黒羽転生   作:NANSAN

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来訪者編30

 東京に潜伏を続ける顧傑(グ・ジー)は、大胆な行動に出ていた。各地に散らしていたパラサイトたちを一か所に、しかも自分の場所に集めたのだ。

 四葉紫音がパラサイトの位置を感知できることは彼も知っている。それでも尚、彼には十二体のパラサイトを集める理由があった。

 

 

(ふむ……これが限界か)

 

 

 顧傑(グ・ジー)の前にいるのはフォーマルハウトだ。スターズの恒星級魔法師にして、一番古いパラサイトの一人である。肉体への馴染みという観点においては最も高い数値を誇るだろう。そんなフォーマルハウトに対して実験を行っていた。

 それは一人の人間の器に複数のパラサイトを存在させるという実験だ。

 本来、一つの肉体には一つの精神という関係が成り立たなければならない。パラサイトも人間と融合する際、本来の精神とも融合することで一つの精神として成り立たせている。この原則が破れるとすれば、それは多重人格者だけだろう。

 しかし顧傑(グ・ジー)は成し遂げた。

 フォーマルハウトに対し、追加で六つのパラサイトを寄生させたのだ。それも精神融合という形ではなく、独立した精神体として融合させることに成功した。ただ、これは非常に特殊なケースと言える。元々、パラサイトは一つだった。それが次元を超えた衝撃で分裂したに過ぎない。それにパラサイトそのものは自我という者が存在せず、融合した精神体の精神性に依存する。そういった性質を利用し、また顧傑(グ・ジー)の有する魔法技術によってこの企みは実現したのである。

 

 

「調子はどうだ。不調や違和感は感じるか?」

「問題ない」

 

 

 フォーマルハウトは淡々と答える。記憶にも人格にも影響はない。

 一見すると成功に思える。

 

 

(パラサイトを七体分宿した程度で……あの四葉紫音を倒すことはできん)

 

 

 しかし顧傑(グ・ジー)は満足できなかった。

 その理由は紫音の戦略級魔法『リベリオン』の存在である。精神波長の同調により、魔法演算領域を一時的に歪め、紫音のものにしてしまう異能的魔法だ。発動終了後は世界の修正力により元の魔法演算領域形状へと戻る。

 この『リベリオン』の最も恐ろしい部分は、周囲の人間の魔法演算領域を紫音と同様にすることで、強制的な乗積魔法(マルチプリケイティブキャスト)を発動できるところだ。千人の人間に『リベリオン』で接続すれば、概算で千倍の魔法力を得られる。

 顧傑(グ・ジー)が開発したソーサリーブースターもびっくりのドーピングである。

 そんな紫音に対抗するべく、ソーサリーブースターの技術を応用してフォーマルハウトの強化を試みた。しかし強化の限界は思ったよりも早く訪れた。

 

 

(今のままで正面から構えるのは愚策。それに周公瑾もいない。引くべきか)

 

 

 そもそもは日本との一番強い接点である周公瑾が消えたことで、顧傑(グ・ジー)が自ら日本に訪れることになった。だが結果は惨敗。憎き四葉によって顧傑(グ・ジー)は追い詰められていた。

 

 

(仕方あるまい)

 

 

 顧傑(グ・ジー)は日本での活動に区切りを付けた。

 四葉の思惑通りに。

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 二月十七日、夜。

 達也はピクシーからパラサイトについての一連の情報を聞き出し、四葉家の分析と比較することでより精度の高い情報を纏めていた。その結果をテレビ電話で紫音と共有していたのだ。

 

 

『――ということだ』

「なるほどね。ピクシーではパラサイトを感知できないか……」

『分かるとすればどうするつもりだったんだ?』

「それはまぁ、討伐だな」

 

 

 パラサイトによって憑依されたヒューマノイドロボット、ピクシーは達也に対して従属の意思を見せた。ただしピクシーは一校に貸し出されているロボットなので、流石に持ち帰ることはできない。学校にいる間だけ、ピクシーを通じてパラサイトについて情報収集を行っていた。

 

 

『それで紫音。この後はどうするつもりだ?』

「母上殿の要望……正確には四葉のスポンサーからの要望は顧傑(グ・ジー)を日本から追放だ。色々と誘導して大亜連合あたりに逃亡するようにしている。逃亡の準備も裏でやっていてね。そろそろ動いてくれると思うんだが……」

『一校の時のように襲撃してくる可能性はないのか?』

「その時は『霊子極散(ディスインティグレーション)』で数体ほどパラサイトを消滅させるさ。それに顧傑(グ・ジー)が相手をするのは俺たちだけじゃない。十師族の七草に十文字、そして千葉家と吉田家、あとはアメリカ軍魔法師部隊スターズもいる。いい加減、日本から出て行くことを考えているハズだ。そのために黒羽の部隊も毎晩のように巡回させているし、俺も見回りしている。スターズの方は亜夜子の方で色々と相談してくれているから、黒羽の巡回と合わせて効率よく包囲を狭めているよ」

 

 

 紫音はテレビ電話のモニターに、幾つかのデータを見せる。それは七草、十文字、千葉、吉田、黒羽、スターズの動きと探索範囲を示した地図だ。それを見る限り、顧傑(グ・ジー)が永続的に逃亡するのは非常に難しいと言える。

 更に言えば、これに加えて警察もいるのだ。

 密入国者でもある顧傑(グ・ジー)やパラサイトたちは怪しまれる立場なのだ。

 達也も納得した。

 

 

『これは凄いですね。お兄様』

 

 

 後ろで深雪も感嘆した。

 滅多に手を取らないそれぞれの組織が協力することで、これほどの包囲網を構築できることが立証されたのだ。

 だが、ここで異変が生じる。

 モニターの半分が切り替わり、全く別の映像が浮かび上がった。金髪碧眼の、見るからに少年といった風貌があった。ただ、おそらく年齢は紫音と同じである。

 紫音はこの少年を知っていた。

 

 

(レイモンド・クラーク……出たな)

 

 

 正史において世界を引っ掻き回した厄介な人物である。情報収集能力に長けた紫音ですら、手玉に取られる可能性があるとして警戒していた。

 少年、レイモンドは映像の中で話し出す。

 

 

『ハロー。聞こえているかな? 僕はレイモンド・セイジ・クラーク。「七賢人」の一人だよ』

 

 

 随分と流暢な日本語で話すレイモンドは、コミュニケーションを取る気配を感じない。録画映像を流しているだけだろうと紫音は推測した。

 半分に分けられた画面のもう一方には、表情を変えた達也と深雪の姿があった。つまり、向こう側にも映像は見えているというわけである。

 

 

『君のことはティア……と言っても分からないか。シズクから聞いているよタツヤ。それに日本の戦略級魔法師、シオン・ヨツバ……君のこともよく知っている』

 

 

 雫はリーナとの交換留学でアメリカにいる。そしてレイモンドは雫と同じ学校に通い、偶然か必然か、雫と接触した。

 

 

『こうして僕が映像越しに現れたのは他でもない、ある情報を伝えるためだ。日本のパラサイト事件を裏から操る顧傑(グ・ジー)、あるいはジード・セイジ・ヘイグと呼ばれる男のね』

 

 

 それを聞いて画面の向こうにいた達也の表情が変わった。今の達也は情報の有用性、信用できるかどうかなどを吟味しているのだろう。

 紫音としてはレイモンドの正体をよく知っているので、警戒はしつつも深くは考えない。

 

 

『反魔法師組織「ブランシュ」の総帥にして犯罪シンジケート「ノー・ヘッド・ドラゴン」の前首領、また僕と同じ「七賢人」の一人。そんな彼も今の状況は困難を極めているようだね。流石はあのヨツバに連なる者だと称賛するよ、シオン。そして僕が君たちに送る情報は、ヘイグの行方さ』

 

 

 そこまで言ったレイモンドは慌てて言葉を付け足した。

 

 

『ああ、同じ「七賢人」といっても仲間じゃないよ。そもそも「七賢人」とはフリズスキャルヴにアクセスできる七人のオペレーターのことさ』

 

 

 紫音もこのフリズスキャルヴを欲しいと思っていた。それで『八咫烏』という疑似精霊魔法を開発したのだ。だが、残念ながらフリズスキャルヴほどの利便性はない。

 達也もフリズスキャルヴについて噂程度に聞いたことはあったが、実情は知らなかった。

 

 

『フリズスキャルヴというのは、全世界傍受システム「エシュロンⅢ」の追加拡張システムの一つでね。バックドアを利用してエシュロンⅢすら上回る効率で情報を収集することができる。ただ、その本体がどこに存在するのかは僕も知らない。ハードの存在しない、プログラムだけの存在なのかもしれない。それにフリズスキャルヴのオペレーターはそれ自身が選択を行っていて、こちらから干渉する権限はないんだ』

 

 

 改めて聞くと凄まじいシステムである。

 多少の太い回線さえあれば、一般家庭であっても国家の諜報機関にも匹敵する情報収集が可能となる。フリズスキャルヴを作成し仕込んだ人物は快楽主義なのかもしれない。

 

 

『とはいっても、フリズスキャルヴにデータストレージを漁る権限はない。手に入れた情報は賢者(セイジ)たちの脳内限定なのさ。あくまでも傍受システムというわけだ。それにオペレーターの一人が検索した情報は、履歴としてシステムに記録される。その記録は他のオペレーターにも閲覧できるというのが一つのリスクかな』

 

 

 つまり検索内容によってはオペレーターであることが他のオペレーターにバレてしまうということだ。たとえば検索内容の偏りから居住国家や居住地域が判明することもある。

 

 

『僕もそんな経緯でヘイグの情報を掴んだというわけさ。ついでに、ヘイグが執着する君たちやヨツバという一族にもね』

 

 

 達也の背後で深雪がハッと息を呑んだ。

 つまり賢者を名乗る存在によって達也と深雪の情報が全て開示されてしまう可能性がある。秘密主義の四葉にとって、賢者は勿論だが顧傑(グ・ジー)も非常に危険な存在だった。それが分かったのだ。

 知識のある紫音は初めから知っていたものの、危険な相手であることに変わりなはい。

 それは画面の中でにこやかに話すレイモンドも同様だ。

 

 

『ヘイグの目的は魔法師を社会的に追いやることだ。そうすれば魔法後進国である大亜連合は軍事的バランスを改善できるからね。彼らが世界の覇権を手に入れるため、というわけさ』

 

 

 レイモンドはコミカルなウインクまでしている。

 しかし笑っていられる話ではない。

 ただ紫音もそうだが、達也や深雪も顧傑(グ・ジー)の真の目的を知っている。それは四葉家への復讐という目的だ。彼に大亜連合への帰属意識などない。そもそも彼は崑崙方院に裏切られた古式魔法師だ。大亜連合のために動くということはない。

 四葉への復讐と、その四葉が所属する日本の壊滅。大亜連合は利用しているに過ぎない。

 

 

『さぁ、ここからが情報だよ。信じるか信じないかは君たち次第。お代は特別にタダさ。とはいっても、この情報はシオンのお蔭で手に入ったものだよ。だから僕の力は本当に小さなものさ。明日、君たちの日付で二月十八日の夜、全てのパラサイトが横浜に移動する。彼はノー・ヘッド・ドラゴンともコンタクトを取っているらしい。おそらく港から脱出するつもりだ。そこで君たちにパラサイトの殲滅をお願いしたい』

 

 

 情報には何の根拠もない。

 しかし紫音が関わっているということで、達也は信じる気になっていた。そして紫音は少し面白くない表情を浮かべていた。

 

 

『この情報はUSNAにも伝えたよ。どういうわけかスターズはヨツバと協力関係にあるみたいだから、よく相談して決めることだ。そうそう! 言い忘れていたけど、サエグサやクドウも動き始めたみたいだ。パラサイトを殲滅するつもりなら、気を付けることだ』

 

 

 最後にそう告げて、レイモンドは画面から姿を消した。

 そして数秒の後、紫音が先に口を開く。

 

 

「ここは俺が対処する……と言っても来るつもりなんだろう?」

『ああ。昨晩、伯母上に電話をして独立魔装大隊とのコンタクトに許可を得た。流石に一校が襲われた以上、許可を頂けた。それに俺を疑っているスターズは四葉家の管理下にある』

「……母上殿の依頼は顧傑(グ・ジー)を大亜連合に逃がすことだ。分かっているよな?」

『ああ。だが、パラサイトを滅することに問題はないのだろう?』

「それはそうだが……間違いで『分解』するなんてやめてくれよ? 母上殿に怒られる」

 

 

 そう語る紫音に対し、達也と深雪は良い顔をしなかった。

 二人は四葉真夜に対してよい感情を抱いていない。それは完全な味方ではない自分たちの支配者だからだ。深雪が次期四葉家当主候補である以上、真夜が危害を加えてくることはない。だが、危害を加えないということが良いことであるとは限らない。四葉という家に縛られ、死ぬまでその役目を全うすることになるのでは意味がない。

 

 

『それよりも紫音。横浜から逃げるということだが、何か仕組んだのか?』

顧傑(グ・ジー)が高度な情報収集手段を有することは分かっていたことだ。だから逆に利用して誘導を仕掛けた。情報収集能力で負けているのは癪だが、情報の使い方で負けては黒羽の名折れだからな」

『今のお前は四葉だろう?』

「黒羽のアイデンティティを忘れたつもりはないさ」

 

 

 紫音は顧傑(グ・ジー)がフリズスキャルヴを利用していることを知っていた。そこで四葉、スターズ、七草、十文字、千葉、吉田、警察をメインとした包囲網を構築したのだ。これは原作の知識を有する紫音だからこそ考案できた手法でもある。

 各勢力による包囲網により顧傑(グ・ジー)へと圧力をかけ、そこに少しずつ綻びを出して移動先や移動ルートを限定する。基本的な情報活用である。勿論、流石の紫音なのであからさまで分かりやすい誘導はしていない。

 つまりレイモンドからの情報提供がなくとも、紫音は顧傑(グ・ジー)が横浜に赴くことを知っていた。そのように誘導したのだから。

 

 

「それと達也、あのピクシーとかいう機体を購入したらしいな」

『ああ。一校に貸与されたままだが、所有権は俺が購入しておいた』

「メイド型ロボットか……変な趣味だと思われなければいいな」

『余計なお世話だ』

 

 

 その後は翌日夜の打ち合わせをして、紫音は電話を切った。

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 七草邸にて、当主である七草弘一はその師と連絡を取っていた。

 

 

「九島先生、夜分に失礼します」

『うむ。パラサイトの件だな?』

「はい。例のパラサイト事件を引き起こした首魁が横浜に逃亡するという情報を手にしました。私の手の者を差し向け、対処するつもりです。しかしアメリカ軍や、あの四葉家も動いているという話もあります。そこで九島先生にも力を貸していただけないかと思った次第です」

 

 

 画面の向こう側で烈は悩んでいるように見えた。そのことに弘一は疑問を感じる。古式魔法に由来する魔法を研究している第九研究所の出身である以上、パラサイトには一定以上の興味を示すと考えていた。それに烈は四葉家を警戒している。食いついてくると思っていたのだ。

 

 

『それで、弘一は私に何をして欲しいのだ?』

「パラサイトを捕獲し、そのパラサイトを融通して頂きたいのです。我々も研究をしたい。あるいは共同研究でも」

『ふむ。かつての師として、その願いを聞き入れることに忌避はない』

「であれば……」

『しかし弘一よ。既にお前は十師族の長の一人。引退した私に頼っているようでは器が知れる』

 

 

 その通りだ。

 勿論、弘一も理解している。何度も老師こと九島烈に頼ることが十師族の長として愚かな行為であることは重々に承知している。

 

 

『弘一よ。陰謀を巡らせるならば底を見せてはならん。悟らせてはならん。器を見極められ、底が知られた時点でその者は終わりだ。お前は何度、四葉にしてやられた? いい加減、掌で踊らされているのだと気付くのだ』

「理解はしています。しかし、そこまで言いますか」

『ああ。かつての師として敢えて言わせて貰おう。今回は大人しく駒に殉じることだ。それが我慢ならないと言うのであれば、好きにするがよい。ただし、私は何もしない。私はただ見るだけだ』

 

 

 そう言い残し、烈は電話を切った。

 弘一は深く椅子に腰かけ、目を閉じた。

 

 

(あの九島先生が……何故)

 

 

 これまでなら、仕方ないと言いつつも協力してくれていた。勿論、今回はしっかりとした交渉によって対価を用意する予定もあった。

 老いた、とは思わない。

 あの烈に限って、日和ったということは考えられない。

 つまり冷静に考えて、今回は引くべきなのだと忠告してきたわけだ。その意味が分からない弘一ではなかった。

 

 

(だが、パラサイトはあまりにも魅力的だ)

 

 

 魔法力を強化する性質、そして異次元の魔法生物という特徴。

 これらは真由美からの報告にもあったことで、確実であろうと想定している。詳しく調べれば、第七研究所の研究の大きな貢献をもたらすことだろう。第七研究所は『対集団戦闘を想定した魔法』を研究している。単騎の魔法師で多くの敵兵力を相手にすることを想定しているため、魔法力の強化といった第四研究所に近い研究も魅力的に映る。

 

 

(軍の伝手を頼るとするか)

 

 

 直接の手出しは厳禁された。

 ならば、伝手を使って遠回りに手を出す他ない。

 彼はある部署へとコンタクトを取った。国防情報部防諜第三課へと。

 

 

 

 




長い……来訪者編が長い。

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