魔銃使いは迷宮を駆ける   作:魔法少女()

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第一四二話

 厳重に警備された両扉の向こう側。

 管理機関(ギルド)都市最大派閥(ガネーシャファミリア)の守衛も入れない────否、入場を拒否される治外法権────貴賓室(ビップルーム)

 むしろ、ギルドやガネーシャファミリアを完全に拒否してる時点で『悪い事してますぅ~』と主張しまくってる訳なんだが、そこら辺を上手く誤魔化してこその…………いや、別に悪行指導する気なんかさらさらないがね。

 

「……意外と静かだな」

 

 仮面を着けたシャクティさんが貴賓室内を見回して呟く。

 彼女の言う通りだろう。一般客が数多出入りするメインフロアよりもかなり狭い室内ではある。それでもその部屋の大きさに対して設置されている賭博卓(カジノテーブル)の数は少ない。卓と卓の間がかなり広めにとってあり、メインフロアに比べてかなり広々とした印象を受ける。

 そして、招待客(ゲスト)一人ずつに女性が一人控えている。その内の何人かの特徴が、強引に攫われた女性の情報と一致する。彼女らの首に着けられている首飾り(チョウカー)は、まるで奴隷に着けられた首輪の様な印象を受ける。多分、意図的なのだろう。この場にアンナ・クレーズが見当たらないのは、まだ見せるのが早いためか、他に理由があるのか。

 そして、其処に居る客も表面上の雰囲気は楽し気で、談笑しているが────目は欲望の色に染まっている。

 飴と鞭、上質な女性でもてなす飴と、賭博で敗北させて背負わせる借金という鞭。言う事を聞けば飴が、聞かねば鞭が振るわれる。言う事さえ聞いていれば甘い蜜が吸えるとあってか、やはり染まってるか。

 

「ささ、どうぞこちらのテーブルへ」

 

 案内された先にある賭博卓(カジノテーブル)は一番奥まったテーブル。入口に近い席には招待客(ゲスト)に扮した傭兵らしい者達が見える。そしてセルバンティス氏が示すテーブルには既に客────否、テッドの()()()だろう者達────が数名。

 

「おや、経営者(オーナー)ではないですか」

「今宵も楽しませて貰っていますぞ。経営者(オーナー)

「そちらの方は……もしや先日の戦争遊戯(ウォーゲーム)の?」

 

 此方に気付いた贅沢太りした貴族がわざとらしく驚いた表情を浮かべる。既に打ち合わせ済みなのか反応が非常にわざとらしい。

 

「お初にお目にかかります。経営者(オーナー)のご厚意で此方に伺わせていただきました。不作法者の冒険者で申し訳ありませんが、よろしくおねがいします」

 

 一礼しつつも卓に着く面子を確認。贅沢太りしたヒューマン、中東の民族衣装っぽい服装の小人族、背の高い角刈りのヒューマン、そして歳からくる白髪の獣人。

 主犯のテッドを入れて合計5人。これは、厳しいかもしれんな。

 

「おお、あの【魔銃使い】殿ですか。此方に来たという事は、賭けを?」

 

 既に賭博(ゲーム)に参加させる気満々か。これは最終的にシャクティさんに暴れて貰う他ないかな。多分、勝てないし。

 

戦争遊戯(ウォーゲーム)に勝利したにも拘わらず賠償金が入ってこずに資金難になっていたそうでしてな。『なんでもする』という事を対価(チップ)にして賭博(ゲーム)を行っていると耳にしましてな」

「なるほど、普通の場ではあまりにも不憫だと」

「いやはや経営者(オーナー)はお優しいですな」

 

 ふふふ、あははと珍妙な笑い声が響く。茶番劇なら他所でやってくれと言いたいが此方も合わせるしかないか。

 

「ええ、経営者(オーナー)には感謝しています」

「では此方の席へどうぞ」

 

 宛がわれた席は、中央。左端に経営者(オーナー)。それから順に小人族、角刈り、俺、獣人、贅沢太りで計6人。

 小人族用らしい背の高い椅子(スツール)に座り、シャクティさんが俺の後ろに控える。

 

「ところで、其方の仮面の方は【魔銃使い】殿の付き人ですかな?」

「一応の護衛ですね。私は魔術師ゆえ前線は苦手でして」

 

 今回この大賭博場(カジノ)に足を運んだ理由はとある国の貴族から招聘状を送られたから。その貴族との対談の後、いくらかの賭札(チップ)を礼に受け取ったので、それを元手にちょっと稼げないかと賭博(ゲーム)に興じていた。ただ額が少なすぎて高額の賭博(ゲーム)に参加できなかったので『なんでもする』というのを条件に相手の所持賭札(チップ)を全て賭けて貰う形で勝負してた~と。

 さらさらとそれっぽく騙っておく。無論、嘘だし、本来ならそんな危険(リスキー)な方法なんて絶対にとらん。

 

「なるほどそういう事情でしたか」

「でしたらここでも同じ賭博(ゲーム)を?」

「ええ、その積りですが」

 

 一回勝てば富豪から毟れる。そんな餌にのこのこ釣られてやってきた間抜けな冒険者。そうみられてくれるとありがたいんだがね。舐めてくれてた方が良いし。

 賭博(ゲーム)を始める前に色々と質問を投げかけられていると、小さなグラスがそっと置かれた。

 

「どうぞ」

「っ……あ、ありがとうございます」

 

 微笑みを浮かべたドレス姿の女性。目が全く笑ってないせいで一瞬ゾッとしたがなんとか微笑み返して礼を言えた。

 

「飲み物はサービスですので遠慮せず飲んで良いですよ」

 

 経営者(オーナー)の言葉に微笑み返して出された飲み物を見る。毒物の類は入ってないとは思うが、カクテル・グラスに入ってるのがちょっと気になるか。

 勧められたし一口────おぉう、これはアレだな。レディーキラー系の混合酒(カクテル)だな。飲み口は非常に軽く、色合いも優しめで女性向けのカクテルだが、度数が高く飲み過ぎれば容易く泥酔するだろう。

 念の入れようが凄いな。少し酔った程度なら予測がズレる事はないが、飲み過ぎると多分ズレる。ましてや俺は体格が洒落にならんぐらいに小さい。一杯飲んだだけで潰れかねないし気を付けないといかんな。

 

「それにしても、(えいぞう)越しにも思ってましたが、【魔銃使い】殿はとても冒険者の様な荒事をやっている様には見えませんな」

「ええ、器量良い」

怪物(モンスター)と戦っているよりは、此処に居る女性達に交じっている方が自然に思えますな」

 

 …………遠回しに此処で飼われろと言ってるのかね? 流石に露骨過ぎて笑えんわ。

 

「この様な格式高い場所では肩が凝ってしまいます。私の様な不作法者には冒険者の様な荒事に塗れた生活の方が性に合っています」

 

 言外に『荒事慣れてますよ』と伝えてみるが、反応は無い。多分、見た目が華奢でチビだから舐められてる可能性があるな。特に魔術師って事で魔法詠唱さえ潰せば後は無力化できるとでも思っているのだろう。

 どうしてか傭兵である『黒拳(こっけん)』を舐めている節があるのは不思議でならん。少しは警戒するかと思えば完全に無視してるし。

 

経営者(オーナー)

 

 酒をそれとなく勧めてくるのをのらりくらりと回避して賭博(ゲーム)開始までに酔わない様に注意していると、先ほどの忠誠心が欠片も感じられない片眼鏡の男性がセルバンティス氏に声をかけた。

 何事かを伝えているのに耳を澄ませたいが、他の招待客(ゲスト)に絡まれて上手く聞こえない。

 

「……ノースリス、他に()()が見つかったらしいぞ」

 

 シャクティさんの小さな呟き。この時機(タイミング)で上客を見つけた、と。つまり獲物が居たけどどうすんの? って質問だろう。

 セルバンティス氏が軽く此方を流し見てから、席を立った。

 

「失礼、どうやらもう一人招待しなくてはならない客がいらっしゃった様でしてな。【魔銃使い】殿には申し訳ないのですが賭博(ゲーム)はもう暫し待っていただきたいのです」

「構いませんとも、経営者(オーナー)もお忙しい身。冒険者如きに気を使う必要はありません」

 

 一体だれがここに来るのだろうか。巻き込まれるのは若干かわいそうではあるが、俺に出来る事なんか有りはしないので放置だな。この後この場所シャクティさんに滅茶苦茶にしてもらう予定だし。

 セルバンティス氏が出て行った後、招待客(ゲスト)の人々と談笑、というか酒を勧められて酔い潰そうとしてくるのを回避し続けていると、ようやくと言った様子でもう一人の得物(ゲスト)が到着したらしい。

 

「どうぞこちらのテーブルへ」

「ありがとうございます経営者(オーナー)

 

 ふと振り向くと其処には大きな眼帯を付けた美麗なエルフの青年────に扮したリューさん────と、その奥様に扮したシルさんの姿があった。

 絶叫を上げそうになる口を強引に閉じて愛想笑いを浮かべた。

 なんで二人とも貴賓室(ビップルーム)に来てるんですかね? 何故足を運べた? あの二人の所持してた賭札(チップ)の量からすると、此処に呼ばれる様な上客には程遠いはずだ。

 って、もしかして()()()? 確か、そう『色を付けて』とかシルさんが言ってたが、当選した300枚の三六倍をリューさん達に返したのだとすれば、資金は十二分に過ぎる。つまり戦犯はベルか……。

 理由を考えていると、シャクティさんに軽く背を突かれた。

 

「不味い事になったぞ」

 

 小声で呟かれた言葉に思わず首を傾げる。何が不味い?

 

「ここで何か(トラブル)を起こしてみろ、全員の身柄を一度保護する事になるんだぞ」

 

 ガネーシャファミリアの立てた作戦では、何かしらの証拠を掴んでから(トラブル)を起こす事で外に居る他団員に突入させ、この場に居る全員を一度保護という形で拘束。身分やなんかを確認して、強引な手段で攫われた女性を確保。それを証拠にテッドを糾弾して────あれ?

 保護、身分を、かく……にん? …………身分偽ってるエルフを拘束してしまったら不味いよな? しかも、それが指名手配犯でもある【疾風】リュー・リオンだとしたら?

 …………嘘だろ、暴れられないじゃん。暴れたらリューさんを豚箱行きにする事になるし。

 なんとか外の団員に連絡をとって作戦中止を伝え────無理じゃん、現状既に賭博(ゲーム)に参加する気満々なのにいきなり逃げるとか怪し過ぎる。既にここに足を踏み入れた時点で作戦変更はできん。

 

「ノースリス、勝てるか?」

「……無理」

 

 いや、普通に無理なんですけど。

 だって、俺は切札(トランプ)の順を予測して打てるっちゃ打てるよ? でも、こういった貴賓室(ビップルーム)だと進行役(ディーラー)が意図通りに切り分け(シャッフル)してくる事だって多い。初手で『手役無し(ハイカード)』にさせられ、挙句他の俺より手番が早い協力者(ゲスト)が手札破壊、遅い協力者(ゲスト)が役揃えなんて方針を取られたらどんな引きでもまともに手役(ハンド)が揃う事なく潰される。

 というか前世で調子に乗って貴賓室(ビップルーム)で荒稼ぎしようとした結果、全員が切札(トランプ)の並びを予測して手役潰し役と手役揃え役という形で数人がかりで袋叩きにされて、『同一数字二枚一組(ワンペア)』以外に手役(ハンド)揃えられずに潰された事がある。

 当然、いくら馬鹿でも場末の酒場でやってるような協力者同士で手役(ハンド)教え合って強い奴だけが勝負して他が下りるなんて間抜けな戦法は使ってこないだろう。

 つまり、数で押される可能性が高い。

 

「隣、失礼しますね」

「ええ、どうぞ」

 

 俺の隣、角刈りのヒューマンとの間にリューさんが腰掛け、シルさんの分も場所が空けられリューさんと並んで腰かける。これで賭博(ゲーム)参加者は七人、か? 多分リューさんとシルさんの二人は一組として扱うだろうし。

 リューさんにも混合酒(カクテル)が振る舞われる。獲物(ゲスト)に出す酒は決まってレディーキラー系の混合酒(カクテル)みたいだな。何というか、酔わせて判断能力奪うのは常套手段とはいえここまであからさまなのはどうなんだ? 他の招待客(ゲスト)の酒が軒並み普通なのに、いきなり度数の高い混合酒(カクテル)を振る舞う時点でなぁ。

 

経営者(オーナー)、先ほどから見かけるこの麗しい方々は?」

「彼女達は、まあ聞こえは悪いかもしれませんが、私の愛人たちです」

 

 リューさんが自然に飛ばした質問に経営者(オーナー)が自慢げに答える。愛人、収集品(あいじん)ね。

 

「自分で言うのもなんですが、多情な男である(わたくし)めの求愛に真摯に応えてくれました」

 

 多情? 下半身が反応する美女を片っ端から攫ってるのでは? それは愛情ではなく性欲だろうに。ましてや応えざるを得ない状況に陥れて強引に連れ去ってそれは無い。

 

「しかしそんな美姫達を独り占めしようものなら美の女神から小言が飛んでくることでしょう」

 

 下種を見る目で見下されそうです。

 

「そこで僭越ながら皆様の目を潤す一役になって頂ければと、こうして酌に協力して貰っているというわけです」

 

 作り物の笑みを浮かべている美女を見て何が楽しいんだか。純粋に人形(マネキン)を見ている様で気持ち悪くなってくる。

 経営者(オーナー)の言葉にリューさんが不愉快そうに表情を歪ませ、シルさんが口元を羽根つきの扇子で隠す。リューさんの反応があからさま過ぎるが、テッドは気付いていないみたいだ。

 どうにもおかしいな。セルバンティスに扮するテッドという人物。調べた限りでは特に特徴らしい特徴の無い小悪党といった情報しか出てこない。にしてはだいぶ立場が高い、というか能力不相応な身分に収まってる。だからこそ能力隠してるかもと警戒してるのに、リューさんの大根役者な演技すら見抜けない。もしかしてわざと?

 

「なるほど、そういう事でしたか」

「いやぁ、本当にうらやましい! せめて一日でも私の相手をして欲しいものだ」

 

 贅沢太りの男の言葉にリューさんが下種を見る目を向けてるのに、誰も気付いていない。むしろ気付かぬふりをしてるのか? もしこれが演技だというのなら、俺ですら見抜けないぐらいに完璧な演技だ。

 敵の数が多いし、此処は引きたい。むしろ入ってくるべきではなかった。

 口々に経営者(オーナー)が囲っている美女たちを褒め称える協力者(ゲスト)たち。いっそ不自然過ぎる────まるで、褒めないといけないと脅迫されてるかのような反応だ。

 

「……そういえば、ここに来る途中、経営者(オーナー)は傾国の美女を()()()()()と耳にしました」

「おお! 私も聞きましたぞ。なんでも遠い異国から娶ったと」

「どうか我々にも見せていただきたい!」

 

 この時機(タイミング)での、新しい収集品(あいじん)、か。多分、というか十中八九、アンナ・クレーズだろう。最近連れ込まれたのって彼女以外居ないし。

 というかリューさんが視線で人が殺せそうなんだけど。アレ、本気(マジ)で気付いてないの? むしろあの視線を無視(スルー)してんのってすごい肝が据わってると思うんだが。

 

「がっはっはっは、皆さんも耳が早い! ええ、仰る通り新しい愛人として迎えたのです。せっかくですので紹介しましょう」

 

 ……むしろ、この時機(タイミング)での紹介。これは侵入している俺やガネーシャファミリアに対する宣戦布告か? 招待客を招き入れての、宣戦布告。つまり、言外に『お前達を逃がさない』と言っている訳か。

 経営者(オーナー)が一人の黒服に指示を出すと、彼が奥に設置された両扉の奥に向かう。しばしの沈黙の後、その両扉を黒服二人が恭しく開け────なるほど、神に婚姻を申し込まれる訳だ。

 美しい女性が立っていた。ただ、眼が死んでる。物憂げな表情を浮かべた美女だが、両親の顔を思い浮かべると本当に血が繋がってるのか疑問を覚えるぐらいに美しい。まあ、稀にあるぐらいの感じだが。

 

「初め……まして。アンナと申します」

 

 視線を合わせる事もせずに、床に視線を落としたまま彼女は囁くような小さな声で挨拶の言葉を落とす。どう見ても、不本意なのが見て取れるし、気分がすぐれないのがわかる。

 

「これはまた……器量良い」「ええ、麗しい」「女神が地に賜った美とはまさにこのこと」

 

 テッドの協力者(ゲスト)共もその美には見惚れたのだろう素の言葉で褒め称えている。が、その次に飛び出した言葉に溜息を飲み込んだ。

 

()()()()()()()()()()()経営者(オーナー)

 

 ああ、やっぱりどういった経緯で彼女がここに連れてこられたのか知ってる。脅されているだけではない、秘密の共有者として甘い蜜を吸う事を目的にしてるのが丸わかりだ。反吐が出る。

 

「がははっ、実は異国の地で偶然巡り合いましてな」

 

 絶対嘘だぞ。だってコイツ、最近ここに籠って外に出てないし。

 迷宮都市(オラリオ)の出国記録にも国外に出て行ったって記録は何処にも残っていない。もし本当に都市外出て行っていたのだとすれば、関所である門を通らない不正入出国で犯罪だぞ。そこらの裏合わせぐらいしとけよ。

 

「きっと神のお導きだったのでしょう。この愛らしさと美しさに私も虜になってしまったのです」

 

 下半身がビンビンに反応したんですね。なんでこう、権力を握ると性欲に忠実になっちゃうのかなぁ。

 経営者(オーナー)の傍で俯いて控えるアンナさんの表情は、どう見ても死んでる。絶望してる様にも見える。だというのに協力者(ゲスト)は彼女の美貌を褒め称えるのみ。

 

「【魔銃使い】殿、彼女の顔に何か?」

 

 アンナさんの表情を伺っていたら経営者(オーナー)に目を付けられてしまったらしい。まあ、こんだけあからさまに見てりゃそうなるか。

 

「いえ、同じ女性として羨ましく思う程に綺麗だったもので」

 

 まあ、その所為でこんな所に攫われてしまってる訳だし。あんま羨ましいとは思わんのだけどね。もっと、地味で目立たない方が色々とやりやすいのだ。

 

「【魔銃使い】殿の美貌も彼女には負けていないと思いますぞ」

「ええ、私もそう思いますぞ」

 

 口々に俺の容姿を褒め始める協力者(ゲスト)共。反吐が出そうな誉め言葉に微笑んで返す。正直、気持ち悪い褒められ方だ。

 

「マクシミリアン殿も随分と熱心に眺めておられますな」

 

 獣人の貴族の言葉にマクシミリアン殿、リューさんに視線があつまる。変な事言わないで欲しいのだが。

 

「いえ、ただ…………彼女と似ている(むすめ)を知っています

 

 おい、変な事言わないでくれって祈ってるんだけど? っていうか本気(マジ)で此処で宣戦布告しちゃうの? 冗談にしても酷いんだが。

 テリー・セルバンティスに扮しているテッドの表情が固まり、協力者(ゲスト)が口を閉ざす。

 テッド、知っているか? 沈黙は是成りと言うんだぞ? これ、演技か? 演技だとするとこのテッドと言う男は食えないどころか最悪の敵なんだが。どっちかわからんくて怖い。

 

「……というと?」

「とある知人の話なのですが。彼は悪漢達の誘いに乗ってしまい、賭博に手を染めて財産を奪われた挙句は……」

 

 まるで賭博に手を染めさせられたかのような言い方だが、そもそも賭博癖があったんだよなぁ。

 

「自慢の一人娘を攫われてしまったのです」

 

 言外に『その娘がその一人娘です』と真正面から喧嘩吹っ掛けるリューさん。ちょっと、ちょっとだけ考えれば今喧嘩吹っ掛けるのが不味いとわかるはずなんだが。

 あからさまに反応したアンナさんはわかる。だがテリー・セルバンティスも目を見開いて驚いているのは演技か? こいつ本当に演技か? 演技なのかどうかわからん。

 

「賭博に応じてしまった父親が間違いなく愚かだったのでしょうが……」

 

 愚か過ぎて爆笑モノです。いや、本音を言うとリューさんに殴られそうだし絶対に言わないけど。

 

「いざ詳しく調べてみると、どうやらその一件は()()()()の差し金だったらしく」

 

 おい、リューさん本気(マジ)か。宣戦布告だろそれ、もう取り返しがつかないぐらいに喧嘩売ってるぞ。糞、どうせこのあと賭博(ゲーム)する事にはなるんだろうが……。

 いや、俺一人で六人相手にするより、リューさんと連携とって六人を相手にする方がまだ簡単(マシ)か?

 

()()()()は麗しき娘を手に入れる為、ならず者をけしかけ、全てが終わった後は悠々と彼女を懐に囲っているそうです」

『え……?』

 

 協力者(ゲスト)本気(マジ)で? みたいな表情してる。どちらかと言うと、秘密がバレた事よりも、その秘密を知って喧嘩を吹っ掛けたマクシミリアン殿に『お前こいつに喧嘩売るとか本気か?』みたいな驚き方してる辺り、全員とは言わんが何人かは攫われた女性の為に喧嘩売って返り討ちに遭ったのだろう。

 まあ、それが今となっては飴と鞭で言いなりになってるので救えないが。

 

「心が痛む話でしょう?」

 

 もう本心を隠す気が微塵も無いのか、下種を見る様な瞳で協力者(ゲスト)を見回すリューさん。二人ほど気まずげに視線を逸らし、二人は逆に睨み返す。テリー・セルバンティスは視線を若干落とし、リューさんを鬼の形相で睨みつけていた。

 完全に、敵対したな。もう手遅れだ、この後の賭博(ゲーム)で勝つ以外に事を起こさずに切り抜ける事が出来なくなった。

 とりあえずアンナ・クレーズの姿は確認したので後は脱出するだけなんだが、無理だろうなぁ。

 

「私はその少女の身の上を案じ、今でも行方を追いかけています」

 

 リューさんのその言葉は、言外に『アンナを取り返す』と言っているも同然。もう、頼むからやめてくれ。

 

「…………ノースリス、今のは()()()()ではない。()()だ」

 

 耳元でシャクティさんに囁かれ、思わず言葉を失う。今のが宣戦布告ではなく牽制だと?

 面白い冗談だ。アレを牽制と言い放つのなら、相手の顔面に右ストレートぶち込んで『軽い牽制(ジャブ)だ』と言い放つレベルのアホだ。

 

「……もう一度言うぞ、あれはリオン流の牽制だ

 

 あっはっは、笑えない冗談はやめてくれ。いくらリューさんがポンコツでも宣戦布告の台詞を牽制として使ったりはしないだろう。

 

「………………」

 

 …………本気(マジ)

 

本気(マジ)だ」

 

 おい、おいおい! 本気かよ!? そんな牽制聞いた事ねぇぞ!?

 真正面から喧嘩吹っ掛けて牽制とか口が裂けても言えないぞ! もうこっから正面衝突不可避な案件だろ?!

 リューさんもう少し考えて発言してくれよ、ポンコツ過ぎるにも程がある!!

 

「興味深いですなぁ。マクシミリアン殿?」

 

 場を見回し、協力者(ゲスト)、そして俺やリューさんにも圧をかけてから口を開く。

 やる事がいちいち小物臭いのが、演技なのか本性なのかわからん。

 

「ちなみに、今更ではありますが。貴殿は彼のフェルナスの伯爵と聞いておりますが……」

「ええ、ただの田舎貴族です」

 

 混合酒(カクテル)で舌を湿らせたリューさんが饒舌に喧嘩を吹っ掛ける。

 

「融通が利かず、道を踏み外した行いを看過できない……頭の固いエルフです」

 

 要するに『お前のやってる事は知ってるし、絶対に許さない』って事でしょ? リューさんこわーい。

 いや本当に怖いなこの人。危険(リスク)を一切考慮せずに喧嘩売っていったぞ。なんというか正義馬鹿と言う言葉がこれ以上ない程に似合う人だ。だが、それに巻き込まれてる俺にもちょっとは配慮してくれ。

 つか、此処まで喧嘩売ってるならもうどうしようもないな。

 

「……どこの何方と勘違いされているのかしりませんが」

「勘違い? 何を言うのかと思えば冗談は止して頂きたいですね。経営者(オーナー)

 

 リューさんがここまで場を搔き乱した訳だし、今更喧嘩売ってもかわりゃしない。片田舎の貴族と言う肩書を持つマクシミリアン伯爵より、迷宮都市(オラリオ)に住まう俺が言った方が説得力あるだろ? 仕方ないから俺も宣戦布告しとくかぁ。

 

「先ほどはつい誤魔化してしまいましたが、彼女の顔に何処か見覚えがあったのです。花屋で日雇い(バイト)しているアンナ・クレーズさんですよね。その人」

 

 俺の指摘にセルバンティス氏が固まる。その反応は、わざとらしいな。むしろわかってて招待したんじゃないのか? だって迷宮都市(オラリオ)に住んでる冒険者だぜ? アンナさんの知り合いまたは彼女について知っている可能性はゼロじゃないってのに、俺を招待した上で彼女を紹介した訳だし。最初からその辺り考慮して俺がアンナさんを顔を見ている時に突いてきたのだと思っていたんだが……反応がチグハグ過ぎる。

 この驚き方も素に見えるし、此処で驚く必要性が一切感じられない。何か俺にはわからない高度なやり取りでもしてるのか? とりあえず喧嘩吹っ掛ける以外に無いし、むしろ相手の足並み乱す意味でも荒立てておくか。

 

「誤魔化しも不要です。不愉快極まりない虚言の数々に反吐が出るってモノですよ」

「……私が嘘を口にしていると?」

「其方の美女、帝国で知られる歌姫でしょう? そちらの娘は隣国で知られる宿屋の看板娘」

 

 お前の悪行全部知ってるぞ。ほらどうすんだ? 此処で取り押さえるか?

 

「…………いやはや、可憐な容姿をしているかと思えば、随分と早合点をするご様子」

 

 いくら何でもここで喧嘩は買わないか。

 

「ならば、賭博(ゲーム)をしませんか?」

 

 いや、しねぇよ。ギルドとガネーシャファミリアに報告すれば終わる案件だし。って言っても聞き入れられないんだろうなぁ。周囲の黒服がそれとなくこの(テーブル)を囲む様に動いてるし。出来ればさっと認めて自首してくれたら話が簡単に済んだのになぁ。

 

「勝者は敗者の願いを聞き入れてもらうのです。そう、【魔銃使い】殿が先ほどまで行っていた賭博(ゲーム)の様に、ね」

 

 ……ああ、俺が『なんでもする』ってのを対価(チップ)にしてたのを口実にする気か。つまり、マクシミリアン、リューさんを巻き込む気満々な訳か。

 

「更に、賭博(ゲーム)に使用するのはすべて最高額の賭札(チップ)

 

 手際よく、と言うか既に用意されていた最高額の賭札(チップ)。倍率は、千。つまりあれ一枚で数百万ヴァリスの価値がある。

 

「お二人にお貸ししましょう。こうでなければ我々の求む賭博(ゲーム)は成り立たない」

 

 我々、の中に対立している俺とリューさんが入っていない事は明白。一方的に叩き潰して命令を聞かせ、ついでに借金という名の首輪まで付ける気か。

 

「富や地位、名声をも勝ち得た私たちが真に欲するモノ……それは命懸けの緊張感。違いますかな?」

 

 違います。むしろ命懸けの緊張感ならいつも迷宮で味わってます。

 何の変哲もない、山も谷も無い平穏な日常の中でヘスティア様やベル、リリ達とまったり日常を味わっていたいですが、なにか?

 

「……いいでしょう。その賭博(ゲーム)受けます」

 

 リューさんの即答。迷いがまるで無い。これは、罠を見越した上でか? それとも罠に気付いてない? リューさんと協力して相手を潰せればいいが、リューさんが罠に気付いていない場合は洒落にならん。リューさん庇いながら戦うとか不可能だぞ。

 

「【魔銃使い】殿はどうです?」

「……受けましょう」

 

 むしろ受けなかったらタコ殴りでしょ? 既に周囲から殺気が向けられててヤバい。魔術師とはいえ冒険者、それもアポロンとの戦争遊戯(ウォーゲーム)で名を馳せた強者。そんな奴に油断はしてくれないか。

 

「皆様もどうですかな! ここは最大賭博場(グラン・カジノ)私とマクシミリアン殿、そして【魔銃使い】殿の三人だけの勝負では味気ない。条件は皆一緒です。勝者の願いは私が叶えましょう」

 

 死ね。

 

「流石にお前の命が欲しいなどと物騒な事は御免ですがな」

 

 流石に死ねは駄目だったか。まるでこっちの内心を読んできた様な発言しやがって。しかもこの流れだと協力者(ゲスト)全員参加じゃん。リューさんの方は特に気にしてる様子がな……待って、気にしてる様子無さすぎなんだけど、もしかしてリューさんってセルバンティス以外は敵として見てない?

 不味い、リューさんが相手の罠に気付いて無いっぽい。俺とリューさん以外の全員が結託した敵だぞ、早めに気付いてくれないと元手の賭札(チップ)が無くなる。

 

「お二人は何か希望はありますかな? 無ければポーカーを行おうと思いますが」

「構いません」

「……ええ、まあ良いですよ」

 

 リューさんに熱い視線を送ってみるが、彼女の視線はセルバンティス氏に固定されていて気付いてくれない。

 ヤバい、詰んだかもしれん。

 

「では、勝敗は賭札(チップ)の有無。元手の賭札(チップ)が全て無くなった時点で、その者は敗者です」

 

 リューさん気付いてー、めっちゃ罠。これ凄く罠だから! セルバンティスだけじゃなくて他参加者全員が協力者で叩き潰しに来てるから!




 『リューさん√』は、ミリアちゃんが今より前、アストレアファミリアにリューさんが入団した頃に拾われた形で、彼の正義の派閥に所属してた感じでしたね。
 壊滅以前に『悪であっても改心して正義に成れる』と言われ、アストレア様に陶酔して所属し、仲間との信頼関係を手に入れて、最終的に壊滅してリューさんと二人で復讐にひた走ったミリアちゃん的な。
 リューさんが無関係な人を襲撃しない様に手綱を握りつつ、闇派閥ぶっ殺す小人族として血眼になって闇派閥の残党狩りする狙撃手……。

 途中、リューさんが負傷したため、彼女一人を逃がす為に囮になって敵を引き付けた後、自身が死亡したと偽って身を隠した感じ。リューさんは逃げる途中で力尽きて豊穣の女主人へ……リューさん視点だと自身を庇い、傭兵に追い詰められて自決した感じで、ミリア本人は死亡偽装後にリューさんを捜索して豊穣の女主人までは辿り着いたけど、なんか普通に店員として働いてるのを見てこれ以上復讐に突き合わせるのも悪いなと一人で復讐に戻る、と。

 んでベル君が迷宮決死行して十八階層に行った際に、リューさんが仲間の墓を訪れるタイミングで、ミリアも墓を訪れていてー、みたいな感じで再開して~……。
 ミリアが未だに生きていた事、そしてその後(ソード・オラトリオの方のストーリーで)闇派閥の残党が未だに残っているのに気付いたリューさんが復讐を続けるミリアの後を追う的な?

 って考えたけど面倒だったので没です。短編に纏められないし、しょうがないね。

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