魔銃使いは迷宮を駆ける   作:魔法少女()

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第二〇七話

 【ヘスティア・ファミリア】本拠の一室。

 女神と一部の眷属達は居室(リビング)に集まっていた。

 ヴェルフ、リリルカ、ディンケ、フィア、そして女神ヘスティア。

 他の面々、団長であるベルは迷宮に潜り過ぎという事で息抜きを命じられ街の散策。副団長のミリアは仕事禁止令を受けベル同様に街に繰り出している。

 

「────それで、ここ五日ほどミリア無しで回してきた訳だが」

「きつい、ですね」

 

 代表する様にヴェルフが口を開くと、酷使した手首に氷嚢を当てて冷やしていたリリルカが唸る様に呟いた。

 働き過ぎでいつ倒れてもおかしくない、とまで想われていた小人族(パルゥム)の少女が約束を破って仕事を行った罰として、女神との接触禁止令が発令されて五日。

 ミリアの代わりとなって彼女がこなしてきた数々の仕事を片付けていた面々は、その仕事量の多さに辟易し、同時にそれを一人で難無く片付けていた彼女の有能さに改めて感心していた。

 

「リリルカは仕事の殆どを覚えたか?」

「覚えはしましたよ。ただ、考える事が多すぎて頭が回りませんよ。派閥が大きくなるのは良い事だけではないと言いますが、悪い事だらけではないですか」

 

 元は道具の補充や【ファミリア】金銭管理の一部を任されていたリリルカは、それに加えて他派閥や商会から届く郵送物の処理の業務を行う様になっている。

 冒険者同士の暗黙の了解や規則等には相応の知識を持ち、冒険者依頼(クエスト)、さらに商人達とのやり取り関連にも強いと自負していたリリルカが唯一知識不足だったのは、海千山千の商人が集まる出来た集団、商会とのやり取りだった。

 常々派閥同士、または派閥と商会の取引における諸問題(トラブル)については幾度も噂として耳にしたことはある。それらに注意すれば良い、と意気込んだリリルカだったが、認識が甘かった。

 個人同士ならばある程度は話し合いで解決するが、組織同士となるとそうはいかない。加えて、間に誰か人を挟めば認識の齟齬が大なり小なり発生する。それは間に多くの人が居ればそれだけ大きく、致命的な物になっていく。

 改めて組織間における取引の難しさを再認識したリリルカは、ミリアがその辺りを下手に誰かに任せようとしなかった理由を正しく認識し、その上でその仕事を受け持ったのだ。

 気苦労は絶えず、更に文面内に散らされた落とし穴や組織間の関係性、下手に取引をして別の組織から恨みを買わない為の方法の模索。もはや頭の中は如何にこれらを処理するかでいっぱいいっぱいだった。

 

「【ロキ・ファミリア】みたいにある程度形が出来てて、立ち位置が決まってるなら対応も決めやすいんだろうが」

 

 都市大派閥として名が知られる【ロキ・ファミリア】は立場を明確にしている。

 友好派閥と敵対派閥を完全に振り分け、敵か味方かを判別し、敵なら都市の住民から批判を受けにくい理論武装をしてから殴りかかる。それが出来る下地が出来上がっている。

 派閥同士の繋がりも強固であり、なによりも明確に『ロキ派』として大一派として君臨し、立場を明確にしているのだ。

 対し、今の【ヘスティア・ファミリア】はいきなり大きくなった新興派閥状態。友好派閥はいくつもあれど、明確に親密な仲となっている派閥はどれも中小派閥。

 関係を持つ大派閥はあれど、立場は宙ぶらりんであり。ヘスティア派という勢力が何処に入るのかが注目されている状況と言える。例えばロキ派に入れば、対立しているフレイヤ派との抗争に巻き込まれるし、かといってフレイヤ派に入れば、ロキ派に与する派閥から反感を買う。

 

「で、立場を明確にっつってもな」

「うーん、困ったな。ボクとしてはあんまり勢力争いには関わりたくないんだけど」

 

 勢力争いにおいて中立の立場を示す派閥も居る。

 【ヘファイストス・ファミリア】や【ゴブニュ・ファミリア】、【ディアンケヒト・ファミリア】等だろう。

 何処の派閥も彼等との関係を悪化させる事を避けなければならない事情がある。故に、彼等は中立としての立場が明確であり、何より周囲も彼の派閥が中立である事を認めている。

 だが【ヘスティア・ファミリア】は戦力を持った探索派閥。特殊な事情はいくつかあれど、女神が率いる派閥がいくら中立を謡おうが、周囲がそれを認めない。

 

「まあ、無理だろうなぁ。勢力争いに食い込んどいて、『中立です~』なんて通る訳ないしな」

「それ、副団長も言ってたな」

 

 猫人(キャットピープル)が肩を竦めると、狼人(ウェアウルフ)の少女が眉間を揉みながら呟く。

 ミリアが過去にぼやいていた言葉の意味。今までは代筆として言われた通りの文面を書き出していただけのフィアだったが、この組織同士で軋轢を発生させない為の高度で緻密な行動計画を見て溜息を零した。

 誰だって投げ出したくなる。が、ミリア本人は其れを決して投げ出さない。

 

「派閥を想っての行動だもんなぁ」

「だからといって、過労死直行なミリア様を止めない、等という事は有り得ません」

 

 ミリアの行動を擁護するフィアの言葉に、リリルカがぴしゃりと言い切った。

 

「話が逸れてるぞ。ヘスティア様、もう一度確認しますが、【ヘスティア・ファミリア】は今後も中立を維持、で良いんですよね?」

「うん。ボクの派閥は何処の勢力にも属さないし、加担もしない。中立の立場で居続けるよ」

 

 勢力争いを嫌う女神の姿にディンケは肩を竦め、フィアはうーんと唸る。

 ヴェルフとリリは女神が言った事を聞いて大きく頷き────腹の底からでかい溜息を吐き出した。

 

「中立、ってのが一番難しいんだよなぁ」

「何処の勢力も、ヘスティア様の派閥を自勢力に引き込みたいみたいですし」

「暫くは続くだろうな」

 

 派閥同士の関係。商会との関係。更に都市の勢力図。

 天性の才を以て捌いていたミリアをして、『逃げたい』と言わしめる柵の数々は、女神や他の面々にどこかの勢力への所属を考えさせるのに十二分だった。

 

「よし、この話はここで終わろうぜ! これ以上続けてると神経症(ノイローゼ)になりそうだ」

 

 話を切り上げる様にディンケが声を上げ、テーブルの上に置かれていた焼き菓子を頬張る。それを見ていたフィアも、肩を竦めて大きく伸びをした。

 ヴェルフやリリも顔を見合わせ、テーブルに広げられていた資料を片し始める。

 その様子を見ていたヘスティアも大きく頷いて声を上げた。

 

「そうだね。この話はここでお終い! それで、皆に折り入って相談があるんだけどいいかな?」

 

 女神の相談事、そう言われてヴェルフ達は迷う事無く頷き、聞く姿勢をとった。

 

「それで、相談って何ですかヘスティア様」

「うん。相談したい事というのはだね……ミリア君に一週間の接触禁止を出しただろう?」

「効果覿面でしたね。あれ以来、ミリア様は非常に大人しいですし」

 

 女神との接触禁止令を出されてから、ミリアが大人しくなったのは皆も知っている。

 加えて、女神恋しさに誰かれ構わず仲間に抱擁(ハグ)を求めたりしているのも皆が知っていた。

 

「後二日で解除なんだけど、今まで我慢させちゃった分、ミリア君に何かしてあげたいな、って思ったんだよ」

「何か、って……副団長なら女神様に添い寝して貰えば飛び跳ねて喜びそうだが」

 

 ディンケが思わず呟く程に、ミリアが女神にべっとり甘えているのは周知の事実だった。

 隠すでもなく、ミリアはヘスティア一筋である。団長であるベルもとある冒険者に一筋であったりと、ヴェルフやミコトも想う()物が居たり。リリルカや春姫もそうだろう。レーネですらそうだ。

 この派閥に所属する者の殆どが一途に誰かを想ってる。

 

「いや、確かにそうなんだけど。ボクとしてはもう少し、ミリア君の為に何かしてあげたい訳なんだけど」

「まぁた借金を増やすおつもりですか」

 

 リリルカのちくりとした皮肉に、借金を背負ってでも二人の為に武具を用意した女神が唸る。

 

「さ、流石にそんな事はしないさ。それより、ミリア君がして欲しい事とか、欲しい物とか知ってる子は居ないかい?」

「……さっきもディンケが言ってたが、ヘスティア様がしてくれる事なら何でも喜ぶ気がするぞ?」

 

 ヴェルフの呟きにリリとフィアが大きく頷いた。

 ミリアが喜ぶ行動、そう言われて思い浮かぶのはそう多くない。ただ明確に言える事は、ヘスティアやベル、【ファミリア】の仲間が彼女の為に何か、どんな些細な行動であれ起こせば喜んでくれる。

 言い方は悪いが、彼女は良くも悪くもチョロい。

 

「いや、その通りなんだけど……できればもっとこう、凝った何かをしてあげたいんだよ」

「お金のかからない方法が良いですね」

 

 添い寝や傍に居るだけで喜んでくれる少女に、もっと何かしてあげたいと口にする女神に対し、リリルカは金銭面を真っ先に心配した。

 ミリアに何かしてあげたいのは彼女も同様だが、もし金銭的に何かかかるような事があれば【ファミリア】の負担になるし、その負担は巡り巡ってミリアの元に還元されかねない。そういう意味でのリリの言葉にディンケやフィアも唸りだした。

 

「普通なら贈り物を用意するのが一番なんだろうが……」

「副団長、物欲無ぇみたいだしなぁ」

「何しても喜ぶ奴を喜ばせたいって、何気に難しいだろ」

 

 ヴェルフとフィア、ディンケの言葉にヘスティア達は頭を抱え始める。

 本気でミリアの事を想って何かしてあげたいと考えている。考えてはいるのだが、ではその方法はと問われると思い付かない。

 普通ならば本人の好みに合わせた贈り物でもすればいいのだろう。だが、周囲が知る限りで彼女が好物とする物は無いし、物欲らしきものは無い。彼女が真に欲しているのは愛情だろう。

 それこそ愛情が込められた贈り物ならなんでも喜ぶ程に。

 

「改めて考えると、難しいな」

「ミリア様、欲しい物は大抵自分で手に入れますからね」

 

 ついこの間、神タケミカヅチがミコトに剣を贈った事に触発されたのか、ミリアからヘスティアに頑丈で長持ちするだろう懐中時計が贈られたばかりだ。それの値段も相当なものだった。

 この派閥内で最もお金を持て余しているのはミリアだろう。

 ヘスティアは借金返済に殆どを費やし、ベルは装備にお金の殆どを回しているし、ヴェルフは鍛冶の練習費、ミコトと春姫は孤児院の仕送りに、ディンケ達は装備や娯楽費としてそれなりに使っている。

 唯一リリルカが節制して溜めているが、ミリアが受け取る金額が最も多い事も相まって、この派閥で最も金銭的に余裕があるのがミリアなのだ。

 一応、女神達に黙って情報屋の支払い等でかなり使い込んではいるものの、それでもかなり余裕がある。

 

「金目の物には興味がないどころか、副団長ってそういうの嫌いだよな」

 

 金目の物に興味がない、ならまだしも、そういった装飾品等をあまり好まない。

 ヘスティア達からの贈り物なら、それが貴金属を使った首飾りでも、野花の冠でも同じ反応をするのは想像に易かった。

 

「う~ん、困ったなぁ。じゃあ何をしてあげればいいんだろうか」

 

 ミリア・ノースリスが真に欲しているのは愛情であり、逆にそれ以外の物的贈り物にはあまり興味を示さない。唯一、日用品等を贈れば喜んでくれそうではあるが、それは喜びの意味が変わってきてしまう。

 皆して悩んでいると、そこに。

 

「皆さんお疲れ様です。よければお茶を用意しましたので」

「焼き菓子も作ってみました。よければどうぞ」

 

 お盆にティーセットを乗せた春姫と、焼き菓子を持ったミコトが居室(リビング)に入ってきた。

 テキパキと皆に紅茶を用意していく春姫とミコトを他所に、悩んでいたヘスティアは二人の少女に問いかけた。

 

「二人にも意見を聞かせて欲しいんだけど」

「はい、なんでしょうか」

(わたくし)でよければ」

「うん、実はね────」

 

 今まで我慢させてた分、ミリアになにかしてあげたい。けれど何をしても喜ぶ上に、贈り物をしようにも何を贈れば良いのかまるで分らない。どうしたら良いか、と問われた二人の少女は考え込む。

 

「ミリア様に、贈り物でしょうか。何を渡しても喜ぶと思いますが……」

「それが問題なんだよな」

「そうです。何を渡しても喜ぶので、逆に何を渡せば良いのかわからないんですよ」

 

 加入してそう日が経っていない春姫にすら認識されているミリアの好み。それが逆に問題だとヴェルフとリリが溜息を零した。

 その反応に春姫が改めて何を贈ればいいかと考え始めた所で、ミコトが口を開いた。

 

「参考になるかはわかりませんが。極東に居た頃は皆で一日過ごす、といったような事をしていましたね」

「一日過ごす?」

「はい。日頃忙しいのでたまには、と……言っても金銭的余裕はなかったので贅沢は出来ませんでしたから。例えば、日がな一日、幼い子達と遊んだりなどでしょうか」

 

 ある程度大きくなって働ける様になると、少しでも稼ぐ為に働きだしたミコト達が、時折休みを貰って幼少の子供達と遊ぶ時間を設けていた。

 タケミカヅチ様や他の神々も同様に、一日だけは時間を作って遊びに費やすのだ。

 

「後はピクニック、等ですかね」

「なるほど……」

 

 ミコトが極東で暮らしていた頃にしていた事を聞いたヘスティア達はなるほど、と呟いて頷いた。

 一日時間を作り、遊ぶなりピクニックに出かけるなりで時間を過ごす。話に聞いてみればそんなに金銭的にかかる訳でもなく、気分転換にもなる。

 

「ずっとダンジョンに潜ってるベル様にも良いですし」

「ミリア君なら喜んでくれるだろうね!」

 

 各々の日程を調整して、ミリアの禁止令が終わる日に丁度行える様に、と決めた彼らは、さっそく調整する為に各々が動き始めた。

 

 

 

 

 

 薄暗い裏路地。

 対面している影を象ったかのような黒衣に紋様が刻まれた漆黒の手袋(グローブ)。フェルズに俺は情報と、それから遺灰を手渡していた。

 つい昨日、迷宮街で『異端児らしきモンスター』と遭遇、そしてそれを殺害。その件でクリスは完全に塞ぎ込んで、今は口を閉ざしてしまっている。

 あの後、こっそりと後をつけてきたライ少年は、懲りた様子もなく調子に乗り、探しにきていたシルさんにこっぴどく雷を落された。シルさん自身もライ少年を止められ無かった事を幾度も謝罪していたのを覚えてる。

 ベルが対応しているさ中、俺はこっそりと空瓶に灰を詰め、クリスを懐に収めてから合流した。

 あの場所の出入り口は二か所。一か所は崩れて開かなくなっていた地上からの一口、俺達が侵入した箇所だ。

 もう一つは奥、崩落して通行不可能になった道。

 

「なるほど……」

「先に言っとくわ。彼を守ろうとしなかった事、謝る気はないわ」

 

 ────クリスに謝罪したら、こう返されたのだ。

 

《──謝らないで、謝らないでよ。ミリアはそれが正しいと思ったんだよね。なら、謝らないで》

 

 悲痛そうな声で、か細く、彼女はそう言って塞ぎ込んでしまった。

 少なくとも、あの場において、俺の行動は間違っては居ない。家族であるベルと、見知らぬ異端児のモンスター、どちらを選ぶかなんて決まり切っていた。

 だから、謝らないで、とクリスは何度も口にしたのだ。

 

「いや、気にする事はない。むしろ、遺灰を持ってきてくれただけで十分だ」

 

 黒衣に身を隠したフェルズの言葉に思わず眉を顰めた。

 彼等異端児(ゼノス)達からすれば、わざわざ『遺灰』を提供してくれただけでも御の字だと。

 普通ならば、そんな事はしない。モンスターが死んだことに心を痛める事はしない。だが、俺は心を痛め、想い、そして行動を起こした。

 それが、隠れて出来る精一杯の行動だったとしても、きっと彼らは喜ぶ、と彼または彼女は語る。

 

「……なら、良いわ。場所と詳細はこの紙に書いてある。同行してた孤児院の子供、孤児院の情報、それから『豊穣の女主人』の店員についても最低限記載しておいたわ。後、一応ベルの事もね」

「わかっている」

 

 秘密裏にやり取りしている俺とフェルズの関係は、正直言って良好とは言い辛い。

 ギルドに所属する一派閥の団員である俺と、都市を掌握しているギルドの頂点(トップ)に君臨している者の私兵。正直、関わりたくはないが、彼等が本気を出せば俺の派閥もヤバい。

 それに、彼等はなんだかんだ言いつつも色々と手回しをしてくれているのだ。キューイ関連なんて特に。

 

「一応、周囲の不安を煽らない為にって事で、今回の一件は黙っている様に釘は刺しておいたけど」

「ああ、助かる。ミリア・ノースリス、お前の行動は的確で非常にありがたい」

 

 本当に感謝しているらしい事は伝わってくる。

 

「それは、良かった、と言いたいけれど」

「何かあるか」

「…………」

 

 フェルズの質問に、視線を逸らして光に溢れた表通りを見やる。

 薄暗い裏路地から見た其処は、煌々とした太陽の光に照らされてとても美しい。だが同時に、日陰と日向を明確に分けているのがわかる。

 光に照らされた綺麗な世界に生きる者達が居る。日の当たらない薄暗い世界で汚く生きる者達が居る。

 

「今回、あのバーバリアンと戦闘したとき、私は妨害に徹したわ」

 

 直接命を奪うでもなく、人形で取り囲んでタコ殴りにするでもない。

 ただの射撃魔法で、牽制射撃を繰り返しただけ。

 

「自分で命を奪う事が、出来なかった」

 

 クリスから聞いてしまった。助けを求めていると、恐怖に狂っていると。

 その話を聞いた上で、モンスターだから、と無慈悲に命を奪えるぐらいに、冷徹であれたなら良かった。いっそのこと、苦しめる事無く殺してあげるぐらいが良い、と開き直れるならよかった。

 

「でも、私には無理だったわ」

 

 だから、自ら止めを刺そうとするのではなく、あくまでも牽制射撃にとどめた。

 ベルがあのモンスターと交戦して何を感じたのかはわからない。けれど、もしかしたらベルも何か感じる事があったのかもしれない。その所為か、戦闘中にも関わらずベルは動きを止めていた。

 

「でね、自分でも最低だと思ってるのだけれど……【女神の戦車(ヴァナ・フレイヤ)】が止めを刺した時、私は酷く安心したわ」

 

 ベルが止めを刺さなかった事。更に俺が止めを刺さずに済んだ事。どちらも酷く安心した。

 

「ねえ、貴方って確か昔は『賢者』って呼ばれてたそうじゃない」

「……そうだが」

「記憶を消す魔法、みたいなものはないの?」

 

 異端児(ゼノス)に関する記憶を全て消して欲しい。

 クリスの事もそうだ。彼女は酷く傷つき、悲しみ、それでも俺を責める様な真似はしなかった。

 彼女は幼い。言動が、幼い、なのに、聡明だった。俺があんな行動をとる理由を察し、理解し、その上で納得できていない。俺を責める様な言葉は一切口にしない、だが嘆く事はやめない。

 

「すまないが、そういった都合の良い魔法や道具は無い」

「……そうよね」

異端児(ゼノス)について知ってしまった事、後悔しているか?」

「勿論、知らなければ気兼ねなくあのモンスターを討滅してたわ」

 

 迷わず、ベルを前線に出すまでもなく、息の根を止める行動をとった。

 最良の一手を以てして、息の根を止めた。あの何も知らない孤児院の子供達を脅かしかねない危険を排除するというただ一つの正当な目的の元、あのモンスターを討滅できた。

 

「本当に、損な性格だわ」

 

 未知は恐怖でしかない。知らないままでは居ても立っても居られない。

 だが、知るべきではない事、知っても全く得しない事、知る事で不利益を被る情報すら知ってしまう。知りたがってしまう。

 未知は恐怖だが、既知は損失だ。

 知らなければ、良い事は世の中に数多く存在する。

 その上で、知らなければ恐怖に狂いそうだ。

 

「悪いわね、最近、あんまり気分が良く無くて。変な愚痴を聞かせたわ」

「構わない。それで気が晴れるのならばな」

 

 気を利かせたのか肩を竦めるフェルズに、俺も同じく肩を竦めた。

 孤児院の裏手、迷宮街の隠し通路に現れた異端児(ゼノス)。彼が何処から来たのかの調査も含め、残りは全部フェルズに丸投げだ。上手い事調べてくれる事だろう。

 

「其方から用事はあるかしら。無いのなら、私はもう帰るけど」

「一つ、ミリア・ノースリスにしか頼めない事がある」

 

 一応、といった積りで問いかけると、用件があると告げられた。

 今回は俺の方から接触を図った為、俺の用事が終わったら帰る積りだったのだが、そうはいかないらしい。

 できれば聞きたくはないが、一応聞いておくか。

 

「それで、何かしら」

「近々、強制任務(ミッション)を課す事になる」

「……何ですって?」

 

 表情の伺えない黒衣の人物から放たれた言葉に盛大に眉を顰める。

 強制任務(ミッション)。拒否不可能なギルドからの依頼だ。正確には拒否できるが、その場合は多大な罰則(ペナルティ)を課される事になる。

 内容次第ではあるが、その殆どが都市の為、または派閥の成長を促す為のものだ。だが、今この場でフェルズが言った強制任務(ミッション)はそんな類いのモノではない事ぐらいわかる。

 

「内容は?」

「指定冒険者はミリア・ノースリスのみ。他に飛竜三匹を同行させ、結晶竜の住処の調査だ。私が同行する」

 

 フェルズが告げたのは、未知の飛竜である結晶竜(クリス)の調査の為の依頼。

 ただ、あくまで表面上の依頼であって、中身については教える気は無いらしい。というか、下手に知ってしまうと神に黙っていられないだろう、と気遣っての事だそうだ。

 

「なるほど、了解。気遣いが素晴らしいわね」

「そう言ってくれるな。報酬はしかとした金額が支払われる」

 

 むしろそうでなくては困る。と冗談めかして言うと、フェルズは現金な奴だ、と肩を竦めた。

 

 

 

 

「ただいま。帰ったわ」

「お帰りなさい、ミリア殿!」

 

 玄関扉を開け、玄関広間(エントランスホール)に顔を出すと、威勢のいいミコトの返事が返ってきた。

 片手を上げて挨拶をし、一度部屋に戻って探索の準備だけしておく。杖や剣、防具等の武装の点検に、道具類の確認。それを終えてから食堂に向かうと、既に皆揃っていた。

 一言、軽く謝罪してから皆揃っての夕食となる。

 献立(メニュー)はトマトソースを使ったパスタだ。リリが格安で大量のパスタを手に入れられたと自慢げに語り、げっそりした様子のフィアが数日はパスタが続くぞ、と嘆いている。

 何があったのかは聞かない事にしよう。

 和気藹々としながらも、何処か違和感のある。というかヘスティア様達がちらりちらりと視線を交わし合い、何か言おうとしているのは察する事は出来た。

 食事を終え、春姫とメルヴィスが食器を洗いに行くといって席を外してから、残った面々を見回す。

 いつもなら直ぐにお風呂入るなり自室に戻るなりするところではあるが、食事中から何か言いたげにしていたのは察していたし、それに俺も皆に強制依頼(ミッション)について教えておかなくてはいけない。

 

「それで、皆は何か言いたい事でもあるんじゃない?」

「うん、実はミリア君に折り入って相談があるんだ」

 

 珍しくヘスティア様が口を開いた。ここ数日は突き放してきていたが、珍しい。

 一つ頷いて続きを待っていると、ベルが口を開いた。

 

「実は、二日後に皆で一日何か出来ないかなって」

「何か、と言いますと……?」

「えっと、遊んだり、とか?」

 

 何処か曖昧な言葉を告げるベルの姿に、思わず首を傾げた。

 

「いや、最近忙しかったし、たまには皆で一日過ごせないかなって」

 

 時間を合わせて、一日皆でゆっくりとした時間を過ごしてもいいんじゃないかな、とベルに告げられて思わず眉を顰めてしまった。

 俺の反応を見たヘスティア様が困った様に呟く。

 

「えっと、嫌だったかい?」

「いえ、嫌ではないです。むしろ嬉しいですよ?」

 

 嬉しい、というかここ数日冷たくあしらわれて相当堪えていたので、嬉しい提案ではある。あるのだが、二日後、というと丁度強制依頼(ミッション)と時期が被っているのだ。

 これならこっちから先に切り出しておけば良かった。

 

「実はですね、二日後というと私は予定が入ってしまってまして」

「え?」

「ギルドに立ち寄ったら強制任務(ミッション)が入ってたんですよ」

 

 フェルズから予め話は聞いていたが、改めてギルドに立ち寄り、ウラノスからギルド長、エイナさんと経由して届いた強制任務(ミッション)の入った封筒を取り出した。

 既に開封済みであるそれをテーブルに乗せ、ヘスティア様に見せる。

 

「え? 任務……何かあったの?」

「おいおい、この時期(タイミング)でかよ……」

 

 ベルの困惑した声に、ヴェルフの呆れ声が重なった。

 ダンジョンでの異常事態(イレギュラー)処理や強力なモンスター討伐、更に都市外での緊急の対応等の為に管理機関から発せられる指令。

 普通なら、急成長を遂げているとはいえ【ヘスティア・ファミリア】の様な中小派閥にこういった任務が言い渡される事はないのだろう。だが、今回は事情が事情だ。

 

「……結晶竜の生息域の調査、及びに別個体の存在確認任務。調査隊へ同行し、詳細を確認する為、【ヘスティア・ファミリア】より調教師(テイマー)であるミリア・ノースリスが同行を命ずる」

「調査先は20階層より下、大樹の迷宮のちょっと奥ぐらいですかね。出発はすぐなんですよ」

 

 気を使ってくれたのか、何かしようとしてくれたのはありがたいし、嬉しい。

 ただ、強制任務を断る理由には弱いし。なにより、これの真意は異端児(ゼノス)との接触だと思う。

 今は意気消沈してしまっているクリスを元気づける為にも、一度彼らの元へクリスを連れていってあげるべきだと思ったのだ。




 キューイ、クリス、ヴァンの三匹を連れてフェルズと共に大樹の迷宮へ。

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