魔銃使いは迷宮を駆ける 作:魔法少女()
【ヘスティア・ファミリア】前庭。
残されたアイシャは静かに息を呑み、ヘスティア様を見つめており。もう一人のレーネはフリュネが死んだ直後こそ喜色満面の笑みを浮かべていたものの、暫くすると怯えた様に俺達に視線を向けていた。
特に苦しむ事も無く、ただただ平凡に命を散らした死にぞこないのヒキガエルの死体は共同墓地に葬られる事になるらしく、【ガネーシャ・ファミリア】が遺体を回収していく。
遺体と共にガネーシャ様とシャクティさんが居なくなり、ほんの少しの間をおいてアイシャが口を開いた。
「フリュネには死を、それで私達にはどんな罰がくだるんだい。勿体ぶらずに教えてくれないか」
「あ、あはは、わ……私も、気になるなぁ~?」
堂々とした様子のアイシャと異なり、レーネの方は完全に青褪め始めている。今更、罰の内容に怯えているとは考え辛い。しかし、彼女の様子を見ていると胸の奥がざわつく感じがするのだ。
「キミ達への罰か……」
ヘスティア様が腕組をしてうーん、と唸ると、ロキをちらりと見やった。
「ロキ、キミだったらどうする?」
「せやな~、フィンならどうするんや?」
「僕だったら、色々と聞きたい事もあるし、暫くの間は雑務でもやってもらうかな」
聞きたい事、と言うのは多分だが
今はこの場に居ないガネーシャ様の意見も気になるな、と居なくなったガネーシャ派の二人が居た所に視線を向けているとヘスティア様が此方に視線を向けてきた。
「ミリア君はどうだい?」
「……彼女らの意志次第、ですかね。神イシュタルを屠ったのはフレイヤ様とはいえ、私達に逆恨みしていて後から報復なんてされたら堪ったものではありませんし」
アイシャの方は堂々としているからそういった陰湿な真似はしないだろうし、レーネの方もそういった真似をするとは思えないが、確認はしておくべきだとは思う。
「ふぅむ、キミ達二人はボク達を憎んでいるかい?」
「疑い深いね。全く、これっぽっちも……なんて言ったら嘘になっちまうけれどね、報復しようなんて考えちゃいないよ」
「……憎んでないよ。感謝してる」
まあ、だろうなぁ。という反応に肩の力を抜こうとした所でロキとヘスティア様が目付きを険しくしてレーネを見据えている事に気付いた。
何事か、とレーネとヘスティア様に交互に視線を向けると、女神は信じられない事を口にした。
「感謝してるっていうのは嘘じゃないみたいだけど……憎んでないっていうのは
思わず目を見開きレーネの方に視線を向ける。
【イシュタル・ファミリア】によって派閥を滅ぼされ隷属させられていた彼女は、彼の派閥が滅びた事を喜びこそすれ、惜しむとは考え辛い。もしや己が手で滅ぼしたかった…………フリュネが処刑された時に喜色満面だった事を思えばそれも考え辛い。
少なくとも彼女から俺達に対し恨みや憎しみを抱く理由がさっぱりわからない。
「なんや、自分の手でウェヌスの仇でもとりたかったんか?」
「違うよ」
レーネはロキの質問に対し間髪入れずに即答した。
では何が理由で憎しみを抱いているのか。さっぱりわからずに彼女の変化した時を思い浮かべながら、問いかけを放った。
「でしたら、私達を憎む理由はなんですか?」
問うた瞬間、レーネは悲しそうに眉尻を下げ、泣きそうな表情を浮かべて此方を見た。まるで捨て犬の様にしゅんとした仕草の中には、隠し切れない怯えと恐怖も見て取れる。
怯えており、恐怖しており、そして絶望している。その中に微かに、ほんの微かにだが、此方に対する恨めし気な様子も読み取れた。
「今日、ここで──────って────たんだよ」
「なんだって?」
「レーネ、アンタ……」
小さく、掠れた様な返事。風にかき消されてしまいかねないようなその返事は冒険者の俺ですら聞き取れなかった。だが、第一級冒険者のフィンと傍にいたアイシャは聞き取れたのか、二人は目を見開いて彼女を見つめた。
「もう一度言ってくれ。よく聞こえなかった」
「今日、ここで殺してくれるって思ってたんだよ」
微かに聞こえたその言葉に思わず息を呑み、泣きそうな表情のレーネを見つめた。
「……ごめん、もう一度だけ、言ってくれ。なにを、してくれるって思ってたんだい?」
聞き間違えかとヘスティア様が恐る恐る問いかける。その問いに、レーネの瞳が潤んでいく。
「だ、だからね? 今日、此処で、
余りにも理解不能なその言葉に、ヘスティア様は目を見開いて静止し、アイシャは口を開きかけるもすぐに閉じた。ロキは腕組して溜息を零し、フィンは何かに気付いたのか俺の方を一瞥した。
今日、この場に足を運べば『殺される』と考えていた。だとするなら、命を奪う俺達に恨みや憎しみを抱いていた? 否、もしそうならわざわざ足を運ぶ必要は無い。フリュネを連れてくる理由も無い訳だし、それでは説明が付かない。
では、彼女が此方にいだく憎しみの理由とはなんだ?
「言っている意味がわかりません。殺される事に対して恨みや憎しみでも抱いていましたか?」
「違うんだよねぇ~」
口調こそ軽いものの、その瞳には今にも零れ落ちそうな涙が溜まっている。ほんの少し小突けば、滂沱の如く号泣しだしそうな、危うい均衡の上に立つ楼閣の様な不安定な精神を思わせた。
「じゃあ……いや、まさか……キミは────
何かに気付いたかのようにヘスティア様がまじまじとレーネを真正面から見つめ、呟く。
その言葉を聞いたレーネは必死に堪えていた何かが弾けた様に、
ぼたぼた、と顔を上げたままの彼女の頬を、顎を伝い彼女の胸元にとめどない涙が滴っていく。目は絶望に濁り、その中に微かな憎しみの色を宿しながら、褐色の少女は笑った。
「だって、だってさ? なんで私ってまだ生きてるんだと思う?」
大粒の涙を零しながら、それを拭うこともせずに俺達を見回した彼女の瞳と真っ直ぐ視線が交じり合った。その瞬間に気付いた、気付いてしまった。
いや、違う。気付いたんじゃない。彼女が何を考えているのか
「ああ、それは……」
死にたい。死んでしまいたい。
何も残っていない。いや違う、一杯、抱えきれないぐらいに背負わされているのだ。
何も残っていない。なのに、背中にかかる重圧に押し潰されているのだ。
何も残っていない。大事なモノは、
その背には自らを押し潰す罪だけが残っている。
「ねえ、殺してよ。
糞女に背負わされた罪が、数多圧し掛かってくる。
潰れそうだと、苦しいと、誰か助けてくれと、心が悲鳴を上げている。けれど、誰にもそれを零す事が出来ない。
前世で、父親が死んだと知った後、残されたのは背負いきれない罪の数々。
「ねえ、殺してよ。皆を守れなかった
ああ、そうか。彼女も同じなのだ。
共感だろう。いつの間にか、彼女と同じ様に俺の瞳からも大粒の涙が零れ落ちていた。彼女と同じ様に、その零れる涙を拭う気にもなれない。
「ねえ、
レーネ・キュリオは何も守れなかったのだ。もう何も残っていないのだ。
これ以上、生きる意味なんて何処にも存在しない────
「なんで私だけ
とめどなく溢れる涙が彼女の頬を伝い零れ落ちる。拭う為に腕を上げる気力すら無いとでも言う様に、もう生きる気力も何も残っていない彼女は、すとん、とその場に崩れ落ちて泣きじゃくる。
死にたいと、終わらせて欲しいと、誰でも良いからこの息の根を止めて
────ああ、彼女の言葉を聞いた時に感じた既視感はコレだったのか。
同じだった。彼女の置かれている状況は、俺とよく似ていた。俺の、前世と、全く一緒だった。
「もう、疲れたから」
ぐちゃぐちゃだ。全部、何もかもが、ぐちゃぐちゃで、訳がわからなくて。でも、苦しくて、辛くて、解放される事を望んでしまう。
ああ、そうだ、あの満月の夜。俺は、生きる苦しみから逃げたんだ。目の前で力無く崩れ落ちて泣きじゃくる彼女の様に、生きる気力を全て失って、残る罪を背負いきれなくて、変な理由を騙って自殺したんだ。
自殺した。そう、自殺してしまった。
「
【ウェヌス・ファミリア】を守る事が出来ずに幸せな生活を滅茶苦茶にされた。必死に逃がした仲間も自らの手で屠る事になり、憎悪を燻らせる事しか出来ない日々。残されたのは復讐の二文字だけ。それを成した今、彼女に縋るものは、この世の何処にも存在しない。
俺も糞女によって幸せな生活を奪われた。引きずり込まれた欺瞞に満ちた世界で出来た信頼できる部下や仲間も直ぐに失い、憎悪を燻らせる日々。あの糞女に復讐を誓うも思う通りにいかず、あさつまえ勝手に死んだ所為で、ぽっかりと空虚な穴が空いた感覚に陥った。
だが、俺の場合は父親がまだ生きていた。彼に会いたいと、嘘偽りの無い名乗る事の出来る名を欲して、抗った。ほんの少しの間だけ、最後には結局失敗してしまうとはいえ、俺には
彼女の場合は────何も無い。縋る人も、神も、彼女には残されていない。
本当の意味で、彼女には何も無い。いや、ちがう……少なくとも、さっきまでは無かったのだ。
「死にたかった、ずっと、今までずっと、死にたかったのに……貴女の所為で死ねなくなった!」
ぼたぼた、と拭う事もせずに涙を零し続けるレーネは、その瞳の奥に憎悪を滾らせながらヘスティア様を睨み付けた。
「それは……」
「私はもう死ねない! 殺される訳にもいかない!」
「どういう意味だい?」
フィンの問いかけに、レーネは涙を零しながら視線だけを彼に向けた。
「だって、私が赦されて良い筈が無いもん」
────ああ、最悪だ。
ヘスティア様が目を見開き、ロキが察した様に舌打ちして、二柱が同時に俺を見た。
「死にたきゃ、勝手に死ねばいいだろう」
アイシャがそんな呟きを零した。
ああ、普通ならそうだろう。きっと、普通に辛くて苦しいのなら、自殺という形で逃げる。だが、それが出来ない人もいる。それが、レーネだ。
俺と同じ、なんて口が裂けても言えない。
何せ俺は────一度、
「死ねないってば……」
俺は、俺の事が赦せない。否、俺が背負ってきた罪を、赦す事は出来ない。今でもそう思ってる。だからこそ、他の皆が羨ましい。
レーネ・キュリオも同じなんだ。自分の行いが、自分の背負った罪が赦せない。だから、ヘスティア様の言葉を聞いて
「ああ、そうだよ、私への罰なんだよ。罪には罰を……死よりも苦しい咎を与えなきゃ」
ぶっ壊れた様に涙を零していた彼女は、静かに俯いてぼそぼそと呟きだす。
「死んだら、罪が消えるって? そんなの駄目だよ」
死後、その魂は浄化される。罪もなにもかも綺麗さっぱり消え去り、新たなる来世を送る事になる。
それで良いのか?
「駄目だよ、皆を守れなかった
ヘスティア様がフリュネに告げた、魂の循環による罪の浄化。その話を聞いて、彼女は死ねなくなった。
死が赦しだと言うのなら、彼女は死ねない。何故なら────。
「私は、この罪を一生背負わなきゃいけないんだから」
死によって罪から逃げようとしていた事実を突き付けられ、レーネは壊れたのだろう。
己が無力だった事によって、己が迂闊だった事によって失われた派閥に、仲間達にそして何より主神に顔向けができない。
俺は罪の重さに耐えきれずに逃げた。彼女は向き合い生きようとしている。
「フリュネみたいに殺してくれれば、あんな話を聞かなければ……私だって、死ねたのに」
死とは赦しだ。ならば、罪を背負った者は安易に逃げてはならない。
罪を一生背負わなくてはいけない。フリュネの様に背負う事から逃げるならば死を与えるべきであり、背負うならば生きなければいけない。
どれだけ辛くても、どれだけ苦しくても、一度背負った罪は二度と消えないのだから。
「死にたいよ、でももう死ねないよ」
寿命以外の方法では死ねない。自ら命を断つなんてもってのほか。そうなってしまったのは、そんな風に考えが変わってしまったのは、ヘスティア様がフリュネに『死は赦し』だと告げたからだ。
要するに、レーネ・キュリオは逆恨みをしたのだ。ヘスティア様に対し、ただの逆恨みの感情を向けている。
何も言わずに、ただ命を断ってくれていれば、この地獄の様な世界から抜け出せたのに、と。
「……キミが死にたいのなら、ボクは止める気は無いよ」
「罪を赦すのは神様の仕事? 違うよ、罪を赦すか赦さないかを決めるのは、本人だよ」
顔を上げたレーネの瞳はドロドロに濁っていた。
澱み切った瞳で、彼女は俺に視線を向けて呟く。
「ねえ、貴女は自分の所為で仲間が死んだことを赦せる? 私には、無理。絶対に赦さない」
一生、その生涯の中、ずっと罪を背負え。
呪われろ、呪縛の中で藻掻き苦しんで生きろ。
耳にこびり付いて離れない呪詛を聞き続けろ。
そうやって苦しみ抜け、死に果てるまで。
「……だから、私は……もう、死ねないよ」
他の誰の赦しがあろうが、他ならない自分自身が自身の罪を赦す事は無いのだから。
ケタケタと、涙を零しながらレーネが俯いて動きを止めた。その様子を見ていたロキが肩を竦め、俺を見て呟く。
「ミリアと同じやな。手の付けようがないで、この子」
「……罪を、赦さない、か」
ヘスティア様が此方を見て、悲し気に眉尻を下げる。
ああ、俺は彼女の苦しみがわかる。どれだけ絶望しているのかを理解してしまった。
自分自身が赦せない。自分の過ちが、自分の犯した罪が、一生残り続ける。逃げたいと、死にたいと願って死んだ俺と違って、彼女は死ねない。自分を
大事なものが何一つない、ただ消えない罪だけが残るこの世で最期の時まで生きなければいけない。それが己に与えられた咎だとレーネが受け入れた。
──────。
「ヘスティア様」
「なんだい、ミリア君」
見ていられない。
大事なものも、縋るものも何もない世界で一人。罪だけを背負って生きるなんて不可能だ。壊れる、壊れてしまうに決まってる。
何とか出来ないだろうか。俺を救ってくれたように、彼女も救ってほしい。そんな風にヘスティア様に縋る様に視線を向けると、女神は静かに目を閉じた。
「……難しいだろうね。ミリア君、キミがキミ自身の罪を赦せない様に、それ故に自分を信用できない様に、あの子も罪を赦さないだろうから」
ヘスティア様の口から出た言葉は、俺自身の事であるからこそ深く理解できた。レーネは自分の罪を赦さないだろう。俺と同じ様に、絶対に赦せない。赦す事なんて考えられないはずだ。
ならば、何か手は無いのか、と神ロキに視線を向ける。しかし、彼の女神は肩を竦めると背を向けた。
「可哀想やと思うけど、ウチはもう知らんわ。フィン、いくで」
「……すまないね。ロキがこう言っているから。アイシャ・ベルガ、キミにはまた後日、話をしたい。時間を空けておいてくれ」
神ロキは見捨てた、と言うよりも自分に出来る事は何もないといった風に見えた。
残されたのはアイシャと、俺、ヘスティア様……そして、絶望に打ちひしがれたレーネのみ。
どうにか、レーネを立ち直らせる方法は無いものか。そんなものがあったのなら、俺はとっくの昔に自分の罪を赦す事が出来ているだろうに。
静かに腕組をするアイシャと視線が合うが、彼女は直ぐに視線を逸らした。ヘスティア様はうんうんと唸っていてどうにもならない。
どうにか、彼女を救う手立てはないのか。俺の言葉も、ヘスティア様の言葉でさえも今の彼女には届かない。唯一、彼女が話を聞く相手は、この
「……よし」
もはや手の打ちようが無い、ならばせめて殺してあげる事が彼女に対する救いなのではないか、と無意識に手を銃の形に変えて彼女に向けようとしていると、ヘスティア様が一歩踏み出した。
「ヘスティア様?」
こつり、こつり、と歩みを進める女神がふらりと揺れた。重心がぶれたのか大きく一歩を踏み外しかけ、転倒を免れ、彼女は大きく息を吐いた。
「ふぅ、泣かないで、レーネ
次の瞬間、ヘスティア様の声色が変わった。
「──────!」
アイシャさんが瞠目し、ヘスティア様をまじまじと見つめる。
俯いて涙を零していたレーネは、ばっ、と顔を上げて目を見開いていた。
俺は、背筋が凍り付く様な感覚に見舞われていた。
ヘスティア様のものではない口調だった。言葉も、雰囲気も、そして神威の感じも、全てが違う。この世界に来て俺を抱き締めてくれた女神のモノではない、別の誰かが乗り移ったかのような感覚。
「ウェ、ヌスさま?」
澱み切った瞳に光が宿る。ただただ絶望していたレーネという少女の前に、ヘスティア様が────ヘスティア様の姿をした別の女神が膝を突いて、彼女の頬に流れる涙を拭った。
「ごめんね。そしてありがとう」
「わ、私、ウェヌスさまを……みんなを守れなくて……」
とめどなく溢れる涙を拭いもせずに、レーネはただただ謝り続けている。
その様子を見ていた俺は、酷い寒気に襲われていた。
なんとなく、本当になんとなくだが、ヘスティア様がしている事が理解できた。それは、きっととんでもなく不味い事だ。
「レーネちゃん、死にたかったら、死んでも良いんだよ?」
「え……で、でも私は、みんなを守れなくて、むしろ私が、私の手で……」
「うん、知ってる。ずっと貴女を見てたから」
神々にとって、この
「だから、私は、赦されちゃいけないんだって……」
「そうかなぁ? 私はそう思わないけどね~」
この下界で敗北した神は、二度とこの下界に降りてくる事は出来ない。それは、何処かオンラインゲームと似ている。
「だって、みんな、お母さんだって怒るよ」
「ううん、怒らないよ。あ、ごめん嘘、めそめそ泣いてる事には怒るかもね~」
一度、ゲームオーバーになれば戻ってこれない、一度っきりの
遊ぶ為に必要なのは、下界で過ごす為の仮初の
「レーネちゃん、苦しかったら逃げて良いよ。辛いなら、死んだってかまわない」
「ウェヌス様……わたし、わたし……」
基本的に一人に対してIDは一つまでが原則だ。それは神々が定めた
オンラインゲームにおいてIDが停止されたりした場合、再度のIDの取得は禁止されている。当然、他のユーザーのIDを借りる事も禁止されているに決まっている。
神々が定めた
「でも、私はレーネちゃんには死んで欲しくはないなぁ~」
「──────え?」
女神に告げられた言葉にレーネが硬直し、動きを止めた。涙もぴたりと止まり、彼女は震えながら呟く。
「ど、どうして?」
先ほどまで死んでも良いと、逃げても良いと肯定してくれた女神が唐突に反対意見を出してきて困惑する少女。彼女を他所に、女神はヘスティア様の微笑みとは似ても似つかない笑みを浮かべると、レーネの頭を撫でた。
「だって、私は私のせいで
「────! それでも私は……」
何かを察した様にレーネが目を見開き、唇を噛み締めて言葉を放つ。
「会いたい、ずっと一緒に居たいよぅ」
涙を零し、縋る様に女神に告げるレーネ。
女神は慈愛の眼差しを彼女に向けると、優しく抱き締めた。
「私もずっと一緒に居たいよ、でもそれじゃあ駄目だよね」
「……離れたくない」
「うん、私も、でももう行かなきゃ」
残酷な言葉だと思う。俺だって、ずっと再会を願っていたヘスティア様と再度別れなければならないと言うのなら、自ら命を断ってでも着いて行こうとするに決まってる。
「じゃあ、私も逝く」
「ううん、レーネちゃんはもう少し
「どうして」
縋るレーネに対し、女神は微笑を湛えた。
「貴女が生きる姿を見ていたい。どんな風に生きて、どんな事を成して、どんな未来を切り開くのか」
「ウェヌス様が居なきゃ無理だよ」
「レーネちゃん。私はね、皆に自慢したいの。私が愛した眷属は凄い子だったんだって」
力強くぎゅっと女神が抱擁し、笑いかけた。
「レーネ・キュリオ。貴女は私の
「ウェヌス様?」
「安心して、貴女が死んだら天界で迎えてあげる」
女神の抱擁の中、レーネが僅かに身動ぎしていた。
「貴女がいっぱい頑張って、凄い事を成して、それで死んでこっちに来たら。抱きしめてあげる」
「ウェヌスさま、わたし……」
「レーネちゃんは悪く無いよ。それでも罪が重くて逃げたいなら、良いよ、おいで」
死後、必ず貴女の魂を迎えに行く。他の神がごちゃごちゃ抜かしても、私の『魅了』で障害を全部溶かして、貴女を迎え入れる。ぎゅっと抱きしめて離さない。ずっと、ずっと一緒に居られる様にする。
女神が耳元で囁く間に、レーネの瞼が少しずつ、少しずつ落ちていく。女神の抱擁に抱かれ、泣き疲れた彼女は微睡みの中に堕ちていく。
「貴女は貴女の生きたい様に生きれば良い。気ままに、風に流される雲の様に、貴女は自由に生きる権利がある」
その言葉を聞き届けたのかは不明だが、レーネは完全に目を閉じた。
静寂が満ち、なんと声をかけて良いのかわからずに、不安を覚えながらも女神の背を見つめる。もしこのまま中身が入れ替わったままだったらどうしよう、と不安で胸が潰れるかと思った、その時。
「むがー!! ウェヌスの奴、ボクの
「ヘ、ヘスティア様?」
「ああミリア君、聞いてくれよ。ウェヌスの奴、胸がデカすぎて肩が凝るだとか、
────予想外に女神ウェヌスに文句を零しまくるヘスティア様に若干、面食らった。
「えっと、ヘスティア様? 大丈夫なんですか?」
「え? ああ、大丈夫さ。この世にはこんな格言があるだろう────バレなければ犯罪じゃないって」
「いや、バレなくても犯罪は犯罪ですよ。罪として裁かれるかどうかの違いかと」
とはいえ、問題無いなら本当に良いのだが……レーネはこれで救われただろうか。
深い眠りについたレーネの元に歩み寄ると、ヘスティア様の膝の上で険のとれた寝顔を浮かべていた。
「……あ、忘れてましたがアイシャさん。今見た光景は他言無用で」
「わかってるよ。それよりも、罰はどうするんだい?」
罰、と言われて気付いた。未だにアイシャとレーネに対する罰が言い渡されていない。
ヘスティア様を伺うと、彼女は今まで通りの、ヘスティア様の笑みを浮かべて告げた。
「しっかりと罪を背負って、反省して生きてくれるだけでいい」
それ以上の罰を与える気は無い。罪を背負い、生きてくれ。そう呟くと、愛しむ様にレーネの髪を撫でた。
「そいつはどうする、邪魔なら私が持っていくが」
「いや、ボクが預かるよ」
ウェヌスに言われたんだ、と頭を掻いた女神が呟く。
彼女を客室に連れていかなきゃいけないな。暫く、レーネがこれから先どんな選択をするのかはわからないが、目が覚めるまでぐらいは面倒みてやってもいい。
「そうかい……それじゃあ私の気が済まないんだが」
「じゃあ、何か困り事が出来たら手を貸してもらいましょうか」
「…………はあ、お人好しだね」
肩を竦めると、アイシャは背を向けて去っていく。去り際に、『春姫を泣かせたらただじゃおかない』とベルに伝えておけ、という置き土産を置いて。
正直言ってしまうと、レーネが少し羨ましいかもしれない。
フリュネの処刑。そして絶望のどん底にあったレーネを、主神自らが慰めに来てくれた事で持ち直した、と思う。実際の所は彼女が目を覚まさなければどんな精神状態にあるのかは不明だが。
レーネを客室に運び終わった所で、中断していたキューイについての調査の再会を行うべく竜舎に足を運んでいた。
広々とした舎内には藁が敷かれており、ヴァンが天窓から差し込む日光を浴びながら寝ている光景が広がっていた。クリスも隅っこの水桶に浸かりながら寝こけている。竜は寝るのが好きなのだろうか。
「よく寝てますね」
竜種は寝るのが好き。だとすると、キューイもまた寝ているのではないだろう……それは楽天的過ぎるだろうか。
竜舎の空き空間を前にし、再度キューイに声をかけてみるも反応無し。召喚魔法を唱える前にもう一度深呼吸を繰り返す。
もし、キューイが本当に居なくなったのだとしたら────それは呼び出しに失敗してから考えれば良いか。
「……よし、【呼び声に答えて────】」
詠唱を開始するのと同時に複雑怪奇な魔法陣が生み出される。それでも反応が無いが────答える気が無いなら、こっちから引っ掴んででも引っ張り出してやる。
多量の魔力を一気に流し込み、向こう側に手を伸ばす感覚で探りを入れる。何か掴めるモノは無いかと探り、もっと奥へ、奥へ、最奥の向こう側にその手を伸ばして。
「っ────捕まえた!」
何かを掴んだ。嫌がる様な素振りで振り払おうとしてくるその何かを強引に引っ張り上げる。
魔法陣が揺らめき、その向こう側からキュイキュイと聞きなれた声が僅かに響く。いやだ、眠いとほざいているのを聞きながら、口元に浮かぶ笑みをそのままに一気に引っ張りだす。
「何を、文句を──起きろって、言ってるでしょ!?」
無反応貫きやがって。普通に心配したんだぞ、と一気に手繰り寄せると、遂にその体の一端が魔法陣から現れる。
淡紅銀鉱を職人が手塩をかけて精密に削り出したのではないかと言う鉱石の光沢を持つ鱗。まるで溶けた岩がそのまま膜質となったような翼が大きく広がり、逆立って震え、その振動が空気を揺らす。
キューイの翼だと察して嬉しさが込み上げ────続いて出てきたモノに硬直した。
「────は?」
淡い金の長髪、不機嫌そうに眉間に寄った皺にへの字に曲がった口。小さな肩にその背から伸びる両翼。慎ましやかな胸に、ほっそりとした腰回り、毛の一本も生えていない領域、そして小ぶりな臀部から伸びる竜尾。白い肌と深紅の鱗の対比が目に眩しい。
キューイを召喚したら何故か────素っ裸な
「………………はぁ?」
「…………キュイ」
凄まじい重低音。不機嫌さをこれ以上ない程に表した様なキューイの声が、魔法陣から現れた素っ裸の竜人幼女から放たれる。
よくよく見てみると細部が異なる。というよりも俺よりも背丈が高い。
なんとなくその目線の高さに心当たりがある。というか、『ミリカン』で
後、両手の爪がやけに鋭かったり、口元から鋭利な牙が覗いていたりと、差異は多岐にわたる。
「キュイキュイ!」
「え? いや、だって……キューイ? 冗談でしょ?」
「キュイ!? キュイキュイ、キュ……イ?」
何が冗談だ、気持ちよく寝てたのに。一体なんの権限が……あれ? と目を見開いたキューイが凄まじい剣幕で俺を
自身の異変に気付いたのか、キューイが両手を自分の前に持ってきてにぎにぎしはじめ、徐々に顔色が青褪めていく。
真ん丸に見開かれた瞳は、キューイと同じ瞳の色をしていた。
「キュ!? キュイキュイ!!」
ナニコレ、何したの、と喚き始めるキューイを他所に俺は頭を抱えた。ナニコレ、と喚きたいのはこっちの台詞である。
翼を揺らして混乱している彼女に俺も問いかけたいが、多分何もわからないのだろう。ぶわぁっと目尻に涙をめいっぱい溜めたキューイらしき人物が、キュイキュイと助けを求めてくる。
言いたい事はいっぱい、もうお腹一杯で吐きそうなぐらいある。例えば、俺より胸でかくね? とか、なんで俺より背ぇ高いん? とか、もう数えればキリがない。
だが、これだけは言わせて欲しい。
「キューイ、見た目が人になったのにキュイキュイ言わないでくれません?」
見た目が人型なのに声が竜の時と全く一緒なのはなんでなん?
Q.投稿後、5分程で予想を当てられた作者の気持ちは?
A.悟り妖怪かな? それとも私と同じ性癖? どちらにせよ、ヤバいですネ☆ミ
ただ、完璧な答えじゃなかったから(震え声)
具体的に言うと、『封印解除後の姿』と『階位昇華後の姿』とか言い当てられて無いからまだ大丈夫なはず。
……TSロリ、もう一本書くのは良いとして、こっちと同じ『ガチシリアス闇深系サバサバクール猫被りTSロリ』だとアレだしなぁ。
どんなんがええんじゃろか。
……とりあえず、本作同様に見切り発車で適当に書き始めてみますかぁ。書いてる内に良い感じにネタが溜まるでしょ(楽観的)
駄目だったらごめんなさいしてエタればええしな。ってそんな感じの軽い気持ちでやんないと途中で書けなくなるねん。
キューイの
ドラゴニュート形態で翼と尻尾を付属。後、爪が鋭かったり、牙が生えてたり、割とパッと見で見分けが付く。そして何より身長120C程とミリアちゃんより背が高い!
そして、相変わらず人語を話す事は出来ないです。今まで通りキュイキュイ鳴きます。
封印解除した場合、エイプリルフール仕様の大人版ミリアになります(ネタバレ)
※『第九十四話』でちょろっと出た設定。
階位昇華した場合、一時的に飛竜形態に戻ります。しかし時間が経過すると人型に戻っちゃう。