黒羽転生   作:NANSAN

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横浜騒乱編3

 数日後の放課後、その日も論文コンペに向けて市原鈴音と平河小春は準備をしていた。原稿の校内提出も明日に迫っているので、現在行っているのは詰めの作業である。

 勿論、紫音も同じ部屋で待機していた。

 護衛という名目の雑用係である。

 本当は達也の仕事なのだが、今は切らしていた3Dプロジェクタ用フィルムを買うために、駅前の文具店へと向かっている。五十里啓が買出しに向かい、達也がその手伝いと護衛、そして花音がメインの護衛として付いている。

 

 

「さて、見直しも終わりましたね。後は五十里君と司波君が帰ってくるのを待つだけです」

「うん。そうね。四葉君もお手伝いありがとう」

「いえいえ。自分がやったのは荷物運び程度ですから。お茶でも入れましょうか?」

 

 

 原稿の見直しを終えた鈴音と小春に対し、紫音は休憩を勧める。

 そんな紫音を見て、鈴音は首を傾げた。

 

 

「四葉君はそんな技能も持っているのですか?」

「不思議ですか?」

「会長……いえ、七草元会長はそういうのが得意とは言えませんでしたから。同じ十師族でも違うものだと思いまして」

「習得できる技能はどんなものでも、っていうのが我が家の方針ですので」

 

 

 正確には黒羽の方針である。

 それはともかく、紫音はカップを用意してお茶を淹れた。大量生産品の緑茶だが、小さな工夫で甘みを出したり苦みを出したりと調整できる。論文原稿見直しで疲れているだろうと判断したので、甘み優先でお茶を淹れた。

 湯気の立つカップを手に取り、鈴音と小春は一口含む。

 

 

「思ったより上手ですね」

「意外だわ……」

「まぁ、上手い下手はともかく、お茶を淹れるぐらいなら誰でもできるでしょう? 別に驚くことでもないと思うのですが?」

「そう考えれば、確かにその通りですね」

 

 

 ついでに紫音が自分の分を注ごうとした時、不意に携帯デバイスが振動していることに気付く。

 取り出してみると、達也からの電話だった。

 

 

(コンペ関連なら市原先輩に電話するだろうから……問題か?)

 

 

 プライベートな内容でもなさそうだったので、紫音は部屋を出ることなくその場で通話を入れる。

 

 

「もしもし?」

『紫音か? 少し問題が起きてな』

「何があった?」

『俺たちのことを監視している奴がいたようでな。こちらが監視に気付いていると分かると逃げ出したんだが……』

「当然、捕まえたんだろ?」

『いや、用意周到にも閃光弾を用意していた。逃走用のスクーターも一緒にな。五十里先輩が摩擦力をゼロにする魔法をタイヤにかけて捕まえようとしたんだが、何を想定したのかロケットブースターを使って逃げた』

「ちょっと待て。色々意味が分からん。スクーターにロケットエンジン? 間違って事故が起きたら大爆発だぞ? 死ぬ気だったのか?」

『さぁな。だが、監視していた相手は第一高校の制服を着ていた』

「……また内部犯か」

 

 

 紫音が思い出すのはブランシュ事件だ。

 あの時は壬生紗耶香と司甲がブランシュの手先となり、テロ行為を計画していた。事前に紫音が阻止したので直接の被害はなかったが、二人には重度のマインドコントロールが仕掛けられていたことが分かっている。

 今回もその可能性を考えた。

 

 

「分かった達也。市原先輩と平河先輩には俺から伝えておく」

『頼む』

「そちらも気を付けて」

 

 

 紫音は最後にそう言って通話を切る。

 振り返ると、鈴音が怪訝そうな表情をしていた。

 

 

「随分と物騒な会話のようでしたが……?」

「買出し組が少し……何者かに監視されていたらしく、事情を聞こうとしたところ逃げられたようです。それもスクーターにロケットエンジンを付けるという無茶苦茶な代物で」

 

 

 それから、紫音が先ほどの内容を要約して二人に伝えた。

 一高の内部にスパイがいる可能性を伝えたところで紫音は話を切る。

 

 

「お二人も、校内だからと言って油断しないでくださいね」

「こうなっては仕方ありませんね……四葉君は引き続き、平河さんの護衛をお願いします。私も服部君と桐原君に強く要請しておきますので」

「常に平河先輩に付いていることは出来ませんので……先輩も一人にならないようにお願いしますね」

「そうね。分かったわ」

 

 

 小春は不安そうにしながらも頷く。

 元々、彼女は気が強い性格ではない。内部犯の可能性を示唆されて不安になるのも仕方なかった。

 

 

「今日は早めに帰りましょう。原稿の仕上げも終わったんですよね?」

「そうですね。平河さんも構いませんか?」

「ええ。そうしましょう。五十里君が帰ってきたら、確認だけして今日は解散でいいかしら?」

 

 

 その後帰ってきた啓たちにもその旨を伝え、その日は早めに解散するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 東京の某所、廃ビルにて、大亜連合の特殊工作員たちが小さな基地を作り上げていた。最低限の設備と武装だけを揃えた本当に小さい前線基地だが、人員に関してはかなり投入されている。

 各所に放った連絡員と通信網を形成し、作戦を遂行していた。

 

 

「現地協力者は失敗したもようです」

「確か周大人(チョウたいじん)が紹介してきた小娘だったか……こちらの情報が洩れる心配はないか?」

「少女の装備品などは周大人が手配したものですから、こちらまで辿り着くことは出来ないと思われます」

「あの若造……どこまで信用できるのか……」

 

 

 特殊部隊の隊長、(チェン)祥山(シャンシェン)は顎に手をあてながら唸る。

 こうして無事に日本へと潜入できたのは、全て周公瑾(しゅうこうきん)と呼ばれる男のお蔭だ。年齢不詳だが、見た目から考えれば三十に届かない程度だろう。(チェン)祥山(シャンシェン)はそう思っている。

 周公瑾(しゅうこうきん)は横浜中華街を実質支配する人物であり、対価を払えばこのような手配もしてくれる。だが、信用は出来ない。

 一度会っているが、蛇のように何かを狙っている雰囲気があった。

 

 

「まぁいい。レリックはどうなっている?」

「FLTから持ち出された形跡はありません」

「ふん……フォア・リーブス・テクノロジーだったか。四葉とは無関係だったな?」

「はっ! 特に繋がりはありませんでした。魔法系企業において、四葉や八葉を意味する名称は好んで使用されているようです」

「紛らわしい……」

 

 

 大亜連合は、嘗て四葉一族に滅ぼされた大漢を取り込んだ国だ。故に、その一族の恐ろしさをよく理解している。だからこそ、早急に消さなければならないと考えていた。

 

 

「四葉の子供がいたな? そちらはどうなっている?」

「魔法科大学付属第一高校に通っているようです。各所の連絡員のお蔭で、詳しい位置もすぐに掴めます」

「レリックは後回しだ。先に四葉のガキを始末する」

 

 

 陳祥山は目を横に向け、側に立っている人物へと命令を下した。

 

 

(リュウ)上尉。現地に赴き、指揮を執れ。四葉のガキを……殺せ」

(シー)

 

 

 呂剛虎(リュウカンフゥ)

 『人食い虎』とも言われる、大亜連合の魔法師。白兵戦闘においては世界最高クラスの人物だ。

 その牙が今、紫音へと向けられようとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 横浜中華街。

 ここで人気中華料理店のオーナーをしている()()()()()()()()()()()のが周公瑾だ。しかし、その実態は裏から多方面に手を回す策士でもある。

 大亜連合の圧政を逃れた難民を日本に迎える亡命ブローカーとして、更に日本での反大亜連合の活動を支援する資産家としての顔が比較的有名だ。勿論、裏での話だが。

 そして、バランスを取るようにしているのが、大亜連合のスパイとしての役目である。日本と大亜連合のどちらにも味方せず、争いを煽る。

 真なる目的のために、真なる主人のために働く参謀が彼の本質だった。

 

 

大師(マスター)

 

 

 周公瑾は自身の店の地下に存在する秘密の部屋で跪く。

 その相手は死体をソーサリー・ブースターに変えて通信呪法具にしたもの。金糸銀糸をふんだんに使った漢服を着せられた死体は、防腐措置が施されて、椅子に座らされていた。

 勿論、周公瑾はこの通信呪法具の向こう側にいる、真なる主に対して膝を着いているのである。

 周公瑾の呼びかけに対し、死体は瞼を開いて空の眼孔に鬼火が灯った。

 死体を操る僵尸術(きょうしじゅつ)、そしてサイオン信号を電気信号に変換する一般的技術を組み合わせた傍受不可能な通信装置が起動する。肺のない死体から、おどろおどろしい声が聞こえ始めた。

 

 

『公瑾、首尾はどうだ?』

「四葉紫音を大亜連合の特殊部隊に殺害させるよう、唆しておきました。大師(マスター)より頂いた情報を提供いたしましたところ、随分と乗り気なようで……」

『四葉紫音は警戒心が強い。それに相手の記憶を読み取る魔法を有している。捕まったら、その瞬間に自害しなければならない。気を付けよ』

大師(マスター)ヘイグ。問題はございません。大亜連合も私の表向きの素性しか知りませんから」

『ならばよい。

 暗殺に関して、今回は失敗しても良い。その代わり四葉紫音の全力を引き出せ』

「……よろしいのですか?」

 

 

 周公瑾は主の望みを知っている。

 だからこそ、疑問を覚えて尋ねた。

 だが、声の主は問題ないといった様子で答える。

 

 

『奴を本気で殺すのはもう少し後だ。USNAから魔法師を送り込み、その時は確実に殺す』

「かしこまりました。そのように手配しましょう」

 

 

 周公瑾の言葉に満足したのが気配で伝わる。

 嘗て四葉一族に滅ぼされた大漢、その生き残り魔法師であるジード・ヘイグ。またの名を顧傑(グ・ジー)

 USNAに亡命した彼は、四葉を滅ぼすためだけに、大漢の亡霊となって暗躍するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 いつも通り、紫音はキャビネットに乗って平河家の最寄り駅まで送りに来ていた。明るい内に帰ることにしたとは言え、もうすぐ十一月だ。既に空は暗くなり始めている。

 キャビネットの駅から出てすぐ、小春は一通のメールを受信した。

 

 

「あれ? 千秋?」

「妹さんでしたか?」

「うん。今日は友達の家に泊るって……大丈夫かな……」

「今日のこともありましたからね。気を付けるように、とだけ返信をしては如何ですか?」

「そうさせて貰うわ。少し待ってね」

 

 

 小春は少しの間だけ立ち止まり、携帯デバイスを操作する。

 そしてすぐにデバイスを仕舞った。

 

 

「ごめんね四葉君」

「いえ、では帰りましょう。そろそろ暗いですし」

 

 

 二人は平河家までの数分を黙々と進んでいく。

 駅からかなり近いので、特に問題もなく辿り着いた。平河家の入口で、最後の挨拶を交わす。

 

 

「今日もごめんね。お疲れ様」

「いえいえ。平河先輩こそお疲れ様です。ゆっくりとお休みください。明日も八時ごろに参りますので」

「ええ。お願いね」

「では失礼します」

 

 

 一礼した紫音は早足で駅へと向かって行く。そして直ぐにキャビネットへと乗り込み、黒羽の部下とやり取りする際に使う専用デバイスを開いた。

 パスワードを打ち込み、メールが届いていないかチェックする。

 

 

「……何も無しか。気のせいだと良いけど」

 

 

 今日の帰り道は少しピリピリしていたようだった。

 精神系統魔法師特有とも言われる勘だが、襲撃を予感したのである。怪しい動きがないかチェックするつもりで黒羽からの報告書を期待したのだが、今のところないらしい。

 最近は七草家の監視が厳しいので、情報にも遅れが見られる。

 報告がないからと言って安心はできない。

 紫音は波動観測を広げた。

 

 

「今日も監視が一匹。ここは変化なしか……?」

 

 

 化成体による使い魔が相変わらず紫音の周辺を飛び回っていることは観測できる。サイオンの塊なので、波動感知で真っ先に引っかかる対象だ。見逃すことはない。

 サイオン、プシオン、銃声音などに注意しながら、大人しく待つことにした。

 念のために持ち歩いているCADを確認する。

 

 

(時間帯は夜だ。これが必要になるな)

 

 

 光の少ない夜の時間帯では、『暗黒流星群(ダークミーティア)』は本来の力を発揮しない。これはイコール、紫音の戦闘力低下を意味する。

 それを補うために、特殊なCADを必要としていた。

 キャビネットを降りた紫音は、いつでもCADを抜けるように気を張りつつ、自宅へと向かう。一歩進む毎に殺気立った空気が濃くなっているような感覚を覚えた。

 これは間違いなく、襲撃に遭うと悟る。

 

 

(目的は何だ? 論文コンペ絡みという可能性もあるけど……やっぱり俺自身が目的か)

 

 

 真夜からも注意されていた。

 これからは今まで以上に狙われるようになるだろうと。

 九校戦で十師族からも一段飛びぬけた魔法力を見せつけた以上、狙われない保証などない。しかも、本家から離れて一人暮らしをしているのだ。他国からすれば恰好の獲物だろう。

 しかし、これはチャンスでもある。

 襲われた所を返り討ちにすれば、逆に情報を抜き取れる機会となる。

 

 

(それに、今回は九校戦で手に入れた()()を試すチャンスだ)

 

 

 流石にこんな街中で戦闘は避けたい。

 紫音は、わざと人の少ない通りへと足を踏み入れた。

 そして相手も紫音が誘っていることに気付いたのだろう。人避けの結界が展開される。

 更に、紫音の周囲で幾つかの魔法が発動され、街路カメラが一気に破壊された。

 

 

「精霊魔法による遠隔術式か。大亜連合で当たり……か?」

 

 

 日本の古式にも精霊を使う術者は存在する。しかし、紫音を襲う意味はないので、消去法から大亜連合だろう。ずっと紫音を見張っている化成体の使い魔から見ても明らかだ。

 紫音の波動感知が足音を捉えた。

 コツ、コツ……と高い音を鳴らして近づいてくる。攻撃力の高い、金属を仕込んだ靴を履いていると予想できる。明らかに白兵戦闘を意識した装備だ。

 暗がりの向こうで、紫音は大柄な人物の姿を捉えた。

 

 

「来たか」

 

 

 紫音は街路カメラやサイオンセンサーが壊されていることを良いことに、遠慮なくCADを取り出す。

 向こうにも戦闘の意思が伝わったのか、獣のように歯を剥き出して構えた。

 相手はあまりにも有名であり、紫音は勿論、名前を知っている。

 

 

「大亜連合の『人食い虎』、呂剛虎(リュウカンフゥ)

 

 

 世界でも指折りの白兵戦闘魔法師が紫音の前に立ちふさがったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 
 愚爺さんがここから暗躍開始。来訪者編に向けたフラグ構築ってところですね。
 
 そして紫音さんは早速『人食い虎』さんとエンカウント。

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