたら、本格的に懲らしめよう。そう誓ったのだった。


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