魔銃使いは迷宮を駆ける   作:魔法少女()

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第六十一話

 何をしてるんだ。俺は一体、何をしているんだ。

 

 目の前で『早く逃げて』って叫んでいただろう?

 

 へたり込んで、その姿を見ていただろう。

 

 

 

 

 

 握り潰されて、その手の間から零れ落ちて来た血と肉片を、思わず両手で受け止めて。ようやくキューイが死んだ事を理解した。

 グチャリと言うあっけない音と共に、そのミノタウロスの手でキューイが握り潰された。悲鳴一つ上げず、逃げてと叫び続けたキューイが、呆気無く死んだ。

 落ちてきた血と肉片を両手で受け止めて、手の中に納まりきらずに地面に零れ落ちるキューイの残骸を見て、悲鳴を上げる事も出来ずに息が詰まった。

 

 俺は一体何をしていたんだ? 手の中に残った感触。(ぬめ)る血の感触に、ぷるりとした肉の感触、砕けてちくちくと刺さる骨の感触。これはなんだ?

 

 脳裏に映し出されたのは捻じ曲がった右腕と、骨の飛び出た左腕。後は真ん丸お月様。

 

 息を飲み、呼吸を落ちつけようとした所で──胴を掴み上げられて息が詰まった。

 

「うぐっ……」

 

 血塗れの両手から強引に意識を引き剥がされ、胴をきつく締め上げるミノタウロスの手の感触。ギリギリと締め上げられ、ポキンとあっけなく肋骨の折れる音。折れた骨が肺腑に刺さったのか、臓腑が弾けでもしたのか、激痛が爆発し、喉の奥から血が溢れだす。

 

「こふっ……ぐぅううう」

 

 ギリギリギリと、万力で押し潰す下の様に、胴が締め上げられる。断続的に響くのは骨の折れる音。ポキポキって言うあっけない音。このまま死ぬ。逃げてって叫んでたキューイが、必死になって守ろうとしてくれた馬鹿野郎は、此処で────

 

「『ファイアァボルトォ』ッ!!」

 

 ベルの詠唱。弾ける音と共にミノタウロスの手から解放されて地面に落ちた。倒れ伏した姿勢から何とか身を起こし、ベルを見れば────額から血を流し、目を爛々と輝かせたベルがふらつきながらも立っていた。

 

「僕が、僕が相手だっ!」

 

 叫び、バゼラードとヘスティアナイフを構えるベル。やめろ、殺されちまう。ベルに逃げる様に声を掛けようにも、喉の奥から溢れて来た血で喉が塞がり、声が出せない。

 ミノタウロスは此方をちらりと見て、足を振り上げ──俺を踏み潰そうとした。

 

「やめろぉぉぉおおおおっ!!」

 

 ベルの絶叫。逃げなくてはいけない。必死に身を捻り避けようとするが、腕を動かしただけで体の内側で折れた骨がすれ合い、激痛を訴えてくる。身を起こしたままミノタウロスの足の裏を眺めるのが限界で、ベルが必死に走ってきているが、間に合わない。ここで死────衝撃と共に視界がぐるぐるとまわる。飛び散った床の破片が体に当たって痛みを訴える。衝撃によって激痛が爆発して一瞬だけ意識が途切れる。

 

 うすぼんやりと見えた天井が何かに遮られて生きている事に気付いた。

 

「ミリア様っ! 目を覚ましてくださいっ!」

 

 リリルカ・アーデ。彼女の顔が目の前にある。助けられた、それに気付いて礼を言おうとして、彼女が俺の体を引っ張り起こす。

 

「ミリア様っ! ベル様の援護をしてくださいっ!」

 

 肩を揺さ振られ、悲鳴の様に叫ぶリリ。早く、お願いしますと、涙をボロボロと零しながら悲痛に叫ぶ姿に疑問を覚え──何かが壁に叩き付けられる音が響き、其方に視線を向けた。

 

 ベルが、壁にめり込んでいた。ミノタウロスが大剣を振るった姿勢のままベルを睨んでいる。何が起きたのかなんて一目瞭然だ、ベルがやられてる。

 

「ミリア様っ! ベル様の援護をっ! 早くっ」

 

 叫ぶリリの姿に、体を起こして右手を突きだし、魔法を詠唱しようとして──手が血塗れなのに気が付く。

 息が詰まる。捻じ曲がった右手と、骨の露出した左手。あの光景が脳裏を過ぎり、それ以上の衝撃をリリが与えて来た。

 

「見てくださいッ! リリはっ! リリのこの腕ではっ! もう援護できないんです、だから、ベル様の援護を、お願いします」

 

 へしゃげた右腕が其処に在った。リリルカの右手に装備していたはずの、リトルバリスタと言うクロスボウ。其れ毎リリルカ・アーデの右腕がへしゃげて居る。ボタボタと溢れ出る血を垂れ流しながら、リリが泣き叫ぶ。

 

「ベル様の援護をっ!」

 

 額からも血を流し、フードが半分真っ赤にそまったリリルカの叫びに、奥歯を噛み締めて立ち上がり、詠唱する。

 

「『ピストル・マジック』っ!」

 

 助けられた。ベルに、ミノタウロスに握り潰される寸前に。

 助けられた。リリルカに、ミノタウロスに踏み潰される寸前に。

 助けようとしてくれた。キューイが、死ぬ寸前まで、身を案じてくれた。

 

「『リロード』っ!!」

 

 最強の拳銃に、最強の弾丸。現実に存在する其れは、浪漫(ありえない)の一言で斬り捨てられてしまう産廃兵器。けれども、魔法であればそれを再現し、運用できる。

 

 ベルが、めり込んだ体を壁から引き抜き、バゼラードとヘスティアナイフを二刀流で構える。ミノタウロスが大剣を振り上げ、ベルに振り下ろそうとしている。ベルが身構え、それを受けようとしている。

 どう考えても、無理だろう。

 

 ベルはレベル1だ。強化種であるミノタウロスはレベル3に匹敵する強さだ。普通に考えれば無理だ。一人でその攻撃を受け止められるはずもない。

 

「『ファイア』ッ!」

 

 放たれた弾丸が、今まさにベルに迫る大剣の刃を捉える。

 

 効果は無い。俺のレベルは1で、あのミノタウロスはレベル3程度。俺の攻撃程度でその攻撃を止められるはずもない。

 

 ()()()()()()()()()その攻撃を止められない。。では、()()()()()()()? ()()()()()()()

 

 大剣の刃で弾けた弾丸。ミノタウロスの一撃の威力が、ほんの少し削り取られ、速度が落ちる。ベルは大剣の一撃を受け────弾いた。

 

 バギィインッと、馬鹿げた金属同士のぶつかり合う音。それと同時にミノタウロスが大きく弾かれて胴を晒す。驚きの表情を浮かべたミノタウロス。大きな隙だ、今なら攻撃のチャンス。だけれども、ベルもまた大きく姿勢を崩している。

 ベルが攻撃に回るより先に、ミノタウロスが体勢を立て直すだろう。()()()()()()()

 

「『ファイア』ッ!!」

 

 ミノタウロスの肘に弾丸が命中し、姿勢を戻すのがほんの少し遅れる。ベルが紙一重で一拍早く姿勢を立て直し、ミノタウロスの腿の辺りに斬撃を見舞った。

 

「はぁああああああっ!!」

 

 ザシュリと、傷が出来た。浅い、小さい、ミノタウロスにとってかすり傷にしかならない傷が──与える事が出来た。

 

「ミリアっ!」

「援護するっ!」

 

 浅くとも、小さくとも、傷つけられる。傷を与えられる。援護しよう、あの小さな傷が、ミノタウロスを殺すその時まで、援護しよう。

 ごめんキューイ、もっと早くに立ち上がればよかったよ。

 最初から一人で守ろうとなんてしなきゃよかった。強敵が現れたら、ベルと一緒に戦おうなんて約束したのに、忘れて一人で飛び出して、勝手に心折れて座り込んで。

 

 こんな情けない奴でごめん。でも、仇討だけはしてみせる。

 

 

 

 

 

 遠征に赴く為に班を二つに分けて行動していたロキファミリアの面々が、九階層で強化種のミノタウロスに襲われたと言う冒険者に出会ったのは偶然であろう。

 前回の遠征中にミノタウロスを上層にまで行かせてしまった事があったが、あの時のミノタウロスはしっかりと掃討し終えたはずである。しかしミノタウロスの出現の報告を聞いたアイズが一人で先走り、救助に走ってしまう。

 追いかけている途中、オッタルの妨害やパルゥムの少女の助けを求める声等があったが、一人走り抜けたアイズ・ヴァレンシュタインは、彼らを見つけた瞬間に息を呑んだ。

 

 赤い、赤いミノタウロス。通常種の茶色い毛並から並外れた深紅のミノタウロス。間違いなく強化種であるそのミノタウロスの前に、彼──ベル・クラネルが立っていた。

 

 今まさに、ミノタウロスが振り上げた大剣が、ベル・クラネルを叩き斬らんと迫るその光景。足を動かしても、間に合わない。アイズ・ヴァレンシュタインの俊足を以てしても、あの一撃を止めてあげられない。

 あのまま、あの少年は死ぬ。確信と共に歯を食いしばり────その予測は弾け消えた。

 

「『ファイア』ッ!!」

「おおぉぉぉおおっ!!」

 

 弾ける、金属音。レベル3に届きうるその剛腕の一撃を、少年が弾いた。

 ()()()()その一撃は少年を叩き切っただろう。()()()()その少年は今頃死んでいただろう。

 

 ()()()()、ミリア・ノースリスの放った魔法が、ミノタウロスの一撃の威力を弱めた事で、弾く事に成功した。まさに()()()()()()()()()

 

 剣を抜こうと、彼を守るために前に出ようとして、アイズは足を止めた。止めてしまった。

 

 ベル・クラネルの放った一撃が、ミノタウロスの腕を浅く斬り裂く。浅すぎて、負傷とも呼べないその傷。

 

 そんな小さな傷が、何十もミノタウロスの体に刻まれている。

 

「おいアイズなにしてんだ」

 

 後ろから聞こえたベート・ローガの声に答える事も出来ず、アイズはただ信じられないものを見たと言う表情のまま固まっていた。

 追いついてきたロキファミリアの面々の声も届かない程に、アイズはただ目の前の光景に目を奪われていた。

 

「あん、ありゃあの時のトマト野郎と、死にかけのガキじゃねぇか。おいおい、なんだよあいつらつくづくミノタウロスに縁があるみたいだな」

「それって、ミリアとベル・クラネル?」

「あん、オマエの知り合いかよ」

 

 ベートの言葉にティオナが首を横に振る。ロキファミリアのやり取りのさ中にも、ミノタウロスの攻撃をミリアの魔法が弱め、ベルが弾き、ミリアが隙を作り出し、ベルが攻撃する。そんな光景が続いている。

 

「しっかし、よく死んでないな。普通ならもうとっくの昔に死んで──おい、なんでアイツ等死んでねえ」

 

 ベートも、その違和感に気付いたのだろう。言葉を止め、ミノタウロスと彼らのやりとりを観察し始め、息を呑んだ。

 

「嘘だろ……」

 

 アイズとベートだけではない。フィンもまた、信じられないものを見る目で彼らを見据えた。

 

 ミノタウロスが大剣を振り上げ、振り抜こうとする。ベル・クラネルがそれを受けるべくショートソードとナイフを構える。当然、レベル3に届きうる強化種の攻撃なんて受けられる訳も無い。

 其処に突き刺さるのは、ミリア・ノースリスの魔法。放たれた魔法が、針の穴を通す様な精度で、ミノタウロスの大剣に着弾し、その一撃の威力を削ぐ。その威力の削がれた一撃を、ベル・クラネルが弾く。

 攻撃を弾かれ、姿勢を崩したミノタウロスにミリア・ノースリスの魔法が突き刺さり、隙が生まれる。其処をベル・クラネルが反撃と言わんばかりに斬り付ける。

 

 口にすれば簡単な事だろう。だが、ミノタウロスの大剣に、指先程度の大きさしかない弾丸を、真正面からブチ当てる事が出来る魔法使いがどれほど居ると言うのか。

 それも、ミリア・ノースリスは一か所に留まる事なく、走り回っている。ミノタウロスの視界から外れる様に、ミノタウロスの死角へ潜り込む様に。

 対して、威力が削がれるとはいえ、強化種の一撃に身構えられる冒険者が何処に居るだろうか。普通ならそのまま挽肉だ。ミリア・ノースリスの援護が外れたその瞬間、彼は死が確定するだろう。

 

 最初、アイズ・ヴァレンシュタインはその光景を見て()()()と思った。何故なら、何回も同じ事を繰り返せないと思ったから。

 

 どんな精度をしていれば、切っ先が目に映らない程の速度で振るわれるミノタウロスの一撃に合せて魔法を放てるだろうか?

 どんな精神をしていれば、自らを確実に殺せる一撃を前にして身構えられるだろうか。

 

 ミリアが威力を削ぎ、ベルが弾き、ミリアが隙を生み出し、ベルが攻撃する。

 

 流れる様に、交互に行われるその行動には、全く迷いが無い。

 

「嘘でしょ、あんなの……死んじゃうよ」

 

 ほんの少しのミスが、命取り。失敗はそのまま死を意味する攻防。後ろから援護するミリアの精度の高さも、死を目の前にしながらもほんの一瞬も怯まずに立ち続けるベルの精神も、どちらも凄まじい。

 

「リヴェリア」

「なんだ」

「もし、もしも君がミリアと同じ魔法を覚えていたとして、同じ事が出来るかい?」

 

 フィンの、何気ない質問。その質問にリヴェリアは難しい表情を浮かべ、呟く。

 

「出来る」

 

 だが、リヴェリアはそうつづけた。

 

「一度、二度ならばだが」

 

 何十回と続けるのは不可能だとも。

 

 

 

 

 

 ミノタウロスの大剣と、ベルのショートソードが弾け合う光景に何度心臓が跳ねただろう。爆発しそうな心臓の音が邪魔だ。走り、止まり、撃ち、走り、止まり、撃ち。

 ミノタウロスの大剣の威力を削ぐ為に必要な射角・射線の確保の為に走り、射撃姿勢をとる為に止まり、必中の一撃を放つ。外せば、ベルが死ぬ。

 

「『ファイア』ッ!!」

 

 エイナさんのくれた手袋と、ヘスティア様がくれたキューイの素材で作られた竜鱗の朱手甲。どちらもキューイの血に塗れていて、その血が俺に力を与えてくれる。詠唱する魔法の威力が引き上げられ、走りながらぶちかましても十分な威力を伴ってくれる。

 だが、足りない。ベルもそれが分かっている。何度斬り付けただろう、なんど刻んだだろう。そのミノタウロスの体に刻みつけられた傷は、けれども致命傷には至らないちんけな傷跡に過ぎない。

 何か大きな一撃が必要で、それを見つけ出さなくてはいけない。

 

 

 

 

 

 驚くだけでは無い。冒険者としての目を持って彼らの戦いを観察し始めたロキファミリアの面々は、苦い表情を浮かべていた。

 

「なんなんだあのナイフ」

 

 ベートが目をつけたナイフ。威力が削がれているとは言え大剣の一撃を受け止め、受け流したその光景に驚きの声を上げる。

 

「確かに業物だ。だがそれだけじゃない」

「彼の技だよ」

 

 幾度と無い攻防。ミリアの援護。ベルの攻撃。どれか一つでも歯車が狂えば死んでしまう戦い。

 

「すごい、威力が削がれててもあの一撃を良く凌いでる」

「ミリアの魔法制御精度の高さも、放った魔法の命中精度も目を見張るものがある」

 

 だが、足りない。

 

「ミノタウロスの肉は絶ち難い」

 

 表層の、皮膚ばかりを幾度と無く斬り付けている。小さな、傷が無数に出来上がっている。だが、それではミノタウロスは倒せない。

 

 焦りながらも攻撃を逸らそうとして──ついにベルの持つショートソードが音を立てて砕け散った。

 

 幾度と無い攻撃に耐え切れず、破片を散らし砕けたショートソード。ベルに致命的な隙が生まれ次の瞬間、ミノタウロスが動いた。

 

「あっ! ミリアが狙われてるっ!」

 

 ティオナの驚きの声。皆が息を飲むさ中、ミノタウロスは仕留めきれない白髪の少年を無視し、後方からうざったい妨害を繰り返し続けていた金髪の子供を狙う。

 一瞬で加速したミノタウロスに、姿勢を崩したベル・クラネルが反応しきれない。手を突きだし、炎を放つ。

 

「『ファイアボルトォ』ッ!!」

「あの魔法、詠唱していないっ」

「ミリアと同じ分岐詠唱、では無いな。無詠唱だ。だが相手が悪い」

「軽すぎる」

 

 ミノタウロスの背中で弾けるその魔法は、威力が無さすぎて走るミノタウロスの姿勢を崩す事も出来ない。

 あのままではミリアが引き潰される。皆が身構えた。

 

 ミリアが足を止め、驚きの表情を浮かべ────一瞬で獰猛な笑みに切り替わる。

 

「何か作戦でもあるのか」

 

 ミリアが右手に持った剣の切っ先をミノタウロスに向け、詠唱する。

 

「『ショットガン・マジック』『リロード』」

 

 ミノタウロスが目の前に迫ってきているとは思えない程、落ち着いた詠唱。ミリアの持つ剣の切っ先に指先程の魔法陣が生み出される。その光景にアイズが目を見開く、ミリアにはちゃんと教えたはずだ。()()()()()()()()()()()()()使()()()()()()。だが、リヴェリアが目を細める。

 

「あの剣は────特殊な触媒か、魔法の威力を引き上げている。だが、何の触媒だ?」

 

 アイズがリヴェリアに声を掛けるより前に、ミノタウロスが大剣を振り抜かんと振り被った。

 

 後ろから走り追いかけるベルが追いつけない。ミリアは不敵な笑みを浮かべ──今までと同じように大剣を狙って魔法を放つ。

 

「『ファイア』ッ!」

 

 突如響き渡る轟音。ミノタウロスの大剣は、けれども威力を落としながらもミリアに迫る。あのままではミリアが死ぬ。誰しもがそう予測した次の瞬間。ガラスにひびが入る音と共に、その一撃は()()()()

 左腕、竜鱗の朱手甲を突きだした姿勢のまま不敵な笑みを浮かべるミリア。ミリアを包み込む()()()()()()()()()()()によってミノタウロスの一撃が完全に止まっている。

 

「こういう口づけ(キス)は好み?」

 

 ミリアが挑発する様な言葉を放ちながら、右手に持った剣の切っ先をミノタウロスの腕に押し当てる。切っ先の押し当てられたその場所は────ベルが幾度と無く斬り付けた()()()()()

 

「『ファイア』」

 

 静かな詠唱、発動する魔法の威力は今までの比では無い。足を止めたのは、並行詠唱では引き出せない威力を引き出すための物。その一撃は────ミノタウロスの片腕を爆炎と共にもぎ取った。

 

 くるくると宙を舞うミノタウロスの右腕と──大剣。

 

 次の瞬間、白い影が大剣を奪い去り、()()()()()()()()()()()()()()()

 

「ベルっ」

「ミリアァッ!」

 

 白い影、ベルが両手で大剣を握りしめくるくると宙を舞うミノタウロスの左腕を押しのけ、ミノタウロスに迫る。

 

「『ライフル・マジック』『リロード』」

「うぉおおおおおおっ!!」

 

 両腕を失って尚、ミノタウロスは諦めを浮かべる事も無く、その角による頭突きでベルを仕留めようとし──ミリアが放った魔法がミノタウロスの両足に突き刺さる。

 

「『ファイア』ッ!! 『ファイア』ッ!!」

 

 ズドンズドンと、ミノタウロスの両足に刻まれた、()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ミノタウロスが両膝を突き、ベルの握り締めた大剣がミノタウロスの残っていた片角を叩き砕いた。片角が砕けるのと同時に、ベルの持っていた大剣もまた、砕け散る。

 幾度となくミリアの魔法攻撃にさらされ続け、耐久の減っていた大剣は、その役目を終えキラキラとした破片を撒き散らしミノタウロスの視界を塞ぐ。────ベルとミリアの姿をミノタウロスから隠す。

 

「『ショットガン・マジック』」

「うぉぉおおおおっ!!」

 

 両膝を突き、両腕を失い。終に片角も失ったミノタウロス。ベルとミリアが同時に踏み込み──ミノタウロスの胸にそれぞれナイフと剣を突き刺した。

 

「『ファイアァァッボルトォォオッ』!!」

「『リロード』、『ファイアァァアッ』!!」

 

 ベルとミリアの魔法が同時に、ナイフと剣の切っ先より放たれる。小さな、ちんけな、致命傷には程遠かったはずの小さな切り傷から、ナイフと剣の切っ先が捻じ込まれ、ミノタウロスの体内で赤い花を咲かせる。

 

 

 

 

 

 後悔した。自らの胸に開いた風穴を感じつつも、深い後悔に苛まれる。

 白いのと、金色の。どちらもただの石ころの様に殺せる、どうでも良いモノだとおもっていた。

 

 だけれども、今自分は胸に風穴を開けられている。そう、一瞬で殺せると思った彼らにである。

 

 顔を上げる。彼らが身構えている。

 

 白い少年。少女は、ベルと呼んでいた彼。

 金色の幼い少女。ベルはミリアと呼んでいた彼女。

 

 弱かった、とても弱かった。

 

 彼一人なら、そのまま叩き潰していた。

 彼女一人なら、難なく叩き潰せただろう。

 

 けれども、自分はまけた。

 

 両腕が無い。肘の辺りから弾けて消えた右腕。すっぱりと綺麗な断面を見せる左腕。

 立ち上がろうとしても、膝に感じる違和感の所為で立ち上がれない。

 

 悔しさが湧き上がり、それ以上の怒りが自らを焦がす。

 

 何故、最初から本気を出さなかったのか。何故、あの男に教えられた技を駆使しなかったのか。

 力が上昇した、敏捷が上昇した、体力が上昇した。自分は強くなった。

 

 そう、強くなったのに。負けた。

 

 此方を見て身構える二人。白い少年ベルと、金色の少女ミリア。二人にまけた。

 あの男に鍛えられた技も駆使せず、今まで野生に居た頃と同じ様に力任せに振り回す戦い。いや、戦いでは無い。ただ暴れていただけの情けない姿。それで負けた。

 悔しい、苦しい、そして何よりも苛立つ。本気で戦おうとせず、路傍の石ころを蹴飛ばすような気楽さで挑んだ己自身に何よりも強い苛立ちを感じた。

 

 血肉沸き躍る様な戦いになるはずだった、この戦いを、無為に終わらせた事を悔やむ。あの男の言っていた相応しい戦いの場は、ここにあったのに、それを台無しにしたのは己自身であったのだ。

 

 あぁ、もし願いが叶うなら。もう一度戦いたい。

 

 今度は最初から本気で、弱そうだとか、弱いだとか決めつけず、最初から本気で殺しにいこう。

 

 手を伸ばす。再戦を望みながら、自らが潰える事を感じ取りながら、もう一度、戦える事を願って。

 

 

 

 

 

 胸にぽっかり開いた穴。ベルと俺の魔法が同時にぶち込まれ、ミノタウロスの胸にはぽっかりと穴が開いていた。なんというか、信じられない光景だ。

 

 両腕を失い、膝を突き、胸に風穴があき、角を失ったミノタウロス。そんな致命傷を通り越して死んでいなければおかしい負傷具合でありながら。

 今まさに此方に手を伸ばすそのミノタウロスの生命力の高さに驚きが隠せない。魔力は底を尽き、ベルも立ってはいるがフラフラで、もう一撃を放とう等と言う事も出来ない。

 

 そう、さっきの一撃が最後の一撃、これ以上捻り出せる物なんて無い。

 

 そう思い、見守るさ中。ミノタウロスは口をもごもごと動かし、そのまま灰になって消えた。

 

 呆気無く、灰になって虚空に消えたその姿が理解出来なかった。

 

 勝てる、なんて思わなかった。けれども、勝った。そんな風に理解できたのは、ベルが目の前に立ってからだった。

 

「ベル?」

 

 ふらつきながらも、ベルが俺の前に立った。此方を見て、笑いながらヘスティアナイフを振り上げた。

 

「ミリア、僕の、僕達の勝ちだね」

 

 ベルのその言葉に、ストンと腰が落ちた。腰が抜けて、座り込む俺の前で、ベルは震える両足で立っていた。今にも倒れそうな位頼りない姿だが、誰よりも、何よりも強い姿だった。

 

「ねぇミリア、僕────約束、守れたかな」

 

 約束。『なら、今度ミノタウロスに襲われたら……その時はかっこよくミノタウロスを倒してくださいね』そんな、守れるなんて思ってなかった約束。

 

「うん」

 

 本当に、守ってしまった。

 

「かっこよかったかな」

「うん」

 

 誰がなんと言おうが、かっこよかったに決まってる。例え足が震えて、顔が引きつっていて、くっさいミノタウロスの血に塗れていて、倒れそうになっていても。今のベルはどんな物語の登場人物なんかより、かっこいい。

 

「そっか────よかった」

 

 ふらっと、倒れ込んできたベルを受け止め──押し潰される。

 

 ベルの重さを感じつつも、ミノタウロスが居た場所を見て、自分の両腕に視線を落とす。

 

 キューイの血に塗れた両腕。今度は、あの光景(壊れた両腕)は浮かばなかった。

 

 ただ、キューイの事が頭に浮かんだ。




 戦闘シーン書くの苦手過ぎて吐きそう。だけどなんとかミノタウロス編終了。

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