魔銃使いは迷宮を駆ける   作:魔法少女()

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第二話

 今、気が付いた事がある。

 

 ここに帝国兵って不自然じゃね?

 

 だって()()()()()()()()()()()()()

 

 床は平らに均されてるし。

 

 いや、ゲーム作中的には床が平らで歩きやすそうだなーって思ったのは幻術によるモノだったからっていう理由があった。

 

 だから、ここはチュートリアルであると判断した訳だ。

 

 だが、帝国兵が現れた。

 

 ……もしかしてチュートリアル難易度上昇?

 

 そんな訳無いよナァ……いや、でも今なんか魔法使えないっぽいし?

 

 どうなんだ……マァ良い。この少年兵? をどうにかしないと……と言うか出口何処なんだ?

 

 両手を上げて降参を示してる少年を見て思う。

 

 …………可愛らしい顔立ちしてんなコイツ。

 

 

 

 

 

 

 ベル・クラネルは焦りを覚えながら、鋭い眼力で睨みつけてくる女の子を見ていた。

 

 女の子は右手を人差し指と親指を立てて、他の指を握りこむと言う変わったハンドサインの様な手、その人差し指が文字通りベルを指差している。そして長杖の先端もベルに向けられており、睨みつける眼光には警戒の色が強い。

 

 膝まで届きそうな金髪に碧眼、愛らしい顔立ちに豪奢なローブに半透明の羽衣に長杖と言う女の子がゴブリン三匹に襲われて、苦戦していると言う危機的状況を見て思わず飛び込んだのは良いが、助けに入った瞬間にゴブリンから目を離した所為で、かっこ悪い所を見せてしまったので恥ずかしい思いをしてしまって赤面しつつも、どうにか女の子に声をかけた所、唐突に『待ちなさい』と言われてしまった。

 

 なんだろうと思えば『テーコクヘイ』だと思われているらしい。

 

 当然の事ながら、ベル・クラネルは『冒険者』ではあっても『テーコクヘイ』ではない。

 

 慌てながら両手を上げて、傷付ける意図は無いと示しつつも女の子に良い訳をしてみる。

 

「待って、待ってっ! 僕は、その『テーコクヘイ』? じゃなくて」

「………………」

「冒険者なんだっ!」

「………………冒険者?」

「そう! そうなんだ、だからその『テーコクヘイ』じゃなくて」

 

 ベルの言葉に女の子が反応を示した。目つきをより鋭くして睨みつけるその姿に思わず震えが走るが、少しすると、女の子が口を開いた。

 

「ひとつ、確認が有るわ……貴方は帝国兵では無いのね? なら、()()()()()?」

「え?」

 

 その質問に、ベルは拍子抜けと言うか()()()()()と言う疑問を覚えた。

 

 此処は何処? 言われるまでも無く、富と名声を求めて冒険者が足を踏み入れるダンジョンと言う危険な場所である。

 ベルは祖父の遺した言葉に従いハーレムを作る為、そして英雄に憧れてこのダンジョンに……いや、今や世界の中心を神々が謳う『オラリオ』と言う一大都市を訪れたのだ。

 

 この女の子もどこかの『ファミリア』に入っている『冒険者』の一人だと思っていた所に『此処は何処?』と言う質問。

 

 ……もしかして記憶喪失?

 

「……答えられないのですかね?」

 

 そんな考え事をしている間にも女の子の目つきは険しくなり威圧が上がっていく。

 

 自分よりも幼い女の子に気圧されている事に驚きを覚えつつも、ベルは慌てて口を開いた。

 

「まってまって、ここはオラリオのダンジョンって所で……えっと……一階層目の所なんだけど……」

「はい? ダンジョン? 一階層?」

 

 ベルが慌てて場所の説明をすれば、女の子は驚いた表情で目を見開いた後、再度睨みを利かせてくる。だが最初の睨みに比べればわずかに険がとれている。

 

「……ここはダンジョンと言う場所の一階層? なんていうダンジョン?」

「へ? ダンジョンはダンジョンだけど……」

 

 ベルは少なくともダンジョンと呼ばれる場所なんてオラリオの地下に広がるこのダンジョン以外知らない。

 

 女の子が悩むような表情を浮かべながらぶつぶつと呟くのを見ながら、ベルは今この瞬間にもゴブリンやコボルトが現れないかヒヤヒヤしていた。運が良いのかどちらもこの場に現れる事は無かったし、他の冒険者が通りかかる事も無かった。

 暫くすると女の子の顔から険が完全に消え失せ、ベルを睨むのをやめた。

 

「信じます。貴方を……無礼を許して欲しい」

「え? あっ、その、こっちこそごめん」

 

 女の子は深々と頭を下げて非礼を詫びてきたので、思わずベルも頭を下げる。

 

 元を言えば『ベルが窮地に駆けつけて置きながら逆にベルが窮地に陥る』と言うみっともない姿を見せたのが原因と言えば原因……なのだろうか?

 

 そんな疑問を抱えつつ、ベルは改めて女の子に問いかけようと思ったのだ。

 

 仲間と一緒じゃないの? 魔法使いなら一人で行動する事は少ないはずだし。

 送って行こうか? ゴブリン相手に苦戦していたし、安全な所まで送って行った方が良いかなって思って。

 

 だが、ベルはここでようやく気付いた。

 

 名前、その女の子の名前を知らない。

 

 そう言えば自己紹介していない。

 

「あの、僕はベル・クラネルって言うんだけど……キミの名前は?」

「……『ミリア』、『ミリア・ノースリス』」

 

 ベルの問いかけに女の子、ミリアはちゃんと答えてくれた、若干視線を逸らしながらではあったが。

 

 やっぱあんな格好悪い所をみせちゃったからかな……

 

 そんな風に思っていると、ミリアはベルを真正面にとらえて口を開いた。

 

「ベル・クラネルさん」

「あ、ベルで良いよ」

「……はぁ、ベルさん、助けて貰った上で更にこんな要求をするのはどうかと思いますが……出口まで案内していただけないでしょうか?」

 

 かしこまった様子で言われた言葉に、ベルは大きく頷いた。

 

 女の子が困っていたらとりあえず助けろ。悩む必要なんてない。

 

 

 

 

 

 一つ、思った事がある。

 

 うん、この少年。すっげぇーやつだ。

 

 だって助けたはずの少女に唐突に睨まれて武器(と言うか杖)を突き付けられても、不躾な頼みを笑顔で引き受けてくれるなんて、現代では考えられない思考だぞ……あ? いや。ミリアちゃんって凄い美少女だしもしかしたら?

 

 ……これ、ミリアちゃんかなり子供だと思われてね? 身長100ぐらいしか無いし? 少年もそこまで身長高く無さそうだが、それでもこっちより高いし。

 

 とりあえず、今現在、螺旋階段上に彫り抜かれたっぽい所を登ってる所だ。

 

 なんでも『ダンジョン』と言うのは『オラリオ』と言う街の中心にある『バベル』と呼ばれる白亜の塔の真下に位置するらしい。

 

 正しくは『ダンジョン』が有る場所に『バベル』が建てられたので、『バベル』の下に『ダンジョン』が有る訳では無く『ダンジョン』の上に『バベル』が有ると言う言い方が正しいとかどうとか……

 

 後はこの線の細い少年は()から『神の恩恵(ファルナ)』を授かって『ファミリア』に入団している『冒険者』らしい。

 

 ……『ファミリア』?

 

 えっと……うぅん?

 

 連合&枢軸が『連盟(クラン)』、帝国が『軍団(レギオン)』、魔道国が『家族(ファミリア)』。

 

 コイツ、魔道国の人間? いや、絶対に無いな。魔道国は女の子しか登場しないし。

 

 確かに兎っぽくて可愛らしい顔立ちと言えばそうかもしれないが、はっきりと少年だと認識できる程度には少年やってるし。これで少女だったらご飯三杯は余裕ですよ。

 

 もしかして裏方? な訳無いよな。

 

 『銃』について質問したら、知らないと言われたし。

 

 『火薬』についても、そう言うものもあるんだと驚かれた。

 

 この少年が言うにはつい昨日、神様と会って【ヘスティア・ファミリア】を結成して今日初めてダンジョンに潜ったらしい。

 

 ふぅむ……つまり駆け出しも駆け出し。完全なニュービーですね解ります。

 

 祖父の背中に憧れを抱き、ゴブリンに対するトラウマを克服して、死んだ祖父の遺言に従って『ハーレム』を作ろうとしてる。と言う事らしいんだが……

 

 コイツ、女の子に良い顔して惚れさせようとしてんな? ……って思ったんだが……

 

 どうもそうじゃないらしい。と言うかハーレム作るとか言ってる割に若干照れてたり、女の子に慣れて無さそう?

 

 すれ違った綺麗な猫耳の女性を見て顔赤くしてたし……と言うか俺も今は女の子なんだが……俺相手には照れずに対応できて……あぁ、そうだよね。もう子供にしか見えないよね。分ってる。うん。

 

 ミリアちゃん『フェアリー型』だからね。せめて『ニンフ型』なら女性として……いや、何考えてんだ俺は……

 

 

 

 

 

 ミリアと言う女の子を連れてダンジョンの出口であるバベルの地下までやってきた。

 

 直径10Mのダンジョンに続く大穴から出れば、周りには数多の冒険者の姿が見える。

 ダンジョンから出て来た僕とミリアを冒険者らしい猫人の女性が一瞬だけちらりと此方を見て、微笑ましげに笑われたのが恥ずかしくて思わず顔を赤くしていると、後ろのミリアが口を開いた。

 

「帝国じゃないのね……亜人が奴隷(首輪付き)じゃないみたいだし。枢軸や連合なら()()()()()()()のはずだから……」

 

 ミリアの言葉に思わずギョッとして振り返れば、顎に手を当てて真剣そうに考え事をしている。

 

 しかし、ミリアの言葉はかなり不味いモノだ。

 

「ミリア、その」

「うん? 何?」

「……亜人っていう言葉はあんまり使わない方が良いよ。亜人(デミ・ヒューマン)っていう言葉自体、あまり良い印象が無いから人によっては凄く怒る人も居るんだ」

 

 亜人と言う言葉に好印象を抱く人は少ない。全ての中心種族がヒューマンであると考える人も時折居ると言えば居るが、基本的にヒューマンよりも亜人……魔法が使えるエルフや、身体能力の高い獣人、手先が器用なドワーフ等の方が種族的特徴がヒューマンに勝る事も多いので、基本的に亜人種と呼ばれる種族はその言葉を嫌う事が多い。

 

「……それはごめんなさい。貴方も亜人だったり?」

「え? いや、僕は普通にヒューマンだけど……?」

「兎人とかじゃなくて?」

「え?」

「いや、なんでもない」

 

 誤魔化す様に苦笑を浮かべたミリアを伴って、バベルを出れば、久々に見る晴天の青空に目が眩み、一瞬後に広がる街並みに感慨深く吐息を吐けば。ミリアも同じく吐息を吐いていた。

 ダンジョンと言う異界とも言える場所で常に気を張っていた為か、ダンジョンから出て緊張感が解れた為か身体から力が抜けそうになるが、しっかりと両足で立って空を見上げた。

 

 祖父の遺言の通り、ダンジョンには出会いがあった。

 

 僕、ダンジョンに来てよかったよ。

 

 そこまで考えた所で、ミリアの所属ファミリアは何処だろうと言う疑問が芽生えた。

 

 疑問を解消すべく振り返ったベルが見たのは、青褪めた表情で引き攣った笑みを浮かべるミリアの姿だった。

 

「そういえばミリアは……ミリア?」

「………………」

 

 その表情に思わずベルは驚いて声をかけたが、ミリアは反応せずに街並みを見ている。

 ベルがもう一度声をかけると、少し間を置いてから震える声で答えた。

 

「ミリア、その……大丈夫?」

「…………え? あぁ…………ここ、何処なんですか?」

「え?」

 

 青ざめた表情で世界で最も有名な都市とも言える『オラリオ』をここは何処と聞く女の子に疑問を覚えると同時に、その表情が嘘でもなんでもなく本当にここが何処なのかわからない様子なのを察してベルは焦った。

 

「えっと……もしかしてなんだけど……記憶喪失?」

「…………違いますね。私の知っている都市と全く違うモノで……」

 

 引き攣った笑みのまま答えるミリアに、ベルはどうすべきか悩み、疑問を解いかけた。

 

「えっと……ファミリアのホームまで送っていこうか? ……と言ってもボクもまだ地理には詳しくないんだけどね……あはは」

「……ホーム? 活動拠点ですか? すいません。そもそもファミリアには未加入なんですが……」

 

 誤魔化すように笑いを浮かべてミリアを安心させようとするが。そんなベルに対しミリアは驚く答えを返した。

 ファミリアに入団していない。

 それはつまり恩恵(ファルナ)を受け取っていないと言う事だ。

 恩恵を受け取らずにダンジョンに居るなんて自殺行為にも程がある。

 

「えっ!? ミリアはファルナも無しにダンジョンに入ったのっ!?」

「……? ふぁるな? 何ですかソレ」

「え?」

 

 ベルの言葉に青褪めた顔のまま振り返ったミリアの表情は、とても嘘を言っている様には見えない。

 

「えっと……どうしてダンジョンに?」

「……それは、ワタシが聞きたいですね。気がついたら居た、としか言えませんし……どうしよう……」

 

 心底不思議そうに言いながらも、その目は不安に揺れている。

 ベルは何処かでその目を見た事がある気がした。

 

 いや、気がしたんじゃない。

 ベルはその目を見た事がある。

 祖父を失って、暫くの間一人で過ごしていたあの期間の間。

 ベル・クラネルは一人で生活していた。

 オラリオに行こうと決心し、オラリオに向かうまでの間、ずっと鏡の中にその瞳を見続けたのだ。

 孤独に揺れ、不安で仕方が無いと言うその瞳を……

 様々な探索系ファミリアを訪ねた。見た目のひ弱さから断られ続け、諦めかけたその時に神様と出会った。

 神様と出会うまで、自分はそんな瞳をしていたんだ。

 

 どうすべきか、じゃなくて。どう行動するか。どの英雄の言葉かよく思い出せない。

 

 ベルは神様に助けられた。孤独から救い上げられ、眷属として……家族(ファミリア)としてベルを温かく迎え入れてくれた。

 

 今度は、自分が助ける番ではないか?

 

 ベルは、不安に揺れる瞳をしたミリアに手を差し伸べた。

 

「ねぇ、もし良ければなんだけど……【ヘスティア・ファミリア】に来ない?」

 

 孤独と不安に揺れていた瞳がベルの手に固定され、それからベルを見た。

 

 その瞳の中には、孤独と不安だけでは無く、別の何かも揺らめいている。それは迷いだろうか?

 

「其れはアレですか。加入するか否かと言うモノですか?」

「うん、もしミリアさえよければ……きっと神様も喜ぶよ」

 

 神様と一緒に【ヘスティア・ファミリア】を結成し、正式に登録したのは今朝早くの事だ。

 

 登録して、アドバイザーを紹介されて、ダンジョンの勉強をして、ダンジョンに潜って。

 トラウマにも近かったゴブリンを倒して、喜びのあまりヘスティアに報告に行って。

 最弱のモンスター一匹倒したことに跳んで喜ぶベルを微笑ましげに見る神様に思わず恥ずかしくなって、

 もう一度ダンジョンに潜って、ミリアと出会った。

 

 そして今、ミリアをファミリアに誘っている。

 

 確信して言えるのだ。きっと神様なら、僕と同じように孤独に揺れるミリアを救い上げてくれるんだと。

 

「……其方の言い分からすると、私はかなりアヤシイ人物になりますよ? ファミリアにそんなアヤシイ人物を加入させるのですか?」

「僕は、怪しいとは思わないよ」

「…………」

 

 日が沈み始めているのか、夕日に照らされて周りは赤く染まっていく。

 

 そんな中、ベルの瞳を見つめるミリアの顔も、赤く染まっていく。

 

 ベルは笑いながらもう一度口を開いた。

 

「もし、行く当てがないなら、僕の……僕達のファミリアに来ない? 神様も凄く優しくて、ミリアならきっと歓迎して貰えるからさ」

 

 沈黙と共に、ミリアは一瞬だけ肩を震わせてから、ベルの手に自らの手をのせて呟いた。

 小さくとも女の子らしいしなやかなその手に一瞬どぎまぎしそうになるが不安に揺れる瞳を見て落ち着いた。

 

「わかりました、その……お願いします」

「うん」

 

 力強くミリアの声に答えてから、ミリアの手を引いてホームへと向かおうとして――腰のポーチの重さを思い出した。

 

「あ、ごめん、魔石の換金するから先にギルドに行ってもいいかな?」

「……なんか締まらないですね」

「うっ……」

 

 赤い夕陽が見下ろすオラリオの街中で、ミリアはくすりと笑った。

 

「まぁ、こういうのも悪く無い」

 


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