貨物船に偽装した大亜連合の揚陸艦内部で、司令官の一人が声を荒げていた。
「どうなっている! 何故押されているのだ!」
「不明です。こちらの魔法が発動しないという報告が上がっています!」
「ふざけるな!」
紫音の発動した『リベリオン』によって大亜連合の魔法師は、ただの人になっていた。寧ろ、保有する魔法演算領域を奪い取られて紫音に利用されているほどである。
「各地で黒い光を観測。一瞬で部隊が無力化されていると連絡が!」
「黒い光だと? それは魔法か?」
「不明です!」
「何をしている。さっさと解明しろ! 沖合の
「現在、沖合百キロの地点を航行中。まだ時間はかかるとのことです!」
「本隊が到着するまで、何としてでも港を死守しろ!」
「
「爆装は?」
「衝撃波弾頭弾を装備しているとのことです」
「よし! いけるぞ!」
航空機による爆撃があれば、火力で押し切れる。
これでどうにかなると司令官も安堵した。
しかし、次の瞬間、別の通信が入る。
「重機動部隊の一つが壊滅しました! 敵は飛行魔法を使った奇襲部隊!?」
「壊滅だと!?」
「殺したはずの相手が生き返ると……訳の分らぬことを言っております!」
「なんだそれは? 他に何か言っていないのか?」
殺した相手が蘇るなど意味が分からない。
激しい戦闘のせいで混乱しているのだろうと誰もが思った。
その一言を聞くまでは。
「
「馬鹿な……沖縄の悪魔だと……」
司令官を始めとした一部の古株たちは言葉を詰まらせる。
その中で、新人の連絡員が疑問を投げかけた。
「
「黙れ! 戯言を抜かすなと言い返せ!」
そう言って司令官は力なく椅子に座る。
もはや彼らにとってトラウマと言っていい存在なのだ。三年前に大敗を喫した悪夢が、再びここで訪れるなど、何の冗談だと言いたい。
根拠のない悪戯だと割り切って、司令官は再び指示を飛ばすのだった。
◆◆◆
敵のゲリラ部隊によって桜木町駅シェルターの入口を破壊され、地上を進んでいた第一高校の生徒たちは立ち往生していた。ゲリラ部隊こそ、護衛の国防軍がすぐに排除してくれたが、このままでは地下シェルターに入ることが出来ない。
これによってパニック状態へとなりつつあった。
「み、みなさ~ん! 落ち着いてください~!」
生徒会長の中条あずさが必死に呼びかけるも、逃げる場所がないというのは覆せない事実だ。シェルターという目標地点を失ったことで、何をしていいかが分からず、皆が焦っている。
あずさも今は呼びかけることしか出来なかった。
「ど、どうしましょう。真由美さ~ん!」
「あーちゃん落ち着いて。こうなったら、お父様に頼んでヘリを寄越して貰うわ。大型輸送ヘリを使えば、ギリギリいけると思う」
地下シェルターには一高生徒だけでなく、逃げ遅れた市民も集まっている。入り口を破壊されて落胆している姿がちらほらと見えていた。
「瓦礫を取り除いてヘリの発着場所を確保しましょう。それより、シェルターの中は大丈夫なのかしら? 確か二高と八高が地下通路でシェルターに向かっていたわよね?」
国防軍の指示に従い、第二高校と第八高校は地下から進んでいた。通路の広さに制限があるので、迅速な避難のために、他の高校は地上から進むことになり、第一高校も地上組だったのである。
他にも第六高校と第九高校も地下から進んでいたのだが、こちらは別の避難シェルターに移動していたので、そちらの現状は不明である。
今問題なのは、入り口を破壊された桜木町駅前の地下シェルターが無事かどうかだった。
「いえ、心配はいりません。二高と八高の生徒は無事なようです」
真由美の疑問に対し、答えたのは精霊魔法を得意とする幹比古だった。
人が入れない瓦礫の隙間に精霊を飛ばし、シェルター内部が無事であることを確認する。
「どうやら、国防軍の方が早急に対処してくださったお蔭のようですね。破壊されたのは本当に入口だけのようです」
「響子さんたちに感謝ね」
真由美は安堵してデバイスを操作し、ヘリを呼ぶ。
それから市民や生徒に向かって指示を出した。
「皆さん。私は十師族七草家の長女、七草真由美です。ここの地下シェルターは入ることが出来ないようですので、父のヘリを寄越すよう、要請しました。発着に備えて瓦礫を片付けてください。そして落ち着いて行動し、第一高校生徒会長、中条あずささんの言うことをしっかりと聞いてください」
「わ、わたしですかぁ~っ!?」
あずさは一人でパニックになっているが、真由美はウインクして『任せたわよ!』という合図を送る。これでも真由美は十師族の一員であり、非常事態には逃げる訳にはいかない。
超法規的存在であり、多くの優遇を受けるナンバーズであるがゆえに、このような時は責任を果たさなくてはならないのだ。
既に十文字克人は、十文字家の次期当主として横浜ベイヒルズタワーへと向かっている。そこにある魔法協会関東支部を死守するため、首都防衛を想定した魔法師の役目を果たしに向かったのだ。
そして紫音も、四葉家として戦闘に参加している。
噂によれば、将輝も一条家として義勇軍に加わったらしい。
だからこそ、真由美もここに残ってギリギリまで市民を守るべく戦わなければならない。
ヘリを待つ間、再びゲリラ部隊がやって来ないとも限らないからだ。
「僕も残ります。五十里家として、百家の者として同じく責任を果たさなければなりません」
「あたしも残るわ。あたしだって千代田だもの!」
「だったら千葉のあたしも残らなきゃね」
「僕も残るよ。吉田家は百家じゃないけど、古式魔法の大家として優遇されている」
「俺も百家じゃないが、腕には自信がある。……それに折角鍛えたのに、使う機会がないのは癪だからな」
「下級生がこういってるんじゃ、俺もやらないわけにはいきませんね」
五十里啓、千代田花音、千葉エリカ、吉田幹比古、西城レオンハルト、そして桐原武明もゲリラに備えて警戒すると言い張る。
戦闘力が低いと言わざるを得ない柴田美月や壬生紗耶香も同じく頷き、同意した。
最後に深雪も真由美に向かって告げる。
「私も残ります。お兄様も戦っていらっしゃるのですから、私も逃げる訳にはいきません」
「そう………だったわね」
達也が一高のグループから離れて戦闘に参加するにあたり、ここにいるメンバーなどの一部には、達也の身分が少しだけ明かされた。同時に守秘義務を言い渡されているので、大きな声では言えないが。
「下級生たちが残るのに、あたしたちが逃げる選択肢はないな。そうだろう市原?」
「そうですね。真由美さんは抜けているところがありますから、私たちでフォローしましょう」
「自分も当然残りますよ。これでも次期部活連会頭に推薦されていますから」
「もう……摩利にリンちゃん、それにはんぞーくんまで……」
結局、第一高校は戦闘力を持つメンバーが中心になって周囲を警戒することになったのだった。
◆◆◆
一方、克人と同じく別行動していた紫音は、港付近でその力を振るっていた。
無数の黒い流星が閃き、次々と装甲車両を破壊する。
銃弾は情報防壁によって弾き飛ばし、黒い薙ぎ払いが直立戦車を引き裂く。
「ば、化け物!」
「早く魔法師を呼べ!」
「違う。魔法が発動しない!」
「なんだと!?」
戦略級魔法『リベリオン』は既に横浜全域に発動しており、相手の魔法師は魔法演算領域を紫音に奪い取られている。どう頑張っても魔法を使うことは出来ない。
例えCADから起動式を読み取っても、紫音が魔法演算領域を操ることで、それを拒否しているのだから。
「四葉殿。まもなく制圧完了です」
「そうですか。引き続き、俺が無力化した相手兵士の捕縛を頼みます」
「了解です」
現在、紫音には独立魔装大隊幹部の
黒い光の圧倒的な制圧力が大亜連合の軍を一網打尽にする。
(深雪の方は特に問題なしか……殆どこちらで始末しているし、遠隔起動も必要なさそうだな)
膨大な魔法演算領域を得たことで、紫音の電磁波知覚能力は極端に上昇している。
これによって『リベリオン』効果範囲は好きに観測することが出来る状態だった。当然、深雪たちも紫音の観測下に入っている。仮に危険が生じれば、遠距離から『
魔法において物理的距離は関係なく、認識できる距離こそが重要になる。
電磁波を知覚できる領域が、紫音が魔法を発動できる領域なのだ。
つまり、横浜全域が紫音の領域なのである。
尤も、全域を同時に対処できるわけではないが。
(港の制圧も時間の問題か)
そんなことを考えていた時、海の方から低空飛行で迫る六つの物体を知覚した。
まだ点のような大きさだが、速度からするとすぐにここまで来るだろう。
「真田大尉、あれは?」
「どうやら戦闘機のようです。どうされますか四葉殿?」
「撃ち落とします」
例え音速の二倍で飛ぶ機体であっても、光の速さには敵わない。
光速攻撃という反則じみた魔法が放たれ、無数の『闇』が接近しつつあるX-Ⅱ戦闘爆撃機を破壊した。六機は海上で破損し、慣性を残したまま墜落して大爆発と共に水飛沫を上げる。
もしも低空飛行していなかったら陸地で墜落し、二次的な災害を出していたことだろう。
「お見事です四葉殿」
「まだまだこれからですよ。もうすぐ魔法協会前ですから、より戦闘が激しくなります」
「そちらは十文字殿が向かわれたと思いますが?」
「俺が行けばもっと早く制圧できる。それだけのことです」
「仰る通りで」
紫音は黒い光を次々と放ち、大亜連合の軍を壊滅させたのだった。
◆◆◆
「重戦車部隊が壊滅しました……
「馬鹿な! 全てか?」
「全機体が墜落しました」
揚陸艦の中で司令官は声を荒げた。
「何者なんだ! 判明したのか?」
「恐らくは四葉と思われます。黒い光という情報と合致しており、本人の顔を見たという情報もあります」
「横浜ベイヒルズタワーに進軍中の部隊も壊滅しました! また黒い光ということです!」
「直立戦車が二機破損! 同じく黒い光です」
「えーい! 忌々しい!」
報告のどれもが、黒い光によって部隊を壊滅させられたというもの。
爆撃機まで墜とされたとなっては面目丸つぶれだ。
九校戦の情報や、
一方的な蹂躙を受けるだけだった。
何よりも不可解なのは、大亜連合側の魔法師がまるで役に立たないことである。
「
「奴の部隊は魔法師で構成されていたはずだ! 全員捕まったのか?」
「その通りです! 最後の通信で、魔法が使えないとだけ……」
「役立たずめ!」
思うように戦況が進まない。
良かったのは一番初めの奇襲までだった。
数分もしない内に日本軍が迎撃を始め、十五分もしない内に魔法が使えなくなったという情報が届いた。
「不確定情報ですが、
「あの二人まで……っ!」
魔法が使えなくなった
正面からの侵攻軍を囮にした少数の奇襲部隊だったが、魔法を前提としていたために一瞬で捕虜と化してしまったのだった。
魔法を前提とした作戦を全て台無しにする。
一度の発動で敵軍全てを混乱に貶める裏切りの魔法。
『リベリオン』は所定の効果を一部発揮していた。
本来は魔法演算を暴走させて精神崩壊させる魔法であるため、現在発動している『リベリオン』は本当の意味における戦略級魔法とは言えないが。
「……撤退だ」
司令官にとっても苦渋の決断だった。
「一度撤退し、空母
四葉め……必ずこの屈辱は晴らしてくれる!」
港に着いていた揚陸艦は撤退を開始する。
付近は既に紫音が部隊を壊滅させており、魔法協会支部のある横浜ベイヒルズタワー付近も克人と将輝が中心となって解決していた。
その他の激戦地は達也……いや、大黒竜也の『
駅前に集まっていた第一高校の生徒、及び市民も七草家のヘリ、北山雫が呼んだヘリによって無事に避難を完了させた。
大亜連合の侵攻軍は六割が捕虜となり、二割が死者となって、僅か二割のみが撤退という屈辱的な敗北を晒すことになる。
残るは沖合六十キロ地点にまで迫った空母一隻と駆逐艦四隻。
それを標的に、戦略級魔法『
リベリオンの発動はバレません。
敵には有害ですが、味方には無害なので