黒羽転生   作:NANSAN

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来訪者編8

 

 翌日、一月一五日。今朝のニュースで吸血鬼事件が発覚したからだろう。日本の東京という世界でも割と治安の良い場所で起こった連続怪奇事件だ。メディアは面白おかしく、シリアスも忘れずという絶妙な塩梅で報道し、世間の注目を集めていた。

 勿論、ただの怪事件で終わらせるようなことはしない。

 最終的には魔法が怪しいという話になり、次に魔法師の犯罪件数についてのデータ、最後に反魔法主義のコメンテーターが魔法師に対する批判を述べて朝の特番を終える。

 いつも通りと言えばいつも通りである。

 しかし、十師族に連なる者は『へぇ~』で終わるわけにはいかない。国立魔法大学付属第一高校の午後、とある空き教室では七草真由美と十文字克人が揃っていた。

 

 

「こんな時間に悪いな七草」

「いいわよ。幸い、私たちは受験生だから午後の授業はない。密会するには丁度いいわ」

 

 

 そんな会話をする二人だが、逢瀬というわけではない。確かに、克人の婚約者候補として真由美は挙げられているものの、二人の間に恋愛感情はなかった。

 今回、こうして顔を合わせたのは別の要件である。

 今朝報道された吸血鬼事件についてだ。

 

 

「手短に言うわ。十師族七草家当主、七草弘一からのメッセージです。私たち七草家は十文字家との共闘を望みます」

「協力ではなく共闘か……もうそんなところまできているのか?」

 

 

 説明を求めるような視線に応じ、真由美は頷く。

 

 

「まず、十文字君は吸血鬼事件についてどれぐらい知っているのかしら?」

「メディアで報道された以上の情報はないな。うちは七草ほど情報網を張っているわけではない」

「でしょうね……それで七草家の調べた範囲で分かっている内容だけど」

 

 

 真由美は一度そこで切り、目を閉じた。そして覚悟を決めたかのような眼で再び語り始める。

 

 

「……実際の被害者数は報道された数の三倍以上よ。付け加えるなら、死体が見つかっていない行方不明事件も多発しているわ。警察は吸血鬼事件と行方不明者多発事件が連動していると考えているみたい。うちも同じ考えよ」

 

 

 報道されたのは八人だった。三倍以上ということは、見つかった被害者だけで二十四人を越え、そこから更に行方不明者までいるという。

 克人も驚かざるを得ない。

 

 

「警察も把握していない被害者は七草家の関係者か?」

「ええ。それだけじゃなく、魔法師じゃない魔法の資質を持つ人、魔法科大学の学生まで含まれているわ」

「つまり魔法師が積極的に狙われていると……?」

「そうなるでしょうね」

 

 

 これは十師族として放っては置けない。責任感の強い克人はそう考える。

 だからこそ、ここに呼ばれていないもう一人の十師族について言及した。

 

 

「四葉には言わなくていいのか?」

「……出来ればそこに触れて欲しくなかったわね」

 

 

 急に不機嫌そうな表情を浮かべる真由美に克人も戸惑った。

 四葉と七草の仲が悪いのは周知の事実であり、そこに疑問はない。だが、この緊急事態で協力体制を敷かないのは些か不思議である。

 

 

「父が直接言ったのよ……ここは七草でやるってね」

「直接? 四葉家にか?」

「最近USNAの工作員らしき人物の影もあるわ。だから四葉君に忠告だけはした。でも、四葉は四葉で今回の事件について勝手に動くみたい」

「なんだそれは」

 

 

 流石の克人も呆れた。

 ここまで協調性のない話があるだろうかと目頭を押さえる。

 確かに、四葉には単独で解決できる力があるのだろう。更に言えば、公認戦略級魔法師として知られる紫音を囮にすれば、USNA関係はあっという間に捕捉できるだろう。ホームグラウンドでないにもかかわらず、幾らでも先手を取れる手札が四葉にはある。

 それならば、頭を下げてでもこちらから協力を願うのが常套だ。

 

 

「……念のために俺の方からも声を掛けようか」

「四葉君に? もう手遅れだと思うわよ……」

 

 

 真由美は知っている。

 既に四葉が動き回り、何かを掴んでいることを。七草の情報網はそれを掴めぬほど愚かではないのだ。ただ、何を掴んだのかについては全くの不明だが。

 つまり、四葉は単独でも既に成果を出しているのである。

 わざわざ、他家に隙を見せる必要もない。

 

 

「あの狸親父……」

 

 

 静かに毒づく真由美に、克人は同情の視線を送るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜の東京は思ったより静かだ。

 それこそ中心地は深夜まで明かりが消えないものの、住宅街に行けば夜七時ごろでも静まり返っている。だが、そんな閑静な場所で、殺気だった鬼ごっこが繰り広げられていた。

 

 

『脱走兵デーモス・セカンドを捕捉。サイオンパターン一致』

「了解」

 

 

 リーナは通信に従って脱走兵を追う。

 可能な限り人のいない場所へと追い詰め、処刑するのだ。

 だが、今日は何故か追跡が上手くいかない。

 

 

『奴の反応が消えた!? 誰か仕留めたのか?』

 

 

 そんな通信が入ったことでリーナは驚く。しかし、同じチャンネルに繋いでいる仲間たちからは誰一人として応答して来なかった。

 つまり、誰も始末などしていないということである。

 

 

『あ、申し訳ありません。また反応が見つかりました。北に二百メートルです。くそ……レーダーの調子が悪いのか?』

「了解。追跡を続行」

 

 

 実を言えば、今日で似たような通信内容を五回もしている。

 リーナも後方支援部隊のいい加減さに苛立ちをぶつけそうになったが、そこは我慢した。文句は後で幾らでも言えると考え、方向転換してターゲットを追跡する。

 こうして見失うたびに距離を離され、本当にイライラしてきた。

 

 

(どうして今日に限って……)

 

 

 リーナたちの部隊が脱走兵を発見したのは日本に来て久しぶりのことだ。これまではよほど巧妙に隠れていたのか、滅多に姿を見せなかったのである。

 そして久しぶりに捕捉したと思えばこれだ。

 

 

『クソ! また見失った! どうなっていやがる!』

 

 

 それはこっちのセリフだと言いたい。

 言いたいが我慢する。

 

 

「早く捕捉を!」

『り、了解です!』

 

 

 動き回っても仕方ないので、一度止まってから通信を待つ。

 だが、今度はいくら待っても返事が返ってこない。

 

 

「どうしましたか? 捕捉したなら返答を!」

『ダメです。幾らたっても捕捉できません。これより最後に捕捉した地点から目的地を推測します』

「わかりました急いでください」

 

 

 リーナは嫌な予感に苛まれつつ、次の通信を待つのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 リーナたちUSNAが動いていた近くにて、四葉も動いていた。

 

 

『紫音様、USNA軍の動きは止まったようです。ターゲットを捕捉した様子はありません』

「分かった」

 

 

 実を言えば、リーナに通信しているのはUSNA軍の後方支援部隊ではない。なんと、偽装した四葉の工作員である。紫音が通信電波を乗っ取り、嘘の通信をすることでUSNAの実働部隊を操っていたのだ。

 

 

「そのまま見当違いの方向に誘導しろ」

『そろそろ難しいですよ? 実働部隊はともかく、本物の支援部隊は異変に気付いているみたいですし』

「すぐにばれるのは分かっている」

『人使いが荒いですね紫音様……』

「なぁ……結構前から思ってるんだけど、黒羽の部隊って文句多くね? 当主相手に同じこと言える?」

『あっはっはー。昔から馴染みの紫音様だからこそですよ』

 

 

 彼らは優秀なので、仕事ぶりに文句はない。

 だが、この緩さは諜報工作員としてどうなのだろうかと思うことはある。亜夜子や文弥に聞いたところ、二人の直属も似たような感じだという。紫音はもう諦めることにした。

 

 

「もういい。俺は吸血鬼を追う。そっちは頼んだぞ」

『勿論です紫音様』

 

 

 頼れることは間違いないので、USNA軍の撹乱は任せて吸血鬼を追うことにする。今回は身のこなしなどから仮定して元USNA軍の魔法師だ。捕獲すれば、それなりの価値があるのは間違いない。

 紫音は自分の波動知覚へと意識を落とし、特殊なプシオン波動を感知する。

 人間と吸血鬼の差異からターゲットを捕捉した。

 

 

「無駄話をし過ぎた。追いかけるか」

 

 

 自己加速術式を使用し、紫音はその場から消えるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 渋谷の公園。

 薄れていく意識の中で、レオは自嘲する。

 

 

(まずったぜ……)

 

 

 吸血鬼事件についての情報を手に入れて、千葉寿和へと連絡する約束をしたまでは良かった。レオとしては渋谷の知り合いからネタを仕入れる程度のつもりだったのだから。

 まさか、いきなり吸血鬼に遭遇するなど想像できないだろう。

 

 

(畜生、力が入らねぇ)

 

 

 特に何かをされた記憶はない。ただ、遭遇した吸血鬼と数度ほど生身で打ち合っただけだ。いきなり力が抜けて、立つことすら儘ならなくなったのである。こうして意識を保つだけで精一杯であり、それでも必死に自分を見下ろす吸血鬼を睨み返す。

 丸つばの帽子と白い覆面、全身を隠すコートという如何にも不審者な恰好であり、構えから格闘技の心得があるように感じられる。数度打ち合ったレオは、この人物が女性かもしれないと考えていた。だが、それ以外に特徴はない。

 

 

(……? 誰か近づいてくる)

 

 

 地面に倒れているレオは、その鋭敏な感覚で僅かな振動を感じ取る。これで助かったかもしれないと安堵するも、それは幻想でしかなかった。

 現れたのは覆面を被った怪人の如き人物。

 吸血鬼の仲間である。

 レオは意識を失う最後の瞬間、虫のさざめきのようなノイズを感じたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 完全に意識を失ったレオを見下しつつ、二人の吸血鬼は会話をする。

 

 

(追手に見つかったようだ)

(USNAの連中か? 日本の警察か? それとも十師族とか言う奴か?)

(恐らくはUSNA軍だろう。だが、途中で私を見失ったようだ)

(それならば撤退を?)

(ああ)

 

 

 吸血鬼はテレパシーで仲間とやり取りすることが出来る。そしてお互いの位置を常に把握することが可能であり、これを上手く連携に利用して実験を繰り返していた。

 

 

(今回は成功か? この男は生きているようだが)

(今日の実験体はこの男ではない。実験自体は別の女で試し、失敗した)

(死体を持ち帰るか?)

顧傑(グ・ジー)とかいう男が言うには、死体は充分だとか)

(それならば持ち帰る必要もあるまい)

 

 

 二人の吸血鬼は撤退で同意し、その場から離れようとする。

 だが、その決定は遅かったのだとすぐに気づいた。

 

 

(っ! 囲まれている!)

(離れるぞ)

 

 

 CADもなく魔法を発動し、高速でその場から離れようとする。しかし遅い。凄まじい衝撃に二人は吹き飛ばされ、宙できりもみしてから地面に激突した。その間に二人の手足が絡まり、立ち上がるのに時間を取られる。

 二人の吸血鬼は逃走に失敗したことを悟った。

 

 

「これがUSNA軍人を元にした吸血鬼か」

 

 

 砂利を踏みしめる音と声に反応して目を向けると、そこには整った顔立ちの少年が立っていた。右手を向けて指を鳴らせるように構えており、特に武器を携行した様子はない。

 しかし、二人の吸血鬼はこの少年の正体を知っていた。

 

 

顧傑(グ・ジー)が言っていた殺害対象、四葉紫音)

(ここで倒すか?)

(囲まれているから不利になるだろう)

 

 

 逃げようか、と意見を一致させたところで紫音が言葉を投げかける。

 

 

「なんだ逃げるのか? つれないな」

 

 

 そのセリフを無視して吸血鬼は同じ方向へと跳ぶべく力を込める。更に魔法の補助も発動し、一気にこの包囲を脱出する算段だった。

 しかし、跳ぶ寸前になって再び吸血鬼は強い衝撃に弾き飛ばされた。

 

 

「テレパシーによる会話か? けど、俺には筒抜けだな」

 

 

 波動を知覚する紫音を前にテレパシーを使用するのは迂闊だった。

 逃げる方向、タイミングまで読まれ、音を増幅する『音壊』によって吹き飛ばされたのである。

 二度も逃走を阻止された吸血鬼は、ここで初めて危機感を覚えたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




USNA軍は四葉家に掌コロコロ。
次回は戦闘……? もとい蹂躙です

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