魔銃使いは迷宮を駆ける   作:魔法少女()

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第一五〇話

 二階の広間、窓際でヘスティア様から差し出された紙を見ながら零れ落ちそうになる溜息を飲み込んだ。

 目の前で胸を張って自信満々なヘスティア様には非常に申し上げにくい事を口にしようとし、けれどどう伝えてもきっと良い事はないんだろうなと紙面に記されている内容に目を落とす。

 

『【ヘスティア・ファミリア】入団希望者募集! 来たれ、子供達!』

 

 共通語(コイネー)で記されている内容を目にし、もう一度ヘスティア様の顔を見上げる。

 内容としては入団希望者を一斉に募る会合の開催についてだ。鐘と竜を結ぶ炎のエンブレムが刻まれた紙面には、開催場所や日時が載せられていた。

 ちなみに日付は今日。

 

「これと同じ広告紙をギルド本部の掲示板や、バイト先に張り出してもらったんだ……ってどうしたんだい浮かれない顔して」

 

 会心の笑みを見せていたヘスティア様が、微妙そうな表情だったせいか途中で言葉を止め、小首を傾げながら問いかけてきた。

 いや、そのぉ……すっごく口にしにくいんですけどぉ……多分、碌な人集まらないッスよ?

 心の中でそう呟くも口には出てこずにモゴモゴと口を動かす事しかできない。更に大きく首を傾げるヘスティア様を前にどう伝えるか迷っていると、ヘスティア様の瞳が輝きだす。

 

「あっ、ベル君。それが終わったら、一旦作業を切り上げてくれー!」

「え? いいんですか?」

 

 丁度広間の前を通りかかったベルに声をかけて自信満々な笑みを浮かべたヘスティア様が続ける。

 

「ほら浮かない顔しない。家族が増えるかもしれないんだぜ?」

 

 …………でもさぁ、碌な奴来ないと思うんだよ。【ディアンケヒト・ファミリア】との契約の兼ね合いもあるしさぁ。後、借金の借用書が見当たらないんだけど、何処やったんですかね。

 

「うっ、借用書は……っと、その話は後だ。ベル君こっちこっち!」

 

 ベルが戻ってきて話が途中で遮られてしまう。溜息を飲み込みながらベルを出迎えると、ヘスティア様が紙を突き出してベルに見せつけた。

 

「これは……入団希望者募集! これって、もしかして」

「そう、日時は今日! もう集まり始めてる頃合いだね!」

 

 ヘスティア様の言葉にベルが窓際から屋敷の正面門を見て目を輝かせた。背丈の関係で見えない俺は淵に手をかけ窓の外を覗く。

 鉄柵の向こう側には様々な種族の亜人(デミヒューマン)が集まり始めているのが見えた。

 

 ────どいつもこいつも、都合の良い希望に縋りつこうとしている奴らばかりじゃないか。

 

 

 

 

 

 正面門が開かれ、集まっていた亜人(デミヒューマン)達が屋敷前の庭に溢れ返る。

 館の玄関前からその人垣を見下ろしながらベルが嬉しそうに、けれど何処か困惑しながら呟く。

 

「あの、殆どの人が……その……」

「欠損を抱えてますね」

 

 遠目に見えた人垣。ベルは気付くのが遅れたみたいだが、俺は普段から遠距離射撃してた関係で気付いていた。

 集まった者達の大半が、手足または目等、体の一部が欠損している。義手義足は当たり前、中には眼帯を付けてる者も居る始末。

 

「こ……これは……いや、でも僕たちの【ファミリア】を選んでくれた子供達だ」

 

 ヘスティア様が若干震える声を上げながら集まった百近い元冒険者達を指し示す。此処に集まった者達は皆、入団希望者────否、入団する事で『再生薬』を貰えると勝手な思い違いをして集まった、身勝手な奴らだ。

 

戦争遊戯(ウォーゲーム)で一躍有名になったとはいえ……おかしいですね。()()()()の姿が少ないです」

 

 すぐ横に立っていたリリが困った様に人垣を見据えて呟く。もっと新人冒険者が集まるものだと思っていた、と。

 

「いやぁ、普通の人は来ないでしょうね」

「なんでですか?」

 

 溜息交じりにソレを否定すると、リリから声がかかる。いや、まぁ当然だよなぁ。

 戦争遊戯中、アポロン陣営に集まったあの三百を超える増員は何処からやってきたのか?

 都市内外の新米または改宗(コンバージョン)希望者だったのだ。そいつらはアポロン諸共オラリオの外へ追放。一部勝手に戻ってきて依頼(クエスト)を受けたりしていたが、あのハゲ喧嘩屋もハゲ巫女もどっちも盛大に都市外へとほっぽりだされたし。

 結果、都市内外問わずに()()()入団希望者はかなり少ないという結果になった訳だ。

 んで、付け加えると……あの戦争遊戯のさ中に失ったはずの手足を再生させたロキとガネーシャの眷属一同を目にし、自分もと都合よく考えた欠損冒険者が集うのは必然。

 

「な、なるほど……ミリア君知ってたのかい?」

「……いえ、予測はしてましたが。まあそうなりますよね」

 

 玄関前から見下ろした義手義足が目立つ集団を見下ろして溜息。こいつらは、普通に希望に縋りついてきただけなんだろう。でも、なんて身勝手な奴らなんだろうか……気持ち悪くて、吐き気がする。

 

「それでも、入団希望者が沢山って事ですよね。神様!」

「う、うん。そうだねベル君!」

「まあ、考えようによっては元冒険者として活躍した人達も居るでしょうし。経験者が増えるのは歓迎ですよね!」

 

 ベル、ヘスティア様、リリ、三人が前向きに考えているが……難しい。と言うか、これは……契約内容の一部を忘れている可能性があるな。それに、全員が治せる訳じゃない。

 

「欠損したのが半年以内ならまだしも、それ以前の欠損は現状治せませんよ。そういった人達は申し訳ないですがお断りするしかないです」

 

 欠損冒険者を抱えて養う余裕は無い。そういう意味ではやはりここの百人近い冒険者の内、入団させられるのはほんの少数になるだろう。────その少数も、もしかしたら無理だ。

 とはいえ、少しは普通の人もいる。欠損を抱えていない、普通の──────うげっ、なんでカサンドラ・イリオンとダフネ・ラウロスも居るんだよ。

 それに、あの包帯まみれのちっこい奴……ルアン・エスペルじゃないか? まあ、良いか。非採用だし。

 一応、ダフネとカサンドラは熟練の第三級冒険者。戦争遊戯中に煮え湯を飲まされてるしぶっちゃけ気に食わない奴らではあるが……それを差し引いたうえであのカサンドラの回復能力と、治癒士(ヒーラー)を咄嗟に庇って戦局を覆しかけたダフネの判断能力は惜しい。

 一応、恨みを持ってないかだけは確認してからじゃないと、背中を刺されそうで怖いしそこは注意しないとな。

 

「随分集まって……あー、その、なんだ。集まっちゃいるが……」

「あ、ヴェルフ」

 

 館から出てきたヴェルフが人垣を見て表情を歪ませる。

 やっぱ欠損冒険者ばかり山ほど集まってもといった感じだろう。実際、こいつらから何人か採用して『再生薬』を与えて……うぅん、やっぱ一部契約が足を引っ張るな。

 

「まあ、一応団員は増えるって事になるだろうが……」

「うん、これで【ファミリア】も賑やかになるだろうし! みんなで家族みたいに────」

 

 ────この欠損冒険者共を家族に? 冗談ではない。変な希望を勝手に抱いて集まった小蠅みたいなやつらじゃないか。

 思わずベルの言葉を否定しそうになり、両手で口を塞いで呑み込んだ。一応、喜んでいるみたいだし、もしかしたらイリスさんやディンケさんみたいに、本当に家族として付き合っていける様な者も混じっているかもしれない。

 

「人が多くても良い事ばかりじゃないぞ。(しがらみ)も増えるしな」

 

 組織としてもな。そう続けたヴェルフの言葉に浮かれかけていたベルが冷静になる。

 まあ、組織としてもそうだが……人間関係がなぁ。絶対トラブルの元だし、人が増えれば(いさか)いも増える。ストレスも溜るし、相性次第だと……まあ、なんだ。俺は普通の人らと相性が悪すぎる。俺が我慢すれば良いだけではあるんだが、此処に集まった欠損冒険者に対して良い感情を抱いていない時点でな。

 

「なに、安心してくれ。これからボクが一人一人面接して、適性を見る!」

「えっ…………み、みんな入団させるんじゃないんですか?」

 

 ヘスティア様の言葉にベルが息を詰まらせていた。いや、流石にベルの言葉はじょうだ────んじゃない? ちょ、ちょっと流石に全員はやめろ死ぬ。俺が死ぬ! 胃が死ぬからっ!? 見てるだけで吐き気する奴だって居るしっ!?

 

「神にも好みや司るものがある様に、それぞれの【ファミリア】には独自の規律、特色ってものがある。反りが合わない子を迎え入れても、逆に苦痛になるだけだぜ? ベル君」

 

 諭す様に笑いかけるヘスティア様の言葉にベルが悲し気に、同時に納得した様に吐息を零した。

 

「それに、ボクは神だ。向き合えば子供がどういう人物なのかほぼ一目で見抜ける。神には嘘は吐けないし、ね。悪い子はもとより【ファミリア】の風紀を乱す子にはお帰り願おう」

 

 極端な話だが、人に乱暴する様な輩や、犯罪歴を持つ者、人格に難ありな者等、派閥の沽券に関わるモノから、既存の眷属へ危害を加える者。更に【ヘスティア・ファミリア】に恨みを持っている者なんかを入団させれば、名声に関わる以前にヘスティア様を殺害され、派閥消滅の憂き目に遭いかねない。

 …………まあ、ヘスティア様は前歴ではなく、人柄で判断……する、だろう。きっと、多分……なんで、俺って、ヘスティア様に選んで貰えたんだろうか。

 

「そうだよね、うん。その通り、なんだけど……」

 

 集まった入団希望者を前に、ベルが同情した様に俯いた。

 過去、オラリオに来た当初、少年は数多の派閥で門前払いをくらって所属先が見つからずに途方に暮れていた事がある。そのためか、全員を入団させてあげたい、とそう思ってしまったのだろう。

 だが、こればかりは譲れない。此処でベルの抱いた慈悲を与えてしまえば、【ヘスティア・ファミリア】存続すら危うくなる可能性があるからだ。

 

「……それに、これ以上サポーター君みたいな泥棒猫(やから)を増やす訳にはいかないんだ……ッ!」

 

 えっと、うーん。ヘスティア様のソレはちょっと、どうかと思うんだけど。まあ最終的な採用非採用はヘスティア様に任せられる訳だし、其処は良いや。

 

「さてと、待たせて悪かったね。希望者諸君! これから入団試験を始めるぞ!」

 

 騒めきだす希望者を見回し、その中から既に不採用者を決めておく。

 目付きから此方を探る様な奴。既に利用する気満々な奴。それから……希望を見出した様な奴。

 

「さて、一人ずつ前に出てきてくれ。まずはそこの義足のヒューマン君!」

「お、俺か」

 

 一人の男が木の棒で作った安っぽい義足を片足に着け、杖を突きながら人垣から前に出てきて愛想笑いを浮かべた。

 その目には、もう一度再起を夢見て宿る希望の光が見て取れる。

 

「俺は、二年前には冒険者をやってて、レベルだって2なんだ!」

「ほうほう、第三級冒険者ですか」

 

 自分が二年前に冒険者をやっていた事。冒険者歴は八年である事────不採用。現時点では採用できない。

 

「ヘスティア様、彼は不採用で」

「……すまないね。二年前となると、キミのその足は治せない」

「────へ?」

 

 自らの経歴を必死に語り、入団を許されて『再生薬』を手にし、今一度の再起を夢見た男。彼は呆けた表情を浮かべ、縋る様に大声を上げる。

 

「治せない、どういう事なんですかっ、ガネーシャやロキの所の冒険者じゃないからか!?」

「違います。現時点で『再生薬』は半年以内の欠損しか治せないのです。つまり、今は無理って事です……他の皆さんも同様です。半年以上前に欠損した部位は治せません」

 

 無理なモノは無理だ。

 

「それに────」

「へ、ヘスティア様ァァッ!!」

 

 続けて彼に現時点での【ディアンケヒト・ファミリア】との契約事項を説明しようとした所で、大声が響いてきた。

 五人全員で後ろを振り返ると、バタンッと音を立てて扉が開かれ、大慌てな様子でミコトが飛び出してきた。

 

「ど、どうしたんだいミコト君?」

「に、に、荷物の中からっ…………!!」

 

 血相を変えた彼女の様子に、ヘスティア様が小首を傾げて問いかける。

 冷静さを失って全身を震わせる彼女は俺達と────その背後で成り行きを見守っていた入団希望者の前で手にしていた用紙を突き出した。

 …………ああ、これ、何処に行ったのかと思ってたが。ミコトの荷物に交じってたのか。

 

「借金()()()()()()の契約書がぁ────────ッ!!」

 

 瞬間、空気が凍り付く。

 

「ぶうっ!?」

 

 目の前のソレにヘスティア様が噴き出した。いや、ちゃんと管理しなきゃダメじゃないですかぁ……あー、はぁ、まあ良いか。ベルにはまだ知られたくなかったが、この時期(タイミング)でかぁ。

 

「は?」

「ご、おく?」

「…………うそ、ですよね?」

 

 リリが硬直し、ヴェルフが立ち尽くす。入団希望者達も例外なく目を点にし、ベルが青褪め始める。

 ミコトが突き出す借用書を横から掠め取り、しっかりと不備が無いかや偽の代物じゃないかと確認する。

 紙質、高級品。正規の代物で違いない。

 金額、五〇〇〇〇〇〇〇〇────五億ヴァリス。確かに、一ヴァリスの差異も無い。

 署名(サイン)共通語(コイネー)と【神聖文字(ヒエログリフ)】の両方で綴られた女神ヘスティア、女神ヘファイストスの名。

 用紙の片隅に書き記された【ヘファイストス・ファミリア】のエンブレム。

 契約内容《神様のナイフ》およびに《竜鱗の朱手甲》の代金として……ふぅむ。本物で間違いないな。

 

「良くやりましたミコト。無くなってて心臓に悪かったですが、見つかって良かったです」

「良くねぇよッ!?」「なんですかコレェッ!?」

『五億? 今、五億って言ったか?』『本気(マジ)かよ……』『ひでぇ……』『まともじゃないな……』

 

 大事な借用書を丸めてミコトが反対の手に持っていた保管用の箱を抜き取り、中に戻して安堵しているとヴェルフとリリの突っ込みが炸裂し、背後の入団希望者がざわめきだす。

 ヘスティア様が慌てて背を向けて帰ろうとする彼らに弁解を述べようとするのを制して彼らの前に出た。

 

「さて、割と重要な事ですが。【ヘスティア・ファミリア】は現在借金を背負っています」

『んだと!?』『なんつー派閥だよ』『信じられない!』

 

 一段と騒がしくなる彼らに対し、溜息を零しつつ一応持ってきていた保管箱から羊皮紙を数枚取り出し、見える様に掲げた。

 

「これが何かわかりますか?」

「……なんですかそれ?」「……返済証明書?」

 

 横からリリとヴェルフが掲げるそれを覗き込んで呟く。ヘスティア様は固唾を飲んで見守り、ベルは思考停止────いや違う、立ったまま気絶してる。ミコトは唖然としており動きを止めていて……。

 うぅん、なんか想定と違うが。まあ良い。

 

「現時点での返済額は三〇〇〇万です」

『は?』

 

 現時点での借金五億に対しての返済額は三〇〇〇万。つまり残り四億と七〇〇〇万である。

 俺の説明を聞いて入団希望者からは軽蔑の視線が。仲間内からは驚愕の視線が注がれる。

 

「ミ、ミリア君、いつの間に三〇〇〇万もっ……!!」

「え? ヘスティア様知らなかったのですかっ!?」

「おいちょっとまて……これは……確かにちゃんとした返済証明書だな。ヘファイストス様の署名(サイン)もある」

 

 ベルを部屋に運びたいが、それ以前に入団希望者が暴動起こしかねないからこっちから対処せねば。

 

「ちなみに、この借金五億を背負ったのは約三ヶ月前です。そして、その返済金はその三ヶ月で集めたモノです」

 

 入団希望者の内、何人かが俺の言いたい事に気付いたのか驚愕し、そして納得の表情を浮かべる。それでも余り良い印象は持たれていないのか眉を顰めたままだ。

 そして、未だに気付いていない能無しは……まあ、そうだな。うん、少し考えてどうぞ。

 

「簡単に言いましょう。現在の我々の派閥は、一ヶ月で一〇〇〇万ヴァリス以上稼ぎ、返済に充てられます」

 

 この意味を理解できるだろう?

 

「確かに、あと数年は返済の為に資金を費やすでしょう……ですが、数年後にはどうでしょう? あ、アポロンの所からの賠償金については皆さんもご存じの通り、まともに入らなかった事も伝えてきますね」

 

 現時点では確かに爆弾を抱えていると言っても過言ではない。しかし、その爆弾も順調に解体予定であるのだ。

 【ディアンケヒト・ファミリア】との契約もある。『再生薬』が完成すれば今以上の資金が流れ込んでくるだろう。つまり、この借金は既に返済予定も立っていて問題はない。

 

「現時点で入団する者達に、この借金返済への協力要請はしません。当然、派閥からの補助は他の派閥に比べて小さなモノになるでしょうが」

 

 逆に借金返済後はどうだろう。現時点で派閥に所属していれば、おおよそ二年から三年後には一ヶ月に一〇〇〇万以上の収入のある安定した派閥になる事は確定と言っていい。

 まあ、俺が死ななければ、なんだけど……死ぬ気なんてさらさら無いしね?

 

「以上の説明を聞いた上で、もう一度問いましょう。【ヘスティア・ファミリア】への入団希望取り消しの意思はありますか?」

 

 背を向けて去ろうとしていた者達がもう一度人垣となって整列する。現金な奴らだ事……。

 内心で軽蔑の視線を向けつつ、返済証明書を箱に戻して吐息一つ。ぶっちゃけ此処で帰ろうとする様な考える頭の無い能無しはいらないと思うんだがね。現状を考えれば借金五億って【ヘスティア・ファミリア】だと割と返せない額ではないし、そこら辺まで思考が回らないのはどうなのかって話だが……一般人には酷な話か。

 気を取り直して入団試験の続きを行おうとヘスティア様が次の人を呼ぶ前に、もう一つ追加で話す事がある。

 

「それじゃあ────」

「すいません、ヘスティア様。もう一つだけ彼らに伝える事があります」

 

 これは重要な事項だ。と言うか、派閥同士の契約に関する話となる訳で……俺の独断で結んだ代物である。だが、言い訳をするならば、条件を呑まなくては【ディアンケヒト・ファミリア】の援助を受けられなかったのだ。

 アレのおかげで潤沢な医療品、高位回復薬(ハイ・ポーション)だけではなく万能薬(エリクサー)すら湯水の如く使えたのであって……まあ、簡単に言えばアポロンの派閥に勝つために必要な契約だったのだ。

 

「貴方達の中には、欠損を治せる薬目的で入団を希望する者も居るでしょう」

 

 むしろ欠損冒険者が入団希望者としてやってきた時点でそれしかありえない。

 

「まず、半年以上前の欠損は治せない。これは既に説明した事ですが、更にもう一つ、貴方達に伝えなければいけない事があります」

 

 欠損冒険者の内半数以上が項垂れ、舌打ちし────恨みの籠った視線を向けてくる。

 …………ああ、気持ちはわかるさ。治るかもしれないという希望の元に募った彼らが、逆恨みしたくなる気持ちも、わかる。だが────身勝手過ぎる。気持ち悪い。お前らが勝手に希望を抱き、勝手に裏切られただけだろうに。

 そして、きっと残りの半数もまた、逆恨みをするのだろう。

 

「今後派閥に加わる団員が『再生薬』を使用して欠損を治す場合────治療費を請求します

『は?』

 

 空気がピンッと張りつめ、希望を抱いていた者達が目を見開き、一人の男が前に出てきた。

 

「おい、何の冗談だ? 治療費を請求するッ!?」

無料(タダ)で治してくれるんじゃないのかッ!?」

「払える訳ないだろうッ!!」

 

 次々に喚きだす愚かな者達に、吐き気が止まらない。

 なんで無料(タダ)で治してもらえるなんて都合の良い考え方してるんだ。なんで、なんでこんなに醜い奴らばかりが集まるんだ。誘蛾灯に誘われた、気色悪い蛾みたいなやつらが────唾と共に罵倒の言葉を飲み込む。

 

「我々【ヘスティア・ファミリア】は、『再生薬』作成を担当する【ディアンケヒト・ファミリア】と契約関係にあります。彼らの要求はいくつかありますが、その中に一つだけ……戦争遊戯後に適応されるモノがあります」

 

 もし、もしも戦争遊戯で勝利した場合。今目の前で起きている様に、入団希望者を募れば欠損冒険者が【ファミリア】に殺到する。その中で採用する者達が居たとして────無料で『再生薬』を使えばどうなるのか。

 まあ、なんだ……彼らから得られるはずの代金が得られなくなる。がめつい性格の神ディアンケヒトがそれを許すと思うか? あの契約書に署名(サイン)したのは俺で、その条件を呑んだのも俺だ。

 

 だが、勝利の為に必要な欠片(ピース)でもあった。

 

 契約内容、【ディアンケヒト・ファミリア】から、無料で提供された『再生薬』は……今現在いる面子(メンバー)、戦争遊戯のさ中または以前に入団した者達しか使えない。

 それ以外の者が使用する場合。正規の金額を支払う事を条件付けされている。

 

「つまり、貴方達が入団後、【ヘスティア・ファミリア】で無料で治療を受けられる訳ではありません。当然、貴方達が自ら返済すべき借金となります……」

 

 派閥からの支援? 無理だろ、人数を考えろ。一人当たりの治療費にいくらかかると思ってる。

 それに、先に説明した通りに五億の借金返済の為に全力を尽くす訳で……支援なんてできない。少なくとも現時点では。

 現状を分かりやすく、噛み砕いて説明していけば────予想通り、と言うか。顔を真っ赤にして激昂する者が出てくる。

 

「ふざけんな! 何のためにわざわざここまで来たと思ってる!」

「ロキやガネーシャの所から来た奴だけ優遇しやがって!」

 

 一部、前に飛び出してきたドワーフやヒューマン、獣人等の気の強い種族が喚き散らす。

 拳を強く握り、彼らの喚き声を聞かない様にしながら、なんとか微笑みを浮かべる。我慢すればいい、ほんの一握りの身勝手な奴らなんて────なんで、お前らそんなに身勝手に振る舞えるんだ。

 冗談じゃない、お前らが勝手に都合の良い幻想を抱いただけじゃないか。

 悪いのは俺でも、ヘスティア様でもない、勝手に都合の良い幻想を自分に抱かせた、自分自身だ。

 お前らはいつもそうだ、勝手に希望を抱き、勝手に失望したのは他ならないお前達で──────

 

『騙しやがったな!』

 

 ────それは、それだけは聞き捨てならない。

 

 

 

 

 

 突然、弾かれた様に小人族(パルゥム)が玄関前から飛び出し、喚く冒険者の内の一人に躍りかかる。

 彼女の革靴(ブーツ)が男の側頭部を捕え、人垣を割って吹き飛んだ。義足で動きが鈍った人垣の一部をなぎ倒して吹き飛んだ彼は、頭を抑えながら起き上がり────額に押し当てられた指先(銃口)に身を震わせた。

 

「誰が、誰を騙したと?」

 

 息を呑み、震えあがる彼は『神の鏡』を通じ、彼女のその魔法の威力を目にしている。

 一応、恩恵は授かったままであり、第三級冒険者としての能力も持ってはいても、彼女の動きを全く見切れなかった。

 

「【ヘスティア・ファミリア(わたしたち)】が、貴方を騙したと?」

 

 小人族は静かに問いかける。

 指先(銃口)を向けられた彼は、それでも反論を口にした。

 

「だってそうだろっ! 治るって思って来てみりゃぁ、実は治らないなんて!」

 

 彼が抱いたのは希望だ。長年続けた冒険者としての活動が断たれ、絶望と共に底辺を彷徨い歩き、ようやく見つけた、微かな希望。縋り付こうとしたソレは、莫大な借金を背負わされる罠だった。

 それを知って怒り狂う彼に対し、小人族の少女は無造作に指先(銃口)をズラし────男が身に着けていた義足を破壊する。

 

「やめるんだミリア君っ!」

 

 周囲の者達が慌てて距離をとる中、女神が声を張り上げて静止する。

 その言葉に動きを止め、直ぐに彼女は指先(銃口)を男に眉間に向けて呟く様に言葉を落とした。

 

「取り消してください」

 

 その言葉に男が眉を顰め、ミリアはさらに繰り返す。

 

「我々は貴方を騙していない。先の台詞を取り消してください」

 

 声は震え、怒りを堪える様に指先が揺れ、漏れ出す魔力に空気がざわめき、魔法陣がパチパチと火花を散らす。

 

「────私は、ヘスティア様は、【ヘスティア・ファミリア】は騙してなんていない」

 

 震える指先(銃口)。魔法陣が揺らめき、彼女の詠唱(つぶやき)一つで命を断たれる寸前。それでも睨み返す男に、ミリアは告げる。

 

「────貴方が勝手に希望を抱いて、勝手に失望しただけ」

 

 男が怒り狂う様に、少女もまた怒り狂っていた。

 

「────貴方を騙したのは、他ならない貴方自身。だから、取り消せ」

 

 身勝手に希望を抱いて、身勝手に期待して、そして裏切られたと、騙されたと喚き散らす。

 無知蒙昧な者達の叫び声程、不愉快なモノは無いと。

 騙す気も無いのに、勝手に騙されたと、人を詐欺師扱いする奴が、殺したい位憎いと。

 

「────取り消す気が無い、そう言うのでしたら」

 

 【ファイア(死ね)】と少女の口から詠唱(つぶやき)が零れ落ちるのと同時、発砲音が響き渡った。




 『騙したな』とかミリアちゃんの禁句。

 騙す気も無く、むしろ懇切丁寧に全部説明した上で『騙された』なんて糾弾されれば、 ましてや、ヘスティア様も含む【ファミリア】に対してそんな言葉言われちゃったらねぇ?

 ミリアちゃんもキレる。というかキレて良いと思う。





 後、明日の更新ちょっと無理かもしれない。一応、努力はします()

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