魔銃使いは迷宮を駆ける 作:魔法少女()
匂いが、薄れていく。
鼻がもげるのではないかという程に臭かった匂いが、消えて行く。本来なら喜ぶべき所であろう。
だが、現状においては喜ぶ処か絶望する他無い。
「……匂い袋の効果が、切れました」
小刻みに震えるリリルカの手に摘ままれた小さな小袋。悪臭を振りまいていた原因のそれ、薄っすらと名残ともいえる匂いが微かに振りまかれ、湿った空気に溶けて消えた。
清浄な空気と言うには随分と湿り気を帯びて重苦しい空気だ。
ベルとヴェルフが苦虫を噛み潰した表情を浮かべ、ヴァンがキューイを捨てる様に落っことして後ろに向かって威嚇しはじめる。
現在位置は長い通路の分かれ道。
「キューイ、縦穴の位置を」
声が震えた。ちゃんと口に出来たかも怪しいぐらいに、声が震える。
「……キュィ」
臭いじゃなくて、今すぐ縦穴の位置を教えてくれっ! 糞っ!! すぐに復帰は無理かよっ!!
「ベル、ヴェルフ、応戦準備。キューイが復帰するまで時間かかります。復帰して縦穴の位置を把握したら、直ぐに離脱を」
「うん」
「ああ……」
無茶苦茶な作戦だ。匂い袋の効果が切れた時点で、既に詰みなのだから。
ドシリ、ドシリと言う重たい足音。それも一匹分ではなく、数えきれないぐらいの足音が正面右方向から聞こえてくる。何処からか『獲物を狩れるぞ』とでも言いたげな喜びに塗れたモンスターの咆哮が響いてくる。
後ろを振り返れば数えるのも億劫になる程の数のモンスターが犇めいていた。左側通路から抜け────あ、死んだわこれ。
正面右側からのそりのそりと現れたのはミノタウロス、その数……
正面左方向から無音で静かに足音を立てずに現れたのはライガーファング、数は五匹。追加でアルミラージが
後方は言うまでもない。アルミラージにヘルハウンドにライガーファングに、ミノタウロスも数匹混じってるか? 数えられん。
「キューイ復帰まで時間稼ぎを、ヴァン後ろに出て」
「ミリア、後ろは任せるよ」
「了解、ベルとヴェルフは前を」
前方にベルとヴェルフを、後方に俺とヴァンを。リリにキューイを任せておく。歯がガチガチと音を立てている中、ミノタウロスの咆哮が響き渡った。
モンスター達も歓喜の感情を表す様に、殺気を漲らせて吠える。前からも後ろからも聞こえる咆哮は、余りの圧力に膝を屈しそうになる。だが、此処で諦める訳にはいかない。
────ここで、一つ重要な情報を思い出した。
ミノタウロスの
表情を完全に凍り付かせたヴェルフとリリがガチガチと歯のぶつかる音を響かせて停止していた。ヴェルフの手は大刀の柄をギリギリと握りしめているが、その姿勢から動き出せず。リリルカはキューイを復帰させる為に水を取り出した姿勢で停止している。
あー。死んだ。絶対死んだよこれ。あの数のモンスターをどうやって止める? ヴェルフとリリの元にたどり着かせずにとか絶対に無理だ。それにもし捌けたとしても、だ。
動けない二人を担いで縦穴まで駆けるとか、無理。道をこじ開けるのすら出来ないってのに、どうしろってんだ。
「ミリア……」
ベルも状況に気付いたらしい。正面も後方も塞がれて、二人が
選択肢としては、二人を見捨てて応戦。俺とベル、キューイだけをなんとか下の階層にたどり着かせるぐらいか? そうすれば俺とベルだけでも助かる可能性はゼロじゃない。
わかってる。見捨てるなんて選択は在り得ないって、だからこそ剣を抜く。
それぞれ左右の手に持つのはヴェルフが新調してくれた新しい剣。素材は上層の希少鉱石を精錬し、キューイの爪を溶かし込んだ合金を使用。強度を重視し、キューイの血を染み込ませた一品。左手に持つ方だけは半ば程で折れているが、魔法の触媒としては十分な働きをしてくれるだろう。
二刀流なんて高度な技術は無い。左手で『ショットガン・マジック』を起動。右手はそのままで『ソードオフ』も詠唱しておく。
「ベル、正面は任せたわ。後ろは任せて……。一匹も通さないから」
「うん。後ろは任せるよ。正面は任せて、直ぐに終わらせるから」
ヴェルフとリリを挟んでそれぞれ正面と後方に構える。ベルは『ヘスティアナイフ』と『
俺は『
笑っちまうよな。正面から来るミノタウロスの群れ。後方から来る数えきれないモンスター群。
残りのマガジン数は、13か。ピストル弾換算で390発、ショットガン換算で130発、ライフル換算で39発。トラップ換算で13個。威力強化する場合は消費が倍になるのでさらに半分となる。
ヴァンを前に出して、
近接戦は、苦手なんだけどなぁ。もっと、近接戦の練習、しとけばよかったな。
「オオオオオオオオオ────ッ!!!」
背中から聞こえるベルの雄叫び。ミノタウロスの咆哮と混じり合うそれに合わせて、ヴァンに叫ぶ。
「前に出るわっ!」
《絶対に死ぬなっ!》
無理言わんでくれ。ああ畜生、運が無いな。
ヘスティア以下捜索隊は既に上層を突破し、中層にまで足を踏み入れていた。
階層進行速度は想定よりはるかに速い。その一助となっているのは間違いなく覆面の冒険者であろう。現れるモンスターの殆どを旋風の如く、木刀と短刀を使い分けて殲滅して進む謎の冒険者。
ヘルメスの言われるがままに誰もその素性に関して詮索はしないが、その実力がタケミカヅチファミリアが足元にも及ばない程のものだというのは此処までの道中で嫌と言う程に理解できた。
覆面の冒険者は側面から真っ直ぐ突っ込んでくるアルミラージを木刀で突き、別の個体に投げつけられた手斧を左手で掴み取り、即座に投げ返す。真っすぐと投てきされた際に飛翔した軌道を同じく描き、投擲後に隙を晒していたアルミラージの脳天に突き立つ。横にいた個体が驚きに目を見開いた瞬間には既に覆面の冒険者はその個体の目の前で突きを放っていた。
放たれた鋭い突きがアルミラージの眉間に突き立ち、目玉を飛び出させて絶命させた。
「これで終わりですね」
木刀についた血を払い、ケープの裾をたなびかせる姿を見たタケミカヅチファミリアが驚いている。
「先を急ぎましょう」
前衛を覆面の冒険者一人に任せ、後方警戒を行っているアスフィ・アル・アンドロメダは軽く頷き、神々とタケミカヅチの眷属達に進む様に促す。
既に到着階層は13階層。ベル・クラネルとその仲間達が最後に確認された階層にまで到着している。
「もう一度聞きますが、この辺りですか?」
「もう少し先、次の
先導する覆面の冒険者が鋭い視線を先の方へと向けて歩みを進めるさ中。ヘスティアは周囲を見回しては右手に持った
「暗いなぁ」
神の恩恵の効力によって身体能力や五感の強化された冒険者であっても薄暗いと感じるその空間は、
その様子を肩越しに振り返った覆面の冒険者、リュー・リオンが見てから、歩みを進める。
弾切れだ、もう撃てない。まだ剣がある、切れ味がガッタガタに落ちちまったけど、まだアルミラージを一撃で斬り殺せるぐらいの威力はある。
腕も重い。足も重い。頭痛は酷いし耳鳴りが響いてる。
目の前に突っ込んでくるアルミラージを切り払い、飛来した投擲斧を左手の折れた剣で叩き落とす。
ベルは無事か? ヴェルフとリリは? 前を向いても、後ろを向いても、右も、左もモンスター塗れ。囲まれてる。時折聞こえるベルの雄叫びと、ヴァンの咆哮。後は
ヴァン、
マガジンが追加される事はもうない。マジック・シールドが発動する事も無い。当たれば俺の耐久ではレベル2とは言え即死するだろうミノタウロスの一撃。
ああ、こいつまだ生きてたのか。至近距離からショットガンで顔面整形してやったから死んだと思ってたのに。右手の剣をぐちゃぐちゃになっているミノタウロスの眼孔に突き立てる。即死は、しなかった様だ。
暴れ回り、腕が我武者羅に振り回される。剣を抜いて一度引こうとするが剣が抜けない。
抜けなくなっちまった右手の剣を一度手放した。絶叫が響くさ中、ついでに左手の折れた方で飛んできた手斧を叩き落として、落ちた手斧を手早く拾いあげる。このミノタウロスをどうにか片付けて、それで?
えっと、何匹倒した? そうだ、百と、二十と、三だっけか? 数えてた気もするし、途中で数え忘れた気もする。
残りの数は? 数えきれない。数える気も起きない。
残弾は? もうない。ついさっき無くなったって言ったろ糞が。
武器は? 折れた剣と拾った手斧しかない。折れてない方は暴れてるミノタウロスの眼孔に突き刺さってる。
道具は? 空っぽの瓶が二個。中身を舐めれば雫分ぐらいはあるかもって期待してる。
リリとヴェルフは? まだ生きてる。
キューイは? 縦穴を見つけられていない。戦いが激し過ぎて探す暇がないらしい。
ヴァンは? ヘルハウンドの炎を浴びて黒焦げになってる。まだ動いちゃいるが死にかけ。
キューイが応戦してくれてる。でもモンスターの数が多すぎて縦穴を探せないと喚いてる。縦穴を見つけて、其処に駆け込む。其の為にはモンスターを退ける必要があって、でも退けられないから縦穴を見つけたくて、見つける為には、モンスターを倒す必要があって、そんなの無理で……。
ガクンと、視界が揺れた。ただでさえ低かった視界の高さが、より低くなった。
膝を突いていた。解けた包帯が視界の端でゆらゆらと揺れる。数えきれないモンスターに囲まれて、もうどうにかなるとは思えない。
ベルは? ベルはどうなった? 生きてる? 死んでる? ────まだ戦っている。
腕が重い、足が重い、頭痛が酷くて耳鳴りまでする。
──炎雷の煌めきがモンスターの群れを突き破った。
ローブが返り血で真っ赤っか。臭いミノタウロスの血に、アルミラージの血、あとなんか色々。自分の血も混じってるかもしれない。
──響くベルの雄叫び、ミノタウロスの悲鳴、モンスターの動揺が伝わってくる。
──白い何かが遠くの方で動いている。モンスターの群れの中を切り裂きながら、駆け抜ける白い兎。
右手に手斧、左手に折れた剣。目の前に瀕死のミノタウロス一匹。周りに数えきれないぐらいのモンスター。
──ベルが戦っている。
魔力は底を尽きた。
──ベルが戦っている。
弾丸はもうない。
──ベルが戦っている。
体力だって限界だ。
──ベルが戦っている。
手にしてるのは心許ない折れた剣。刃の零れた手斧。
──ベルが戦っている。
生まれたての小鹿の方が、まだマシだと言えるぐらいにガクガクと震える足を叩く。立ち上がり、瀕死のミノタウロスを見据えた。
ベルが戦っているのなら、俺だって戦えるさ。まだ死んでない。死んじゃいないんだ。
右手に残った手斧、左手に握りしめた折れた剣。臼淡い輝きを灯した竜鱗の朱手甲の輝きが背中を後押しした。
歩みを進めた先。大部屋となったその空間に広がった崩落の跡と、戦闘の痕跡を確認したアスフィがタケミカヅチファミリアの面々から話を聞いて溜息を零した。
「数百のモンスターを、足止め? 正気とは思えませんが」
崩落し、いくつかの通路が塞がった大部屋の中をそれぞれの面々が調べ回る中、アスフィの言葉を聞いたリュー・リオンも同じく頷いて肯定した。
「百を超えた時点で、いや、二十を超えた時点で撤退すべきだった」
「……仲間が、怪我をしていて即座に治療しなくては危なかったんだ」
怪我の度合いが酷く、即座に手当てしなくては命を落とす。そんな状態で五十を超えるモンスターに追われていた桜花の言い分にアスフィが再度溜息を零す。
「その状況で足止めしようとして、実際に十分程とはいえモンスターの群れを足止めできたのは凄いですね。とても正気を疑う行動ではありますが」
普通の冒険者なら、モンスターの数が二十を超えたら撤退を視野に入れ、五十を超えたら形振り構わずに逃げる。仲間一人の死で他の者が助かるなら、そうするのが冒険者と言う生き方である。
仲間想いのタケミカヅチファミリアは、全滅を招きかねない危険な行動をとった。普通なら全滅していたであろうその行為を後押ししたのは、【魔銃使い】ミリア・ノースリスの特殊な魔法だと聞かされ、アスフィの眉間に皺が寄る。
「幾つ魔法を覚えているんですか。ミリア・ノースリスは」
「どうしたんだアスフィ?」
「ヘルメス様、ミリア・ノースリスについて新情報が……」
アスフィとヘルメスがこそこそと二人で話し合っているさ中に、リュー・リオンは一つの通路の先を見据えながら皆に声をかけた。
「皆さん、此方に魔石がいくつか散らばっています」
「それがどうしたんだい?」
ヘスティアの言葉にリュー・リオンは桜花を見てから口を開いた。
「彼らの言う事が正しければ、彼らはあちらの塞がった通路の先からこの部屋に侵入し、応戦した。そして私たちがやってきた通路は彼らが撤退した通路。となると必然的に此方の魔石は残った者達が応戦しながら撤退した通路という事になります」
「じゃあこの先にベル君達が!」
ヘスティアが魔石灯で通路の先を照らし、キラキラとした光の反射が遠くの方まで続いているのをみて息を呑む。灰色の虚ろな岩壁の所々が黒焦げになっているのを見て息を呑む。
足元の床についた数えきれないぐらいの爪痕。残った者を追った怪物の数がどれ程だったのか想像もつかない。
「痕跡からして、少なくとも六十以上のモンスターに追われていたはずです」
「ですが、逃走する余裕はあった」
「追ってくるモンスターを、迎撃しながらの撤退戦……」
負傷者を抱えた桜花達を確実に逃がす為、敢えてモンスターを引き付ける様に動いたらしいベル達の行動に、その無謀さに、そして勇敢さにそれぞれが吐息を零す。
「行きましょう。彼らはこの先に進んだはずだ」
先導するリューの後ろを、捜索隊が進んでいく。
朦朧とする意識の中、ゆらゆらと視界が揺れている。しきりに呼び掛けてくる声が、遠くの方で響いている。
薄暗い灯りが揺れ、微かに感じる濡れたのは感触。握り締めたはずの手から、柄が零れ落ちた。
揺蕩う様な、微睡む様な、揺れる意識を繋ぎ留め、言葉を伝える。右の通路の先、縦穴がある、と。
目の前に広がった光景に捜索隊の面々は言葉を失っていた。
ダンジョン十三階層。ベル・クラネル達の痕跡を追った先、大きな縦穴部屋となっている空間に繋がる道は、途中で途切れていた。
「これは……」
「通路が崩落した?」
しゃがみ込んで途切れた通路を調べているアスフィは険しい表情を浮かべたまま呟いた。
「これに巻き込まれていれば、少なくともサポーターと鍛冶師のどちらかが確実に死んでいる事でしょう」
「ヘファイストスは鍛冶師君は無事だって……」
「では、サポーターは死んでいるかと」
冷たく言い放つアスフィの言葉に桜花が動揺しながらも口を開いた。
「反対側に駆け抜けた可能性は」
「……それはない」
「なっ……」
静かに、暗闇に沈んだ大部屋の先を見据えたリューの言葉に息を詰まらせる桜花。リューは静かに下を見下ろしてからすっと見通す事のできない暗闇の先を指さした。
「そこの下の方、武装の一部が落ちているのが見える。後──血溜まりがいくつか」
ヘスティア達が息を呑んだ。
リューの指さす先にある物を見ようとヘスティアが身を乗り出して携帯式の魔石灯で照らす。しかし二階層分の高さもあっては携帯式の魔石灯の光量では底を照らす事は出来ず、途中途中に引っかかっている崩落の跡が微かに見えるのみ。
「その魔石灯を借ります」
「え?」
ヘスティアの手から魔石灯がするりと抜き取られ、驚きの声を上げる間にも抜き取った犯人、リューは魔石灯を片手にそのままひょいと崩落の跡の残る崖から飛び降りた。
「なっ!?」
桜花達が反応しきれずに驚きの表情に染まり慌てて飛び降りたリューを視線で追えば、片手に持った魔石灯で下を照らしつつも岩の出っ張りやほんの小さな、猫の額程しかない足場とも呼べない足場を伝い、下へ下へと降りていく。
間も無くして、リューは底に辿りつき、周辺を照らした。上の方から見る限りでは見えなかった底に広がる惨状に、誰しもが息を呑んだ。
降り注いだ岩石に押しつぶされたらしいモンスターの残骸の中。ぶちまけられているのは冒険者向けに販売されている道具類の残骸。岩に潰されたり落ちた衝撃で壊れた小瓶等が散乱した地点と、赤い飛竜の鱗と黒くなりかけた血が飛び散った空間。
リューは魔石灯で周囲を照らして確認していると、キラキラと何かが光を反射している事に気が付いて近場の岩に付着した赤黒い血を見て近づき、その赤黒い血からキラキラと光を反射する金色の長い髪の毛を摘まみ上げる。
「ミリアさんの、ですか」
岩に付着した血の状況。周辺に広がる惨事を鑑みた上でリューはぽつりとつぶやいた。
「転落したのは間違いない、か」
一度その二階層分の高さを軽々と降りて見せたリューはその身体能力を遺憾なく発揮して上る方も完璧にこなし、下に広がっていた惨状を説明し、同時に落ちていたミリアのものらしい金髪とミリアの連れていた飛竜のものと思われる鱗を皆に示した。
その報告を受けた捜索隊は大回りをし、本来の階段を通って再度崩落の場へと足を運んだ。
上を見上げれば天井は見えず、上の階層の通路は全て崩落しきった十五階層の大部屋。部屋の中には無数の魔石と道具の残骸。そして、ヘスティアが偶然、ミリア・ノースリスの主武装である『銃剣型の杖』が崩落した岩の間に挟まっているのを見つけた。
「つまり、彼らが崩落に巻き込まれて転落したのは確実となった訳ですが、その後の行動は……」
アスフィとリューの視線が同時に、足元にぽつぽつと道を示す様に落ちている鱗を辿っていき、一つの小部屋に向く。
「そこの小部屋で救助を待ったのか、それとも負傷の治療を行っていたのか」
崩落のあった大部屋のすぐ近く、魔石とドロップ品、モンスターの残骸が多数散らばった通路の行き止まり。冒険者の間では
小部屋の中央に置かれた十三階層の地図。そして石ころがその横に並べられている。誰かが寝かされていたらしい場所には、薄っすらと血の跡が残り、飛竜が寝転んだらしい場所には赤黒い血がべっとりと付着していた。
「見た限りでは、半日前……そうですね、今朝の午前四時か五時頃まではこの部屋で治療を行っていたのでしょう」
無数に散らばる空になった缶詰や保存食の類の袋。包帯の切れ端。空っぽの
「ミコト……」
「私たちが、私たちが途中で気絶なんてしていなければ」
「ミコト、やめろ」
「ですがっ! 私たちが気絶せずに救援を求めていればっ!」
午前四時か五時頃まで治療と休息を行っていたと思われるベル・クラネル達一行。もし昨日の時点で桜花達が誰か一人でも意識が残っていれば、その時点で救援を求めていれば、この崩落のすぐ近くで応急処置を行って動かなかったベル・クラネル達を無事救助できていたはずだ。そう言い放ったミコトの言葉に桜花が口を閉ざす。
「……それはどうでしょうか」
「何がっ」
「私たちが名乗りを上げたからこそ、この短時間でこの階層まで足を運べた。けれど、昨日の時点では私も、そして彼女もソレに気付きようがない」
自身を強く責めるミコトに対し、アスフィが諭す様に肩を竦めた。
「昨日の時点で
リューも寸前になってやってきたヘルメスの言葉が無ければ、動かなかった身である。そうであるが故に、ミコトの後悔はどうにもならないと首を横に振った。
悔し気に拳を握り締めるミコトを他所に、ヘスティアはミリアの銃剣型の杖を握り、口を開いた。
「君の後悔は尤もかもしれないし、そうじゃないかもしれない。けれど、今は後悔している場合じゃない。ベル君も、ミリア君も、そして鍛冶師君もサポーター君も死んでない。この場に死体が一つも残されていないんだ。皆無事なんだ。死んでから後悔したって遅くはないさ」
今は捜索を優先しよう。そう言い放った女神を見据え、ミコトは強く頷いた。
「わかりました」
「そうだな」
頷き合う面々を見回し、ヘルメスはアスフィを見た。
「で、アスフィこれから何処を探す?」
「闇雲に探し回っても見つかるとは思えない。この辺りに魔石の痕跡が残っていない上、散らばった鱗も変な所で途切れていたんだぞ。どうしようもないぞ」
ヘルメスに続き、桜花が問いかければアスフィは顎に手を当てて考え込み、口を開いた。
「彼らは此処から上の階層への道を探そうとした。あの小部屋に置かれた地図と、小石。どうやってかはわかりませんが上の階層とつながる大部屋の位置を割り出した様子でした。多分ですが、この階層を十四階層と誤認していた可能性がありますね」
「そうなると照らし合わせで上の階層を目指したって事かい? だとしたら階段とは正反対の方向に向かった事になるが……」
十五階層の地図と十三階層の地図を照らし合わせて呟いたヘルメスの言葉にリューが否定の言葉を紡いだ。
「それはない。彼らは先へと進んだのでしょう」
「どういう意味だい?」
ヘスティアの問いかけにリューとアスフィが視線を交わし、アスフィが口を開いた。
「彼らは、地上を目指すという選択肢を捨て、あえて安全地帯である十八階層を目指したのでしょう」
「っ!」
「ダンジョンには無数の縦穴がある。もし縦穴を降りたのだとすれば、其処で途切れた鱗の痕跡の謎も説明が付きます。縦穴の位置はランダムで変わる。つまり今朝の時点ではそこには縦穴があり、彼らはその縦穴を使って下の階層に進んだ」
「下へ降りる? まともな神経じゃない」
ダンジョンに潜る者なら誰しもが知る事だ。未知の階層に踏み出す恐怖を。その危険性を。
信じられないと言った様子の桜花が眉を顰める。
「私ならそうする」
リューの言葉に桜花達が振り返る。彼女は真っすぐに途切れた鱗の痕跡を見つめながらつぶやいた。
「彼達なら──いや、一度冒険を乗り越えた彼なら前へ進むと思います」
静かに振り返り、ヘスティアの目を見つめたリューは、若干の呆れを伴う声を上げた。
「彼女も、前に進むでしょう。彼と違い彼女は前に進む、と言うよりは博打打ちの気が強いですが」
水浴びイベントの場面超楽しみだね()
全カットで水浴びイベントまで飛ばそうかなとか思ったり思わなかったり。
ゴライアス戦を『ミリア気絶してました』で済まそうかとか思ったり。(ちゃんと書きます)
と言うかヤバい……ゴライアス戦中の動き以前に、ベル君にいちゃもんつける冒険者達(ヘルメスが仕掛けた奴)との抗争どうしよう。だってさ、撃っちゃうよね? 対人戦じゃん? 殺したら不味いからって手加減したって感じで……(でもヘスティア様攫われたって気付いた時点で飛び出しそう)
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