当店では、店主がお客様を選ばせていただいています
よって、当店の店主の目にかなわなかった場合、大変申し訳ありませんが、お客様の入店をお断りし、お帰りいただくことになります
ご了承ください
また、当店にはメニューがございません
その日、一番おいしいものを、お越しになったお客様の体調や好みに合わせて召し上がっていただくためです
その代わり、料理は全てシェフが作り出す最上の味ですので、ご満足いただけると思います
是非とも、お越しになられた皆様が当店のお客様になられる方である事を、心よりお待ちしております 】
いつの間にか、店の入り口に取り付けられたこのプレートに最初に気が付いたのは、ダイだった。
どうやら、この店の店主がこんなプレートを事前に出してしまいたくなる位に、入店拒否をしたくなるような客が続いたらしい。
一度、実際に質の悪い客がこの店に来た現場に居合わせ、彼らの質の悪い行動の一部始終を見た事のあるヒュンケルの話を思い出す。
ちょっとだけ溜め息を吐きつつ、ダイは「OPEN」の札が掛かった入り口の扉をゆっくりと押し開けた。
カランッカランッ
小さなドアベルが、割と大きな音で鳴るのを聞きながら扉を潜って中に入ると、割と馴染んだ店内の様子がすぐに伺えた。
元々、この店はそれほど広い訳ではない。
十五人ほど入れば、すっかり満席になるような小さな店だ。
どこか、こざっぱりとしていながらガチャガチャとしていて、それでいて落ち着くと言う矛盾に満ちた店の雰囲気は、この店主の性格がよく出ていると言って良いだろう。
「よぉ、良く来たな。
時間的に、そろそろランチを終わりにしようと思っていた所なんだ。
結構タイミングいいぜ、お前たち。」
笑顔でそう言いながら、店の奥のカウンターから顔を覗かせ、そのままダイたちを歓迎する様に出迎えてくれたのは、店の店主であるポップだ。
そう、この店はポップが半ば趣味で始めた、小さなカフェレストなのである。
以前から、アバン先生の弟子として料理の腕にもそれなりの定評のあったポップが、パプニカの城下町で料理店をを開くと言い出した時は、本当に誰もが喜んだものだ。
今まで、彼が気の向いた時にしか料理しない為に、滅多に食べられなかったある意味貴重なポップの作る料理が、毎日のように食べられると。
しかし、実際はちょっと……いや、大分違っていた。
まず最初に、パプニカの城下町でも裏路地に位置するような場所に小さな店を開いたポップは、店の客を……自分の料理を食べる相手を選んだ。
自分の店に来ても、その客がここで食事をするのは相応しくないと思った時点で、あらゆる手段を用いて客を追い返してしまい、その相手の為には絶対に料理を作らない。
例え、それが各国の王族だろうが誰であろうが、彼が一度客と認めないと決めてしまえば、一切関係はなかったのである。
そして、料理を作る為の材料にも色々と拘った。
毎日、今までの寝坊助が嘘の様に早朝に市場に出向くと、その日に手に入る一番の材料を仕入に行く。
自分自身が納得がいくような、そんな一番良い食材をふんだんに使って、お客様と認めた相手に一番美味しく食べて貰う為に。
その信念から、もしポップの目に叶う食材が朝市の仕入れで手に入らなければ、その日は営業を中止して誰が何を言おうと店を開けようとしなかったのである。
また、この店にはメニューと言うものが存在しない。
食べる相手の事を、彼なりに色々と考えた結果だった。
なんと言っても、一人一人味の好みにも細かな違いがあれば、その日の体調も違う。
人の味覚は、体調によって色々と影響を受ける事から、希望している料理が必ずしも美味しく食べれるとは限らないと考えたのだ。
日頃、何かと忙しい友人たちの為に、彼らの体調に合わせつつ美味しい料理を作る。
料理を食べる本人たちは、彼が料理をするのを気まぐれだと思っていたようだが、これでもポップは忙しい合間を縫って彼らの為に料理をしていたのだ。
ポップの友人たちは、意外に自己管理が出来ていない者達ばかりだったから。
もちろん、これには戦時中と言う理由も存在していたので、ポップも特にそれを指摘したりはしなかった。
ヒュンケルなど、指摘しても耳を貸さない面々を相手に、そんな事で時間を割くのは惜しい状況だったから。
そんな事もあり、大魔王バーンとの戦いの最中より続いていた習慣の様なこの行為は、ポップの洞察力を上げる結果になった。
友人たちの顔を見るだけで、その日の体調がわかるようになったのだから。
色々と考えた上で、パプニカに料理店を開く事を決めた時、ポップはこれを一般客に応用しようと考えた。
誰だって、自分の体調に合わせつつ美味しいものを食べたい筈だと考えたから。
試しに開店初日の半数の客に、客の好みだけを聞いて後は体調に合わせた料理を出してみた。
あくまでも試験的なもので、これが受け入れられないと判断したら、普通にメニューのある料理店にするつもりだったのだ。
すると、意外に客の間でこの試みは好評となり。
開店3日目には、念のために置いてあったメニューを外す事をポップは決めた。
連日、この試みが受け入れられて、行列が出来るほどの大盛況だったからである。
もちろん、最初は戸惑ったり文句を言うものが居たが、出された料理を食べれば大概の者が納得してくれた。
以来、この店ではそれぞれの客のその時の体調に合わせて、一番美味しいと感じるであろう調理法を用い、その日一番の食材を使った料理が出されるようになった。
この店の営業方法を納得しないものは、客とみなされずに料理を口に出来ないまま、この店から追い返される事になったのだった。
そんなポップの態度でも、店が営業される日はほぼ満席になる程に繁盛している。
ある意味、それは当然の結果だった。
味は文句なしの一級品だし、提供される料理の値段も恐ろしく安いのだ。
ただ、店主のポップが客を選ばなければ、最高と呼ばれる店になっていただろう。
「……でも、そのおかげでいつ来ても居心地いいのよね、ここって。」
彼の営業方針を知っていて、そんな風に笑って言うのは、この国の女王であるレオナだ。
女王の重責から解放されるのは、自室以外ではこの店の中だけなのだと笑う。
実際、ポップからこの店に入店を許される様な客は、誰もがレオナを女王としてではなく、一人の女性として扱うものばかりだ。
ヒムや魔族のロン・ベルク、ラーハルトといった者たちに対しても、何の偏見もない。
まぁ、それは当然の結果だろう。
ポップは、来店した人間達の言動などからきちんとそういう者達を選んで、このの店客として敷居を跨ぐ事を許しているのだから。
元々、あくまでも自分の趣味で始めた様な店である。
だから、この店での儲けなど二の次なのだ。
彼の目的は、あくまでも自分の大切な友人たちが、いつでも寛げる様なそんな店を作りたかっただけなのだから。
そう……ここは自分の城などでは殆ど寛ぐ事が出来ない者達が、みんなで集まって馬鹿騒ぎ出来る事を大前提で作られた店なのである。
******
「それで、今日のお勧めは何?」
すっかりお腹がペコペコなダイが、カウンターから厨房の中を覗き込むようにポップに尋ねる。
店に入った時から、色々な美味しそうな料理の匂いが漂っていて、我慢出来なかったのだろう。
一緒に店にやって来たらしい、レオナやヒュンケルが苦笑している位だから、ほぼ間違いない。
「んー……そうだな。
ダイには、よく煮込んだ具沢山のビーフシチューだな。
後は、トマトサラダに胡桃入りのバケットパン。
デザートには、ブラマンジェの木苺ソースがけってとこか。
レオナは、ちょっと疲れが溜まってるみたいだし、美容にもいいものって事で。
ガスパチョに、臭みをしっかりと抜いたレバーのムニエル、クロワッサンとアボカドサラダにタルト・オ・フリュイが良いんじゃないかな、と。
んでもってヒュンケルには、小魚の南蛮漬けに魚介たっぷりのパエリア、クラムチャウダーにフルーツヨーグルトだな。」
ダイの無作法を咎め立てたりせず、カウンター越しに笑いながらそう言うと、そのままカウンター席に誘導して早速ダイたちの前にサラダを並べていく。
どれも、食欲をそそる色合いで盛り付けられている為、すっかり彼らの意識は料理の方へと持っていかれていた。
「……いつもながらどれも美味しそうね、ポップ君。
でも、ランチで提供するには多すぎるような気がするわ、この量。」
レオナがフォークを片手に苦笑をすると、ポップは軽く肩を竦める。
一応、彼女の様に言う女性客が全くいなかった訳ではないので、それに対する返事も慣れたものだ。
「そんなに心配しなくても、一品ずつの量は少なめだぜ。
それぞれの食材を栄養のバランスよく食べることが一番だからな 」
ひょいひょいと、キッチンで調理を進めながら答えるポップは、ニコニコと笑顔を浮かべていた。
どうやら、会話をしながらメイン料理の調理に入るつもりらしい。
いつ見ても、信じられないほど手際よく調理していくその姿は、普段のポップからは想像出来ない位にかけ離れていた。
もっとも、最終決戦の時のあの器用さを考えれば、これ位の事は本気になれば可能なのかもしれないが。
「……他の客は、もう帰ったのか?
時間的には、まだランチの時間内だと思うが……」
ヒュンケルが軽く店内を見渡し、自分たち以外の客が一人も居ない事を訝しむと、ポップは軽く首を竦めつつ苦笑を浮かべた。
どうやら、自分達がこの店に来る前にまた何かあった様だ。
状況を察した彼らに、ポップは料理の手を休めずに簡単に説明してくれる。
「ん~、ちょっと……
少し前に来た客がな~。
初めてここに来る客だったんだけど、うちの客層似合わなかったんで入店拒否をしたら、店内で暴れてな。
……どうも、ここの店の店主が俺だって事に、すぐには気が付かなかったらしい。」
「仕方がないよな、うん」などと言いながら軽く肩をすくめるポップを前に、ダイたちはその暴れたという客に同情した。
実は、この世界で一番怒らせていけないのは、ダイではなくポップだ。
ダイは、どんなに怒らせる様な事をされたとしても、決して人に対して冷酷にはなれない。
だけど、ポップは違う。
本気で切れたら、どこまでも冷酷になれるのだ。
ただ、それ以上に普段の性格が人間味が溢れ出んばかりに強いから、その事に誰も気が付かないのだが。
「……で、そいつをどうしたんだ?」
ポップが負い出した問う言う客への対応を聞くべく、ヒュンケルが先を促す。
すると、ポップは何となく言い辛そうな様子で視線を外し、ちょっと遠くを見ていた。
その様子を見る限り、結構な対応をしたんだろう。
だが、ここで確認しておかないと、後でその相手の国から何かの要求があった時に対応が出来ない為、更に無言で視線を向ける事で続きを要求した。
「あー……軽くベタンを掛けて気絶させた後、そのまま強制的にベンガーナのあるって言うそいつの自宅にルーラで送り帰させて貰った。
そしたら、流石にうちの常連客からもドン引かれてなぁ。
みんな、早々に食事を終えて帰ったんだよ。」
ちょっとだけ、常連客の前でやり過ぎたと首を竦めてはいるものの、迷惑行動をした客への対応自体は反省していないらしい。
苦笑を張り付かせたまま、さらりとそう言って退けるポップに、レオナが呆れたような顔をした。
「正直、ポップ君らしいとは思うけど、ちょっとやりすぎたんじゃないかしら?
ま、ここの店主が誰なのか知らずに暴れようとした、その客も悪いけどね。
……まぁ、いいわ。
久しぶりに、他人の目を気にせずのんびり昔話に花を咲かせられるいい機会ですもの 」
最初こそ、ポップへの忠告を口にしていたものの、最後はそうあっさりと言い切ると、レオナは目の前に出されたメイン料理にナイフを入れる。
出されたムニエルだが、しっかり牛乳に漬け込んでレバー独特の臭みを消してあったので、とても美味しくなっていた。
「……ほら、こっちがダイのメインだ。」
そんな言葉と共に、ポップからカウンター越しに差し出されたのは、一口大の大きさに切られた肉や野菜がたっぷり入ったシチューの皿。
トロリと煮込まれたシチューは、見ているだけで美味しそうだ。
ダイが自分の皿を受け取ると、今度はヒュンケルの前に小振りの深皿が差し出された。
「ヒュンケルのパエリアはまだ掛かるから、南蛮漬けを先に出しとくな。
あ、そうそう、全員にこれを出すの忘れてたぜ。」
そんな事を言いながら、ポップの手によって三人の前に並べられたのは、いい匂いを漂わせる香茶。
どこか甘みを感じる香りを漂わせるそれは、済んだガラスのコップの中で暖かな湯気を立てていた。
しかも、何時も出される紅茶の色と違って金色の色を湛えていて、とても美しい。
「……ねぇ、ポップ君。
これっても、しかしなくても新作?」
興味深げにグラスを眺めつつ、首を傾げながら尋ねるレオナに、ポップはにっこりと笑った。
レオナの横では、既に自分の分のグラスを手に取ったダイが、匂いを吸い込むように確認している。
「そう、新作。
ダンジャックたちの所からの差し入れでな。
普通じゃ絶対に手に入らないから、ぜひお前たちに振舞いたくてさ。
もし、三人が今日店の方に来なかったら、後で城に持って行こうと思ってたんだぜ、それ 」
こういう、珍しいものを自分達に出す時のポップは、すごく楽しそうだ。
意外と新しい物好きなポップは、こうして珍しい食材を手に入れると、絶対にみんなに振舞ってくれるのだが……
時々それは楽しそうに、それらを使って意地悪な事をされる場合もあった。
そう、こう言う珍品の中には美味しいばかりのものだけではないらしく、味がとんでもない代物を見た目だけ整えて、何も言わずに出してくれる事も多々あったりするのだ。
今回のこれは、グラスから漂う湯気からいい香りがするので、それほど味が酷いものではないと思うのだが……
彼が差し出すものの中には、香りは良くても味が信じられないような薬湯茶もあるから、正直不安になってしまうのだ。
「……まぁ、とにかく飲んでみろよ。
それは、本気でかなりの貴重品なんだからさ。」
ポップに勧められ、恐る恐るといった様子でお茶を口にして……
「「「……なにこれ、すごく美味しい……」」」
一口飲んだとたん、全員の声がハモッた。
甘く濃厚な香りに比べて、すっきりした味わいが本当に美味しかったのだ。
「美味しいだろ、それ。
ダンジャックの故郷でも、一度にわずかしか取れない貴重品なんだぜ。
今回、ちょっと面倒な薬草を融通してやったお礼に貰ったんだ。
本当に貴重品だから、心して飲んでくれよ。」
にっこり笑いながら言うと、漸く出来上がったパエリアの鉄皿をヒュンケルの前に差し出した。
ホカホカと湯気を上げているそれを受け取ると、スプーンを入れる。
「……相変わらず、何を作らせても美味いな。
あっさりした香茶にもあっていて、すごく美味い。」
自分のパエリアを口に頬張り、味わうようにして咀嚼して飲み込んだヒュンケルが、その味に満足そうに笑う。
その横では、レオナがダイのシチューを一口貰っていた。
「こっちのダイ君のシチューも美味しいわ。
あ、一口位なら分けて貰っても良かったわよね、ポップ君。」
一応、それぞれの事を思いやって料理を提供されている事を鑑み、にっこりと笑いながら確認を取るレオナに、ポップは苦笑した。
彼女が、美味しい物に目が無い事などポップも承知しているし、彼らのやり取りを見ているのも大好きだからだ。
「別に、それくらいじゃ怒らねぇけど?
それよりも、しっかり味わって食べてくれよ。
今日は仕入れの関係で、ディナーはやらねぇから。」
何気ない会話の中であっさり言われたので、ついそのまま聞き逃しそうになったものの、三人ともちゃんとポップが口にした言葉の内容を耳に捕らえていた。
三人を代表するように、レオナは大きく溜息を漏らす。
「……また、なの?」
どことなく、呆れが混じった声を漏らすレオナ。
これに関しては、ダイやヒュンケルも彼女と同じ心境なのか、同意するように頷いている。
そんな彼らの反応に、ちょっとだけ拗ねた様にポップは口を尖らせた。
「……そう言われてもなぁ……今朝は、ランチ分くらいしか仕入れが出来なかったんだから仕方ねぇだろ。
今回に限って言えば、完全に俺の食材への拘りと言う名の我儘が原因じゃねぇんだぜ。
今朝の朝市では、ちゃんとランチとディナー分のメイン料理用の食材の仕入れを確保してたんだ。
それなのに、横から割り込んできて茶々を入れる奴が居てさ。
何でも、どっかの国の大臣だか貴族だかのお偉いさんのお抱えコックらしいんだけど、自分がお偉いさんのお抱えだっていう立場を利用して、強引にこっちが先に押さえてた食材を横取りしやがったんだ。
しかも、俺が他の食材を仕入れに行っている間に、強引に金払って奪うように持ち逃げしやがって。
あぁ、腹が立つったらありゃしねぇ!!」
朝市の時の状況を思い出し、この場で腹を立てているポップの様子を見て、ダイは同情した。
仕入れの品を、そんな訳の判らない相手に横取りされたポップと、横取りしたせいで怒らせてはいけない相手を怒らせてしまった件のコックに。
「……本当なの、今の話。
その話が本当なら、とても許せる話じゃないわね。
今日こそ、君の作ったディナーを食べに来るつもりだったの。
やっとアポロたちのお許しが出て、私すごく楽しみにしてたのよ 。
それを、そんな理由で取り止めなくちゃいけないなんて、冗談じゃないわ!!」
怒り心頭といった表情のレオナに、冷静なヒュンケルは仕方がないと肩を竦めた。
彼女は、自分たちと違って滅多の城を出てここで食事をする事が出来ない。
もちろん、彼女の立場や役目などの為なのだが、その分漸く許可が降りたここでの食事を楽しみにしていたのだ。
その数少ない楽しみを、くだらない理由で邪魔されたレオナの怒りは大きい。
「……なぁ、さっきも言ったような理由で今日のディナーはやらねぇけど、その代わりに城まで行ってハイティーの準備をしてやろうか?
本格的な料理は、流石に手持ちの材料的に無理だけど、それ位の事なら多分出来ると思うぜ。
何なら、ケーキの類はレオナの好きなモンばかりにしてやってもいいけど、どうする?」
それまで先程の事を怒っていたポップが、慌ててレオナを宥めに掛かる。
彼もまた、レオナが滅多に食べに来られない事をちゃんと理解していたからこそ、彼女の怒りを宥める事を優先したのだろう。
店を開いて以来、城で料理をしなくなったポップの申し出に、レオナの顔が輝いた。
「……それ本当?ポップ君?」
確認を取る様に訪ねて来るレオナに対して、ポップは軽く自分の胸を叩きながらにっこり笑って頷く。
そんなやり取りをしながら、既に自分のメインを全部食べ終わり、デザートを待つばかりとなっていたダイの前に、真っ白なブラマンジェを盛り、その上に木苺のソースをかけたデザートプレートを差し出した。
それと引き換えに、メイン等の皿をキッチンの中に引き上げる。
「あぁ、ちょうど姫さんとこの書庫を貸して欲しいと思ってた所なんだ。
ちょっと調べたいことがあってさ。」
にっこり笑って言うポップに、レオナが苦笑を浮かべた。
彼がわざわざ城に出向いてくれる理由が、書庫狙いだとすぐに察したからだろう。
だが、それでも彼が料理をしてくれる事には変わりがない。
「うちの書庫を借りたいってことは、ここの仕事じゃなくて本業の方ね?
……分かったわ、好きに使ってちょうだいな。
その代わり、デザートは紅茶のシホンケーキにフォンダンショコラ、キャラメルアップルパウンドケーキ、それにレモンムースをリクエストしてもいいわよね?」
だから、遠慮なく自分の要望を伝えてにっこりと笑うレオナに、ポップは楽しそうに笑う。
どうやら、彼も自分の要望が通った事に満足したからだろう。
「やっぱ、そのあたりをリクエストしてきたか。
多分、そう言うんじゃないかと思って、フォンダンショコラ以外はもう作ってあったりするんだよな。」
そう笑いながら言うポップに、「流石はポップだよね」とダイたちも感心した。
ちゃんと、レオナが要求しそうな当たりのケーキを、事前に仕込んである辺りがとても彼らしい。
こんな風に、相手の思考を先読みできる部分が、あの大魔王バーンをして「知恵者」と言わせるだけの理由なんだろう。
「……ま、とにかく今は料理の方を食べちまいな。
俺も片付けが終わり次第、城のほうに行くからさ。
あ、そうだ。
何なら出来てるケーキの方だけでも持っていくか?
ただし、持っていった品を黙って食べたりしても、追加のケーキは作らないからそのつもりで居ろよ?」
三人にデザートの皿を出し終えたポップが、そう提案して来た。
と言うか、こちらの返事を確認をするよりも前に、出来ているケーキをそれぞれホールを大きな箱に入れて蓋をし、大きな籠に詰めていく。
どうやら、問答無用でダイとヒュンケルはケーキの運搬を任されるらしい。
綺麗にケーキの箱を詰め終えた、二つの籠をカウンターからダイたちの前に差し出した。
「ほら、これが言ってたケーキ。
気を付けて運んでくれよ?
運んでいく途中でケーキを崩したりしたら、向こう3日間出入り禁止にするからな。」
笑って言われ、ダイたちはその笑顔の裏に隠れているものを察して、少しだけ顔色が悪くなる。
ポップは一度言い出したことは、決して翻さないから。
「……うん、出来る限り気を付けるよ……」
二人にはそれ以外に答えられなかった。
食事が終わり、ダイたちが出されたケーキの籠を抱えて店を出た後、ポップは店の入り口に「close」の看板をかける。
先程もレオナたちに言った通り、今日はこれで店じまいをする予定だったので、サクサク作業する事に迷いはない。
慣れた手付きで、手早く使った道具や食器たちを片付けていった。
この後、城で【ハイティー】用の料理をする事になるのだが、道具は全部向こうの台所にあるものを借りる予定でいる。
急な飛び込みにはなるのだが、ポップが作るのはレオナたちが口にする料理なのだし、材料も向こうで用意してくれるだろう。
なにせ、既にレオナたちには今日の店じまいの理由が、仕入れが不足していたからだと伝えてあるのだから。
「……ま、最悪ある材料で何とか出来るだろうしな。
なんせ、一国の主の住む城の台所なんだからさ。」
そう考えると、急いで残っていた後片付けを済ませていく。
今日は、ただ単にレオナたちが店でディナーを食べられない代わりに料理をしに行くだけではなく、自分の本業である魔法研究のための資料を借りに行くのだから。
念のために、自分のオリジナルブレンドの調味料を鞄に詰めると、ポップは城に向かった。
その後、今回ポップの店の営業を邪魔したコックが使えていた某国の貴族の大臣は、あっさりと失脚した上に家督を半強制的に息子に譲る羽目になった。
今回の一件が、レオナの口から各国の王家に伝わり、各自が調査した結果、どこの誰なのか判明したからである。
何せ、諸国の王たち全員がポップの料理のファンであり、パプニカに来るたびお忍びで食べに行くくらいなのだから。
その店の営業を、一日とは言え邪魔したのだ。
唯でさえ店が開いている確率が悪いのに、それをさらに悪くするなど許しがたいものがあったのである。
しかも、邪魔をしたものが、以前ポップの店で入店拒否をされたのを根の持っての行動だと判明した時点で、処罰の対象になったのだ。
もちろん、今回の失脚理由ははっきりとは公にならなかったが、噂としては瞬く間に貴族たちの間で広まり……
以降、「世界中の王家から守られている店」としての認識され、ポップの店に対して一切の嫌がらせはなくなったのだった。
かなり昔の作品なので、割と色々と加筆修正しました。
実は、加筆しない状態でなら、最低でも残り四話ほどあったり。