魔銃使いは迷宮を駆ける   作:魔法少女()

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第一六四話

 激しい足音と喧騒によって、覚醒を促される。

 呻き声を漏らしながらミコトは重たい瞼を持ち上げた。

 

「うっ……ここは……」

 

 硬い床に寝かされている事実を理解しながらも、身を起こそうとして動かぬ手足に気付く。

 視線を体に向けると、銀の輝きを放つ手枷、足枷等の拘束具で手足を封じられていた。

 

「自分は、ダンジョンで……まさか、捕えられた?」

 

 正体不明の外套(フーデットローブ)の冒険者達に襲撃され、分断されたベルを追う様にとリリに背を押されて向かった先で、長身の女戦士(アマゾネス)に返り討ちに────全身を苛む疼痛によって鮮明に蘇る記憶。ミコトは現状を予測する。

 

「ベル殿は……っ!」

 

 強襲者たちの正体には想像が付かないが、狙われていたのはベル、そしてミリア。その強襲の方法と手口を思い返すミコトは、自らの仲間が無事なのかと心配し、危惧を抱く。

 暗い部屋の中、碌に立ち上がる事が出来ない状態ながら拘束を破壊しようともがき、すぐに諦めて耳を澄ました。

 

(現状、この拘束を解く事は不可能……ベル殿とミリア殿は……)

 

 能力(ステイタス)によって強化された聴覚を研ぎ澄まし、部屋の外から聞こえてくる喧騒に耳を傾ける。

 

(…………『兎』とフリュネ……不可視の『竜』……見つからない……イシュタル様の命令……レーネが酒蔵から酒を盗んだ……)

 

 拾い上げた断片的な言葉。

 『兎』がベル、『竜』はミリア。そしてここが【イシュタル・ファミリア】の本拠(ホーム)である事、自身以外に捕らわれた二人は既に脱走した可能性が高い、とそこまで推測を行う。

 とても気を抜ける状況ではないが、ひとまずベルとミリアが生存している事にミコトは安堵した。

 若干の冷静さを取り戻したミコトは、自身の四肢の動きを封じる枷を見つめ、呟く。

 

「何にしても……まずはこの枷をどうにかしなくては」

 

 枷の強度から自力での取り外しを諦め、透明状態(インビジビリティ)の魔法を持つミリアの救出を待つべきか考えつつも、何かないかと部屋を見回し────鍵束を見つけた。

 

「……鍵?」

 

 固く閉ざされた鉄扉の前、部屋の内側、這いずれば手が届く場所に鍵束が落ちている。

 罠ではないかと疑いながらも這いずって進み、鍵を掴む。掴もうとした瞬間に何かあるかと身構えるも何も起きない。

 不自然さを感じつつも、一縷の望みを賭けて枷の鍵穴に鍵を差し込んでみると、カチリ、と音が響いた。

 鍵をとった瞬間ではなく、枷を外した瞬間に罠が発動するのではと周囲に注意を払いながらも落ちた枷に注視しつつ距離を置き────本当に何も起きない事に拍子抜けしたミコトが、ふと呟きを零す。

 

「春姫殿……?」

 

 【イシュタル・ファミリア】に所属させられている狐人(ルナール)の少女。根拠など全く無いが、ミコトは確信したと断言できる。

 

「恩に着ます……春姫殿」

 

 自然と口元が綻び、笑みを浮かべたミコトは自由となった体で立ち上がった。

 即座に行動を起こすのではなく、行動指針を定める。

 

(最優先はベル殿、ミリア殿との合流、そしてここからの脱出……もしくは、自分一人でも脱出し、皆に危機を伝える事……副目標は武装および道具の確保)

 

 外に脱出し、ファミリアの仲間に襲撃された情報を伝える事さえできれば、協力関係にある派閥の助力も得られる。

 聡明な副団長(ミリア)ならそう考えて脱出に動くだろうと予測したミコトは、自身の体を────菫色の戦闘衣(バトル・クロス)を見下ろした。

 

「そ、その前に最低限の衣類を確保しなくては」

 

 襤褸雑巾の様相を呈している服からは血が固まった掠り傷や、瑞々しい肌が露出しており、というよりは下着すら隠しきれておらず、痴女一歩手前の恰好であった。

 誰の視線も無い室内で自身の体を隠す様に抱いて周囲を確認し始めるミコト。

 魔石灯の明かりすらない暗い大部屋は倉庫然としていた。武装は流石に見当たらないが、姿見等の娼婦が良く使う道具や衣類等が数多く保管されている事が伺えた。

 心の中で謝罪しつつも、ミコトは棚に置かれた道具箱の中から衣装箱を探し出し、中身を拝借しはじめる。女戦士(アマゾネス)が好む下着同然の衣類を無視し、極東の装束を取り出して袖を通す。

 

「こんなところでしょうか……」

 

 痴女の様相を呈した格好から遥かにマシになった事を確認し、ミコトは静かに鉄扉に近づいて内側についていた鍵穴に例の鍵を差し込み、静かに扉を開けた。

 

「ベル殿とミリア殿を探さなくては……」

 

 ミコトは喧騒止まぬ広大な宮殿内部へと足を踏み出そうとし────足を止めた。

 

「おっと……これは……?」

 

 足を止めたミコトの視線の先、通路一杯にぶちまけられた硝子片があった。

 魔石灯の光を受けてキラキラと輝く硝子片、そして麝香に交じって漂う、酒精の香り。飲み終わった酒瓶を無造作に砕いてばら撒いた様な光景にミコトは小さく吐息を零し、それらを避ける様に動き出した。

 

 

 

 

 

 

「女が逃げた……?」

 

 顔を蒼くした団員から耳打ちされた情報に、フリュネとベル、ミリアの捜索を行っていたアイシャは眉間の皺を深くする。

 

「どういうことだ、見張りは何をやっていたんだい?」

「そ、その……持ち場を離れてフリュネ達を探してて……」

 

 見張りを仰せつかっていた一人、長い髪を結わえたアマゾネスの少女は項垂れる。

 喧騒収まらぬ本拠の中、戦闘娼婦が騒がしく駆け回る中、アイシャは溜息をついた。

 

「『透明状態(インビジビリティ)』を持つミリア・ノースリスが逃げてるんだ、見張りを外せばこうなるのは予測できただろうに」

「で、でも……その、レーネが……」

 

 呆れながらも髪を掻き上げるアイシャに、レナが申し訳なさそうに縮こまりながら呟く。

 

「あん? レーネ? あいつがどうしたって……まさか」

「うん、レーネが『アレ囮にしたいからどっか行ってて』って……」

 

 透明状態(インビジビリティ)で不可視の存在と化している恐ろしい小人。その捜索を主神(イシュタル)直々に命じられた自由奔放なアマゾネス。

 フリュネの身勝手さもさることながら、彼のアマゾネスの自由奔放さ────気紛れな性格────に振り回される事の多いアイシャが天井を仰ぐさ中、件のアマゾネスがひょっこりと顔を出した。

 

「んー、呼んだ~?」

 

 彼女は片手に持った酒瓶から、浴びる様に酒を呷りながらアイシャの元へふらふらと歩み寄る。

 明らかに酔った様な赤ら顔にアイシャが盛大に眉を顰めた。

 

「呼んで無いが、アンタに用ならある」

「なになに~? もしかして【絶†影】に逃げられた事?」

 

 へらへらと雲のように軽い調子の笑みを浮かべるレーネの姿に、アイシャの眉間に青筋が浮かぶ。

 目の前の女傑の怒り心頭な様子も意に介す事はなく、気紛れの化身染みたアマゾネスの少女がへらりと笑い、酒瓶の中身を一気に煽って空にすると背負っていた籠に放り込む。

 背負われた籠の中には数え切れない程の空瓶がひしめき合っており、ガチャガチャと騒がしい。その音を不愉快に感じたのかレーネが笑みを消して表情を歪める。

 

「アレも私悪く無い」

「何言ってるんだい、アンタが命じたんだろ。その所為で『竜』が人質の一人を解放して────」

「違うって、だって鍵が無くなってたのは私がその子に何処か行くように指示出す前だし。っていうか私が指示出す以前から見張りの子いなかったんだけど?」

 

 珍しく苛立った様に舌打ちを零し、レーネが吐き捨てる。

 

「それに加えて、内側から開錠されてたし誰かが手引きしたのは間違いない。でも、『竜』じゃない。だって()()()()()()()()()()()。他の奴は全員拘束されてるのを確認してる……私だって今ふざける程、狂っちゃいないよ」

「……レナ、もう一度聞くけど、あの小娘に着けた拘束具はミスリル製で、【絶†影】じゃあ絶対に破壊できない。そうだね」

「そ、そうなの!? 自力じゃ絶対に抜け出せない筈よ!」

 

 アイシャの質問に威勢よく答えた少女は、再び勢いを失った。

 

「で、綺麗に解錠されてて……案の定、枷とか倉庫の鍵が束ごと無くなってたんだけど」

 

 透明状態(インビジビリティ)を持つ『竜』が持ってて、女を助けたのかも。と歯切れ悪く続ける少女に、レーネが舌打ちを零して少女を睨んだ。

 

「それで私が悪いって言いたいの?」

「ち、違うけど……」

「あっそう、じゃあ良いけど」

 

 睨み付けていた少女に興味を失ったのか、レーネはくるりと身を翻すとそのまま立ち去ろうとし、ふと振り返ってアイシャを見た。

 

「所でさ、春姫って何処で何してんの? アイシャ、貴女がお目付け役じゃなかったっけ?」

 

 アイシャが質問に答えるより前に、そもそも返答を聞く気も無かったレーネがその場を後にする。

 気紛れなアマゾネスが立ち去る姿を見ながら……アイシャは迷宮(ダンジョン)で一度目の襲撃を終えて顔面蒼白になり、二度目の襲撃前に意識を失った春姫の事を思い出す。

 

「……春姫は、何処に居る?」

 

 僅かに震える声を押し留めたアイシャの質問に少女は、あれ、そういえば、とアマゾネスの少女が首を傾げる。

 

「目を覚ましてて、何処か行こうとしてたから何処行くのか聞いたら、儀式のために身を清めに行くって言ってたよ……あっ、でもさっき見たら部屋には居なかったけど」

 

 其処まで伝えられ、アイシャは何かに感づいた様に目を細めた。

 

 

 

 

 

 

 照明の落とされた薄暗い室内。

 部屋中に置かれたサーバの稼働音がひしめく中、目の前の(デスク)に置かれた大型の大型映像装置(メインモニタ)に映された映像の向こう側の人物に問いかける。

 

「それで、お前の要求は?」

『決まってる、妻と娘に会わせろ!!』

 

 しつこいな。何度言われても今は無理だとしか言いようが無いってのに。

 

「契約を覚えていないのか。お前の任務が完了し次第、お前を妻と娘に再会させるというモノだったはずだが」

『知るかっ!! 起爆コードはこっちにある────俺の要求を呑まないなら、俺はこの起爆コードを抹消してやるっ!』

 

 それは困る。爆薬の設置だって死ぬほど大変だったんだぞ────俺の部下が苦労して仕掛けたんだ。

 今回の計画の主軸を担う起爆装置管理を、コイツに任せたのは間違いだったか。

 裏切り者の対処法を考えていると、別の回線を通じて通信が入る。

 

抹殺対象(ターゲット)を始末した。爆薬の設置も完了。これより帰投する』

 

 別の任務を任せていた部下の声がヘッドセットを通じて耳朶を打つ。

 彼女を向かわせれば、今回の問題(トラブル)の対処が可能だろう。しかし、それを命じた場合……。

 

主様(マスター)? …………、問題(トラブル)?』

「ああ、少し問題が発生した。起爆装置の設置役が裏切った。コードを書き換えられて妻と娘に会わせろと喚いてる」

『位置は……了解。此方で始末できる』

 

 命じるまでも無く、彼女は動き出した。起爆装置の中枢となっている監視室目掛けて素早く移動する光点を見ながら、先の男の回線に通信を繋げる。

 

『────てんのかっ!? テメェの計画はこの起爆コードが無けりゃぁどうなるのかを────』

「お前の要求を呑もう」

『俺はいつだって────何?」

「もう一度告げる。お前の要求を呑んでやる、と言ったんだ」

「ほ、本当か? 妻と娘に会わせてくれるのかっ!」

 

 だからそうだって言ってるだろ。どうして話を聞かないんだ、たく……面倒臭ぇ事しやがって。

 

「ああ、会わせてやる。其方の監視室の前に()()()()()。合図はノック二回、三回、二回だ、開けたら直ぐにコードをその女に渡せ。直ぐに会わせる様に命じてある」

 

 無数の映像装置(モニター)に囲まれた室内で、深い溜息を零した。

 この男の経歴書を見て────舌打ち。

 会社の倒産と同時に妻と娘を質に入れて裏へと転がり落ちてきた間抜け。借金を返す為に犯罪の片棒を担いである程度の地位を手に入れ、今回の計画に食い込んできた奴だ。

 ────俺との契約内容はいたって質素。今回の計画成功と当時に彼の妻と娘の再会を約束した。

 ちなみに、珍しく()()吐いていない。会わせるというのは、本気で実行する積りだ。それを、少し早めるだけだ。

 

『まだか、なあまだなのかっ』

「もうすぐだ」

『ああ、この時を十年以上待ってたんだ……ようやく、ようやく会えるっ!!』

 

 歓喜に打ち震える声が通信機越しに響く中、遂に男の通信機が部屋をノックする音を捉える。とんとん、とんとんとん、とんとん。二回、三回、二回の調子で響いた音に通信機越しに男が呟く。

 

『本当に、本当なんだな?』

「嘘は吐かない。本当だ、扉を開けてコードをその女に渡せ」

 

 嘘は吐いていないさ。嘘は、吐いて、いない。

 

 ────俺は、本気で、この男と、家族を、再会させてあげる、つもりだ。

 

 無数のモニターに映し出される監視カメラの映像を管理する、監視室。その扉を男が空け、部下の少女がするりと侵入して扉の鍵を閉める。

 

『コードを教えたら妻と娘に────』

『どうでも良い。コードを教えて』

『会わせてくれるんだろっ、約束しろよっ!!』

『……わかった、会わせてあげる。だからコードを、早く』

 

 平坦な声色の少女の声。部下として俺が育ててきた少女が男と問答を繰り返す。

 会わせろ、コードが先、こっちが先だ、とくだらない問答を繰り返すのを見続ける気も無い。

 

「今すぐコードを渡せ。それとも、会えなくても良いのか?」

『っ、わかったよ、起爆コードは娘の誕生日だ。お前らならそれぐらいわかるだろ』

『……確認の為に一度入力する。会わせるのはそのあと』

 

 少女が監視室に置かれたサーバの一つ、に見立てられた起爆装置の入力画面にコードを入力し、それが間違いない事を確認した。

 

主様(マスター)、コードが本物だと確認できました。この男を家族に会わせますか?』

『は、早く会わせてくれっ!!』

 

 まあ、最初から()()()()()()()()()し、会わせる事もやぶさかじゃあない。

 

「ああ、すぐに会わせてやってくれ」

『了解』

 

 監視室に仕掛けられた監視カメラに映し出されているのは、少女が一人と、男が一人。

 家族に会えると歓喜の涙を零し礼を言う男の背後、少女が無言で懐から何かを取り出し────男の脳天に風穴があいた。

 消音装置(サプレッサー)で小さくなったプシュッという音と同時、男が崩れ落ちて動かなくなる。

 

「家族に会えると良いな」

 

 その男の家族は、とっくの昔に奴隷として売り払われて、何処とも知れぬ場所で死んでいた。むしろ、なぜ売り飛ばされた後も生きてるなんて希望を持てたんだ。裏に堕ちて、その世界の闇を見たなら、其処に堕ちた家族がどうなったかなんて想像できるだろうに。

 当然、その男の『会いたい』と言う願いは叶う筈が無い。だが、俺は『会わせてやる』と言って男を利用した────最後には起爆装置諸共、爆弾で吹き飛んで貰う予定だったのだから。

 爆弾テロを起こした犯人は闇の中、どこぞの過激派組織がやらかした事にして国を動かし、裏で軍備品を横流しして貰い、過激派組織には横流しされた武器や、適当に買い集めた奴隷を兵士として売り払う。無論、そういった組織は金が無い事が多いので……戦場で女を奴隷として攫って貰って物々交換だ。

 女の奴隷の需要は高いからなぁ……飛ぶように売れる。一部の金持ちが買い占める……世界って本当に腐り切ってるな。

 

主様(マスター)、問題解決しました。起爆装置の再設置を行います』

 

 人を殺したというのに特に気にする様子も無い少女が、邪魔になった男の体を蹴り退けて起爆装置の設定を行う為、サーバに張り付いて手を動かし始める。

 それを監視カメラ越しに確認しながら、俺は自嘲する様に笑った。

 

「死んだら地獄行きだな。間違いない」

『何処までもお伴します』

 

 通信機越しに、相も変わらぬ平坦な少女の返答が返ってくる。

 彼女が死ぬ、10分前の出来事だった。

 

 

 

 

 

 通路に木霊する足音二つ。

 懐かしい、と言うよりは忌々しい過去の記憶(ゆめ)。目が覚めると同時に襲い来る全身の疼痛に眉を顰め、誰かに背負われている事に気付いた。

 薄暗い通路の先には、金色で太い尻尾が揺れていた。目を細めてその正体を探り────春姫の尻尾だと気が付いた。

 

「は、るひめ?」

「ミリア、目が覚めたっ!」

「ノースリス様、良かった……お目覚めになられたのですね」

 

 俺を背負っていたベルが俺を見て喜び、先頭を歩いていた春姫がぱっと振り返って泣きそうな表情を浮かべた。

 最期の記憶を辿ろうとして、起爆装置のコードが娘の誕生日だった事を思い出して頭を振る。思い出すべき事柄はそこではない、彼女が最期に俺に俺に遺した遺言は────自らの頬を思いきり叩く。

 

「み、ミリア、何を……」

「ノースリス様……?」

 

 心配そうなベルと春姫の言葉を聞きながら、もう一度記憶(ゆめ)を見る前の最後の光景を思い出し、顔を上げた。

 そうだ、俺はフリュネの拷問を受けて意識を失ったんだ。そのあと、そのあとどうなった?

 

「フリュネは? というか、ここはどこ?」

 

 周囲を見回すと、等間隔で灯りが灯った通路だ。窓はなく、冷え切った空気に満ちた、地下通路らしき場所。

 

「落ち着いてミリア、春姫さんが助けてくれたんだよ」

 

 ベルに話を聞けば、どうやら俺が気絶した直後、フリュネはベルを強姦(レイプ)しようとしたが、恐怖の余り縮こまったベルを見て、精力剤を持ってくると言って出て行ったらしい。

 その直後、春姫が部屋にやってきて、拘束されていた俺とベルを解放。その時に俺の首に着けられていた首輪も取り払ってくれたそうだ。

 

「ミリア、その……手は大丈夫、背中も……」

 

 手に、背中?

 質問の意味が分からずに自らの右手を見て、思い出した。

 そうだ、フリュネに右手の爪を全部剥がされたんだっけか。今は包帯が巻かれていて見えないが、多分爪はない。疼痛はあるが……それに、背中、そう背中だ。

 

「私の背中、どうなってます?」

「「…………」」

 

 春姫が泣きそうな表情を浮かべ、ベルが何かを堪える様に目を伏せ、もごもごと口籠る。

 

「その、あの……」

 

 言い辛そうにしている様子から、おおよそ想像は付いた────口に出来ない程、酷いのだろう。

 まあ、俺の傷についてはどうでも良い。それよりも、ベルの方は大丈夫か?

 

「ベルは、拷問とかされませんでしたか?」

「え、いや、僕は何も……それより、ミリアは」

「私は平気、回復魔法も使えるし」

 

 小回復魔法を使えば癒せ……癒せるだろうか? 無くなった爪まで回復したりするのだろうか? まあ、最悪『再生薬』あるし、爪ぐらいは、まあ。

 それよりも……その……。

 

「それより、ベル……その、ごめん。色々と……」

「え?」

 

 えっと、股間の辺りがですねぇ。ぐっしょり濡れてるんですよ。これは、これはアレですかね。粗相しでかしてますね? その状態でベルに背負われてる訳で────いや、本当に申し訳ない。

 小首を傾げるベルと、何かに気付いてカァッと顔を赤くする春姫。いや、何というか、別にマーキングしてる積りはないんだよ。本気で……その、電撃で失神すると、緩くなるんだよ。うん、不可抗力って奴さ。

 

「とにかく、いったん下ろしてくれない」

「でも、ミリアその、怪我が酷くて……」

 

 俺の背中、そんなに酷い事になってる? 正直、ベルに傷が無けりゃ良いと思うんだが……っていうか、この話題やめよう。いつまで経っても終わらないし。

 

「それで、今は何処に向かってるの? 地下道ってのはなんとなくわかるんだけど」

 

 後、出来れば俺達が襲撃受けた理由とかわかれば、嬉しいんだけどなぁ。

 このままここでグダグダしてても仕方が無いという事で、歩きながら話す事になり、春姫先導の元歩き出す。

 ベル曰く、フリュネの元を脱出してから20分程経過しており、その間はずっと地下道を歩き続けているのだという。

 この地下道はフリュネが語った通り、『ダイダロス通り』の設計者、奇人の異名を持つ職人ダイダロスの手によって作り出された隠し通路だとか。……てっきり【イシュタル・ファミリア】か闇派閥(イヴィルズ)が作っていたモノだと思っていたが、千年前から作られたモノらしい。

 ……だとすると、未だに建材等を運び込んでいる辺り、未だに建造は続けられている? ダイダロス本人はどうあがいても寿命で死んでるだろうし、子孫辺りが思想を汲んで地下迷宮の建造を続けている? ……この辺りは今は気にする必要は無いか。

 ベルが時々俺の方を振り返っては容体を確認してくるのを、平気だからと定型文で返しながら春姫の太い尻尾を視線で追う。……ベルの背中がべっとりと体液で濡れてるのがね、正直申し訳ない。着替えとかあればよかったんだがなあ。

 

「襲撃した、理由……ですか」

「ええ、今の【ヘスティア・ファミリア】を襲撃した理由が知りたいんだけど、何か知らないかしら」

「申し訳ありません、(わたくし)にはわかりません。ただ……主神(イシュタル)様の命だとしか」

 

 まあ、知らんだろうな。そもそも襲撃に加担させる理由が……いや、でもおかしいな。

 そもそも襲撃を行う事そのものを知らない方が自然だと思う。しかし、春姫は襲撃を行う事は知っていたらしい……襲撃対象が俺達だとは知らなかったみたいだ。

 やっぱり、少し不自然だ。

 それと、ミコトの安否も気になるが……戻ってフリュネに見つかる可能性を考えると危険度が高い。俺一人なら魔法【隠レ身ノ灰】で姿を消して探せるのだが、ベルが猛反対したし。

 ……透明状態だと仲間内でも居場所が分からなくなってはぐれる可能性があるから、多人数では行動し辛い。だからこその単独でミコトの救出を申し出たが、ベルが過保護だ。

 いや、まあ拷問受けてボロボロの俺を見て過保護になるのはわからなくはないが、効率的ではないんだよなぁ。

 

「あの、春姫さん」

「何でしょうか、クラネル様」

 

 ふと、同じく太い尻尾を視線で追いながら春姫を追従していたベルが声を上げ、春姫が振り返った。

 

「本当に、良かったんですか? 僕達を逃がして」

 

 ベルの言いたい事はわかる。

 主神の神意が関わっている命令、つまり派閥の総意に対し、一団員でしかない春姫が逆らう。それを行った彼女に降りかかる責任はいかほどのものになってしまうのか。

 ────それでも尚、春姫は俺達を救う選択を選び取ってくれたのだ。

 

「お気になさらないでください。クラネル様」

 

 ベルの心配を他所に、春姫は儚い笑みを返す。

 振り返った彼女は、今にも消えてしまいそうな、散り逝く花を思わせる綺麗な笑みを、浮かべていた。

 

(わたくし)()()()()()です。アイシャさん達も、大目に見てくれます」

 

 ────待て。

 子供を安心させるような、温かな笑み。だというのに、心臓を握られた様な不安感が俺を襲った。

 背筋を凍り付かせる様な恐怖感、何か重要な事を見落としたかのような焦燥感、そして、全てを埋め尽くさんばかりの不安感。

 待って、待ってくれ、『最後の我儘』って、なんだ? 『最後の』って……いや、まさかそんな……だって、だって主神(じぶん)眷属(こども)だぞ? 有り得ない、有り得て良い筈が無い。

 ベルも何か不穏な感覚を覚えたのか、ほんの少し口籠ってからそれを振り払う様に明るい声を上げた。

 

「あ、あのっ、春姫さん! 実は僕達、貴女を『身請け』しようと思ってるんです!」

 

 もう娼婦の仕事はしなくていいのだと、ミコトやヘスティア様、仲間(ファミリア)で話し合った事を明るく伝えていくベル。そんな彼に対する春姫の反応は……

 

「えっ……」

 

 翠の瞳を見開いた春姫の驚愕の表情。

 呆然とした彼女にベルが畳みかける様に続ける。

 

「ミコトさんが、僕達の神様を説得してくれたんです! えっと、お金を貯めるのはまだもう少し時間がかかるかもしれないんですけど……」

 

 白髪の少年が、純粋な善意で、儚げな笑みを浮かべた彼女の、翳りある笑みを浮かべる彼女のその笑みを、本物の、心の底から浮かべられた。本当に心の底から喜び、浮かべられる笑みに変えようと必死に言葉を紡ぐ。

 

「神様も、派閥(みんな)も春姫さんを身請けしてくれることを許してくれました! ミリアだって!」

「え、ええ……私は、ほら、お金の問題ならなんとか……するわ。出来る、出来るのよ、ええ、お金で解決できるなら」

 

 まるで、杭を打ち込まれた様な気分だった。

 ベルが必死に、儚く翳りある笑みではなく、本物の笑みを浮かべさせようとしている。

 ────だというのに、俺は既に悟ってしまっていた。

 

「ミコトさんも……その、僕もっ、貴女の事を助けてあげたいって!」

 

 紡げる言葉は全て紡ぎきった。

 伝えたい想いは全て伝えきった。

 その上で、春姫は……自らの身を鑑みずに俺達を救う選択を選んだ、心優しき狐人(ルナール)の少女は────

 

「うそ……」

 

 歓喜と絶望が交じり合った涙を零した。

 翠色の瞳を見開いたまま、色々な色が、数え切れない程の複雑怪奇な感情が交じり合ったその色が、その雫が、春姫の頬を伝い零れ落ちた。

 

「……春姫、さん?」

 

 ベルを見たまま立ち尽くす春姫の姿に、少年は言葉を失って口を閉じた。

 

「あぁ……」

 

 歓喜の声と、絶望の声と、失望と、羨望と…………其処に宿った感情は、数え切れない。読み切れない。

 両の手で胸を押さえて、飛び出しそうになる言葉を飲み込んで、春姫は言葉を紡いだ。

 美しい、涙をはらはらと零しながら。

 

(わたくし)は……春姫は、幸せです」

 

 涙を流しながらも、唇に笑みを浮かべて、此方を安心させるように、彼女は言葉を紡ぐ。

 

「ミコト様に……貴方様に、そこまで思って頂けるなんて」

 

 掠れるような、ともすれば聞き逃してしまいそうな程小さな声で溶けてしまいそう、と呟いた彼女は、

 

「そのお言葉を聞けて……もう思い残す事はありません

 

 あぁ、そんな、馬鹿な事があってたまるか。

 主神(おや)眷属()を愛しているのではないのか? 主神(イシュタル)は、眷属(春姫)を…………そんな、はずは、無い。

 まさか、死ぬのか? 彼女が? 春姫が? 身を挺して庇ってくれるほどに心優しいこの少女が?

 

「ありがとうございます。クラネル様、ノースリス様、行きましょう」

 

 あぁ、最悪だ。彼女は死ぬのか、今夜行われる何かで、命を落とすのだろう。そして、そして……。

 死を前にした彼女は、とっくの昔に────救われる事を諦めてしまっているんだ。




 春姫の境遇を知って同情し、ミリアも出来るなら救ってあげたいという想いが強くなって。その直後に例の情報が届けられるんですね(無慈悲)



 ウィンドウズの自動更新の結果、なんかブラウザがアプデされたっぽい?
 文字の下に赤線が付く様になって非常に目に悪い……これ、消せないかなぁ。



 後、コラボ小説の方更新しましたぁー。前同様に宣伝忘れです。
 『サイボーグがダンジョンに出現するのは何故か』とのコラボしました。
 良く言えば個性的、悪く言えば灰汁が強い子でしたねぇ。
 ……ウチのミリアも割と灰汁が強いタイプのはずですが、霞みましたね(震え声)




 『前世の部下』
 糞女から『他の仲間を疑うのはわかるけど疑心暗鬼で始末し過ぎ、流石にやり過ぎだからアンタが信用できると思う部下を自分で育てろ』と報酬がてら才能のある子供を渡され、ミリアなりに『自身を裏切らない』と言う絶対条件の元育てた人物。
 糞女が才能有りと太鼓判を押しただけはあり、かなり優秀。
 ただし、実行部隊としての才能に優れているだけで、欺瞞や交渉等は非常に苦手で口下手。

 『死後も付き添う』と即座に断言出来る程に、主を狂信していた。
 故に、主の命令に従って命を落とす事に疑問を抱かなかった。



 【戦場の女主】レーネ・キュリオ
 【イシュタル・ファミリア】所属のアマゾネス。
 Lv.3だが、呪詛の罰則(ペナルティ)能力(ステイタス)が減少しており、それがなければ第一級冒険者に匹敵する能力があった、とも噂される。

 呪詛は『一定時間のステイタス封印』か『エクセリア譲渡』。
 代償は『基礎アビリティの永続低下』※再度エクセリアを溜めれば上昇する。

 気分屋で、やりたくない事はきっぱりと、主神の命であろうが「ヤダ」と口にして反感を買う事が多い。
 その勝手気ままな行動に戦闘娼婦等が振り回される事もあるが、基本的に酷い迷惑をかける行動はとらないし、派閥の危機にはしかと立ち上がって対抗する意思を見せる。

 言動の所為で勘違いされがちだが、忠誠心が全くない訳ではない。

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