黒羽転生   作:NANSAN

36 / 79
横浜騒乱編11

 大亜連合が投入した戦力はかなり大きなものだった。

 大型装甲車両が二十両、直立戦車が六十機、多くの魔法師を含んだ戦闘員が八百名。加えて陳祥山(チェンシャンシェン)の工作部隊。

 占領する程の戦力ではないが、横浜に大打撃を与えられるはずだった。

 しかし、紫音が集めた情報によって国防軍が先だって防衛線を構築しており、密かに発動された戦略級魔法『リベリオン』によって大亜連合の侵攻軍は潰走した。

 装甲車や直立戦車は既にゼロ。

 僅か二割の戦闘員だけが偽装揚陸艦によって撤退出来た。

 そして独立魔装大隊は紫音と共に、港で空母と駆逐艦の迎撃準備を整えていた。

 

 

「これより仮称・戦略級魔法『日蝕(エクリプス)』の発動実験を行う。本実験は独立魔装大隊内部で秘匿されるものと留意せよ」

 

 

 風間の言葉に皆が敬礼で返す。

 その中で、紫音だけは遥か向こうにある空母へと目を向けていた。

 およそ五十キロ先に見える空母は、まだ小さな影にしか見えない。撃沈するならば、これ以上近づかせる訳にはいかないだろう。

 

 

「本実験は防衛省からの依頼を受け、統合幕僚会議の認可を受けている。四葉紫音殿の魔法が戦略級に相応しい効果を発揮した場合、本日零時を以て大黒特尉に続く戦略級魔法師として認定されることになっている。

 また、撃沈不可能だった場合、大黒特尉による戦略級魔法『質量爆散(マテリアル・バースト)』によって撃滅する。津波の心配が予想されるが、多少の被害はこの際目を瞑ることにする」

 

 

 無茶苦茶だが、誰も反対しない。

 空母から発進する爆撃機と駆逐艦が横浜に来るよりはましだと分かっているからだ。恐らく、駆逐艦による砲撃と空母から発進した戦闘機による爆撃で横浜を潰すつもりなのだろう。

 現在、空母は沖合に停止して例の揚陸艦と合流を果たし、再び全面攻撃へ移ろうとしていた。

 ただ一人、四葉紫音を殺すためだけに。

 

 

「四葉殿、用意を」

「はい」

 

 

 紫音は手に持ったCADを構えた。

 銃身の先には照準補助装置が組み込まれており、遥か彼方にある空母を標的とする。

 そしてもう一つ、CADとセットになっているデバイスを接続した。これはループキャストを補助するシステムで、何百という連続起動をしても問題ない仕様になっているものだ。

 準備を終えたところで、再び風間が号令をかけた。

 

 

「戦略級魔法『日蝕(エクリプス)』、実験開始」

「『日蝕(エクリプス)』、発動します」

 

 

 そして紫音はCADの引き金を引いた。

 同時に、『リベリオン』によってリンクしていた魔法演算領域を全力起動する。ループキャストによって何百という魔法演算を実行し、照準地点を中心とした領域全ての光を『調律』した。

 空母の上空から無数の闇が降り注ぐ。

 闇は怒涛の勢いで広がり、半径数百メートルの黒い柱となった。

 いや、黒い柱はまだまだ広がり続け、半径五百メートルを突破する。

 ループキャストはまだ止まらず、遂には半径一キロを超えた。

 魔法演算領域が許す限り、『闇』を発動し続けることで範囲を極大化させた魔法。

 『リベリオン』によって紫音自身の魔法演算領域を増幅させていることが前提の魔法であり、言い方を変えればゴリ押しの魔法だ。

 しかし、ただ適当にループキャストすれば良い訳でもない。

 紫音自身が干渉力を担当し、『調律』した他人の魔法演算領域で魔法式を連続展開する。展開した魔法は全て紫音の制御下に統合されていき、半径十キロを超えるまで闇は広がり続けるのだ。

 つまりは紫音の魔法演算領域をメインとしてサブ演算システムを構築し、魔法演算を割り振っていくのである。

 精神的な領域である、魔法演算領域の波長が一致しているからこそ出来る裏技。これは乗積魔法(マルチプリケイティブ・キャスト)として知られている技術だ。理論ではなく、実例のある技術である。

 七草真由美の妹に双子がいるのだが、その双子は先天的に魔法演算領域の波長が一致しており、二人で協力して魔法を発動させることが出来る。

 紫音の場合、支配下に置いた他者の魔法演算領域に魔法式を展開させ、自分が干渉力を与えて維持することで乗算的に魔法を増幅しているのだ。

 

 

「……暗い」

 

 

 魔装大隊の一人が呟く。

 言葉通り、海の向こうは真夜中のように真っ暗に染まっていた。

 航空宇宙写真で観察すれば、円状に暗黒地帯が生じているように見えるだろう。いや、事実、衛星からの観測状況を確認していた藤林が、そのような円状の黒い地帯を確認していた。

 それは丁度、皆既日食で生じる地球上の影のように見える。

 故に『日蝕(エクリプス)

 半径十キロを超えたところで闇は止まり、数秒ほど維持される。

 その後、何事もなかったかのように闇は霧散した。

 発動が終了したのである。

 

 

「藤林!」

「空母、および駆逐艦も残骸のみを僅かに観測。見事に撃沈したと推察されます」

 

 

 衛星からの映像に映されていたのは、ボロボロになって海を漂う鉄の残骸。そして深紅に染まった海面。

 間違いなく沈没していた。

 

 

「撃沈と断定。我々独立魔装大隊の権限を以て、四葉紫音殿の魔法を戦略級相当と認定する」

 

 

 それを聞いて、紫音はCADを下ろしたのだった。

 

 

「新たな命令を下す。敵兵残存部隊は他の部隊に任せ、我々独立魔装大隊は対馬要塞へと向かう。現在、大亜連合の大艦隊が鎮海軍港に集結中。

 統合幕僚会議の認可により、戦略級魔法兵器の投入を命じられている。本作戦においては戦略級魔法『マテリアル・バースト』を使用する。よって、四葉紫音殿を安全地帯に送り届けた後、我々は対馬要塞へと移動する」

『はっ!』

「四葉殿。これでよろしいですね」

「ええ、お願いします」

 

 

 紫音も了承し、独立魔装大隊は動き出す。

 

 

 

 

 そして十月三十一日、午前一時四十二分。

 戦略魔法兵器、大黒竜也による『質量爆散(マテリアル・バースト)』が発動。鎮海軍港に集結していた駆逐艦、潜水艦、その他無数の艦隊は全て消滅した。

 その中には大亜連合の戦略級魔法師、劉雲徳(りゅううんとく)も含まれていた。

 

 

 僅か一撃で戦況を逆転する力。

 

 核・生物・化学兵器を凌駕し、魔法こそが戦争の勝敗を決すると決定づけた。

 

 日蝕の如き闇。

 

 計り知れぬ熱を放った謎の大爆発。

 

 

 それが、後世において『暗黒と灼熱のハロウィン』と呼ばれた歴史の転換点となったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 深夜の横浜中華街。

 周公瑾は大亜連合が敗走し、謎の暗黒によって空母が破壊、謎の大爆発によって集結していた大軍を失ったことを認知していた。

 それは全て、彼の主である顧傑(グ・ジー)からの暗号メールで知った情報であり、裏を取ったわけではない。だが、彼は顧傑(グ・ジー)の情報がすべて正しいことを知っていた。

 

 

「あまり上手くいった……とは言えませんか」

 

 

 周公瑾の目的は、日本と大亜連合の力を減らすことだった。

 今回の作戦で日本側の魔法師が大きく数を減らし、大亜連合も迎撃によってダメージを受ける。魔法師の数が国力に比例する以上、これによって双国の力を減らすことが出来るはずだった。

 しかし、結果としてダメージを受けたのは大亜連合である。

 日本も少なくない傷を負ったが、大亜連合に比べれば微々たるものだ。

 加えて、日本軍は新たな戦略級魔法兵器まで手に入れてしまった。

 対して大亜連合は戦略級魔法師を一人失った。

 

 

「私としてもあの国に思い入れはありませんが……この結果は頂けませんね」

 

 

 周公瑾にとって大亜連合は民族を同じとする者たちの国、という認識だ。

 愛国心など欠片もない。

 寧ろ、国力を削ぎ落そうと狙っている。

 国の力が弱まれば、金の力が強くなる。そうなれば、自分たちも動きやすくなるのだ。

 そんなことを考えていた時、周公瑾は周囲が少し騒がしいと気付いた。

 

 

「これは……侵入者、ですか?」

 

 

 そう呟いた途端、扉が開け放たれる。

 そして黒い服に身を包んだ男がなだれ込み、周公瑾を取り囲んだ。

 最後に、第一高校の制服を纏った少年が入ってくる。

 

 

「周公瑾、会うのは初めてですね」

「これはこれは。四葉家のお方ですか」

 

 

 周公瑾は立ちあがりながら四葉紫音の姿を両目に収めた。

 そして紫音も周公瑾を見返しながら口を開く。

 

 

「ブランシュ蜂起、無頭竜(ノーヘッド・ドラゴン)とイザクトの繋がりを作り、大亜連合の特殊工作部隊を手引き……最近の大きな事件はこれかな?」

「買い被りです。私如きに、まさかそのような――」

「四葉家当主、四葉真夜様より伝言です」

 

 

 紫音は周公瑾の言葉を遮り、告げる。

 

 

「『貴方の暗躍ぶりは良く拝見させていただきました。しかし、貴方の存在は日本の魔法師界にとって不要です』とのことです」

「過剰に褒められたものですね」

「そうでもありません。ですから、このような伝言も預かっています

 『褒美に『夜』の力を貴方に贈ります』と」

 

 

 そう言って紫音は魔法を発動させた。

 周囲が暗く染まり、光が偏倚する。これによって百パーセント透過する光のラインが出現し、暗闇の中で周公瑾の両手両足を貫いた。

 『流星群(ミーティア・ライン)』。

 これは四葉真夜だけの魔法だ。

 しかし、紫音はこれを手に入れている。

 系統外精神干渉魔法『調律』によって、四葉真夜の魔法演算領域を紫音の内部にコピーする。それを司波深夜が精神構造干渉で安定化させる。これによって紫音は真夜と同じ魔法演算領域を得た。

 だが、これは既に埋まっている魔法領域に新たな魔法領域を植え付けるというもの。達也は強い情動を司る部分を白紙にすることで、魔法演算領域を植え付ける余裕を得たのだが、紫音は別のアプローチによってこれを得た。

 つまり、必要のない時は自分の魔法演算領域を使用し、必要が生じれば真夜の魔法演算領域の波長パターンへと『調律』することで『流星群(ミーティア・ライン)』を発動可能にするというもの。

 一種のエミュレータに近い。

 嘗ての実験によって、紫音は真夜と深夜の精神性を一部受け継ぐようになっている。波動の中でも、電磁波に対して特に干渉力を持つのは、本当に真夜の影響を受けていたからだった。

 未熟な紫音が使った『調律』は、本来の魔法演算領域にも影響を与えていたのである。

 結果としては良い方向に進んだが、下手をすれば魔法力そのものを失う危険な実験だった。

 

 

「ぐ……」

 

 

 闇が晴れた時、周公瑾は血溜りの中に沈んでいた。

 痛みに耐えながら、化成体で反撃しようとする。彼が使うのは『影獣』という黒い犬。大漢の方術と西洋魔術を組み合わせたものだ。

 しかし、発動しない。

 これには周公瑾にも焦りが見えた。

 

 

「な、なぜ……」

「魔法が発動しないことに疑問がある、といったところですか?」

 

 

 既に紫音は周公瑾の魔法演算領域を『調律』し、自分と同じ波長パターンへと変えている。つまり、紫音の手に落ちていたのだ。

 魔法など発動するはずがない。

 

 

「さて、色々と情報を教えて貰いましょうか。例えば、君の主とか……ね」

 

 

 魔法を封じられている以上、いざという時の自死術式も機能しない。

 周公瑾はいとも簡単に四葉へと落ちてしまったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 横浜騒乱編は終結しました。

 というわけで、エクリプスの正体は超力技の魔法です。まぁ、本質はリベリオンなので仕方ないですね。
 ちなみに、紫音の魔法演算領域は電磁波調律に最適化されているので、リベリオン状態で他の魔法を使っても、これだけの規模にはなりません。せいぜい、戦術級が限界ですね。

 あとは真夜様が紫音を気に入っている理由もですか。
 実はマジで『夜』を引き継いでたという事実。

 そして周公瑾さんはここで退場です。
 ここからオリジナル要素が強くなると思います。
 横浜騒乱編までの流れって、全部この人が手引きしているから(ホントは来訪者編も)、原作沿いにするのが一番自然なんですよねぇ。でも、退場したのでかなりストーリーが変わると思います。

 次回に追憶編version紫音を一話だけ挟んでから来訪者編ですけど、かなり原作からズレると思います。
 更新も少し遅れます。



▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。