魔銃使いは迷宮を駆ける   作:魔法少女()

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第一五六話

「で? 説明してもらおうか」

 

 まるで紙屑にでもなった気分に浸りながら、見下ろしてくるヘスティア様の前でベルと並んで正座していた。

 【ヘスティア・ファミリア】の新本拠『竈火(かまど)の館』。その一階にある広い居室(リビング)

 春姫によって逃がされた『迷宮街』にて道標(アリアドネ)を見失うという致命的な失態(ミス)を犯した結果、ものの見事に朝帰りとなってしまったのだ。

 こっそりと屋敷に忍び込もうとした俺とベルはあっけなくキューイに発見されて捕縛され、尋問されているのである。

 

「歓楽街に行って、朝帰りぃ~? ほら、二人とも、申し開きはあるのか~い?」

 

 娼館に入ったのには事情があるのだが、女神の怒りを鎮めるには至らなそうだ。

 夜遅くまで働いて帰ってきてみれば、本拠(ホーム)にはディンケ達しか残っておらず、俺やベルなどは外出したと知る。ヴェルフ達が帰還してみれば俺とベルは行方不明。心配で夜も眠れない状態で待っていたヘスティア様。そこにのこのこと朝帰りを果たす俺とベル……そりゃあ怒る。しかも娼館に行っていたともなれば、怒って当然。

 ヘスティア様の横で般若の様な形相で立つリリ。あたふたしていて役に立たなそうなミコト。離れた所で嘆息しているヴェルフ。部屋の入口を少しだけ開いて居室(リビング)を覗き込んでいるアマゾネス二人。窓の外から聞こえるディンケ達ガネーシャ組がキューイやヴァンの世話をする音。

 

「ヘ、ヘスティア様!? 全て自分の私用が招いた事で、お二人に非は……!?」

「ミコト君は黙ってるんだ」

 

 庇おうと口を開いたミコトだが、ヘスティア様ににべもなく斬り捨てられて口を閉ざす。

 歓楽街へ赴いた事情を知っている側のリリですら激怒しているが────おおよそ、ベルが娼婦を抱いてきたのではないかと疑念を抱いているのだろう。

 別に、娼婦を抱くぐらい良いと思うんだがなぁ。

 

「それでぇ……娼婦と寝たっていうのかい? それとも、ミリア君とかい?」

「い、いえっっ!?」

 

 詰問を受けるベルが即答し、ヘスティア様とリリの視線が俺の方に集中した。

 

「弁解させて頂きますが、そういった事は一切行っておりません」

「ではどうして歓楽街から朝早く帰ってきたのですか?」

 

 冤罪を主張するだけで事情の説明を省いている事もあって、ベルの主張は撥ね退けられていた。正直、全部吐いてしまった方が遥かに楽だと思うのだが。

 

「はぁ、ベルが男狩りにあって捕まりかけていたのでそのまま交戦。なんとか身を隠す事には成功したのですが身動き取れず……歓楽街が静まるまで動けなかったんです」

「ほぅ?」

 

 ヘスティア様が目を細めると、阿吽の呼吸でリリが小瓶を手渡した。

 

「じゃあ、これはなんだい?」

 

 盤棋(チェス)の駒に似た容器。中で揺れる深紅の液体。男の力を増幅させる代物。これ一本で一晩頑張れる。女性も満足な一品────最高級精力剤。一本でかなりのお値段の代物。

 清々しい笑みを浮かべた神ヘルメスがぐっと親指を立てる(サムズアップ)する仕草をしている姿が脳裏に浮かび、溜息が零れ落ちた。

 ベルはどうやら、神ヘルメスから歓楽街で会った事を内密にしてほしいとお願いされたらしい。それに同意した以上、神との契約をしてしまったと考えているらしく────口約束とはいえ破る訳にはいかないと口を閉ざしているのだ。

 結果的に言えば、ベルの立場が悪くなる一方であるので無視しても良いと思うのだが、ベル自身はそうは思っていない様子だ。なんだかんだ言っても、神様達は崇めなければならない存在だとか……信仰深い事だ。

 まあ、それはベルの話であって、俺は関係ない。最も崇めるべきはヘスティア様。ガネーシャ様やミアハ様の様に尊敬できる神もまた崇めている。しかし、軽蔑対象のヘルメス、テメェは駄目だ。

 

「神ヘルメスからの口止め料として渡された代物らしいですよ。運び屋として物品を【イシュタル・ファミリア】に運び込んでいたみたいですね」

「ミ、ミリア!?」

「ヘルメスぅ~?」

 

 眉を顰めて不快感を露わにしたヘスティア様が腕組をし、リリが眉間を揉んで「まぁた、ヘルメス様ですか」と呆れ、勝手に秘密を明かした俺に対しベルが何とも言えない視線を向けてくる。

 

「ヘスティア様……」

「…………神の前では嘘はつけない。二人とも、嘘はついていない」

 

 ミコトが懇願する様にヘスティア様の名を呼ぶと、女神は深い溜息を零してそう口にした。

 ベルが安堵した様な表情を浮かべるのと、ヘスティア様が再度怒りの形相を浮かべるのは同時だった。

 

「ただしっ、歓楽街に行った事は許さない! というか歓楽街なんかに興味を持った事が許せない!」

「別に興味を持つ事ぐらいは────」

「駄目です!」

 

 良いのではないか。と口にしようとしたらリリに遮られた。ぷりぷりと怒りながら彼女は此方を鋭く見下ろしてくる。

 

「ミリア様は甘すぎますっ!」

 

 甘い、とは思わないのだが。男という生き物はそういった事に興味を持つのは不自然な事では無いし、むしろ自然な事だ。変な風に溜め込んで爆発するぐらいなら、発散させる為にそういった所に行くのも目を瞑るべきでは……あー、ヘスティア様は処女神だし、リリも処女だっけ。男に夢見るのは……まあいいか。

 

「ベル君には今日一日、罰を与える。ミリア君も同様だ」

「はぃ……」

「わかりました」

 

 今回の件は俺も反省しなくてはいけない部分は多い。

 派閥(ファミリア)拡張直後に歓楽街で騒ぎを起こす。それも団長、副団長が揃いも揃ってそんな事をしでかしたのだ。気を引き締める意味も込めて罰を与える格好をとるのが正解だ。

 

 

 

 

 

 ベルに下された罰は『奉仕活動』。

 簡単に言うと新居移転の挨拶がてら、街の住民の困り事を片付けたり、労働を手伝ったりするのだ。

 そして、俺に下された罰は『配達物処理』。

 簡単に言うと……【ヘスティア・ファミリア】に届いた依頼書や招待状等の処理である。

 本拠二階、執務室として用意された一室は戦場と化していた。

 

「これはどうする?」

「こっちは商会からだな、依頼は……『大樹の迷宮』での採取品か」

 

 執務机に座るのは俺。目の前に届いたファミリアへの書状や手紙、依頼書を片っ端から対処していく。

 本来ならば他派閥へと帰還予定の者は書類整理等、派閥の中枢に関わる事には関わらせるべきではないのだが、量が量だったのだ。

 戦争遊戯(ウォーゲーム)での活躍もそうだが、【ヘスティア・ファミリア】は竜種を従えており素材がいくらでもとれるという情報が出回ったのだ。加えて『再生薬』という今までの医療事情をひっくり返す代物の取引を行っている。

 当然、都市有数の大商会は片っ端から接触を持とうとしてくる。その関係で昨日までで既に山ほどの郵送物が届いているのだ。

 

「また何通か来たけど……大丈夫?」

 

 扉を開けて入ってきたのは書状等が詰まった木箱を運んできたサイアだった。

 席に着いて作業を行っているのはエリウッド、フィア、メルヴィスの三人。他の雑用担当でサイアが届いた書状の山を執務室に運び込んでくる。

 運び込まれたそれらを山とし、一つ一つ丁重に開いては内容を確認。冒険者依頼(クエスト)であれば対応可能かどうかの判別と、受けるか断るかの返信を。

 ごく普通に挨拶状であるのであれば、此方からの返信を書かなくてはいけない。

 無視してしまうのが楽ではあるのだが、相手は大商会や、一部権力を握る貴族連中。下手な対応をして機嫌を損ねると面倒事に発展しかねない。

 

「副団長、この依頼はどうする? 実入りは良いが」

「この依頼は中層の『大樹の迷宮』関連、そっちの籠に入れといてください」

 

 今の【ヘスティア・ファミリア】陣営で、この手の処理が出来る者が全くいない。

 ヘスティア様────利益がらみの煩雑な手続きと対応を苦手としており、出来なくはないと言った程度。

 ベル────田舎から出てきたばかりで冒険者志望の少年は論外過ぎる。

 リリ────肩肘張った丁重な書状の書き方を知らない。

 ヴェルフ────『魔剣鍛冶師』関連で依頼書は受け取っていたが、全て燃やしており返信した事が無い。

 ミコト────正式な書状のやり取りを知らない。

 頭を抱えたくなるとはまさにこのこと。下手な対応で機嫌を損ねるなんて言語道断でありながら、派閥内でこういった処理が行える者が俺しか居なかった。死にそう。

 そこで手を上げてくれたのが、エリウッド、フィア、メルヴィスの三人だ。

 

「本当に、三人が居てくれて助かります……」

「いや、流石にこの量を一人で片付けるのは無理だろ」

 

 意外な事にこういった事務処理が苦手そうな印象があったフィアが三人の中で最も手が早く、正確だった。

 理由は、まあ察しがつくだろう。

 両足欠損で冒険者を続けられなくなった彼女は、【ロキ・ファミリア】から支援を受けて生活していた。そんな中でただ食わせてもらうだけでは示しも付かないと、書状関連の処理を請け負ったらしい。

 一日での収益や、武装の破損、修理金額を纏めたり。どこぞの酒場で飲み食いした請求書。そういったモノを処理してくれる者は少ない。

 冒険者志望でやってくる者達の大半が、こういった事務処理を嫌い、手を付けなかったりサボったりするわけで……彼女の様に、代理でやってくれるのであれば是非にと任せる者は多かったとのこと。

 結果としてフィアはこの手の事務処理能力が鍛えられている訳である。本人は不本意らしいが。

 

「あと少しか、10時前には終わらせられそうだな」

「流石、迷宮都市で話題の派閥だ。書状の数がとんでもないな」

 

 多分、というか一人で処理してたら日が暮れてたなこれ。そう思ってしまう程に多かった書状の山もほぼ片付け、残るは冒険者依頼(クエスト)の期限と内容、目的階層の仕分けだ。

 殆どが中層下部、『大樹の迷宮』での採取物や、怪物の宝(ドロップアイテム)の収集依頼であり、報酬金に色が付いているものが大半を占めている。

 『これから御贔屓にしてください』という真意が丸見えなものから、とりあえず唾つけておこうというものまで、中には【ディアンケヒト・ファミリア】との契約内容を探るものまで。

 下手な対応をすれば後で面倒事になるのが確実な書状(もの)が溢れており面倒臭い。

 

「んー、なあ副団長。この冒険者依頼(クエスト)の束どうする?」

 

 フィアが片手に持っている依頼書を受け取り、中身を確認する。

 依頼主(クライアント)の素性がはっきりとしており、非公式ではないものだけで仕訳けられた束。怪しい依頼は全て弾いてもなお、束となっている。

 この依頼を全て完了すれば……おおう、これだけで二千万ヴァリスに届くな。しかし、まとめて片付けるには少し手間がかかるし、期限がギリギリなものもちらほら。

 

「私やベルは『大樹の迷宮』まで行った事無いんですよねぇ……」

「私達がまとめて受けましょうか? 大樹の迷宮であれば足を運んだ事もありますし」

 

 メルヴィス曰く。

 第一軍、ベル、俺、リリ、ヴェルフ、ミコト+竜種三匹。

 第二軍、イリス、グラン、フィア、サイア、メルヴィス。

 第三軍、ディンケ、ルシアン、エリウッド。

 このうちの第二軍、第三軍は元派閥で大樹の迷宮までは足を運んだ経験がある者達だ。

 第一軍の経験がてら行くのは今の時期だと不味い。主に本拠を空けるのが不味く、主力として知られる俺やベルは長期間はなれるべきではないとのこと。

 それらを踏まえた上で、第二軍、第三軍の面子を纏めて遠征という形で今回の依頼の品を片っ端から集めてくるという方法が効率的だとのこと。

 

「いや、確かに……ですが、依頼の品の量がかなり多いですよ?」

 

 薬草類にしろ、ドロップアイテムにしろ、鉱石にしろ、全てを集めると洒落にならん量になるだろう。

 大型の荷車(カーゴ)を使わないといけなくなると思うんだがね。

 

「んむ、それならガネーシャ様に相談すれば借り受けられると思うが」

「いや、人員的に不味くないです?」

 

 第二軍、第三軍の合計が八名。Lv.3到達者が四人、半数を超えてるので実力的には問題ないだろうが、荷車(カーゴ)使うとなるともう数人欲しくなるはずだが。

 

「それならルシアン一人で良い。あいつは牽引時に補正がかかるスキル持ちだからな。二つ名は【濡鼠】だが、異名として『馬車馬』とも呼ばれているぐらいだ」

 

 【濡鼠】ルシアン・ティリスの異名が『馬車馬』だっていうのは初耳だ。それに牽引時に補正、リリの荷重に対する補正みたいなスキルか。

 …………一人で荷車(カーゴ)引かされるルシアンの姿を想像したら、なんか哀れみを覚えるのだが。

 しかし、この依頼群を片付けてくれるというのであれば非常に嬉しい。此方の手が回らないし、つい先日に『もっと頼れ』と言われたばかりだ。此処は彼らに任せてしまってもいいかもしれない。

 

「それじゃあ……お願いしてもいいですかね?」

「任せてくれ、今日の昼には出れる様にしとくよ」

「え? いや、今日の昼? 後二時間しかないけど」

 

 二時間で準備して遠征? いや、行き先は下層じゃなくて中層とはいえ、二時間で準備して行くの?

 んと、半日かけて十八階層。そこから下に進んで……きつくね?

 

「三日後の朝までには帰るさ」

「ディンケ達に声をかけてくる」

「ダンジョン? いくいくー!」

 

 親指を立てて牙を剥く様な笑みを浮かべるフィア、素早く残りの書状を纏めると立ち上がるエリウッド、嬉しそうに拳を振り上げるサイア。足早に執務室を出て行った彼女らを見送り、手元に残った書状に封蝋を施して最後に残ったメルヴィスに視線を向けた。

 

「えっと、きつくないですかね?」

「……実は昨日の晩から遠征の準備だけはしてあったんですよ」

 

 既に今日の依頼等の予測はしており、中層中間部である十八階層。そこから先の『大樹の迷宮』へと向かうための遠征準備は既に昨日の内から手配しており、後は団長または副団長の承認待ちだったらしい。

 ……なに、その、優秀過ぎじゃない?

 

「いえ、単にダンジョンに潜りたい一心で用意していただけでして……」

「あー、打算もある、と?」

「そういう事です」

 

 なるほど、ダンジョンに潜りたかったのね。

 

 

 

 

 

 奉仕活動を言い渡されたベルは、ルシアンと共に街中を駆けずり回っていた。

 

「団長、次はあっちの通りの魔石街灯の補填。それが終わったら荷物運びだな」

「は、はいぃ……」

 

 手際良く問題を解決しては笑みを振り撒き、手を振っては返すルシアンを横目に、ベルは深く息を吸って呼吸を整える。

 

「【ヘスティア・ファミリア】をよろしくなー」

「おう、覚えとくぜ! 【リトル・ルーキー】、助かったぜ!」

「は、はい!」

 

 路地の清掃から始まり、魔石街灯の補填、荷物運びに破損した家屋の修理。街の住民の困り事を片っ端から片付けながら駆けずり回る二人。元はベル一人でやる予定であったが、一人より効率が良いとルシアンが勝手に付き合っている形となっていた。

 

「ルシアンさん、手伝ってくれてありがとうございます」

「気にすんな、どのみちディンケは竜に首ったけ、エリウッドは副団長の手伝い。俺は暇だったしなー」

 

 灰色の頭巾(フード)を目深にかぶり、何処か暗い印象を抱かせる青年という風に感じていたベルだったが、話してみれば意外と気さくに笑いかけてくる様な好青年であり、なおかつ街の市民に顔を────どちらかと言えばその特徴的な頭巾付き外套(フーデットマント)を────覚えられているらしく、声をかけてくる市民は多い。

 

「ルシアンか、久々だな、腕が治ったのか!」

「この前はありがとな」

「見ての通りさ、これからは【ヘスティア・ファミリア】の団員としてやってくから。それと困った事があれば教えてくれ」

 

 声をかけてくる親父さんやおばさんに手を振り返し、困り事が無いかを聞いて回る。

 そんな様子を見ていたベルがふと気になり、一息ついたところでルシアンに声をかけた。

 

「ルシアンさんって、実は結構凄い人だったりとか……?」

「何言ってんだ? 団長程じゃねぇって……ガネーシャ様の所に居た頃は暇があればこうやって手伝ってたのさ」

 

 都市の治安維持を行う【ガネーシャ・ファミリア】の主神ガネーシャは、時折慰安の様に街中を歩き回っては困り事等を聞いて解決の為に動いたり等していた。

 市民の為に動く、という神ガネーシャの行動指針に感銘を受けた団員の中には、ルシアンの様に暇な時には市民の困り事解決の為に動き回ったりしていた事もあり、なんだかんだ彼も一部では有名である。

 下界の者達に隣人愛を以て接する神という意味では、神ガネーシャだけではなく神ヘスティアもまた、当て嵌まるだろう。故に今回のベルに対してくだされた罰を、ルシアンは勝手に手伝っている。

 

「凄いですね」

「ははは……はぁ、団長に言われてもなぁ。モテモテで羨ましい限りだしなあ」

 

 目深にかぶった頭巾(フード)から覗く口をへの字に曲げて呟くルシアン。ベルは『モテる』と言われて微妙な表情を浮かべて苦笑いを零す。

 冒険者依頼(クエスト)を出さずとも冒険者の力を借りれるとあって、引っ張りだことなっていた二人は、気が付けば本拠近隣である西のメインストリート界隈まで範囲を広げていた。

 

「白髪頭、ミャー達の為に頑張るニャ!」

「ごめんねー、冒険者くーん!」

 

 西の大通り沿いに軒を連ねる酒場『豊穣の女主人』もまた、彼らに困り事を依頼した。

 お店の離れの上、雨漏りしている屋根の修繕を依頼されベルが屋根に上っており、そんな少年に猫人のアーニャと、ヒューマンのルノアが声をかけていた。

 何故か外壁に空いた穴に板を当てて釘を打っていたルシアンは首を傾げつつも仕事をしている。

 

「何でこんな所に穴が……そんな簡単に穴空くとは思えんがなぁ」

 

 まるで拳で打ち抜いた穴みたいだ、そう呟きながら彼が後ろを振り返ると、猫人とヒューマンが口笛を吹いて何かを誤魔化そうとしている姿が目に入る。

 

「ルシアンさん、なんか便利屋染みてません?」

「あー……まあそんなときもあるだろ?」

 

 屋根の上から放たれたベルの言葉にルシアンが肩を竦め、二人の疑問を誤魔化す様に店員が声を上げた。

 

「いやぁ、冒険者君が居てくれて助かった!」

「しょうねーんっ、それが終わったらミャーの下着(パンツ)あげるニャ!」

「要りませんよ!?」

「貰っとけ貰っとけ、こんな可愛い子の下着(パンツ)なんて滅多に手に入るもんじゃねぇんだから」

「ルシアンさん!?」

 

 アーニャの横でニマニマと笑いながら猫人のクロエが声を上げ、ベルが真っ赤になって叫べば、下でルシアンが同様にからかう様な笑みを浮かべる。

 地上からベルを見上げていた店員三人、その背後にエルフのリューが現れ、盆で後頭部を問答無用で叩かれて「「「ぐぁ!?」」」と悲鳴が響く。ルシアンがリューの姿を見てから引き攣った笑みを浮かべつつ降参を示す様に両手を上げた。

 

「ルシアンさん、上終わりましたー」

「ん、こっちも終わったから降りてこいよー」

 

 戦争遊戯(ウォーゲーム)で共に戦った、というには接点がないルシアンとリューが見つめ合い、リューが小さく頭を下げる。

 

「お疲れ様です」

「いや、まあ好きでやってる事だし」

 

 ルシアンも気まずげに頭を下げ返した所で、ベルが梯子を降りてきた為、手早く修理工具を纏め始めた。

 ベルも手伝おうとするも、ルシアンが手でそれを制してリューと、店の中から顔を覗かせたシルを示す。

 

「彼女らの相手してやれよ、片付けはやっとくから」

「え、でも」

「女を待たせるのは男として恥ずかしい事だぜ?」

 

 ニヤりと笑って工具や梯子を片付け始めるルシアン。そんな彼の背を見て申し訳なさそうにしながらも、リューやシルを無視する事も出来ずにベルは二人と話し込み始めた。

 工具箱を片手にしたルシアンが立ち上がった所で、目の前にエルフの青年が立つ。

 

「ようエリウッド、なんだ?」

「実は女と普通に話す事すらできない初心なルシアン、遠征の許可が出たぞ」

「…………」

 

 恨みがましい目でルシアンはエリウッドを睨みつけた。

 

 

 

 

 

 

 本拠(ホーム)である『竈火(かまど)の館』一階の食堂に集まった面々。

 【ヘスティア・ファミリア】の団員が全員集合していた。

 

「それで、ルシアンさん達が遠征に……?」

「おう、冒険者依頼(クエスト)まとめて一気に片付けちまおうって話さ」

 

 代表者として今回の第二軍、第三軍の混成部隊八名を率いるのは、意外な事にレベルの高い経験者のグランでも、イリスでも無く、元【ガネーシャ・ファミリア】所属、Lv.3に至った猫人の青年であった。

 イリス曰く、頭に血が上ると指揮とか放り投げる自分や、最前線で見回す余裕のないグランよりは彼の方が適任だとか。何より、ディンケ・レルカンという人物は意外と名の知れた人物らしい。

 規模が大きく、遠征も頻繁に行う【ガネーシャ・ファミリア】に所属していた事もあり、経験も豊富。なにより欠損を抱えたのが本当に最近の出来事であり、腕の衰えも少ない。そして見る目があり、ルシアンやエリウッド等の仲間に指示を出しながら戦うだけの頭もある……とべた褒めしていたのだ。

 

「なんか期待が重いなぁ」

「まあまあ、ガネーシャからキミが努力家だって聞いてるし。期待してるぜ?」

 

 ヘスティア様の声かけに苦笑しつつも、全員の顔を見回したディンケがベルを真っ直ぐ見据えた。

 

「団長、さっき説明した通りで俺達は大樹の迷宮で依頼品の採取、収集を行ってくる」

「うん」

「本来ならば団長も来たいだろうが、今回は俺達だけって話だ。まあ、本拠の方は任せるぜ? 娼婦なんかに現を抜かすなよ?」

「うっ……そ、それは、勘違いで……」

 

 からかう様なディンケの言葉にベルが息を詰まらせた。

 時刻はもうすぐ昼食時。既に早めに昼食を終えた彼らはこの後直ぐにダンジョンに潜り、明日までは帰還しない。

 俺とベルには経験のない、ダンジョン内で一夜明かすという遠征。規模は小さくとも、いずれ俺達も経験するそれら。今は時期も悪く俺とベル、ヴェルフやリリ、ミコトは参加できない。

 正直、心配ではある。

 前までは朝早くに潜り、夜には帰還するという探索時間だったが、今回は一晩を迷宮で過ごすのだ。昼間は冒険者の行き来がそれなりにある事もあって、迷宮内の怪物が狩られ比較的安全だが……夜は別だ。

 夜の迷宮は危険だ。そこに向かう……無論、ちゃんと理由もある。依頼の品の一部が特殊な植物の種子であり、地上が夜間の時しか採取できないらしく、それの為にも夜間に探索をするというのだが。

 

「ミリア様、心配ですか?」

「ん、そうね。すっごく心配だわ」

 

 リリの言葉に頷く。心配じゃないわけがない。

 今回の依頼、全てこなせば一気に二〇〇〇万ヴァリスの収入だ。無論、全額をこちらに渡す訳では無いし、派閥に納める金額は各々で決めて貰う事にはなるが……。

 

「中層ですし、何があるか……」

「心配性な副団長の為に~」

 

 心配で胸が張り裂けそうだ、と思っているともったいぶる様にグランが長卓(テーブル)の上に何かを置いた。

 力強く置かれたそれは、琥珀色の液体の詰まった瓶────端的に言って酒だった。

 

「お酒、ですか?」

「……結構な上物だろ、それ」

「酒で解決って、ドワーフらしいですねぇ」

 

 ベルが首を傾げ、ヴェルフがまじましと酒瓶を観察して呟き、リリが呆れた様に眉を顰める。

 ヘスティア様も小さく首を傾げつつも、酒を取り出したドワーフに尋ねる。

 

「それで、飲むのかい? 今から?」

「おう、全員でな」

 

 集まった面々を見回して胸を張るグラン。なぜかルシアンとエリウッドが頷いてグラスを用意し始め、イリスが納得した様に呟く。

 

「あ~、ソレかぁ。グランも好きだよねえ」

「ただお酒を飲むだけなんですか?」

 

 ベルが疑問を口にすると、ディンケが肩を竦めた。

 

「『黄金(こがね)の穴蔵亭』って知ってるか?」

「えっと……知りません」

「ん? 何処かで聞いた酒場だな……」

「リリも聞いた事はありますが、一八階層の酒場でしたっけ?」

「一八階層の酒場?」

 

 素直に言えば、知らない。一八階層と言えば『リヴィラの街』があるが、そこの酒場の一つだろうか?

 ベルとミコトは知らないにしろ、ヴェルフとリリは知っているらしい。とはいえすぐには出てこないの顎に手を当てて思い出そうとするヴェルフと、名前だけしか知らないとリリが肩を竦める。

 で、その『黄金の穴蔵亭』の酒がどうしたというのだろうか。

 

「その酒場の酒ですか? 有名なんです?」

 

 『焔蜂亭』の『真っ赤な蜂蜜酒』みたいなものだろうか。にしても聞いた事が無い。

 

「違うよ副団長、その酒場の酒じゃなくて、その酒場でよくやってる験担(げんかつ)ぎの方だよ」

 

 験担ぎとな? ふむ、じゃあさっぱりわからんわ。

 

「まず、全員分のグラスに酒を注ぐ」

 

 ルシアンとエリウッドが用意したグラスに酒が注がれる。琥珀色の液体から溢れる芳醇な香りは、なるほどヴェルフが上物だと言うだけはある。

 皆で酒瓶を空けて験担ぎするのかと思えば、皆のグラスに注ぎ終わった瓶には半分酒が残っていた。

 

「あっ、聞いた事あるぞ」

「ヴェルフ、知ってるの?」

「ああ、冒険者依頼(クエスト)の前に瓶の半分の酒を皆で飲むんだ。それで────」

「残りの半分は帰ってきてから」

 

 ヴェルフの台詞を奪い、ディンケがグラスを手に取る。

 成る程、冒険者らしい験担ぎだ。無事に帰ってきてまた酒を酌み交わそうって奴だな。

 気が付けば遠征に参加する全員が各々グラスを片手に持ち、俺達がグラスを手にするのを待っていた。

 

「グランは毎回やってたのよね」

「俺は一回だけだなぁ」

 

 イリスが肩を竦め、ルシアンが懐かしそうに目を細める。

 グランは、ドワーフらしく酒好きらしく。こういった遠征前、ともすれば普通にダンジョンに潜る前にも毎回こういった験担ぎを繰り返していたらしい。本人曰く『片腕片足が無くなっても帰ってこれたのもこれのおかげ』だとか。

 

「冒険者流儀の、験担ぎ……」

「へえ、そんな験担ぎがあったのかあ。全く知らなかったなあ」

 

 ベルが瞳を輝かせ、冒険者流儀の験担ぎに感銘を受けており、ヘスティア様もまた感心した様にグラスをしげしげと眺める。

 

「おう、皆グラス持て、飲めない奴はいないよな?」

「リリはお酒はあんまり好きではないのですが、今回は特別です」

 

 ディンケに促され、全員がグラスを手にする。

 長卓(テーブル)を皆で囲みながら、ディンケが笑みを浮かべてグラスを掲げた。

 

「今回の遠征の隊長(リーダー)を務める俺、ディンケ・レルカンが音頭を務める」

「堅苦しいのは良いからさっさと乾杯しようぜ?」

「ルシアン、空気を読め」

 

 普段から仲が良かったのか、気兼ねないガネーシャ組。

 

「冒険の前にはこの一杯! 帰ってから残りの一杯!」

「グランも好きよねぇ。まあ嫌いじゃないけど」

「じゃあいいよね! フィアは?」

「験担ぎしといて悪い事はないだろうしな、メルヴィス、眉間に皺寄ってるぞ」

「お酒はあまり……少しは飲みますけど」

 

 各々が苦笑しながらもグランの調子に合わせるロキ組。

 

「うん、冒険者らしくて良い験担ぎじゃないか!」

「なんか、良いですねこういうの!」

「ああ、なんか胸が熱くなるな」

「……リリも、こういうのは嫌いではないです」

「自分も、冒険者らしくて良いと思います」

 

 初めての験担ぎにテンション高めのヘスティア組。

 確かに、冒険者らしい験担ぎに気分が高揚しないと言えば嘘になる。

 

「んじゃ、面倒な前置きは無しで────全員で生きてこの酒を!」

『生きてこの酒を!』

 

 軽くグラスを掲げ、全員が一気にグラスを空ける。

 芳醇な香りと、喉を焼く酒精。各々が浮かべる笑顔を目に焼き付け────酒精が一気に回る。かなり強い酒だったらしく、ベルとリリ、ミコトの三人が皆の真似をして一気飲みした結果盛大に咽び、ヴェルフがくらりと揺れ、ヘスティア様が「あ゛~」と声を上げる。他の面々も同様であり、平然としているのはルシアンとグラン、そしてサイアぐらいである。

 

「ごほっ、これ強過ぎんだろ!?」

「ドワーフ殺しじゃねぇか!?」

「がっはっはっはっは、効くだろ!」

 

 騒がしくなる食堂の音が一気に遠ざかっていく。

 ────たった一杯飲んだだけでここまでくる酒とか、度数どんだけあるんだ。

 なんとか朦朧とする意識の中、グラスを長卓(テーブル)の上に戻した所で、俺の記憶は途絶えた。




 冒険者らしい験担ぎ。良いよね、好き。なお原作では……()





 ダンまちTSロリ……増えろぉ!
 本作のネタ使った三次でも良いぞ、普通にダンまちTSロリだとすごく嬉しいぞ。TSロリ増えろぉ!

 『ミリカン』の能力持ったオリ主……。
 クーシー・スナイパーの能力持ってるのが一番背景考えやすいと思う。
 狙撃、透明化、音消しの三つの魔法を使いこなして『暗殺業』を営む狙撃手。近接戦は不得手で、狙撃と姿を消しての暗殺が得意なアサシン系のオリ主。
 暗殺で生計を立ててたけどリューさんを仕留めるのを失敗し、気が付けば馬鹿げた借金背負わされてミア母さんの元でこき使われるはめになったとか(ルノア、クロエと同様の理由)。
 前世はミリアちゃんの好敵手ポジの『最強の狙撃手』だったとかやれば強さ関連にも箔がつくし、奇襲仕掛ける側であれば基本つよつよだし、奇襲かけられるとよわよわだし。

 後はクーシー・アサルト。
 ショットガン・マジックじゃなくて抜刀術使いな感じで、短距離転移(アサルト・ステップ)で強引に間合いに捉えて抜刀一閃。クールなおっぱいついたイケメン枠なオリ主にできそう()

 このネタ使っても良いし、独自で考えても良い。TSロリ増えろぉっ。

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