ここは、パプニカの城下町の裏通りにある「Green Forest」
大魔道士ポップが、オーナーシェフを勤めるレストランだ。
この店には、他の店とは違い一風変わったルールが二つあった。
そのうちの一つは、客が店を選ぶのではなく、店が客を選ぶと言うものである。
なぜ、そんなルールがこの店に出来たのかと言えば、ここに来る客の中で一番多い常連客が、かつて大魔王バーンと戦った勇者たちの仲間だったから。
ポップの拘りにより、せっかくの落ち着いた雰囲気が漂う店構えになったのに、彼ら目当てで押しかけて来ただろう、ミーハーな客に壊されては堪らないからと、いつの間にかポップが掲げたルールだった。
それでも、未だにこの店のルールを理解していない、初めて来る客の中には、【自分は客として足を運んでやった】と言わんばかりに、横暴な態度を取ろうとする者もいたのだが。(主に貴族や王族のお馬鹿さん達だ。)
元々、そういう相手が大の苦手なポップは、問答無用で得意な魔法を駆使して撃退すると、そのまま客を送り返すのが常だった。
ポップがそこまでするのは、下手にそのままその場に残しておいても、目を覚ましたらまた騒ぎ立てそうだったから、排除と言う単純な理由だったのだが。
さて、この店のもう一つの変わったルールだが、それは「いい素材が手に入った時しか店をあけない」と言うものだった。
自分の店に来たお客様には、一番美味しいと思えるものを出したいという理由からだったのだが……ポップの拘りは予想よりも高く、気付けばそれが理由で何日も店が閉店したままの状態になってしまう事も多かったのである。
正直、この店の常連客側からすると困ったものだったのだが、一度こうと決めたからには絶対にポップは譲らない事も知っていたので、これに関しては諦めて受け入れるしかなかった。
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「・・・あれ、今日はお休みなの?
でも、店の看板は『OPEN』になってたけど・・・?」
久しぶりにポップに会うついでに、そのまま食事をしようと店の中に入ってきたダイは、開店している時のこの店には珍しく誰も客がいない事を訝しみながら、カウンター奥のキッチンにいるポップに声を掛けた。
そう、普段なら開店している時は店に常連客が一人二人は必ずいる状態なのに、今日は誰も居ないのだからダイが訝しむのは当然の話である。
カウンター席でも、特にダイが好んで座る席に腰を下ろすと、ポップは苦虫を潰した様な顔をしながら、ガリガリと頭を掻いた。
「……たんだよ……」
ボソッと、小さく漏らされたポップの声。
いつもなら、飄々としているポップには珍しく、真っ赤な顔をした状態で呟く姿は、それこそダイだって数えるほど見た事があるかどうかのレベルである。
そういう意味で、本当に珍しい姿だ。
「えっ?何?」
つい、そちらに意識を向けていたせいで、ポップが何を言ったのか聞き逃してしまっていた。
そんな理由もあって、思わずもう一度と言わんばかりに聞き返すダイに、ポップは更に真っ赤になるとキッとダイの事を睨み付ける。
「だから、今日この店で使う予定で仕入れて来たメイン料理用の魚を、うっかり駄目にしちまったんだよ!!」
どこかやけっぱちでそう叫ぶポップに、ダイは思わず目を見開いていた。
ダイが知る限り、今まで料理に関してポップがそんな失敗をした事など、一度もなかったからだ。
だが……そういう理由なら、確かに店を開ける事は出来ないだろう。
「……でもどうして?」
らしくない失敗をしたと言うポップに、状況が掴めず不思議そうに首を傾げるダイ。
その姿を前に、ポップの機嫌が更に悪くなる。
だが、ダイはそんな不機嫌なポップを前にしても平気でいられる数少ない人間の一人なので、気にする事なく質問に対する答えが欲しいと、目で訴えてくる。
ダイの無言の質問への追及に、ただでさえ良く無かった機嫌を更に悪くしながら、ポップはそれでもため息と共に理由を口にした。
「……一応、今日のメインに据える予定の魚が取れる場所がロモスの港だったから、ヒャドで作った氷を箱に詰めて、瞬間移動で帰ってきたんだ。
だけど、せっかく現地まで出向いて仕入れて来た、魚以外の材料がまだ店の方に来てなくてさ。
まぁ、誰もが俺みたいにホイホイ気軽にルーラで移動出来る訳じゃないのは、解ってるからな。
仕方が無いから、野菜とかを何時も仕入れる市場の方に状況を確認に行ったら、野菜の一部を店の方のミスで〖取っておいた品を売っちまった〗っつーてなぁ。
でも、同じ野菜がまだ畑の方に残ってるって言うから、一緒に取りに行ったんだよ。
朝一番で、せっかくロモスまで行って仕入れてきた魚を、キッチンの奥にある保存用の箱にしまい忘れてな。」
そこまで言ったところで、ポップは大きくため息を付く。
ここまで話を聞けば、ダイにも大体の事情が見えてくるのだが。
つまり、店に届いていないものを仕入れる為に他所へ出向いているうちに、外へ放置してしまった魚が痛んでしまったのだろう。
「……魚、料理に仕えない位に酷く痛んじゃったの?」
思わず尋ねてしまったダイに、ポップは何とも言い難い顔を向けた。
どちらかと言うと、多少傷んだとしても上手く調理する術を知っているポップなら、そのまま捨てると言う選択をしないと思ったからこそ、そう質問したのだが……どうやら地雷を踏んでしまったらしい。
微妙な顔をしていたポップだが、それでもちゃんと最後まで説明してくれるつもりはあるらしかった。
「そーじゃねぇ……
店の中に魚があるのに、うっかりあそこの窓に隙間が開いてたんだ。
ここまで言えば、どうなったのかお前でもすぐに判るんじゃないか、ダイ?」
そこまで言って、ポップは自分のミスを嘆く様にもう一つため息を付く。
確かに、ここまで話を聞けばダイにも状況が理解出来た。
「……そっか、魚、猫に取られちゃったんだ……」
確かに、よくよく店の中を観察すれば、キッチン奥の窓の方には何かを引きずった様な後が薄っすらと残っていて、更に所々魚と思われる鱗も落ちていた。
この状況から察するに、猫が獲物となった大きな魚を銜えて出て行った痕跡なのだろう。
しかし、珍しい事もあったものだ。
あのポップが、こんな初歩的なミスをするなんて。
「あー……実は、だな。
昨夜は、あんまり寝てねぇんだよ。
店を閉める直前、知り合いが厄介な品物持ち込んできてな。
急いで閉店してから、直接対応してたんだが……結局、そいつを全部片付けるのに、明け方近くかかっちまってさ。
殆ど寝ないまま、今朝の仕入れに出向いた事もあって、頭が微妙にボケてたんだよ。」
自分でも、ここ最近していなかった大きなミスをした事を振り返ったからか、ちょっとだけ不機嫌さが増したポップに、ダイは思わず及び腰になってしまう。
話から察するに、その昨夜持ち込まれたと言う厄介な品物を相手に、余程苦労したのだろうと言う事だけは直に察せられたので、それに関して下手に詳しい話を聞く気には、流石になれなかった。
基本的に、珍しいものが大好きなポップがこんな風に言う品など、多分ダイの手には負えないのだから。
「……でも、それじゃ今日は店を開けられなくても仕方ないね。
せっかく時間が出来たんだし、このまま寝れなかった分も寝てきたら?」
どこか心配そうに、ダイがポップに対して提案してきたのを聞いて、ポップはハッとなった。
自分が、ちょっとだけダイに八つ当たりしてしまっていた事に、今、気が付いたからだ。
ポリポリと、頭を軽く掻きながら済まなそうな顔をすると、ポップはダイの提案に乗る事にした様子だった。
「あー……わりぃな、ダイ。
お前が悪い訳じゃないのに、つい当たっちまってさ。
取り合えず、ここの後片付けが終わったら、上でしばらく寝てくるわ。
どうせ、明日の昼の分のスープとかの仕込みは、夜にはしなくちゃいけないからな。
あ、そうだ。
もし良かったら、これを姫さんところに持ってってくれねぇか?
今日店で出す予定だった、レアチーズケーキとキャラメルとナッツのタルト、後こっちはホワイトチョコレートのムース。
日を置くとおいしくなくなっちまうから、城の皆で食べてくれって言えば、絶対に受け取ってくれるからさ。」
そう言いながら、キッチンの奥の冷たいものを保存しておく為の箱から、ポップは既に作り置きしてあったケーキたちを取り出した。
慣れた手付きで、手早く大きなバスケットに詰め込んだそれを、にっこり笑顔を浮かべたままダイに手渡すポップ。
それを受け取ったダイは、首を軽く竦めるしかない。
まさか、ランチを食べに来て食べそびれた挙句、ケーキを幾つもホールで押し付けられるとは思っても居なかったからだ。
「はぁ……判ったよ、ポップ。
このケーキを、レオナに渡せばいいんだね?
じゃ、俺はそろそろ城に戻る事にするよ。
今なら、まだ白の方でもお昼を食べられると思うし。
後、たまには城の方にも顔を出してよね。
みんな、ポップに会いたがってるんだから。」
笑ってそう言うと、ダイはバスケットを揺すらない様に気を付けつつ、店を後にしたのだった。
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今回の様に、何らかの理由があればこの店は直に営業を中止する事も多い。
それこそ、店主の都合ですぐに店は【本日休業】になる、【世界一わがままな料理店】なのだった。
こんな感じで、ポップの都合によっても営業日が減っていくと言う。
基本的に、不定期営業な店だと常連客から認識されている為、問題はないみたいですけどね。