魔銃使いは迷宮を駆ける   作:魔法少女()

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第一五四話

 錯綜する網目状の路地を駆けながら、白髪の少年の姿を探す。

 ヴェルフ、リリと別れての捜索。もし何か問題(トラブル)の雰囲気を感じ取ったら即座に撤退する事を約束して別れてから数分。頭の上のクリスはスヤスヤと眠りこけており役に立たず、ベルの気配も感じ取れない。

 薄暗い店舗脇に入り込んだのかと覗き込めば、薄闇で絡み合う男女の姿。せめてどこか部屋でもとれと言いたかったが、アマゾネスに絡みとられて助けを求める様に手を伸ばした男を見て察した────捕食されてる。

 よもやベルも同様にどこかで捕食されているのでは、とその男の救いを求める手を無視して路地に戻る。

 道行く娼婦や、男どもを無視して進んでいると、意外な顔を見つけた。

 

「あらぁ? 【魔銃使い】ちゃんじゃない」

 

 藍色の髪の清楚な見た目の女神。いつぞやに『豊穣の女主人』で『とりあえずキミで』と揶揄う様に妙な注文をしてきた神だ。

 見た目だけならばこんな娼婦がうろつく場には相応しくない女神だが、鼻の下を伸ばして左右に娼婦侍らせ、今から店に行きますというそこらの男と同じことをしているのに呆れる。というか、女神なのに娼婦を買うのか……。

 まあ、今は無視だ、無視。

 

「ねぇ、一晩どう?」

「そういう目的でここに居る訳ではないので、其方の娼婦と楽しんでください」

「いけず……っと、そうだったそうだった、もし私のお願いを聞いてくれたら、良い事教えてあげるわ」

 

 彼女の言う『良い事』というのに余り良い予感は感じない。なにせ神だ、碌な事にならなそうだ。

 無視して駆け抜けようとすると、女神は余裕そうに呟く。

 

「【リトル・ルーキー】きゅんの居場所、知りたくない?」

 

 思わず足を止めてしまい、しまったと後悔した時には遅い。いや、重要な情報ではあるのだが、この女神に弱みを握られたみたいで気持ち悪いしできれば相手したくなかったのだが。

 いや、一応鎌をかけておくか。ベル一人では絶対に来ないので興味を引く内容でこっちを意図通りに動く様に仕向けてきてるかもしれんし。

 

「ベルがこんな場所に来るとでも?」

「そうね、あの子一人じゃ来なさそうよねぇ?」

 

 意味深にニヤニヤと笑いながら一歩近づいてきて、彼女は耳打ちしてきた。

 

「ヘルメスと一緒だったわよ?」

 

 は? ヘルメスと一緒? どういう事だ? もしかしてばったり出会った……?

 目の前の女神は余裕そうな表情を浮かべており、その情報に自信を持っている事が伺える。つまり、向こうからの鎌かけではない。

 

「何をお求めですか?」

「ふふっ、そうねぇ……一晩、相手をしてくれたらいいわよ?」

 

 遅ぇよ。直ぐにベルを見つけなきゃいけないのに一晩も相手してられるか。

 

「と、思ったけれど、経験人数を教えてくれたら考えてあげる」

 

 ……経験人数? ああ、性的な関係を持った人数? 覚えてないわ。

 いや、この女神に教えたら神々の間で尾びれ背びれついて大変な事になるだろ。絶対に教えんぞ。

 

「他の事でしたら」

「えーっ、じゃあ経験有り? 無し?」

 

 むぅ、此処で無駄な交渉に時間使ってる間にもベルが手遅れになる可能性もあるし、仕方無いか。

 

「経験は有りです。それで、ベルは何処に?」

「えっ……け、経験あるのっ!?」

「神なら嘘かどうか見抜けるでしょう。それよりベルは何処に居ました?」

 

 あとで大騒ぎになりそうだが、それより優先すべきはベルだ。【男殺し(アンドロクトノス)】に捕まってたら……廃人にされちまう。

 

「はぁ……さっき向こうの遊郭街でヘルメスから最高級精力剤を受け取って別れたのは見たわ」

 

 遊郭(ゆうかく)。極東の方の────うわっ、多分、というかほぼ確定で春姫が居る場所だろ。

 しかし、ヘルメスから最高級精力剤を受け取って……いや、多分何かわからずに受け取ったのだろう。

 

「あっ、そうだ。一つ伝えておくことがあるわ」

 

 彼女に別れを告げるより前に、藍色の髪を揺らして女神が神妙な面持ちを浮かべる。

 

「次の満月の夜、大きなお祭りがあるわ。貴女は絶対に歓楽街(ここ)に近づいちゃダメよ?」

「……はい?」

 

 満月の夜、お祭り……『新月祭』か?

 確か、神が地上に下りたつ以前から行われていた祝祭の日で、月を神に見立てて怪物(モンスター)の魔の手から無事を祈るモノだが、全く関係無いだろう。それに歓楽街に近づくな……?

 

「んー、もひとつだけ暗示(ヒント)あげちゃう。ヘルメスが輸送してたのは『殺生石』よ、しかも二個」

 

 ────は? いや、輸送してたって……うん? ()()()()()

 殺生石、えっと……ん? これは、前に買った情報にあったな。狐人(ルナール)専用の魔道具(マジック・アイテム)だろうか、魔法の威力を上げる……なんで? 前に仕入れただろうし、なぜ更に追加で二個も?

 数を揃えて使用する道具(アイテム)か? いや、でも名称が分かった訳だし後で情報仕入れるか。

 

「んふふ、っとこれ以上話し込んでると時間が無くなっちゃうわ。それじゃあね」

「ちょっと待ってください。何故その情報を私に?」

 

 流石に、不気味過ぎる。何が目的だ?

 立ち去ろうとする女神に声をかけると、彼女は眉尻を下げて申し訳なさそうに呟いた。

 

「私の眷属()が迷惑かけたみたいだしね?」

 

 目の前の女神の眷属に迷惑をかけられた? 記憶にない。そもそも彼女の眷属を目にした事などな……あっ。

 

「ダルトンの、主神?」

「そうそう、ダルトンの主神でーす。当たり前だけど、情報の取り扱いには気を付けた方が良いわよ?」

 

 過去に何度か利用し、妙な嗅ぎ回り方をしたせいで【イシュタル・ファミリア】に感づかれて潰されかけた情報屋、ダルトン一味の主神だったのか。

 あー、やらかしたかもしれん。よりによって情報屋を眷属にしてる主神に妙な情報を蒔いてしまった……いや、良い。むしろそこら辺はある意味信用できそうな感じだし……。

 

「とりあえず、記憶には留めておきます。それでは失礼」

「うんうん、気を付けてね?」

 

 何処か茶目っ気混じりでありながら、芯の通った固い声色。単に楽しむというよりは、何処か焦っている様な声色である女神の言葉に引っかかる部分はあった。しかし、その女神は即座に身を翻すと、待たせていた娼婦の肩に手をまわしてにやけ顔を浮かべて二人を連れて近くの店に消えていった。

 入る直前辺りから服に手を突っ込んで胸を揉んでいたのが見えたが、うぅん、女性でも娼婦を利用するのか。それともあの女神が特別なのか……気になるが、ベルを連れ帰らないと不味い訳だしさっさと行くか。

 

 形ばかりの朱色で塗られた門を潜った先に、かの女神からベルが居たという情報を受け取った目的地はあった。

 赤柱と赤壁で構築された木造家屋。華々しい赤緋の色合いの三階建てからなる建物が立ち並んでいる。

 煉瓦造りの迷宮都市(オラリオ)では珍しい、瓦屋根の建造物は異国情緒あふれている。元日本人としては瓦屋根は見慣れたモノだが、一軒家で高くとも二階建てが基本だった一般的な家屋と比べ、一つ一つの規模が大きく、張見世(はりみせ)がある事で懐かしさは一切感じ無かった。

 魔石灯だけでなく提灯等も見て取れ、娼婦は艶やかな着物を身に纏っている。そんな中でローブ姿の小人族が悪目立ちしてるが、そんな事はどうでも良い。ベルの姿は何処かと探しながら歩いていると、路地の一角から女性の声で話し込んでいるのが聞こえた。

 

「ねえねえ、聞いた? アイシャの今晩の獲物、【リトル・ルーキー】なんだってー」

「嘘、あの戦争遊戯で出てた子でしょ? 初心そうだったしこういったところには来ないかと思ってた」

 

 アイシャ、アイシャ……聞き覚えのある名前に冷や汗が出てくる。

 【麗傑(アンティアネイラ)】アイシャ・ベルカ。『戦闘娼婦(バーベラ)』の中でも名の知れた人物。それに加え能力(ステイタス)は一応Lv.3だが、既にLv.4に至っていてもおかしくは無いと言われる程の熟練の第二級冒険者。そして、気に入った男を強引に攫い手籠めにする、女傑。

 完全に、本拠(ホーム)に連れ込まれた。……【男殺し(アンドロクトノス)】に捕まるよりはマシだが、彼女らに捕まった結果、ヒキガエルに奪われてそのままという形で廃人になる者は多い。つまり、急がなくてはいけないが……問題(トラブル)起こすのは……しかし……いや、団長攫われた訳だし言い訳は、出来なくはない。

 もう仕方がないので問題(トラブル)覚悟で行くしかねぇ。

 

 ────と、意気込んだモノの、いざ【イシュタル・ファミリア】の本拠を目の前にしてドンパチ始める事なんかできやしない。

 警備らしい者は立っていない門を見つめ、溜息一つ。

 周囲の娼館はどれも砂漠地帯を思わせる建築様式ばかり。日干し煉瓦を使用しているモノもあれば、切りだされた岩を使っているもの、かと思えば雪花石膏(アラバスター)が使用された他とは一線を画す高級娼館等。

 そして、その高級娼館が霞んで見える様な巨大建造物。広大な砂漠に聳え立っていても違和感の無い、宮殿。金に輝く外装は金箔を使っているモノだとは思うが、建造物全てに施されている量の最低額でも億は飛ぶであろう豪奢絢爛にして威圧感すら漂わせる本拠『女主の神娼殿(ベーレト・バビリ)』。

 警備らしい姿は円形の前庭には見えず、強いて言うなれば隅っこで男が女に組み敷かれているぐらいか。うわぁ……。

 

「あれ? 迷子かなぁ~?」

 

 ふと後ろから聞こえた声に思わず身構えながら振り返ると、踊り子を思わせる娼婦服に身を包んだ女性が俺を覗き込んでいた。全く、気配に気付けなかった。多分、というか間違いなく『戦闘娼婦(バーベラ)』の一人だろう女性。どうするかと冷や汗を流した瞬間、凄まじい怒声が宮殿から響き渡った。

 

「待ちなァァッ!!」「逃がすんじゃないよっ!」

 

 ドタンバタン等という擬音が生易しく聞こえる様な、爆音すら響く大騒音が弾け、俺に声をかけたアマゾネスが「あちゃー」と声を出す。

 

「キミぃ、危ないから帰った方が良いよ? フリュネが暴れてるみたいだしねぇ~……あ~あ、折角【リトル・ルーキー】君が美味しく食べれるって聞いて皆が急いで戻ってきてたみたいなのに、フリュネが横取りしようとしたんだろうねぇ」

 

 お喋りなアマゾネスの言葉に背筋が凍った。なんて、事を、しやがったっ!?

 とりあえず、ベルと合流しなくてはとアマゾネスから距離をとって走りだそうとした所で、今まさに大騒ぎを起こしている犯人が、丁度窓を突き破って高階から姿を晒した。

 降り注ぐ硝子片を纏いながら地面に向かって一直線なベルの背後、無数のアマゾネスが同様に窓から飛び出し────その中に異質な存在が混じっていた。

 

「げぇっ!? 【男殺し(アンドロクトノス)】ゥッ!?」

「あ、知ってた? あの子もかわいそ……あれ、そういえばキミ、あの子と一緒に戦争遊戯に────」

 

 ダンッ! とベルが着地すると同時に地面を蹴って加速。降り注ぐ硝子片がパリンパリンと盛大に音を立て、それに続いてアマゾネスの集団も────こちらは完全に音も無く────着地。それらすべてを打ち消さんばかりの轟音を立て、石畳に放射状の罅をいれて降り立つ巨体。

 二Mを超える巨体。狩猟着にも似た赤黒の衣装を身に纏う巨女。比喩抜きでその短い手足は筋肉の塊。何より目を引くのは背丈だけではない、その横幅はベルを四人────下手したら五人────並べて漸くと言った具合。

 なにより、見れば一生忘れないであろう強烈な衝撃(インパクト)を持つ顔。

 黒髪のおかっぱ、爬虫類の様にギョロギョロ動く目玉、極めつけに横に裂けた口。情報屋が口を揃えて『ヒキガエル』と称するのも納得してしまう程の異形のアマゾネス。

 今まで見てきた女性の中で、あそこまで『ヒキガエル』という蔑称が似合う女性は、会った事が無い。

 

 余りの衝撃に立ち尽くしかけ、今まさにベルが宮殿の壁を飛び越えて歓楽街へ飛び出したのを見て舌打ちしてから近場の娼館の壁を蹴って一気に屋根の上に飛び出す。下に居たアマゾネスが『逃げた方が良いよー』と呑気に手を振っているが、無視。ベルが捕まったら不味いっ!

 背の高い屋根の上を駆け抜けながら、ベル達を追うと────丁度、歓楽街の大通りのド真ん中で爆発が起きた。

 いや、爆発ではない。第一級冒険者が拳を振るい、叩き付ける度に通りの娼館の壁、置いてあった樽、歓楽街を彩る魔石灯、娼館の看板。ありとあらゆるものが紙くずの様に打ち砕かれ、ベルを捕まえ────いや、当たったら重症待ったなしだろあれっ!?

 

「【ピストル・マジック】【リロード】」

 

 詠唱すると同時、数人のアマゾネスが此方を見た。魔力の流れに疎いはずのアマゾネスの中でも、特に勘に秀でた奴らしい者達が此方を指さして何か喚くが、無視。

 今まさにベルの服の襟首を掴み投げ飛ばそうとするフリュネの腕、ではなく指を撃ち抜く。

 

「【ファイア】ッ!」

 

 パンッと指先に魔弾が命中し、ベルが彼女の手から離れて屋根の上に吹っ飛び、即座に姿勢を正して駆け出す。

 ひとまず逃げれたかと、安堵の吐息を零そうとした瞬間。首根っこを掴まれて引っ張られた。

 

「なっ!?」 

「いや危ないって言ったじゃん」

 

 目の前を褐色の何かが吹っ飛んでいき、ドチャッと妙な音を立てて屋根の淵に引っかかる。

 アマゾネスだった、頭から夥しい血を流した、女性。ふらりと起き上がったその女性は瞳をぎらつかせ此方を一瞥すると、血を吐き捨てて俺を無視して大通りを見下ろした。

 

「フリュネェエエエエッ!!」

 

 怒声を上げて飛び下り、そのまま数人のアマゾネスがフリュネに躍りかかる。

 腕の一振るいで数人のアマゾネスが吹っ飛び、無造作に掴んだアマゾネスを投げ飛ばす。と、気が付けばベルが一人のアマゾネスと格闘戦をしあっていた。

 というか、一方的に追撃を喰らって、足払いされて倒れ伏した。不味いと思うより前にフリュネが投げ飛ばしたアマゾネスがベルを捕えかけた人物に当たりかけ、彼女が回避した事でベルが逃亡を再開する。

 フリュネを止めるべく十を超えるアマゾネスが躍りかかり、残る少数がベルを追う。フリュネは邪魔されてようやくベルと同じ速度な様で、距離が遠くならない。というか街が滅茶苦茶になってるが。

 

「あーあ、またイシュタル様に怒られちゃうよー」

「……あの、放して貰っていいですかね」

 

 ふと思い出す。地面に足が付いておらず、首根っこ掴まれたまま子猫の様に宙ぶらりんになっている事に。

 首根っこを掴んでいるアマゾネスはニッコリと笑みを浮かべると、そのまま俺を手放した。

 捕まえる気は無い様子で、なおかつベルを追うでもフリュネの邪魔をするでもなく、静観を決め込む彼女。ちらりと振り返るも彼女は繰り返す様に呟く。

 

「逃げた方が、良いよ?」

 

 女神同様、逃げる事を勧めてくるが、ベルの救出がまだだ。

 急いで屋根の上を伝ってベルを追う────全く追い付ける気がしない。いや、方法が無くはない。

 空を見上げると蒼然とした夜空には上弦の月。効力は半分程度だろうが、無いよりマシの能力お披露目か。

 

 ────今朝早く、ステイタスの更新の際に新たに発現したスキル。

 

 昨日の出来事の後、新たなスキルが発現してないかと更新した結果、出た代物だ。なんというか、狙っていたモノとは全く違う、それもとあるクラス専用のスキルが発現した事もあって、気落ちしなかったと言えば嘘になる。

 加えてぶっちゃけ使い道無さすぎな代物だったのも大きい。しかし、時期(タイミング)的には最高の代物だった。

 屋根の上を駆け抜けながら、クラスを変更する。変更後のクラスは────強襲系狼(クーシー・アサルト)

 遠くに見える喧騒、必死に逃げるベルと、それを追うアマゾネスと指揮しているらしい女傑───アイシャ・ベルカ。そして、アマゾネスの妨害をものともせずに全てを薙ぎ払いながら突き進むフリュネ。

 彼女らを見据え、意識を集中させる。大きく屋根の淵から飛び、視線を遮るモノのない空中で月明かりを浴びる。

 

 ────【ウールヴヘジン】

 

 狼人(ウェアウルフ)ならば誰しもが発現する獣化スキル。全アビリティに超高補正がかかり、状態異常も無効化するという強力無比な代物。欠点とし、発動するには月下である事が条件である事から、発動時期が限られており、月明かりの届かない迷宮内では使い物にならない代物である。

 俺も、これ似たスキルを発現した。

 効力は若干異なるが、ミリカンの漫画版、クーシー・アサルトが最期の夜に発揮した能力。

 本来ならば、短距離転移(アサルト・ステップ)には転移酔いという使用制限がある。しかし、獣化中にはその制限がおおよそ解消される────正確には、月明かりの強さによって制限が緩和される。

 更に付け加えると、月光を浴び続ける限り魔力が急速回復する《月光吸収》の効果まである便利なスキル、だが……当然ダンジョンじゃ役に立たん。回復量も不明だし……。

 とはいえ、屋外。それも満月には程遠くとも月明かりに照らされているこの場において、このスキルの利点が大いに活用される場だ。

 

 わさわさと嘶く様に全身が震え、ぽっかりと空いた穴に何かが滑り込んでくるかの様な感覚に満たされる。

 遠く離れているはずのベルの息遣いすら聞こえる程に研ぎ澄まされた感覚。重力に引かれて体が落ち始めるのと同時、普段なら捕捉(ロック)出来ないはずの距離を超え────繋げた。

 

「アサルト・ステップッ!」

 

 ギュンッと視界が狭まり、一瞬でベルの背後に転移。

 

「────っ!?」「どこから出てき────」

「ミリアッ!?」

 

 背後に迫るフリュネを無視し、ベルの身体を掴む。即座に周囲を見回した。

 戦争員(アマゾネス)だけではない、ここいら一帯の全てが【イシュタル・ファミリア】の領域(テリトリー)。故に、逃げ場が────無い。無さすぎる。

 背後に迫る短い手足の筋肉の化物、帝国の『筋肉兵』が脳裏にちらつき、背筋が凍った。

 ────厚い胸板とぶっとい筋肉質の腕に挟まれ、圧殺(プレス)された記憶(トラウマ)が……。

 い、今そんな事を思い出してる暇はないっ!

 

「ベル走ってっ!」

「うんっ!」

「逃がしゃあしないよぉっ!!」

 

 咄嗟に散弾をぶちまけようとして、非戦闘員の娼婦が混じっているのに気付いて青褪める。撃てねぇ!?

 ベルの背中にしがみ付きながら、後方を確認すれば────矢に鎖、挙句の果てに投棍(ブーメラン)すら飛んでくる始末。流石に地上から飛んでくるモノは無理だが、弧を描いて空から降ってくる矢は散弾をぶちまける事で撃ち落とせる。

 

「【ファイア】【ファイア】ッ!」

 

 凄まじい発砲音を響かせて魔弾の雨をぶちまけるが、戦闘狂(アマゾネス)共は怯むでも無くより狂暴な表情で此方に迫ってくる。

 

「女連れとは良い度胸だねぇ!」「目の前で搾り取ってやるよ!」「ゲゲゲゲェ! アタイの美しさの虜にしてやるよぉ!」

 

 ひぃっとベルが悲鳴を上げて更に加速するが、包囲を抜け出すのは不可能に等しい。何処かに姿を隠すしかない。

 隠れられそうな場所は見当たらない。そんな風に周囲を見ながらも後ろから飛び掛かってくるアマゾネスを撃ち落とし続けていると、周囲の景色が一瞬で変わった。否、別の区画へと足を踏み入れたのだ。

 

「あいつら遊郭へ行ったよ!」

 

 極東の異国情緒あふれる色街。

 赤と朱の色合いに交じり、幻想的な蒼い桜が彩る小区画。ふと、一際大きな遊郭の小窓から見える男の顔を見て、彼を対象に捕捉(ロック)した。

 

「ベル、跳ぶわよっ!」

「えっ────」

 

 ベルの身体を掴んだまま、共に跳ぶ────短距離転移(アサルト・ステップ)する直前、背後に迫った投棍(ブーメラン)が空を裂く音を置き去りにし、跳躍。

 

「ぎゅがっ!?」

 

 二階の窓の内側に跳躍すると同時。姿勢を崩したベルが捕捉対象の男性を撒き沿いにして障子をぶち破って部屋の一つに飛び込んだ。

 外で起きる喧騒、『消えた!?』『何処行きやがった!』という叫びを他所に、ベルが巻き込んでしまった男性は完全に意識を失っており、丁度障子をぶち破って入り込んだ部屋でちょうど真っ盛りだった男女が此方を凝視していた。

 

「…………ひょ?」「きゃ、きゃあああああああああああああああああっ」

 

 男の上に跨っていた女性の甲高い悲鳴が弾け、ベルの腕を引いて立ち上がらせる。

 

「ベル、逃げるわよ!」

「えっ、あっ、そのごめんなさいいいいいっ!」

 

 巻き込んで気絶させた男性への謝罪か、それとも丁度半裸で男性に跨っていた女性に対してか、お楽しみの真っ最中だった男に対してか、誰に対しての謝罪かわからない言葉を叫びながらも立ち上がったベルに続いて廊下を駆ける途中、壁を打ち抜いて狩猟者(アマゾネス)がわらわらと娼館に入り込んでくる。

 冗談じゃ、無い!

 

「え、偉いことに……!」

「気にしてる余裕は無いですよっ!」

 

 咄嗟に建物内に転移して一度目を晦ましたが、騒ぎを起こした所為で一瞬で見つかった。もう一度誰かを捕捉(ロック)して────あっ……建物内に入った事で、月明かりに照らされているという条件が満たされなくなり、獣化スキルが解除されて眩暈がぶり返す。

 

「ミ、ミリア、何処に行けばっ!?」

「っ……と、とりあえず走って!」

 

 俺とベルが飛び込んだのは高さの異なる無数の建物からなる、複雑な地形をした建造物だったらしい。

 ベルが上に下にと駆ける中、頭の中で地図を作製するも徐々に追い詰められていく。

 

「ベルっ、そこの階段を上がって右にっ!」

「う、うんっ!」

 

 後ろを振り返れば、追跡してくるアマゾネスの人数は格段に減っていた。しかし、追い詰められている事実に変わりはない。

 

「ベル、そこの階段は上がったら……」

「でも前から声がっ」

 

 遂に別館の最上階、五階まで追い詰められ、下の階層から『待てー!!』という声が響く。

 進退窮まった状態だ、此処から外に飛び出しても直ぐに捕捉されるだろう。ベルも肩で息をしており、とてもではないが逃走劇(デス・レース)の再開などできない。

 

「とりあえず奥に進みましょう。人が居たら……鎮圧します」

「えっ、でも……」

「このまま捕まって貪られても良いですか?」

「…………う、うん。なんでもない」

 

 一際大きく、それでいて他の娼婦の姿を見ない別館。なんとなく、嫌な予感を感じながらも廊下に並ぶ部屋の一つに飛び込む。

 音を立てずに扉を閉め、外で起きる喧騒から少しでも離れようと薄暗い部屋を見回し、閉ざされた襖の隙間から薄明りが零れ落ちる光を見て、顔を見合わせる。

 

「とりあえず、少しでも奥に……」

「そうね」

 

 警戒しながらも互いに護身用として持っていたナイフを握り締め、扉に手をかけ、一気に開いて中を見た。

 

「お待ちしておりました、旦那様」

 

 開いた襖の向こう側。奥ゆかしく三つ指をついて深々と頭を下げる獣人の少女が其処に居た。

 きらやかな金の長髪が小窓から部屋に落ちる月明かりに照らされ、同色の獣耳と尻尾が幻想的に照らし出される。紅の着物を纏うその人物────ミコトの話に出てきた狐人(ルナール)

 

「今宵、夜伽をさせていただきます、春姫と……あれ?」

 

 顔を上げ、俺達を見た彼女は小さく首を傾げた。

 娼館に女連れでやってきた少年の様子に疑問を覚えたのか頭の上に無数の疑問符を連ねて状況の理解を計ろうとしているらしい彼女。ベルが唖然とする中、俺は一足飛びに彼女に近づいて眼前にナイフを突きつけた。

 

「静かにしなさい、叫んだら……あんたのその緑色の目が大変な事になるわ」

「ミ、ミリアっ」

 

 驚いて俺を止めようとするベルだが、状況を思い出して欲しい。すぐ下の階から『ここに逃げ込んだのを見たよ!』と声が響いている。どうにかして隠れないといけない。目の前の少女にここには誰も来なかったと発言してもらうのが手っ取り早いが……いや、どうだろうか。

 バタンバタンと他の部屋の襖が開かれる音が響き、状況を理解したベルが青褪める。

 

「ど、どうしようっ!?」

「……っ、ベルそっちの布団に寝転がって、仰向け、早く」

「えっ!?」

 

 驚愕するベルを急かして仰向けに寝転がらせ、春姫と名乗った娼婦の腕を引いてベルの上に跨らせる。

 

「な、なにをっ────」

「ベル、そのまま動かないでね」

「あ、あの、こんな事せずとも(わたくし)は────」

「あんたは黙って、とりあえず着物脱いで、早く」

 

 状況を理解してるのかしていないのか、どこか天然な(ボケた)発言をした獣人の着物を素早く脱がせる。短い襦袢、下着姿になった彼女をそのままベルを押し倒す様に押し付けた。

 春姫の長い金髪がベルの頭を覆い隠し、胸元に顔を埋める形となる。入口から見たとき、見知らぬ男が半裸の娼婦にのしかかられている図、に見えると良いな。

 

「ベル、そしてアンタ、動かないでそのままでいなさい」

「ミ、ミリアでもこれっ」

「良いから、アンタも動いたら殺すから」

「は、はいっ」

 

 返事を確認すると同時、「春姫、いるかっ!」という大声と同時、部屋を蹴破る音が響き渡る。

 慌てて入口から死角になる位置に飛び込み、息を殺すのと同時。襖が開かれ二人のアマゾネスが部屋に飛び込んできた。

 

「春姫ッ、此処にヒューマンのガキがっ…………」

 

 飛び込んできた二人は丁度入口から春姫とベルの様子を確認した瞬間、動きを止めた。

 妙な沈黙が満ちる中、春姫が震える声を上げる。

 

「あ、あの……」

 

 こ、この娼婦、妙な事言ったら顔ズタズタにして殺してやるっ!

 漏れ出そうな殺気を必死に隠していると、恐る恐るといった様子で春姫が続けた。

 

「い、いま、その……よいところ、でして……」

 

 ────は? いや、よいところ、良い所……いや、良い。そのまま誤魔化せっ!

 

「あ、すいません」

「どうぞ続けてください」

 

 アマゾネス二人はそのまま後ろに後退り、開け放った襖を音も無く閉じた。

 その後、部屋を出て行くアマゾネスが「あの春姫もようやく男を押し倒せる様になったかー」と嬉しそうな声が遠く離れていく。

 静かに死角から出て、襖をほんの少し開いて部屋を確認するも、アマゾネスの気配はない。

 

「……なんとか、なりましたかね」

「ミ、ミリア、たすけ……」

 

 情けないベルの声を聞いて後ろを振り返ると、真っ赤になった春姫が「きゅう~」と妙な声を上げて昏倒しており、ベルがその娼婦の胸に埋もれたまま情けない声を上げて助けを求めていた。




 狼人専用スキル習得。一応、フラグ。

・本来の身体能力強化は無く、魔力のみが伸びる。
・『短距離転移(アサルト・ステップ)』の転移酔い緩和(回数制限の増大)
・月光を浴びている間、魔力急速回復

・満月だと最高効率を発揮(転移回数・魔力が無制限)

 ただし『クーシー・アサルト』のみでしか効果が発揮されず、迷宮内だと……お察し。

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