単純に私が内容詰め込み過ぎて一話で収まらなかっただけですし、2話同時投稿した方が良かったですね(笑)
切り方に悪意があったのは確かですが
というわけで、今日は2話同時に出します。
紫音の『闇』は九校戦での披露もあって非常に有名だ。その威力と発動速度は申し分なく、四葉真夜の『
当然、克人はそれを警戒していた。
紫音が右手を伸ばしてきた時点で、それが発動されるのは明白。
スローになる意識の中、克人は昨日のことを思い出していた。
『なるほど。娘からあらましは聞いていましたが、改めての報告に感謝しましょう』
『弘一さんにもこれを呑んでいただきたい。そのために今日は参りました』
克人は七草家を訪れ、当主である七草弘一と面会していた。案内してきた真由美は別室で待機しており、この部屋には二人しかいない。
当然、話し合いの内容は紫音との決闘に関するものだった。
上手くいけば、四葉一族の協力を得ることが出来る。そう考えると、決闘の旨味は充分である。弘一もそれはよく理解していた。
『確かに克人君、勝つことが出来ればパラサイト事件は大きく進展するでしょうね。しかし、負けた時のことは考えていますか?』
『いえ、自分は勝利を収めるつもりですから』
揺るぎない瞳の克人を見て、弘一は克人の若さに苦笑する。その考えは甘いとは言わない。克人は魔法師としてだけでなく、十師族の中でも当主に相応しい実力者だ。絶対に勝つという自信もあれば、確かな実力もあるのだろう。
それは弘一も同意できる。
しかし、だからといってリスクマネジメントを怠るのは頂けない。
『当然、決闘という流れを作ったのだから、勝つのは当たり前です。しかし、それは負けた時のことを考えなくても良い理由にはならない。絶対に勝利できる保証はないのですから』
『確かにその通りですが、今回の場合は何も考える必要はないのでは?』
『ふむ。そう考える理由はなんですか?』
『パラサイトが寄生者を殺害しても完全消滅させることが出来ず、古式に類する特殊な魔法を必要とするならば、我々だけでは手に余る案件です。四葉が完全消滅させる技術を持っているなら、渡しても問題ないでしょう。ただし、我々の目の前で消滅させることを条件に』
それは正論だ。
パラサイトという脅威を排除しようとしてる克人の考え方としては正しい。
しかし、弘一は違った。
『克人君。私はね、パラサイトを利用できないかと思っているんですよ』
『利用……ですか』
『パラサイトとはロンドン規定に基づく定義であり、いわゆる妖魔と呼ばれる存在が主です。それは知っていますか?』
『四葉紫音に言われたので調べましたから』
『結構結構。そして改めて言いますが、パラサイトとは非常に興味深いとは思いませんか? 人でないが、魔法のような何かを使う。まるで物語の中のような存在を研究しないというのは、十師族としてあり得ないと思いませんか?』
弘一が克人に誘惑の言葉を向けるのは、四葉に対抗してのことだった。紫音が吸血鬼の正体がパラサイトだと知っていたということは、最低でも一体を捕獲して調べたという可能性が高い。そして七草の持っている情報網からしても、恐らくそれは事実だ。
しかも、四葉は一体どころか数体はパラサイトを捕えて調べていると思われる。
そうでなければ、寄生者を殺害しても新たな寄生者が生まれるなどと判明するハズもない。
四葉に先を越されている、という事実だけで弘一を動かすには充分な理由となった。
『何をするつもりですか?』
克人は重々しい口調で問いただす。
弘一が単純な興味だけでパラサイトを捕獲しようとしているはずがない。それは克人もよく分かっていた。だからこそ、その狙いを問う。
意外にも、弘一は克人の質問に素直な回答をした。
『九島先生に助けを頼もうと思っています』
『閣下に?』
『仮に決闘で敗北したとしても、紫音君の提示した条件に九島家は入りません。故に、九島先生を中心とした捜査体制を組み直してしまえば問題ないというわけです。勝利すれば、古式魔法の知識が豊富な九島家の力を借りることでパラサイトを封じることぐらいは出来るでしょう。四葉に引き渡す必要はないのですよ』
それはあまりにも無理矢理過ぎるのではないか、と克人は思う。
本来は守護地域でない九島家を巻き込むというのは、かなりの荒業である。確かに四葉が出張っている時点で、九島家の介入は文句を言えない。
弘一は更に続ける。
『また、七草、九島、十文字が協力体制を見せることで、四葉を孤立に追い込むことが出来ます。師族会議は民主性の高いものですから、孤立は好ましくありません。今は四葉家にとって有利な状態が続くとしても、後々を考慮すれば痛手となっていくはずです』
四葉家は大きな魔法戦力と技術を有しており、更には戦略級魔法師まで抱えている。十師族から落ちることはまずないだろう。
だが、師族会議の中での力を削ぐことは出来る。
四葉家とその他、という状態を作り上げれば良いのだ。今回のパラサイト事件をそのきっかけに変えると弘一は言っているのである。
勿論、克人は苦言した。
『弘一さん、それは……』
『言いたいことは分かりますよ克人君。ただ、誤解しないで欲しいのは、私が四葉を貶めたい訳ではないということです。孤立していると分かれば、四葉家も歩み寄ってくれるかもしれないでしょう?』
弘一の言葉に矛盾はない。
だから克人も口を閉じる。
『それに、明日の決闘で克人君が勝利すれば何も問題はありません。勝つと言ったのは君だったのではありませんか? そう、
克人の頭に、その言葉が響いた。
………………
…………
……
…
迫る黒い閃光。
紫音が得意とする魔法『
同時に、克人の全身からサイオンの奔流が流れ出た。
サイオン光の爆発が起こり、紫音の魔法が防がれたのが分かった。
(これは!)
紫音は驚愕と同時に、『闇』が防がれた理由を察知した。
ただの情報防壁と領域干渉、そして想子防壁。
この『
「それが噂の……十文字家の切り札ですか?」
「その通りだ。四葉、お前にこれが破れるか!」
自身の持つ魔法演算領域をポテンシャル以上に活性化させることで、一時的に実力を遥かに超える魔法力を手に入れることが出来る。その名も『オーバークロック』。
その代償として魔法師としての寿命が削られるのだ。
多用すれば、いずれは魔法力を失ってしまう。現当主である
「行くぞ四葉!」
克人は対物障壁を纏い、移動魔法で自身を飛ばす。紫音を狙ったショルダータックルを仕掛けた。このまま吹き飛ばせば、確実に紫音は跳ね飛ばされ、地面に転がるだろう。それは膝を着くことと同義だ。
更に、紫音を逃がさないつもりなのか、紫音の左右にも対物障壁を張って退路を断つ。
前後と上にしか避けられない今、紫音は防御と言う選択肢しかない。
そしてここで『闇』を使ったところで、慣性は殺せない。克人を貫いても、そのまま紫音は吹き飛ばされてしまうだろう。先に倒れるのは紫音ということになる。
克人は、己の肉体と魔法力を削ってでも勝利を狙いに来たのだ。
(腕の一本は貰うぞ!)
『闇』を発動したときの、右手を伸ばした状態で立っている紫音に動きはない。このままぶつかれば右手もしくは指は確実に折れるだろう。それでも、克人は止まるつもりがなかった。
元より骨折程度は覚悟の上。
治療魔法があれば早く治すことも可能なので、気にしても仕方ない。
暴走トラックのような勢いでタックルする克人の肩と、紫音の右手が触れた。
その瞬間、紫音の口元が歪んだ。
――『
「っ!?」
克人は悪寒を感じるも、既に遅い。
恐ろしいGが克人の体を襲い、紫音とは反対側に吹き飛ばされた。その勢いは止まることがなく、演習室の壁にぶつかってようやく止まる。演習室全体を軽く揺らすほどの衝撃であり、克人はそのまま床に膝を着いてしまった。
防御ファランクスが解けていることで、直接衝撃を受けてしまったのである。
「ぐっ……」
遅れてやって来た痛みに克人は表情を歪める。
正直、意味が分からなかった。『オーバークロック』を使用したことで、絶対の防御と全てを突破する干渉力を手に入れていた。あのまま紫音を弾き飛ばし、勝利するハズだった。
しかし、跳ね飛ばされたのは克人の方だった。
紫音は平坦な表情に戻り、真由美へと顔を向ける。
「七草先輩、俺の勝ちではありませんか?」
「そ、そうね。勝者、四葉紫音」
決闘のルールが膝を着かせることである以上、勝負はついた。こんなことになるとは想像もしていなかった真由美は、明らかに動揺している。何が起こったのか、紫音に聞きたくて仕方なさそうな様子だった。
案の定、真由美はその質問を投げかける。
「ねぇ、四葉君。今、何が起こったの? 十文字君の攻撃で確実に跳ね飛ばされるはずだったのに、ベクトルの向きを変えたみたいに十文字君の方が飛ばされたわ。あれは干渉力で上回ったでは説明できないわよ」
克人の移動魔法を上書きし、更に防御として纏っている『ファランクス』すら無効化したのは明白だった。そうでなければ、克人が逆に吹き飛ばされた上に、壁に叩きつけられてダメージを負うなど有り得ない。
しかし、紫音はその問いに冷たく返す。
「答える義理はありませんよ」
「でも……」
「強いて言えば、俺が
やけに四葉の部分を強調した答えに、真由美は戸惑う。そんな返しをされても意味が分からなかったからだ。
しかし、克人はその意味が理解できた。
いや、出来てしまった。
「四葉……お前はまさか……」
四葉家の大元である第四研究所は『精神干渉魔法による魔法師の開発・強化』をテーマとしている。魔法師にとってもブラックボックスの魔法演算領域へと干渉することが、最も大きな目標だ。
魔法師の精神と魔法演算領域には密接な関係があるとされており、このアプローチにもある程度の成果が見られている。
つまり、精神干渉魔法を使えば、魔法師を強化することが理論上可能というわけだ。
『オーバークロック』という魔法演算領域をブーストさせる魔法を使う克人は、それがどういう意味を持つか理解できた。
魔法力を強化できるということは、逆に減衰させることも出来るということである。果てには、魔法力を失わせたり植え付けたりすることすら可能となる。
(精神干渉魔法で魔法演算領域に干渉し、他者の魔法力を一時的にでも操作できるとでも言うのか……)
恐ろしい思考が克人の頭に浮かんだ。
それが事実だとすれば、魔法師の根底を覆すことになる。
「決闘は終わりですよね。では、四葉の提示した条件は呑んでくださいね……七草先輩、十文字先輩」
「ええ、分かっているわ」
「
ダメージが抜けきらない克人は、壁で身体を支えながら立ち上がる。まだ声が震えており、額からは汗が流れていた。
平静を保とうとしているが、隠し切れていない。
それでも瞳を鋭くし、プロテクターを外している紫音に問いかける。
「四葉、お前は何をしようとしている。その力で何を望んでいる?」
今日の決闘で、克人は完全に察した。横浜事変では大亜連合軍の魔法師が魔法を使えなくなったというのは有名な話であり、その理由も様々な方面から探られていた。
そして克人は、魔法力を失わせる力を目の当たりにした。
このことから、紫音は魔法演算領域に干渉する魔法を持っていることが明らか。今の国防の根幹を握っている魔法師の天敵となり得る。克人は、この質問を投げかけずにはいられなかった。
「それを聞いて何になりますか?」
「敗者である俺の問いに答えるのは癪かもしれないが、どうか答えて欲しい」
「……」
真剣な克人の声を聞き、紫音は防具を外す動作を止める。
そして目を上げ、しっかりと視線を合わせた。
紫音は一瞬だけ何かを考えるような雰囲気を出した後、言葉を口にする。
「俺は四葉が生み出した史上最悪の魔法兵器の
それは国防のために働くのだと言っている風に解釈できる。
しかし、侵略のための力だと宣言しているようにも取れる。
さっさと演習室を出て行く紫音を、二人は止めることが出来なかった。
七草弘一さんの思考をトレースしたのですが、どうでしょう。劣等生世界は賢いキャラが多いので、この辺りの調整が難しいですよね。
それと23巻で登場する十文字家の『オーバークロック』もここで登場させてみました。元から『闇』を防ぐにはこれしかないと思っていましたから。
紫音がちょっとだけ能力をばらしたことにも、一応は意味があるのでそれは21の方で
あと、最後の部分の捕捉です。
『術式強奪』を使って克人の移動魔法を奪い取り、移動向きを反転させました。それによって凄まじいGが発生し、克人は体内にダメージを受けました。だから簡単に膝を着いてしまったというわけですね。
ちなみに『オーバークロック』は『調律』で打ち消しています。