走れ走れ走れ、走れ!
「ぐばぁ」
「ごはっ」
「よくもやっでぐは」
いくつもの悲鳴とともに、バタリバタリと仲間たちが地に倒れていく音が響く。
もうだめだ!耐えられない!
俺は敵に、セントラルの錬金術師筆頭の軍に背を向けただひたすら走り抜けた。
始まりは数週間前。
かねてより、宗教上の問題で対立していた我々イシュヴァール人とアメストリス人。そのアメストリス人の軍将校が、イシュヴァールの少女を銃殺したことから全てが始まった。我々は軍への怒りを抑えることが出来なかった。しかし、彼らアメストリスは錬金術という強大な力をいくつも持ち、戦っても勝てないだろうという考えが皆にあり、事を起こすことが誰もできなかった。しかし、同じイシュヴァールの一家族、少女の家族がアメストリスの首都とも言えるセントラルでテロを起こしたのだ。これをきっかけにして、イシュヴァール人は各地で行動を起こした。当初、アメストリスの軍も小さな内乱として処理していたが、とうとう戦火は東部全域へと広がっていった。
そして、ついにイシュヴァールとアメストリスの全面戦争が勃発した。
錬金術師相手とはいえ、地の利は完全にこちらにあり、不意打ちや奇襲による攻撃で、軍の戦力にたいし、対等に戦えていた。
否、そう思っていた。
我々イシュヴァールと、軍の国家錬金術師には覆すことの出来ない大きな壁があったのだ。
あるものは何処から飛来してきたのか、轟々と燃え盛る紅蓮の焔に焼かれ、灰も残らず消しさられた。
あるものは地中から突如現れた巨大であり、とてつもなく鋭利な棘の山に貫かれた。
あるものは──────────────
次々と仲間や同士が殺されていった。
クソクソクソクソッ、クソォッ!
こんなはずでは無かった。確かに、今まで受けた迫害に不平不満が無かったといえば嘘になる。しかし、我々は殺された少女の敵を討つためにこの戦いに加わった。どうして、こんなにも一方的に殺され続けなければならないのだろうか?
そして、目の前に一つの影が現れた。
「追いかけっこもお前で最後なんだが?」
「!?」
目の前には、一人の女性が立っていた。
アメストリス軍の制服である、青を基調とした軍服を着て、美しい金髪を雑に纏めあげたポニーテールという出で立ちをしていた。
国家錬金術師。俺はそう察していた。
なぜなら、その女性は体から紅の色に染まった雷を身体中から発し、纏っていており、その手には赤の柄に白銀の刀刃、所々に赤の装飾が施されたこれまた美しい剣を持っていたからだ。
「スマンがこれも上からの命令でな。お前らが起こしたことだ、潔く死ね」
悔しかった。
あの、全身から溢れ出る自信と余裕。まるで肩にかかった露を払うようではないか。このまま、このまま終わりたくはなかった。
体に電気が流れたかのような衝動が駆け巡った。
殺るしかない
今までにないほど、高速で腰に差していたナイフを引き抜く。眼前に構え、目の前の女性を見やる。距離は5mほど。
殺ってやる!
「ウワァァアアアアア!!!」
そして駆け出した。
ドッ
「へ?」
クルクルと回転し、反転する視界。何故だろうか、なぜ俺は俺の体を見ているのだろうか?
それが最後の思考となり、彼は永遠に意識を落とした。
「ペンドラゴン少佐、このあとは?」
今回、オレが指揮を任された小隊の隊長が指示を仰ぐために話しかけてきた。
「各隊、周囲の索敵。大体は俺が殺ったからな。あとは残りを探して、やれ」
「了解しました。少佐は?」
「……………暫くひとりにしてくれ」
「……………了解しました、我らが英雄」
そう言って数十人規模の小隊が3,4人で塊となって散っていった。
それを見届けると、俺は自分以外誰もいなくなった通りをふらふらと歩きはじめた。
そこに広がる景色は、
真っ赤な血に濡れた、家具やツボが並んでいる布が敷かれた簡易式のテント。
見るも無惨な形となった、活気があったであろう街並み。
そんな街の中を歩く。
歩く。
歩く、歩く。
ふと、気になって一つの民家に入った。
はたしてそこには、娘だろうか。小さな少女を抱き抱えて、背中に出来たいくつもの穴から血を流し、倒れている女性がいた。言わずもがな、抱えられている少女も同じような姿だった。
「……………ソ」
小さく呟き、民家を出る。
「…………………………ク、ソ」
民家の間の小道に入る。
ふと、そこに転がるドラム缶が目に入った。
「この、糞野郎がぁあああああああ!!」
叫び、思いっきりドラム缶を蹴り飛ばした。ゴシャァッ!!、という音とともにドラム缶があとかたもなく消し飛び、バチバチと音を立て、赤雷が当たりに撒き散らされた。
「オレは、こんな事のために錬金術師になった訳じゃねぇのに……………」
そう零れた小さな声は誰の耳にも届かなかった。